IE9ピン留め
☆カナダ・バンクーバーのスタンレー・パークの中を行く馬車。公園の広さもけた外れに広い。乗客は一人だったが、しっかりガイドをしていた。


逆子に対する鍼灸治療

 幸いなことに、患者さんである妊婦ママの「逆子」事件から、わたしは、逆子に対する鍼灸治療を体験させてもらうことになった。幸い治療は上手くいって、逆子ちゃんも「コペルニクス的回転」を行なってくれた。それを機会に、「逆子」について、もっとよく勉強しておくことにした。そこで専門学校時代に「女性・小児の東洋療法」の授業のファイルを引っ張りだして、大切な情報を抜粋することにした。ぜひ、わたしの患者さんのように妊娠中で定期検診で「逆子」では、ということをいわれた妊婦さんは、これを参考にしてほしい。「逆子」といわれても、決してあわてることはない。あなたには、あなたには、鍼灸治療を行なう強い味方の鍼灸指圧マッサージ師がついている。もし、そのようなサポーターがいない人は、是非この際、信頼できる鍼灸指圧マッサージ師を探しておくことをお勧めする。

1、「逆子」とは

 通常、胎児は頭を下にした姿勢をとるが、何らかの原因で頭が下にない状態になってしまった場合をいう。妊娠30週頃では全体の約30%にみられるが、40週になるころには2から6%程度になる。骨盤位では最大径を持つ頭が最後に出てくるため、頭が先進する頭位よりも危険であり、児死亡率は、頭位の2から5倍となる(約5%)。初産婦より経産婦に多くみられる。

2、逆子の分類
 
 胎児の姿勢によって殿位、足位、膝位、という。発症頻度は、殿位70%、足位30%、膝位1%。


3、逆子の原因

 羊水過多症、子宮筋腫、前置胎盤、双胎、狭骨盤、などでよく見られる。

4、逆子の一般的な治療

 骨盤位(逆子)に気づいた時期にもよるが、早い時期であれば、自然に治ることもある。なかなか良くならない場合は、逆子体操をしたり側臥位で寝るなどの工夫をしたり、鍼灸治療を受けることもある。38週ごろになっても頭位にならない場合は「外回転術」といって、医師が妊婦の腹部を触診しながら胎児を回す方法とられることもある。

5、逆子の出産

 経膣分娩も可能であるが、分娩時の鎖骨や上腕骨の骨折、上腕神経叢麻痺、斜頸などのリスクが頭位分娩に比べると高くなる。経膣分娩が可能となるのは、単殿位もしくは複殿位、推定児体重が、2000から3500g、母体の狭骨盤がない、などの条件をすべて満たし、かついつでも帝王切開に切り替えられる準備と新生児蘇生ができる環境が整っている場合のみ。かつては「逆子を経膣分娩させることができて一人前の産科医」と言われたため、分娩時のトラブルも多かったと言われる。今日では諸々のリスクとのバランスを考え、帝王切開を勧められることが多い。

6、逆子に対する鍼灸治療

 骨盤位(逆子)に対する鍼灸治療は、原則的に対象となる。しかし子宮の奇形、多胎妊娠、重症妊婦中毒症、前置胎盤など、器質的問題が背景となる場合は、鍼灸治療不適、もしくは矯正困難である。

 至陰や三陰交という経穴(ツボ)を使って治療を行なう。その結果、584例に対し至陰に半米粒大3壮を中心に東洋医学的治療を行なったところ、525例が矯正された(矯正率89、9%)。成功例における治療回数については、3回までが310例(59%)、4回までが412例(78、5%)であった。
 妊娠33週目の初産婦260例を対象に半数に至陰のがまんできるギリギリの熱さの棒灸(片側15分ずつ計30分)を、半数には一般的な治療を受けてもらい、結果を比較。分娩時に介入した群では、130例中98例で骨盤位(逆子)が矯正されており(75、4%)、介入しなかった群(130例中81例、62、3%)と比較することによって、灸治療の有効性を示した(Cardiniらの報告、1998)。


# by yakura89 | 2012-01-25 12:48 | 妊娠・育児中の指圧治療 | Comments(0)

☆カナダ・バンクーバーのスタンレー・パークにあるトーテンポール。カナダでは、先住民の芸術や文化を大切にしている。異文化を尊重し融合していける社会こそ成熟した国家といえる。


妊娠ママと逆子を救った「至陰(しいん)のお灸」


 治療の世界にいるといろんな不思議な体験をする。いつも驚くことばかりである。その中にはとびきり嬉しくなる出来事も。今日は、とびきり嬉しいニュースをみなさんにも報告したい。今わたしのところには、妊娠35週を迎える妊娠ママが患者さんで見えている。以前から見させていただいている患者さんだが、今回、受診に見えたたきっかけは、「ぎっくり腰」。妊娠中のぎっくり腰であるが、ふと八倉治療院を思い出してくれて、治療にきてくれた。治ってからも、そのまま、座骨神経痛・大腿神経痛・頸肩腕症候群などの治療を継続的に行ない。よくなってからもその後、継続的に治療に通われていた。そんな妊娠ママが、前回1月6日に見えた時、こんなことを打ち明けてくれた。「実は、定期検診でわかったことなんだけど、どうもおなかの赤ちゃんが逆子みたい」ということだった。初産ということで何かと不安なことが多い状況の中で、「逆子」といわれたのは、彼女にしてみれば、少しショックであったみたいだ。

 そのことを打ち明けられたわたしの頭の中は、忙しかった。確か専門学校時代、「逆子」について鍼灸治療が有効であるということを聞いた記憶がある。しかも、少なくとも2?3人の先生から聞かされていた。それがどんな治療であったか、定かではない。たしか、足のどこかの指に、お灸をしたら、ウソみたいに赤ちゃんの方から上手にひっくり返ってくれるという。「そんな話って本当なのかなあ」って思った記憶までも鮮明に思い出されてきた。でも、それが足のどの指だったのか。なんという経穴(ツボ)なのかもはっきり思い出せなかった。それもそのはず。治療する患者さんの中で、何人かはいるといっても、妊婦さんを治療することは、そんなにめったにあることではない。数としては極まれである。しかも、その妊婦さんが、定期検診で医者から「逆子」であるといわれたことを話してくれるなどということは、わたしにしてもはじめての経験だったからだ。

 でも今だから正直いうと、その患者さんから「逆子」ということを聞いたとき、わたしの頭の中には、「やった。これは、もしかしたら、わたしもその逆子に対する鍼灸治療ができるチャンスがやってきた」と思ったことも確かである。いつもの治療が終わると、早速、治療室のパソコンで調べてみた。すると、それが、「至陰(しいん)のツボ」であることがわかった。「至陰」というのは、足の小指。爪の外側の生え際あたりにあたるところである。特に、女性は、東洋医学的には「陰」なので、右足が重要。そこに小さな米粒半分くらいのお灸を3壮(そう)やってみた。たったの3艘である。その3艘が、彼女の体に奇跡を起こした。たったの3艘のお灸によって患者さんのおなかの中は、「あったかくなく感じがした」という感想を聞くことができた。だからわたしは密かに期待をしていた。しかし、未経験のわたしは、頭の中では、「『至陰のきゅう』がたった3壮でそんなに上手くいくものなんだろうか?」そういう気持ちもあったことも確かである。

 そういうことから、待ちどうしい気持ちでわたしたちは、昨日、彼女の治療日の予約の日を迎えた。早速、彼女は、治療室に入ってくるなり、最近の定期検診で「逆子」が正しくひっくり返っていたことを報告してくれた。これは、わたしたちにとっても、ベリーベリーグッドな嬉しいニュースだった。思わず、嬉しそうな患者さんを前に、わたしもヒラリーも喜びで興奮してしまった。そして、神様が起こしてくれた奇跡に感謝した。「逆子を救う『至陰のきゅう』」って本当にあるんですね。わたしたちは、はじめは、単に患者さんの喜びが、わたしたちの喜びのように感じられた。しかし、よく考えると、それは、知識が、単なる知識ではなく、実際に臨床の世界で成果を収めたことに対する歓びでもあった。そして、あらためて奇跡を呼び起こす鍼灸の世界のすごさ素晴らしさに感動した。

 でも一日経って冷静に考えると、その喜びも違うものへと変化していった。だって、確かに、奇跡を呼び起こす鍼灸の治療もすごいのだが、それ以上に、たった3壮のお灸で、逆子を正常な位置に戻した。人間のからだの素晴らしさって例えようもないくらいに、すごいのではないのだろうか。どうもわたしには、こちらの感動の方に目が注がれていった。やはり「わたしたち人間の体は完璧なのだ」たった3壮のおきゅうで母体に何らかの変化が生じ、その変化を見逃さず、胎児が本来の体の正しい位置を知り、自分で修正していくこの力。この体に備わった素晴らしいシステム。やはりこれは、人智が及ぶものではない。そんなふうに感じられたのであった。


# by yakura89 | 2012-01-24 23:36 | 妊娠・育児中の指圧治療 | Trackback | Comments(0)

☆カナダ・ビクトリアで泊まったデルタ・ビクトリア・オーシャン・ポイント・リゾート&スパ。遠くから見るとお城みたいな感じ。ここの受付は、近くのおすすめレストランを紹介してくれるなど本当に親切で最高だった。


人間はみんな毒がだいすきみたい

 いつか師匠が、わたしを指導してくれている時に、「知ってか知らでかの罪」という言葉を使われた。もちろん意味はわかる。「自分で意識しているか、あるいは、意識しないで行われている罪ぶかいこと」ということだと思うが、その時は、「どのようなことだろう?」という感じでイメージがわいてこなかった。多分、世の中にある罪の大半は、このように、意識されないで行われているのがほとんどであろう。というふうに信じたい。しかし、よく考えてみれば、意識しているかしていないかは、相手にとってはどうでもいいことで、罪は罪。被害や迷惑が及んでいることには違いがない。実は最近、あることに気づいて、やりきれない気持ちになっていた。

 最近よく聞く言葉で「デトックス」という言葉がある。翻訳すれば「解毒」という意味だと思う。女性がよく美容にいいということで、エステでは腸内を洗浄してくれるところもあるという。確かに、大腸は毒素がたまりやすいところである。宿便などと一緒に拝読できたらどんなに身もこころもすっきりとした気分になれることだろう。できることならわたしもそのようなエステがあったら行ってみたいものだ。体内から毒素を出し、健康を取り戻す。そういう考え方の健康法は多い。現にわたしたちが行なっている指圧マッサージも肝臓や腎臓のツボを刺激し、「解毒」や「排毒」を行なっている。しかし、一番いい方法は、毒素を体の中に取り込まないことである。では、「毒」になるものはどのようなものがあるのだろうか。

 毒といえば、ダイオキシン・紫外線B・放射能・公害などをイメージするが、わたしは、普段わたしたちの身の回りにあるもので、わたしたちが大好きな毒を自分なりに分類してみた。

1、第1種………薬品・注射・農薬・たばこ

2、第2種………アルコール・四つ足の肉(脂肪のあるところ)・マグロのトロ・

3、第3種………お菓子・ケーキ・饅頭・アイスクリーム・キャンデー

 もちろん、これ以外にも毒はたくさんある。一応3つの分類にしたのはわたしにとってのこわいもの順である。こうして改めて見ると、わたしが毒としてあげたものには、共通点がある。それは、すべて人間の手によって作られたものである。必要だから、美味しいから、好きだから、そういうところに実は大きな落とし穴があることを、ほとんどの人が気づいていない。

 今回は3、第3種にあげた甘いものがなぜ毒の中に入るのか、説明したい。わたしも実は、師匠のアドバイスがなければ、ほとんどそのことを知る機会はなかった。ある日本当に珍しく師匠から電話をいただいた。「あなたは最近胃の調子が悪くわありませんか?」いつも、わたしやヒラリーの健康について気遣っていてくれる。時にはわたしの健康状態をわたし以上によくわかってくれていて、そのアドバイスはいつも的確だ。そういわれればわたしは、ずっと胃腸の調子が悪く。あまり、元気とはいえなかった。「はい、そういわれれば、確かに胃腸の調子が悪い気がします」自分の患者さんであれば、すぐに健康状態の異変にも気づくのに、自分の調子については、ほとんど気づかない。「医者の不養生」よろしくわたしも、治療者にありがちな、「不養生」そのものである。

 そんなことはさておき、どうして甘いものが胃腸を悪くするのかというと、甘いものは、胃腸の粘膜をただれた状態にしてしまうらしい。それでなくても、わたしのような食いしん坊は、いつも腹一杯になるまで食べてしまう。「腹八分目」なんて、言葉は知っていても、よほどのことがないかぎり実行したことはない。美味しいものといえば手当たり次第、胃袋に詰め込んでしまう。

 人間胃は、食べ物を消化し完全にからの状態にするには、2時間から3時間かかるそうだ。その間に間食をするとそれは、体には負担が大きい。ましてやそれが、甘いものだとすると、胃がただれてしまうようだ。ただれると今度は「下垂(かすい)」といって、胃も腸もだらんと下に垂れ下がってしまう。「胃下垂」という言葉があるが、そのような胃は、以上のような経緯からつくられる。道理で確かに、ここ最近のわたしの胃は、何となく気持ちが悪くて、何か食事をした後は、いつもお腹が張るような感じがしていた。それから、ガスがたまっている感じで、時々痛みを感じるようになっていた。やはり、「甘いものは、恐ろしい」その時に実感した。

 さらに師匠は追い討ちをかけるように「あなたも日本人に癌が多いことは承知していますね。40歳以上の日本人は、2人に1人が癌か、その予備軍に入っているのが現状です。そして、最近では、癌かどうかを見つけるために、『ペットスキャン』といって、検査するまえに体に糖分を投与し、その糖分を吸収しようとして、隠れていた癌細胞までもあらわれる。その様子を映像でとらえるという検査が主流になっているのです。そのくらい、癌は、糖質が好きなんです。だから、甘いものが好きでよく食べる人は、本当に注意が必要なのです」それを聞いたわたしの頭の中には「甘いもの=癌を誘発」という公式が描かれた。

 「ところが、いくら甘いものが好きで、甘いものを食べているからすぐに癌にかかるというわけではありませんが、胃や腸が下垂してくると、消化不良を起こした状態ですから、他の臓器にも悪影響が及んでしまうのです。胃がやられると真っ先に影響が出てくるのが心臓です。胃の働きと心臓の働きとは切っても切っても切り離せないのです。次は肝臓それから腎臓という順に次々と悪影響の連鎖は続いていきます。自覚症状としては、体が妙に疲れる。肩こり腰痛が慢性的になり、なかなか治らないのです。それはそのはず。人間のからだはひと繋がりですから、胃腸が働かなくなると、首のところでは『胸鎖乳突筋』腰では『大腰筋』というとても主だった筋肉が拘縮しはじめるのです。最初は肩こり腰痛から始まって、目が疲れるようになって悪くなり、次には、歯が悪くなり、最後に骨ががぼろぼろに弱くなっていく。そういう過程を経て体は衰えてゆくのです。

 わたしは、師匠の言葉に恐ろしさを感じた。次々にわたし自身の体でおこっていることが、具体的な症状として理解できたからだ。わたしは、このときに、「知ってか知らでかの罪」という言葉を思い出した。「ああ、これだったのか」わたしは、胃腸の調子が悪いということを知りながら、暴飲暴食を繰り返していた。そして、感覚的に悪いと自覚しながら、アルコールを飲んだり、甘いものを食べる習慣を捨てきれずにいた。胃腸が悪くなる原因をすべて自分で作っていたのである。それにしても、自分が好きなものが、実は恐ろしい毒になり得ることを知り、大変ショックだった。でも、本当に教えていただいてよかったと思う。もうこれを知った以上、毒としりながら、食べることは、わたしの罪である。そんなことを自覚し、治るまでの当分の間、アルコールや甘いものを断つことにした。


# by yakura89 | 2012-01-21 10:15 | 師匠とわたし | Trackback | Comments(0)

☆カナダ・バンクーバーのスタンレーパークで見かけた野生のリスくん、わたしの足下まできてくれたので、このアングルから写すことができた。


医療におけるコペルニクス的転回

 コペルニクスというのは、16世紀の天文学者。それまでは、人間は、地球が宇宙の中心で太陽やその他の惑星は、地球を中心にそのまわりを回っていると信じていた。これを「天動説」というが、コペルニクスの登場で、現在のような、地球が太陽のまわりを回っているという「地動説」に変更されるようになった。これまでも「地動説」を唱えたものがないわけではなかったが、1543年に彼が思索をまとめた著書『天体の回転について』は、地動説の測定方法や計算方法などが記されており、「地動説」が正しいことを人々に認識させる有力な手がかりとなった。それ以来、コペルニクスは「地動説」の創始者となった。

 これまでの認識を、180度変えさせることを「コペルニクス的転回」というが、これは本当にすごいことである。特に人間の認識方法は、「見たものがすべて、見たものしか信じない」おそらく科学が今日のように発展する以前から、人間の本能的な習性としてそういう認識方法が備わっていたことだろう。もし今のように科学の発展がなかったら、「地球が動いている」なんていうことは、誰にも簡単に受けいられることではない。どうしたって、人間の目で見る世界は、太陽や月や惑星が、地球を中心に動いているとしか見えないことだろう。それを地球が動いているというふうに認識するには、ものの見方考え方を、これまでとはまったく180度転回しないと認識は不可能である。だから、「地動説」が天文学史上、最大の発見であるといわれているのは、誰もが認めることであろう。

 しかし、「コペルニクス的転回」というのは、なにも科学や天文学上の世界ことだけのことではない。医療の現場にもコペルニクス的転回といえるものがある。わたしは、開業以来、師匠から、「あなたが患者さんを治しているのではなく、患者さん自身が持っている治す力(自然治癒力)を引き出すお手伝いをさせていただいている」という自説の「治療の主体」に対して認識を改めなければならなかった。これも「コペルニクス的転回」のひとつかもしれない。普通は、「医者や治療者が患者の症状や病気を治す」というのは、世間一般の見方であろう。ところが、「症状や病気を治すのは患者さん自身であり、治療者は、そのためのお手伝いである」というように、「治療の主体」が、明らかに違うのである。でもそのように認識を改めることは、わたしにとってそんなに容易なことことではなかった。師匠から何度も注意をいただいても、どうしても、「治療」に体する思い込みなのか、「わたしが、患者さんの症状を治している」という認識からはなれることができなかった。

 しかし、最近、臨床経験を積むに従って、人間が本来持っている治る力(自然治癒力)というものに注目するようになってからは、意識が変わっていった。人間の脳はすごい力を持っていて、エンドルフィンというまるで魔法のような物質を分泌することで、痛みや症状を消し去ってしまう。そういう偉大な力が働く様子を治療の過程で自分の目で確かめてくると、「これはとうてい、人の力が及ぶところのものではないな」ということが、わたしにもはっきりと理解できるようになってきたからだ。師匠がいうように治療者は、その偉大な力のメカニズムが上手く働くようにお手伝いさせてもらっているだけなのだ。そんなふうにいつしかわたしの考え方や認識がコペルニクス的転回を始めたのである。

 まさに今わたしが考えていることは、「人間の体は完璧そのもの」であり。師匠のいわれるように「人のからだは、神そのもの」なのかもしれない。師匠はまた、さらにわたしに、こういうふうにいわれたこともある。「あなたは、患者さんのからだを治しているような気持ちになっているのかもしれませんが、それは大きな誤りです。実は、患者さんのからだが、あなたという治療者を選び。あなたに治させているのです」という言葉は、まさに、「コペルニクス的転回」そのものであるといえる。最高に高度な医療があるとすれば、「人が患者さんを治す」というのではなくて、「自然治癒力」という神の偉大な力が働くようにしむけていくことをいうのではないか。そのような「コペルニクス的転回」に認識転換がなされた医者や治療者が増えてくることが医療革命の第一歩のように考えているのはわたしだけであろうか。


# by yakura89 | 2012-01-11 00:06 | ホリスティックな治療院 | Trackback | Comments(0)

☆カナダ・バンクーバーのスタンレーパーク、ここはサイクリングで楽しんだ。

コリや痛みがわたしたちに教えてくれている

 最近、治療をやっていていろんなことがわかってきた。そうすると、わたしの考え方は、今までとはまったく変わってしまった。どうしてこんなにも変わっていくのか。自分でも驚くくらい不思議な気がする。それは、「わたしたち人間のからだは完璧である」ということを知ることから始まった。臨床の積み重ねというものは、とても大きい。特にわたしたちのように、機械にたよるわけではなく、薬にたよるわけでもない。本当に手探りの治療というのは、臨床結果も忠実にあらわれてくるので、学校では教えられることもない知ることもできないことが次々にわかってくる。このようにしてわたしが学んだことは得難い経験だといえる。

 わたしが、人間のからだが「完璧」だということを知ったのは、人間のからだの構造とその働きを知ってからだ。わたしたちのからだでおこったことには、何らかの意味がある。例えば、わたしたちが風邪を引いたとする。そうすると、人体は風邪の菌と闘おうとして熱を発する。それは、風邪の細菌やウイルスが、熱に弱いことを知っていて、自ら戦いを挑もうとしていることのあらわれである。あるいは、風邪を引くとよく嘔吐や下痢で悩まされることがあるが、これもよく考えると排毒を行なっているのである。また、よくお肌のトラブルということで、ニキビや吹き出物をわたしたちは敬遠するが、これも人体が肌から排毒をおこなっている生理作用なのである。このように、わたしたちのからだでおこっていることは、すべてに意味がある。「無駄」なことは一切ないのである。

 こうして「わたしたち人間のからだは完璧である」ということを知ると、いろんなことが意味のあることに思えてきた。わたしたちは、コリや痛みを嫌う。しかし、これにも意味はないのだろうか。そうして考えてみると、思い当たることはたくさんあった。これは失礼なことかもしれないが、患者さんは、本当によくからだを壊す。よくなってもよくなってもまた次々に、痛めて治療にきてくれる。よほど私が好きなのかと誤解してしまうほどだ。しかし、冗談はさておき、つい最近、せっかくよくなって「よかったよかった」といって帰られた患者さんから、次の日また電話がかかってきた。「どうしたんですか?」と聞くと「昨日は痛みがとれて、あんまり自分のからだがよく動くようになったので、嬉しくなって、調子にのってやっていたら、また、痛めてしまいました」という返事が返ってくる。

 このようなことが、本当によくあるのである。ということは、このような患者さんには、ある程度のコリや痛みは、自分のからだを防衛する意味で必要なことなのかもしれない。もしかしたら、このようにして、からだは、自分自身を守っているのかもしれない。少なくとも、痛みもなく動いてしまったら、もっと痛めて悪化するというケースはたくさんある。そういう事態がおこることを防ぐために、コリや痛みが、動かなく、あるいは、動きにくくすることで、わたしたちの大切なからだを守っていてくれているのである。

 もうひとつ、「痛み」は、わたしたち治療者からすると治療に不可欠なものである。なぜなら、わたしたちのからだの痛みというのは、優先順位をつけている。ここが一番つらい。ここを治してほしいというところにしか、痛みを発しない。だから、いくら問診で、患者さんから、痛みの箇所を聴こうとしても、性格に答えられる患者さんは、まずほとんどいない。だから、治療者のわたしたちは、患者さんのからだから聴きながら、教えてもらいながら、治療を行なっていく場合がほとんどである。つまり、「痛み」は、治療にかくことができないもので、これがなければ、わたしたちの治療は、成立しないといえる。そういう意味で一番困る患者さんは、「痛み止め」を使っている患者さんである。実は、「鎮痛剤」「鎮静剤」の効果がある薬というのは、結構、わたしたちの身の回りには、多く出回っていて、市販薬でも簡単にわたしたちには手に入れることができる。

 しかし、これを常用した患者さんは、明らかに、治療での反応が違う。本来なら痛みを感じるはずのところが痛がらない。それは、感覚神経が麻痺しているということなのである。そうなると、指圧でもハリでも、刺激が感覚受容器に反応し脳に伝えられなければ、治療は成立しないのである。からだの異状は、痛みを通して認知されるが、また、そのからだを治していく時にも、正常な神経と脳の働きが必要なのである。実はその妨げになっているのは「薬」という場合が実に多い。だからわたしは、「痛み」というのは、「無駄」なものとは決して思ってはいない。むしろ本当に「有害」なものは、不必要にあたえられた「薬」なのである。


# by yakura89 | 2012-01-07 10:23 | ホリスティックな治療院 | Trackback | Comments(2)

八倉治療院お正月のディスプレー


 早いものですね。今日は、1月5日、年末年始のお休みも終わり、八倉治療院の仕事始めの日です。昨年は、「年末年始のお休みなんていらない。このまま、仕事がしたい」なんて、本気で思っていたのですが、やはりお休みが始まれば始まったで、楽しく過ごさせてもらいました。楽しいといえば、このクリスマスやお正月などのディスプレーを飾るのも、恒例で楽しい行事のひとつになりました。お正月のディスプレーの主役は、「踊る獅子舞」です。この獅子舞が、お正月らしい曲に合わせて踊るんですが、それが実に可笑しくてかわいらしいのです。本当にわたしがもう少しメカに強ければ、ビデオカメラに収めてみなさんにお見せできるのですが、申し訳ありません。でもどうしても「踊る獅子舞」がご覧になりたい方は、今年も1月いっぱいまで、このディスプレーでいくつもりですので、ぜひ八倉治療院にお越し下さい。いつでも大歓迎します。さあ、もうすぐ、今年最初の患者さんが、お見えになります。本来は、「お休みが好き、仕事も治療も大好き」なわたしですので、これからも一年、大いにがんばっていこうと思います。さて今年は、どんな患者さんとの出会いが待っているでしょうか。楽しみで仕方がありません。


# by yakura89 | 2012-01-05 10:14 | 島田市 | Trackback | Comments(0)

2012年新年あけましておめでとうございます

☆新年を迎え、除夜の鐘がきこえていた大善寺の鐘つき堂

☆2012年、新年を迎える島田市の氏神様大井神社、正面鳥居。

☆まだ朝早くて誰もいない参道。

☆2012年の初詣の氏子を待つ、大井神社の本殿。

 2012年元旦の朝を迎えました。実は、昨夜は、除夜の鐘を聞きながら、近所にある大善寺というお寺に初詣に行きました。つい数時間前は、この写真にある鐘つき堂のまわりには、順番に鐘をつく人が待っていてとても賑わっていました。そして、お寺で用意してくれた甘酒を飲みながら、ゆく年来る年に思いをはせる人たちでいっぱいでした。

 それから初詣といえば、わたしたちは、毎年、島田市の氏神様である大井神社に参拝に出かけます。年が明けてすぐか、あるいは、一度寝て朝を迎えてからか、それはその時々の気分で決めていますが、とにかく新年を迎え、この氏神様の参拝はかかさないようにしています。今朝は、元旦早々に目が覚めて、あらためて、大井神社に参拝してきました。まだ、さすがに夜が明けたばかりの神社は、まだ、ほとんど参拝者もいなくてこのように静かでした。でも後1時間もすれば、この鳥居をくぐり、参道を通って、多くの人々が、この神社の本殿に向かって初詣に訪れることでしょう。

 昨年は、東日本大震災や津波による大惨事。それから、台風の被害など、自然災害の多い年でした。おそらく、みなさん自然災害の恐ろしさを肌で感じ、無事であることのしあわせをあらためて感じたことでしょう。はたして今年はどのような年になるのでしょう。どのような年になるにせよ。毎日毎日をくいのないように、精一杯、自分たち一人一人にあたえられた役割を果たしていけたらいいかなあと思います。

 本当にこうして新しい年を迎えられたわたしたちは幸せです。また、こうして新年から「八倉治療院」を始められることは、どれほど素晴らしいことか、あらためて感謝の気持ちでいっぱいになりました。今年一年、皆様が、健康でしあわせな毎日がおくられますように、皆様にとって素晴らしい年が訪れますように、こころからお祈り申し上げます。わたしも、微力ながら、精一杯皆様のお役に立てますように、治療に励んでいこうと思います。今年も一年どうぞよろしくお願い申し上げます。

  
  2012年元旦

                             八倉治療院  八倉秀夫


# by yakura89 | 2012-01-01 07:22 | 島田市 | Trackback | Comments(0)

 新年の初詣を待つ島田市の氏神さま大井神社



 この記事は、2009年1月2日の日に書いたものです。私がいつも師匠から教えられている神さまに対する接し方について書かせていただきました。大変多くの方から読んでいただいた記事ですが、新年の初詣が、もうすぐ始まります。差し出がましいようですが、新年の初詣の参拝のときの参考にしていただければありがたいと思います。今回は写真を添えて、2011年、今年最後のブログの記事とさせていただきます。

 「初詣の仕方が変わりました」

 今年は、2日の日に妻と二人で初詣に行きました。島田市の氏神さまは、大井神社です。毎年、除夜の鐘がなりだす頃から多くの人が、参拝に訪れます。今年は、2日の午前中でしたが、やっぱりすごい人手です。神社の境内では、いつものように出店が一杯並んで、正月らしいにぎやかな雰囲気をもり立てています。それにしても、毎年のことではありますが、新年を迎えると、これだけ多くの人間が、神社に参拝に訪れるというのはすごいことです。しかもこの初詣参拝という行動は、日本では、何千年と昔から続いてきているのですから、脅威としかいい様がありません。そういう私も、その脅威の中の一人ですが、ただ師匠と出会い、ご指導して頂くようになってからは、参拝の仕方が変わりました。

 師匠曰く、「神社の鳥居は、何かのシンボルなんですが、何かわかりますか?」そういえば、どこの神社でも「鳥居」を見ることができるが、それがなんなのか、なんて考えてみたこともありませんでした。「女性の性器なんですよ」意外な答えに驚いた。師匠は、続けて、「神社のことをお宮さんなんて言うでしょ。神社は、女性の子宮なんですね」師匠のその一言で、いろんなことが、頭の中にひらめいてきた。師匠は、いつも私に、「重箱のひと隅を明かしたら、後の三隅が、次々に理解できるようにならなくてはいけない」と言われています。私の頭の中にパッと、ひらめいたこととは、次のようなことでした。確かに、鳥居から、お宮さんの本殿までの長い道を「参道」というけれど、もしかしたら「産道」から来ているのかもしれない。それに、お宮さんは、どこもたくさんの木で覆われていることも多く、特に参道などは、どこでも小高い木々が沿道に沿ってあるのが普通、何となく成人した女性の性器を彷彿させる。そう言えば、氏神さまは、この地に生まれた私たちにとっては、母親みたいな存在である。だから、この地に生まれた人が、新年を迎えるにあたり、母親である、氏神さまの母体に、訪れるというのは、一種の既成(帰省?)本能のようなものかもしれない。そういうことが、次々に理解できるようになった。

 私は、「面白いですね。」と、つい正直な気持ちが、とっさに言葉について出てしまった。師匠は、少し憤慨されたように、「面白いって何がですか?」と、強い口調で言われてから気を取り直されたように、話の本題を切り出してくれた。「神社にお参りに行きますね。その時、何か願い事をしませんか?」。「ええ、もちろん、願い事があって参拝しているような、ものですから、お願いしますけど」「それは、全然神様には届きませんよ。だって考えてみてください。そんな人間の虫のいい話、誰が聞くものですか。いくらお賽銭を奮発したって、ダメなものはダメなんですね」いつも師匠のひと言には、驚かされる私です。「ええ、それでは、何をお願いすればいいんですか?」「お願いしたってダメなんですよ。神社は、お願いするところではなく、ご報告させて頂くところなんですね」「では例えば、『今年は、不況の年でしたが、おかげさまで何々という会社に、就職が内定しました。どうもありがとうございました』そんな具合ですか?」「そうです。もしどうしてもお願いすることがあれば、あなたのことではなくて、世界が平和でありますようにとか、世の中の人が、みんな幸せになりますようにとか、そういうことならいいですよ。これは、神社でなくても、お寺でもどこでも同じです。そうすれば、神様は、ああこの人は、わかっている人だなということで、その声が神様に届くんです」なるほどなと思いました。それ以来、私たちの参拝の仕方が、変わりました。どんなに回り道をしても、正式な参拝の時には、鳥居をくぐって参ります。どんなに困っている時でも、願い事をするようなことはなくなりました。生活の報告と、それに対する感謝の気持ちをなるべく簡潔な言葉であらわすようにしています。
 
 それにしても、いつも私は師匠から言われていることがあります。「あなたは、弱いから、いつも何かを神様に求めようとしている。神様は、信じるのではなくて、あなたが、神様に信じられる人間になることです」その言葉が印象的に、いつも私の心の中に残っています。

 皆さま、今年も1年間、私のブログを読んでいただきまして、ありがとうございました。どうぞまた来年もよいお年をお迎え下さい。 八倉治療院

# by yakura89 | 2011-12-31 07:19 | 島田市 | Trackback | Comments(0)

 セロトニン不足はうつ病にもなるしキレやすくもなる

☆日本経済新聞11月30日夕刊・「キレる中高年男性目立つ・脳内物質も関係か?」について考える。



 日ごろストレスを感じてる中高年男性や「うつ病」に悩む人には、「セロトニン」を分泌するために運動・日光浴・ふれあいプラス鍼灸指圧マッサージの治療が必要なのです。


 先月、日本経済新聞11月30日夕刊に「キレる中高年男性目立つ・脳内物質も関係?」という記事を見つけました。わたしは医療に携わる人間として、「脳内物質も関係か?」という見出し以下の記事は、特に見逃せませんでした。わたしがこれまでも注目していた「セロトニン道場」と、その主催者である、セロトニン研究の第一人者、東邦大学医学部の有田秀穂教授の意見が書かれていたからです。写真では、見にくい方もいらっしゃいますので、わたしが注目した文章を書き出します。

 「有田秀穂教授によると、この物質(セロトニン)は、衝動や攻撃性を抑制する作用があり、不足すると感情の起伏が激しくなって、ささいなことでもキレやすくなるという。……」あれと思われた方も多いはず。わたしもその一人です。有田教授といえば、「うつ病」の権威です。「うつ病」といえば、セロトニンの不足からおこる病気だということがいわれています。でも、そのうつ病と「キレる中高年男性」のイメージは、なかなか結びつきません。うつ病患者の特徴は、「無気力」「倦怠感」「疲労感」「脱力感」そういうイメージです。そして、うつ病患者は「自殺の恐れ」があり危険もともなう。これが、一般的な、「うつ病」のイメージではないでしょうか。

 ところが、よく考えると、これはおかしなことでもなんでもありません。少なくともわたしたちのような東洋医学を学んだものにとっては、「陰陽論」の解釈からすぐにわかることなのです。陰陽論は、相反する二つのものが同時に存在する「二元論」の世界です。「攻撃性」と「無気力」は、一見、相反するようですが、陰陽論から見れば、同一種類の事柄です。つまり、「攻撃性」と「無気力」は、一見、相反するように見えますが、実は同じもとからから発生している事柄なのです。その証拠に、「うつ病」のひどい兆候として「自殺」があります。これは、「攻撃性」が他者ではなく「自分」に向けられたかたちに違いありません。方向が変わっただけのことです。

 もうひとつの証拠として、「殺人犯」のことがよくニュースに取り上げられます。ところが決まってよくいわれることは、まさかという人が「殺人」を犯すことが多いのです。どちらかといえば、普段はおとなしく、あまり目立たない人。「この人が?」と思われるような人が、犯人だったりするのです。これは、「攻撃性」からだいぶ飛躍していますが、これも、「陰陽論」でいう、相反する二つのものが同時に存在する「二元論」の世界なのです。

 ですから、話題をもとにもどしますが、「セロトニン」という神経伝達物質は、人間の脳から産出するもので、衝動や攻撃性を抑制する作用があるものです。それが不足すると、感情の起伏が激しくなって、ささいなことでもキレやすくもなるし、同時に、落ち込んで、無気力にもなってしまうのです。どういうふうにでるかは、「神のみぞ知る」という感じです。つまり、自分自身にも誰にもわからないのです。

 新聞の記事の中でも、有田教授はセロトニンを分泌すを活発にする方法として、次のように述べています。「『運動・日光浴・ふれあい』の3つの要素を積極的に日常生活に取り入れてみてはどうだろう」しかし、教授は、もうひとつ大切なものを忘れています。その大切なものは何かといえば、わたしたちのような指圧鍼灸師が行なっているような「治療」です。この治療によって、脳から「セロトニン」が分泌されるのです。そのことを決して忘れないでください。

☆このブログから「セロトニン」に興味を持たれた方は、わたしのブログから「セロトニン道場」にリンクしてみてください。また、もう一度有田秀穂教授の「セロトニン」についてインタビューをごらんになりたい方は、こちらをクリックしてください→セロトニンとは



# by yakura89 | 2011-12-23 05:00 | うつ病 | Trackback | Comments(0)

☆バンクーバーのスタンレーパークで撮りました。マガモってきれいですね。

 頸性神経筋症候群はストレス社会におこりやすい病気

 この病気を調べてわかったことですが、やはりはじめは「首こり肩こり」が原因だったんですね。こういう病名が誕生するまえは、わたしたちはこれに近い病気として「頸肩腕症候群」とか「胸郭出口症候群」という名前で説明させてもらっていました。肩こりでの人で首こりがいない人はほとんどいません。そのくらい、首こりはよくおこる症状です。特に現代社会は、大人から子供まで誰にとってもストレス社会です。こういう社会に生きていると、どうしても首こり肩こりが始まるのです。指圧マッサージ師ならほとんどの方が知っていますが、「ストレス凝り」といって、ストレスが強い人がよく症状として痛みを発する箇所が2カ所ほどあります。それは、ひとつ目は「胸鎖乳突筋」という筋肉と「肩甲間部」といって左右の肩甲骨の間にある筋肉です。例えば「脊柱起立筋」とか「僧坊筋」や「頭板状筋」といった筋肉です。それこそ、そういう筋肉がはってくると、これは「ストレス凝り」だというわけです。

 首は、わたしたち治療する者にとってすごく大切なところです。「頸性神経筋症候群」というのは、病名にしてみるとすごく恐ろしいような感じがしますが、ひらたくいえば、「首こりによって頸椎からでている腕神経叢(わんしんけいそう)や腕や指を動かしている神経を痛めたためにおこる。神経痛や、その神経が支配している筋肉におこる凝りなどの一連の症状。それプラス、自律神経の変調によっておこる自律神経失調の病気のこと」だから、どのような自覚症状をともなっても、べつにわたしたちの治療院では、驚くことでもなんでもないのです。自律神経失調による症状はさまざまであるが、メニエール病やうつ病などの精神疾患をともなう患者さんが、続出したとしても特にそのことで驚くこともありません。すべての疾患は、はじめ肩こり腰痛から始まって、あらゆる病気に発展していくものなのです。

 この「頸性神経筋症候群」の治療には、「首」の治療は書かせないことは確かですが、それだけの治療では治まるはずはありません。つまり神経によって痛めた筋肉を全部、ほぐしてあげてはじめて、自律神経失調からくるいろんな症状が治まっていくものなのです。いくら精神疾患があるからといって、あまりむやみに「精神安定剤」や「鎮痛剤」「鎮静剤」「睡眠薬」などを処方されますと、実は大変やりにくい状況が生まれてきます。実は、「頸肩腕症候群」「胸郭出口症候群」「メニエール病」「うつ病」「頸性神経筋症候群」と仮にどんな病名がついたとしても、わたしたち治療院の治療方法は、基本的にはあまり変わりません。患者さんの症状を聞いて、その痛みや拘縮を取り除いてあげるだけなのです。つまり、痛みも症状も程度の差こそあれ、みんなわたしたちの脳から発していることなのです。ですから、後は患者さんの脳から「エンドルフィン」や「セロトニン」などの神経伝達物質がでるのを待つだけなのです。治療者は、それらの物質がでやすくなるように、治療をしてあげることが一番大切なことなのです。だからこれは、病院の関係者がつけた新しい病名ですが、やはり治療は、わたしたち鍼灸指圧マッサージを行なっている治療院のものにお任せください。餅屋は餅屋です。



# by yakura89 | 2011-12-22 05:00 | 頸性神経筋症候群 | Trackback | Comments(0)

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