指圧は仁術なり

☆八倉治療院の治療室内、右上にある両親の遺影がいつも私の治療を見守っている。
e0167411_13285431.jpg

 私にとって「指圧」の先生といえば、真っ先にこの二人の顔が目に浮かぶ。一人は、もちろん私の師匠。私の治療が、主に「指圧」なのは、やはり、師匠の影響が強い。そのくらい「指圧」は、私にとって特別なものである。そしてもう一人が、なぜか、日本指圧専門学校の創始者である浪越徳治郎先生である。そうあの有名な「指圧のこころは、母ごころ。押せば命のいずみわく」のスローガンは、おそらく私らくらいの世代の人なら意外と誰でも知っていることだろう。着物に袴姿の先生が、ワハハハ……と豪快に笑うあの番組。子供の頃にみていたあの番組。確か桂小金治のアフタヌーンショーだったろうか。あの「浪越徳治郎・指圧教室」は、印象が強烈で今でも私の脳裏に焼き付いている。

 どうして「指圧のこころは、母ごころ」なのか、自分がこの仕事をやるようになってから、よくわかるようになった。親指のことを私たちは普通「母指」とよんでいる。その母指は指圧には欠かせない指。くる日も来る日も休むことなく、私の母指は、よく働く。ある時は、患者さんの患部に強く押しあてられる。また、全身のツボといわれるツボをくまなく探しては、圧迫していくのもこの母指が使われている。本当に役に立つ働き者である。この母指がなければ、患者さんの体の様子もわからないし、大切な感触や反応もつかめない。何はなくても、この母指なくして治療はあり得ないのが、私たちの世界である。その、母指にたよりすぎるあまり、この「指圧」の勉強が始まった頃には、よくこの母指を痛めた。そして、開業して1年間くらいは、母指に痛みを感じない日はなかった。そんな時によく母親のことが思い出された。結婚する前の若い頃から働き者だった私の母。そして、父と結婚して家庭を持ってからも、母の体は、休むことがなくよく働いた。家庭のために、そして、私たち子供を育てるために、自分のことなどまるで後回しといったような感じの生き方であった。交通事故でなくなるまでの67年間の母の人生を考えると、私たちの今の幸せは、まるで母の「自己犠牲」のうえに成り立っているような気がする。だから、今でも私は、母指に母のイメージを重ねてしまう。私にとっては、今でも母指は母親であり、「指圧のこころは、母ごころ」なのである。

 なぜこのような話を切り出したかといえば、「指圧は仁術なり」の言葉が、誰のこころにも自然に理解されやすくなると思ったからである。「仁」は、中国の偉大な思想家、孔子が説いた教え「仁」からきている。「仁」は、「まごころ」・「思いやるこころ」・「愛」である。黒澤明監督の有名な作品に「赤ひげ」という作品がある。あの赤ひげに登場してくるお医者さんが「医は仁術なり」といった。まさに、名前は忘れてしまったが、主演三船敏郎さんふんする「赤ひげ」にぴったりの言葉だと思う。しかし、いまの「医学」は、人を「思いやるこころ」どころか、「こころなき医療」に転じてしまっている。それゆえに、私たちの行っている治療「指圧」こそ「仁術」だと考えている。仮に自分の指に痛みがある時でも母なる母指を使い。まるで指に目があるかのようにぴたりと患部を探し出す。そして、患者の痛みを押し計り、そして、痛みを取り除いていく。これを「仁術」といわなくて何を「仁術」というのだろう。私は、そのくらいの自負をこれからもずっと持ち続けていこうと思う。私の家には、昔から父親の「優しさ」と、母親の強い「愛」があった。その二人の愛情に育まれていまの私がいる。だから、父や母が亡くなった今でも、魂の世界から、いつまでも私を見守っていてくれていると思っている。そして、いつでも患者さんの病気に決して負けないパワーを送ってくれることだろう。そんな思いから、八倉治療院の治療室には、守り神として父や母の遺影をかけさせてもらっている。私の治療室には、ひとつひとつのものに意味がある。この二人の遺影は、私の治療をいつも見守っていてくれているのである。


人気ブログランキングへ
応援のクリックありがとうございました。
[PR]
by yakura89 | 2009-07-13 13:32 | 八倉治療院エトセトラ | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://yakura89.exblog.jp/tb/10607024
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。