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霊性を高める

☆福沢諭吉の「心訓七則」

 1、 一、世の中で一番楽しく立派な事は、一生涯を貫く仕事を持つという事です。

 2、 一、世の中で一番みじめな事は、人間として教養のない事です。

 3、 一、世の中で一番さびしい事は、する仕事のない事です。

 4、 一、世の中で一番みにくい事は、他人の生活をうらやむ事です。

 5、 一、世の中で一番尊い事は、人の為に奉仕して決して恩にきせない事です。

 6、 一、世の中で一番美しい事は、全ての物に愛情を持つ事です。

 7、 一、世の中で一番悲しい事は、うそをつく事です。


「出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より
「福澤心訓」(ふくざわしんくん)は福澤諭吉が作成したとされる7則からなる教訓である。「福沢心訓」、「福沢諭吉翁心訓」、「福沢心訓七則」、「諭吉心訓」、「心訓」、「七則」などとも呼ばれる。実際は福澤の作ったものではなく、作者不明の偽作である。
成立 「福澤心訓」は作者不明の偽作であるため、いつ、誰が、何の目的で作成したのか不明である。……」

 皆さんはこの名言をご存知でしたか。この有名な格言は、いろんなところで使われているようだ。私がインターネットで、この名言を調べるたところ、経営者を育成するための会社でも、これを使用していた。よい経営者を育成するため、この言葉が生かされるようである。しかし、それは、経営者に限られたことではない。坊さん・教師・医者などすべての聖職に携わる人が、教訓として座右の銘にしたらいいなあと思われる格言だといえよう。というのは、私が、この「心訓七則」を意識しはじめたのは、師匠の治療室におじゃました時に壁に掲げてあったのを目にしたからである。それ以来、この名言は、師匠が無言で私に諭してくれているような気がして、意識しだすようになった。

 私は師匠に出会ってから、いろいろご指導を受けているうちに、大変なことに気づいたのである。それは、治療家にとって「霊性を高める」ということがいかに大切であるかということである。治療家の場合は、素晴らしいと思える治療家には、例外なくこの「霊性の高さ」がある。つまり、治療家の善し悪しを決定づけているものは、「霊性の高さ」にあるようなのだ。治療家は、常日頃、霊性を高めていくことで、パワーやエネルギーが増大していく。そのパワーが、治療に結びついて奇跡を起こしているようなのである。だから、治療家が、霊性を高めるということはどんなに大切なことか。私なりの「心訓七則」の解釈をしてみた。

 「霊性を高める」ということを言葉から解釈すると、私は、まるで、修行僧が、厳しい修行の末、「悟り」をひらいていくような感じが、イメージとして湧いてくる。間違いなく、「霊性」は、クオリティーの世界でありレベルの差が存在する。そのずっと先にあるものは「悟り」のようなひらかれた世界である。しかし、私たちは、「この世」という世界を修行の場にしていることは確かであるが、宗教の世界を修行の場にしているわけではない。私たちの「修行」とは、座禅をしたり念仏を唱えるわけではない。現実の生活の中にあって、抱えている問題を正面に受け止め、それを克服していくことこそ私たちに与えられた「修行」といえよう。「自分の仕事を持ち、その仕事を誠実に行うことで世のため、人のために貢献できる」。そのことこそ、「霊性を高める」ことに繋がっているのである。この「心訓七則」からは、そのような解釈が成り立つ。

 ところが、実際にこれを実践するとなると本当に難しいことがわかる。これから先は人によって違いが生じてくる。私の場合は、特に「第6番目」。「全ての物に愛情を持つこと」など、私には到底できない。「好きな物は好き、嫌いな物は嫌い」が私の大きな障害になっている。とにかく私は、好き嫌いが激しい人間である。坊主が嫌いで、わざわざ坊さんの大学を選び、坊さんが経営する私立の高校に就職した。それでも坊さんが好きになれなかった。また、更にひどいのは、学生時代から、教師が嫌いで、嫌いでしょうがなかった。それなのにわざわざ、「一生涯を貫く仕事」に教師を選んだ。23年間も教師をやったが、それでもやっぱり教師が好きになれずに、今の仕事を選んだ。だから、「美しく」なるために「好き」「嫌い」という「感情」は、いかに高いハードルであるかが私にはよくわかる。

 同様に、難しいといえば、「第7番目」。「うそをつく事」も同様である。確かにうそをつく事は、誠実さからいえば、反する事である事はわかる。だから、大学時代、「人にうそをつかない」という事を目標に掲げ、がんばってみたが、1年間とは続かなかった。「人にうそをつかない」という事がどんなに辛い事かやってみればよくわかる。正直であろうとする事が、どんなに人を傷つけたり苦しめたりする事か、「うそは方便」という言葉が、かえってよくわかる気がしたのもこの時からである。そう思った時からこの目標を、簡単に取り下げてしまった。しかし、この時に、もうひとつわかった事がある。実はその事の方が、私には大きい勉強となった。実は、人と言うのは、自分で意識しないで、自分自身に嘘をついているときがあるという事だ。この嘘は、人に嘘をつく以上にたちが悪い。自分で自分に嘘をついているのに、その事が自分でよくわかっていない。もちろんこの事実は、多くの人を傷つけ窮地に追い込む事もある。だから、「うそ」ってこわい事なんだな。という事が、その時よくわかったのである。

 どうだろう「霊性を高める」という事がどんなに大変な修行であるか、わかっていただけただろうか。しかし、このような「心訓七則」のような具体的な目標がない限り、私たちは、現実に「霊性を高める」なんていう事はできない。この事について何も話した事はないが、師匠が、どうして、ご自分の治療室に「心訓七則」を掲げたのか、今なら、この私にも理解できるような気がするのである。


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by yakura89 | 2009-07-24 12:24 | 治療方針