医療にたいする考えを変えさせた本「癒す心、治る力」

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029.gif医療にたいする考えを変えさせた本アンドルー・ワイル博士の「癒す心、治る力」

 わたしがこの本に出会ったのは、1995年の頃です。今から15年前のことです。その頃のわたしは、母を交通事故でなくし、そのことで裁判も経験しました。そして、教員生活を送っていたわたしですが、私生活や幾多の仕事上の問題から、いろんな病気にかかりました。そして、何度も入退院をくり返していました。病気は、アレルギー性鼻炎・喘息・胃潰瘍・十二支潰瘍・うつ病や原因不明の感染症等です。鼻炎では、2回も手術を受けました。ところが、鼻炎がよくなったかと思うと今度は、アレルギー性喘息にかかってしまう始末です。胃潰瘍・十二支潰瘍を患ってしまう頃には、明らかにストレスが引き金になっているということで心療内科の病院を紹介されました。そして、アレルギー性喘息の治療にステロイド剤を長期にわたり服用しました。また、たびたび起こるぜんそくの発作に対応するために点滴でもステロイドを多量に使用しました。この時、使用したステロイド剤が、大量であったことが原因で、わたしは、うつ病をわずらい学校を何度か休職するようになってしまったのです。後でわかったことですが、ステロイド剤には、「免疫力を低下させる」「感染症を引き起こす」「うつ病を発生しやすくさせる」などの様々な副作用があることを知りました。手術で治すことのことの空しさや、薬の副作用のおそろしさを知り、「医療」というものが、今までのようには信じられなくなっていました。そんなときに出会ったのが、このアンドルー・ワイルさんが書いた本「癒す心、治る力」だったのです。この本は、わたしのそれまでの「医療」に対する考え方、だけではなく、わたしの人生も変えてしまうほど、強烈な出会いだったのです。

029.gif「抗」医学の限界

☆「癒す心、治す力」P24より引用します。

 「わたしは現代医学の抑圧的な傾向を憂えるものである。現在使われている薬剤のカテゴリー名を見れば、その多くが、「抗」という接頭語で始まっていることがわかる。われわれは日常的抗痙攣剤・抗高血圧剤・抗不安剤・抗うつ剤・抗コリン作動性薬・抗不整脈剤・抗炎症剤を使い、ベータ受容体遮断薬・水素受容体拮抗薬等を使っている。われわれの医学は、文字どおり「抗」医学、本質的に対抗的・抑圧的な医学なのである。
 
 「抗」医学のどこが悪い?そう反論する人もいるだろう。もちろん、熱が危険領域にまで行った時、アレルギー反応が制御不能になったときなどは、とりあえずその症状をおさえなければならない。真に深刻な状態に対処する医療技術として一時的に用いるかぎり、わたしは抑圧的な治療法に反対するものではない。しかし、病院勤務をはじめてすぐに気がついたのは、日常的・標準的な治療戦略としてそのような方法に依存していると、次のふたつの問題が生じやすいということであった。

 その第一は患者を危険にさらすということである。武器としての現代医学の薬剤は、本来的に効力が鋭く、毒性が強いからだ。その毒性のおかげで、望ましい効果が副作用で相殺される場合があまりにも多い。現代医学の対抗的な薬剤の有害反応は、生体に対する大いなる懲罰であり、研修医時代にいやというほどその実例を目撃してきたわたしは、もっとましな方法があるにちがいないと思うようになったのだ。生薬療法が魅力的に思われたのは、大学や病院で教えられた薬剤に変わる、より安全で自然なの可能性をそこに見いだしたからだった。

 はっきりとはみえにくいだけに、より厄介な第二の問題は、抑圧的な治療を続けて入るかぎり、病気は解消するどころか、病気のプロセスを強化させてしまう可能性が高いということである。………」

 029.gifステロイド剤のおそろしさ

☆「癒す心、治る力」P26より引用します。

 「ハーネマンは副腎皮質ホルモンが発見されるずっと以前に、そのことに気づいていた。副腎皮質ホルモン(ステロイド剤)は、ひじょうに強力な抗炎症ホルモンであり、現代医学の医師はその害について真剣に考慮することもなく安易に投薬している。典型的なステロイド剤は発疹の抑制に著効を示すものであり、アメリカでは現在、町の薬局で簡単に手にはいる。わたしの患者でもステロイド依存になった人の数は年々ふえる一方だ。ステロイドのクリームや軟膏を使っているあいだは発疹もおさえられるが、ひとたび使用をやめると症状が再発し、しかも以前よりは悪化する。病気のプロセスが解消されたわけではなく、症状を奥に追いやっただけなのだ。病気は外からの対抗力が停止するとすぐに力を結集し、新しい表現をとってあらわれようとする。

 ステロイドが全身的に使用されると、その抑圧的効果と毒性はさらに顕著になる。関節リュウマチ、喘息など、自己免疫疾患やアレルギー疾患の治療では、何ヶ月もステロイドを使っている患者は、そのひどい害作用(肥満・抑うつ・潰瘍・白内障・骨の弱化・にきびなど)に苦しんでいるが、症状の深刻な悪化をおそれて服用をやめることができない。おさえられた病気のエネルギーはどうなるのか?それはどこに行ってしまうのだろうか?


 多くの患者を診ていると、ハーネマンの警告の意味がわかるようになる。最近来診した三十代半ばの女性患者は、二年前から強皮症という厄介な自己免疫疾患の症状に悩まされていた。強皮症の典型例は、低温にさらされた手が痛み、蒼白になるという症状の発現からはじまる。レイノー現象といわれるその症状は、神経血管系の不安定性をあらわし、体表だけではなく深部の神経および血管機能の障害がすでに存在している、または将来起こるという徴候である。

 その患者はレイノー症状について関節痛、指の腫瘍が起こり、やがて手指の皮膚の効果があらわれた。強皮症の古典的な特徴である。進行した強皮症患者の手は冷たく、紫色になり、表面がつやを帯びて硬くなり、可動性がなくなる。しかし、美観を損なうこの外面的変化は強皮症のほんの一端にすぎない。消化器系や心肺系にまで組織の硬化が進めば死にいたるのだ。」


029.gif「悪魔の薬」ステロイド剤は、現在どこの病院でも平然と使われている。しかし、それを指摘する人は少ない。

 最後の方の引用文がわかったでしょうか?「強皮症」というのは、自己免疫疾患のひとつです。人が病気と闘うように、病気の方も人と闘っているのです。「強皮症」は、自己免疫疾患の中でも、もっとも重い疾病のひとつです。こうなると、治療薬は、ステロイド剤しかありません。この患者さんが使用していたステロイド剤は、「プレドニゾン」というステロイド剤で、わたしもかつて「花粉症」で使用したことがある薬です。自己免疫疾患では、現在ほとんどの病院で、このステロイド剤は使用されています。特に、皮膚科等では、ステロイド剤の使用は常識です。わたしがこうして今現在、「ジンマシン」・アレルギー性の全身湿疹で苦しんでいる時も、医者からすすめられる治療薬は、ステロイド剤でした。でも、わたしは、断固としてステロイド剤を拒否しているのはこういう理由からです。この「悪魔の薬」は、わたしたちの自然治癒力を徐々に奪い去り、やがては、死に追いやるのです。「誰がそんなおそろしい薬に手を染めるか!」というのが、わたしの主張です。でもこれは、本当にステロイドの薬の副作用に苦しんだものしかわかりません。わかってもらえないのが残念ですが、いざ自分の身に起こってみると、本当によくわかるのです。しかし、今日、医学界では、ステロイド剤の発明は、抗生物質ペニシリン以上の大発明とされてきました。しかし、その毒性については、ほとんどの医者は、沈黙しています。アンドルー・ワイル博士が、「抗」医学の限界といっているのは、こういうことだったのです。


癒す心、治る力―自発的治癒とはなにか

アンドルー ワイル / 角川書店

私がこの本を書いたのは薬学と医学の考え方を変えるためです。医療現場で働く人や自分の体に問題を抱えている人は、今の治療法に限界を感じている場合が多い。そういう人達に、世界にはまだ広く知られていないが、有効な治療法があるということを知ってもらいたかった。この本は誰にも読める本です。自分の体験や癒しに興味がある人、知識はないけれども知りたいと思っている人はもちろん、医学や薬学を専攻している学生さんや専門家にも読んで欲しいと考えています。<ワイル博士が日本読者に向けたメッセージ>

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by yakura89 | 2010-11-27 08:30 | ナチュラルメディスン | Trackback | Comments(2)
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Commented by ステロイド at 2010-11-28 01:47 x
副腎皮質ステロイドホルモンとはそんなに悪魔のような薬なのでしょうか?
そのお陰で命を救われた大勢の患者がいることも事実なのですから。
Commented by yakura89 at 2010-11-28 06:28
その点について、アンドルー・ワイル博士は、こう書いています。わたしの見解もまったく同じです。「「抗」医学のどこが悪い?そう反論する人もいるだろう。もちろん、熱が危険領域にまで行った時、アレルギー反応が制御不能になったときなどは、とりあえずその症状をおさえなければならない。真に深刻な状態に対処する医療技術として一時的に用いるかぎり、わたしは抑圧的な治療法に反対するものではない。しかし、病院勤務をはじめてすぐに気がついたのは、日常的・標準的な治療戦略としてそのような方法に依存していると、次のふたつの問題が生じやすいということであった」