コリや痛みがわたしたちに教えてくれている

☆カナダ・バンクーバーのスタンレーパーク、ここはサイクリングで楽しんだ。
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029.gifコリや痛みがわたしたちに教えてくれている

 最近、治療をやっていていろんなことがわかってきた。そうすると、わたしの考え方は、今までとはまったく変わってしまった。どうしてこんなにも変わっていくのか。自分でも驚くくらい不思議な気がする。それは、「わたしたち人間のからだは完璧である」ということを知ることから始まった。臨床の積み重ねというものは、とても大きい。特にわたしたちのように、機械にたよるわけではなく、薬にたよるわけでもない。本当に手探りの治療というのは、臨床結果も忠実にあらわれてくるので、学校では教えられることもない知ることもできないことが次々にわかってくる。このようにしてわたしが学んだことは得難い経験だといえる。

 わたしが、人間のからだが「完璧」だということを知ったのは、人間のからだの構造とその働きを知ってからだ。わたしたちのからだでおこったことには、何らかの意味がある。例えば、わたしたちが風邪を引いたとする。そうすると、人体は風邪の菌と闘おうとして熱を発する。それは、風邪の細菌やウイルスが、熱に弱いことを知っていて、自ら戦いを挑もうとしていることのあらわれである。あるいは、風邪を引くとよく嘔吐や下痢で悩まされることがあるが、これもよく考えると排毒を行なっているのである。また、よくお肌のトラブルということで、ニキビや吹き出物をわたしたちは敬遠するが、これも人体が肌から排毒をおこなっている生理作用なのである。このように、わたしたちのからだでおこっていることは、すべてに意味がある。「無駄」なことは一切ないのである。

 こうして「わたしたち人間のからだは完璧である」ということを知ると、いろんなことが意味のあることに思えてきた。わたしたちは、コリや痛みを嫌う。しかし、これにも意味はないのだろうか。そうして考えてみると、思い当たることはたくさんあった。これは失礼なことかもしれないが、患者さんは、本当によくからだを壊す。よくなってもよくなってもまた次々に、痛めて治療にきてくれる。よほど私が好きなのかと誤解してしまうほどだ。しかし、冗談はさておき、つい最近、せっかくよくなって「よかったよかった」といって帰られた患者さんから、次の日また電話がかかってきた。「どうしたんですか?」と聞くと「昨日は痛みがとれて、あんまり自分のからだがよく動くようになったので、嬉しくなって、調子にのってやっていたら、また、痛めてしまいました」という返事が返ってくる。

 このようなことが、本当によくあるのである。ということは、このような患者さんには、ある程度のコリや痛みは、自分のからだを防衛する意味で必要なことなのかもしれない。もしかしたら、このようにして、からだは、自分自身を守っているのかもしれない。少なくとも、痛みもなく動いてしまったら、もっと痛めて悪化するというケースはたくさんある。そういう事態がおこることを防ぐために、コリや痛みが、動かなく、あるいは、動きにくくすることで、わたしたちの大切なからだを守っていてくれているのである。

 もうひとつ、「痛み」は、わたしたち治療者からすると治療に不可欠なものである。なぜなら、わたしたちのからだの痛みというのは、優先順位をつけている。ここが一番つらい。ここを治してほしいというところにしか、痛みを発しない。だから、いくら問診で、患者さんから、痛みの箇所を聴こうとしても、性格に答えられる患者さんは、まずほとんどいない。だから、治療者のわたしたちは、患者さんのからだから聴きながら、教えてもらいながら、治療を行なっていく場合がほとんどである。つまり、「痛み」は、治療にかくことができないもので、これがなければ、わたしたちの治療は、成立しないといえる。そういう意味で一番困る患者さんは、「痛み止め」を使っている患者さんである。実は、「鎮痛剤」「鎮静剤」の効果がある薬というのは、結構、わたしたちの身の回りには、多く出回っていて、市販薬でも簡単にわたしたちには手に入れることができる。

 しかし、これを常用した患者さんは、明らかに、治療での反応が違う。本来なら痛みを感じるはずのところが痛がらない。それは、感覚神経が麻痺しているということなのである。そうなると、指圧でもハリでも、刺激が感覚受容器に反応し脳に伝えられなければ、治療は成立しないのである。からだの異状は、痛みを通して認知されるが、また、そのからだを治していく時にも、正常な神経と脳の働きが必要なのである。実はその妨げになっているのは「薬」という場合が実に多い。だからわたしは、「痛み」というのは、「無駄」なものとは決して思ってはいない。むしろ本当に「有害」なものは、不必要にあたえられた「薬」なのである。
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by yakura89 | 2012-01-07 10:23 | ホリスティックな治療院 | Trackback | Comments(2)
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Commented by wednesday18 at 2012-01-07 22:30
この銅像の前で写真を撮ったことがります。懐かしい!

痛みは体の警告ですね。
内臓が原因なのに肩や腰に放散痛があったり
見た目で判断できないことを痛みという
直接的な感覚で体にサインを出しているというのは経験があります。

薬のお世話になるのは極力避けたいのですが
最近ステロイド剤の服用を始めました。
症例の少ない疾患だそうでステロイドしか効かないのだそうです。

即効性があるというのが理由のひとつではないかと素人ながら思いますが
即効性ほど怖いものはありませんね。
できることなら漢方などの選択肢があれば有難かったのですが。

短期間の服用で治せればいいなと思っています。
Commented by yakura89 at 2012-01-09 12:11
そうですね。世の中には、わかっていても思うようにはいかないことがたくさんあります。wednesdayさんの今度の場合もそのひとつかもしれません。一時的な後退も長い目で見れば、必要なときもあります。思うようにならないのが人生ですから、でも、即効性があるということは、薬の服用が短期間で済むということですから、なるべくそうなるように祈っています。早く元気な体をとりもどしてください。