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「按摩さん」

 私は、映画が好きなのでよくレンタルビデオなどを借りてきて見る。今週は「山のあなた〜徳市の恋〜」を見た。今の人気アイドルグループ、スマップの草粥剛くんが目が見えない「按摩さん」役で主演していたので、面白そうだと思った。時代は、馬車がバスの代わりに走っていたから大正か昭和の初め頃の話。舞台は、長閑な山間のひなびた温泉宿。情景も日本の古き良き時代を感じさせるようでとても素敵なところ。情景を見ているだけでも心が和む。一度は行ってみたいようなとても素敵な長閑な田舎の温泉宿。草粥くんの扮する按摩さん「徳市」は、とても負けず嫌いで感がよく働く人。もし「目あき」であれば、仕事でも恋でもなかなかのやり手であったろうと思われるようなキャラだった。その徳市が、「ぷ〜んと東京の匂いがするいい女」のお客に恋をしてしまうというお話である。

 スマップの草粥くんが扮する「徳市」は、恋をしてもおかしくないくらいの年齢。20代の年頃の青年。女の人を好きになってもおかしくはないのだが、そこは「目あき」とは違う。自分の恋心も打ち明けられず、密かに片思いに苦しみ悩む毎日を送る。ここで可哀想だと思ったは、障害者に対するいじめや差別だ。特にこのお話の中では、特別に悪いという人はいないのだが、子供から大人まで、心ないいたずらの場面が見られた。子供は、徳市の仲間の福市という按摩さんが仕事をしている時に、こっそり紙を細く撚ったもので鼻の中をつっついて遊ぶ。福市は、それを知らないでクシャミを連発。また、虫が自分にまとわりついていると思い振り払おうとする。また、その様子を見ておもしろがる子供。大人は大人で、夜道の橋のたもとでカエルの鳴き声をまねて、徳市が驚く様子をからかうように笑う。そういう心ない悪ふざけや差別が、徳市を負けず嫌いにさせるのだろう。徳市は本当に負けてはいない。温泉宿に行くまでの山道の道中を「今日は、何人追い抜いた」といっては挑戦するのである。そして、まるで「目あき」にできて自分にできないものはないというように、散歩もするし、山登りもする。驚くことに、川で泳いだり、飛び込みもできるというのだ。山登りにきた大学生にからかわれた時も大勢を相手に喧嘩までするのである。そのくらい徳市は「目あき」に負けたくない気持が強いのだった。

 どうして人は、このように障害を持って生きている人に対してやさしくないのだろうか?好きで障害を持って生まれてきた人はいない。不自由を克服して一生懸命生きている人に対して、もう少しやさしさを持って接する人が増えてもいいのにと思うのだが。それは今も昔も変わらない。普通の人間が持っている優越感や劣等感の感情が見え隠れする場面である。私はよく知らなかったのだが、「按摩さん」という言葉も差別用語のひとつだそうだ。昔から目が不自由な人ができる仕事は限られていた。外国はどうか知れないが、日本では、「はり」「きゅう」「按摩」は、目に障害のある人が就く専門職だった。近年になってその専門職に私たち晴眼者が、参入してしまったのだ。そのために「按摩さん」には、目に障害を持った方と、晴眼者の二つの違う種類の学校を卒業してきた治療者がいる。前者は盲学校。後者は専門学校。と、学校が違うので学生のときは、ほとんど交流はない。ところが、卒業してしまうと同業者ということで組合に入っている人などは、一緒に仕事をすることもあるようだ。

 話は映画の話題にもどるが、こんな場面があった。温泉宿に向かって山道を歩いているシーンで、徳市は、福市に言った。「福さん、これからは人や杖にたよって生きていく時代じゃあないよ。これからは、感をたよって生きていかなくちゃ。それでは、向こうから子供がやってくるけれど、何人か当ててみよう」というのである。福市は8人。徳市は8、5人。大きい子供が、一人赤ん坊を背負ってやってくるのを当てた。特に泣いているわけではない赤ん坊を徳市はどうしてわかったのか。不思議でならなかった。その時に、私は以前、師匠から指導して頂いたときの言葉を思い出したのだ。「私たち治療者は、患者さんの悪いところにさっと手が行くようでなくてはなりません。ハリでもそうですが、第7頸椎の右横、3寸とかやっているようではダメなのです。そこへ行くと盲人の方が、まるで自然に手を導かれるように、計らなくてもさっと自然にツボにハリを打つ。そのようにならなくてはダメなのです」

 私たち晴眼者が、治療する場合。どうしても目にたよっていることが多い。治療をはじめる前に診察を行う。目で診察することを視診という。もう既に診察の段階から、目をフルに使って治療している。そのくらいだから当然治療自体が、晴眼者と盲人では違うのかもしれない。しかし、もしツボ(経穴)を計らなくてもさっと手が行くようであれば、それは「達人の技」と言えるだろう。そういった感覚が治療者には、必要である。「第6感」。目の見えない人は、視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚の5感が欠けている。欠けているからこそ第6の感覚が晴眼者に比べ優れているのかもしれない。また、徳市のような人はその中でもずば抜けた感覚の持ち主だろう。そういう私も実は、5感が欠けている。以前にも書いたことがあるが、私の場合は、嗅覚がない。子供の頃から鼻が悪く、小学校の高学年を迎える頃には、嗅覚がもうなかった。だから、私にも障害がある。ただ、目の見えない人からすると私の5感は、生活に支障はないだけに助かっている。しかし、だからというわけではないかもしれないが、私の場合も、触覚が、もしかしたら普通の人以上に発達しているかもしれない。というのも何ヶ月前にきた患者さんでもその状態が感覚の中に記憶が残っていて、現在の状態と比較することができる。だから、「この部位がこのように変化しましたね」というような様子の変化を患者さんに話して伝えることができる。「第6感」も、もしかしたらあるのか、意外に感が働くときもある。

 以前、美輪明宏さんの「正負の法則」を覚えているだろうか。人には、欠けている面と人より優れた面の両方を持っている。だから、明らかに、「負」を背負った人には、それに変わる「正」の部分が備わっている。だから、徳市のような盲人でも人より優れたものがあるのは当然な話だと言える。そんな感覚でこの映画を鑑賞できるとまた面白い見方ができると思う。しかし、私は治療の世界にいる人間。徳市のような「感覚」を身につけられたらどんなに素晴らしいことだろう。そういう気持でこの映画を見た。

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by yakura89 | 2009-03-28 09:48