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emoticon-0128-hi.gif 体験と人との出会いが、あなたの人生を変える

多分、前にもこのようなテーマで、このブログにも書かせてもらっていますが、あらためて、人生の節目でこの言葉をかみしめています。もちろん、経験や体験が、人生において大切なものだということは、大人になれば誰でもわかることですが、やっぱり噛み締めて、味わいたいのは、「人との出会い」です。

この言葉をわたしに教えてくれたのは、わたしの母でした。母は、私が35歳の時に、69歳の若さで交通事故でなくなってしまいました。しかし、この言葉は、母の思い出と一緒に、私のこころに一生、生き続けています。わたしが、人生の出会いの中で、最初に果たしたのが、母との運命の出会いでした。

わたしは、母から、「やさしさ・努力・愛情」が、人生でいかに大切であるかを、母の生き方を通して教えてもらいました。この3つの言葉が、わたしの人生を形成する上で最も大切なキーワードになりました。

誰もそうだと思いますが、両親、家族、友人、恋人などは、もうそれだけで、大切なかけがいのない人との出会いが始まっていることは、間違いありません。その中には、もしこの人との出会いがなかったら、今のわたしの人生は、決してあり得なかったことだろう。そう思うことは、いっぱいあります。

目を閉じてください。あなたには、そういう運命の出会いの人が、何人いるでしょうか?男、女、年齢の隔たり、数の多さ、それらは、運命との出会いとは、まったく関係はありません。いかに、あなたという人間の運命を変えてくれたか?そこが、重要なポイントだと思います。

しかし一方で、運命の出会いとは、お互いに育むものであることを忘れてはいけません。とても理解と寛容さが大切なのだと思います。せっかく、目の前に、もしかしたら運命の出会いが、存在しているのかもしれませんが、互いにそれに気づかない場合がよくあります。大切なものと、そうではないものが、混在してしまって、それに気づかないで、すれ違ってしまう場合が、現実にはたくさんおこりえるものなのです。

わたしも人生の半ばですが、まだまだこれから先に、運命的な人との出会いが、待っているかもしれません。もしそういう出会いをさせていただけるのなら、わたしは、今まで以上に大切にしようと思います。わたし自身の、こころと魂と直観を信じて、素直な気持ちで、人との出会いに向き合おうと思います。
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emoticon-0128-hi.gif 「おみおくりの作法」に陰徳をみました

「人は何のために生まれてくるのか?」わたしは、昔から何度も師匠から聞かされてきた答えが、この映画の中にありました。わたしたちは、この地球学校に学びにきているのだそうです。この学校には、通信簿みたいなものがあって、その成績に応じてその人の来世が決められるのだそうです。

「じゃあその成績を上げるためにはどうすればいいのですか?」とある日、師匠にお聞きしましたところ。次のような答えが返ってきました。「それは、徳を積むことです。あなたが、世のため人のためになることを行なえばいいのです」とおっしゃられたのです。でもこうも言われました。「徳には、陽徳と陰徳がります。でも陰徳こそ、最も価値のある徳なのです。陰徳とは、自分が行なっている行為は、誰にも知られず。誰にも評価されることなく。何も利益や名誉として返ってくることもない」そういう一見、報われない徳なのだそうです。

この映画のロンドン市の民生係。ジョン・メイの仕事ぶりや彼の生き方に「陰徳」を見させてもらいました。彼は、たった一人で寂しく人生を終わり亡くなった人を、弔うのが、彼の仕事でした。しかもたった一人で何もかも準備し、こころをこめて見送るのが彼のやり方、というか作法なのでした。誰に頼まれたわけではなく。亡くなった人の宗教やご家族や好きな音楽などを調べて、弔辞も書いてあげたり、たった一人でも、お葬式にも参列し、埋葬までも行なう。それが彼の日常のおみおくりの作法なのでした。

わたしは、職業は違っても、こういう人の作法というのは、誰にも通じるものがあるものだなあって思いました。だから、すごい共感を持って、映画を最後まで楽しませてもらうことができました。会話の少ない。すごく静かな映画でしたが、静かで会話が少なければ少ないほど。深く考えさせられました。

「ラストシーンに、思いがけない感動のシーンが待っている」って、みなさんどんなことかわかりますか?これは、語ってはいけないことなので、あえてナイショにしておきますが。最後にもうひとことだけ感想をいわせてください。よく言いふらされた言い方になりますが、「この世には、大きく分けて、魂の存在を信じない人と、信じる人の二つに分けることができる」わたしも全くそう思います。間違いなくジョン・メイは、後者の人であることは間違いありません。あなたは、前者ですか、それとも後者ですか?後者の人にだけ、このお話をお奨めします。これも、やはり、目に見えない世界のお話のひとつです。
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emoticon-0128-hi.gif10代の若者でも座骨神経痛のある人は多い

「座骨神経痛」と聞くと、なぜか、年配の先輩方を想像するみたいなのですが、実際には、10代や20代の若者にも座骨神経痛がある人は多くいます。では、「座骨神経痛」というのは、自覚症状はあるのか?どういう基準で、「座骨神経痛」と判断すればいいのか、そこが知りたい。

☆座骨神経痛の痛みと主な症状、見逃してはならないチェックポイント12

1、肩こり腰痛があって、姿勢が悪い。
2、勉強中や仕事中に長くいすに腰掛けているのがつらい。
3、運動したり、身体を動かすことがつらい。
4、お尻の筋肉が痛い。(特に尾骨周辺が痛いという人が多い)
5、特に運動したわけではないが、お尻から太ももの裏側の筋肉が痛い。
6、膝の上の外側から裏側の筋肉が痛い。
7、ふくらはぎが、張って痛むことがある。
8、全体的に足の筋肉の裏側が痛くて、歩きにくい。
9、歩いていて、よくつまずいたり転んだりすることがある。
10、寝ていて、よくふくらはぎの筋肉がつる。
11、かかとの辺りが痛む。
12、肩や肘や手に痛みやシビレがある。


以上の、チェックポイントを読んで、3つ以上、該当する項目がある人は、座骨神経痛の疑いがあるか、「座骨神経痛」を持っています。6からの後半に該当する項目が多くあった場合は、間違いなく「座骨神経痛」であると判断できそうです。

座骨神経には、症状にいろんな特徴が見られますが、相対的に見て、番号が若い程、症状は、軽度です。1から3まででは、まだ、「座骨神経痛」とは、判断で来ません。ただ、後半の番号が増す程、症状としては、重くなっていますので、後半の番号に該当する人は、必ず、該当する項目が増え、簡単に3つ以上になるはずです。そうした場合は、間違いなく、「座骨神経痛」であると言えます。

「座骨神経痛」は、通常、誰もが肩こり腰痛から始まります。ただその腰痛が、慢性化してくると、「神経痛」という。「つらい症状」に変わります。シビレは、神経痛の主な症状と言われていますが、シビレを伴わなくても、通常は、その神経が、支配している筋肉が拘縮といって、痛みやこりを伴いますので、少し押したりもんだりしてみればわかります。

加齢に伴い神経痛の患者さんは、増えることは間違いありませんが、いくら若いからといって、神経痛がないとはいえません。肩こりや腰痛がある以上、若い人にも座骨神経痛は起こり得ます。だから、以上のことをチェックしながら、まずは、ご自分で、「座骨神経痛」があるかどうか、チェックしてみてはいかがでしょうか?
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emoticon-0128-hi.gif「姿勢が悪いから肩がこるんじゃなくて、肩がこるから姿勢が悪くなるんだよ」

患者さんに「わたしは、姿勢が悪いから、肩がこるんですか?」って聞かれます。でもそれって、相関関係は、もちろんあると思います。でも、「逆も真なり」っていうでしょう。むしろ、この治療をやっていて、むしろ、その反対だなって思うことが多いんです。つまり、「姿勢が悪いから肩がこるんじゃなくて、肩がこるから姿勢が悪くなるんだよ」ってね。

根拠1、「肩がこっている患者さんは、ベッドに寝た時に肩が浮く」

わたしが、まだ、治療に入る前に、患者さんの状態を検診しているとき。まだ、身体に触れる前から、「肩が相当こっていますね。特に右肩が」とう言うと、患者さんは、驚かれるんです。「どうしてわかったんですか?」実は簡単なことなんです。根拠1をもう少し詳しく述べますと。肩がこっている患者さん程、仰向けになった時に、肩の部分が、ベットから浮いて、隙間ができるのです。その隙間が大きければ大きい程、患者さんの肩はこっている。といえるのです。だって、両肩が浮けば浮く程、「猫背(ねこぜ)」に近づいてくるからです。

根拠2、「肩がひどくこっている人や、腰痛がある人は、立った時に身体が左右どちらかに傾いている」

わたしたち治療家は、必ず治療をはじめる前に、患者さんの健康観察(姿勢観察)をします。これは見慣れてくるとすぐにわかるのですが、根拠2で述べたような患者さんは、左右の肩のどちらかが、上がったり下がったりしているものなのです。つまり、人間の身体は、通常、まっすぐ立った時には、重心は、まっすぐ、真ん中に来るはずなのです。ところが、肩こりや腰痛がひどい人は、身体の重心は、左右どちらかにずれています。ですから、身体の体重は、左右の足どちらかにかかりっぱなしということが起きてくるのです。

根拠3、「治療が終わって、肩こりや腰痛などが解消できた患者さんは、姿勢がよくなる」

以上のように、簡単に「肩がこると姿勢が悪くなる」という根拠を示しましたが、これまでの臨床から、患者さんの多くは、治療が終わって、肩こりや腰痛が楽になると、自然と肉眼ではっきり検診できる程、姿勢が見違えるように変わります。ですから、やっぱり、「姿勢が悪いから肩がこるんじゃなくて、肩がこるから姿勢が悪くなるんだよ」って、患者さんには、常々いっていることなのですが、今では、「逆は真なり」というのが、わたしの中では常識になっています。

つい最近では、少林寺拳法をやっている20代の患者さんなんですが、治療が終わって立った時に、「はっきり、重心が真ん中に来たことが自覚できる」って、言ってくださいました。普段、運動をやっている方なら、このように、姿勢がよくなったことも、重心が真ん中に来たことも自覚できるはずです。
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☆Sさんがくれたサボテンの花
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emoticon-0128-hi.gif 親しい友の死が、考えさせてくれたことは

今月の19日に、近所で親しくさせてもらっている友達がなくなりました。61歳という若さで、ガンと闘いながら、闘病生活をしていましが、敢え無く、最期を迎えました。

すごくいい人でした。いつも明るく、活発で、何でもてきぱきとこなす人でした。知恵遅れの人たちを支援する作業所に長年勤めて、39年ですか。困っている人のために、身を投げ出し奉仕し続けた一生でした。本当に、素晴らしい友達だったので、本当にこころから惜しまれてなりません。

昔からよくいわれることですが、いい人って、どうして、こんなに早くに旅立たれてしまうのでしょうか?「憎まれっ子や、どうでもいい人」っていったら、語弊がありますが、そういう人って、みんな長生きされて、いい人やさしい人ほど、早い時期から、お迎えがきてしまう。本当に人の世は、なんて不条理なんでしょう。

でもこうして、近所で親しい友達を亡くすと、すごく考えさせられるものですね。とりわけ、年齢も近いので、人ごとには思えません。その友達のガンは、相当進行していて、気がついて、病院で検査した時には、骨まで転移していたことがわかりました。ステージ4といわれたそうです。

それでもすぐには仕事もやめられずに、今年の3月いっぱいまで、働き続けたのです。一体誰のために?もちろん、世のため人のため。しいていえば、困っている人のためです。でもこの場合、本当に困っていたのは自分自身じゃないですか?それでも、人には、「困っている」とか、「つらい」とは、決していえない人だったんです。

わたしの妻は、この友達に、なくなる1ヶ月ほど前に、「とっても雰囲気のいい、美味しいレストランができたから、一緒に行ってみない?」と誘ってみました。「行ってみたいけど。今忙しくて、また今度ね」って断わられたそうです。また、「仕事が終わったら、いつか思いっきりヨーロッパかなんかに、旅行に行ってみたいな」って、言っているのを聞きました。

でも、「そのいつかって言うのは、彼女にとって、いつだったんでしょうか?」そういう言葉のひとつひとつが思い出されて、いっそう悔しさが募ります。だから、私たち夫婦は、Sさんを偲ぶとき、「彼女の分まで、これから、人生を楽しもうね」って、誓い合うことにしました。悲しいから、いっそう、それを実行しようと思います。多分、がんばるのも楽しむのも、今現在しかないのだと思います。
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emoticon-0128-hi.gif 女性の難敵、PMSと生理痛の不思議な話

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「PMS」や「生理痛」で苦しむ女性を見ると、私たち男性は、本当に気の毒だと思います。毎月毎月、ほとんど決まってくるお客さん。ところがこのお客さんは、肩こり頭痛、腰痛、下肢痛、倦怠感、「うつ」などの痛みや不快感をともないます。女性なら誰もが、「はやくお引き取りを願いたい」そんなふうに思うのではないでしょうか。女性にだけ起るこの生理。中には、「男女不平等」を感じられる方も多いのではないでしょうか?

ところが、世の女性から疎まれる「生理痛」実は、いろんな理由が考えられます。東洋医学では、女性の「生理」は、「血の代謝」です。経絡(エネルギーの流れ)的に考えると、脾経に関係しており、脾経のエネルギーの流れが、停滞して起ると考えます。だから、脾経を治療してあげることで、驚くほど、エネルギーのバランスはよくなります。長年、苦しんでいた「生理痛」から解放されることがよくあります。

それと、これが「不思議なお話」の始まりですが、私たち治療家が、密かに感じていることですが、すべての病気や症状には、意味が存在しているのです。それは、いままで人が気づかなかったことを、気づかせてくれることです。例えば、「生理痛」に限っていうならば、どのような人に生理痛が多いかと言えば、「生理」の意味に気づかないで、「女」である自分を恨んでいる人です。あるいは満足していない人です。

では、「生理」って、いろんな理由があって起っていることなのですが、最も大きな理由のひとつとして「排毒」が考えられるのです。身体の老廃物は、すべて、からだにとっては「毒素」にあたります。必要ないからというより、毒に近いものであるから、毒と一緒に身体の外に排出するのです。そういえば、世界中どこの国でも、女性の平均寿命が高いでしょう。それは、この排毒システムが、男性に比べて、ひとつ多いから、という見方もできるのです。

人間の身体って、実に不思議なものでしょう。どうですか?あなたも、毎月くる「お客」さんに対して、見方や考え方が、少しは変わりましたか?もし変わることができたら、すこしずつ「生理痛」も前よりも違ってくるかもしれませんよ。あなたも試しに、その相関関係を探ってみては如何でしょうか?
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emoticon-0136-giggle.gif  映画「舟を編む」をみました。

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ぼくは、久しぶりに好きな日本映画を見つけました。「舟を編む」です。ひとつの仕事を終了するのに15年もかかるという気のなが~いお話しです。ぼくらは、大辞典と言うと、岩波書店の「広辞苑」とか、三省堂の「大辞林」とかいう分厚い辞典を想像します。たぶんこれも、そういう種類の大辞典を想像してくれればいいと思います。これは、「大渡海」という名の本格的な辞典づくりのお話なんです。

ぼくは知りませんでしたが、辞典と言うのは、「言葉」の意味を調べるためのものです。ですから言葉の意味をひとつひとつ考えて、何万語ということばを解説していくものなのです。ちょうど、「大渡海」というのは、きっと、広くて膨大な言葉の海を、渡っていくために、使ってほしい本格的な辞典という意味から、考えられた辞典の名前なんでしょうね。

でも言葉の説明って難しいですよ。もし「右」という言葉を知らない人に、「右」という言葉を使わないで説明するとなると、どうして説明すればいいのでしょうか?ちょとあなたも考えてみてください。この話の主人公、マジメミツヤくんは、こう考えたんです。

「西の方角を向いた時に、北の方角が右です」どうですか正しいですよね。でもとっさにこんなことを聞かれたら、おそらく答えられる人ってそんなに多くないと思います。これってすごいですよね。でも、まだまだすごい説明の仕方もあるんですよ。「アナログの時計をみたとき、1から5までの数字がある方が右」
とか「この辞典を開いたとき、いつも偶数のページの方が右」これなんか、本当に素晴らしい説明ですよね。ちなみに「広辞苑」の説明なんだそうです。

でも新しい辞典はこういういい説明を見つけても、それをまねする訳にはいきません。だから、どんなにかなわないと思っても、それ以上のものを自分たちで考えていかなければならないんですね。ちなみにマジメくんの上司でもある辞書の先生である松本先生は、「数字の10の0のある方が右」という説明を考えたんですよ。これはすごい。これなら、「広辞苑」の説明にも負けてはいません。

ぼくは、こういう知的なお話って、とても好きですね。でもぼくが、それ以上に好きだと思ったのは、登場してくる人たちの辞典づくりに専念している熱いこころなんです。人が「辞典づくり」ひとすじに専念している姿って、本当に素晴らしいと思いませんか?ここに登場してくる人は、タイプはみんな違いますが、みんな熱いこころを持った、マジメな人たちばかりなのです。こういうのをみると、まだまだ、この日本という国も、捨てたもんではないなって気がします。

そういうぼくも治療ひとすじのマジメ指圧鍼灸師です。もちろん気を抜くこともありますが、彼等と同じように一生をこの仕事に捧げていますから、同じ仲間に入れてもらえそうな気がします。だから、このお話が人ごとではなくて、とても共感できるお話に思えたんです。特に主人公マジメミツオくんは、変人扱いされるほど、マジメな人。オタクのような感じの人でした。そのマジメくんが、仕事仲間や、香具矢さんという可愛い娘さんを、奥さんにもらって、みんなに支えられて、どんどん成長していく姿が、とても感動でした。この映画、特にマジメで一生懸命な人におススメですよ。あなたもきっと勇気をもらえるはずです。
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カナダで数百人にコーヒーをおごる「事件」相次ぐ
CNN.co.jp 7月27日(土)11時2分配信

「(CNN) カナダのドーナツチェーン「ティム・ホートンズ」で、客が自分の後に来店した500人以上にコーヒーをおごるという「事件」が今週、少なくとも6件起きていたことが複数の報道で明らかになった。

カナダのテレビ局CTVによると、最初に起きたのは22日、アルバータ州エドモントンで起きた。20代の男性がコーヒーとドーナッツを買った後、店員に自分の後に注文されたLサイズのコーヒー500杯分の代金を自分のデビットカードから支払うよう頼んだという。

同店の店長は「(その客は)自分の幸せを人に分けてあげたいと思ったか、宝くじにでも当たったのだろう」と語った。

カナダ放送協会(CBC)によると、この後、カルガリーやオタワなど複数の都市で同様の出来事が5件発生したという。

このうち、最後にコーヒーを大量に購入した人物が名乗り出た。

モニカ・カバナフさんは25日、エドモントンの病院内にあるティム・ホートンズで800杯のコーヒーを購入した。カバナフさんはCBCのインタビューで「懸命に父親の面倒を見てくれた病院スタッフにささやかな恩返しがしたかった」と語った。

この店では同日、カバナフさんの前に別の人物が500杯のコーヒーを購入していた。

この一連の出来事は、ティム・ホートンズの売り上げに貢献しただけでなく、大きな宣伝にもなったが、同社は、これはあくまで偶然の出来事で、宣伝効果を狙った演出ではないとしている」(CNNニュースより抜粋)




emoticon-0136-giggle.gifコーヒー500杯分の幸せ

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 最近では、世界中でテロだの大量殺人だの暗いニュースが多い中で、このニュースは面白い。自分が知らない、見ず知らずの、自分の後に来たお店のお客さんに、無差別にコーヒーをおごるという話。おごられたお客さんは、どのような反応をするのだろうか。隠しカメラでもあったら、その表情を見てみたいものだ。もし自分がお客さんだったら、文句なく「驚き」それから「笑顔」に、といったとこだろう。でもきっと、次に思うことは、「おごってくれたひとは誰だろう?」そう思うに違いない。それから、どんな顔をした人だろうか?やはり顔を見てみたくなると思う。

 テロとはまったく反対の、人を幸せにしてくれるお話。「コーヒー1杯の幸せ」といっても、こういうニュースなら大歓迎だ。それにしても、このあとカナダでは、このようなお話が5件も発生しているらしい。それも全部カナダのいろんな都市で起っているらしい。そういえばぼくの知る限りでは、カナダ人って本当にやさしい人が多い。やさしい国である。ぼくの大好きな国カナダでおこった「事件」、それだけにぼくは、よけいに嬉しくなってしまう。誰が聞いてもこういうハピーなニュースなら大歓迎ではないだろうか。
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カナダで数百人にコーヒーをおごる「事件」相次ぐ
CNN.co.jp 7月27日(土)11時2分配信
(CNN) カナダのドーナツチェーン「ティム・ホートンズ」で、客が自分の後に来店した500人以上にコーヒーをおごるという「事件」が今週、少なくとも6件起きていたことが複数の報道で明らかになった。

カナダのテレビ局CTVによると、最初に起きたのは22日、アルバータ州エドモントンで起きた。20代の男性がコーヒーとドーナッツを買った後、店員に自分の後に注文されたLサイズのコーヒー500杯分の代金を自分のデビットカードから支払うよう頼んだという。

同店の店長は「(その客は)自分の幸せを人に分けてあげたいと思ったか、宝くじにでも当たったのだろう」と語った。

カナダ放送協会(CBC)によると、この後、カルガリーやオタワなど複数の都市で同様の出来事が5件発生したという。

このうち、最後にコーヒーを大量に購入した人物が名乗り出た。

モニカ・カバナフさんは25日、エドモントンの病院内にあるティム・ホートンズで800杯のコーヒーを購入した。カバナフさんはCBCのインタビューで「懸命に父親の面倒を見てくれた病院スタッフにささやかな恩返しがしたかった」と語った。

この店では同日、カバナフさんの前に別の人物が500杯のコーヒーを購入していた。

この一連の出来事は、ティム・ホートンズの売り上げに貢献しただけでなく、大きな宣伝にもなったが、同社は、これはあくまで偶然の出来事で、宣伝効果を狙った演出ではないとしている。
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emoticon-0128-hi.gifクーポンや回数券は治療院のサービスではない
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世の中がこれだけ情報の時代になると、お店などでは、「クーポン」などで割引サービスを展開するところが多く見かけられるようになった。もしそのようなサービスを受けられるものなら、受けてみたいと思うのは誰もが願う人情かもしれない。同じ商品なら、少しでも安く手に入るなら、買い得感があるというものだ。

ところが、治療院のサービスを、物や商品のように、「割引」が、あってもいいものなのだろうか。もし名ばかりの治療院で、「患者さん」のことを「お客さん」と呼ぶような治療院なら、「集客」のためにそういうサービスも有りかなと思うが、少なくとも、「治療院」としての「看板」に誇りやプライドを持っているところなら、「割引」や「クーポン」は、あり得ないとわたしは思っている。痛みや症状をともなう患者さんや、病気で苦しんでいる患者さんは、この世には山のようにたくさんいる。もし治療者は、少しでも、その痛みや苦しみを解放させてあげられるなら、治療院としてこれほど名誉なことはない。治療者の頭の中にあることは、第一に、臨床経験を踏むことで、治療の技術をあげ、「なるべく多くの患者さんの、痛みや苦痛を取り除き助けて差し上げたい」これしかない。

わたしはこの道に進んでから10年ほどになる。治療院として開業してから7年目を迎えた。しかし、開業にあたり、師匠に言われた言葉は今でも忘れない。「治療院の治は、『なおす』と書きます。症状や病気を治してこそ治療院と言えます。もしはじめから治すことができないと思ったら、最初から断りなさい。もし治療して治せなければ、お金はいただかないことです」そこまで言われたことを思い出す。あまりに強烈な言葉だったので、その言葉が、わたしのこころから離れなくなってしまった。もし、これがわたしの師匠の言葉ではなければ、「バカバカしい」と思うだけで、わたしはとっくに忘れている。しかし、わたしの師匠はその言葉通りに実践している人で、それをわたしは、よく見て知っているので、まったく、その時から、治療という言葉の重みをわたしなりに受けとめ真剣に考えるようになった。

それから「回数券」を格安の料金で提供する治療院もあるようだ。ところで、それって一見、患者さんの経済的負担も考慮している良心的な治療院のサービスのように見えるが、見方を変えれば、ただ単に1回で治療するスキルと自信のないことを自認しているのと同じではないだろうか。確かに、治療の本質から言えば、「治す」のは治療者ではなくて、患者さん自身である。「予約」も患者さんが主体的に行なう行為だ。ただ、見通しの立たない治療を治療者は、何度も重ねることは、患者さんに対して「不誠実」にはあたらないのだろうか?少なくとのいくら治療院の看板を背負っているとはいえ、「治療できないものはできない。治せないものは治せない」と「リファー」するのが、また、治療者としての勤めであると思う。そういう意味で、八倉治療院には、「クーポン」や「回数券」は、治療院のサービスとしては、まずあり得ないことだ。治療の世界は、商売や物を扱うサービス業とは、一線をひくべきだとわたしは思っている。
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