カテゴリ:未病治( 10 )

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029.gifBFW(ベアー・フット・ウオーキング)というデトックス(廃毒法)を紹介します


鍼灸師というのは、エネルギーについて、日頃から研究しているので、廃毒法について、詳しい人がいます。わたしの場合は、師匠から、このBFWという廃毒法を教えていただきました。

なるべく裸足か裸足に近い状態で、地面の上を歩くこと。これが基本です。ただし、裸足といっても、わたしたちは普段から、裸足の生活に慣れているわけではありません。だから、あまり無理をしないことが大切です。土の上だから芝生が敷き詰められた公園や砂浜のビーチなど、場所は、いろんな場所が考えられます。基本は裸足ですが、芝生の上なども実際歩いてみると、小さな刺があったりで、とても痛いものです。ゴムのサンダルやジョギングシューズを使っても構いません。何より、ケガしないで長く続けられる方法が一番いいのです。ビーチも実際は、砂も大きさによっては、とても素足に痛いものもあります。波打ち際などに比較的、目の細かい砂地を選んで歩かないと、とても危険です。

☆「どうして、廃毒が必要ですか?」

わたしたちの住んでいる生活環境は、とても自然が破壊されて、空気も空も海も大地も汚染されて、とても健康な環境とはいえません。私たちの食べ物も、農薬や化学肥料の使用で相当汚染されています。それから、知らない間に口にしている合成保存料や着色料など。これらが身体にいいはずはありません。ましてや、健康を害されて普段から薬付けになっている方の身体は、毒素が、人一倍多いはずです。身体の気になる症状や病気などは、これらと関係ないと言い切ることはできません。

☆どうして、BFWは、デトックスになるのですか?

わたしたちの身体に入る栄養は、何も食べ物だけとは限りません。食べ物のほかにもエネルギーも同様に身体の中に取り入れられたり、代謝されているのです。空気や日光や水といった、簡単にエネルギーとわかるもの意外にも、氣というエネルギーも身体から、出入りしているのです。頭の百会(ひゃくえ)や足裏の湧泉(ゆうせん)は、まさに天のエネルギーと地のエネルギーを絶えず循環しているのです。もっとわかりやすいのは、植物です。太陽も天もエネルギーです。水や養分は、地のエネルギーのひとつです。だから、人間だって、天と地のエネルギーを循環しているといっても不思議はありません。昔から「天地人」といいましたが、エネルギーの流れからすると、「天・人・地」が正しいように思います。

☆「どうしてBFWは、廃毒しているとわかるのですか?」

根拠1、警察犬が、犯人を追跡できるのは、足の裏から出ている毒素の匂いを手がかりに追跡しているのです。犬くらいの嗅覚になると、体臭というより、体臭も含めて、足の裏から出る毒素のエネルギーを嗅ぎ分けられるのです。

根拠2、東南アジアの人々は、日本人より短命ではあるのですが、身体は非常に丈夫です。あんなに熱くて、厳しい自然環境にありながら、日本人のようにすぐに病気にかかって、病院のお世話になることは滅多にありません。なくなるのは日本人より多少早いかもしれませんが、元気でポックリという人がほとんどです。やっぱり、その理由のひとつとして、彼らがはいているゴム草履は、素足に近いもので、生活条件が、そのまま廃毒法にかなっているのです。そういえば、日本人も昔はわら草履を履いていました。そうした生活は、病院や薬いらずの健康な身体を作ってくれるのです。以上の理由から、いかにBFWが、エネルギーという観点から見た時に、優れた健康法になるかわかっていただけたでしょうか?

そういうわたしは、自分自身の健康と療養をかねて、毎年のある期間、集中的にハワイのワイキキビーチにBFWをしにでかけます。BFWもデトックスなら、陰陽のバランスのとれた海の水もすごい廃毒法に役立ちます。BFWと同様に海水で泳ぐことで、さらにデトックスが、完璧なものになるのです。
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029.gif肩こり腰痛治療は、未病治につながる大切な治療
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 最近は、40歳以上の成人、2人に1人はガンにかかり、3人に1人はガンでなくなる。といわれています。それに、全身麻痺状態で苦しむ、脳梗塞や急死に至る心筋梗塞など、健康に関する不安が増大しています。ですから、人間ドックを始め、脳ドックや特定検診など、病気の予防ということで、健康診断が盛んに行なわれています。それはそれでいいことですが、実は、人間にとて一番いけないことは、恐れや不安なんです。健康診断は、早期発見につながりますから、とてもいいことですから、否定はしませんが、恐れや不安という意味では、あまり、積極的な解決策とはいえません。

 病気はどうして始まっていくのか、これまでの臨床経験からわかったことがいくつかあります。それは、病気はいきなりは始まらないということです。つまり、ある日突然、ガンにかかっていたということはありません。いきなり病気は始まるのではありません。最初は、肩こり腰痛、神経痛というように始まっていくのです。肩こり、腰痛くらいで治療しておけば、人間は健康でいられるのです。人間のからだは、これは本当にすごいもので、そういう痛みを通して予告・警告が行なわれているのです。いきなり神経痛もありません。はじめは、肩こり腰痛からなのです。神経痛が始まる頃に、自律神経の失調も始まりますから、内蔵や器官などの病気もおこりやすくなるのです。

 「未病治(みびょうち)」というのは、東洋医学でよくいわれることです。簡単にいえば予防医学です。何でもそうですが、早ければ早いほどいいのです。肩こり腰痛でも、早くに治療しておけば、簡単に治るし、大事に至ることはありません。おまけに、重篤な疾患の予防にもつながるのです。薬もいらず、痛みもなく、眠っているうちに、病気が予防できたらどんなに素晴らしいことかわかりません。
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 70代の患者さんだが、治療中、よく口癖のようにこういう。「私は、何にも動いていないのにどうして肩が凝るんでしょうね?」「そうだ。どうして身体を使って動いているわけではないのに、なぜ、肩が凝るのか?」不思議に思う方もいるのではないだろうか?そういえば、若い時は、「肩こり」「腰痛」とは無縁だったのに、最近は、特別な運動をしているわけではないのに肩は凝るし、腰も痛い。そういう疑問が、ある年齢に達した大人になると誰もがもたれる疑問のひとつではないだろうか。それは、ひとことで言えば、「若い人と中・高齢者では、『凝り』の理由が違う」からである。

 若い子供の頃は、よく運動会やスポーツテストで100メートル走などで全力疾走を行うと、翌日は必ずと言っていい程、「筋肉痛」になったものである。これは解剖学的に説明すると、筋肉に疲労物質の「乳酸」が溜まったからである。もう少し、詳しく言うと、筋肉は繊維の束からで来ている。仮に、折り畳み傘の柄の部分を想像してみてほしい。顕微鏡で拡大するとこんな感じである。アクチンという筒のような神経の束に、ミオシンという棒のような神経の束が、入っていく。その様子は、ちょうど折りたたみの傘の柄のようなものを想像してくれたらいいと思う。それが、何本も何本も束になって、筋肉の収縮運動が行われている。しかし、運動も激しく長時間にわたると、疲労物質が分泌される。それが乳酸だ。乳酸は、筋肉の繊維と繊維の間にべっとりと付着し、筋肉の収縮運動を妨げる。伸びないから無理に動かそうとすると、「痛み」を生じる。これが「凝り」の原因である。

 若い人には、この説明で充分であるのだが、働いていないお年寄り、運動していない大人は、どうして身体中に凝りが見られるのだろうか。この疑問に答える前に、少し「東洋医学」の「ツボ」の話をしたい。人間には、361種類のツボがあるといわれている。しかもそのツボは、同じ系統の「経絡」という線で結ばれている。主な経絡は、12種類。肺・大腸・脾・胃・心・小腸・腎・膀胱・心包・三焦・肝・胆の12経絡である。それぞれを肺経、大腸経、脾経といったようによんでいる。見慣れないのもあるかもしれないが、大方は、人間の「五臓六腑」に関わっていることがわかるであろう。つまり、よく私達が言っている「ツボ」は、12の経絡という線で繋がり全身に張り巡らされているということだ。ということは、すべての「『ツボ』は、内蔵に繋がっている(関わっている)」ということなのである。だから、内蔵が疲れてくる年齢になると運動しなくても長時間の緊張状態が続いただけでも身体のどこかに、「凝り」が生じてくるのである。

 人間の身体というのは不思議なもので、内蔵の働きが弱ったり、異状が発生するとこの経絡に痛みを発生させる。そういうのを「内蔵痛」とよんでいる。たとえば、急性虫垂炎(盲腸)になったりすると、ミゾオチや右の足の付け根の部分が痛くなる。急性膵炎だったりすると心窩部(左の心臓の少し下)や左肩や左肩甲骨の少し下の部分が、シビレを伴った痛みを感じるようになる。というのは、臨床上よくある症状である。だから、実際に治療していて、これは変だなと思って患者さんに聞いてみると、「実は、胃がんの疑いがあるということで、病院から精密検査に呼ばれています」と告白されたということがある。また、腕の部分で心経の経絡にそって治療していくと、どうも痛がるので「これは循環器に異状がある」ということを感じ取って、病院で検査してもらうように働きかけたりということも通常の治療ではたまによくあることである。

 こういうふうに内蔵から脳へ、脳から筋肉へと神経を媒体として起こる反射を「内蔵=体制反射(ないぞうたいせいはんしゃ)」とよんでいる。これは、すごいメカニズムである。このように、病気がひどい状態にならないうちに身体のほうで私達に「注意」や「警告」を発しているのである。まだ、筋肉が凝りや痛みの状態でいるうちは、早いうちに治療すれば、大丈夫である。まだ病気に発展していないこの段階を「未病(みびょう)」という。この段階で手を打っておけば、「未病治(みびょうち)」といって、「病気の早期発見」の更にうえをいく最高の治療となる。ところが、それがすすむと、なかなか治療しても簡単には治らない。よく「私は、ひどい肩こり・首こりに悩まされている。どうしてもこの凝りが治らない」という方は、かなり危ない状態であると言える。実際、「内蔵痛(ないぞうつう)」といって、凝りも進行した形では、「肩こり」も「腰痛」も「内蔵痛」から来ていることが多いからである。だから、治療は早い段階であればある程いいのである。

 若い人と高齢者の凝りは、このように理由に違いが見られる。だから、若い人の場合は、1回の治療で治ることが多いのもこのような理由からである。また、逆に若い人なのに、どうしても治らない「凝り」がある場合は、「病気」として疑ってみる必要もあり得る。しかし、注意が必要なのは、やはり中・高年齢者の「凝り」である。凝りはどんどん重なっていき、気づいた時には、「未病」ではすまない場合が多い。だから、患者さんが、70代や80代の高年齢である場合には、仮に症状が緩解されたとしても、定期的に月に一度は受診されることをお勧めしている。後になっては取り消しがつかないのが大切な人の生命(いのち)。ところが患者さんは、私たちほどは、そのことに気づかれていない場合が多い。そうでなくても病苦に悩まされ、危険な状況が多い高齢者を、私たち治療者は、継続的に暖かく見守っていかなければならないと思う。
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☆Sさんの思い出の地、清里高原の清泉寮の牧場に咲いていたコスモス
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 大学時代の友人Kさんから、突然の訃報が届きました。「八倉君、私すごくショック。昨日Sさんが亡くなったんだって。死亡原因は、脳から出血したみたいよ」知らせを受けた私も大ショックでした。というのもつい最近、Sさんから携帯でメールをもらったばかりだったのです。先月でした。私は、9月9日に清里高原に旅行に行ってきました。その時の話題をこのブログで紹介しました。特に清泉寮で遊んだ時のことを書いたのですが、「清泉寮は、とても懐かしい私の思い出の場所です」というようなメールでした。時々私のブログも覗いていてくれているそうで「なかなか忙しくていつもじっくり読んでいられないんだけど、また、今度ゆっくり読ませてもらいます」そんな感じのメールでした。

 Sさんは、私と同じ大学の同じ国文学科の学生時代を送った仲間です。当時「みずひき草」という同人雑誌のサークルの仲間でもありました。彼女は、学生時代から、明るくてやさしくて、とてもまじめな人でした。だから、よく大学の定期試験が近くなると、彼女のノートをコピーさせてもらいました。「Sさん、お願いノート、コピーさせてくれない?」とたのむと「うん、いいわよ」と二つ返事で感じよく助けてくれました。私も大学時代は決して不真面目な学生ではなかったのですが、たくさんの資格を取るために少し無理をしていたのです。でもこうして、無事に大学を卒業できたのもSさんのおかげです。大学を卒業してからもう何年も経つのに、未だにノートに書かれていたSさんの字を覚えているくらいですから、相当、Sさんに助けられたことは確かです。

 また、誰にとっても大学時代というのは、まさに青春時代の真っただ中です。特にサークル仲間とは、よく熱く夢を語っていましたから、旅行に行ったり、大学の図書館や仲間の下宿でよく、雑誌の編集が終わった後などにお酒を飲んだりおしゃべりしたりして、楽しい学園生活を送っていましたから、いろんな思い出が、込み上げてきました。しかも、私達は、大学の「ホームカミングデイ」で何十年かぶりの再会をはたしたばかりなのです。突然でしたが、大学時代の東京近辺にいる仲間で来られそうな人に声をかけてもらい、4人ほど昔の仲間が再会しました。その中の顔を揃えてくれた仲間の中にSさんもいてくれたのです。それがちょうど1年前です。何十年ぶりのキャンパスの中や思い出の大学付近をいっしょに歩きました。昔懐かしい食堂でランチを食べました。また、大学の駅の近くで、思い出話や近況報告などをお酒を飲みながら語り合ったのです。本当に懐かしくて楽しくて時間の経つのも忘れるくらいでした。

 そのひと時が、余りに楽しかったのでSさんは、あとで自分の娘さんに「今日、大学のホームカミングデイで懐かしい大学時代のサークル仲間に合ってきたのよ」と、話らしいです。その中に私の名前があったみたいで、その娘さんからも、その夜に訃報のメールをいただきました。もちろん、あったこともない娘さんです。しかも、「私に直接お話ししたい」とわざわざ葬儀の準備で忙しい合間を縫って、電話までいただきました。娘さんは、大学をご卒業されたばかりと伺っていました。あったこともない大学時代の友人の娘さんと電話で話をする。しかも、お母さんの突然の逝去の直後、というシチュウエーションにさすがに私も動揺しました。なんて声をかけてあげればいいのか言葉が見つかりませんでした。

 Sさんは、まだ55歳の若さです。誰がそんなに若い死を予測できるでしょうか。しかも事故とかではなくて、「脳溢血」という突然の病名の死亡診断です。今から思うと再会した日に身体の「不定愁訴」を確かに訴えていたことを思い出します。「いつか八倉くんに診てもらおうかしら?」こんなことまでいっていたのを思い出しました。そういえばあの時、Sさんの姿勢がたよりないのに気づいて気になっていました。「うん、ちょっとSさん悪そうな感じする」私とSさんしか、耳に入らなかったくらいの二人の会話でした。でも確かに、あの日、私とSさんは、そんな会話を交わしていたことは確かでした。でもこんな会話は、後になってとても心に残るものです。特に、私が医療に携わる人間だとなおさらです。

 もし、あの時点で、私がSさんの身体を診させてもらっていたらどうだったのだろう。そんなことを、今でも時々よく考えます。そうでなくても私は、よく患者さんの病気を発見します。時々ですがよく病状を隠して治療に見える方がいます。この前も「肩こり」できた患者さんですが、「これは、もしかして胃に何か問題があるかもしれませんから、一度病院で検査をしてみてはいかがでしょうか?」と提案させてもらったところ。患者さんのほうから「実は、最近病院で胃がんの恐れがあるからといわれています。そして精密検査を予約してきたばかりなんです」というふうにいわれました。また、どうも心経の経絡を治療していると痛がる患者さんがいると「やはりこれは、循環器に問題があるな」ということがわかります。

 ですから、Sさんの場合も、もし1年前に私が、言葉通りにSさんの治療をしていれば、きっと、「循環器」の異状に気がついたかもしれません。それから、娘さんの話だと、最近は血圧が高いのを気にしていたようです。身体は、大変な病気が起きる前に必ず痛みや症状で私達に「予告」をします。実は、Sさんのように健康であまり病気とは無縁だった人ほど無警戒で危ないのです。私は、治療前に必ず「問診」や「触診」で身体の症状を事細かにチェックします。「治療」をしていれば、必ず何かしら「予告」を感じてアドバイスができたはずです。

 「もしかして……」は、あくまで仮定の話ですが、やはり、私は、同級生の友人を亡くすことは、言葉にはいい表せないくらい、悔しい気持で心残りがするのです。今となっては、私にできることは、自分の回りから、またSさんと同じように若くて、一見病気とは見受けにくい人を「未病」の段階で助けて差し上げることしかありません。それができるのは、「不定愁訴」を見逃さない私達のような「治療院」しかみあたりません。そういう意味でSさんは、私に大きな教訓を残してくれました。Sさん本当に今までありがとうございました。あなたの明るさやさしさは、決して忘れはしません。若くしてなくなったSさんの冥福をこころよりお祈り申し上げます。

☆不定愁訴………特定の病気としてまとめられない漠然としたからだの不調の訴え。頭が重い、疲れやすい、食欲がないなど。
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 9月2日、イチローは、8試合欠場の後、残り30試合に出場のためエンゼルス戦から先発登板した。今日は、マリナーズの野球中継がないために、イチローの様子を、見ることはできないが、7回の途中経過では、2安打しているらしい。休場の後、いきなり2安打してみせるイチロー。さすがに並の選手ではない。しかし、私たちはいつも結果だけに目を奪われがちだが、たまにはことの深層に触れてみるのもいいかもしれない。イチローの8試合欠場の意味するものは何だったのか。「鍼灸マッサージ師」としての目で迫ってみることにしよう。

 イチローは今季、開幕から8試合欠場から始まった。その理由は、皆さんよくご存知の「胃潰瘍」の治療と静養にようする欠場であった。本当は、WBC(ワールドベースボールクラッシック)が終わってから、胃潰瘍が発覚したので、もう少し期間は、要してはいると思うが、8日間の欠場である。記せずして今回、イチローが欠場したのも8日間である。しかし、病名はつかなかった。欠場理由は、「左ふくらはぎの張り」。それも当初は、「張り」とはいわないで「違和感」として発表されていた。これはあくまでも、医師が下した診断ではない。つまり、病気ではない。病名がつかなかったからといっても、事態は、決して簡単なものではなかった。むしろ、この時期の8日間の試合欠場は、かなり、慎重さを要する。深刻な事態であったことはいうまでもないことであろう。

 では「病名」はつかなかったが、8日間の試合欠場を要した「左ふくらはぎの張り」を何だったのだろうか。それを私たちの世界では、「未病」と読んでいるのである。「病名」は、つかなかったからといって、決して軽いものだったのではないことだけは、わかっていただけただろうか。「未病」は、大変なことが起こる前の「警告」。大事に至る前の大切な「予防」のチャンスというふうに理解していただこう。イチローが優秀な選手なら、そのイチローについている「トレーナー」も、大変優秀な方だったに違いない。何が優秀だったかといえば、イチローが、「左ふくらはぎの張り」を訴えた時に、ただ単に、ふくらはぎの異変とは見なかったからである。どうして「左ふくらはぎに張り」が起こるのか、それを考え、突き止めるのが、「トレーナー」の仕事だからである。

 おそらく、毎日試合の後、イチローの身体をマッサージして触っていた「トレーナー」なら気付いていたはずである。イチローが、大変に疲れていたことを。左右の腰の張りは、相当なものだったに違いない。試合欠場の時にイチローのコメントで「世界最速のボルトの走りを真似てみたのが、間違いだった」というのが、記事になったが、笑えて楽しかった。しかし、それはないだろう。むしろ、考えられるとしたら、その同じ8月、ヤンキース戦で松井の打った打球を追いかけ、ホームランを阻止するために、外野の塀をよじ上って捕ろうとしたプレー。あれこそ、ふくらはぎを痛める大きな原因となり得るものである。結果は、応援していた野球ファンに、プレーを阻まれ、スーパーファインプレーは成立しなかった。その、がっかりするイチローの姿が、画面に映されたのが印象的であった。あれが採れていれば、おそらく彼の疲労度は、違ったものになっていたかもしれない。しかし、そうでない場合は、最大級の筋に対する負担となって帰ってくる。

 でも考えてみると、そうでなくてもイチローは普通の選手とは、体力の消耗度が並外れて違う。イチローが、これだけヒットが打てるのは、桁外れの俊足を生かしての「内野安打」があるからでる。また、最近は、あまり無理しているとは思えないが、足を生かしての「盗塁」。そして、超美技といわれるスパーファインプレーも相当な体力を要すること。あの野球選手の中にあっては、華奢な身体のイチローに、どれだけ莫大な体力が必要かが、理解できるというものだろう。面白いもので、素人は、「左ふくらはぎ」といわれれば、そこだけしか注目しない。しかし、私たちのような仕事をしていると、故障を起こしているのは、「左」だけではなく「右」にも同様な、それに近いハリや故障があるのがわかる。しかも、痛めた箇所が、「ふからはぎ」なら痛めている神経は、おおもとは「座骨神経」である。それでは、足全体の筋肉が、貼っているだろうことも容易に想像できる。だからイチローは、「走る」ことができなかったのである。更に、痛めているのが「座骨神経」だとすると、「大腰筋」「腸筋」の拘縮が原因だろうことや、イチローの腰が、相当疲労の限界にきていた。ということまで簡単に推測が及んでしまう。

 だから、イチローは、復帰をはたすために8日間を「治療」と「休養」にあてたのである。また、休場の間、スパイクを脱いで軽い素振りやバティング練習を行っていたのも、腰から下半身の負担を軽くするためである。また、こうした、いつもやっている運動を軽く行うことで、筋肉を緩める。拘縮した筋肉の凝りを解き、逆にほぐすことができることがわかっているからである。全ては、「治療」と「休養」というふたつの大切なことが、あまり目に触れることなく、この空白の「8日間」に行われていたのである。今日のエンゼルス戦でイチローは、2本のヒットを打った。そして、マリナーズは勝つことができた。その結果から、おそらく目では見ていないが、イチローの「未病治」は、成功したのでないかということが、想像できる。私たちは、イチローという選手の活躍から、日頃勇気や希望をもらっているが、それだけではなく、彼から学ぶことが、いろいろあると思う。私の場合は、今度のことで、「未病治」がいかに大切かと言うこと。また、それを実行できる精神力の強さに改めて驚かされた。人はこのような窮地に立たされた時に真価が問われるものである。だから、私は人間的にもイチローに、すごさを感じるのである。

 
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 ここにきてイチローの7試合欠場を誰が予測しただろうか。「左ふくらはぎの張り」のニュースの報道の後、私は、このブログで「イチローの故障にに見られる日米間の対応の違い」でイチローの身体の状態を「鍼灸マッサージ師」の立場から「見立て」をさせてもらった。詳しいことは前記のブログを読んで欲しい。ここで言えることは、単なる「左ふくらはぎの張り」の問題ではないということだ。イチローが、彼の野球人生の中でも最も大切なときをむかえているこの時に、7試合も試合を欠場しなければならなかった。その理由は、ひとことで言うと「未病治」にある。


「イチロー、復帰は週明け…シアトル紙報じる
サンケイスポーツ - 2009/8/29 7:51

 【シアトル(米ワシントン州)27日(日本時間28日)】マリナーズのイチロー外野手(35)が、左ふくらはぎの張りでロイヤルズ戦を欠場。この日は離脱後初となる打撃練習でサク越えを連発したが、走塁面の不安もあり、4試合連続の欠場となった。復帰のタイミングは球団側に一任しているというイチローだが、「今週末まで無理」と報じる地元紙もあった。

 ストレスのたまる日々が続く。イチローは入念なストレッチ、キャッチボールを行うと、離脱後初となる屋外での打撃練習に臨んでサク越えを連発した。しかし、走塁面はジョギングのみ…。

 「状態? 気の利いたことはいえないですね」

 独特の言い回しの“イチロー節”も影をひそめる。打撃練習の投手も務めたドン・ワカマツ監督(46)は「ジョギングが全力疾走にならなければ…」と復帰のための条件を示した。もっと速く走れるのかという報道陣の問いに、イチローは「うん」とうなずいた後、「できないかもしれない」と続けた。

 離脱当初、イチローは「(欠場は26日までの)3日で、と思っている」と語っていたが、これで4日連続欠場。復帰時期について「球団に止められている? どっちかというとそうじゃないかな」。指揮官も「だいぶ良くなっているようだが、期限は決めていない。焦らずに治してほしい」と完治を待つスタンスは変わらない。

 地元紙のシアトル・ポスト・グローブ(電子版)は28日付で「週末までプレーしないだろう」との記事を掲載。週明け31日(日本時間9月1日)のエンゼルス戦から復帰した場合、残りは31試合。チームのプレーオフ進出が厳しい状況にあり、メジャー通算2000安打(あと11)、9年連続200安打(あと16)の記録達成へも日数的に余裕があることから、無理をさせないようだ。

 「プレーしたい? そりゃ、気持ちはそうだけど、体がどうかというと、なかなか難しい」。開幕8試合の欠場を加えると、今季は12試合でイチロー不在。この日は4−8で敗れたが、欠場した試合のチーム成績は9勝3敗と良好。まずは完治させることに専念してよさそうだ。」


 以上は、8月31日現在の一番新しいイチローの様子を表した記事である。多分、イチローは、早ければ、9月1日のエンゼルス戦から試合に出場することになるだろう。しかし、残り31試合を残して、あと16本以上のヒットを打たなければならない状況は、天才イチローとはいえ、そんなに楽なものとは言えない。しかも復帰後いいコンディションで挑戦できるかといえばその補償はどこにもない。相当な覚悟があっての「7試合欠場」であったといえよう。

 それにしても新聞記事から伺えるイチローのコメントの歯切れの悪さは何だろう。イチローという人はいつでもインタビューを求められた時は、自分の気持や考えをしっかり発言できる人である。ところが上記のインタビューは、まるで人のことでも語るような、はっきりしない様子が伺える。これは、現役野球選手である以上、あまり自分の不調を語りたくないという心理が、そこに働いているからだ。「9年連続200本安打」というメジャーリーグにおける輝かしい大記録を目前にしてもう既にイチローの体力は、今季は、すでに限界にきているからだ。もし許されるのなら、体力からいえば、もう彼は既に一足お先にシーズンを終了して、オフに入ってもいいような状態なのである。そのことをイチローが一番よく知っているからである。

 「左ふくらはぎの張り」は、単なる「張り」とか「違和感」の問題ではない。もし単なる「違和感」や「張り」だけならば、それは病名もつかない。「故障」ではあるに違いないが「ケガ」にも入らない。しかし、ひとたび「再発」となれば、もう取り返しがつかないことは、誰もが理解していることである。だから、この欠場期間というのは、大きな賭け。「大記録への挑戦」であり「今後のスーパースターの選手生命」をかけての残り31試合が、彼を待っているのである。

 「未病」というのは、健康でもないし、かといって病気でもない。今のイチローの状態そのものである。もし彼が、この欠場期間に体力の限界を克服して出場することができれば、これを「未病治」といって、最高の治療方法を私たちに見せてくれたことになる。日頃私たちは、忙しさにまぎれ、身体の声を聴こうともしない。しかし、大切な時だからこそ、自分のコンディションに目を向ける必要がある。もし、取り返しのつかないことになっても誰もその責任を負うことはできないからである。今、イチローがやろうとしていることは、「未病治」そのものである。もし彼が、それを立派にやり遂げることができたなら、私は、今まで以上にイチローという選手に人間としての尊敬を感じることであろう。
 
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漢方養生法完全ガイド―漢方2009 ”未病”も”現代病”も漢方が効く! (週刊朝日MOOK)

朝日新聞出版


☆近くの本屋さんから買ってきた「漢方養生完全ガイド」を開いたところ。
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 最近では、本屋さんに行くと、このような「漢方」とか「東洋医学」に関する本を、たくさん目にするようになってきた。この雑誌ももうだいぶ前に発売されているが、ページを開いてみると、図解でとてもわかりやすい解説が書かれていた。このように民間レベルでは、東洋医学が急速に見直されている。

 この絵は、西洋医学と東洋医学、その健康観の大きな違いを描いたもの。「症状が数値に表れないと診断できない西洋医学」に対して「未病を治し、病気にならない体をつくる東洋医学」と書かれていた。「未病」という概念が、西洋医学と東洋医学の違いを大きくわけている。「最近どうも体の調子がおかしい?」「体がだるい」「疲れやすい」「肩が凝る」「腰が痛い」「頭も重い」「お腹が痛い」そういう確かな症状がありながら、病院に行く。しかし、検査の結果、異常がないと見るや、病名の診断がおりない。病名がつかない以上、これは、治療の対象から外されても仕方がないのである。しかし、患者からしたら、「大丈夫です」といわれても、「実際に、辛いもの、は辛いし」「痛いものは、痛い」「大丈夫です」といわれても納得がいくわけがない。それとは逆に、多少辛くても、少しくらい痛くても、我慢していて、病院に行った時には、即入院。即手術。という事もあり得るわけで、「なんで、異常に気づいたらすぐに病院に来なかったんだ」と医者からお説教をされないとも限らないのである。何とも病院という所は、割に会わないところだろう。そんな気がしてならない。

 そこに行くと東洋医学の「未病」という考え方は、本当に理にかなっているといえよう。「健康」な状態でもなければ、「病気」でもない状態。というのは確かに存在する。そして何でも病気になり始めは、疲れやすかったり、頭が重かったり。肩が凝ったり。という具合に些細な自覚症状から始まる事は確かなのである。何事もそうだが、火事になる前に、火は、消しておくに限る。「大事に至る前の小事」こそに重要な価値があるのである。確かに、西洋医学に、予防医学がある事はあるが、東洋医学のように徹底して「事の大小に関わらず」誰もが、治療の対象になるような、医療はないだろう。そういうところが、現代にあって見直されている大きな特色のひとつであろう。

 しかし、残念な事がある。「未病治」は、「東洋医学」の専売特許といいながら、この雑誌が示すように、「漢方」といえば、「漢方薬」を示している。いずれ来るべき時代の「統合医療」の土俵に、まだ、「鍼灸マッサージ」が、取り入れられ方が少ないのが残念である。西洋医であろうと積極的に「漢方薬」を処方するお医者さんは増えてきているが、残念ながら、「東洋療法」を医療に取り入れてやっていこうという方向性は、まだまだ、アメリカなどの先進国に比べると少ないように思える。そういう事が、今日の日本の医療の進歩の妨げになっている。


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 30代の女性、B子さんが、治療院にみえた。主訴は、肩と腰の痛み。よく聞いてみると、最近お子さんを出産されて、子育てに奮闘中とのこと。赤ちゃんを抱っこしたりしていて、肩や腕、腰まで痛みを感じるようになったとのこと。そういう状況が、次々にわかって来た。実は、赤ちゃんを抱っこしていて、頸肩腕症状をうったえるママさんは非常に多いようである。確かに、現代の女性は、特に、スポーツ経験のない女性は、日頃、あまり、腕の力を鍛えるような運動をしていない。重いものを持つ機会といえば、せいぜいスーパーでの買い物。それも、レジから車まで、または、車から家の中までがせいぜいだろう。ところが、出産後、子育てに入ると赤ん坊を抱かなくてはならない。しかも、ものを持つようにはいかない。気を使いながら、大切に扱えば扱う程、腕や身体全身に力が入る。しかも、意外と長時間に及ぶことがあり、労働として考えた場合、大変な重労働となる。それゆえに、B子さんのようにいつも腕や肩が痛い。腰も疲労がたまり、痛みを感じる。というのが、「肩と腰の痛み」という主訴となった。そういう背景が読み取れるのである。

 こうした場合、治療は全身が対象である。特に頸肩腕症候群の症状が現れているわけではないので、状況的には、大変いい時期に治療に来てくれた。治療中、B子さんは、「気持いい」を連発。特に、「気持が悪いくらい、気持がいい」といってくれた表現が、なんとも印象的に記憶に残っている。これも、「未病治」の一つの恩恵だろう。私は普段、症状の重い患者さんを診ることが多い。しかも、年齢的にもご高齢の方が多く。B子さんのように30代の患者さんは、比較的珍しい。病状が、重ければ重い程、筋肉の拘縮は大きい。従っていくら遠慮しながらとはいえ、本人にしてみれば、痛みは強い。だからからだろう、B子さんの「気持が悪いくらい、気持がいい」といわれた表現が、私にしてみれば、非常に新鮮だったのだ。私の治療が気に入ってくれたB子さんは、次は、「私の主人をお願いできますか」といって治療院を去っていった。

 それから、1週間が経過しただろうか、次の週くらいに、今度は、B子さんのご主人が現れた。主訴は、「頚・肩・背中・腰の凝り」つまり全身が凝っているということだ。ご主人は、会社勤務のサラリーマン。しかし、静岡は、お茶の名産地。実家が、農業を営んでいるということで、お茶のかき入れ時になると、作業を手伝うことがあり、そんな時には、特に身体がつらいということだ。さすがにご主人の方は、B子さんよりは、凝りも深く「アトピー性のぜんそく」があるということで、肩から背中にかけての凝りは、異常な硬さを感じた。「今までは、どうされていたんですか?」という質問に対して、やっぱり「いろんな治療院に行っていました」という答えが返って来た。後で、B子さんと話してわかったことだが、やはりご主人は、月に1回は、欠かさずマッサージに通っていたという。ところが、あまり気に入ったところがなく、いろんな治療院を巡っていたということも知らされた。B子さん同様、ご主人も治療をやっているうちに、拘縮が解けていく変化を感じ取れた。こうなると治療は大成功である。本人も楽になったことがすぐに自覚できる程、満足して帰っていかれた。

 B子さん夫婦は、余程、私の治療が気に入ってくれたらしい、それから、1年が過ぎた頃だろうか。B子さんは、父の日のプレゼントに「今度は、私の父のマッサージをお願いしたいんですけど」といって来てくれたのだ。その後のB子さんとご主人の様子をうかがうと、「私は、その後、赤ちゃんを抱いても平気になりました。肩も腰も全く大丈夫です。主人の方は、あれから、一度もマッサージに行ってないんですよ。本当に、信じられません。あれほど、マッサージが好きで毎月のように行っていた主人が、『もう必要ない』って言うんですよ。本当に、こんなことってあるんですか?」って言うことでした。いくらか、八倉治療院の自慢話になってしまったが、私にしてみれば、50代くらいまでは、立派に「若い人たち」である。やはり、ご高齢の先輩方とは、生理学的にも解剖学的にも身体の機能と質が違うのである。ほとんどの方が、「未病」であるならば、B子さんたちのようなことが、本当によく、ごくあたりまいに起こりうるのである。一回の治療で!!
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 東洋医学の中に「未病治」っていう言葉がある。前にもそれについて説明したが、今回もそれについて、もう少し考えてみた。

 「外国の人って歯がきれいな人が多いように思うけど、どうしてかな」っていつも思っていた。それが、結婚してから分かるようになった。私の奥さんは、カナダ人である。とても歯が素晴らしくきれいというわけではないが、歯に対する意識が日本人とは全然違う。すごく大切にしている。普通歯磨きは、食後の3回が常識らしい。ところが、私ときたら夜寝る前に1回で終わり。それ意外に磨くときもあり、磨かないときもある。そんな調子である。ところが、奥さんときたら、3回は常識。それ以外にも、外でお茶を飲んだりした時にも、トイレに行って歯磨きとくる。とても付き合ってはいられない。そのくらい大切にしているから、歯医者さんについても厳しい。年に1回か2回は、必ず歯石を取るために歯の掃除に行く。その習慣は、私にもすっかり見についてしまった。我が家の常識の一つになったのだ。そのためか、ここ何年かは歯医者さんに行くけれど、虫歯の治療は一度もない。

 でもこれって、考えてみると、本当に素晴らしいことではある。誰だって、歯医者さんが好きな人はあまりいないだろう。虫歯になった時に、ガリガリと歯を削られるときのことを考えると、その音を聞いただけで、気持が滅入ってしまいそうだ。よく子供の頃、夏休み前になると、必ず、虫歯の検査があった。うっかり、歯医者の先生に「何々君、何番、Cいくつ」とか言われた日には、それだけで、一日が不安で暗いものとなった。ましてや、保健室の先生から、虫歯治療の紙を手渡された日には、もう死刑の宣告を受けたようなものだった。そういう経験のある人はいないだろうか。そんな歯医者さん嫌いの私が、年に2回くらい歯医者さんに通って歯石を取ってもらい歯の掃除をしてもらっている。おかげで、結婚してから20年になるが、一度も虫歯治療を受けていない。これって東洋医学でいう「未病治」そのものである。

 歯の歯石とり掃除というものを考えると、これは立派な「予防医療」である。もともと口の中には、いろんな雑菌がある。虫歯の原因になるのは、皆さんよくご存知の歯周菌。ところが、歯磨きをしたくらいでは、なかなか、処理できないのが実情である。どうしても歯垢によって蓄積して、特に歯茎の下の見えない部分に歯石としてたまることになる。唾液の質によっても違うらしいが、歯磨きがいくら上手な人でも、プロの歯科医か、歯科衛生士の手が必要になってくる。しかし、歯石取りや歯の掃除をしてもらうことで、立派に虫歯予防になっているのである。私の歯の20年間が、それを立派に証明している。歯にいっぱい歯垢や歯石がついた状態は、決して健康な状態とは言えない。しかし、かといってそれだけでは、病気だとは言えない。おそらく、そのような状態の人は、この世には、五万といるだろうし、それだけで、歯医者さんは治療はしないだろう。ところが、その状態は、本当に健康に気遣う人から見れば、危険な状態と言える。いつ虫歯になっても、あるいは、歯槽膿漏になってもおかしくない状態だからだ。これを、「未病」というのである。

 ところで皆さんは「8020」運動という言葉をご存知だろうか?80歳をむかえても20本以上自分の歯を残そうという運動らしい。長年の研究で、歯が丈夫な人は、長生きするらしい。自分の自前の歯でよく噛んで食べれば、消化にもいいし、脳の働きにも当然いい影響が出てくるだろう。健康で長生きする秘訣は、歯にあるかもしれない。話は変わるが、私の父は、とても歯が丈夫な人で、わたしの知る限りでは、60代を迎えるまでは、虫歯が一本もなかった。ところが、歯槽膿漏にやられてしまい、いい歯を次々と抜いて、最後には総入れ歯のようになってしまった。私が、歯医者さんに通って歯の掃除をしてもらうのは、そういう父の晩年を見ているからかもしれない。もうこれだけ書けば、分かってもらえただろうか?「未病治」がいかに大切かと言うことが、「未病治」と掛けてなんと解く。「歯の掃除と解きます」そのこころは、「どちらも立派な予防医療です」ということで、お後がよろしいようで…。
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 「東洋医学」を勉強すると、「未病治」という言葉にであう。この言葉は、「西洋医学」との立場の違いをよくあらわしている。語彙を細かく解説すると「未病」というのは、漢文の訓読でいうと「いまだ病にいたらず」どういうことかというと、「健康な人から見ると、とても健康体とはいえないが、かといって病気まではいっていない状態」のことをいう。言ってみれば、「半病人」みたいな人のこと、「ほっておけば、いつか必ず病気になるといった状態」のことである。したがって、「未病治」とは、訓読すると「未だ病にいたらずを治す」。「まだ病人とはいえない人を、病気にかからないうちに、はやめに治療しましょう」ってことになるかな。これは、「東洋医学」の得意とするところで、「西洋医学」と違い大きな特長となっている。
 ふつう私が知る限りでは、西洋医学というのは、診断といって病気が見つかって、病名がついて、そこから治療が始まる。逆にいえば、病名がつかないと、治療が始まらない。そのために、やたらと高い機械にお金を払って、検査もする。そういったイメージがある。でも世間には、病名がつかなくたって調子の悪い人はいくらでもいるわけで、検査の結果にでなくたって、おかしいことはたくさんある。いくら医者が相手にしてくれなくたって、自分のことは自分が一番分かっている。そこにいくと東洋医学の一つである鍼灸マッサージは、どのような患者さんも対応できる。どのような症状も、見落とさない。見ること、聞くこと、触った感覚。すべてが、治療と検査につながる。また、治療が進むに従って、いろいろ病気が見つかることがあり、こちらから、病院に行くことを勧めることもある。そんな感じで、体は、悪いところがあると、痛みや、しびれ、その他いろんな症状を訴え、私たちに教えてくれるのである。本当に人間の体はすごい。
 西洋医学の中にも予防医学というものがある。インフルエンザの予防接種などもこれにあたるかもしれない。だけどちょっと違うのは、みんな同じではないということ。同じワクチンや薬を使って、まだ病気にかかっていない大量の人間にあてる。そんなことは、東洋医学ではしない。人はみんな同じではない。一人一人に対応するのが、東洋医学のもう一つの特長かもしれない。そういう点に、私を惹きつける何かがある。
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