カテゴリ:花粉症( 14 )

☆昨日、ネットフィンしていたら、ヤフーニュースでおもしろい記事を見つけました。あるお医者さんが、発信している情報ですが、目のつけどころが、おもしろいと思いました。東洋医学では、「花粉症」は、「大腸経の病気」だということは、前からお伝えしてきましたが、クリニックのお医者さんが、「花粉症」と「大腸」の関連に注目しているところが、とても興味深かったので、その記事を引用させてもらいました。太字で書かれた文章がその内容の全面です。

「ある日突然、花粉症が治るは本当?」
web R25 3月22日(土)7時0分配信


手料理を食べるようになって改善するケースもあるとのこと。マスクなどの防御策とともに、食事にも気を配りたいところだ
花粉症の人にはつらい季節がやってきた。今年も悪戦苦闘している人が少なくない。しかし、ごく稀ながら「特に対策をしていないのに、急に花粉症が治った」という声を聞くことがある。

果たしてそんなことがあり得るのだろうか? アレルギー治療を多く行う、エミーナジョイクリニック銀座の伊東エミナ先生に伺った。

「ある年に突然、花粉症が治ることはあり得ます。一番多いのは、腸内環境の変化によるケース。たとえば美容のために乳酸菌などを摂りはじめたところ、腸内環境が改善されて、花粉症が治ったという方はいらっしゃいます」

一見、花粉症とは縁遠いように思える腸。しかし腸内環境が悪くなると、食物成分の消化が不十分となってしまい、体内の状態が悪化。少しの花粉にも防衛反応が働いて、くしゃみや鼻水などが出やすくなるようなのだ。

「花粉はあくまでアレルギー反応の引き金。根本は、体内の状態が悪化することで、花粉にも防衛反応を示すようになることです」と伊東先生。インターネットでは、会社を退職したことでストレスがなくなり、花粉症が治ったという人も見られたが、「これもストレス減少で血流が良くなり、体の状態が改善。花粉への防衛反応がなくなった形です」とのことだ。

同様に、背骨のゆがみが治ることで花粉症が改善されることもあるらしい。背骨のゆがみは血流を悪くさせ、全身の“冷え”を起こす。冷えが強いと体はその状態を治そうとするため、風邪を引いた時と似た状態に。そこへ花粉が飛びこむと、より防衛反応を示しやすくなるようだ。

そのほかではこちらも稀な例だが、妊娠・出産を経て花粉症が治ったという話も聞く。

「これは未解明なことも多いのですが、胎児は免疫学で見ると母体にとっての『異物』なんですね。その胎児を長期間にわたり体内で育てるため、母親の免疫力やホルモン状態が大きく変わることも多いんです。これにより異物へのキャパシティが広くなり、花粉症が出なくなるのかもしれません」(同)

なお、引っ越しにより花粉症が治ることもあるという。単純に花粉の少ない地域に移るケースだけでなく、前の住居のダニやホコリ、あるいは化学物質がなくなることで改善する場合もある様子。これらが多量にあると合わせ技で花粉症になりやすいため、その原因がなくなることで防衛反応が起きにくくなるようだ。

今回挙げた例は、あくまで「レアケース」。とはいえ、いろいろな原因が積み重なって花粉症になるというメカニズムを考えれば、多くの人にとって決して無縁な話ではないかもしれない。

(有井太郎)
(R25編集部)


029.gif 鍼治療で花粉症が治ることがある

私の住んでいる静岡県では、スギ花粉飛散量がいまがピークを迎えているそうです。それに、ちなんでこのような記事が、ヤフーニュースで登場してきているのだと思います。ところが、鍼治療を行っているわたしたちのような治療院では、これは特別珍しいことでもなんでもありません。

本当に鍼治療で、背骨のゆがみを改善したり、肩こり腰痛を改善してあげることで、症状は改善するのです。さらに、先にも述べましたように、「花粉症は、大腸経の病気です」人は、汚染された空気や水や食品によって、多量の毒素を体内に吸収します。このことで、大腸の中には、長い間、毒素が、宿便という形で、蓄積されています。もちろんその毒素は体内のいろんなところで、人体に悪影響を及ぼしています。毒素の多い体内では、免疫系の正常な働きは望むことができません。どうしても「免疫過剰反応」というかたちで、本来外敵とはいえない花粉を攻撃します。その結果、図らずも、自分自身の体内の肉体を攻撃してしまうのが、「花粉症」の実態なのです。

ですから、鍼治療を中心に治療を行っている治療院では、大腸経を治療してあげることで、大幅な花粉症の症状の改善を図ることができるのです。大腸経を治療してあげることで、腸内の環境が改善されることは、確かなことです。だから、花粉症の治療に鍼治療が効果を発揮するメカニズムがご理解いただけたでしょうか?

それから蛇足ですが、女性の身体は、妊娠出産を機会に体質が改善されるという話は、特に珍しいことではありません。上記の時事のように、妊娠出産を経て、体質に変化が生じ、母体が長く苦しんでいた花粉症が治った。そういうことは、よく聞かれることです。でのその悪かった体質はどこに行ってしまったのでしょうか?実はその身体の中に長くいた我が子に、毒素が移動されたのです。だから、母体は健康になったことと引き換えに、しっかり、花粉症と言うアレルギー体質は、出産後の我が子に遺伝されていることが多いのです。

それでは、「喜んでばかりじゃいれないじゃないか?」と思われるかもしれませんが、実際はその通りなのです。伊東先生のお話に、勝手ですが、補足させてもらいました。
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029.gif 鍼治療が、花粉症に効果を発揮するのはなぜだろう?

昔、西洋医学と東洋医学の違いについて、友達と語り合ったり、自分自身も考えたりしたことがあります。その時に考えたのは、西洋医学は、身体に薬を与えるというように「プラスする」考え方ですが、それに対して、東洋医学は、身体から何かを減らす、何かをださせるといった具合に、「マイナスする」考え方が、傾向として見られます。これってちょっと面白いでしょう。

例えば、例えがいいか悪いかわかりませんが、「瀉血(しゃけつ)」といって、滞った血液を一時的にだすことで、循環や代謝を促進するという考え方をします。多分、西洋医学でも、このような処置はやっているのだとは思いますが、東洋医学のように、悪いものをだす。解毒。排毒という考え方は、そこまで積極的ではないように思います。

何で私がそういう考え方をするようになったかといいますと、こと「花粉症」にいたっては、「薬を使って治す」という考え方には限界があるなあと思うようになったからです。薬が効かないのは弱いから、だから更に「強い薬を与える」これも「「プラスする」考え方ですよね。でも結局はそうして、「プラスする」考え方は、先が見えているのです。いつかわ薬が効かなくなるという事態が起るということです。だから、そうなると、ちょっと怖いなあ。このままでいいのかなあって、心配する人が増えてもおかしいことではありません。

そこへいくと、東洋医学である鍼治療には、もとは自然のままの状態で上手くいっているのだから、悪くなった原因を取り除くという「マイナスする」考え方で、治療が行なわれます。もともと花粉症は、昔はありませんでした。食品が変わり、生産方法が変わり、環境が変わり、そして最後に、人間の身体が変わってしまったのです。例えスギ花粉が、猛威を振るっているといっても、「スギ花粉」が悪いのではなくて、スギを敵と見なした、身体の反応が判断をミスしているに過ぎないのです。

東洋医学では、「スギ花粉症」のことを「大腸系の病気」という見方をすることが多いです。食べ物や薬品から、多くの毒素を体内に吸収したことにより、体中の血液や体液や脂肪の中に毒素が吸収されすぎているために、身体の免疫反応が、判断を誤るというより、まわりに毒素が多いために、見境なく攻撃を開始する「過剰反応」に切り替わってしまったからなのです。

実は、私たちの筋肉もそうです。筋肉の拘縮(こうしゅく)のことを「コリ」といいます。実際は、筋肉の繊維をべったりとくっ付けている接着剤のようなもの。それが、疲労物質の「乳酸」です。その物質を、取り除くと、身体の中を血液の中の流れに従って、身体じゅうを巡りまわります。それが、私は「だるさ」の原因だと思っていますが、身体の老廃物はすべて、身体にとっては「毒素」です。そういう、毒素を、減らしていけば、またもとの身体の状態を取り戻せる。

そういう考え方は、限界がありません。あるとしたら「よくなる」という希望だけなのです。もちろんこれだけでは不十分ではあるのですが、体質を改善することで、「花粉症」もよくなっていくということは充分あり得るのです。

だから、私はこういう考え方を治療に活かそうと思っているし、実際に取り入れていくことにしました。実際に、「花粉症」においても、いい結果を得られているので、自信もって治療にあたることができます。とても嬉しいことです。
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029.gif 鍼治療は、花粉症の症状にも効きますよ

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2014年、春。また今年も花粉が舞う季節になりました。幸いなことに、花粉の量は、例年や去年と比べると少ないそうです。とはいえ、「少ないから、症状がでない」といえるのは、まだまだ、軽度な患者さんだけです。もう長く花粉症に苦しめられてきている慢性の人には、量の多い少ないより、「花粉が舞っているか、いないか」ということの方が、問題なんだと思います。

さて、もう誰もよく知っていることですが、花粉症は、「自己免疫疾患」です。免疫反応が、過剰になりすぎているため、体内に侵入してきた花粉を、敵だと見なして攻撃し、誤って自分自身のからだを攻撃してしまうことを、自己免疫疾患と言います。

ではなぜ、免疫は、過剰反応を起こすのでしょうか?ここからは仮説ですから、そのつもりでお聞きください。実は、あまりに、体内に「毒素」となるものが多すぎるんじゃないでしょうか?農薬、化学肥料、食品添加物、防腐剤、人工着色料、人工甘味料、それらはみな、からだにとっては毒素です。そして、何よりも、私たちのからだに多く使われている、化学化合物の薬品が、何よりも、からだにとっては、最大の毒素です。これらが、私たちの免疫系システムを破壊しているのです。

胃から腸に蓄えられた毒素は、最終的には、宿便となってからだの中に滞ります。それゆえに、私たち東洋医学を専門としている鍼灸師は、「花粉症は、大腸系の病気である」というふうに考える人が多いです。考えてみれば、いろんなところに、経絡の病気は、派生します。でも、その中でも、「肺・大腸系」の病気は、実に多く、80%の方が、これに該当するようなのです。

もともと、体内に蓄えられた「毒素」は、「解毒の臓器といわれる肝臓」と「排毒の臓器といわれる腎臓」により、体内から体外に排出されようとします。ところがそういうシステムを使っても、まだまだ、追いつかないとなると、手当たり次第、攻撃が始まるわけです。間違って、「花粉」を人体の敵と見なしても、おかしいことではありません。他にも人体には、毒素と言われるものが、いろいろあります。からだから排出される老廃物は、すべて、人体には「毒素」です。まずは、オシッコとしてだすために、「腎・膀胱系」の働きや、咳や大便の排出のために働く「肺・大腸系」の働きも重要になってくるのです。

こういう考え方にそって、鍼灸師は、患者さんの身体にあった治療を行なっていくわけです。はじめから、花粉症だから、このツボと決められているわけではありません。でもあえて、もし花粉症で苦しんでいる患者さんが見えたなら、私だったら、欠かさないのが、「曲池(きょくち)」と「合谷(ごうこく)」です。症状の大きさにもよりますが、「迎香(げいこう)」や「扶突(ふとつ)」も会わせて、配穴の中に加えると思います。いずれも「大腸系のツボ」です。

このように、解説すると、「ああ、なるほどなあ」って思われる方が多いと思います。むかし、失礼にも「耳鼻咽喉科に行っている以上、『花粉症』は、治らない」なんていっていましたが、やはり、何でもそうですが、薬で抑えるという考え方には、限界があります。物事は、「何でだろう?なぜかしら?」って考えていくと、いろんなことがわかってくるものです。今年も、「花粉症」の季節が始まったばかりです。今年は、花粉も少ないと言われていますから、ちょっと、あなたも鍼治療を試されたらいかがでしょうか?思わぬ新発見が、あなたを待っているかもしれませんよ。
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029.gif スギ花粉が悪いのではなくて
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今日は4月22日。わたしはまだ花粉症に悩まされています。今年は花粉の量がいつもより多くて、まだ現在も花粉情報では「やや多い」という警報が続いています。こんな時期だからこそ、わたしはあえていわせてもらいます。「スギ花粉が悪いのではなくて……」と。スギ花粉を悪者にしている限り、この花粉との闘いは終わらないということを知っているからです。

でもこの言葉を意外に感じる人は多いと思います。花粉症で悩まされたことがない人は、ほとんど何も関心を示しませんが、花粉症に悩まされている人には、考えられないことではないでしょうか。でも考えてみてください。花粉症という言葉は、昔はありませんでした。花粉症という言葉が、よく聞かれるようになったのは、「昭和」になってからではないでしょうか。このころから、日本という国においては、環境の変化があったからです。人のからだを巡り、外部環境と内部環境が、著しく変化しはじめたからです。花粉症という症状を引き起こしているのは実は、この環境の変化によるものです。

もう少し具体的にお話しさせてもらいます。外部環境というのは、車の廃棄ガスとか工場などの空気汚染などが原因です。内部環境というのは、薬による副作用であったり、食品の消毒や化学肥料によるものが、原因であったりします。わたしたちの生活は、文化や科学の名のもとに、著しい変化を成し遂げてきました。しかし、それらのもたらした功績は、いいことばかりではなく。大変な弊害ももたらしたのです。花粉症はまさに、それらの代表的な社会現象ともいえます。あまり、このようなことを言われても実感を伴わない方がほとんどでしょう。

花粉症のつらさは、なんといっても鼻水・鼻づまり、それから、激しい痛みをともなった目のかゆみです。これらは、スギ花粉か飛び始める2月の中旬から、4月の終わりくらいまで続きます。でもこのつらさは、よく考えてみると、「排毒症状」といわれるものです。わたしたちの身体の老廃物は、ほとんどが毒素です。大便小便、汗などもその代表的なものですが、実は、涙や鼻水、鼻汁なども立派な排毒症状なのです。つまり原因は、人のからだの中に、毒素といえるものが充満しはじめていて、スギ花粉によってそれが引き起こされているだけなのです。

排毒という点からいえば、涙や鼻水・鼻汁などは、立派な排毒症状ですから、それを薬で押さえようとする方法は、「毒をもって毒を制する」というかたちで、根本的な治療にはなっていません。だから毎年、薬で症状を抑えた方は、毎年のように、薬を用いることになり、花粉症を訴える患者さんは、増加することはあっても、いっこうに減ることはないのです。「毒をもって毒を制する」というやり方は、結局、体内という内部環境を悪化させることに繋がるという事実を、早くわたしたちは認識する必要があります。

わたしたちは、これから本当に健康を取り戻すことを真剣に考えていくならば、こうした環境を改善する努力をしていかなければなりません。ところが、外部環境を改善するためには、一人の力では何も改善されません。ですから、手始めに、内部環境を改善する努力から始められることを提案します。それには、最も問題である毒素として、薬です。「薬をなるべく飲まない」そして、「体質改善」として、「食事療法」が必要だと思います。なるべく、消毒などで汚染されていない食べ物をとること。それから、自分の健康状態を考慮して、減らすべきものは減らし、必要なものものを積極的にとるような努力が必要なのではないでしょうか?いつまでも「スギ花粉が悪い」という責任転換は辞めて、「自己責任としての健康法」がこれからの時代には求められています。
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029.gif「花粉症の患者さんにとって、つらい季節が始まりました」

 実はわたしも花粉症患者の一人です。ですからこの時期は、誰よりも敏感で、花粉が舞い始めたことをすぐににキャッチします。昨日は風が強く、雨の後の強風でしたから、クシャミの回数は増えるは、鼻水は出るは、就寝してからは、鼻づまりも始まりました。これはもう間違いありません。「花粉の季節の到来」です。

 この時期は、マスクにメガネなど花粉対策を行う人は多く見られます。そこまでは誰もやることですが、問題は、薬局やドラッグストアーで薬を買ったり、耳鼻咽喉科で薬を求める人が実に多いことです。確かに、自分にあった薬を処方された場合は、その年の花粉症はそこで症状からは解放されますが、あくまでもその場限りの、対処療法であることは、誰もがわかることです。少なくとも「治った」とはいえません。その証拠に、また来年、同じようなことの繰り返しで、さらに薬の強度は増し、いつまでたっても耳鼻咽喉科から、卒業することができません。
 
 世の中にそんなに簡単な方法は、滅多にあるものではありません。わたしが師匠からよくいわれることですが、「花粉症は、花粉が悪いのですか?あなたが、そういう体質をつくって来たことが悪いのですか?」そういわれれば、身もふたもないのですが、答えは明らかです。しかも、長い年月という時間を経てつくって来た悪い体質ですから、そう一長一短に改善できるわけではないのですが、「花粉症」は、自分に対する一つの「警告」だと思って、「体質改善」をやってみる必要があると思うのです。

 最近は、食事療法が、一番大切だと思っています。排気ガスや光化学スモッグなど大気の汚染なども花粉症の大きな原因だと言われていますが、こうした「外部環境」とそれと同じくらい、食べ物の食品添加物、合成保存料といったものや、農薬により間接的な毒物をからだの中に取り組むことが問題だとされています。つまり、からだの「内部環境」など、改善することが、根本的な「花粉症」の体質改善につながるのです。ところが、外部環境は、自分んだけではすぐに改善できませんが、内部環境の改善は、やろうという意志があれば、今日からでも始められることなのです。

 わたしは本当の意味で体質を改善することは、食事療法が一番大切であると考えていますが、それだけがすべてではありません。わたしが行っている指圧鍼灸も、そういう意味で、これも立派な「体質改善」なのです。花粉症は「肺大腸経の病気」と考え、肺経や大腸経を活性化してあげることも大切な治療法なのです。現に花粉症が軽度であれば、この治療で花粉症を改善することが充分に可能です。この治療で、薬を飲まないで治ったという患者さんも多く見られます。とすれば、これはすごいことなのです。病気はあくまで「警告」です。それに対してどのように対処するかは、あなた自身の問題なのです。
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 今日も侍ジャパンが頑張った。みんなすごい。実力ナンバー1のキューバに連勝。しかも完封試合。これで明日の韓国戦もはずみがつく。「侍ジャパン」誰がつけたメーミングだろうか。なぜか選手の顔が、本当に侍のように見えてくるから不思議だ。でも日本は、これだけの選手を集めているんだからみんな本物の「侍」だろう。明日がまた楽しみになった。ところで、「サムライ」といえば、私の行っている温泉にも「サムライ」がいる。名付けて「サウナ侍」だ。本当に、こちらも「サムライ」の名に恥じない立派な侍なのだ。なぜ、私が「サウナ侍」と名付けたのか、しばらくお付合い願いたい。

 私は、正直いって、若い頃あまりサウナに行ったことがなかった。だから、この異常とも思える高熱。98度くらいの場所に、人が長く居れるというのは考えられなかった。初めの頃は、7、8分くらいが精一杯だった。もちろんその間には、汗はびっしょり、心臓はバクバク。とても、こんなところにじっと我慢しているなんて考えられなかった。ところが、そのサウナに、何回も入っている人がいる。つい聞き耳を立ててきいていると、「今日はこれで、5回目だ」とか言っている。初めは信じられなかったのがよく見ていると、本当に水をかぶって水風呂に入り、また、サウナに入っていく。また、サウナから出ると、水をかぶっては水風呂に入っていくではないか。どうやら、本当に、4、5回は入っているようである。時間にして約1時間程。あの100度近い温室にたたずんでいる。そんな強者(つわもの)が、この温泉には何人もいるようである。まさに、「サウナ侍」なのである。彼らは1回のサウナに12〜15分くらいは入っている。狭いサウナの一室には、2段の腰掛けるところがあり、その狭い腰掛ける場所に、足を組み、まるで座禅をしているかのようである。この姿が何とも言えない程カッコいい。特に、両手を開いて、上に向けて、膝の上にきちんと置く姿は、まさに修行僧か、修行しているサムライそのものだ。タオルは、頭にかぶる人も入れば、前を隠している人もいる。タオルの使い方は、まるで、思い思いの千差万別の様子であるが、みんな汗をかきながら、じっと我慢している様子は、「サムライ」そのものである。あまりの熱さにかすかに喘ぎ声の人もいるが、そこをじっと我慢する様子も、またサムライらしい。これで、私が「サウナ侍」と名付けた意味が分かってもらえただろうか。
 
 実は、私も最近、「サウナ侍」の一人に入れてもらうことになった。最初は、先輩たちにできて自分にできない訳がない。少し意地を張っての挑戦だった。初めは、あまり熱くない、2段目の腰掛けに席を取った。そしたらどうだろう。汗をかくわりには、あまり熱さを感じないのだ。充分10分でも15分でもいられるではないか。そのようにして高温に少しずつ身体を慣らしていくと、意外と、すぐに身体は適応するようになった。私も水をかぶり、水風呂に入った。よく冷えたところで2回目に挑戦。そうすると次の回は、上の段の席でも平気で15分くらい居られるようになった。2回3回と回数を延ばすと4回くらいでも平気になった。約15分を4本。時間にして約1時間位。それ以上は試したことはないけど、これで、私も立派な「サウナ侍」に仲間入りした訳だ。サウナも水風呂も実は、汗をかいたり体温調整をすることから、自律神経の訓練にはとてもよいことは確かである。それに、老廃物を身体から出すということは、とりもなおさず、「毒素」を排出することに他ならないからだ。だから、前にもあげた私の「花粉症」対策(「散歩。湯たんぽ。温泉」)にも十分対応すると思っている。その延長線の対策なのだと考えるわけである。今のところこれは、相当な効果を上げていると考えている。まだ花粉症を克服した訳ではないので、あまり多くを語るのは避けたいが、今年は、抗アレルギー剤や抗ヒスタミン剤はもちろん。漢方薬の服用もしないで3週間、今は4週間目に突入している。確かに、正直言うと今年も、相当にアレルギー反応が私を苦しめた。幾度か止めて、せめて漢方薬くらいは、と思わない日はなかった。しかし、ここまで私が、頑張れて来れたのも、ひたすら「自然治癒力」を信じて、「散歩。湯たんぽ。温泉。サウナ」を続けてきたからだとも言える。今日は、WBC「侍ジャパン」の応援で、私は「サウナ侍」にはなれなかったが、この自己流の花粉症対策は、しばらく続けてみるつもりである。
 
 私の「サウナ侍」ウオッチングは、これからも続く訳だが、少しづつ私の「侍」評価も厳しさを増している。それは、「侍ジャパン」の選手と同じ「侍」を名乗る以上、「侍」定義の基準をもう少し高くしなければならない。やはり、お腹がメタボでは、どうかなあと思うようになってきたからだ。いくらお腹周りが大きい選手はいても、彼らはメタボではない。私の周りにいる「サウナ侍」は、60代、70代の大先輩方である。しかし、とはいえ、私も仕事柄か、人間観察が鋭くなり、お顔の表情や体型で、その方が、どのような人生の生き方をされてきたのか、いくらか推測がつくようになってきた。やはり、「侍」は、たとえ人生の終盤が近づこうとしていたとしても、最後の最後まで、修行を投げ出してはいけない。「武士は食わねど高楊枝」。このくらいの気構えで、修行とは言わないにしても、現代人としての修行である「健康道」の道を歩んでほしい。でもいるいる、本当の「サウナ侍」が!!お見受けしたところ、70代くらいの先輩なのだが、お腹もすっとしているし、姿勢がシャキとしていて、何よりも表情が素晴らしい。私は最近では「サウナ侍」という時は、この大先輩をイメージすることにしている。私もこのような「サムライ」を目指して精進したい。幸いなことに、私は最近ようやくメタボを卒業して、もう少し頑張れば、きっと見た目だけは、「サムライ」の仲間になれそうである。しかし、いつかは、本物の「サムライ」を目指して、今も日本国中にいる本物の「侍ジャパン(サムライ魂を持った日本人)」の一人として名乗り出てみたい。それがいまの私の夢であり目標である。


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 「天使が死神と取引をしたものは、何だったのだろうか?」それは、私の生命と同じくらい大切なもの。自然治癒力だったのである。「ステロイド剤」は、快適さと引き換えに、少しずつ少しずつ私の身体から自然治癒力を奪っていった。薬の副作用と言っているが、それらの現象は、すべて、自然治癒力が奪われた人が、たどり着く終着点だったのである。ところで、私の鼻炎は、2回も手術をしたのだが、治癒したのだろうか?答えは、治らなかった。「アレルギー性鼻炎」がよくなれば、「アレルギー性気管支ぜんそく」が悪くなる。「アレルギー性気管支ぜんそく」がよくなれば、「アレルギー性鼻炎」が悪くなる。ただそれだけのことだったのである。
 医者がヤブ医者だったわけではない。私の手術をしてくれたお医者さんは、「アレルギー」では、著名な方で、県立の某総合病院の耳鼻咽喉科の主任を任せられる先生だった。人格的にも立派で誰からも信頼されるお医者さんだった。呼吸器科のお医者さんにしても、某市の総合病院を独立して開業された、これまた人格的にも誰からも信頼されるような立派なお医者さんであった。なのに、私にしてみれば、「手術」も「投薬」も何も意味のないことであった。それどころか、薬の副作用に苦しむという現実がまっていた。その危機的状況の中からどれほどの苦労をして這い上がってきたことか、筆舌に尽くし難いものがそこにあったことは事実なのである。ということは、医療の世界では、万能に近いと思われている「現代西洋医学」、強いては人類の叡智、「科学」そのものに限界があることを、そこから感じ取らざるをえなかったのである。
 「抗生物質」や「ステロイド剤」の発見は、これまでの医学の常識を覆す程、画期的な発明であった。今でもこれらの薬は、医療の世界では、素晴らしい薬ということで評価が高い。私達のような専門学校で、体や病気についいて勉強する学生も、これらの薬の作用ばかりを学び、副作用については、「使い方の問題がわるければ…」ということだけで話題にのぼることすらなかった。しかし、臨床(医療現場)はどうかというと、受け手の患者さんの評価は、医療従事者とは異なる場合が多い。私のような場合が、ごくまれなケースではなく、ほとんどが、手術のあと、治療のあと、しかも私のように、術後何年かしてから、このような副作用で苦しんでいる患者さんが多いことも否定できない事実なのである。

 「ステロイド」という薬は、「副腎皮質ホルモン」という別名があるが、本来ならもともと人体に備わっている物質である。ところが、こうしていったん薬として処方されると、もう身体の中では作らなくなってしまう。糖尿病の「インシュリン」も全く同じ。人の身体というのは、バカではない。作らなくても、いいものならもう二度とは作ってくれない。薬を受け入れるということは、よほどの覚悟を持って決断しなければならないことなのである。それを、「苦しまないですむから」、とか「楽に快適な状態になれるから」というのは人間の勝手な言いぐさで、私達の身体は、そういう安易な勝手さが許されるほど、あまい世界ではないことをよく知るべきである。人間も人生も全く同じ。甘いことをいって誘う人こそ注意が必要だ。いい話ほど裏があり用心が必要である。人生の半ばを過ぎた人間なら、「人生そうそう自分にとって都合がいい話はあるはずがない」ことくらいはわかるはずだ。それから、そもそも薬というのは、本来、自然界にある薬草がもとになっている。その成分を分析して、それに近い働きをする化学物質を合成して作られている。だから、正確には薬は化学化合物質である。ところが、私達の大切な臓器、肝臓は、「化学物質処理工場」といわれている。つまり、この化学物質を処理するのがおもな働きなのである。だから、慢性病や、大病を患った場合は、大変なことになる。必ず、肝臓、腎臓などの臓器を痛めることになる。またそれだけではない。私達のように東洋医学を少しでもかじったことがある人ならわかることだが。「陰陽五行」といって、臓器というものは、互いに「相生相克」といってお互いに助け合ったり支配したりされたりというように、互いに関連し合って成り立っている。だから、ひとたび肝臓がやられてしまえば、他の臓器も必ず影響が出てくる。つまり、体全体がやられてしまうのである。そのことは多くの患者さんを見てきた臨床医なら誰もがわかていることである。私達の身体というのはそういう約束で成り立っているのである。だから、多かれ少なかれ、どんな薬でも、薬が人体に及ぼす影響は、必ず「天使」と「悪魔」が共存しているといえる。「投薬」を治療手段とする「西洋医学」についてまわる宿命のようなものと考えた方がいいかもしれない。

 最後に、私が手術後とステロイドによる副作用に苦しんだとき、感染症を起こした。このときも救急車で病院に運ばれたが、今思うと、このときは最高の治療をしてもらえたと思う。これもまた夜中の話。急に私の右足膝関節が痛みだした。関節は、ズボンをまくり上げると、見るからに腫上がっていた。あまりの激痛にこらえるのに精一杯。一歩も動くことができなかった。救急車で運ばれた私は、病院に着くなり関節にたまった水を注射器で抜き取ってもらった。もちろん水は検査に出されたと思う。ただこのとき検出された細菌は、感染力の高いこわい菌ではなかった。あとでわかったことだが「溶血性連鎖球菌」といって子供やお年寄りが感染するような細菌の中でも弱い部類のものだった。だからこそ、私の免疫力=自然治癒力の低下がまねいた結果だといえた。ただ本当によかったのは、医者が、薬をいたずらに処方しなかったということである。ただ安静にベッドに寝かしておいてくれた。痛みは水を抜いたことで落ち着いたが、次には、40度以上もある高熱に襲われた。私は夢遊病者のようにうなされた。そして、氷枕をしてもらったが、体は熱くて熱くて何度も汗をかき、何回寝間着を替えてもらったかわからないくらいだった。でも、この高熱は、私の体が、体温を上げることで、細菌と必死で戦っていたことが、後々、医療を勉強することでわかるようになった。私が自然治癒力というものを見直すきっかけになったのもこうした体験の一つ一つが、「一番大切なものは何か」を教えてくれたような気がするからである。病気とはどういうものか。自律神経の果たす役割。こころと身体の関係。いかに「こころ」が体に関与しているか。いろんな意味で教えられることが多い経験をさせてもらった。少なくても、40代を境に、10年間近く私におこった出来事は、私の意識を大きく変化させた。このことについて私の師匠は、「人間にとって何ひとつ偶然はない」という。問題は、「何が起きてもその経験を生かせるかどうかが問題なのだ」と、おっしゃられるのである。また、こうもいわれた。「人間は、体験しなければ、何もわからない。いくら本を読んで知識は豊富でも、一度体験することに比べたら遠く及びもしない」といわれるのである。「『体験体得』それが、私達の世界の鉄則なのですよ」といわれたことを、きもに命じて、私は、この世界に一生をかけてみるつもりで飛び込んでみたのである。(終わり)
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 はじめから手術のせいで「アレルギー性気管支ぜんそく」が始まったとは考えなかった。ただ、手術の効果は3年間とは続かなかった。私の鼻は、花粉の季節の訪れとともに、また、もとの症状にもどされていた。原因はいろいろ考えられるが、私の身体の内部環境は、あまり良好ではなかった。また、細菌におかされて鼻粘膜は劣悪なものとなってしまった。よせばいいのに、こともあろうに「レーザー治療」というものが注目され、簡単に手術が可能ということで、再手術に望んでしまったのだ。今思えば、何のためらいもなく再手術に望んだ思慮の足りない自分がおそろしい。ともかく、痛んだ鼻粘膜を取り除き、新しい鼻粘膜を再生するレーザーによる手術は、無事終了した。さて、次に私を待ち受けていた問題は何だったろうか?理解の早い方ならもうおわかりであろう。そう「アレルギー性気管支ぜんそく」の再発である。つまり、いつまでたっても、ただ繰り返しているだけ。何も、「手術」や「投薬」では、何ひとつ問題が解決がなされなかったのである。科学の最先端である近代西洋医学を持ってしてもだめだった。もう、ここまでくれば、いくら馬鹿な私でも、いやという程わかった。もう、近代西洋医学では、私の身体は治せないことが、はっきりと認識することができたのである。

 私は、やがて、もう最悪な状態をまねいてから、ステロイドが「天使」の顔をした「悪魔」だったことを知ることになった。前に私は、薬の作用と副作用について簡単に触れたことがある。作用でいうなら、ステロイド剤程、炎症によく効く薬はない。どんなアレルギーだろうとたいていの炎症なら、これさえあれば、たちどころに問題を解決してくれる。カードにも「切り札」というものがある。これに勝る「切り札」はないわけだから、これを実際につかわなくてもいいわけで、持っているということが相手に伝われば、勝負に勝てるという代物だ。ただ、この「切り札」を出してしまった以上、その勝負に負けは許されない。だから、呼吸器科の医者が、私の肺に炎症が認められた以上、投薬を中止することができなかったのは、仕方がない判断だったともいえる。少なくとも、西洋医学に携わる医療人としては、踏み外すことができないセオリーだったと言えよう。病院から出される薬の注意書きにも「医師の判断なしに自分の判断で中止することがないように」と書かれているのはそのためである。このブログの右側にある「ライフログ」にはいっている。「医者からもらった薬がわかる本」法研の本の中には「ステロイド薬」についてこんなふうに書かれているので引用してみることにする。


☆ステロイド薬(副腎皮質ホルモン)

 薬の中でも、使い方が最も難しいものの一つで、最近による感染症を誘発したり、胃・十二指腸潰瘍、糖尿病、副腎機能の低下、精神障害などを起こすことがあるので、次のことに注意します。

①他に適当な治療があるときは、副腎皮質ステロイド薬はなるべくつかわないようにします。

②本剤を使用しているときは、副作用の出現に十分に注意し、ストレスにさらされないようにし、服用 中に事故があった場合は、すぐに処方医に連絡します。

③急に服用をやめると、熱が出たり、頭痛、食欲不振、脱力感、筋肉痛、関節痛、ショック症状が起こ ることがあるので、自分勝手に服用を中止してはいけない。

★重大な副作用

❶細菌などに対する抵抗力が落ちて、誘発感染症や感染症の憎悪がおこることがあります。

②糖尿病や続発性副腎皮質機能不全がおこることがあります。

❸消化管潰瘍、消化管穿孔、消化管出血が起こることがあります。

④膵炎がおこることがあります。

❺うつ状態などの精神変調がおこることがあります。

❻骨粗鬆症、大腿骨や上腕骨などの骨頭無菌性壊死、ミオパチーなどがおこることがあります。

❼連用によって眼圧上昇、緑内障、後のう白内障、中心性漿液性綱脈絡膜症・多発性後極部網膜色素上 皮症がおこることがあります。

⑧血栓症がおこることがあります。

⑨心筋梗塞、脳梗塞、動脈瘤がおこることがあります。

⑩硬膜外脂肪腫があらわれることがあります。

⑪アキレス腱などの腱断裂がおこることがあります。

★以上の黒丸は、私に身体に実際に影響を及ぼした重大な副作用であった。


 もう「セレスタミン」をはじめとするステロイドは、「天使」のようには囁いてはくれなかった。いつの間にか、気づいた時には、「悪魔」の薬と化して私に襲いかかってきたのである。30代の後半から40代の前半にかけて、私は「アレルギー性気管支ぜんそく」以外にも、いろんな病気を経験した。そして、そのために何度も入退院を繰り返すことになった。胃潰瘍・十二支潰瘍。それから、強烈は発熱を伴う感染症。左膝関節感染症。本当に何度入院したことであろう。また、眼圧が高く眼底に異常があるということで緑内障を疑われ、眼科に3年間検査に通った。また左右の両肩を肩関節周囲炎も症状が重く。普通予後が良好なはずなのに左右合わせて6年間ひどい痛みに耐えた。また、胃・十二支潰瘍で入院した病院からの紹介状を持って精神科医を訪ねると、今度は、鬱病と診断された。その頃は、不眠がおこり、いつも身体は倦怠感とたたかっていた。当然、自律神経のどこかが失調していた。また、いつも身体のどこかに神経痛があり、肩、背中、腰、肋間、下肢と常に場所を変えての正体不明の痛みとたたかうことになった。まるで、「悪魔」に取り付かれているとしか思えない何年間を過ごしたことだろうか。しかし、それらはすべて、「悪魔」の薬。「ステロイド剤」の副作用がもたらした後遺症が原因だったことはいうまでもなかった。こうして振り返ってみると、どうして、今ここに私と言う人間が存在するのか不思議に思う程、おそろしい体験を何度も繰り返した。本当に、この恐ろしさは、体験したものにしかわからないことだろう。世にも恐ろしい、本当の話なのである。(つづく)
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 少年時代は、誰にもコンプレックスのひとつやふたつはあるものだ。私の場合は、「鼻が悪いこと」だった。父親ゆずりの蓄膿症。もう小学校の高学年の頃には嗅覚を失っていた。風邪をひいていなくても年中鼻声で、冬から春にかけて、はなたれ小僧。苦しんでいるのは自分だけ。他人から見れば、別にどうということはないのだけれど、私にしてみれば、誰にも知られたくはない。実に重大な問題。それらの話題は、誰にも触れては欲しくない。私にしてみれば、深刻な問題であり、立派なコンプレクスでもあった。
 それにしても私の少年時代は、花粉症なんていう言葉はなかった。だから、なぜ、冬から春にかけていつも長い風邪を引くのかわからなかった。クシャミは出るし、鼻水は止まらない。頭が痛くて、痛くて。それなのに体温計で測ってみると熱は平熱。なのに私は、風邪だと思っているから、後ろめたさもあったが、学校を休んだ。体育の時間やマラソンを見学をした。それでも私の風邪?は治らなかった。そんなときいつでも私を救ってくれたものがある。「セレスタミン」というお薬だ。それまでは、医者からどんな薬をもらっても治らなかった鼻炎が、この薬に変わってからは、まるで嘘のようにピタッと治ってしまう。どんなに苦しい鼻づまりも、この薬さえあれば大丈夫、何も問題はなかった。昔から「セレスタミン」は苦しい時にいつでも助けてくれる。魔法のような薬。まるで「天使」のような存在だった。それ以来私は、誰よりも「セレスタミン」を頼りにするようになった。耳鼻科の医者も季節がくれば、私には、すぐに「天使のお薬」を処方してくれた。このようにして、私と「セレスタミン」のなが〜いお付き合いが続いた。
 
 もし私にこんな問題が起きなければ、それまで通りずっと、現代西洋医学に疑問を持つことはなかっただろう。これまで通り科学の素晴らしさを信じて疑ったりはしなかった。ところで、大人になってからも私に、鼻炎の問題は無縁ではなかった。普通の人に比べて私の鼻は、見た目にも曲がっていた。だから、鼻の通りは悪く、少しでも風邪をこじらせるようなことがあれば、すぐに蓄膿症になった。ましてや花粉の飛び交う季節となれば、大変なことになってしまったのはいうまでもない。そこで、私のアレルギー鼻炎を治療していてくれたお医者さんの勧めで鼻中隔湾曲症と副鼻腔炎(蓄膿症)の手術をやることになった。私が38歳の頃の話である。手術は成功した。私の鼻は、まるで嘘のように通るようになった。こんなにすっきりするのならどうしてもっと早くに手術をしなかったのか悔やまれる程、私の鼻は生まれ変わった。それにもうひとつ、炎症を抑え、感覚神経を活性化させるというステロイド剤。「リンデロン」を点鼻薬としてつかったところ、私の何十年んと眠っていた嗅覚が、復活したのである。私は、天にも昇るようなよろこびを覚えた。また、そのよろこびは、花粉の季節になってさらに倍増した。花粉が舞い始めるようになってもいっこうに鼻炎の気配はなかった。手術の効果は、私の想像をはるかに超えていた。ところが、いいことはそんなに長くは続かなかった。なんと、鼻の通りがよくなった分、花粉は、今度は鼻腔を通過して気管支を直撃してしまったのである。今度は「アレルギー性気管支ぜんそく」という新たな問題が生じてしまったのである。手術は、ある問題を解決し、またさらにある問題を引き起こした。とにかく私は、40代を前後して6年間「ぜんそく」という新たな問題に直面した。

 「ぜんそく」の発作は本当に苦しかった。またそれは決まって、自律神経が交感神経から副交感神経に交替するはずの夜中に引き起こされた。私は、ぜんそくの患者の多くが苦しむように「呼気」は出来ても「吸気」ができず、何度もこれで最期かという苦しみを味わった。そして何度も緊急外来で点滴のお世話になった。それでも間に合わない時には、病院にそのまま入院した。やはりここでも私を救ってくれたのは「ステロイド」だった。ステロイド薬がはいった点滴は、まるで、さっきまでの「このまま死ぬのではないか」と思った程の重体から何度も私を助けあげてくれた。その時も「ステロイド」は私にとってはやさしい「天使」のような存在だった。しかし、それが何回も何回も回数を重ねるたび、私の中である疑問がわいてきた。その疑問というのは、漠然としたものであっが、「私の身体は、本当によくなっているのだろうか?」という疑問だった。私がいつも「助かった」と思う瞬間は、ちょうど、まるで生死に立たされた私を「天使」が「死神」と取引でもして決着を付けているかのように感じられたのである。退院してからも私は、呼吸器科の病院に通った。医師は、レントゲンで経過を観察しながら、肺に炎症の現れである白い影を見ていた。そして、それを私に見せながら「たとえ今、症状が治まっていても、この際完全にこの薬で炎症をたたいてしまっておきましょう」といって渡した薬が、あの「天使の薬=セレスタミン」だったのだ。私は医者のいうままに、恐ろしいと思う程、「セレスタミン」を常用した。私にとっては、「切り札」を普通の札をつかうように毎日のようにきってしまていた。それがその後どうなるかも知らないままに…。不安を感じながらも「セレスタミン」を飲み続けたのだ。(つづく)
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 ひとくちに花粉症といっても、症状は様々である。軽いクシャミや鼻水程度の人もいれば、目を真っ赤にして、夜も眠れないという人もいる。だから、同じ花粉症でも、話を聞いてみると、その違いに驚かされることがある。だから、花粉対策も当然違いがある。軽い人は、市販されている薬で間に合うだろう。しかし、重症ともなれば、そうもいかない。たいがい病院に行くくらいの患者さんは、だいたい処方される薬は、抗ヒスタミン薬か抗アレルギー薬がほとんどである。もちろん、目薬、なども一緒に処方される。しかし、それで治れば、重症とはいえない。特に鼻づまりがひどい場合は、点鼻薬といって、一時的ではあるが、粘膜の消炎することで、鼻づまりを解消する差し薬をもらう。薬も毎年、強さが要求されるようになる。抗ヒスタミン剤も抗アレルギー剤も効かないとなれば、最後に出てくるのがステロイド剤である。点鼻薬は血管収縮剤である。特にこの二つの薬が出たら本当に気をつけなければならない。薬というものは、必ず、作用と副作用の二つの側面があることを理解しなければならない。今回は、右のライフログで紹介した「のんではいけない薬」〜必要な薬と不必要な薬〜 浜六郎 金曜日の中からこの二つの薬について書かれているので、大切なところを引用することにする。

☆注意すべき薬剤は?

★ステロイド剤

 アレルギーの原因となる抗生物質・アレルゲンを、すぐに取り除くことができる動物や食品等によって起きた重症の反応の際、一時的にだけステロイド剤を用いるのならやむおえないし、それほど害もありません。しかし花粉は何ヶ月か続きますから、その間ずっと使用すると危険の方が大きくなる可能性があります。ステロイド剤の効果は強力ですが、感染症や、製剤によっては局所使用でも副腎機能の抑制などが心配です。
 よほど重症でないかぎり、花粉症に内服のステロイドを処方する医師はあまりいないはずですが、ステロイド剤(長時間作用型で依存になりやすい。一般名・ベタメタゾン)と、抗ヒスタミン剤を組み合わせた製品「セレスタミン」を、抗ヒスタミン剤と思い込んで、気軽に処方する医師がいます。セレスタミンが処方されたら断りましょう。

★血管収縮剤(点鼻薬)

 血管を収縮させると充血や腫れが軽くなり、鼻が通りますが、傷ついた鼻粘膜の修復に必要な酸素をはじめ、さまざまな栄養分の供給が滞り、かえって鼻炎は悪化します。鼻の粘膜だけではなく全身の血管を収縮させますから、当然ながら血圧が上がり、若くして脳出血を起こしたり、心筋梗塞、心不全や腸管の壊死を起こすこともあります。
 その代表例がかっての市販薬「コンタック600SR]などに含まれていた成分。フェニルプロパノールアミン(PPA)は、アドレナリン系のエフェドリンという薬剤の仲間ですが、なかでも血管収縮作用の強い成分の混合。これが特に危険と、2003年8月、国が指導して順次プソイドエフェドリン(PSE)含有の新製品に切り替わっていますが、これも似た作用があります。
 漢方薬の「小青竜湯」もアレルギー性鼻炎の適応で発売されています。米国では、野球選手が急死した事件をきっかけに、その成分「麻黄」(別名「エフェドラ」もエフェドリン系物質の混合物)含有のサプリメントが規制の対象となっています。
 血管が広がるのは、修復に必要な栄養成分や酸素を多く送り込む必要があるからで、回復するには通らなければならない現象です。薬剤で収縮させるのは逆効果です。
 花粉症やアレルギーの患者さんはここ20年くらいで非常に増えてきました。さまざまな原因が考えられますが、食べ物をはじめ生活や環境中のいたるところに存在する科学物質にさらされ、身体が過敏になっていることが関係していると考えられています。睡眠不足や精神的ストレス、栄養バランスの崩れにも関係あるでしょうから、まずはその点に注意してみましょう。究極の予防法はできるかぎり避けられる化学物質を避け、アレルゲンを避けること。薬より予防が大切です。


※血管収縮剤については、よく出されているので「逆効果」を体験された方も多いことであろう。ただ、ステロイド剤についてはどうだろう。私は、長い間、「処方する医者はあまりいないず…」の「セレスタミン」を長い間使用してきた。毎年毎年、苦しくて困った時に飲む、この「セレスタミン」は、私には、「天使のような薬」だった。ところが、いつの間にか「悪魔の薬」に姿を変えていたという経験がある。副作用を体験して、始めてこの薬の本当の姿が見えたのだ。しかし、この薬を断ち切るためには、多くの歳月。そして、大変な勇気と努力が必要だった。だから、今はもう、この悪魔の薬から一切、縁をきったが、完全に縁をきったのは、まだここ3年くらいの話である。まだ時々、この花粉が舞う季節になると「天使のような」声で私に囁く声が聞こえるのである。
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