カテゴリ:あん摩マッサージ指圧( 12 )

emoticon-0128-hi.gifまずは自分の身体の状態と患側と健側を知ろう

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治療のはじめは、まず患者さんの身体を診るところからはじまります。患者さんが玄関から入ってきて、歩いている様子。玄関の段差を上がる様子。そういうところまで、治療者は見逃しません。予診表に症状を書いてもらいますが、この時に、疑問に思ったことは質問します。ですから、この時点で治療者の頭の中には、症状・原因・治療方法などの大まかな青写真ができています。

でもそれでも、ここまでは頭の中で行なう操作ですから、現実には、視診・触診・問診で実際には、治療方法の修正がたくさん行なわれます。これは、患者さんが訴えられる症状と、治療者が、触診によって知る症状とは、必ずしも一致しないからです。実際には治療していくことでわかってくることはたくさんあります。ですから、治療者は、決して、早とちりして決めつけてかかることは決してしません。

でも患者さんは、どうしてご自分の症状が、正確に治療者に伝えられないのでしょうか?そこに「痛みは優先順位をつける」という性格があったり、時間の経過とともに症状は変わるので、なかなかご自分で把握することが難しいのです。でも、わたしたちの治療のいいところは、治療することで患者さんも自分の症状で気づかなかった部分を知ることができます。わたしたちも同様に患者さんの症状と変化を把握することができるのです。

わたしは、よく患者さんに、「ご自分の大切な身体ですから、よく知ってください」というお願いをします。そして、「もし疑問な点があれば、遠慮しないで、その都度、質問してくださいね」というお願いもしておきます。患者さんも治療者も、「まずは身体の状態を知る」ということがとても大切なことだと思うからです。

ところでみなさんは、「患側」「健側」という言葉をご存知でしょうか?こうして漢字にしてみますと、ほとんどの方は、意味から予測がつくのではないでしょうか。「患側」は、わずらう側と書きますから、わるい方の側です。そして「健側」は、健康の健ですから、すこやかな側、つまりいい方の側ということになります。首こり肩こり腰痛をみますと、身体というのは、両方同時に痛みだすということはありません。はじめは、右側か左側かどちらか一方から、症状がはじまるのです。

ほとんどの場合は、右利きの人が多いので、右側が患側であることが原則です。もちろん例外もあります。そのときは、患者さんに仰向けで横になってもらい、両方の上腕骨頭の辺りをぐりぐりと触診してみるとわかります。明らかに硬さを感じます。患者さんに聞いても患側が痛いと訴えます。ですから、上半身はすべて、首・肩・腕、すべて右側が患側であることがわかります。

さてここからなのですが、実は治療者もわかっていないことが多いのですが、腰から下の下半身はどうなのかというと、患側と健側が、ヒックリかわるのです。一般的には、左側が患側で右側が健側なのです。それを知っておくことで、治療者も治療に活かせるし、患者さんも、自分の身体を知ることで、予防やケガなどの危険から回避することができるのです。

ところで、中には患者さんの中で、触診で患側が明らかなのに、ご自分の自覚症状では「健側」の方が痛いとおっしゃる方もいます。これは、症状が長くなり慢性化したり、重症化すると、痛みが両側に及んでくるからです。この場合は、もとの患側は、痛みが麻痺して、自覚症状からはズレてしまっていることがほとんどです。そして、その状態はとても危険な状態であることは申し上げるまでもないことだと思います。症状は更に重症化していきます。

人間の身体は、本当に不思議ですが、必ずどのような病気でも、はじめは首こり肩こり腰痛からはじまるのです。そして、それでもダメな場合は、神経痛というかたちで、さらなる痛みをもってわたしたちに知らせます。これはまるで、痛みを通して、わたしたちにメッセージを発しているようなのです。みなさんも聞いたことがあるかもしれませんが、座骨神経痛・大腿神経痛・肋間神経痛・三叉神経痛などがよくある神経痛の代表格です。でもまだ、痛みをともなうだけ、救える手立てはあるのです。

ではこれが更に重症化してくるとどうなるかといいますと、今度は自律神経に症状に発展してくるのです。自律神経といえば、「自分でコントロールすることができない神経」のことですから、その代表格は、心臓・肝臓・腎臓などの内蔵であったり、胃・大腸などの器官であったりするのです。胃や腸の働きがおかしいというのは、その辺から来ているのです。でも怖い話ですが、癌などの大病ともなると、もう「痛み」はともないません。これはメッセージの次元を越えてしまっているからです。そうなることはぜひ避けてほしいものです。

もうひとつ、健側と患側が自覚できなくなる患者さんの場合をお知らせします。それは、鎮痛薬や精神安定剤等の薬を服用されている患者さんです。こうした患者さんは治療者は、要注意です。それは本来痛みを感じるはずの部位に痛みを感じないという状況が生まれているからです。こうなると患者さんの自覚症状は、健側と患側が見事にかわってきます。この場合も、もちろん治療できますが、治療期間が、薬を服用されていない患者さんに比べ、少し長くかかることを、治療者も患者さんも知るべきです。やはり、鎮痛剤などの薬は、鍼治療の妨げになることは明らかなのです。
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週刊朝日5/24号より

「マッサージ・あん摩・指圧治療院の選び方『3箇条』」
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 最後にいい施設(治療院)の選び方を紹介する。

1、「あん摩マッサージ指圧師」の国家資格を持っている

有資格者でなければ行なえないので当然なのだが、巷には資格を持たない人が似た施術をするのも多い。施設や個人が有資格者であることを掲げる必要はないため、電話なので事前に問い合わせるしかない。

 ちなみに、同資格を持つ者のなかには、鍼灸師の国家資格もあわせて持っている者も多い。全鍼灸マッサージ師会やNPO全国鍼灸マッサージ協会のホームページには、それら有資格者の施設が掲載されているので参考にしてほしい。

2、「◯◯に効く」など、病名や症状を看板に掲げていない

 有資格者のいる施設では、「はあき法」の縛りがあるため、病名や症状、有効性などを一般の人の目に触れるところに掲げてはならないとされている。逆に有資格者のいない施設では、病名や症状を載せていることもあり、一つの目安になる。

3、「もみ返し」がない

 これは一度、施術を受けた場合の話になってしまうが、今は技術力のある人ほど、もみ返しを起こさない施術をするという。

 ここまで、マッサージと一口に言っても、知らないことが多かったのではないだろうか。それをわかた上で受けるのとそうでないのとでは、症状の改善にも大きな違いが出る。ぜひ、正しいマッサージを知って、施設(治療院)選びに役立ててほしい。(本誌・山内リカ)

(以上は週刊朝日5/24号による引用である)  


emoticon-0128-hi.gif病名掲げるのは資格のない施設

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「病名掲げるのは資格のない施設」とは週刊朝日さんもよく言ってくれたものである。その通りです。これは大変に矛盾するところですが、病院の看板も、「八倉治療院」の看板も病名とか症状などの広告は一切ありません。法律にまもられ施術を行なうものは、法律の制約を受けなければならないのです。わたしたちのような指圧鍼灸治療院なども国家資格の施設ですから、上文のような、「◯◯に効く」というような広告入りのような看板はだせないのです。たとえ座骨神経痛や大腿神経痛などの治療が得意でも、法律で禁止されている以上、有資格者は法律に従うしかないのです。ですから看板もこのようなシンプルなものになってしまうのです。そういうことの事実を、患者さんはよくわかってほしいというのが、今回の週刊朝日の特集でした。わたしたちのように地道に治療を重なっている治療院では、今回の特集は本当にありがたいものです。たぶん、こういうことは患者さんの多くが知り得ないことですから。
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週刊朝日5/24号より

「マッサージ・あん摩・指圧」三つの手技の違いや特徴
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「とりあえず、国家資格がある三つの手技の違いや特徴を整理しておこう。

☆マッサージ

 ヨーロッパで発祥し、明治時代以降に日本に伝わった。主に血液やリンパの流れを良くするのが目的で、皮膚を直接刺激する。求心性(手足の抹消から中心に向かう)にもんだり、さすったりしていくのが特徴。滑りをよくするため、オイルやパウダーなどを使うこともある。更に最近では運動後の筋肉疲労を取ったり、選手のパフォーマンスを高めたりするためのスポーツマッサージや、植物から抽出した精油をもちいたアロマテラピー(芳香療法)、手術後などに起るむくみ(リンパ浮腫など)を解消するリンパトレナージなどの手法も普及してきている。

☆あん摩

 古代中国で生まれた。鍼灸と同じように東洋医学の経絡治療(経穴<ツボ>を刺激することで生命エネルギーである気や、栄養を巡らす血の通り道を整え、自然治癒力を高める療法)の考え方に基づいて、体の調子を整える。薄い衣服などの上から、主に筋肉に対してなでたり、押さえたり、軽くたたいたり、つまんだり。マッサージとは対照的に、遠心性(両手を上げたバンザイの姿勢で上から下に向かう)にもんでいくのが特徴だ。

☆指圧

 日本生まれ、日本育ち。あん摩と同様、衣服などの上から親指の腹や指の関節、手のひらを用いて体表の一点を押す。遠心性に刺激するのも、あん摩と同じだ。東洋医学の経絡刺激による体の反応を期待する一方で、圧を集中させることによる反射作用で、自律神経の反応を促し、内臓の機能を調整していく。


 こうした手技は単独で極めている専門家もいれば、それぞれの良い点を取り入れている専門家もいる。また、「マッサージ」という看板を掲げていても、実際はあん摩や指圧をする施設も。それだけ、マッサージという言葉が一人歩きしているという状況がある。

(以上は週刊朝日5/24号より引用)


emoticon-0128-hi.gif多分、治療の専門家にしかその違いはわからないが、その専門家も曖昧にその言葉を使っている


 週刊朝日に特集として今回このように丁寧に扱われていた。これを紹介させてもらわないのはもったいないと思い引用させてもらった。実は、八倉治療院では、手技は、あん摩と指圧の複合である。ところが患者さんには、「マッサージをしていきます」ということがほとんどである。それだけで、説明しなくても通じるのでそうさせてもらっているのが現状だ。でも、患者さんもプロになられて、それらの違いがわかっていたら、きっと治療者は、びっくりして、患者さんを見直すことであろう。
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週刊朝日5/24号より

シリーズ代替医療第3弾「本当に効くマッサージ・あん摩・指圧」

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体のどこかに痛みやこりがあると、無意識にそこに手を当てて、もんだりさすったりする。この「手当」の延長にあるのが、手や指を使って体をほぐす、いわゆる「マッサージ」だ。だが、一口でマッサージと言っても、指圧やあん摩もあれば、「類似品」もある。その違いを、ぜひ知ってほしい。

 肩こりや腰痛など、つらい症状があると、「マッサージを受ける」という人は多いのではないだろうか。だが、それが本当にマッサージなのかが、まずあやしい。

 マッサージの定義について、日本あん摩マッサージ指圧師会の会長、時任基清さんはこう説明する。
「体の手のひらや指などでさまざまな刺激(押す、もむ、さする、たたく、震わす、引っぱるなど)を与えることで、体の反応を引き出し、健康を促進、症状を改善させる手技です。ただ、みなさんがマッサージだと思って受けているものの中には、『あん摩』や『指圧』といった、マッサージとは異なる手技もあります。」日本ではこのマッサージやあん摩、指圧には、実は「あん摩マッサージ指圧師」という国家資格がある。きめられた教育機関で3年以上の教育を受け、試験に合格した人でなければ、施術してはいけない。ところが、国家資格を持たずにマッサージに類似したせ術をする施設も多く、多くの人がそれを「マッサージ」と思っているのが現状だ。

 厚生労働省も無資格者によるあん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師などに関する法律(はあき法)」の免許なしでこれらの行為を業として行なったものは、処罰の対象となる、としている。厚労省に問い合わせると、「無資格の問題は承知している。有資格者団体からの要望も出ており、対応しなければならない」という返答であった。
(以上は週刊朝日5/24号より引用)


emoticon-0128-hi.gif日本で資格があるのは「あん摩マッサージ指圧師」の国家資格があるものだけ

わたしも有資格者ですが、みなさんにはまだ多くの人に知られていなのが現状です。それどころか、平気で、「マッサージ」の看板が掲げられていることも見逃せない現状です。本来人間の体は、「小宇宙」といわれるほど精密にできています。この体のことをしっかり勉強してきている人にしか、施術をさせてはいけないというのが、定められた法律なのです。現状がどうであれ、このことはしっかり、守られていかなければならないと思います。少なくてもみなさんは、そういう法律があるということを知っていてほしいと思います。そういう意味で週刊朝日の記事を引用させてもらいました。
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週刊朝日5/24号より

「足ツボやリフレはマッサージではない?その違いは」
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日本では国家資格を持っている人以外は、仕事として他人の体にマッサージすることは禁止されている。アロマテラピーなど、海外で通用する資格を持っていても、日本では日本の資格を持たなければならない。

 だが、実際には、資格を持たないスタッフが施術をする、マッサージ類似の施設があふれている。「リラクゼーション」や「癒やし」「ほぐし」を掲げたり、「足ツボ」「タイ古式」などの名前の付いた店は、繁華街に看板を並べ、健康ランドのような温浴施設や大型商業施設の中には必ずある。それが不調に悩む現代人の駆け込み寺になっている。

 ちなみに、「リラクゼーション」や「リフレクソロジー(足の裏にある反射区を刺激していく足裏健康法。英国式などがある)」「足ツボ(リフレクソロジーと考え方はほぼ一緒。台湾式などがある)」「ボディーケア」などをうたうチェーン店が登場したのは、今から15年ほど前。ストレス社会を反映してか、急激に成長を遂げた。今では「ほぐし系」「癒やし系」「ストレッチ系」などに分かれてもきた。

 なぜ、それらの施設が問題とならずに増えているのか。それについて取材先で何人もが口にしたのは、50年以上前に出た最高裁判決(1960年1月27日)だ。

 その判決は、医業類似行為(医師がおこなう治療以外で、健康や症状の改善をもたらす行為)では、それによって「人の健康に害を及ぼすおそれがあること」が認められない限り、処罰の対象とならないと解釈されるものだった。

 日本薬科大学学長で百済診療所(東京都中央区)院長、丁宗鐡(ていむねてつ)医師は言う。「この判決以降、保健行政の隙間をぬって、無資格で医業類似行為をする人たちが出てきた。その結果、こういう産業が既成事実化してしまったのです」。


 では、こうした店舗を運営する会社は、はたして資格や施術者の技術の質についてどう考えているのか。代表的な5社に記事の趣旨を伝えた上で、取材を申し込んだ。

 すると、業界大手の一つA社は、店舗の許可が下りないとの理由で取材拒否。上場企業のグループ会社として店舗を展開するB社は「ほかの企業と考え方は同じなので、今回は見合わせたい」と、丁寧な対応ながらNG。格安のサービスで注目され始めたC社は、取材を一度は了承したものの、取材前日に「多忙」を理由にキャンセルとなり、それ以降は連絡が取れなくなった。首都圏を中心にチェーン展開するD社は、取材も終え、「当社のおこなっているのは健康管理サービスです」などの話も聞いたが、その後、「社内稟議がおりない」と掲載不可となった。

 そんななかで、唯一取材に応じてくれたのは、業界最大手の「ボディワークホールディングス」。有資格者が始めた同社は、現在、全国でラフィネ(Raffine)というリラクゼーション店などを約470店舗、温浴施設内に約200店舗を展開している。セラピストと呼ばれるスタッフは、グループ全体で約4700人。

 資格に対する考え方を聞くと、「有資格者がおこなうのは治療行為。私たちがおこなっているものと目的が違う」(経営企画部)という。有資格者に敬意を払いつつ、それとは別のサービスをおこなっていると強調する。

店舗では、施術と会話を通じたコミュニケーション、また香りや音楽など含め五感に働きかける癒しをお客様に提供しています。有資格者がされているような、『腰痛を治してほしい』などの要望には応えることができません」(同)」

(※週刊朝日 2013年5月24日号より引用)

 
emoticon-0128-hi.gif日本では国家資格を有しているのはあん摩マッサージ指圧師のみです  

 日本では国家資格を有しているのは、あん摩マッサージ指圧師だけです。整体もカイロプラティックも足ツボもリフレックスノロジィーも全部とも有資格者ではありません。法律で認められていない以上、わたしは取り締まるのは当然だと思うのですが、日本には、下線が引かれた部分のような背景があるので、今のような現状になっているわけなのです。ちょっとした矛盾です。
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emoticon-0128-hi.gif 指圧マッサージで眠くなるのはなぜですか?


 「◯◯さん今日はこれでおしまいです」と患者さんに声をかけると、眠そうな顔をして「え、もう1時間経ってしまったんですか?わたしの感じでは、30分ぐらいしかたったような気がしないんですけど」という答えが返ってきた。これは、わたしの治療院によくいらっしゃるある患者さんとわたしの会話である。この患者さんに限らず、本当に、わたしの治療院にいらっしゃる患者さんは、よく寝てしまわれる。よくおしゃべりをしていた患者さんが、急に静かになったかと思うと、寝ていることが多い。そうかと思うと、静かだった患者さんが、急に大きなイビキをかきはじめる。見ていて本当に気持ち良さそうで、何だかわたしもふと眠気におそわれることがある。

 指圧もマッサージも気持ちがいいから、眠くなるのは当たり前といえば当たり前の話かもしれないが、じつはこれには訳がある。寝るかねないかは別として、治療時間が1時間あれば、患者さんが、眠たくなってしまったと感じられる治療を行わなければ、やはり一人前の指圧マッサージ師とはいえない。というのは、「人は、どうして指圧マッサージで眠くなるのか?」そこには、生理学的な理由があるからだ。つまり、指圧やマッサージを受けた人の体は、皮膚の下には、感覚受容器といって、感覚神経の末端に、センサーのようなものがある。その感覚受容器に刺激が伝わると、それが、手でも足でも脊柱の背骨の中にある脊髄を通って、それが脳に到達する。その刺激を感じた脳は、「エンドルフィン」という物質を出す。このエンドルフィンは、人間のからだが自然につくり出すホルモン、あるいは神経伝達物質である。これは例えるなら、モルヒネか麻酔のような役割を果たす物質で、この物質がでると、何とも気持ちがいい感じや、痛さが消えてしまうような鎮痛作用を伴う。例えははよくないが、麻薬か麻酔のようなものである。ただしこちらは、人間が人工的につくり出した薬と違って、副作用の心配は一切ない。じつはこれが、指圧やマッサージが眠くなる原因であったのである。

 その証拠に、いくら指圧やマッサージが気持ちのいいものだといっても、肩こりも症状が重くなると「頸肩腕症候群(けいけんわんしょうこうぐん)」といって、首や肩や腕そして指などにしびれや痛みを感じるようになる。腰痛も重症になると、「大腿神経痛(だいたいしんけいつう)」や「座骨神経痛」という神経痛の症状を伴う。こうなると、必ずしも治療が気持ちがいいといってばかりはいられない。症状が悪化すればするほど、それを解消するためには最低限度の痛みはどうしても避けられない場合もある。重症患者さんを治療していると、確かにはじめは、「痛い痛い」といわれているのだが、コリがほぐれたと同時くらいに「グーグー」というイビキ声に変わる時がある。患者さんにいわせると、「コリがほぐれ、痛みがなくなった瞬間に、急に気持ちよくなって眠気に襲われてしまいました」といわれるのである。こういう患者さんが、一人二人ではなく、ほとんどみなさん同じような体験をしていることがわかった。これは、脳から「エンドルフィン」がでた証拠であるといえる。

 わたしも臨床でこのような体験をする前は、素人的に「指圧やマッサージは、コリをもみほぐすから気持ちがいいのだ。気持ちがいいから眠くなるのだ」と思っていた。ところが、そうではなくて「エンドルフィン」という神経伝達物質が、出るか出ないかということが、カギであることがわかった。「気持ちがいいか気持ちがよくないか。眠くなるか眠くならないか。楽になるか楽にならないか」ということに関わっているんだなあということがわかったのである。だから、少なくとも「指圧マッサージ治療」を行おうとするものは、もみほぐすというイメージから脱却し、脳からエンドルフィンを出すような治療を行わなければならない。数日前、「夜眠れなくって困っています。そのために、病院にも行って、処方された睡眠導入剤を服用しています。といわれた患者さんが、治療の途中、いつしかイビキをかいて眠ってしまっていた。こういうことが、わたしたちの治療ではよくあることである。こういった時にわたしたちは、治療者としての醍醐味を感じるのである。
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☆オススメします「筋肉のしくみ・はたらき事典」
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☆筋肉の勉強は、イメージすることが大切
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emoticon-0128-hi.gif 専門学校時代からこんな本を探していた

カラー図解 筋肉のしくみ・はたらき事典

左 明 / 西東社

筋肉の勉強は、他の教科以上にイメージすることが大切です。こんな本がもっと早くに出版されていたら、学生時代もう少し楽に学習できたことでしょう。学生・医療関係者・スポーツ関係者にオススメします!

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 今月、東京に行った時に本屋さんで見つけました。実は、私48歳で専門学校に入学して解剖学とか生理学の勉強を始めました。特に暗記がすべての解剖学は苦手でした。その中でも「筋肉」は、最も苦戦した教科です。というのは、語句や名称および場所くらいは、丸暗記できますが、この「筋肉」に限っては、それだけでは不十分です。やはり、頭の中に絵がイメージできていないと、記憶が頭の中に定着できないのです。文字だけでの学習では、絶対に上手くいかないのが、この「筋肉」です。

 そこで優秀な学生は、必ずノートに筋肉が、どの骨にどのようにくっついているかをつぶさに図解していました。イメージを働かせるのは「右脳」の活動ですから、左右の脳を上手に使って学習していたのです。私ときたらそれがうまく出来なくて夏休みの丸1ヶ月をこの筋肉の勉強に費やしたのですが、休み明けの試験では、合格ぎりぎりの64点くらいしかとれなかったんです。しかも、それが私のもっとも大好きだった山口先生の授業でしたから、本当にショックでした。試験の後、その気持を正直に先生にぶっつけましたところ、先生は慰めるどころか、私の努力を認めて褒めてくれたんです。私は、それ以来、ますます山口先生のファンになり、より「筋肉」の勉強が好きになりました。

 でもそれだけ苦労した教科でしたから、国家試験に合格すると他の勉強はほとんど忘れてしまったのですが、筋肉については意外と記憶が残っていています。だから、患者さんを治療するときでもこれは何の筋肉で何の神経が支配しているなんてことが、はっきり頭にイメージできています。そのことって治療する人にとっては、とても大切なことなのです。でも、どうでしょう、この本の中身は、私が治療する時に、頭の中でイメージする絵と同じなのです。こんなふうに頭の中でイメージして治療は行われているのです。こんな本が、わたしの専門学校時代から出版されていたらどんなに助かったことでしょうか。そんなふうに考えると、今の学生さんは、幸せだと思います。でも、苦労したから、その分、今でも忘れないというものなのかもしれません。
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☆ここにも「自然治癒力」のカエルがいる。隣りのランプがつくと暖かさを演出してくれる。
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 今から30年も前のお話。大学を卒業して初めて勤めた学校に、私が大好きだった先輩教師がいた。彼は、ある日、私にこんなことを質問した。「人間と動物で一番違う点は何か、わかりますか?」「それは、人間は困っている人を助けてあげることができるということなんだ。動物にはそれができない」そういう含蓄のあるお話をしてくださる先輩がいた。私は、この先輩から、立派な教師になるための、いろんな大切なことを教えていただいた。その中でも、この言葉は、先輩の人柄同様に、強く印象に残っており、30年もの歳月が経っているというのに、いまだにいっこうに色あせることがない。その後、私の人生は、大きく方向転換をしてしまったが、今でも、「困っている人がいれば、助けてあげよう」という気持は、全く変わっていない。いや変わらないというより、「この仕事ほど、困っている人を助けてあげられる仕事はない」と、自分では自負している。そういう意味で、私は、大変に幸せ者だと思っている。
 
 先日ブログの中で書いた、「指圧」の浪越徳治郎先生のスローガンを紹介させてもらった。「指圧のこころは、母ごころ。押せば生命(いのち)のいずみわく」は、指圧というものと、施術者のこころを的確に表現したものだ。ということでご紹介させてもらった。私は、今でも母親と子供の関係ほど強い絆で結ばれたものはないと思っている。これほど確かな関係はない。治療者は、患者さんにとっての「母親」にはなり得ないが、「信頼」という確かな関係を構築することはできると思っている。窮地に立たされた子供を見れば、ほっておけない地蔵菩薩のようなこころを持った治療家になりたい。というのが今の私の目標である。浪越先生がいわれる「いずみ」というのは、人体に宿る「生命力」。つまり「自然治癒力」そのものである。本当に、「指圧」には、枯れた大地から滲みでるような生命力をもたらす力がある。それは、不思議なくらいすごいパワーとエネルギーなのである。

 よくいわれる言葉であるが、「人間」というのは、「ひと」と「ひと」の「間(あいだ)」に存在としての価値がある。一人の人間ではどうすることもできないことが、二人以上の人をもって「成す」ことができる。そういうふうに仕組まれた存在らしい。日頃、患者さんと接しながら、実に一人の人間というのは弱いものだと思う。おそらく「肩こり」でも「腰痛」でも困った時には、自分ではどうすることもできない。自分以外の何者かに助けを求める。助けを求められたものが、それに答えてあげることで、そこに大切な絆が生まれる。だから、私はこの仕事を、お金には換えられない大切なものというふうに考えているのである。そして、更にいわせてもらえば、「困っている動物は、他の動物には救うことはできない。しかし、人間といえども誰でも人を助けてあげられるわけではない」治療という世界でいうならば、「限られた人にしか、人を助けてあげられないのが現実である」そこに、私たち「治療家」としての尊厳がある。と私は思っている。

 「指圧」というのは、誰にでもできるような、そう簡単なことではない。人間の体にあるといわれる「361個」のツボを正確に捉え、患者と治療者の「呼気」と「吸気」を自由自在に操る。そのくらいの最低限の知識や技能があってこそ、初めて、「限られた人」である資格をえられるのである。ただ、それでもまだ、私は不十分だと思っている。人の身体は、エネルギーそのものである。「治療者」は、患者の体が持つエネルギー以上のパワーのある存在でなければ、本当には、困っている患者さんを救うことができない。もし、「治療者」が自身のもっている知識と技能だけで「治療」という難局を乗り切ろうとしても乗り切れるものではない。それは、一長一短ではできるものではない。しかし、最低限、「助けて差し上げたい」という思いだけは、誰よりも強くもっている必要があると思う。人の思い=「想念」は、すごいパワーとエネルギーを秘めている。その思いが強ければ強いほど、膨大な「パワー」となって「患者さん」の身体に作用をもたらすのである。おそらく浪越徳治郎先生が、「指圧のこころは、母ごころ」といったのは、そうした想念のパワーとエネルギーの存在を認めていたからこそ、そんなふうに言葉で表現されたのだと思う。そういう意味で治療者には、「母ごころ」が、必要なのかもしれない。


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 今日は、「どうして按摩指圧マッサージがストレス解消になるのか?」を考えてみることにする。現代はストレス社会だといわれている。人間関係の悩み。厳しい生活の中でのお金のやりくり。身体や病気の悩み。特に子供は、勉強の悩み。大人は、仕事の悩み。などが大きな「ストレス源」になるかもしれない。私は、今のこの仕事についてから、仕事に対するストレスがなくなってしまった。今では一日中といったら嘘になるが、一日のうちに何回かは、病気や人の身体の仕組みや働きについて考えている。具体的に患者さんの身体や状態について考え、どうしたら痛みがとれるのか?どうしたら症状を軽くすることができるのかを考えている。また、そういうことを考えるのがとても楽しい。だからこの仕事は、私にとってストレスになり得ない。だから私にとっては天職なのだと思っている。
 
 しかし、一般的に考えると「仕事」というものは、そう簡単なものではない。この世の中には、好きだからその仕事をやっているという人ばかりではない。ほとんどの人が、「自分が本当にやりたいことは、やらせてもらえず。やりたくないことばかりやらされている」というのが現状ではないだろうか。おまけに仕事である以上、誰もが義務や責任という重い荷物を背負わされる。そういう厳しい毎日が続いているのではないだろうか。だから、「ストレス」は溜まる一方、何かよいストレスの解消法を持っていないと、この厳しい現代社会を乗り越えられないかもしれない。しかし、一時的ではあるかもしれないが、誰もが簡単に取り入れられるストレスの解消法がある。しかも手頃で、活力が内から湧いてくるような素晴らしい解消法である。それが「鍼灸マッサージ」である。特に「按摩指圧マッサージ」は「癒し」効果もあり、まさにストレス解消にはピッタリの方法である。

 「按摩指圧マッサージ」の目的は、「疲労やストレスにより硬結した筋肉を緩めることにより、血液循環を促進し、痛みやしびれなどの不快な症状を緩和する」という働きがある。では本題の「ストレスは、どうして血液循環を悪くするのかを考えてみたい。ひとつには、身体の仕組みから考えると、筋肉というのは、「アクチン」と「ミオシン」という二つの細胞繊維から成り立っている。筋肉が収縮するときは、ミオシンがアクチンの細胞繊維の中に重なるようにして入っていく。また逆に筋肉が伸展する時には、ミオシンがアクチンの細胞繊維の中から出て行く。それらの繰り返しで私たちの筋肉は、収縮と伸展を繰り返し、関節の曲げ伸ばし運動が可能となっている。ところで「ストレス」が身体の中で働くと人間の身体の筋肉はどうなるかというと、「収縮」するのである。つまり、アクチンとミオシンはピッタリ重なり合い、隙間のない状態になる。そこに持ってきて「乳酸」という疲労物質が、その隙間を埋めるように二つの筋肉繊維をベットリとくっ付けてしまう。これが、まさに「凝り」という状態。筋肉の「硬結」「拘縮」といった状態なのである。これが、私たちが、疲労やストレスに負けたときの身体の状態なのである。こうなると、細胞繊維といえども命あるものは「血液」によって栄養されているわけだから、運ばれてくる血管をも圧迫し循環を妨げてしまうという道理も理解できるであろう。

 もうひとつの理由がある。二つ目の理由は、血管の中の「血液」そのものにある。人間の生理(身体の働き)は、何も物理的な運動で変化が起こるばかりではない。「ストレス」という精神的な要因でも身体に及ぼす変化は、計り知れないものがある。ストレスは、血液の中に活性酸素物質を生じさせる。「活性酸素物質」といえば、人間を病気にさせたり、老化させていく原因となる物質である。血液の中にこの活性酸素物質が増えると、体内に酸素を運ぶ働きを持つ「赤血球」の表面の膜を硬化させ、ちょうどお菓子の「コンペイ糖」のようなでこぼこした形に変化させるのである。当然、こんな「赤血球」が血管の中を通れば、流れが悪くすぐにつかえてしまうのは、目に目いている。これが、もうひとつの血液循環を悪くさせている原因なのである。

 もちろん、その反対の現象も考えられる。そのためには、身体の中の血液循環をよくすることが、血液の中の「活性酸素物質」を減らす一番の方法である。そのためには、適度な運動が一番である。病院などでお医者さんがよく「歩きなさい」というのは、そうした悪循環を断ち切るための最良の改善策なのである。ところが、現実的に、仕事を抱えたサラリーマンや毎日労働に疲れ果てた現代人は、「歩く」ということさえできない程、疲れきっている。だからせめて一時的でも人の力を借りて、「按摩指圧マッサージ」により悪循環を断ち切ってほしいのである。健康な道を選ぶか、または、病気の道を選ぶか。道はふたつにひとつ。そのどちらを選ぶかは、あなたの選択にかかっている。


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 数年前に、こんな質問を受けていたら、どう答えたでしょうか?おそらく、きっと首をひねるだけで、何も答えられなかったでしょう。この業界に、所属ししている人か、関心のある人でなければ、その違いは、わかりません。だってやっていることは、ほとんど変わっていませんから。世間の人から見れば、わかるはずがありません。そういう私も、「整体」の中には、「カイロプラクテック」のように関節の骨をポキポキいわせてやっているところもありますから、私のイメージでは、ポキポキやって調整するから、整体なのかなあと思っていたくらいです。後でそれは、日本では「カイロ」といわれているものだということを知ったのですが、では、整体とマッサージはどこが違うのか? 
 内容からいえば、同じです。ただ違うのは、国家資格があるのが、「マッサージ」で、国家資格がないから、「整体」と言っているだけなのです。「あんま」「指圧」も同じです。厚生労働大臣のだす「あん摩マッサージ指圧師」の免許を持っている人しか、「あんま」「マッサージ」「指圧」の看板が出せません。もし整体が、看板を偽って、「マッサージ」と表示したとしたら、それは、法律違反です。これは、整体をやっている人には申し訳ないのですが、実態からすれば、整体は、民間のスクール、ないしは、個別にどこかの先生について見習い指導を受ける。期間的には、2、3週間長くて2、3ヶ月の講習を経て、すぐに仕事がはじめられるというのが実態のようです。 
 もちろん、いくら国家資格があるからといって、マッサージの技術が優れているかといえば、そうとばかりはいえません。もしかしたら、センスの問題でもありますから、免許がなくたって、整体をやっている人の方が、はるかに上手な人だっているかも知れません。だから、もしかしたら、免許のことを知っていたうえで、整体のセラピストを選ぶ人だっていても当然なのです。
 話は変わりますが、私が転職して、この世界にはいる、最終的な決心をしたのは、「師匠が、私に指導をしてくれるかどうか?」でした。ところが、師匠が、私に指導をしてくれる条件として言われたことが、「この仕事を始めるにあたって、国家試験に合格して、免許を取ること」が条件だったのです。とういのは、師匠は、はじめ国家資格がなくて、この仕事を始められたそうです。ところが、患者さん以外の周囲から、大変な妨害を受けて、大変な苦労をされました。同じ苦労をするなら、学校に行ってきちんと資格を取った方がいい。というのが師匠の考えです。師匠自身も、周囲の同業者との軋轢をさけるために、学校に行き資格を取られました。もちろん私の師匠は、大変な勉強家です。仕事を始められる前から、それ以上の勉強を重ねてきた方なのですが、あえて、学校に通われたそうです。
 私は、転職して専門学校に通い始めたのは、40代の後半でした。国家試験を受けたのは、もう50代でした。覚えていくより忘れていくはやさの方がはやい状況の中で、どれほど苦労したか、同じ世代の方なら推測がつくことでしょう。でも、仕事として、人の体を扱う以上、最低、解剖学や生理学や病理学などの医学に関する勉強は、必要だということが、よくわかるようになりました。そういう知識があるとないとでは、大きな違いなのです。ちまたでは、癒しのブームに乗ってこうした「整体」のような仕事が大変に増えてきました。ところが、骨折や病状の悪化を訴える人たちが、大変に増えているのだそうです。
 「整体か、マッサージか、その違いがわからない」のは、その世界に関わっている人しかわからないことです。しかし、わからないとはいえ、世間にいる一般の人には、そこに大きな落とし穴が、待ち構えていることも確かです。それが、医療なのか、単なる企業なのか。私たちは、しっかりその違いを見極めていかなければなりません。また、医療者の立場から、それを伝えていく必要があると、私は思っています。ちなみに医療過誤は、起こってはいけないことですが、人が行う行為ですから、間違いが起こらないとも限りません。そのために、賠償保険のいうものがあります。その保険は、人の体が対象ですから、その額も1億円以上とか、大変に額の大きなものです。それを扱う大手の保険会社は、医療過誤の実態がよくわかっていますから、「整体」では、加入ができません。国家資格は、単なる法律上の問題ではなく、最終的には、患者さんに関わる「生命」の問題でもあることを私たちは、知っていなければならないのです。
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