カテゴリ:糖尿病( 3 )

 以前にこのブログに「病気は気づきのためのメッセージ」である。ということを書かせてもらった。しかし、これは、そんなに多くの皆様に理解して頂けることではないと思っている。人生には幾多の試練が待ち受けている。それらを乗り越えていくのが、私たちに与えられた使命である。出会った困難は、起こるべくして起こった運命。成るべくして成った必然。私たちを成長させるための試練である。逃げることなく立ち向かい、それを乗り越えた時に、人としての魂の成長がそこにある。「病気」も乗り越えなければならないひとつの試練のような気がする。しかし、私には、まだ、それを語る資格はない。私自身が人生における課題の克服という修行の途上にあるからだ。ただ、これまでに人生における幾多の大きな問題の山々を乗り越えてきた時に、これは、私を成長させるために必要な、乗り越えなければならない試練であったことを自覚させられた。だからこそ、師匠が言う「病気は気づきのためのメッセージ」である。ということが私にもわかるようになってきた。

 この前の「糖尿病という病気の実態」を読まれた方は、糖尿病がどんなにおそろしい病気であるか、わかっていただけたことだろう。ところが、私がどんなに正しい情報をお伝えしようと、わかっていただけないのが、この糖尿病の患者さんである。残念ながら私は、まだ人をご指導させて頂けるような「先生」ではない。ただ、医療に携わる者として、事実だけはお伝えしておかなければならないと思っている。私の知る限りでは、この「糖尿病」という病気は、そう簡単に克服できるような、なまやさしい病気ではない、と思っている。一度、「糖尿病」という診断が下されたなら、そうそう簡単に「治る」病気だとは思われないからだ。しかも、この病気は、自覚が何よりも必要で、本人の自覚なくしては、克服できるはずがない。しかも、それをしないと、みるみるうちに病気は進行して、身体を蝕んでいく。気づいた頃には、もう遅かったということが、山ほどの事例としてある。ただ、多くの人はそれを見ようとしないだけである。世間の人は、「見ざる。聞かざる。言わざる」なぜかこの「糖尿病」を前にして、そのようなお猿さんのような態度にしか私には見えない。医療者は、自分の患者に対して、そのような態度であってはならないと思う。

 私は先ほどから、「糖尿病」の患者さんに対して本当に失礼なことを言わせてもらっているが、やはり、傾向として、「糖尿病」の患者さんは自覚が薄い。「食べてはいけない」高カロリーな食事を決して止めようとはなさらない。また、あまりに周りの者が口うるさく言おうものなら、隠れてまでも食べようとする。リスクを少なくするためにも、「お酒の飲み過ぎを控えましょう」といっても、やはり、隠れても飲みたいという人があまりに多い。かといって、「歩く」といった簡単な運動さえもなさろうとしない、という人が多いのも事実。過剰な「栄養」だけが、うなぎ登り、「代謝」は、それに見合うだけのものがほとんど見当たらない。そういう人が、実に多いのではないだろうか。どうしてもっとご自身のことを大切にできないのだろうか。また、どうして、やがては、ご家族や多くの身の回りにいる方々にお世話になる、という自覚が生まれてこないのだろうか不思議である。私も自分の身の回りにいる、「糖尿病」を患う方々にアドバイスをさせていただいた。話は、いちおう聞いては頂いたが、それを実行された方は、皆無であった。食事制限を実行すること、自分にできる運動を心がけること、それはそんなにたやすいことではないだろう。しかし、それを実行していかないと確実に、この病気の術中にはまってしまう。

 私のブログ「30インチのブルージィーンズ」に最後に書かせてもらったが、師匠は、「本人の自覚と努力次第で、この『糖尿病』は治る」とおっしゃられた。しかし、「食事療法」と「運動療法」が全体の30%。後の残りの70%は、「メンタル的な問題」だ。とおっしゃられている。しかも、できるだけ早いうちに「気づき」が必要である。「メンタルの問題」は、簡単なことではなく、本当に難しい。ただ、あえて言わせてもらうと「糖尿病」を患う人は、一般的に「わがままな人が多い。人の忠告を素直に聞こうという人が少ない。また、決してご自分の生活を改善していこう、という面倒くさいことが大嫌い。頑固でかたくなな人が多い」そうした、ご自身のこころの問題が、克服できるだろうか。それらのメンタル面が、改善できた時、膵臓のランゲルハンス島から閉ざしていた「インシュリン」が、パーと吹き出すそうである。いくら近くにいるご家族の方が、どんなに心配されても、ご自身の強い自覚なくしては、この病気の克服はあり得ない。非常に過酷だが、「自己責任の時代」の主役は、あなた自身なのである。


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 私には開業当初からの師匠との約束がある。それは、「治療院」と名乗る以上「治す」ことができない患者さんは、最初からお断りすること。治すことができない以上、患者さんからお金を頂くべきではない。そういうふうにも言われたことがある。だから、中枢神経(脳神経など)の問題があるとか、骨の変性からくる疼痛などは、私の治療の限界である。また、「治す」ことできないという点では、この「糖尿病」が該当する。糖尿病による疼痛。腰痛、肩こりは、治すことができない。だから、本当に、「糖尿病」がある患者さんが、治療に見えられた時はつらい。しかし、またそういう方ほど「按摩指圧マッサージ」のような治療が必要なのである。そこで私は大変に迷った。そのあげく、師匠の指導に反することを承知で、症状の程度が軽い方のみを治療することにした。しかし、大切なことは、はじめに、この病気を説明した上で「治す」ことができない。ということをお伝えすることだと思う。説明したした上でそれでもよければ、本人の意思に任せることにしている。そういうことで師匠との約束の折り合いをつけている。 

 食べ物にはいろんな栄養素がある。代表的なものでは、タンパク質・炭水化物・カルシウムなど。これらのすべての食べ物は最終的には「糖」に変わる。これが身体を動かしている各器官の栄養になる。運動で身体を動かす時にもエネルギィーの源となる。この「糖」は、血液の中に混じって各器官に運ばれるわけだが、食べ物で蓄えられた「糖」が、すべて消費されるわけではない。余るとどうなるかというと、肝臓や筋肉に「グリコーゲン」という栄養素に形を変え、蓄えられるわけである。また、血液中の「糖」が不足してくると肝臓からこの「グリコーゲン」が、また「糖」に姿を変え、必要な器官に運ばれるのである。この「糖」を「グリコーゲン」に変えるのには、あるホルモンが必要になる。それが皆さんよくご存知の「インシュリン」である。インシュリンは、膵臓のランゲルハンス島という細胞からつくり出される。この「インシュリン」の出かたが悪くなったり、まったく出なくなってしまったのが、「糖尿病」なのである。

 この病気には、2つの型があると言われている。1型といって、遺伝からくるもの。これは両親や祖父母などが「糖尿病」であると、その可能性が高く、若い時に発症するので「若年型の糖尿病」と言われている。また、1型の場合は、インシュリンがでないということが問題なので、生涯にわたりこのインシュリンを注射か薬で服用しなければならない。一般的なのが「2型」の「糖尿病」である。若い時には「代謝」といって、「糖」がエネルギーとして消費されるので、この問題は起こりにくい。問題は、中高年になってくるとエネルギーの代謝が悪くなってくるところに持ってきて、「インシュリン」の出かたも悪くなる。そのために血液の中の「糖」があふれ、血液がドロドロの状態になってしまう。昔の日本の社会は、現代のように「飽食の時代」ではなかった。だから、「糖尿病」といったら、お金持ちがかかる「贅沢病」のひとつだった。ところが、このように戦後、世界で1、2位の経済大国になっってからは、「生活習慣病」ということで誰もが、簡単にかかる病気になってしまった。テレビの宣伝にもあるように、40歳以上の日本人の3人に一人がこの「糖尿病」にかかっているか、その「予備軍」であると言われている。そのくらい、私たち日本人に身近な病気になっている。2型の糖尿病の方は、「栄養」と「代謝」のバランスが悪いわけだから、食事を制限することで抑え、「栄養」の吸収を抑える。また、規則正しい生活をし「運動」をよくすることで、「代謝」をよくする。この二つの問題を改善することで病気を克服することができる。特に大切なのは、厳しい食事の質と量の制限である。

 もしかしたら私もそうかしら、と心配になる方のために「糖尿病」ガイドラインとして特徴や基準をお話ししよう。「糖尿病」であるかどうかは、空腹時の血糖値を測る。血糖値が120以上であれば、「糖尿病」という診断が下される。110以上であれば、「境界線型」ということで、その「予備軍」ということになる。「糖尿病」の患者さんの特徴は、「多飲・多食・多尿・多汗」省略型で示したが、よく喉が渇いて水分がほしくなったり、暴飲暴食をよくやってしまう方は可能性が高い。また、トイレが近く、特別に熱いわけではないのによく汗をかくなど。自分の生活から、このような傾向がないか、よく注意することが大切である。また一般的には、体内の血液が、糖質でドロドロしていることは、サラサラの状態に比べて、抵抗があるので血圧は、ほとんどの人が高くなる。また、一般検診で、血糖値が高い。コレステロールが高い。ということをいわれたら、これもまた要注意である。

 さてそれでは、なぜ糖尿病はこわい病気なのかを「鍼灸マッサージ師」の観点からお話したい。糖尿病は、「血液性疾患」であると同時に、「神経性疾患」である。血管は末端に行けばいくほど細い毛細血管になる。また、血管が細くなればなるほど詰まりやすくなる。人体で毛細血管があるところといえば、目や指先である。糖尿病が進行すると、最終的には失明する。また、特に血液循環が悪い足の指先が、腐敗してくるのは、このためである。実際に、それで「白内障」や「緑内障」などの病気になり進行していくケースが多い。足の指も、血液がいかないことで腐ってくるために、切断するしかなくなる。それ自体も大変こわいことだが、糖尿病でもっとこわいのは、「合併症」である。では、どのような合併症があるだろうか?もとは体内をまわるドロドロの血液が原因である。そのドロドロの血液の固まりが、心臓を栄養する冠状動脈でつまれば、「心筋梗塞」。脳を栄養する冠状動脈がつまれば、「脳梗塞」ということになる。血圧が高すぎると、つまった血管が破裂して「脳溢血」ということもある。これらが、一般的な、糖尿病による「合併症」である。ほとんどが死に至る病気である。なんで「脳梗塞」「脳溢血」「心筋梗塞」などの病気が増えてきたのか、それほど「糖尿病」を患う人が増加したからだ。ということにもつながっている。もしそのような合併症が、起こったとする。悪くすれば即死の場合が多いが、「運良く?」助かったとしてもほとんどの場合、「麻痺」が起きて半身不随となったり、一生手足が動かないといった状態を引き起こすことになる。こうなればご家族の方にも大きな負担となる。

 私は、そうならないために「糖尿病の薬」をちゃんと飲んでいるから大丈夫という方にひとこといいたい。糖尿病で処方されるのは、血糖値を下げる薬。「降圧剤」といって血圧を下げる薬。「抗高脂血症剤」といって脂肪を燃やす薬。「抗コレステロール剤」といってコレステロール値を下げる薬などである。しかし、私の患者さんの実態から診ても「血圧を下げる薬」を飲んでいても血圧が高い人が多い。薬の力でコントロールできないのが、血圧のようである。だから、「合併症」のリスクは、解消されることがない。しかも糖尿病は、薬を飲み始めると終わりがない。また、食事療法が上手くいかず血糖値を下げるために「インシュリン」を使用したとしよう。しかし、いったんこれを使用すると、人の身体は、もう自分の力で二度とインシュリンをつくろうとしない。そのように人の身体はつくられているらしい。そしてこれからが大切である。前にも書いたが、「薬」というのは、化学合成化合物である。人の肝臓は、別名「化学処理工場」とも呼ばれている。肝臓からしてみれば、どんな薬も「化学合成物」という名の「毒」なのである。「解毒」する臓器。肝臓としたら、これこそ処理する対象物なのである。だから、一生懸命、これらを処理しようとして、明けても暮れても頑張り続けようとする。しかし、やはり肝臓にも限界があるから、どうしても処理しきれないものは、不完全なままの毒素として体内のいたるところに、ばらまくことになる。だから必ずいつかは、身体のどこかを壊して、いずれかの病気を招くことになる。

 そうでなくても、なんで「糖尿病」と呼ばれるか考えてほしい。糖はそもそも身体にとって大切な栄養である。その栄養は、腎臓という血液を濾過する器官では、糖のような大切なものは再吸収する。そして、アンモニアなどの不要物を尿として体外に廃出する。それが糖を再吸収できないということは、腎臓という「廃毒」のための大切な臓器も壊れてしまったということである。だから、糖尿病にかかった人の身体は、はじめは、太っている人が多いが、やがては痩せ細って亡くなってしまうのである。特に終末期には、肝臓か腎臓をやられてしまうのが一般的である。特に腎臓を壊してしまうと、自分の身体で血液を濾過することができないので、「人工透析」といって、いったん自分の身体から血液を体外に出して機械で濾過することになる。それがたまらなく痛くて本当につらい苦痛を味わうのだそうである。そうなった時には、とき既に遅しといえる。そうでなくても、糖尿病を患うと、身体は普通の人より疲れやすい。また、神経も血液で栄養されているため、それができにくいと体中の神経が痛む。糖尿病の人こそ、肩こり腰痛に悩まされる人である。と言ってよい。しかし、またはじめに戻るが、原因が「血液と質」と「血液循環の悪さ」にある。だから、そのために、結局は、治療により痛みが軽くなることはあっても、「治る」ということはないのである。残念ながらこれが、糖尿病のおそろしい実態である。(つづく)


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 Aさんがはじめて八倉治療院に見えたのは、去年の8月25日。友達(親友)のBさんの紹介で、一緒に当院に見えてくれた。Aさんは、77歳。ハキハキとしたとても元気な方でした。主訴は肩こり。問診でわかったことは 、糖尿病で、4年前から「インシュリン」の注射を打っている。1年前から、脳梗塞で麻痺になってしまったご主人の介護をされているということだった。肩こりの原因は、この介護疲れによるものらしい。糖尿病の薬の他に降圧剤を飲んでいて、最大血圧は130。最低血圧は90だった。本当に、私の治療が気に入ってくださって、毎月のように訪れてくれた。このAさんが3月に亡くなられた。死亡原因は、心筋梗塞。しかし、糖尿病が原因であったことは間違いない。心筋梗塞は、糖尿病の典型的な合併症のひとつである。ご縁があって八倉治療院に見えられた患者さんの一人であるが、私が手がけた患者さんの中で、亡くなられた最初の患者さんであった。

 その知らせを、よく見えてくれる親友のBさんから聞かせてもらった。Bさんがいうには、ご主人を2月に亡くされてから、ずっと私のところに治療に来たがっていたそうだ。しかし弔問客が後を絶たず、なかなか来れない状況にあったらしい。ところが、そんなある日、親友のBさんにAさんからの電話があった。「明日以降、八倉先生のところに行きたいけれど。Bさん、私の変わりに先生のところのに予約を入れておいてくれない?」と、電話でたのまれたそうである。その電話があって受話器を置いてから2時間後、家族からAさんの訃報の知らせを聞いたのだという。Bさんは、親友の突然の訃報の知らせに大変なショックを受け、私にその気持を打ち明けてくれた。しかし、その話を聞いた私も同じようにショックで返す言葉も見つからなかった。私の手の中に、この指先に、まだ、Aさんの身体を治療している時の感覚が残っている。Bさんの治療をしながら、Aさんのご冥福を祈り、心の中で手を合わせた。

 私は、八倉治療院を始めてからこころとこころのふれ合いをすごく大切にしてきた。患者さんはただの患者さんではなくて、きっと何かのご縁があって八倉治療院に来てくださったと思っている。だから、たとえ「一期一会」のご縁であったとしても、そのご縁を大切にしようと思っている。ましてや、Aさんのように、お元気で前向きな考え方をする患者さんは、私にとっては貴重な存在である。Aさんから頂いた言葉のひとつひとつは、とても大切な思い出となることだろう。それにAさんは、妻のヒラリーのことも凄く気に入ってくださり、ご自分でおられたという折り紙の作品を、ヒラリーにプレゼントしてくれた。また、Bさんの話だと、亡くなる前に、「今度、先生の家の家紋を刺繍にしてあげたい」といってくれたそうである。こんな素敵な人と人のこころのつながりが、あっという間に断ち切れてしまうなんて、私も信じられない気持で、Bさんのお話を聞かせてもらっていた。

 天国にいるAさんに「Aさん、今まで本当にありがとうございました。Aさんのお話を聞かせて頂くことが、何より私の楽しみでした。それが、もう聞かせてもらえず。その元気なお声も聞くことができなくなり本当に残念です。今までご主人の介護に献身的にご尽力なされ、身もこころもお疲れになられたのでしょう。これからは、天国で、また元気になられたご主人と、お幸せにお暮らしください。心からご冥福をお祈りいたします」その日は、いいご供養になると思い、Aさんの親友であるBさんの身体を、丁寧に、こころを込めて治療させて頂いたのである。

 私は、少し落ち着いた頃、Aさんが、Bさんに連れられて一緒に見えたときの8月の初診の日のことを思い出した。私は初診の患者さんに必ず訪ねることがある。それは、「糖尿病はありませんか?」という質問である。正直な話、糖尿病の患者さんほど、治療しがいのない患者さんはいない。治療をやってもやっても、そのかいもなく治療の効果は薄い。それがこの病気の患者さんの共通した特徴といえる。その理由は次回にするとして、もしこの患者さんが、高齢であり、その症状が大変重いものであるならば、治療を辞退するしかなかった。Aさんは、すこし不安を感じながらも、はっきり「治療によって症状が『治癒』することはありませんが、もしそれでよろしければ、治療をしばらく続けて様子をみてください」と言った患者さんであったのである。(つづく)

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