カテゴリ:悟りの世界( 5 )

☆「般若心経」といったら青い空でしょう。青い空といったらハワイの空かな。
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emoticon-0102-bigsmile.gif 超訳「般若心経」

一個人 (いっこじん) 2011年 03月号 [雑誌]

ベストセラーズ

前々から注目していた雑誌ですが、いい特集を組むんですね。本屋さんにいって、見つけてすぐに欲しくなって、買ってしまいました。「仏教」は比較的詳しい方だと思いますが、雑誌で読むと写真や図があったりしてとてもわかりやすいです。ずっと大切にとっておこうと思っています。

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☆以下の文章は、一個人の特集「仏陀の言葉」より引用させてもらいました。

 「仏陀の根本思想「空」とは?作家三田誠広さんが262文字の真理を読み解く。

お釈迦さまが説かれた
ハンニャについての大切な教え

観音さまが悟りに到ったのはハンニャのおかげなのです。
ハンニャというのは、言葉にならない知恵のことです。
言葉にならないものを、どうやって言葉で伝えるか。まあ、お聞きなさい。
人間というものは、5つのものからできています。
からだ、ふれあい、おもい、こだわり、こころ、ですね。
これらはすべて、ただのまぼろしです。
まぼろしだから、苦しむということもないのです。
弟子のシャーリさん、聞いていますか?
からだというものは、まぼろしにすぎず、ただの影のようなものです。
かたちのない影から形が生まれ、からだがあるように思ってします。
からだにふれるものがあると思うのも、ふれたものの形を思い浮かべるのも、
思っているものにこだわりをもってしまうのも、こだわりのもととなる心のうごきも、
すべてはまぼろしであり、影のようなものです。シャーリさん、よくお聞きなさい。
すべてのものはまぼろしなのですから、
何かが生まれ、何かが滅びるということはありません。
これはよい、あれはよくないということもありません。
これからよくなる、だんだんわるくなるということもありません。
すべてはまぼろしであり、影にすぎないのですから、
からだもなく、ふれあいもなく、おもいもなく、こだわりもなく、こころもないのです。
眼にふれるもの、耳にふれるもの、鼻にふれるもの、舌にふれるもの、
からだにふれるもの、こころにふれるもの、すべてまぼろしです。
ものの形も、きこえる音も、かぐわしい匂いも、美味しい味も、
世界があるという思いも、自分がここにいるという思いも、ただの影のようなものです。
何もないのですから、目で見ることのできる限界もなければ、
心で考えることのできる限界というものもありません。
すべてはまぼろしですから、気の迷いとか思いちがいといったものもありません。
だから気の迷いや思いちがいから、のがれようとすることもないのです。
老いることや死ぬことをおそれることはありません。
何もないのですから、老いや死というものもなのです。
苦しみのもとを断つための修行といったものにこだわることもありません。
修行をすれば何かが得られるということもないのですから。
修行で得られるものがないとすると、どのように生きていけばいいのでしょうか?
ただハンニャという、言葉にならない知恵のことを思っていればいいのです。
そうすれば心が静かになり、その静かな心に、
おそれもなく、まよいもない、悟りの境地がやどるのです。
三千世界の仏や菩薩は、その言葉にならない知恵によって、
ふかくゆるきない、すみわたった悟りの境地に到るのです。
それゆえに言葉にならない知恵を学びなさい。
けれども、言葉にならない知恵とはいったい何なのでしょうか。
それは意味のない言葉、呪文、神々の世界に通じる不思議な音のつらなりです。
意味を求めてはいけません。意味を考えてもいけません。これは明らかであり、
すぐれたものであり、くらべるものもないものだと思っていればいいのです。
わたしたちを苦しみからときはなち、ゆるぎない悟りに導びいてくれるもの。
その言葉にならない言葉の音のひびきに耳を傾けて下さい。
『ガーテー、ガーテー、パラガーテー、パラサンガーテー、ボーディー、スヴァーハー。』
この呪文こそが、言葉にならない知恵についての大切な教えなのです。」


emoticon-0128-hi.gif 般若心経口語訳の面白さ

 この「超訳」を読んだとき、わかりやすいというのが第一印象でした。口語訳ですから、まるでお釈迦さまと弟子の日常会話を聞いているようです。これだと難しいと思っていた般若心経が、こんな感じなのかということが、大まかにつかめるような気がします。それにしても「般若心経」は、お経のエキスのようなお経です。そのエキスの中のエキスは、赤い字で書かせてもらったところです。確かに、般若心経は、最後の2行がとても大切なところだというのは、前に誰かにきたことがあったので、わたし自身も家で仏壇に簡単に省略形「般若心経」をとなえるときにも、ここの部分だけは省略しないようにしていました。ただ、わたしとしては、お釈迦さまのいおうとしている「空」の教えがあまりまだよくわかりません。もう少し、こだわってみたい気がします。
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☆2月になるとハワイのこの空が恋しくなるときがある。
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四苦八苦

emoticon-0128-hi.gif「人生は苦である」

 お釈迦さまは、最初の説法で「人生は苦である」と教えられた。その姿として「四苦」と「八苦」を説く。四苦は生・病・老・で誰でも避けられないから根本苦といった。それに、愛別離苦(あいべつりく)・怨憎会苦(おんぞうえく)・求不得苦(ぐふとっく)・五陰盛苦(ごおんじょうく)を加えて八苦という。

emoticon-0171-star.gif<四苦>生・病・老・死……………生まれてくる苦しみ・老いの苦しみ・病気の苦しみ・死んでいく苦しみ

emoticon-0171-star.gif<八苦>愛別離苦(あいべつりく)……愛するものと分かれなければならない苦しみ

emoticon-0171-star.gif<八苦>怨憎会苦(おんぞうえく)……怨み憎んでいるものと会わなければならない苦しみ

emoticon-0171-star.gif<八苦>求不得苦(ぐふとっく)………求めるものが手に入らない苦しみ

emoticon-0171-star.gif<八苦>五陰盛苦(ごうんじょうく)…心身がコントロールできない苦しみ



emoticon-0128-hi.gif まさに人生は四苦八苦の連続が永遠につづく
 
 人生は確かに四苦八苦である。わたしが「仏教」が好きなのは、仏教には神様はいない。お釈迦さまだって、神様ではない。わたしたちと同じ、悩める人間である。だから、同じ人間として、わたしたちと同じような苦しみを持っている。この「四苦八苦」の言葉の意味を知ったとき、本当にすごいなあと思った。確かに、今自分が苦しんでいることを分析してみると、このうちのどれかに該当するような気がする。そうすると、苦しんでいるのは、「わたしだけではなく、昔も今も、そして誰もが苦しむ普遍的な問題なんだな」という気がしてきて、何かそれだけで、仏教やお釈迦様に対してすごく親しみを感じられる気がした。

 それにしても、どうして人生は、苦しみから苦しみへと連続して悩みが続くのだろうか。わたしも、去年から、病気との闘いでいやというほど苦しみを味わった。肝臓を痛めて、からだが疲れてとても、治療する元気がわかなくなった。そして、全身に湿疹ができて、一日24時間。その強烈なかゆみから解放されることがなかった。薬を飲めば、ますます、かゆさが増した。夜寝るときには、どうしても無意識に手がいってしまうので、白い手袋をして、ベッドに入った。それでも強烈にかゆさがあるときには、氷で冷やして、かゆみを押さえた。一晩中そんな風で眠れないときには、いっそう、日中からだに疲労感がでた。そして、年が明け、ようやく湿疹も治まり、疲労感から解放された。しかし、機能的に回復したとはいえ、細胞レベルでいえば、わたしのからだの損傷は大きい。普通に生活していたら気づかなかったかもしれないが、治療してもらうと、からだのいろんな箇所が傷んでいることがよくわかった。人のからだは治療できても、自分のからだは思うようにならない。まさに「五陰盛苦」に悩まされている。

 さらに苦しいのは、なかなか治療が再開できないことだ。わたしの生き甲斐は、困っている人を助けてあげること。正直なところ、わたしのからだは、あまり丈夫な方ではない。これまでも、けがや病気の数を上げたら数えきれないほどである。だから、患者さんの苦しみが手に取るほどよくわかった。もしかして、わたしの治療がうまくいっているのは、わたし自身が、つらいところや痛いところが手に取るほどわかっているせいかもしれない。だから、患者さんの痛みは放っておけない。自分が少しでもよくなると、今度は、一日でも早く「治療を再開したい」という気持ちになる。まさにこれは、求めるものは得られず。「不得盛苦」である。どこまでいっても、人生には四苦八苦が続く。

 わたしが思うに「悟り」というのは、最も簡単にいえば、人生の「四苦八苦」から解放され自由になることだと思う。そのために、お釈迦さんは、修行し「悟り」をひらかれた。お経も大切だが、お釈迦さまの人生そのものが、わたしたちに生きる知恵を与えてくれるような気がする。
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一個人 (いっこじん) 2011年 03月号 [雑誌]

ベストセラーズ

前々から注目していた雑誌ですが、いい特集を組むんですね。本屋さんにいって、見つけてすぐに欲しくなって、買ってしまいました。「仏教」は比較的詳しい方だと思いますが、雑誌で読むと写真や図があったりしてとてもわかりやすいです。ずっと大切にとっておこうと思っています。

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emoticon-0128-hi.gif お釈迦さまの言葉

 最近、あまり本屋さんに行っていなかったのですが、ある日突然行ってみたくなりました。特にその本が目的ではなかったのですが、偶然見つけて、ちょっとパラパラとめくってみました。そしたら、すごくいい内容ではないですか。気がついたら、迷いためらうことなく買っていました。こういう時って、後からよく考えたら、偶然でもなんでもないんですね。直感が働き、必要だったから本屋さんに行ったんです。それに必要だったから、本の方からわたしの目に飛び込んできてくれたみたいです。今はまるで、お釈迦さまの言葉が、迷い悩んでいるわたしに、語りかけてくれているように、この本に助けられています。特にわたしが、今注目しているのは「四苦八苦」や「悟り」という言葉。そして、「般若心経」の「超訳」です。今までとはまるで違う気持ちで、これらの言葉の説明や解釈を読んでいます。
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☆TBSドラマ日曜劇場「JINー仁ー」メインタイトル


emoticon-0128-hi.gif 日曜劇場ドラマ「JIN」から再び「国のため、道のため」を考える

 12月28日に「国のため、道のため」という記事を書かせてもらった。日曜劇場「JIN」という連続ドラマを観ての感想だった。幕末の時代に現代の外科医師が、タイムスリップして、大活躍するというストーリーの面白さに、あっという間にビデオを看破してしまった。この「国のため、道のため」という言葉は、主役ではないが、武田鉄矢ふんする緒方洪庵というオランダ医学の先生が、言った言葉である。わたしは、この言葉にすごく共感してしまい、あとあとまで強く印象に残った。なぜなら、当時の医者の心意気というものが感じられる言葉だと思ったからだ。

 「国のため」というのは、「世のため人のため」という言葉に置き換えることができると思う。べつに医者でなくても、こういう気持ちで仕事に就く人は多い。わたしたち指圧鍼灸師も社会貢献を願って「世のため人のため」に働く。指圧鍼灸師になるためにこの道を目指したときも、こういう気持ちからだった。ところが「道のため」というのは、これとはまた別である。「JIN」という題名は、主人公の外科医の「南方仁」からきている。としたら、「仁」は、儒家の思想家、孔子の教えの根本である。「仁」は「愛」。つまり「慈しみのこころ」である。このドラマの若い外科医を主人公の生き方をよく表した言葉であると思った。昔から「医は仁術なり」と言われている。「西洋医学の父」といわれた「ヒポクラテス」の時代から、医学は、仁術なのである。

 ここから先はわたしの推論になるが、「道のため」というと、そこには深い意味が隠されている。というのは、孔子の論語に「朝(あした)に道を聞かば、夕べに死すとも可なり」という言葉があるからだ。この言葉の意味は、「わたしは、朝に悟りの道を聞くことができたならば、その日のうちの夕方に死んでもかまわない」という意味になる。つまりそれほど求道者にとって「悟り」というのは尊いものだったのだろう。求道者というのは、「悟り」に命をかけていたのである。だから、緒方洪庵が、「道のため」といったときには、「道」は、「悟りの道」を意味していたのである。そんなふうにわたしは、この言葉を理解した。
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emoticon-0128-hi.gif やがて世界は、ワンネスに!

 久しぶりに、ジョンレノンの「イマジン」が聞きたくなった。わたしが10代の頃、この歌を聴いた。当時はこの歌の意味も、ジョンレノンが、やろうとしていることも何もわからなかった。本当にこの歌のすごさがわかってきたのは、だいぶ大人になり時間がたってからのことだ。それにしても、すごい歌だ。やがてくるあの世は、天国もなく地獄もない。国境もなければ、宗教もない。そこにあるのは、愛と平和な世界。やがてくる世界は、わたしたちはみんな兄弟。世界はひとつ(ワンネス)。

 多分、ジョン・レノンの描いたこの曲は、彼自身か、彼の周りの親しい友人かが、臨死体験でもしたのかもしれない。その体験から、かいま見てきた世界を描いたのが、「イマジン」だったのではないだろうか。それを感じたのは、この歌詞の内容が、あまりに「般若心経」の語る世界ににているからだ。般若心経は、お釈迦様が、宇宙の心理。「空」や「無」について述べたものを、後の弟子たちが、お経として後世に残したもの。特にこの般若心経は、その中でも「悟り」について弟子たちに教えている。たった262字と短い言葉にまとめられたお経である。しかし、その言おうとしていることや、テーマが、「イマジン」とまったくよくにている。

 それにしても、この「イマジン」は、アメリカが「9.11」の爆発テロにあってから、マスコミ関係では放送が自粛されるようになったと聞いた。そういえば確かに、メジャー・リーグなどの野球放送を見ていても球場で「アメリカ国歌」や「ブロッサム・アメリカ」はよく聞くが、「アメリカ」から「イマジン」は聞かなくなった。この歌が聴かれなくなった世界は怖い。世界の平和のために、この歌こそ何十年経っても何百年経っても語り継いでいかなければならない歌は他にはそうないだろう。
 


☆ジョンレノンの「イマジン」


Imagine

Imagine there's no Heaven
It's easy if you try
No Hell below us
Above us only sky
Imagine all the people
Living for today...

Imagine there's no countries
It isn't hard to do
Nothing to kill or die for
And no religion too
Imagine all the people
Living life in peace

You may say I'm a dreamer
But I'm not the only one
I hope someday you'll join us
And the world will be as one

Imagine no possessions
I wonder if you can
No need for greed or hunger
A brotherhood of man
Imagine all the people
Sharing all the world

You may say I'm a dreamer
But I'm not the only one
I hope someday you'll join us
And the world will live as one


想像してごらん 天国なんて無いんだと
ほら、簡単でしょう?
地面の下に地獄なんて無いし
僕たちの上には ただ空があるだけ
さあ想像してごらん みんなが
ただ今を生きているって...

想像してごらん 国なんて無いんだと
そんなに難しくないでしょう?
殺す理由も死ぬ理由も無く
そして宗教も無い
さあ想像してごらん みんなが
ただ平和に生きているって...

僕のことを夢想家だと言うかもしれないね
でも僕一人じゃないはず
いつかあなたもみんな仲間になって
きっと世界は1つになるんだ

想像してごらん 何も所有しないって
あなたなら出来ると思うよ
欲張ったり飢えることも無い
人はみんな兄弟なんだって
想像してごらん みんなが
世界を分かち合うんだって...

僕のことを夢想家だと言うかもしれないね
でも僕一人じゃないはず
いつかあなたもみんな仲間になって
そして世界はきっと1つになるんだ
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