カテゴリ:脳のお話( 4 )

「脳が治すのを諦めたとき、脳は同時に治すのをやめる」

久しぶりのブログです。最近は、ずっと更新ができませんでした。でいきなりこんなに難しいタイトルですが、とても気になるタイトルに挑戦してみようと思います。

わたしも鍼灸師としてこれまでも、多くの方の治療をやらせていただいてきました。その治療体験は実に貴重なものだったと思っています。わたしの臨床経験からいって、明らかに、「やりにくい患者さん」というのは、これまででいうと、ふた通りのパターンがあります。一つは、もうすでに手術をされている患者さん。もう一つは、これまでにたくさんの薬を処方されていながら、症状の改善が見られなかった患者さんです。

もっとも、そのいずれもうまくいって、病気なり、症状が良くなっていれば、わたしどものような治療院へはやってこられなかったはずですから、こういう患者さんに出会うことは、そんなに滅多にはありませんとは言い切れません。

もちろん、お話を聞いた上で、これは、私が出る幕ではないと判断した場合は、丁重にお断りしているので、ほとんどの場合、幸いにも、これまでは、苦戦を強いられることはあっても、治癒することが、不可能だと感じたことは、ほとんだありません。もちろん、鍼灸治療というものは、「治す」というのは、私が直しているのではなくて、患者さんが、もともと持っておられる、自然治癒力とか免疫力なのであって、わたしのやっていることは、ただ、それを引き出させてもらうお手伝いをしているだけなのです。

ところが、本日のタイトルである言葉は、わたしが最近、師匠にご指導されている時に、ちょっと気になったお言葉だったのです。そういえば、わたし自身も、やりにくいというより、絶対にはじめから、ダメだと思うのが、初めから、ご自身が、諦めていらっしゃる患者さんなのです。

わたし自身、鍼灸の治療は、西洋医学のように、強制や強引さは、一切ありません。いつも治すか直さないかは、患者さんの判断一つにかかっているのです。あくまでもそれをお手伝いさせてもらっているのが、私たち鍼灸師の仕事なのです。

ただ、師匠のいわれる「脳」という言葉には、とても深い意味があるように感じました。私の治療院へ見えられる患者さんの多くは、「ハリ」というのは、とても不思議な、治療のように感じられるようです。さっきまで痛かった部位が、ハリを打つことで、あっという間に、その痛みが消えてしまうのです。それを目の当たりに経験された患者さんなら、きっと驚かれて当然だと思うのです。

体験されたことがない方には、いささか不親切な説明になりますが、鍼は、神経を通して、脳を治療するとても進んだ治療法なのです。これが、紀元前前から行われていた伝統医療だとは信じがたいものなのですが、ある面とても神秘的な治療法でもあるのです。

でもここで大切なのは、脳の働きが、すべて治癒するかどうかのカギを握っているということです。「諦める」というのは、脳が可能性を拒絶することに変わりはないのです。ですから、初めから、わたしたち鍼灸師は、「わたしの病気は治りますか?」と懐疑的におっしゃられる患者さんには、積極的には、説得はしません。「どうしても辛くてて困っています。助けてください」ここまでおっしゃられる患者さんでなければ、あえて、困難な治療に取り組む意欲は湧いてこないのです。

でもあえて、人のこころと身体を知れば知るほど。人間の脳の働きを知れば知るほど、「諦めてはいけない」ということの重要性を理解するようになるのです。

「諦めたくなる」という気持ちも、私にはわからないわけではありません。本当に世の中には、よくわからないほど困難な病気や症状というものは、山ほどあります。何度も治療しようとしてやって努力すればするほど。その困難さに辟易(へきえき)してしまう気持ちもよくわかります。

「お金もかかります。時間もかかります。治るという保証もない治療に、誰が本気になるものですか?」そういう患者さんの本音が、聞こえなくても聞こえてくるような気がします。でもあえて言わせてもらえるなら、私はこう考えます。

「心身一如(しんしんいちにょ)」病気を治すことは、自分自身のこころや生き方そのものを考え直し、「こころが変わること」「カルマを変えること」につながっているのです。多分、人間の生き方で、最も尊い行いの一つだと言えるのではないかと信じています。

「私たちの身体は、実は、わたしたち自身のものではありません。神様からお預かりしている、この世で最も大切なものなのです」そういう師匠のお言葉が、私には聞こえてくるのです。

ですから、いつどのような場合でも「諦めてはいけないのです」
[PR]
emoticon-0128-hi.gif 病気で苦しんでいる人に役立つ脳のお話
e0167411_19325065.jpg


 今回も引き続き脳のお話をさせてもらおうと思う。今回は、病気の人に役立つ脳のお話である。この世の中には病気で苦しんでいる方が実に多い。しかし、病気を治すのはそんなに容易なことではない。誰もが苦しみ、もがきながら必死で病気を治そうと闘っている。それでも、なかなか、病気のほうで立ち去ろうとしてくれない。「このままわたしはどうなってしまうだろうか?」不安と恐怖の毎日だろう。そういう人に少しでも、お役に立てれば、治療者として、これほど本望なことはない。今日はそういう人のために、わたしの知っている脳のお話をしたいと思う。

 脳は大きく分けて4つに分けることができる。間脳・脳幹・大脳・小脳の4つである。学説によっては、間脳を脳幹のなかに含めて脳幹という場合もあるが、間脳は、人間の脳の中でも、もっとも重要な部分として、ここでは、少し分けて扱うことにする。何でも大切な部分というのは、大事に扱われる。家でもお城でも、重要な部屋は、頑丈にまもられるように作られている。だから、出入り口のようなすぐ近くではなくて、奥の奥というところに位置する。人間の体も同じである。大切だから、ほかのどこよりも高い位置にあって、頭蓋骨という硬い壁に覆われた頑丈な部屋に納められている。しかも脳幹は、脳の中でも中心部にある。その中でも間脳は、大脳や小脳に覆われて、まるで外敵から守られたお城でいえば本丸の天守閣のようである。脳幹は、正確に言うと、間脳・中脳・橋・延髄それからその下が、脊髄と続く。

 脳幹は、人間が生命を維持していく上で、最も大切な場所である。例えば、呼吸や血流の調整、血圧からホルモンの調整まで行っている。それらをコントロールし命令を出しているのは、すべてこの脳幹で行われている。つまり、人間の意志ではコントロールすることができない。無意識に行われている生命維持装置のカギが握られているのが、この脳幹というところである。人間にとって何が大切かといえば、命ほど大切なものはないだろう。しかし、その大切な命というのは、実は神の領域といえるかもしれない。なぜなら、これは人間の意志で行われているというより、完全に、生命の維持装置は、神の手によってカギを握られているからである。ちょっとそういう言い方が、お気に召さない方もいるかもしれない。なぜなら、「人間は自分から死を選ぶことができるではないか。そういう意味では、人間がカギを握る場合もあるのではないか?」そういうふうに考える人もいるはずである。

 実はそれが、大脳の働きである。人間が人間であることの定義をパスカルは「人間は考える葦である」といっている。「感じる。考える。体を動かす」これは、人間の意志で行われている。少なくとも、顕在意識で行われている。そのほとんどが大脳の働きによるものである。少なくとも、体を動かす。高度なバランスをとる感覚。スポーツのセンスに関係する複雑な運動は、小脳の働きによることが多いが、大部分の生活で必要な活動や運動は、神経や筋肉と直結した大脳が行っている。その他には、記憶力もこの大脳の忘れてはならない働きである。よく「あの人は、頭がいい。とか、頭が悪いとか」そういう人間の評価の対象は、そのほとんどが、この大脳の働きにかかわっている。そういう意味では、もちろん、大脳が人間にとっていかに大切であるかはいうまでもない。

 では病気で困っている人は、どこに問題があるかといえば、間脳・脳幹の問題である。特に先にあげた内蔵を動かすとか、睡眠や呼吸や血流や体温、ホルモンを調整する。そういう生命の維持に関することになると、自律神経の働きに関わってくる。その自律神経をコントロールしている中枢機関が間脳なのである。だから、病気の人が困っている症状の多くが、この間脳や脳幹の問題なのである。人間はもちろん誰でも一人で生きていくことはできない。しかし、多少頭が悪くても、運動する能力が不十分でも、社会や人の助けがあれば、生きていくことは、不可能なことではない。しかし、これらの装置が、自由にコントロールできなくなると、一時として生命を維持することができない。

 人は自らの意思で生きていると自覚しているかもしれないが、もしかしたら、神の意志によって、「生かされている」というのが正確な表現かもしれない。人間の脳の仕組みや働きを見ていくと、そう感じざるを得ないようなものがある。そういった神秘的な何かを持っているのが、人間の脳である。そのくらい大切な脳なのだが、その中でも最も大切なのが、間脳であり、脳幹なのである。では、その部分に問題を生じている病気の人は、いったいどうすればいいのだろうか?間脳や脳幹の問題はどのように解決すればいいのだろうか?はたして病気の回復はあり得るのだろうか?それが最も知りたいところだろう。

 間脳・脳幹を活性化するにはどうしたらいいか。それは、「笑う」ことだ。「嬉しい」「楽しい」「しあわせ」という感情の働きは、間脳・脳幹の働きを活性化させる。それから、さらに「気持ちがいい」「美味しい」という感覚は、「嬉しい」「しあわせ」という感情に繋がるので、これも活性化させる。どうもわたしたち人間のからだは、嬉しい。楽しい。しあわせ。の頭をとって「うたし」を思考しているようだ。最近は、ホリスティックな医療をめざしている病院では、院内での「落語」が盛んに行なわれているらしい。人間は「笑う」ことで、脳から「エンドルフィン」が産出されていることが科学的に証明されているからである。前にも、指圧や鍼灸の治療が進むとエンドルフィンが産出しやすくなる。それも、「気持ちがいい」ということが引き金になる。どうも人間の脳もこころも身体も、みんな「よろこび」たがっている。それを望んでいるように見える。

 そういえば、患者さんを見させてもらってわかることは、楽天的な考え方が出きり患者さんは、病気になりにくい。また、病気になったとしてもすぐに回復してしまう。どうも人間のこころと身体は、密接に深い関わりを持っていて、互いに影響しあうことは間違いない。ところが残念なことに、健康ではない人は、身体だけではなく、自分のこころの中に「闇(やみ)」をもっていて、いつも自分で自分を苦しめている。だから、いつまでたっても、病気から解放されることがない。いえることは健康も幸福も自分の考え次第である。病気も不幸も自分自身がつくり出している。そのことに早く気がついてほしいと、わたしたちの脳や身体は、そう望んでいる。
[PR]
emoticon-0128-hi.gif 指圧鍼灸は脳からエンドルフィンを出やすくする

e0167411_11253531.jpg


 前回も「肩こりも腰痛も筋肉のコリがほぐれて楽になるのではなくて、脳からエンドルフィンが出るから、コリがほぐれるのだ」というようなことを書かせてもらった。わたしもこれまでいろんな方を治療させてもらったが、人の体は、本当に様々である。先日も、ある患者さんが、お尻を突き出すようにしてとても変な格好で治療室に入ってきた。一目で、「Aさん、また、ちょっと無理をしてしまったんだな」と思った。案の定、ベットに横になってもらって診察を開始すると、両足が、ぴったりとくっつかない。相当腰が張っているという証拠だ。Aさんは、腰痛、座骨神経痛、大腿神経痛、しかも両側ととても症状が顕著な患者さんである。この両足が、腰から太ももにかけて張っているので、閉じようとしても、もうすでに自力では、閉じることが出来ない。つまり、今回は、腸腰筋、半腱様筋、半膜様筋、大腿四頭筋の内側広筋に拘縮があるということで大腿神経痛ということがわる。

 Aさんは、見かけはとても若いのだが、70代に近い女性である。体に負担になるような運動を控えてくださいといっても、あまりわたしのいうことは聞いてくれない。こうして、体が痛くなると、わたしを頼ってやってくる。優しいAさん。きょうだいの姉の面倒をよく見て、息子に頼まれれば、その仕事の手伝いをし、お嫁さんに頼まれれば、孫の子守りを進んでやる。若い頃から、体を使うことには慣れていて、何も苦にはならないらしい。サービス精神が旺盛なAさん。しかし、わたしには、よく叱られるAさんである。ところが、最近になってよくわかってきたのだが、Aさんの治療時間が、だんだん短くなっていく。以前は、Aさんも自分の症状がが重症であることがよくわかるのか、治療時間の延長を申し出てくれた。わたしも、正直いって助かることが多かった。できたら、今ある症状は、その日の治療で解消したいというのが、昔から持っていた治療に対する理想である。現実的にはそんなに上手くいかないが、治療時間を延長してもらえると、少なくとも、その可能性は大きくなることはたしかだ。しかし、最近は、Aさんが、どんなにひどい状態で来ても、1時間という枠内で治療が完了してしまう。最近は他にもそういう患者さんが増えてきた。

 こんな時に、私たち治療者は、自分の腕が向上したのだと錯覚しがちであるが、実は、患者さんの体が進化しており、脳がエンドルフィンが出やすい体になってきているのである。昨日見えた患者さんが、最近わたしがうつ鍼の「『ひぎき』を感じる範囲が広がっている」といってくれたのも。じつは、その患者さんの脳から出るエンドルフィンが増大している証拠なのだ。つまり、治療を続けていくと、脳から、エンドルフィンが出る量が増える。免疫力が高まり、脳からエンドルフィンが出やすくなっていることがわかる。人間のからだは、実に不思議なものである。特に、その中でも人間の脳は、神秘にあふれている。今後、さらに科学によっていろんな謎が究明されてくるのだろうが、エンドルフィンや脳の働きを媒介とするわたしたちのような、自然治癒力によって免疫力を高めていく治療法は、今後ますます注目されていくことだろう。
[PR]
☆カナダ・パンパシフィック・ウイスラーホテルの朝のバイキングは、最高だった!
e0167411_11433033.jpg


emoticon-0128-hi.gif エンドルフィンは自然治癒力のみなもと

 わたしは以前、「肩こりも腰痛も筋肉のコリがほぐれて楽になるのではなくて、脳からエンドルフィンが出るから、コリがほぐれるのだ」ということをブログに書かせてもらった。最近は「神経反射療法」という治療方法を確立してから、その気持ちはいっそう強くなった。ただし、これは見える世界のものと、見えない世界のものという判別でいえば、明らかに見えない世界のものである。だから、実際にエンドルフィンが出たかでないかということは、患者さんの反応とか、実際に患部を触っての自分の感触を信じるしかない。もうひとつ、あげるとしたら、患者さんの表情の変化だろう。「ビフォアー」「アフター」という言葉があるが、写真んに残しておいたらおもしろいかもしれないが、本当に表情が変わる。あの明るくなった笑顔は、明らかに別人を思わせるくらい違っている。そういう意味では、「エンドルフィン」は、「幸福を呼ぶ媚薬(びやく)」といったところだろう。今日は、「エンドルフィン」について少し触れてみたいと思う。最初は「Wikipedia」より、解説を引用させていただくことにしよう。

emoticon-0171-star.gif エンドルフィン「Wikipedia」より

エンドルフィン (endorphin) は脳内で機能する神経伝達物質のひとつである。
内在性オピオイドであり、モルヒネ同様の作用を示す。特に、脳内の報酬系に多く分布する。内在性鎮痛系にかかわり、また多幸感をもたらすと考えられている。そのため脳内麻薬と呼ばれることもある。
マラソンなどで長時間走り続けると気分が高揚してくる作用「ランナーズハイ」は、エンドルフィンの分泌によるものとの説がある。二人以上で走ると効果が高い。また、性行為をすると、β-エンドルフィンが分泌される。β-エンドルフィンには鎮痛作用がある。

この脳内伝達物質は1975年に、異なる2つのグループによってそれぞれ発見された。
1つめのグループは、スコットランドのJohn HughesとHans Kosterlitzで、彼らは豚の脳からこれを発見した。彼らは、この物質を「エンケファリン」(ギリシア語で「脳」を意味する)と名づけた。
ちょうど同じ頃、アメリカ合衆国のRabi SimantovとSolomon H. Snyderは、仔牛の脳から同様の物質を発見し、彼らはこれを後に「エンドルフィン」と名づけた。Roger Guilleninらも豚の視床下部、脳下垂体などからモルヒネ様物質を抽出して、エンドルフィンと名づけた。この語は「脳内モルヒネ」を略したものであり、「体内で分泌されるモルヒネ」の意味である(モルヒネはペプチドではなく、動物内では分泌されず、いくつかの植物によってのみ生産される物質である)。

作用 「Wikipedia」より

βエンドルフィンは、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)などと同一の前駆体であるプロオピオメラノコルチン(POMC)に由来する。PAGに投射する視床下部弓状核のニューロンがエンドルフィンを分泌する。ストレス時に視床下部からCRFが分泌されると、下垂体前葉からPOMCから切り出されてACTHとβエンドルフィンが1:1の割合で放出される。
β-エンドルフィンは、μ受容体に作用し、モルヒネ様作用を発揮する。ストレスなどの侵害刺激により産生されて鎮痛、鎮静に働く。鎮痛作用はモルヒネの6.5倍の効果。 βエンドルフィンが中脳腹側被蓋野のμ受容体に作動し、GABAニューロンを抑制することにより、中脳腹側被蓋野から出ているA10神経のドーパミン遊離を促進させ、多幸感をもたらす。
βエンドルフィンはかゆみを増強させる。ストレス時に放出されるCRFが下垂体のACTH産生細胞らに働きかけることで活性化されるエンドプロテアーゼが、POMCを分解することにより産生され、かゆみを増強させる。
エンドルフィンは社会的安心感に関与することをJaak Pankseppによって発見された。
幼弱イヌとモルモットにモルヒネを与えると、母親から隔離された時に泣くことが少なくなる傾向が見られた。別離の苦痛の症状が緩和される。ナロキソンを投与すると、泣く頻度が増加した。
ヒヨコでも同様で、モルヒネを与えると泣く頻度が減少した。また、お椀を形作った人の手の中に包まれたときのヒヨコは、30〜40秒以内に目を閉じ、あたかも「模擬的な巣」の中にいるかのようになるが、モルヒネを注射すると反応が早まり(約9〜12秒)、ナロキソンでは延長した(約76〜124秒)。

分子生物学 「Wikipedia」より

モルヒネ様ペプチドには、少なくとも3系列が存在する。エンドルフィン分子は、大型ペプチド前駆物質を分泌する、プロ-オピオメラノコルチン(POMC)と呼ばれる遺伝子によって符号化されている。このPOMCは、視床下部の弓状核と下垂体において発現されるようである。最も良く知られたエンドルフィン分子は、アルファ、ベータ及びガンマの各エンドルフィンである。その中でも、ベータ・エンドルフィンは苦痛除去の時に最も現れるとされる。



emoticon-0128-hi.gif 精神安定剤や鎮痛剤はエンドルフィンをまねて作られている
 
 少し言葉が専門的過ぎてあまりよくわからなかった人が多いだろう。簡単にいえば、エンドルフィンは視床下部から分泌されるホルモン一種で、神経伝達物質のひとつである。これに似た働きをするものに、麻薬や麻酔のようなものがある。つまり痛みや苦痛を取り除く働きがある。つまり、鎮静・沈痛・苦痛症状の緩和に効果を発揮することがわかる。ただしこちらは、人間がつくり出した、麻薬や麻酔と違って副作用は一切いない。人間にとってはいいことずくめである。

 麻薬や麻酔は、わたしたちの日常からは、あまり縁があるものではない。しかし、肩こりや腰痛が重症化して運動器系の疾患、あるいは、うつ病などの精神疾患には、よく使われる薬として、精神安定剤や抗うつ剤や睡眠導入剤や鎮痛剤は、比較的にわたしたちの身近にある薬である。というより、現代人の中には、それがないと仕事が続けられない。日常生活に支障が出る。ということで、体にあまりよくないことを承知で、飲み続けている人が多い。これは見方を変えれば、こういう人の体は、脳からこの「エンドルフィン」が出にくいということがいえる。だから、薬に頼らざるを得ないという状況が生まれている。これは、かなり悲劇的な状況といえる。つらいから薬を飲む。多少は、飲むと改善されるから、さらに飲む。しかし、完全によくなるということはないから、さらに飲み続けるしかない。しかし、このようにして、薬に頼る生活が習慣化すると、そこから抜け出せなくなってしまうというさらに恐ろしい状況が待っている。

 以前にブログにも書いたことがあるが、わたしたちの体は、大変怠け者である。だから、「エンドルフィン」に変わるような薬を飲みはじめると、「それでは、わたしは、もう作らなくてもいいんだね」って、そういうような考え方をするらしい。それは、花粉症やアトピー性皮膚炎の薬の「ステロイド」や、糖尿病の「インシュリン」にしても皆同じである。だから、それらの薬を使う時には、そういうことを覚悟のうえで飲まないと大変なことになる。しかし、医療関係の人間でそんなことを言う人間はほとんどいない。医者も看護婦も薬剤師にしても、薬を処方しても、そういう説明をしない。薬には作用と副作用が必ずあるが、それらの医療者から、副作用についての説明をきいたことがない。人間のからだは、薬に頼らない方がいいに決まっている。それがどうしてもそうはいかなくなったとき、短期間に薬を使って治す努力をしなければならない。絶対に、長期間にかけての薬の服用はいけない。それがその人の命取りになることもあるからだ。それにしても、「よく似ていて、似ていざるもの」それが、「エンドルフィン」と「精神安定剤」などの一連の薬物である。一方は、自然治癒力のみなもととなるものだが、かたやもう一方は、自然治癒力の役割の妨げになっているといわざるを得ないのである。
[PR]