カテゴリ:治療方針( 26 )

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emoticon-0128-hi.gif これから八倉治療院の治療スタイルが「やさしく」に変わります

開業してから9年目になりますが、これまでも治療方法は、ずいぶん変わってきました。最初は、鍼は使いませんでした。指圧マッサージ一本でグイグイと行く感じでした。それから、鍼を本格的に使い出したのは3年ほど前からです。

鍼はひびかせるものという考えから、治療効果を最大限に広げることを考えてきました。わたしの鍼のイメージは、チビなのに大きな強敵をなぎ倒していく「一寸法師のハリ」でした。

治療者としてのわたしの性格は、たぶん「やさしい」方の感じなのではないかと思います。でもいったん治療に入ったら、どんな病気でもつらくて重い症状も許しておかないスペシャリストに変身します。

ですから、いいか悪いかわかりませんが、患者さんは、つらい症状も吹き飛んでしまうくらい本当によく治ります。治療回数も極めて少なく終了します。これまでこのスタイルでやってこれたということは、たぶん、大多数の患者さまからは、後には、満足いただけたのではないかと思います。

でも中には、刺激に対する強さが人それぞれ違いますから、「楽にしてもらいたいけど、あまり痛いのはいやだ」と、いわれる患者さまもいたのではないかと思うのです。残念ながら、患者さまのそういうご希望には、なかなか答えることができませんでした。

症状が強い患者さんに対しては、治療効果をあげることと痛くない治療をめざすことは、なかなかイコールにならないのです。強いていえば、わたくしの治療のウイークポイントではないかなって自覚していたのも事実です。

ところが、今回師匠にご指導いただいたことで、そのわたしの治療が大きく変わりました。鍼治療においても、これまでは「ひびかせたい」という観点から、4センチという限界はありますが深刺しが、今はその必要性がなくなっています。軽くそんなに深く刺さなくても、充分な治療効果があげられます。

これまでも「鍼治療が効く効かないは、うつところではなくてうつ人で決まる」というのが今までのわたしの持論でしたが、その考えは、更に深まりました。治療者のパワーが増大すればするほど、その治療もやさしくなっていきます。多分これからは、たぶん「よく楽になりたいけどあまり痛いのはいやだ」という患者さんの声にも答えられるのではないかと思います。
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emoticon-0128-hi.gif 見えないものを大切にするこころ

前回、わたしが東洋医学を好きになったのは、東洋哲学を勉強してからだっていいました。じゃあなんでわたしが東洋哲学に興味を持ち始めたかといいますと。こんなことかもしれません。東洋と西洋って、まるで陰と陽みたいに正反対みたいな気がします。その中でも、特に強く感じるのは、東洋って、目に見えないものを大切にしているんです。

よく東洋医学でいわれる「気」ってなんですか?っていわれるのですが、「エネルギー」なんですよね。それは目に見えるものではないのです。でも治療で使ってみて初めて、確かにあるものなんだって確信するような感じなのです。わたしは普段は、運動器系の症状の治療をする時には、大体、西洋医学的な考え方からアプローチしていきます。だいたいは、それで治療できてしまいます。ですが、それでも治療できない時は、やっぱり、東洋医学的な気である経絡とか経穴というエネルギーのツボにアプローチするような治療を行ないます。

医学は科学であるというふうに考える人には、目に見えない「気」などというものに治療の根拠をおく東洋医学は、あまり好まれません。科学の世界は、目に見えなければ、存在しないと同様に扱われてしまうからです。だから、医学の世界も、電子顕微鏡が発明されるようになってからは、大きく変わりました。目に見えるものの範囲が、格段に広がったからです。

でもわたしは、目に見えなくても、確かに存在するものってたくさんあると思っています。人はエネルギーの流れが、滞ったり、悪くなったりすると「病気」になります。だから「病気」も「元気」も実は、エネルギーの状態から起こる症状のひとつなんだって、わたしは考えるからです。でもやっぱり、治療しているわたしでもエネルギーを感じても目に見えることはありません。

しかし、そういうものってこの世にはいっぱいあることは確かです。「気持ち」「こころ」「無」「空」「道」「愛」「魂」「神」。目に見えないものでも大切なものはいっぱいあるのです。第一人間だって、生きているうちは、目に見えるものですが、亡くなってしまったら、目に見えない存在になるのです。肉親をなくした人、愛情の対象である存在をなくした人には、よくわかることですが、亡くなっても、その存在が消えることはありません。

そうして見ると、もしかしたら、本当に大切なものって、実は、目に見えるものよりも、目に見えないものの方が大切なものは多いっていえないでしょうか?「東洋」の文化は、すごくそうした精神性の高さがあって、それが、わたしには性に合っているのです。だから、わたしが、こころと身体を診れる鍼灸師になりたいと願うようになったのも、もっと目に見えないものも大切にしていきたいからなのかもしれません。
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emoticon-0128-hi.gif 治療と同じくらい休養が大切!(後半)

Aさんは、問診からすれば、どんなに痛みがあるとはいえ、1〜2回で治療できる患者さんだと思っていました。ところが、2回、3回と治療を重ねても、「だいぶ痛みが楽になってきました」と仰るのですが、ベッドの上で身体の向きを変えるときや、寝たり起きたりする動きが、痛そうなんです。まるで、その動きは、「ぎっくり腰」をやってしまった人のような動きなのです。

「これって、おかしいなあ?どう考えても理解できない」わたしは、3回目くらいには、頭の中には疑問が渦巻きました。ところがAさんの問いかけから、その疑問が、消えてなくなりました。「先生、やっぱり身体を動かさなければ、よくならないんでしょうかね?」って、言われるんです。「病院でお医者さんから、『身体を動かさなければ、よくなりませんよ』っていつも言われるんですけど。なかなか、それができないんですよ」ってね。

このAさんも、お医者さんの間違ったアドバイスの犠牲者の一人なんです。わたしは、何度もこういう間違いから、回復できない患者さんを大勢見てきました。お医者さんは、口を揃えたように、やれ、リハビリだの、運動だのといわれるのですが、患者さんの身体の様子を、実際手で触って診ていないのです。これが、今、運動をやっていい身体の状態なのか、ダメなのか、その見極めがなされていないのです。状態の悪いときの運動は、かえって症状を悪化させるのです。

わたしは、ぎっくり腰で診て欲しいといわれてくる患者さんには、「完全3日間の休養」を義務ずけさせてもらいます。「トイレに行く時以外は、完全に横になっていてください。食事もできたらご家族の誰かに運んできてもらってください」とも言います。早くに治したいと思ったら、そのくらいの休養が大切なのです。

Aさんは、そういう質問をされたくらいですから、農作業こそしなかったようですが、あまり休養をとっていらっしゃらなかったようです。それどころか本気で、運動をしてみようかと考えていたようなのです。でもやっぱり、これでは、よくならないのです。治らないのです。

本当に、Aさんが口頭でも、歩き方やベットの上での動きからもよくなったのは、完全休養を強くお願いしてからの話しなのです。「先生、やっぱり先生のおっしゃる通りでした。トイレに行く時以外は、お正月も、布団の中で横になっていたんです。そうしたら、もうすっかり痛みがとれて、今は普通に生活できるようになりました」とおっしゃるのです。

このAさんは、4回目の治療が終わった後、こういう話しをしてくれました。「わたしは、前からずっと親指と小指が痛くて仕方がなかったんです。この痛みもどうにか治してもらうことができませんか?」病院では、痛い指を動かすように言われたんだそうです。でもこれもとんでもないことなんです。わたしの見立てでは、Aさんは、運動器系の症状では最も治療がむずかしい「頸肩腕症候群」なのです。このように患者さんというのは、なかなか症状を言ってはくれません。そして、問診でも性格に症状を、言ってくださっている訳ではないのです。

それにしても、患者さんは、医者や鍼灸師のアドバイスの違いに挟まれて、どうしたらいいのか悩んでしまうということがよくあるのです。でも、症状がある場合は、ほとんど間違いなく、運動はしてはいけません。そういう時の休養は、治療と同じくらい大切なものなのです。
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emoticon-0128-hi.gif 治療と同じくらい休養が大切!(前半)

Aさんが八倉治療院へ見えたのは、昨年の12月の中旬でした。70代の半ばの女性で、農業をやっている方です。そのAさんが、初診でお見えになった時、予診表の「どのような症状でお困りですか?」という問いに対して「10月より腰痛です。せき、くしゃみがつらいです。起きたり寝たりが痛みます。立ったり座ったりも痛いというか、にぶく痛みます。整形外科で3日前にレントゲンを撮りました。骨には異状はなく、むずかしい病気はないとのことです」それから、「現在何かお薬を飲んでいますか?」という問いに対して、「飲んでいません」と答えてくれました。どこの治療院でも同じだと思いますが、初診の患者さんをお迎えする時には、いっそう観察力を働かせるものです。

ご主人に連れられて、Aさんが、玄関から入ってくる様子は、まるで、ぎっくり腰でもやってしまった患者さんのような感じで、とても痛そうで、困っている様子でした。でも、70代といっても、これまでは、現役です。お茶などの農業をやってこられて、受け答えもしっかりとされているAさんを見て、わたしはきっとすぐによくなる患者さんだと思ってしまったのです。

それには、3つほど理由があるのです。その3つとは、下線を引いてある3つの箇所が、その根拠となっています。

1、「10月より腰痛です」

痛めた時期がはっきりしており、この年齢のわりには腰痛歴が短い。何でもそうですが、病歴が短ければ短いほど、治るのも早いのです。逆に言えば、Aさんが、「10月から腰痛です」といいきったということは、「10月までは、腰痛はなかった」と解釈できます。それに、10月と言い切ったということは、10月ごろに腰痛を起こしてしまった、何かきっかけがあったということで、その原因は何かをうかがえば、治療の参考になると考えました。だから、しめしめと思ったのです。

2、「整形外科で3日前にレントゲンを撮りました。骨には異状はなく、むずかしい病気はないとのことです」

2つ目の理由は、この患者さんは3日前に整形外科を受診していて、骨などの異状がない。また他にも腰痛を引き起こすような、やっかいな病気はない。となると、やっぱり、指圧鍼灸師としては安心します。腰痛に関わる脊柱管狭窄症や椎間板ヘルニアとか変形性腰椎症などいろんな病気の検査は、チェックを受けている。その上で「異状なし」の診断がある。ましてや、肝臓や腎臓の疾患の疑いもない。そうなれば、腰痛を治療する治療院としては、まず、安心して治療ができるからです。

3、「薬は飲んでいません」

最後にこれも、すごく早くよくなると思った理由のひとつです。よく患者さんの中には、病院へ行って、今朝を受けられるのですが、必ずといっていいほど、鎮痛薬を処方されるのですが、それが帰って、治療を長引かせる結果になるのです。わたしの行なっている指圧鍼灸の治療は、神経の働きが、必須なのです。薬で神経を鈍らされてしまうと、かえって治るときも、それが妨げになってしまうのです。以上の点から、「この患者さんは、痛みは強そうではあるが、早く治る患者さんだ」と、確信したのです。ところが、後で分かったことなのですが、そうはいかない理由があったのです。(つづく)
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emoticon-0128-hi.gif患者さんは、必ず手術を受ける前に、治療に来て下さい!


患者さんにお願いがあります。それは、必ず手術を受ける前に、治療に来てほしいのです。もし、手術を受けて、その後に問題が生じた症状は、もう治すことができないからです。

私たちが行なっている治療は、患者さん自身が持っている自然治癒力を引き出すことで、治癒させることを目標に行なっています。ところが、一度メスが入った身体は、もうもとの状態にはもどりません。金属や人工骨のような異物が入った身体には、自然治癒力が働かないのです。働いたとしても限界があるのです。

仮にどんなひどい疼痛やシビレがあるような状態でも、機能的な問題は、不思議な物で身体は、その方が本気になって「治そう」という気になってくれた場合は、治療次第で、身体は、どんどん回復していき治癒する場合が、確率的に高いのです。ところが、手術を受けたにもかかわらず、疼痛やシビレが改善されなかった症状は、どんなに治療を行なったとしても、治癒することはありません。

わたしは、仮に手術をされた場合でも、これまで少しでも痛みがなくなって、楽になればという気持ちで困っている患者さんの治療を受け入れたことがあります。確かに、患者さんが真剣になって、治療に取り組んでくれた場合は、痛みも楽になり明らかに症状の改善していくことが、見られたのです。ところが、こういう場合は、治療からはなれた場合は、もとにもどってしまうケースがほとんどでした。

よく患者さんはそれでもいいということを仰られます。気持ちはよくわかるのですが、私たちのような治療者の気持ちは違います。その方の治療を受けた以上、あくまでも「治す」ということが目的なのです。もちろん治らない場合もあります。でも「治る」という可能性が1%でもある以上、私たちは、その1%の可能性にかけて「治す」努力を惜しまないのが、本物の治療者なのだとわたしは思っています。

わたしは、この「治療院」を始めるにあたり、師匠から、言われた言葉があるのです。「治療院の治は、治すという意味ですね。もしあなたに治すこてができない場合があれば、はじめから、お断わりしなさい、治せなかったら、治療院とは言えないのです」だから、よく勝手に予約変更したり、治療に消極的な患者さんなどは、申し訳ないのですが、こちらから、お断わりする場合があります。

それと、今後は、あらかじめ手術をされた方で、その後、症状の改善が見られなく見えられる患者さんにも、以上の理由から、治療をお断わりする場合があることをどうぞご理解ください。
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☆わたしの大好きな温泉。こんなところで瞑想したり、呼吸法を行えば最高である。
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emoticon-0128-hi.gif 脳幹と精神エネルギー

 いくら現代西洋医学がすすんだとはいえ、まだまだ、人間の体で未知な部分はたくさんある。医学の基礎。解剖学も生理学の教科書でも本当に正しいことばかりかは誰にもわからない。たぶんこれから、どんどん新しい発見により、訂正を積み重ねられてていくことだろう。それはそれで仕方がないことだ。そもそも人間がつくり出した科学は、「目に見える世界」に依存しすぎている。光学顕微鏡からさらにすすんで電子顕微鏡が発見されたことで、医学は飛躍的な発展を遂げた。ウイルスの世界の究明やDNAの解明などにおいて、特に電子顕微鏡が果たした功績は大変に大きい。しかし、それは、あくまでも目に見える世界でのお話。

 この世の中には、目で見ることはできなくても、確かに存在しているものは、たくさんある。たとえば、「プラーナー」「気」「精神エネルギー」それらは、誰にも見えるものではないということで、証明できない。証明できないものは、科学の世界では排除されてしまう。しかし、実際は、もしかしたら、宇宙や世界の大半以上が「目に見えない世界」で構成されているのかもしれない。人間の体も、肉体といわれる部分は、ほんのわずかな入り口でその奥には、エーテル体とか幽体とか霊体とか目に見えない「からだ」がそこには存在しているのだろう。少なくとも、人間の体を「物体」としてとらえていたのでは、人の体は治せない。そんなことを感じている。

 人間の体のなかでもっとも解明が遅れているのは、脳の部分である。実際にわかっていることといえばほんの爪の先程度のことで、実際には、ほとんど未知の世界である。ただ、治療の世界からすると、脳幹は、人間の生命を維持している最高の中枢機関である。もし何らかの形で、ここにアプローチできたとしたら、今までに不可能だったことが、もしかしたら可能になるかもしれない。そういう期待が脳幹にはある。脳幹が、本当は、どういうものでどうなっているのかはわからなくても、どうすればその脳幹を活性化することができるか。そういうことが、わかっているのとわかっていないのとでは、病気や症状の改善が全然違ってくる。

 わたしが最近行った絶食体験から得たものは、人間の体は、一人一人みんな違う。気持ちやこころのあり方が脳幹に影響を与えているという事実だった。脳幹の働きを活性化するとめには、

1、こころとからだは苦しめてはいけない

2、明るく楽しい生活ができるように心がける

3、よろこびの感情、おいしい、気持ちがいい、という感覚を大切にする

 こころも肉体も喜びを感じた時に、脳幹は、元気を取りもどすのである。その証拠に明るい気持ちで生きている人は、いつまでも元気で病気とは無縁である。わたしのある女性の患者さんの中で、長く診させてもらっている患者さんがいる。その患者さんは、いつも疲労感が強く。肩こり腰痛がひどくて、長く時間をかけてもほぐれないことが多かった。ところが、ある時期を境に、まったく体がかわってしまった。体は柔らかく、まるで今までの肩こり腰痛がウソのようになくなっている。実は、彼女は、最近、ボーイフレンドができて、恋愛中だったのだ。もちろん、忙しいだけの人生が一変し、明るく楽しい生活を送っていることが話や表情からよくわかった。まさに間脳が活性化され60兆の細胞がまるで生き返ったかのように別人の体に生まれ変わっていたのである。

 人間の体は、「物体」として考えることは間違っている。むしろ、エネルーギーの集合体だと考えた方が、治療の世界では成功する。人間の脳とこころの関係は、すごい相関関係にあり、そこには目に見えない「精神エネルギー」が働いている。その「精神エネルギー」をうまく引き出すのが、「暗示法」「瞑想法」「呼吸法」である。その三つを上手に実践していくことで人は、病気を克服し、健康を手に入れることができるかもしれない。そういうことを仮説として考慮に入れながら、いま、わたしは、自分自身を治療している。
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emoticon-0128-hi.gif 肩こりがある人は、同時に腰痛もある

患者「以前ぎっくり腰をやってしまいました。それ以来どうも腰が痛くて困っています」

私 「そうですか、それはお困りですね。ところで、あなたは、首こり肩こりはありませんか?」

患者「いいえ、私は、今までに一度も首や肩が凝ったことはありません」

私 「ああ……そうですか?今おっしゃったことをしっかり覚えておいてくださいね」

私 (意地悪な私は、問診を終わり、無言で首や肩の治療を治療を行う)

患者「痛い! 先生、そこが痛いんですけど」

私 「あれ、あなたは、今までに一度も肩が凝ったことはなかったはずですよね」

患者「ええ、こんなに肩や首がこっているなんて知りませんでした?」


emoticon-0128-hi.gif 痛みは優先順位を付ける

 肩こり腰痛は、私達が行っている治療の最も多い主症状である。予診表では、もちろん「肩こり腰痛」と両方を症状にあげられる方もいるが、ほとんどの患者さんは、「肩こり」か「腰痛」そのどちらかをうったえられる場合が多い。特に「右の首」とか「左の腰」というように、より具体的な、症状を申し出る方もいる。それは、人の身体が、痛みの優先順位を付けるからである。一番症状が重い箇所。一番助けてもらいたい治療箇所を、優先的に痛みとしてとらえるのである。その後の部位は、治療しない限り、あまり痛みとしてとらえられることがない。私達の身体にはそういう性格がある。

 私は、これまでは、ほとんどの場合、「肩こり」と「腰痛」と分けて治療することが多かった。というのは、うえの写真を見てもらえばわかるように、脊柱(脊髄)から、首の部分は、頸神経叢(けいしんけいそう)、腰の部分からは、腰神経叢(ようしんけいそう)と呼ばれる神経の束がある。「肩こり」といわれれば、首から肩、背中、上肢、つまり肩甲骨を周辺として、周囲の筋肉をすべて治療する。それが私の「肩こり」の治療である。また、そうしてはじめて、どんなにひどい「肩こり」であっても治療することができた。また「腰痛」といわれれば、背骨から腰部、臀部、下肢、それらの全部の筋肉を治療することで、ほとんどの「腰痛」を治療することができた。それが今までの私の治療スタイルであった。なぜそのように分けるようになったかといえば、とても全身の筋肉を治療することは決められた時間内では無理だからである。
 
 国家試験に合格し、学校をでたばかりの頃は、やはり私も、教わった通りの「型通り」の治療を行っていた。頭から足のさきまで、決められた通りの「全身治療」を行っていた。でもそれは、「治療」ではなかった。全身治療は、「疲労回復」「血液循環の促進」「自律神経の調整」ということでは、確かに効果はある。だからそういう目的で全身治療を行う場合だってあることはある。しかし、具体的な症状を持った患者さんにとっては、そのニーズにお応えすることはできない。もしかしたら、そういうところに「治療か、治療でないか」の分かれ道があるのかもしれない。もし患者さんが「肩こり」を主訴とするなら「肩こり」の治療を。また、もし患者さんが「腰痛」を主訴とするなら「腰痛」の治療を、なるべく時間内に解消してあげられることが、治療者の腕の見せ所ではないか。私はそういう考えで、つい最近までずっと分けて治療を行ってきたのである。

 でも結局は、患者さんは、「肩こり」が解消すれば、今度は「腰痛」が症状としてあらわれた。本当に「痛みは、優先順位を付けている」のである。だから、結果的には、「肩こり」で見えた患者さんであれば、次は「腰痛」の治療と、全身を治療させてもらうことが多かった。そして、薄々感じてきたことではあるが、「肩こりがある人は、同時に腰痛もある」ということがわかったのである。多分、これまで何も考えないで、型通りの「全身調整」ばかりやって来た人にはわからないことだが、「肩こり」の治療、「腰痛」の治療と、治療ということに専念してきた治療家であるなら、おそらく「臨床(りんしょう)」を通して理解されていることだろう。程度の差こそあれ、大部分の患者さんは、「肩こりがある人は、同時に腰痛もある」ということが、臨床を通してしてわかった。そして、それは、私のこれまでの治療方針や治療方法を一変させる結果になっていくのである。
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☆秋とはいえ、まだまだ残暑がきびしいです。今年は、7月からの猛暑日が、いまだにおとろえません。今年は、窓の外に、このように「よしず」をかけて、暑さをしのぎました。日陰を作り、低温で、風通しがよく、プライバシーもあって、本当に伝統的なものには、日本人の知恵があって感心します。
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emoticon-0128-hi.gif 一日に3人限定の治療院

 八倉治療院では、開業当時から、ほとんどずっと患者さんは、一日に3人限定で行っています。もしこれから、私の治療技術が劇的にスキルアップして、簡単に治療できるようになれば、話は別ですが。そうでない限り、「一日に3人限定の治療院」は変わることはありません。しかし、この方針は、治療院を経営していくうえで、とても大きな選択なのです。最近では「八倉治療院」は予約が多く、どうかすると「一番早くて2週間後です」とお答えするしかないときがあります。しかし、症状があって辛くて電話してくる患者さんばかりなので、「2週間も3週間も先となると、それだけで引いてしまいます」なかなか、それでも「予約をお願いします」という患者さんは少ないのです。そのようにして、新患を逃してしまうことが、実に多いのです。本当は、治療院をやっていますと、患者さんのリピーターを獲得することも大切ですが、それ以上に「新患」を獲得するということは、とても大切なことなのです。ではどうして、そこまで「一日に3人限定」にこだわるのかその理由をお話しします。

emoticon-0128-hi.gif 理由その1、開業当時から治療院の「治」にこだわる

 私がこうして開業できたのも、こうして、「病気やケガを治療できる治療院」として八倉治療院を軌道に乗せることができたのも、これもみんな「師匠」のおかげなのです。もちろん、これまで家族や友人、それに多くの先生方に支えられ、今の私があるのですが、それとは別に、どうしても「師匠」の存在は、私にとってかけがいのないものなのです。そこが、少し他の治療家の方と違うことかもしれません。その師匠が、開業にあたり「治療院と名のる以上、病気や症状を治せるようでなければ、治療院ではありません。治療院の治は、病気やケガを治すという意味です。もしあなたが、看板に偽って病気が治せないなら、患者さんからお金をいただいてはいけません」と言われるのです。これには本当にまいってしまいました。しかし、師匠の言葉に二言はありません。そうである以上、私にとって師匠の言葉は絶対です。少なくてもその目標にしたがって全力を尽くさなくてはなりません。それが師匠と私の間にある厳しい「おきて」なのです。このことは、多分、一般の方には、ご理解できないことだと思いますが、これが十何年と続いてきた師匠と私との関係なのです。

 私が、専門学校時代は、実技の時間等に専門学校の先生には、「あなた達は、一日に何人も患者さんを診なければならないのです。そのためには、それだけの体力と、治療家としての手を作らなければなりません。しかし、実際は何人もこなすためには、必要以外のところには、力を抜く技術も必要なのです」とよく言われたものです。また、こんなことを教えてくれる先生もいました。「いいですか、もしこれからあなた方が、プロとしてやっていくためには、絶対に危険をおかしてはいけません。治療で一番大切なことは、患者さんをそれ以上悪くしないことです。治らなくてもいいから、それ以上悪くしないように治療しなさい」このように、教えられるのです。でもこれは、もし患者さんが聞いたとしたらとても、お気を悪くさせる言葉かもしれませんが、医療人のプロとしては、随分と的を得た含蓄のある言葉だとも言えるのです。特に最後の言葉は、一生懸命、治療にあたろうとすると、つい危険をおかすこともあるのです。「ハイリスク=ハイリターン」どこかで聞いた言葉のような気ましますが、病気やケガを治そうとするとつい無理をすることもあり得ます。しかし、評判んが大切なこの世界では、患者さんの「ひとこと」は、とても治療院の経営を左右します。「あそこの治療院へ行ったら、よけいに悪くなったよ」というひとことは、とてもおそろしいのです。

 以上でわかることは、本当に「病気やケガを治療できる治療院」を目標にするには、余程の体力と気力とそれに似合うだけの力量が必要であることがわかっていただけたでしょうか。しかし、私がこの治療院を開業したのは、体力も気力も全盛を過ぎた50代を過ぎてからのことです。しかし、志を捨ててどこにでもあるような、その時だけ気持がいいだけの治療院にはしたくありません。私は、一日に何人でもこなせる治療院をやる気はありません。そのためには、余分なところは力を抜くといった器用なことはいってられません。2本ある手は2本ともフル回転で使い。精一杯、症状を取ってあげることを考えます。これからも、あくまでも「病気やケガが治療できる治療院」をめざしてやっていくつもりです。そこで考えたのが、「一日に3人限定」という「制約条件」が生まれてきたのです。しかし、人の体を治療するということは、大変なことです。一日3人も患者さんを治療させてもらうと、疲れてバタンキュウ。ましてや師匠の言う治療の治が使命となると、本当に心底疲れます。最近では、どんなに重い症状で見えた患者さんより、私の体力や気力がどこまで持つのかの方が、最大の難問となってきたような気がします。本当に自分でもあきれて笑えてしまうアホな治療院です。
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emoticon-0167-beer.gif エビスビール創立120周年記念ということで発売されたのがラッキーエビスです。左側がラッキーエビス、右側が普通のレギュラーエビス。さてどこが違うか、よく見くらべてみてください。2カ所違うところが発見できるはずです。答えは、この記事の後に書いておきます。
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emoticon-0128-hi.gif 治療院では、患者さんをお客さんとは呼ばない

 最近、親しい友達が、「患者さん」のことを「お客さん」と呼んでいることに気が付いて、違和感を感じました。「最近は、お客さんが増えているみたいでいいね」っていうんです。ところが、「お客さん」って何かなって感じなのです。確かに少し前までは、「医療」といえども大ざっぱな産業分類では、第三次産業。「サービス業」という分野でひとくくりであったのかもしれません。ところが、平成14年3月に改訂があり、サービス業に分類変更がありました。それ以降、医療業は、サービス業から完全に独立したのです。 

 そういうことはともかくとして、確かに「お客さん」という言葉で呼んでいる世界もあります。床屋さん、美容院。そしてエステ等です。ここでは、確かに、「次にお待ちのお客さん、こちらにどうぞおいでください」という会話が、自然に行われています。ここでは、間違っても、「お客さん」は、「患者さん」や「ペイシャント」ではありません。では、人からよくその違いを質問される「整体」や「整骨院」等は、「患者さん」のことをなんと呼んでいるのでしょうか。初診の患者さんに対して問診を行っているところには、必ず「問診表」とか、「予診表」が置いてあります。ですから、必ず、住所や氏名は、最初に記入がなされるはずです。ですから、「◯◯さん、どうぞお入り下さい」こんな会話から始まるのが普通です。ですから、どちらとも呼ばれないこともありますが、大切なのは、「治療者」の意識です。「治療院」でも「整体」でも「整骨院」でも「治療者」が、どのような意識で「治療」に望むのかで、「お客さん」と「患者さん」には、大きな違いがあるのです。そうは思いませんか?

 「整骨院」も「病院」と同じように「保険」が絡みますから、「予診表」を書かない「整骨院」はありません。ところが、よく問題にされる「整体」や「治療院」はどうでしょうか?意外と「問診」もなく、それどころか、どこが悪いのかも聞かないで、いきなり、「施術」にかかるところが、多いのではないでしょうか?「患者さん」の「名前」まで知ろうとせず、最後まで「お客さん」で通してしまうところがあるとすれば、それでは、やっぱり「医療業」とは呼べません。いくら産業分類は変わっても、やっぱり、「サービス業」と何ら変わりがありません。スーパー銭湯や公共温泉などによくある「整体(無資格で行われているマッサージの疑似行為)」。そこで「慰安」が目的で行われている施術は、やはり、あくまでも、「サービス業」でしかありません。「治療」といえるものではないのです。

 もし「治療」がはっきり、サービス業とは違う「医療業」であるなら、やはり、「患者さん」に対して責任が果たされるべきなのです。簡単に「医療過誤」や「失敗」が許されるべきではありません。以前にも違いを説明させてもらいましたが、「治療院」は、国家資格で厚生労働大臣の免許を有する者や、各自治体の県知事が、認定する治療者だけに許可された医療機関です。ですから、無資格者のエステや整体院のように責任が取れない「サービス業」とは、根本的な違いがそこには存在します。そういうところですから、「治療者」に「お客さん」という意識は、ほとんど全くありません。間違っても「患者さん」を「お客さん」といい間違えるようなことはないはずなのです。それを、「お客さん」と呼べるような人がいたとすれば、この世界の「偽者」か、よほど「治療者」としての意識が薄い、学生のような「駆け出しもの」しかあり得ないのです。

 もし仮に、たとえそこの従業員だとしても、「患者さん」を、「お客さん」と呼んでいるような「治療院」があったとしたら、それは、もう「治療院」とはいえません。もしそのような「治療院」がありましたら、それは、お金儲けしか考えていない、「治療院」とは、名ばかりの偽者の「治療院」ですから、もう二度とそこには足を運ばないでほしいと思います。残念ながら、どの世界にも「本物」と「偽者」があるように、この世界にも、「偽者」が多く存在します。ですからせめて、この記事を読んだみなさまには、ぜひ、そのことを参考にしてほしいと思います。まだまだ、本物かどうかを見極める方法は、たくさんありますが、少しづつ、これからもみなさんに紹介していこうと思っています。 


emoticon-0167-beer.gif 答えは、ひとつ、「商売繁盛」のラベルです。もうひとつは、魚籠のなかにも鯛の尻尾です。「大漁」は、「商売繁盛」の証なのかな。
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☆ニュージーランドには、まだ、原生林の森が残されている。これは、その原生林の中のハイキングコースを歩いたときの写真、まわりにはシダがたくさん見られた。太古の森もこんな感じだったのだろうか。この国では時間が止まっている。
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emoticon-0128-hi.gif健康増進に「月一会(ツキイチカイ)」

 来月、6月1日に八倉治療院は、3周年を迎える。「石の上にも3年」というが、とても楽しい3年間だった。私の半生を振り返っても、これほど充実した3年間は、そうざらにはあるまい。しかし、心残りがあるとしたら、「健康維持」「健康増進」の意識が、私の中でイメージ化されていなかったことである。そのイメージがもう少し、私の意識の中でもっと早くに明確になっていれば、より多くの人を助けられたかもしれない。そういう反省が、私のこころの中にはある。

 というのは、私がむかし、治療させてもらった患者さんは、あまりにも70代から80代の高齢者が多かった。私は開業当初から、患者さんに恵まれていた。口コミで治療院には多くの患者さんが見えてくれた。その多くは、肩こり腰痛、膝痛を抱えた高齢者であった。私の治療は、極わずかな治療回数でも、その効果がよく現れた。杖がなければ歩かれなかった方が、杖がなくても歩けるようになった。膝が痛くて正座できなかった方が、座れるようになった。安定剤や睡眠薬を飲まなければ眠れなかった方が、薬から解放されて元気になった。座骨神経痛の痛みから解放された。等など、数え上げたらきりがないくらい、多くの患者さんを健康な身体に導くことができた。そのころの私は、病気がよくなることにだけに意識が働いていた。だから、元気になられた患者さんに喜んでもらえて、「これで卒業ですね。おめでとうございます」という言葉をかけてあげられることが何よりも楽しみだった。

 ところが、喜んでくれて卒業された患者さんの多くは高齢だったために、「健康維持」が、私が思うほど長くは続かなかった。確かに余命の短い高齢者の医療は、大変に難しいものがある。あれほどお元気だった方が、急に元気がなくなってしまったり、思わぬ病気が発生して入院されたりということで、様態が急変する。または、治療院に通って見えた時には、確かに元気で、しっかりされていたのにという方でも、急激に老化が進み「痴呆症」により、判断力が失われてしまう場合等もあった。そういった理由から、急に私の手が届かない患者さまになってしまうことが、大変多くなってしまった。ただ「医療」の世界では、臨床で得た知識や経験は、どのような場合でも役に立つ。特に、はじめに集中的に高齢者を治療させてもらったことで、患者さんに対する配慮の大切さや高齢者医療で大切な多くのことを学ばせてもらうことができた。

 特に高齢者医療で大切なことは、肩こり腰痛の原因の多くは、「内蔵痛」からくる場合が多いということだ。お年寄りの患者さんは、「先生、私は一日中何もし何のですが、どうして肩が凝るのでしょうか?」というようなことをよく口にされる。確かに、腰痛や肩こりの多くの原因である「過労」や「ストレス」は、除外されることが多いお年寄りである。ところが実際には、肩こり腰痛を訴えられるお年寄りは、どの世代よりも多い。これはどうしてかといえば、肩こり腰痛の原因には多くの理由が考えられる。その中に「内蔵痛」といって、「内蔵の機能の低下や、疲労などが原因で肩こりや腰痛を引き起こしている」ことが多い。人間には、わかっているだけで361の経穴(ツボ)がある。そのツボは、まるでレールの引かれた電車のようにからだの中を走っている。だから、イメージ的には、経穴(ツボ)は駅で、経絡は駅をつないでいる路線である。そこを気というエネルギーの電車が、毎日運行しているようなものである。全ての路線は、最終的には人間の五臓六腑に源を発している。だから、電車にも名前がついていて胃系列車。肝系列車、心系列車が毎日からだの中を運行している。それが人間の身体なのである。

 こうして説明すればもうわかってもらえることだろう。私たちが行っている肩こりや腰痛などの治療は、ただ単に筋肉の凝りや神経の痛みを取っているだけではないということだ。つまり、疲れを取って内蔵の働きをよくすることにつながっているのである。だから、治療が終わると、患者さんは元気になる。身体の根本から「健康」を手にするととができるのである。「健康維持」や「健康増進」ということに大切な役割を果たしている。ただし、それには大切な条件がある。治療は定期的に行わなければならないということだ。人間の身体の内蔵機能にも限界があるように「余命」が短くなれば成る程、定期的な治療期間というのは、短くなるはずだ。その線をどこで引くかわ個人差によるが、私は、これまでの臨床経験からいうと60歳以上の患者さんには、1ヶ月に一度は定期的な治療が必要である。それが「月一会」の発想の始まりだった。

emoticon-0128-hi.gif若い人にも必要な「月一会」

 現在、八倉治療院は、患者さんの性別年齢は実に様々である。中でも一番多いのは、パソコンを使う事務系の女性である。パソコンというのは人類のこれまでの歴史上、人に長時間同じ姿勢をとらせることを強制させる機械なのだそうである。同じ姿勢で静止するというのは、筋の緊張からすればとても過酷なことである。それを毎日毎日、強制させられるとなればかなりのストレスになる。だからこそ私たちのような治療院が社会で必要とされるのは、当然の理にかなっているというものだ。だから、こうした患者さんにも「月一会」を勧めている。仕事というのは、いくら辛くてもそう簡単に手放せるものではない。特に、世界中の景気が危機に瀕しているときは、仮に正社員でなくても大切にしなければならない。せめて大切な身体が犠牲にならないように、定期的に治療を行うことは、QOL(クオリティー・オブ・ライフ)を維持していくための必要不可欠な条件である。

 でもこうして問題を総合的に考えてみると、老若男女を問わず年齢はあまり関係ない。先日も20代の若いお母さんが、子供を抱く時に手や腕が痛くて腱鞘炎になってしまったということで治療院にみえた。よく話を聞いてみると過去2回も交通事故にあっていて、その後遺症がまだ残っていた。だから、出産・育児以前に障害になる大変な症状が身体中にあってその痛みにずっと耐えていたのだそうである。私は、その患者さんの全身の症状を治療するのに週1回の治療で2ヶ月以上の期間が必要だった。彼女も辛い治療に少しも弱音を吐かないでついてきてくれた。今ではすっかり、元気になって、今まで苦しめられた辛い症状から99パーセント解放された。それでも、私は、これからも育児になれるまでこの患者さんを見守っていこうと思った。彼女もそのことを望んでいてくれて、「先生、私も卒業する気は、全くはありません。先生がダメといっても私はずっと先生についていきます」ということで、最も若い「月一会」の会員になった。

 「治療」にはいろんな側面が考えられる。病気になる前に症状を食い止めることを「未病治(みびょうち)」という。「予防医療」という最善の治療。そして、「健康維持」というよりも更に発展的に、これまで以上により高いレベルの健康を目指す「健康増進」の治療が実現できれば、どんなに素晴らしいことだろうか。私は、なにかのご縁で私とかかわり合った患者さんをこれまで以上に大切にしていきたい。そのためにも「ご卒業おめでとうございます」はやめて、ご理解をいただいたうえで、この「月一会」に入っていただくことを勧めていきたいと思っている。
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