<   2009年 03月 ( 13 )   > この月の画像一覧

 八倉治療院の最高齢の患者さんは、Bさん92歳である。去年の暮れ12月5日に、娘さんの紹介で当院に見えられた。娘さんの話では、「お母さんは、とてもマッサージが好きでよく近くにある◯◯治療院に通っていたんですが、そこの先生がお年で最近、治療院を止めてしまいました。今自分にあった治療院を探しています。母は高齢なんですが、先生、もしよろしければ、一度、母を診ていただけませんか?」ということで話は前から聞いていたので、頭のどこかにBさんのことが、少し気になっていた。暮れのある日、娘さんから電話をいただいた時、「ああ、あの話のBさんだな」ということがすぐわかった。娘さんに連れられてきたBさんは、少し元気がないようで足下も頼りない気がした。もちろんBさんの92歳という年齢を考えれば、当然ではある。Bさんの主訴は若い頃からの肩こり。疲れてくると右の肩甲間部に痛みが出てくる。病歴は、10年前に気管支ぜんそくで1ヶ月程入院されたそうである。それから、1昨年前にトイレに起きた時よろけて腰部を圧迫骨折したそうである。現在も心臓肥大、肺気腫、疲労気味ということで通院されているようである。

 Bさん以外にも、当院には、多くのご高齢の患者さんはお見えになるので、特別なことはあまりないのだが、驚いたのは、予診表をご自分で書こうとされたことである。それに、問診で私が聞いたことにもはっきりと答えが返ってくるではないか。これはしっかりされた方だという印象が強かった。このBさんは、月に!回か2回程見えてくれるが、見る見るうちに元気を取り戻されてくるのがわかった。Bさんは、マッサージが本当に好きな方で、こうしていつも治療院に来た時には、「先生、私はここに来るのが楽しみで、電話した時から今日まで毎日楽しみにしていました」といってくださるのである。そういう私も、毎回来るたびに、お元気になられていくBさんの様子を見るのが嬉しくて、「楽しみにしているのは私の方かもしれないなあ」と思った。そして、「Bさん、100歳まで頑張って長生きしてくださいね。八倉治療院が全面的に協力させてもらいますから」といっては励まさせてもらっている。それにしても、92歳でしっかりしていらっしゃるBさんを見ていると、本当に素晴らしいことだと思う。「ヘルシーエイジング」という言葉があるが、Bさんは、まさにその「ヘルシーエイジング」の人であると思う。どうしてBさんは、このように美しく年を重ねてこられたのだろうか。

 ひとつは「気持」。私はいろんな患者さんを見させてもらっているわけだが、Bさんからは、一度も愚痴や人の悪口を聞いたことがない。いつも人や何かに対して感謝している。そして、人を頼りにするのではなくて、自分でできることは自分でやろうとする姿勢が身に付いているということだ。先日も、治療が終わって、ヒラリー(家の奥さん)が、「家まで車で送りましょうか?」というと、「ありがとうございます。せっかくですが、自分で歩ける時には歩こうと思います」と、丁寧に断っていた。確かにBさんの家は、すぐ近くにあることは確かだが、それでもBさんの足なら10分以上はかかってしまうと思われる。しかしその姿勢は立派だと思った。そして、「ヘルシーエイジング」に必要なことは、何よりも「ご自分の身体を大切にする」ということである。Bさんは予診表にもあるように若い頃からマッサージが大好きで、自分の身体のお手入れを怠らなかったということが、これまで長生きされた秘訣ではなかったかと思われるのである。それは科学的にも証明されている。マッサージによってからどの血液循環をよくするということは、身体の中では、毒素として働く疲労物質「乳酸」を洗い流すことに繋がる。そして、体内の血液に老化を促進する「活性酸素」の発生を抑えるという働きがあるからである。だから、「マッサージ」は「老化」を防ぐ「ヘルシーエイジング」の夢を叶えてくれる大きな働きをしているといっていい。「内面の美」は、洋服や化粧で着飾るものではなくて、まず第一に「健康」であることが、絶対の条件になる。そういう意味では私たちの果たす役割は、これからの高齢社会において大きいものがあると思っている。

 それに昨日は、Bさんは、私に嬉しいことを言ってくれた。「先生のところに伺うようになって呼吸がすごく楽になりました」とポツリと言われた。それは、長い間、気管支ぜんそくや肺気腫などで呼吸器系や循環器系を患っていたBさんは、肩甲間部が硬くてつらかったと思うのである。それが、「呼吸が楽になった」ということは、呼吸に必要な胸郭をとりまく筋肉がゆるみ、胸がよく開くようになったということなのである。それは、私が初診の頃からBさんの治療にあたる上で意識的に心がけてきたことだからである。その効果が出てきたということがわかった。こういうことが治療にあたるものにとっては、すごく嬉しいことなのである。また、来月もBさんは、八倉治療院にきてくれることは間違いなさそうである。Bさんの「ヘルシーエイジング」をお手伝いさせてもらうことで、私も自分自身の「ヘルシーエイジング」について勉強を今からはじめようと思っている。

ヘルシーエイジング

アンドルー ワイル / 角川書店

「アンチ」ではない「ヘルシー」な加齢の時代。老化は決して逆転できるものではない。重要なのは単に寿命を伸ばしたり、若返りの薬を求めて奔走することではなく、いかに健康的に、優雅に年を重ねていくかだ。現代人必読の「老いの教科書」



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☆脊柱管狭窄症といわれたAさんの初回の問診

 65歳の男性、金属加工のお仕事をやっているAさんが、治療院にみえたのは今年の2月21日だった。主訴は、腰痛と首の痛みである。Aさんは、40歳の頃、今から25年程前に車の追突事故に遭われている。後ろから車に追突された。「むち打ち」をやってから首から肩にかけて痛みが走り今もそれが治っていない。首の牽引や月に1度、いろんなところでマッサージに通っていた。また、腰痛暦も長く20代の頃から痛みだした。多分、若い頃から仕事で重いものを持ち運ぶことが多く、無理をしたのが原因だと考えている。特に右足下腿(膝から下)の外側にしびれがある。気にかかるのは、通院している整形外科の先生に「脊柱管狭窄症」と診断されたことだ。

 昨日、Aさんが3週間ぶりに治療に見えられた。初診は先月の2月21日。今回で3回目の治療ということになる。このAさんで気になることは、通院している整形外科の医師に「脊柱管狭窄症」という診断を受けているということだ。腰痛の中でも「脊柱管狭窄症」というのは重症の部類にはいる。なぜなら、原因が骨の変性にあるからだ。中枢神経が背骨の中心脊柱を通っているわけだが、その管である脊柱管の間が狭くなり、中枢神経が圧迫を受けている。そのために腰痛、座骨神経痛など様々な痛みを引き起こす。しかし、その原因が「骨の変性」にあるということで整形外科でもなかなかどうすることもできない病気である。ましてや、神経や筋肉が治療の対象である私たち鍼灸マッサージの治療院では、痛みの軽減にはなるかもしれないが、治癒は望めない病気である。
 
 私は、以前にも書いたことがあるが、師匠の教えから、「治療院」として看板を掲げる以上、お引き受けしたからには、「治させていただく」ことを目標にしなさい。そうでなく自分でこれは無理だと判断した時には、丁重にお断りしなさい。と言われている。だからこの患者さんに医師から「脊柱管狭窄症」だと診断された。と、聞いた時には、正直言って、随分迷ったのである。しかし、「脊柱管狭窄症」の特徴である。「間欠性跛行(かんけつせいはこう)」といって、歩行障害のひとつ。歩いていると腰に痛みを生じ、少し歩いては休み、また、少し歩いては休む。休むときも背中を前屈みにしていると楽になる。といったような症状は、Aさんには見られない。下腿の痺れから「座骨神経痛」であることは確かだが、「脊柱管狭窄症」といわれる程重症とは見えなかった。しかも、前も同じ整形外科医から、以前「五十肩」である。と、診断された別のが患者さんが、単なる「肩こり」だった。ということもあった。だから、今回も少し治療しながら、様子を見ることにした。

☆3回の治療を終えての所見

 Aさんの治療は今日で3回目になる。診察を始める前の問診では、腰の痛みよりも後頚部がつらいとのことだった。初回の治療では、首、肩、背中、腰のどこをとっても硬くて、マッサージをしていても、なかなか歯が立たないような印象を受けた。特に頚部と腰部は指圧をしている指が入っていかないで、押し戻される印象さえ受けた。しかし、臀部の「中臀筋」や「座骨神経痛」の原因とも言われている「梨状筋」などを指圧してみると、すごい反応ぶりだった。間違いなく「座骨神経痛」である。その時のAさんが、こんなことを言われた。「先生、そこ痛いねえ。私もいろんなところでやってもらったけど、お尻の筋肉をやってもらったのは初めてだね。それに、首もこんなに丁寧にやってもらったこともないね。また、先生は、私のつらいところにピッタリ手がいってるよ」と、大変な喜びようだった。それがどうだろう。3回目の今日は、「梨状筋」を押さえても痛がる様子が見られない。またいつの間にか、右足の膝下外側にあった「痺れ」もなくなっている。「座骨神経」にそって指圧を試みたが、痛がる反応が見られなかった。そのことを、Aさんに伝えるとAさんも初めて気づかれたようで驚かれていた。腰痛も楽になっており、「座骨神経痛」がいつの間にか治っていた。また「むち打ち」で痛めた首も、まだ硬いしこりのようなものが何カ所かあるが、肩こりがすっかりなくなって軽くなった感じがすると言われたのである。回を重ねるたびに症状の改善が見られるようになってきた。

 さあここで私が考えることは、「本当にAさんは脊柱管狭窄症だったのだろうか?」という疑問である。よくなった「座骨神経痛」は、確かに「脊柱管狭窄症」の症状のひとつである。世間ではその「座骨神経痛」は、なかなか治るものではないという定説があるらしいが、私にとっては、余程の年齢の方でも「ガン」か「糖尿病」を患っている方でない限りは、ほとんどの場合が、治させていただいている。しかし、もし借りにAさんの「座骨神経痛」が、「脊柱管狭窄症」の症状のひとつとして起こっているものであるならば、そんなに簡単に、よくはならないと考えるのである。ということは、考えられることはひとつ、Aさんを診断した整形外科の医師の「誤診」だったと言わざるを得ないのではないだろうか。多分、レントゲンもとって画像からそのように診断されているとは思うのだが、一人の患者さんに対して与えられる診察時間は、おそらく、10分もないだろう。いや5分もあるかないかだろう。そこへいくと、私たち鍼灸マッサージ師は、必要とあれば、問診にも時間がたっぷり取れる。また、治療しながら、検査をやっているようなところがあり、患者さんの反応からも症状を判断することもできる。だから、医師しかくだせない「診断」もない代わりに「誤診」もないのである。多分、私が判断するところAさんは、「腰痛」からくる「座骨神経痛」だったのではないかと思う。これはたまたま、Aさんの例から私の感想を述べさせていただいたが、このように、「医師の診断は、〜だったけれど、本当は、〜だったのではないか」と思われることがよくある。こと「神経」や「筋肉」に関することは、「整形外科」で検査をするのはいいが、「治療」ということに関していえば、「鍼灸マッサージ」に任せていただきたい。と思うのは、私だけだろうか?


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 私は、映画が好きなのでよくレンタルビデオなどを借りてきて見る。今週は「山のあなた〜徳市の恋〜」を見た。今の人気アイドルグループ、スマップの草粥剛くんが目が見えない「按摩さん」役で主演していたので、面白そうだと思った。時代は、馬車がバスの代わりに走っていたから大正か昭和の初め頃の話。舞台は、長閑な山間のひなびた温泉宿。情景も日本の古き良き時代を感じさせるようでとても素敵なところ。情景を見ているだけでも心が和む。一度は行ってみたいようなとても素敵な長閑な田舎の温泉宿。草粥くんの扮する按摩さん「徳市」は、とても負けず嫌いで感がよく働く人。もし「目あき」であれば、仕事でも恋でもなかなかのやり手であったろうと思われるようなキャラだった。その徳市が、「ぷ〜んと東京の匂いがするいい女」のお客に恋をしてしまうというお話である。

 スマップの草粥くんが扮する「徳市」は、恋をしてもおかしくないくらいの年齢。20代の年頃の青年。女の人を好きになってもおかしくはないのだが、そこは「目あき」とは違う。自分の恋心も打ち明けられず、密かに片思いに苦しみ悩む毎日を送る。ここで可哀想だと思ったは、障害者に対するいじめや差別だ。特にこのお話の中では、特別に悪いという人はいないのだが、子供から大人まで、心ないいたずらの場面が見られた。子供は、徳市の仲間の福市という按摩さんが仕事をしている時に、こっそり紙を細く撚ったもので鼻の中をつっついて遊ぶ。福市は、それを知らないでクシャミを連発。また、虫が自分にまとわりついていると思い振り払おうとする。また、その様子を見ておもしろがる子供。大人は大人で、夜道の橋のたもとでカエルの鳴き声をまねて、徳市が驚く様子をからかうように笑う。そういう心ない悪ふざけや差別が、徳市を負けず嫌いにさせるのだろう。徳市は本当に負けてはいない。温泉宿に行くまでの山道の道中を「今日は、何人追い抜いた」といっては挑戦するのである。そして、まるで「目あき」にできて自分にできないものはないというように、散歩もするし、山登りもする。驚くことに、川で泳いだり、飛び込みもできるというのだ。山登りにきた大学生にからかわれた時も大勢を相手に喧嘩までするのである。そのくらい徳市は「目あき」に負けたくない気持が強いのだった。

 どうして人は、このように障害を持って生きている人に対してやさしくないのだろうか?好きで障害を持って生まれてきた人はいない。不自由を克服して一生懸命生きている人に対して、もう少しやさしさを持って接する人が増えてもいいのにと思うのだが。それは今も昔も変わらない。普通の人間が持っている優越感や劣等感の感情が見え隠れする場面である。私はよく知らなかったのだが、「按摩さん」という言葉も差別用語のひとつだそうだ。昔から目が不自由な人ができる仕事は限られていた。外国はどうか知れないが、日本では、「はり」「きゅう」「按摩」は、目に障害のある人が就く専門職だった。近年になってその専門職に私たち晴眼者が、参入してしまったのだ。そのために「按摩さん」には、目に障害を持った方と、晴眼者の二つの違う種類の学校を卒業してきた治療者がいる。前者は盲学校。後者は専門学校。と、学校が違うので学生のときは、ほとんど交流はない。ところが、卒業してしまうと同業者ということで組合に入っている人などは、一緒に仕事をすることもあるようだ。

 話は映画の話題にもどるが、こんな場面があった。温泉宿に向かって山道を歩いているシーンで、徳市は、福市に言った。「福さん、これからは人や杖にたよって生きていく時代じゃあないよ。これからは、感をたよって生きていかなくちゃ。それでは、向こうから子供がやってくるけれど、何人か当ててみよう」というのである。福市は8人。徳市は8、5人。大きい子供が、一人赤ん坊を背負ってやってくるのを当てた。特に泣いているわけではない赤ん坊を徳市はどうしてわかったのか。不思議でならなかった。その時に、私は以前、師匠から指導して頂いたときの言葉を思い出したのだ。「私たち治療者は、患者さんの悪いところにさっと手が行くようでなくてはなりません。ハリでもそうですが、第7頸椎の右横、3寸とかやっているようではダメなのです。そこへ行くと盲人の方が、まるで自然に手を導かれるように、計らなくてもさっと自然にツボにハリを打つ。そのようにならなくてはダメなのです」

 私たち晴眼者が、治療する場合。どうしても目にたよっていることが多い。治療をはじめる前に診察を行う。目で診察することを視診という。もう既に診察の段階から、目をフルに使って治療している。そのくらいだから当然治療自体が、晴眼者と盲人では違うのかもしれない。しかし、もしツボ(経穴)を計らなくてもさっと手が行くようであれば、それは「達人の技」と言えるだろう。そういった感覚が治療者には、必要である。「第6感」。目の見えない人は、視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚の5感が欠けている。欠けているからこそ第6の感覚が晴眼者に比べ優れているのかもしれない。また、徳市のような人はその中でもずば抜けた感覚の持ち主だろう。そういう私も実は、5感が欠けている。以前にも書いたことがあるが、私の場合は、嗅覚がない。子供の頃から鼻が悪く、小学校の高学年を迎える頃には、嗅覚がもうなかった。だから、私にも障害がある。ただ、目の見えない人からすると私の5感は、生活に支障はないだけに助かっている。しかし、だからというわけではないかもしれないが、私の場合も、触覚が、もしかしたら普通の人以上に発達しているかもしれない。というのも何ヶ月前にきた患者さんでもその状態が感覚の中に記憶が残っていて、現在の状態と比較することができる。だから、「この部位がこのように変化しましたね」というような様子の変化を患者さんに話して伝えることができる。「第6感」も、もしかしたらあるのか、意外に感が働くときもある。

 以前、美輪明宏さんの「正負の法則」を覚えているだろうか。人には、欠けている面と人より優れた面の両方を持っている。だから、明らかに、「負」を背負った人には、それに変わる「正」の部分が備わっている。だから、徳市のような盲人でも人より優れたものがあるのは当然な話だと言える。そんな感覚でこの映画を鑑賞できるとまた面白い見方ができると思う。しかし、私は治療の世界にいる人間。徳市のような「感覚」を身につけられたらどんなに素晴らしいことだろう。そういう気持でこの映画を見た。

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 今日は、「どうして按摩指圧マッサージがストレス解消になるのか?」を考えてみることにする。現代はストレス社会だといわれている。人間関係の悩み。厳しい生活の中でのお金のやりくり。身体や病気の悩み。特に子供は、勉強の悩み。大人は、仕事の悩み。などが大きな「ストレス源」になるかもしれない。私は、今のこの仕事についてから、仕事に対するストレスがなくなってしまった。今では一日中といったら嘘になるが、一日のうちに何回かは、病気や人の身体の仕組みや働きについて考えている。具体的に患者さんの身体や状態について考え、どうしたら痛みがとれるのか?どうしたら症状を軽くすることができるのかを考えている。また、そういうことを考えるのがとても楽しい。だからこの仕事は、私にとってストレスになり得ない。だから私にとっては天職なのだと思っている。
 
 しかし、一般的に考えると「仕事」というものは、そう簡単なものではない。この世の中には、好きだからその仕事をやっているという人ばかりではない。ほとんどの人が、「自分が本当にやりたいことは、やらせてもらえず。やりたくないことばかりやらされている」というのが現状ではないだろうか。おまけに仕事である以上、誰もが義務や責任という重い荷物を背負わされる。そういう厳しい毎日が続いているのではないだろうか。だから、「ストレス」は溜まる一方、何かよいストレスの解消法を持っていないと、この厳しい現代社会を乗り越えられないかもしれない。しかし、一時的ではあるかもしれないが、誰もが簡単に取り入れられるストレスの解消法がある。しかも手頃で、活力が内から湧いてくるような素晴らしい解消法である。それが「鍼灸マッサージ」である。特に「按摩指圧マッサージ」は「癒し」効果もあり、まさにストレス解消にはピッタリの方法である。

 「按摩指圧マッサージ」の目的は、「疲労やストレスにより硬結した筋肉を緩めることにより、血液循環を促進し、痛みやしびれなどの不快な症状を緩和する」という働きがある。では本題の「ストレスは、どうして血液循環を悪くするのかを考えてみたい。ひとつには、身体の仕組みから考えると、筋肉というのは、「アクチン」と「ミオシン」という二つの細胞繊維から成り立っている。筋肉が収縮するときは、ミオシンがアクチンの細胞繊維の中に重なるようにして入っていく。また逆に筋肉が伸展する時には、ミオシンがアクチンの細胞繊維の中から出て行く。それらの繰り返しで私たちの筋肉は、収縮と伸展を繰り返し、関節の曲げ伸ばし運動が可能となっている。ところで「ストレス」が身体の中で働くと人間の身体の筋肉はどうなるかというと、「収縮」するのである。つまり、アクチンとミオシンはピッタリ重なり合い、隙間のない状態になる。そこに持ってきて「乳酸」という疲労物質が、その隙間を埋めるように二つの筋肉繊維をベットリとくっ付けてしまう。これが、まさに「凝り」という状態。筋肉の「硬結」「拘縮」といった状態なのである。これが、私たちが、疲労やストレスに負けたときの身体の状態なのである。こうなると、細胞繊維といえども命あるものは「血液」によって栄養されているわけだから、運ばれてくる血管をも圧迫し循環を妨げてしまうという道理も理解できるであろう。

 もうひとつの理由がある。二つ目の理由は、血管の中の「血液」そのものにある。人間の生理(身体の働き)は、何も物理的な運動で変化が起こるばかりではない。「ストレス」という精神的な要因でも身体に及ぼす変化は、計り知れないものがある。ストレスは、血液の中に活性酸素物質を生じさせる。「活性酸素物質」といえば、人間を病気にさせたり、老化させていく原因となる物質である。血液の中にこの活性酸素物質が増えると、体内に酸素を運ぶ働きを持つ「赤血球」の表面の膜を硬化させ、ちょうどお菓子の「コンペイ糖」のようなでこぼこした形に変化させるのである。当然、こんな「赤血球」が血管の中を通れば、流れが悪くすぐにつかえてしまうのは、目に目いている。これが、もうひとつの血液循環を悪くさせている原因なのである。

 もちろん、その反対の現象も考えられる。そのためには、身体の中の血液循環をよくすることが、血液の中の「活性酸素物質」を減らす一番の方法である。そのためには、適度な運動が一番である。病院などでお医者さんがよく「歩きなさい」というのは、そうした悪循環を断ち切るための最良の改善策なのである。ところが、現実的に、仕事を抱えたサラリーマンや毎日労働に疲れ果てた現代人は、「歩く」ということさえできない程、疲れきっている。だからせめて一時的でも人の力を借りて、「按摩指圧マッサージ」により悪循環を断ち切ってほしいのである。健康な道を選ぶか、または、病気の道を選ぶか。道はふたつにひとつ。そのどちらを選ぶかは、あなたの選択にかかっている。


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 世の中には、営利主義という言葉がある。仕事としてやるからには、利益を追求する。利益が生まれないものには投資をしない。投資がなければ、仕事は成り立たない。これは、当然な法則だろう。仕事としてやる以上、食べていけなければ、やる意味がない。ところが、世の中には、お金にならなくても、やらなければならない仕事というのはたくさんある。報道機関だったら、正しい事実、「真実」を読者に伝えること。そういうことが必要である。新聞はどうか?毎日、事実を伝えているではないか?そう思う方がいれば、それは、少しおめでたいような気がする。新聞も何新聞かにより報道内容に大変な違いがあることは、同じ記事を比べてみれはすぐわかることである。スポンサーが誰であるか?広告はどこから取ってくるのか?でも、報道の内容は少しづつ変わってくる。増してや雑誌や週刊誌などは、新聞以上に内容に対して制作者の意図が働く。雑誌にも売れなくてはならないという制約がある。また書くことで利益が生まれなければ、出版は、終わってしまう。そういう意味で、事実を事実として報道することの難しさは、大変なことだと推測される。この「週刊金曜日」という雑誌は、私の知る限りでは、最も社会の事実を遠慮なく暴いていく日本で唯一の雑誌だと思っている。<編集委員>は、本多勝一、故筑紫哲也、椎名誠、佐高信、落合恵子、石坂啓。このメンバーが、表岩となって、報道の自由、読者に事実を伝える良心を貫いている。聞けば『週刊金曜日』は企業の広告なしに独立して出版されているという。こうした企業から独立した週刊誌だからできたことであろう。

 また、著者の浜六郎氏は。内科、免疫学専門の医師である。1979年に病院を退職して2000年にNPO(特定非営利活動)法人医薬ビジランスセンターを設立した。薬がもたらす薬害から目を背けることができなくて、医者としての正義を貫かれた人である。医師がこのような本を出版するということは、どれほど外部からの圧力があったことだろう。ましてや、このように薬の実名を挙げて、批評するということは、企業の営利に反すること。ましてやそれを認可した、国の機関、厚生労働省をも敵にまわすことになりかねない。しかし、著者は、それを覚悟の上ではじめられたことだろう。これは、私たちが考える以上に大変なことなのである。そこには勇気と正義感に裏付けられた医者としての使命感があることが容易に想像できる。本当に、お医者さんの中にもこんな立派な方が、まだいらっしゃたことが大変嬉しいことだといえる。改めて、この本の著者と出版社に敬意を表したいと思う。

 世の中には、「正しい」と思っていて「正しくない」ことがいくらでもある。また、「正しくない」と思われていることでも「正しい」ことはいくらでもあるだろう。そういう意味で、信念が盲信にならないことを祈る。こと身体と健康に関することで、間違った知識は、本当は、許されることではない。と、私は思う。この本に少しでも興味のある方、薬の知識が必要な方は、是非この本を購入して良く読まれるといいと思う。今回は、季節柄、「インフルエンザ」と「風邪」の薬害について、少しだけだが、浜六郎氏の「のんではいけない薬」から引用してみることにする。
 

のんではいけない薬―必要な薬と不要な薬

浜 六郎 / 金曜日

薬といえる本物の「良い薬」と、薬とはいえない「毒」になりやすい「物質」、あるいは「悪い薬」を、どのようにしてそういえるのかも含めて医師が解説。『週刊金曜日』連載を最新情報に基づき一部書き直して単行本化。



♣第1章 必要な薬と不要な薬

②薬で病気にさせられる

☆インフルエンザ予防にワクチンはいらない

 毎年、マスコミや医師会、厚生労働省あげて「インフルエンザこわくない」キャンペーンが繰り広げられ、ワクチンの接種が勧められています。「インフルエンザで老人が死亡」「インフルエンザ脳症で小児が死亡」というように、インフルエンザのこわさが強調され、「インフルエンザにかからないためにワクチンを」「かかればすぐに病院に行って検査をして特効薬を」と、薬を使わせるキャンペーはすごいものです。しかし、ワクチンが予防に効くというデーターはありません。
 インフルエンザとは、「流行性感冒」という名前が示すように、風邪の一種です。「風邪くらいでは仕事を休めないから、明日までに治したい」と、解熱剤をつかって無理やりに熱を下げるのが一番良くないのです。
 インフルエンザには、大きく分けてA、B、C型の三種類のウイルスがあります。一般的なかぜよりも症状がやや強いのがA型で、症状も感染力も強いですが早く治ります。C型はほとんど流行することがなく、症状は軽いものの、長引くことが多い。B型は流行しない年と、する年があり、症状の強さや経過はAとCの中間くらいになります。
 つまり、B型やCがたはふつうの「かぜ」なみで、A型が「かぜ」としては少々強いということになります。強いといっても、解熱剤で熱を下げて仕事を続けるというような無理をしなければ、ふつう重症になることはありません。重症化して死亡している場合、その多くは抗炎症作用の強い解熱剤のせいなのです。

☆解熱剤で下げるとかぜは治りにくい

 これまで述べてきたように、とにかく肝心なことは、ふだん、よほど健康状態や栄養状態が悪くないかぎり、「かぜ、インフルエンザにかかってもこわくない」という自信を持つことです。
 かぜウイルスは冷たいところが好きですから、熱はウイルスや細菌をやっつけるための重要な防御反応になります。「さむけ」や「ふるえ」は、低すぎる体温を「上げよ」と「脳」が指令した結果、筋肉が収縮するからです。こうして苦労して熱を出すと、かかった本人もしんどいですが、かぜやインフルエンザウイルスはもっとしんどい。せっかく上がった熱を解熱剤で無理に下げると、一時は楽ですが結果的には逆効果になります。

☆抗炎症解熱剤はかぜより危険……………

※ということだとすると、「なるべく風邪薬はやめておこうか」ということにならないだろうか?!
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 もう風邪のシーズンは、過ぎたようだが、毎年冬になると風邪が猛威を振るう。学校では集団風邪を防ぐために「学級閉鎖」などの対応策をとる時がある。ましてやインフルエンザなどは、欠席扱いではなく、出席停止扱いとなる。つまり学校には来ては行けない。ということになっている。今日は少し風邪について考えてみたい。風邪を引くと、身体にどのような症状が起こるだろうか?考えられることをあげてみる。頭痛、咳、クシャミ、腹痛、下痢、嘔吐、ふるえ、寒気、関節痛、のどの痛み、発熱など。いろんな症状が考えられる。では、風邪をひいた時は、あなたならどのように対応するだろうか?薬局で風邪グスリを買う。病院に行く。葛根湯を飲む。身体を温めて寝る。休む。ざっとこんなところだろうか。ではそれらの是非を考える前に、「どうして、人は風邪を引くのか?」を考えてみたい。そんなことを言われなくても、もうわかっているという人がほとんどだろう。でもわかっていながら、人はよく風邪を引く。そこで、あえて「どうして、人は風邪を引くのか?」考えてみたい。

 風邪は、うつるもの。と考えると、細菌が、身体に入りそのことが原因で、あらゆる風邪の症状が引き起こされていることがわかる。特にこの細菌感染は、目や鼻や口が考えられるが、意外や目から感染することが多いのだそうだ。そのために、外から帰ってきた時には、うがいや手洗いをするという予防が大切だと言われているのはそのためである。でも、同じ細菌が原因でも、風邪をひきやすい人と引きにくい人がいるのはなぜだろうか?子供やお年寄りなどのように体力がない人が風邪を引きやすいことは確かだが、かといって体力があったら風邪をひかないかというと、そうとばかりは言い切れないところがある。というのは、一流のマラソンランナーでも風邪はひく。お相撲さんだって、プロレスラーだって野球の選手だって風邪を引く。そういうことを考えると、風邪は、誰でもひく可能性があることがわかる。そういう私も風邪はよくひいた方である。特に最近では減ってきたが、よく子供の頃や若い時に風邪を引いた。自分なりにその原因を考えた時、「栄養。疲労。休養」の3つのバランスが極端に欠けていた時に風邪にやられることが多かった。つまり、「どうして、人は風邪を引くのか?」これを医療の立場から考えると、こういうことになる。風邪には、外因と内因があって、外因はもちろん「風邪の細菌」。内因は、栄養、疲労、休養のどれかの欠如による、免疫力=自然治癒力の低下が原因である。そして、後者が原因であることが多いといえる。

 また、いつもの通り長い前置きになってしまったのでそろそろ本題に入ることにする。それにしても「人は風邪を引くと必ず発熱するのはなぜだろう?」あまりそんなことを考えたことがないから、わからない人が多いかもしれない。そういう私も、医療の専門学校に行く前は、知らなかったことだ。いや考えてもいなかったことだったかもしれない。どうして熱が出るのかを考える前に、どうしたら、熱をとるかを考えた方が余程実利的だからである。だから、このことを知った時には、少し驚いてしまったのである。それは、「細菌」というのは、熱に弱いから。だから、身体はそれを知っていて、あえて、身体の中に侵入してきた「細菌」に闘いを挑んだわけである。考えてみれば人間の身体は実に良くできている。風邪の諸症状を振り返ってみると、そのひとつひとつに原因がある。頭痛や腹痛やのどの痛みは、それぞれ、細菌がどこに侵入しているかがわかる。痛みは、異状や助けを求める警告である。クシャミや咳は、一生懸命に肺を守るために気道や気管支に細菌の侵入をくい止めようとしている。嘔吐や下痢は、消化吸収を止めて、細菌を身体の外に排出するための行為。寒気がなぜおこるかといえば、細菌の侵入により脳や大切な器官を守るために局部的に血液を集めたためである。震えが起きるのは、身体の体温を上げるための活動の始まりを意味する。それぞれに、身体を守ろうとして、必死に免疫機能が働いていることがわかったのである。私はこれらの身体の働きの意味について教えられた時は、驚きを通り越して「感動」してしまった。本当に、「人の身体はすごい!!」「神様は、本当に素晴らしい生理機能を私たちに与えてくれた」と改めて自然治癒力の存在に敬意を感じたのである。

 しかし残念なことは、多くの人がその事実に気がついていないということだ。せっかく身体が、全力で病気と闘っているのにそれに対してあまりにも理解がないということだ。たぶん、風邪をひいた時の対応は、ほとんどの人が、投薬にたよっているのではないだろうか?風邪薬は、一般的に強いといわれている。風邪薬のほとんどが、鎮痛解熱剤である。しかし、これらは先ほどからの身体の生理(身体の働き)反応や免疫反応にたいしてどのように働くのだろうか?考えてみてほしい。まるで反対だということがわかるだろうか。せっかく、身体を守ろうとして働いている免疫機能に対して、それをさせないようにしているのが、残念ながら現実に行われている医療なのである。その結果、せっかく上がった熱を解熱剤で無理に下げると、一時は楽になるが結果的には逆効果になることも十分あり得るのである。よく風邪をこじらせてしまったということを聞くが、その原因は、薬が原因であったことも十分あり得る。それどころか、風邪薬は、強いので薬を使うことが、副作用をよんだり、間違いなく自己免疫力の低下を起こす原因ともなる。もうこれだけいえば充分のような気がするが、これは風邪に対してだけではなく、私たちにおこった様々な病気に対しても同じようなことがいえる。本当に、あなたの投薬は間違ってはいないだろうか?薬に対する過信、盲信はないだろうか?見直していただきたい。


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 今日も侍ジャパンが頑張った。みんなすごい。実力ナンバー1のキューバに連勝。しかも完封試合。これで明日の韓国戦もはずみがつく。「侍ジャパン」誰がつけたメーミングだろうか。なぜか選手の顔が、本当に侍のように見えてくるから不思議だ。でも日本は、これだけの選手を集めているんだからみんな本物の「侍」だろう。明日がまた楽しみになった。ところで、「サムライ」といえば、私の行っている温泉にも「サムライ」がいる。名付けて「サウナ侍」だ。本当に、こちらも「サムライ」の名に恥じない立派な侍なのだ。なぜ、私が「サウナ侍」と名付けたのか、しばらくお付合い願いたい。

 私は、正直いって、若い頃あまりサウナに行ったことがなかった。だから、この異常とも思える高熱。98度くらいの場所に、人が長く居れるというのは考えられなかった。初めの頃は、7、8分くらいが精一杯だった。もちろんその間には、汗はびっしょり、心臓はバクバク。とても、こんなところにじっと我慢しているなんて考えられなかった。ところが、そのサウナに、何回も入っている人がいる。つい聞き耳を立ててきいていると、「今日はこれで、5回目だ」とか言っている。初めは信じられなかったのがよく見ていると、本当に水をかぶって水風呂に入り、また、サウナに入っていく。また、サウナから出ると、水をかぶっては水風呂に入っていくではないか。どうやら、本当に、4、5回は入っているようである。時間にして約1時間程。あの100度近い温室にたたずんでいる。そんな強者(つわもの)が、この温泉には何人もいるようである。まさに、「サウナ侍」なのである。彼らは1回のサウナに12〜15分くらいは入っている。狭いサウナの一室には、2段の腰掛けるところがあり、その狭い腰掛ける場所に、足を組み、まるで座禅をしているかのようである。この姿が何とも言えない程カッコいい。特に、両手を開いて、上に向けて、膝の上にきちんと置く姿は、まさに修行僧か、修行しているサムライそのものだ。タオルは、頭にかぶる人も入れば、前を隠している人もいる。タオルの使い方は、まるで、思い思いの千差万別の様子であるが、みんな汗をかきながら、じっと我慢している様子は、「サムライ」そのものである。あまりの熱さにかすかに喘ぎ声の人もいるが、そこをじっと我慢する様子も、またサムライらしい。これで、私が「サウナ侍」と名付けた意味が分かってもらえただろうか。
 
 実は、私も最近、「サウナ侍」の一人に入れてもらうことになった。最初は、先輩たちにできて自分にできない訳がない。少し意地を張っての挑戦だった。初めは、あまり熱くない、2段目の腰掛けに席を取った。そしたらどうだろう。汗をかくわりには、あまり熱さを感じないのだ。充分10分でも15分でもいられるではないか。そのようにして高温に少しずつ身体を慣らしていくと、意外と、すぐに身体は適応するようになった。私も水をかぶり、水風呂に入った。よく冷えたところで2回目に挑戦。そうすると次の回は、上の段の席でも平気で15分くらい居られるようになった。2回3回と回数を延ばすと4回くらいでも平気になった。約15分を4本。時間にして約1時間位。それ以上は試したことはないけど、これで、私も立派な「サウナ侍」に仲間入りした訳だ。サウナも水風呂も実は、汗をかいたり体温調整をすることから、自律神経の訓練にはとてもよいことは確かである。それに、老廃物を身体から出すということは、とりもなおさず、「毒素」を排出することに他ならないからだ。だから、前にもあげた私の「花粉症」対策(「散歩。湯たんぽ。温泉」)にも十分対応すると思っている。その延長線の対策なのだと考えるわけである。今のところこれは、相当な効果を上げていると考えている。まだ花粉症を克服した訳ではないので、あまり多くを語るのは避けたいが、今年は、抗アレルギー剤や抗ヒスタミン剤はもちろん。漢方薬の服用もしないで3週間、今は4週間目に突入している。確かに、正直言うと今年も、相当にアレルギー反応が私を苦しめた。幾度か止めて、せめて漢方薬くらいは、と思わない日はなかった。しかし、ここまで私が、頑張れて来れたのも、ひたすら「自然治癒力」を信じて、「散歩。湯たんぽ。温泉。サウナ」を続けてきたからだとも言える。今日は、WBC「侍ジャパン」の応援で、私は「サウナ侍」にはなれなかったが、この自己流の花粉症対策は、しばらく続けてみるつもりである。
 
 私の「サウナ侍」ウオッチングは、これからも続く訳だが、少しづつ私の「侍」評価も厳しさを増している。それは、「侍ジャパン」の選手と同じ「侍」を名乗る以上、「侍」定義の基準をもう少し高くしなければならない。やはり、お腹がメタボでは、どうかなあと思うようになってきたからだ。いくらお腹周りが大きい選手はいても、彼らはメタボではない。私の周りにいる「サウナ侍」は、60代、70代の大先輩方である。しかし、とはいえ、私も仕事柄か、人間観察が鋭くなり、お顔の表情や体型で、その方が、どのような人生の生き方をされてきたのか、いくらか推測がつくようになってきた。やはり、「侍」は、たとえ人生の終盤が近づこうとしていたとしても、最後の最後まで、修行を投げ出してはいけない。「武士は食わねど高楊枝」。このくらいの気構えで、修行とは言わないにしても、現代人としての修行である「健康道」の道を歩んでほしい。でもいるいる、本当の「サウナ侍」が!!お見受けしたところ、70代くらいの先輩なのだが、お腹もすっとしているし、姿勢がシャキとしていて、何よりも表情が素晴らしい。私は最近では「サウナ侍」という時は、この大先輩をイメージすることにしている。私もこのような「サムライ」を目指して精進したい。幸いなことに、私は最近ようやくメタボを卒業して、もう少し頑張れば、きっと見た目だけは、「サムライ」の仲間になれそうである。しかし、いつかは、本物の「サムライ」を目指して、今も日本国中にいる本物の「侍ジャパン(サムライ魂を持った日本人)」の一人として名乗り出てみたい。それがいまの私の夢であり目標である。


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※これからの治療院経営の参考にしたいと思います。もしよろしければ、アンケートにお答えください。


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※このアンケートは、これからの治療院経営に役立てるために、参考にしたいと思います。あん摩、マッサージ、指圧については、違いがあまりよくわからない。という方が多いのではないかと思われますので、参考までに、簡単にその違いを説明させてもらいました。

♣あん摩、マッサージ、指圧とは、どのように違うのか?

 あん摩、マッサージ、指圧とは、それぞれの技術者(施術者)の手や指で、以上な生活現象を現している身体に対し、6つの力学的刺激(押し、揉み、さすり、たたき、震わせ、引っ張る)を与え、その刺激の強弱によって身体の持つ恒常性維持機能を反応させて、健康状態を継続・増進させる刺激的療法です。
 あん摩、マッサージ、指圧はどの方法も「手で身体の状態を診ながら、悪い部分を発見して治療する」ことを共通とした刺激による療法ですが、それぞれの手技・手法に違いと特色があります。

☆あん摩の基本手技

 中国から伝わったあん摩は、鍼、灸療法とともに東洋医術の一分野として発展した療法です。あん摩の(あん)は「押さえること」で、瀉(しゃ)法を意味し、摩は「撫でること」で補(ほ)を意味します。この2つを合わせて『補瀉(補瀉)』と呼びますが、瀉とは「注ぐ」、補とは「補う」という意味です。病気などの時にはこの按摩という補瀉の法で血気の流れを正しくし、疾病を治療に導いたのが、古来のあん摩です。
 現在のあん摩は「揉捏法(押し、こね、つまみ、搾るように揉む方法)」を主とした、指による圧刺激で、一定のリズムで力や技を変化させて、複雑的な圧力となって作用させます。
 薄い服から上から施術を行い、身体の中心部から抹消の方向に向かって筋肉の硬結を取り除き、筋組織の循環を回復させるのが目的です。

☆マッサージの基本手技

 ヨーロッパで生まれたマッサージは現代医学の学理が基本になっており、循環系の構造と機能が重視されます。動脈間によって身体の末端組織まで行き渡った血液は、今度は静脈間を流れて再び心臓に戻ります。しかし、動脈間に比べて弾力に乏しく、壁も薄い静脈間は血液を送り出す力が弱く、心臓が拡張しただけではなかなか戻りにくいのです。そのために下肢や上肢の筋肉が運動によって収縮・弛緩するのを利用して、血管を圧迫したり緩めたりして血液が心臓に戻るのを助けています。リンパ管も静脈管と同じような構造ですから、リンパ液は身体の末端から中心に向かって戻るときの方が難儀なのです。
 マッサージはこの血液やリンパ液が末端から心臓に戻ることを促すのが目的の手技療法で、「軽擦法(撫でる、さする方法)」、「揉捏法」などを身体の末端、つまり上肢の場合は手先から、下肢の場合は足下からそれぞれ身体の中心である心臓に向かって行います。
 施術時には皮膚に直接、オイルなどの滑剤を用いて行います。

☆指圧の基本手技

 指圧はあん摩の按法(押さえる手技)が日本で独自に発展した療法で独自に発展した療法で、薄い衣服の上から、身体に表れる反応点を対象に、主として「押圧法」によって刺激を与えます。力学的刺激の度合いの加減に変化を与えて、神経や筋の機能を調整するのが目的です。
 単一の圧迫手技が基本で、一点圧、断続圧、持続圧、断続加重圧、刺激(軽・中等度・激)など圧法の形式に変化を待たせて複合圧として応用します。

※以上の文章は、「あん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師になろう」オーエス出版の中から「あん摩、マッサージ師、指圧とは?」の文章を引用しました。


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ああ正負の法則

美輪 明宏 / PARCO出版

この地球には、<世にもおそろしい法則>があります。
この本は、その<法則>を理解し、<生活>に取り入れて、上手に生きていくための<人生カンニングペーパー>です。


 美輪さんの昔からのファンだった。最近では、テレビで「オーラの泉」を時々見ている。この本は、三輪さんの本で初めて読んだ本である。専門学校時代の私の大好きな先生がHPで、この本を紹介していたのがきっかけである。本の題名も「正負の法則」ということで何かピンとくるものがあった。読み始めてみて、最初のたった6ページでこの本にシビレてしまった。こんなにもわかりやすい言葉で、しかも簡潔に真理が語られる本なんてそうそう滅多に出会えるものではない。やはり、私がすごいと感じていた三輪さん。ただものではないと思った。それでは私がシビレた「最初のたったの6ページ分」を引用し皆さんに紹介することにしよう。

♣はじめに

☆《正負の法則》は地球そのもの

 この地球の出来事はすべて<正>と<負>によっているのです。
 たとえば、
<昼>と<夜>
<日向>と<陰>
<陰>と<陽>
<北>と<南>
<男>と<女>
<天使>と<悪魔>
 あげていくと、きりがありません。
 地球が全部南だけで、暖かいだけだったら、これは<正>だけでしょう。月のように冷たかったら、<負>だけでしょう。しかし、地球というのは何から何まで<光>と<陰>なのです。

 雨の日があれば、必ず晴れの日が来ます。火星のように晴れっぱなしででもありませんし、水だらけというわけでもない。陸地があれば海がある。苦しみがあれば喜びがあるのです。

《正負の法則》というのはこの地球の法則なのです。

☆天界族と魔界族

 地球は魔界と天界の境界線に浮いている場所で、両方が縄張り争いをしている場所なのです。

 この《正負の法則》に反して、<正>ばかりだったら、それは天界の法則で、地球の法則に反するのでこの世にいられなくなるし、<負>ばかりで悪いとこばかりだと、今度は魔界から呼ばれるのです。地球上でずっと長生きしたければ、魔界の<負>の部分と天界の<正>の部分を上手に、自分自身で納得して、その両方のバランスをとりながらそれを保ち続ける、それがこの地球上で長生きできる方法なのです。

 だから、人を見たときに、魔界族と天界族を瞬時に見分けるようにするとよいでしょう。そうすると魔界族に対して嘆いたり腹を立てずにすみます。「これは魔界から来ているんだ。だから、こういう人なんだ」と思えますから。自分と同じ種族の人間だとと思うから腹が立つのです。裏切られたと思ったり、「なんてやつだ」と思ったり、そういうことが出てくるでしょう。「なんてやつだ」ではなく魔界族なのです。初めから「なんてやつ」なんですから、それならば腹も立たない。「これは魔界族から来ているんだから、天界族じゃないんだから、自分たちとは違う種族なんだ」ということで、あっさり割り切れば腹も立ちません。信用したり期待したりしなければ裏切られることもないのです。それを頭に入れておくと、意外と対人関係が楽になります。そして、これは魔界族だな、ということがわかっているから、冷静に対処して、はじめから近づかないか、つき合っても距離をおくから簡単に側を離れることができるのです。 
 
 これは嫁姑の家庭問題から、職場での対人関係の諸問題の時にも、政財官界の連中を見分ける時にも、恋愛の時にもすべて当てはまります。 

 世の中には、骨の髄まで<悪>でできている人がいるのです。マスコミを悪事で賑わせている人などは、ほとんどそうです。そういう人はあらゆる面で強力な魔力を持っています。なまちょろい世間知らずで無罪病の裁判官や弁護士や人権屋さんたちには想像もつかない魔物です。彼または彼女たちには、反省か懺悔などという成分はひとかけらもありません。実際そういう魔物はいるでしょう。注意しましょう。
 ですから、実行しないは別として、一応それを<のさばらせない>ようにするためには、予防ブレーキとして死刑も終身刑も必要なのです。今の日本は初めからブレーキのない暴走車なのです。
  
 参考までに魔界人の見分け方をお教えしておきましょう。
 まず、一目見たときの第一印象がひんやりした感じ、凶々しい、闘争的、自己中心的、傲慢な感じ、陰険、陰湿、ヌメッとした蛇のようで、どことなく暗い。暗いくせにエネルギィッシュ。強欲、すべてに貪欲、何にでも妬み、そねみ、ひがみ、悪口ばかりを言う人、等々です。テレビのワイドショーなどよくシャシャリでている人たちの中にも、この手合いが沢山います。さて誰でしょう。当ててみてください。


※どうですかこの軽快な口調、美輪さんという人は、本当に人間関係で苦労されてきた方だということがよくわかった。それに素晴らしい洞察力。表現力の持ち主だ。私たちのように「東洋医学」というより「東洋哲学」を少しでも勉強してきた人間なら、この文章がすぐに理解できると思う。「陰と陽」の考え方そのものだからだ。でも美輪さんのように「魔界族」と「天界族」に発展して考えられるのは本当に驚いた。でも確かに地球という現世は、まさに「正と負」、「陰と陽」、「天使と悪魔」が共存するところ。だからこそ、この世で修行することができるというものなんだろう。でも、私たちの周りにも、魔界人と天界人が本当にいるね。しかもよく注意してみるとあなたの、ごく身近なとことにもいるかもしれない。しかし、美輪さんの言葉で、本当にかえってスッキリした。また、楽にもなった。「もうこれ以上、人間関係で悩むのはよしにしよう」とはっきり思えるようになったからだ。確かに「納得!」といった感じである。それに「魔界人の見分け方」もよく特徴が捉えられていて驚いた。これからは、私も失敗しないように、この親切な「人生のカンニングペーパー」を、もっとしっかりと使わせてもらおうと思った。


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