<   2009年 07月 ( 12 )   > この月の画像一覧

☆山口先生がマンスリーセミナーのために用意してくれた15枚に及ぶ膨大な資料
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 もし、これを読まれる方は、私が、以前に書いた「脊柱管狭窄症ではなかった」を先に読んでくれることをお勧めする。というのは、私のこの疾患に対しての捉え方に、大変な変化が生じたからである。私は、今までの考え方からすると、脊柱管狭窄症は、重度の疾患であり鍼灸マッサージの治療では、治癒することは無理であると考えていた。ところが、以前、医者から「脊柱管狭窄症」と診断された患者さんを治療させていただいたことがある。私はこの患者さんに指圧による治療を行った。ところが、治療が3回を重ねたころから、症状として訴えられていた「座骨神経痛」の症状がほとんど消えていたのである。私は、この患者さんに、「脊柱管狭窄症」に特徴的に見られる「間欠跛行」が、みられなかったことで医者の診断に「誤診」があるという結論を下した。しかし、それ以来、この「脊柱管狭窄症」にたいして何かこころに引っかかるものがあり、気になっていた。それが、先日の専門学校時代にお世話になった山口先生の「マンスリーセミナー」により、脊柱管狭窄症治療が可能であると思えるようになったのである。

 「脊柱管狭窄症」の好発年齢は、40代から、高齢者の男性に圧倒的に多い。また、加齢による骨の変性もあるということで、実は私の治療の及ぶところではないという判断を前々からもっていた。私たちのような鍼灸マッサージ師は、治療するのは、筋肉・神経・血管・リンパが対象である。それらの問題なら、治療の範疇であると考えている。しかし、骨の問題はどうもという考えが私の頭の中にある。そういうことから、今まで実際に、「脊柱管狭窄症」で問題の明らかに間欠性跛行のみられるような患者さんには、理由を説明した上でお断りしたこともある。ただ、「人を診る」のが私たち鍼灸マッサージ師の仕事。これでは、「病気を診て、人を診ない」お医者様と同じになってしまうではないか。という気持がどこかにあった。また、脊柱管狭窄症の患者さんの特にお困りの症状は、腰部脊椎狭窄症に関していうと、「腰痛」や「下肢痛(座骨神経痛・大腿神経痛・閉鎖神経痛)」などである。少なくてもこれまでの実績からすると、指圧による治療が、これらの治療に効果的であることは、明らかな事実である。だから、私の頭の中では、「脊柱管狭窄症」とは切り離し「腰痛」や「座骨神経痛」の治療を行う。という観点から、治療にあたらせてもらっていた。

 ところが先日、行われた山口先生のマンスリーセミナーで、問題の椎骨と椎骨の間にある「椎間円板」の「再生」が可能であることを知ったのだ。これは、いままで骨の問題として諦めていた私にとては、まるで天地がひっくり返るくらいの驚きであった。先生は、臨床において、「運動」を大変に重要視している。これは疾患を克服する上でとても大切なことである。その問題の「椎間円板」も椎骨の上下動による運動で起こるパンピング刺激により再生が可能であるといわれるのである。これまでも、「腰痛」や「下肢痛」のみられる患者さんの中に、運動で治癒した例があることはわかっていた。「走り始めるようになってから治った」とか、「最近、山登りを始めてから腰痛も座骨神経痛も治ってまったよ」というようなことは、よく聞いていた。しかし、これも椎骨の上下運動によるパンピング刺激であるといえる。つまり、骨の再生に、「カルシウム・ビタミンD・骨振動による刺激」が必要な条件であるように、「椎間板」にもパンピング刺激が必要ということである。少し過激ではあるが、上手に「歩く」「走る」などの運動を取り入れていくことで、椎間板の再生に多いに役立つことがわかっただけでも、大きな収穫であった。本当に、山口先生のいわれるように、「脊柱管狭窄症」も患者さんの努力次第では、治癒が可能な疾患であるかもしれないのだ。

 私は、早速頭の中で「脊柱管狭窄症」の治療をシュミレーションしてみた。まず、背中や腰部の拘縮を徹底的に取り除き、痛みや緊張を解いてゆく。特に腰部は、治療の要でもある。「脊柱起立筋」や「腸腰筋」の治療は、これまで通り徹底して行う。そして、「中臀筋」や「梨状筋」などの臀部の拘縮を取り除き、痛みや緊張を解いてゆく。「座骨神経痛」や「大腿神経痛」などの治療で痛みを取り除くことができたら、これで、治療も半ばを終了したことになる。これからが、「椎間板」の再生に向けてのプログラムが、開始される。私が、運動を治療に取り入れたいと考えているのは、以前このブログでも紹介した「トランポウオーク」である。実にトランポリンを使って、歩く運動は、体重の60%を吸収してくれるため、この種類の治療にはもってこいの運動である。しかも、「トランポウオーク」は、姿勢の矯正に大変に役立つ運動であるため。「椎間板」の再生には、これ以上の運動は、他には考えられない。無理なくこの運動と指圧の治療を平行していくことで、おそらく患者さんの身体には、「椎間板」の再生という大変な進化が見られることであろう。私の胸は高鳴る。私は、もし患者さんが希望されるなら、ぜひこの治療をやってみたいという気持がある。患者さんと治療者が、二人三脚で取り組むこの治療には大変な価値があると思っている。


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世界がもし100人の村だったら

池田 香代子 / マガジンハウス


 今日は、特定検診に行ってきました。そうしたら、医院の中にこのような「世界がもし100人の村だったら」というコピーが壁にかけられていました。何年かぶりに、ずいぶん久しぶりに、この文章を読みましが、やはり、改めて考えさせられてしまいました。早速、家に帰って、インターネットで調べてみたところ、すぐに見つかりました。やっぱりあるんですね。よろしければ、ご覧なってください。最後の方で少しだけ、私の感想を述べさせれもらうことにします。

☆【世界がもし100人の村だったら】

翻訳者:中野裕弓(なかのひろみ)

もし、

現在の人類統計比率をきちんと盛り込んで、
全世界を100人の村に縮小するとどうなるでしょう。

その村には・・・

57人のアジア人
21人のヨーロッパ人
14人の南北アメリカ人
8人のアフリカ人がいます

52人が女性です
48人が男性です

70人が有色人種で
30人が白人

70人がキリスト教以外の人で
30人がキリスト教

89人が異性愛者で
11人が同性愛者

6人が全世界の富の59%を所有し、その6人ともがアメリカ国籍

80人は標準以下の居住環境に住み
70人は文字が読めません

50人は栄養失調に苦しみ
1人が瀕死の状態にあり
1人はいま、生まれようとしています

1人は(そうたった1人)は大学の教育を受け
そしてたった1人だけがコンピューターを所有しています

もしこのように、縮小された全体図から私達の世界を見るなら、相手をあるがままに受け入れること、
自分と違う人を理解すること、そして、そういう事実を知るための教育がいかに必要かは火をみるよりあきらかです。
 

また、次のような視点からもじっくり考えてみましょう。

もし、あなたが今朝、目が覚めた時、病気でなく健康だなと感じることができたなら・・
あなたは今いきのこることのできないであろう100万人の人たちより恵まれています。

もしあなたが戦いの危険や、投獄される孤独や苦悩、あるいは飢えの悲痛を一度も体験したことがないのなら・・・
あなたは世界の5億人の人たちより恵まれています。

もしあなたがしつこく苦しめられることや、逮捕、拷問または死の恐怖を感じることなしに教会のミサに行くことができるなら・・・
あなたは世界の30億人のひとたちより恵まれています。

もし冷蔵庫に食料があり、着る服があり、頭の上に屋根があり、寝る場所があるのなら・・・
あなたは世界の75%の人たちより裕福で恵まれています。

もし銀行に預金があり、お財布にお金があり、家のどこかに小銭が入った入れ物があるなら・・・
あなたはこの世界の中でもっとも裕福な上位8%のうちのひとりです。

もしあなたの両親がともに健在で、そして二人がまだ一緒なら・・・
それはとても稀なことです。

もしこのメッセージを読むことができるなら、あなたはこの瞬間二倍の祝福をうけるでしょう。

なぜならあなたの事を思ってこれを伝えている誰かがいて,
その上あなたはまったく文字の読めない世界中の20億の人々よりずっと恵まれているからです。
 

昔の人がこう言いました。 わが身から出るものはいずれ我が身に戻り来る、と。

お金に執着することなく、喜んで働きましょう。

かつて一度も傷ついたことがないかのごとく、人を愛しましょう。

誰もみていないかのごとく自由に踊りましょう。

誰も聞いていないかのごとくのびやかに歌いましょう。

あたかもここが地上の天国であるかのように生きていきましょう。



☆ひとこと感想

 この話は、『朝日新聞』2001年10月27日の「天声人語」に紹介されたそうです。原点は、「世界がもし1000人の村だったら」だったようですが、更に詳しく知りたい方は、以上のようなタイトルで検索してみてください。その頃私は、中学校で教師をしていました。私がこの話を知ったのは、確か池田香代子さんの「世界がもし100人の村なら」というタイトルの本でした。やっぱり今日感じたような感動があり。道徳の授業を使って、中学生の生徒達に投げかけてみました。もうその時の授業については、忘れてしまいましたが、その時の私は、なるべく高いアンテナをもって世界の状況をつかもうとしていたことを思い出しました。それから長い年月が経ちました。今の私も、なるべく世界の状況を把握しているつもりでしたが、やはり、今の生活に追われてしまって、自分のことだけしか考えてないことに、改めて気づかされました。この文章に再会できたのは、私への、何かのメッセージなのでしょうか。


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漢方養生法完全ガイド―漢方2009 ”未病”も”現代病”も漢方が効く! (週刊朝日MOOK)

朝日新聞出版


☆近くの本屋さんから買ってきた「漢方養生完全ガイド」を開いたところ。
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 最近では、本屋さんに行くと、このような「漢方」とか「東洋医学」に関する本を、たくさん目にするようになってきた。この雑誌ももうだいぶ前に発売されているが、ページを開いてみると、図解でとてもわかりやすい解説が書かれていた。このように民間レベルでは、東洋医学が急速に見直されている。

 この絵は、西洋医学と東洋医学、その健康観の大きな違いを描いたもの。「症状が数値に表れないと診断できない西洋医学」に対して「未病を治し、病気にならない体をつくる東洋医学」と書かれていた。「未病」という概念が、西洋医学と東洋医学の違いを大きくわけている。「最近どうも体の調子がおかしい?」「体がだるい」「疲れやすい」「肩が凝る」「腰が痛い」「頭も重い」「お腹が痛い」そういう確かな症状がありながら、病院に行く。しかし、検査の結果、異常がないと見るや、病名の診断がおりない。病名がつかない以上、これは、治療の対象から外されても仕方がないのである。しかし、患者からしたら、「大丈夫です」といわれても、「実際に、辛いもの、は辛いし」「痛いものは、痛い」「大丈夫です」といわれても納得がいくわけがない。それとは逆に、多少辛くても、少しくらい痛くても、我慢していて、病院に行った時には、即入院。即手術。という事もあり得るわけで、「なんで、異常に気づいたらすぐに病院に来なかったんだ」と医者からお説教をされないとも限らないのである。何とも病院という所は、割に会わないところだろう。そんな気がしてならない。

 そこに行くと東洋医学の「未病」という考え方は、本当に理にかなっているといえよう。「健康」な状態でもなければ、「病気」でもない状態。というのは確かに存在する。そして何でも病気になり始めは、疲れやすかったり、頭が重かったり。肩が凝ったり。という具合に些細な自覚症状から始まる事は確かなのである。何事もそうだが、火事になる前に、火は、消しておくに限る。「大事に至る前の小事」こそに重要な価値があるのである。確かに、西洋医学に、予防医学がある事はあるが、東洋医学のように徹底して「事の大小に関わらず」誰もが、治療の対象になるような、医療はないだろう。そういうところが、現代にあって見直されている大きな特色のひとつであろう。

 しかし、残念な事がある。「未病治」は、「東洋医学」の専売特許といいながら、この雑誌が示すように、「漢方」といえば、「漢方薬」を示している。いずれ来るべき時代の「統合医療」の土俵に、まだ、「鍼灸マッサージ」が、取り入れられ方が少ないのが残念である。西洋医であろうと積極的に「漢方薬」を処方するお医者さんは増えてきているが、残念ながら、「東洋療法」を医療に取り入れてやっていこうという方向性は、まだまだ、アメリカなどの先進国に比べると少ないように思える。そういう事が、今日の日本の医療の進歩の妨げになっている。


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☆福沢諭吉の「心訓七則」

 1、 一、世の中で一番楽しく立派な事は、一生涯を貫く仕事を持つという事です。

 2、 一、世の中で一番みじめな事は、人間として教養のない事です。

 3、 一、世の中で一番さびしい事は、する仕事のない事です。

 4、 一、世の中で一番みにくい事は、他人の生活をうらやむ事です。

 5、 一、世の中で一番尊い事は、人の為に奉仕して決して恩にきせない事です。

 6、 一、世の中で一番美しい事は、全ての物に愛情を持つ事です。

 7、 一、世の中で一番悲しい事は、うそをつく事です。


「出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より
「福澤心訓」(ふくざわしんくん)は福澤諭吉が作成したとされる7則からなる教訓である。「福沢心訓」、「福沢諭吉翁心訓」、「福沢心訓七則」、「諭吉心訓」、「心訓」、「七則」などとも呼ばれる。実際は福澤の作ったものではなく、作者不明の偽作である。
成立 「福澤心訓」は作者不明の偽作であるため、いつ、誰が、何の目的で作成したのか不明である。……」

 皆さんはこの名言をご存知でしたか。この有名な格言は、いろんなところで使われているようだ。私がインターネットで、この名言を調べるたところ、経営者を育成するための会社でも、これを使用していた。よい経営者を育成するため、この言葉が生かされるようである。しかし、それは、経営者に限られたことではない。坊さん・教師・医者などすべての聖職に携わる人が、教訓として座右の銘にしたらいいなあと思われる格言だといえよう。というのは、私が、この「心訓七則」を意識しはじめたのは、師匠の治療室におじゃました時に壁に掲げてあったのを目にしたからである。それ以来、この名言は、師匠が無言で私に諭してくれているような気がして、意識しだすようになった。

 私は師匠に出会ってから、いろいろご指導を受けているうちに、大変なことに気づいたのである。それは、治療家にとって「霊性を高める」ということがいかに大切であるかということである。治療家の場合は、素晴らしいと思える治療家には、例外なくこの「霊性の高さ」がある。つまり、治療家の善し悪しを決定づけているものは、「霊性の高さ」にあるようなのだ。治療家は、常日頃、霊性を高めていくことで、パワーやエネルギーが増大していく。そのパワーが、治療に結びついて奇跡を起こしているようなのである。だから、治療家が、霊性を高めるということはどんなに大切なことか。私なりの「心訓七則」の解釈をしてみた。

 「霊性を高める」ということを言葉から解釈すると、私は、まるで、修行僧が、厳しい修行の末、「悟り」をひらいていくような感じが、イメージとして湧いてくる。間違いなく、「霊性」は、クオリティーの世界でありレベルの差が存在する。そのずっと先にあるものは「悟り」のようなひらかれた世界である。しかし、私たちは、「この世」という世界を修行の場にしていることは確かであるが、宗教の世界を修行の場にしているわけではない。私たちの「修行」とは、座禅をしたり念仏を唱えるわけではない。現実の生活の中にあって、抱えている問題を正面に受け止め、それを克服していくことこそ私たちに与えられた「修行」といえよう。「自分の仕事を持ち、その仕事を誠実に行うことで世のため、人のために貢献できる」。そのことこそ、「霊性を高める」ことに繋がっているのである。この「心訓七則」からは、そのような解釈が成り立つ。

 ところが、実際にこれを実践するとなると本当に難しいことがわかる。これから先は人によって違いが生じてくる。私の場合は、特に「第6番目」。「全ての物に愛情を持つこと」など、私には到底できない。「好きな物は好き、嫌いな物は嫌い」が私の大きな障害になっている。とにかく私は、好き嫌いが激しい人間である。坊主が嫌いで、わざわざ坊さんの大学を選び、坊さんが経営する私立の高校に就職した。それでも坊さんが好きになれなかった。また、更にひどいのは、学生時代から、教師が嫌いで、嫌いでしょうがなかった。それなのにわざわざ、「一生涯を貫く仕事」に教師を選んだ。23年間も教師をやったが、それでもやっぱり教師が好きになれずに、今の仕事を選んだ。だから、「美しく」なるために「好き」「嫌い」という「感情」は、いかに高いハードルであるかが私にはよくわかる。

 同様に、難しいといえば、「第7番目」。「うそをつく事」も同様である。確かにうそをつく事は、誠実さからいえば、反する事である事はわかる。だから、大学時代、「人にうそをつかない」という事を目標に掲げ、がんばってみたが、1年間とは続かなかった。「人にうそをつかない」という事がどんなに辛い事かやってみればよくわかる。正直であろうとする事が、どんなに人を傷つけたり苦しめたりする事か、「うそは方便」という言葉が、かえってよくわかる気がしたのもこの時からである。そう思った時からこの目標を、簡単に取り下げてしまった。しかし、この時に、もうひとつわかった事がある。実はその事の方が、私には大きい勉強となった。実は、人と言うのは、自分で意識しないで、自分自身に嘘をついているときがあるという事だ。この嘘は、人に嘘をつく以上にたちが悪い。自分で自分に嘘をついているのに、その事が自分でよくわかっていない。もちろんこの事実は、多くの人を傷つけ窮地に追い込む事もある。だから、「うそ」ってこわい事なんだな。という事が、その時よくわかったのである。

 どうだろう「霊性を高める」という事がどんなに大変な修行であるか、わかっていただけただろうか。しかし、このような「心訓七則」のような具体的な目標がない限り、私たちは、現実に「霊性を高める」なんていう事はできない。この事について何も話した事はないが、師匠が、どうして、ご自分の治療室に「心訓七則」を掲げたのか、今なら、この私にも理解できるような気がするのである。


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☆ここにも「自然治癒力」のカエルがいる。隣りのランプがつくと暖かさを演出してくれる。
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 今から30年も前のお話。大学を卒業して初めて勤めた学校に、私が大好きだった先輩教師がいた。彼は、ある日、私にこんなことを質問した。「人間と動物で一番違う点は何か、わかりますか?」「それは、人間は困っている人を助けてあげることができるということなんだ。動物にはそれができない」そういう含蓄のあるお話をしてくださる先輩がいた。私は、この先輩から、立派な教師になるための、いろんな大切なことを教えていただいた。その中でも、この言葉は、先輩の人柄同様に、強く印象に残っており、30年もの歳月が経っているというのに、いまだにいっこうに色あせることがない。その後、私の人生は、大きく方向転換をしてしまったが、今でも、「困っている人がいれば、助けてあげよう」という気持は、全く変わっていない。いや変わらないというより、「この仕事ほど、困っている人を助けてあげられる仕事はない」と、自分では自負している。そういう意味で、私は、大変に幸せ者だと思っている。
 
 先日ブログの中で書いた、「指圧」の浪越徳治郎先生のスローガンを紹介させてもらった。「指圧のこころは、母ごころ。押せば生命(いのち)のいずみわく」は、指圧というものと、施術者のこころを的確に表現したものだ。ということでご紹介させてもらった。私は、今でも母親と子供の関係ほど強い絆で結ばれたものはないと思っている。これほど確かな関係はない。治療者は、患者さんにとっての「母親」にはなり得ないが、「信頼」という確かな関係を構築することはできると思っている。窮地に立たされた子供を見れば、ほっておけない地蔵菩薩のようなこころを持った治療家になりたい。というのが今の私の目標である。浪越先生がいわれる「いずみ」というのは、人体に宿る「生命力」。つまり「自然治癒力」そのものである。本当に、「指圧」には、枯れた大地から滲みでるような生命力をもたらす力がある。それは、不思議なくらいすごいパワーとエネルギーなのである。

 よくいわれる言葉であるが、「人間」というのは、「ひと」と「ひと」の「間(あいだ)」に存在としての価値がある。一人の人間ではどうすることもできないことが、二人以上の人をもって「成す」ことができる。そういうふうに仕組まれた存在らしい。日頃、患者さんと接しながら、実に一人の人間というのは弱いものだと思う。おそらく「肩こり」でも「腰痛」でも困った時には、自分ではどうすることもできない。自分以外の何者かに助けを求める。助けを求められたものが、それに答えてあげることで、そこに大切な絆が生まれる。だから、私はこの仕事を、お金には換えられない大切なものというふうに考えているのである。そして、更にいわせてもらえば、「困っている動物は、他の動物には救うことはできない。しかし、人間といえども誰でも人を助けてあげられるわけではない」治療という世界でいうならば、「限られた人にしか、人を助けてあげられないのが現実である」そこに、私たち「治療家」としての尊厳がある。と私は思っている。

 「指圧」というのは、誰にでもできるような、そう簡単なことではない。人間の体にあるといわれる「361個」のツボを正確に捉え、患者と治療者の「呼気」と「吸気」を自由自在に操る。そのくらいの最低限の知識や技能があってこそ、初めて、「限られた人」である資格をえられるのである。ただ、それでもまだ、私は不十分だと思っている。人の身体は、エネルギーそのものである。「治療者」は、患者の体が持つエネルギー以上のパワーのある存在でなければ、本当には、困っている患者さんを救うことができない。もし、「治療者」が自身のもっている知識と技能だけで「治療」という難局を乗り切ろうとしても乗り切れるものではない。それは、一長一短ではできるものではない。しかし、最低限、「助けて差し上げたい」という思いだけは、誰よりも強くもっている必要があると思う。人の思い=「想念」は、すごいパワーとエネルギーを秘めている。その思いが強ければ強いほど、膨大な「パワー」となって「患者さん」の身体に作用をもたらすのである。おそらく浪越徳治郎先生が、「指圧のこころは、母ごころ」といったのは、そうした想念のパワーとエネルギーの存在を認めていたからこそ、そんなふうに言葉で表現されたのだと思う。そういう意味で治療者には、「母ごころ」が、必要なのかもしれない。


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☆「カエル」は、八倉治療院のシンボル、「自然治癒力」の象徴である。
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 今日は、最近しばらく師匠の話題からはなれていたので、久しぶりに、少し師匠と私のことについて触れて書いてみようと思う。ひと昔前までの日本は、鍼灸・按摩指圧の世界も徒弟制度であり、師弟の関係が重要であった。ところが明治時代以降、西欧諸国の文明が取り入れられるようになり、「学制」がしかれるようになった。医療の世界も学校制度が取り入れられるようになり、鍼灸マッサージ師を目指すものは、学校で勉強し国家試験に合格することで「資格免許」が得られるようになった。志しあるものが、尊敬する師匠のもとでで修行を積み、師匠に認められることで「免許皆伝」が許される。そういう時代は、明治時代の「文明開化」と共に終わった。

 だから、「鍼灸マッサージ」を学校で一緒に学んだ友達も、私のように学校に入る前から「師匠」がいて、師匠から何かを学んでいるという人は、ほとんどいない。ほとんどいないというより聞いたことがない。私の今日の治療の基礎になっているものは、もちろん専門学校で培われた知識や技能であることは確かである。しかし、私の治療の真髄は、師匠から教えていただいたことが全てである。それは、学校で培われてきたこと以上に遥かに大きい。私にとって師匠は、時には親以上の存在である。また、きょう今日まで、亡き父や母のことを忘れたことがないように、「師匠」のことや、「師匠の教え」を忘れて生活をすることは、一日としてなかった。そのくらい私にとって師匠の存在は大きい。重要でかけがいのないものなのである。

 師匠の教えは、「ある時は厳しく、そして、またある時も厳しい」とにかく「厳しい」の一語である。それは、この治療の世界が、「甘さ」が許される程、生半可な世界ではないからである。仏教の世界でいうなら「大日如来」の化身が「不動明王」であるように、普段の師匠は、鬼のような厳しさで指導をしてくださる。しかし、いったん私が、窮地に立たされた時には、まるで「地蔵菩薩」の化身のように優しく導いて下さる。私は、これまでの半生を振り返る時に、何度、師匠に助けていただいたかことか知れない。そして、何度も、生命の危機を助けていただいたこともある。だから、私は、世界中の誰よりも師匠の言うことを信頼している。これからの将来、社会がどんなに変化し、時代の波に世界が揺らぐことがあっても、私は迷うことはない。きっとこれまで通り、師匠の言うことを信じて歩んでいくことができることだろう。混迷深き現代社会。「絶対」のない世界にあって、私には、確かな「絶対」が存在する。それは、いうまでもなく、私の師匠の存在であり、師匠の教えである。

 今は、平成という時代である。だが現代社会においても、まだ、このような師弟の関係は存在している。ここまで書けば、私にとっての師匠が、どういう存在であるかが、少しはわかっていただけたことと思う。しかし、ここで当然の心理として、予想される「私の師匠は何者なのか?」という質問には、残念ながらお答えすることができない。私はここまで師匠のことについて書きながら、これ以上は、師匠との約束で語ることができないのである。治療の世界において患者さんについては、「守秘義務」があるように師匠についても「守秘義務」が、私たちにはある。しかし、そういう私自身、何を隠そう師匠については、実のところまだ何もわかってはいないかもしれない。あれほど長年にわたり、ご指導をいただきながら、不思議なくらいに師匠の生活については、全くといっていい程わかっていないからだ。時々お会いすることはあっても、師匠の存在は、まるで「仙人」であるかのように思える時がある。本当に私は今、雲をつかむような話をしているのかもしれない。
 
 師匠は、よく口癖のように治療家の世界は、「体験体得の世界」だということをいわれる。言葉で伝承伝達できるものではない。普段、疑問に思っていることを実践し、試行錯誤をくり返しながら、その中にある真理を体得していく。治療の世界は常にその積み重ねであるとも言われる。私が以前ブログの中で書いていることだが、人体という小宇宙の中には、「上下」「左右」「呼吸」という歴然たる「宇宙の法則」が働いている。そのことも、「臨床」という実践を積み上げた中から初めて知り得ることができた。師匠は、いつもそうだが、始めから、「ああしなさい。こうしなさい」ということは、一切言う人ではない。いつもほとんどの場合、たとえ話のような形で私にヒントを下さる。それに気づくか、気づかないかは、私次第。ほとんどの場合気づかないでいる場合が多い。しかし、いったん「体得」すると、それは部類の力となって臨床の結果として現れる。

 八倉治療院の治療は、肩こり腰痛程度のものであれば、ほとんどの方が、2〜3回くらいの治療でおわる。患者さんの年齢や程度次第では、初回のみの治療で快方に向かわれる方が殆どといっていいくらい多い。キャリアとしての臨床経験を問う方が多い中、開業して約2年くらいの私の治療院が、それほどの成果を出せるということに、患者さん以上に私自身が驚いているくらいだ。それも「守秘義務」のうちに入ることだと思われるので、話すことは避けさせてもらうが、強いていうならば、「種も仕掛けもある」ことは確かである。しかし、残念ながら、どんな人でも治療の世界のアマチュアやプロを限らず、その「種(たね)」を見つけることは不可能である。私の治療に、特に珍しいものはない。治療だけ診ていていただけば、専門学校でも教えてくれる手技が、基礎となって少しオリジナル化しているだけであろう。基本的には、指圧が主体といった肩こり腰痛の治療であることには違いないからである。しかし、「目に見えない世界」それがこの治療には、確かに存在している。

 先日、治療にみえた患者さんが、「先生おかげさまですっかり元気になりました。まだ、2・3回くらいしか治療してもらっていませんが不思議です。先生は、何か『気功』でも勉強されているんですか?」とおっしゃられた方がいた。実は前にもブログで書いたことだが、私の治療は、リラックスして受けていただくために「ヒーリング・ミュージック」をかけさせてもらっているが、実のところ、私の治療は、少しうるさい。治療の間、終止、私の呼吸音で「スー」・「ハー」が何度もくり返され、時々、患者さんに対して耳障りではないかと心配する時がある程である。これを患者さんは、「気功」ではないかと解釈されたのかもしれない。指圧でも押す時に息をはき、指を離す時には、息を吸う。実は、師匠の指導で「呼吸法」を教えていただいた時に、呼吸は、はく時に脱力するが、この時にエネルギーは高まることを体験から知った。それを治療に応用するようになって、私の治療は、さらに効果を発揮するようになった。これは、「気功」といえば言えないこともないが、実のところ、私にしてみれば、エネルギーの「調整」を行っているのであって、それが「気功」だと言うようには捉えていなかった。この世の中には「気功師」という名の「にせ気功師」が、世間では、どうどうとまかり通る時代である。それは、治療の世界で、本物と偽物が混在して整理されていないからである。だが、いずれそれらは淘汰され本物だけが残っていくのだろう。それには、もう少し時間がかかりそうではあるが、そういう時代がもうそこまで来ていることは確かである。

 「体験体得の世界」ということで、もう少し「種(たね)あかし」がさせてもらえるかと思っていた。だが、このテーマは難しい。書いていくうちに、私に中で躊躇する気持がどこかに働いていて思うように書くことができなかった。やはり、明かしていい部分と明かすことができない部分についてもう少し、私の中で吟味してみることが必要のようだ。それは、あせって行うことではないので、今回は、このテーマをいったん終了させてもらうことにしたい。


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☆八倉治療院の治療室の風景「フロッグ&アンブレラ」
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 「先生はどうして、そんなに私の悪いところがよくわかるんですか?」治療中の患者さんから、時々言われる言葉である。「さあ、どうしてでしょうね」といっては、さらっと受け流す時もあるが、心の中では、内心「やったぞ!」と思えるくらい、かなり私には、嬉しくなる言葉のひとつである。これまでも、私のブログをよく読んで下さっている方は、よくわかっていらっしゃることだろうが。私は決して体が病弱というわけではないが、本当に今まで、いろんな病気やケガに直面し向かい合ってきた。こんなことは、自慢にもならないが、運動器疾患ひとつ例にとっても、数え上げたかきりがないほど、首も肩も腰も膝もよく痛めた。痛めたことがないところはないといえるくらい、いろんな病気やケガの症状を経験した。交通事故によるむち打ち・打撲・骨折・肩関節周囲炎(五十肩)・肋間神経痛・座骨神経痛、何でもござれだった。だから、自慢にはならないが、患者さんがよく訴えられる、肩こり・腰痛・座骨神経痛・膝痛など一通りの経験させてもらっているから、患者さんの痛みや辛さが、私なりによくわかっているのである。ところが、この「知っている」という事実は、治療家にとっては実に大きい。自分もかつてではあっても、経験したということは、もう既に、治療以前に、患者さんのこころと身体の状態を、理解してあげられるだけの「受容」や「共感」が備わっているといえるからだ。

 かつて私は、専門学校時代、高校を卒業したばかりの若い学生達といっしょに医療の勉強をしていた。ところが彼らの中には、極まれではあるが、「肩こり」を知らない人もいた。「腰痛」も経験したことがない人もいた。「え〜、ホントにそれってあり?」正直言って、信じられなかった。そういう人たちが、「鍼灸マッサージ師」をめざし、いっしょに勉強をしているということに、少し驚きを感じてしまった。ところが、これは本当の話である。少なくとも、その時まで、彼らは、「肩こり・腰痛」の痛みを教科書で書かれた知識でしか理解していなかったのである。「指圧」の実技練習の時のことである。「座骨神経痛」の治療には、臀筋(お尻の筋肉)を、どうしても治療しなければならない。ところが、20歳前後の彼らは、「座骨神経痛」というものを経験したことがない。だから、いくらそのツボを押しても「痛い」とか「気持がいい」という反応には、とてもならないらしい。そこで、その事実に大変興味を持った私は、パートナーに聞いてみた。「じゃあ、一体どんな感じなの?」そうしたら「くすぐったいような感じで、気持が悪いです」という返事が返ってきた。確かに、20代の若い健康体の若者には、座骨神経痛の特効穴(ツボ)の治療は、気持がいいというより、正直「気持が悪い」ものらしいのである。

 私は、専門学校時代の3年間、正直言って勉強が苦手だった。何かを覚えようとしても、すぐ忘れてしまう。また、どんなにがんばっても、とても若い人のようにスマートにいかなかった。ついていくのが精一杯で、何をやってもかなわないような気がしていた。ところが、このとき密かに確信したのである。「専門学校を卒業して国家試験さえ受かってしまえば、やがては、私の出番がやってくる。臨床現場にでたら、きっと私は、若い人には負けないだろう」と、その時から、感じるようになっていた。実際、痛みがわかっていて治療するのと、わからないでいて治療するのとでは、雲泥の差がある。将来、よい治療家になるためには、様々な条件が要求されると思うが、その中でも大きいのは「体験」である。「体験」が有ると無いとでは、「治療」の世界においては、向き合う姿勢から心構えまで違ってくる。「唯一、絶対」とまでは言わないが、それに近いといってもいいくらい大切な「素養」ではないかと思われる時がある。だから、患者さんから「先生はどうして、そんなに私の悪いところがよくわかるんですか?」という言葉には、ひとことでは言い尽くせない、私ならではの絶大な「喜び」があるのである。

 私は、子供のころから、大人になっても、よくケガをした。また、どうしてと思うくらいよく病気やケガに悩まされた。「どうして、私には、病気やケガがつきまとうのだろうか?」という疑問が、常に頭の中にあった。時には、これまでの自分の闘病に明け暮れる人生を嘆いた。神様に対してさえも、正直いって、「私の人生に、どうしてこのように次から次へと試練を与えるのか?」恨みたくなるような気持もどこかにあった。そんな私だったから、これまでの人生を振り返ると、誰よりも、多くの治療家や医師たちに診ていただいたような気がする。私が今こうして、今も元気でいられるのは、いろいろな「医療」に携わる人に助けていただいたおかげである。私は、これまでの人生において、病気やケガをひとつひとつ克服してきた。まだ全部を克服できたというわけではないが、そのひとつひとつの「体験」や過程が、私に「病気」について様々なことを考えさせてくれた。また、「医療」とは何か。また、どうあるべきかを普通の人以上に考えさせられたような気がしている。
 
 しかし、私の人生の中で最も大きな出来事は、その病気との闘いの積み重ねが、幸運にも私の人生に師匠との「出会い」をもたらしてくれたのである。人の人生は、何が災いし、何が幸福をもたらすのかわからない。あれほどまで「嫌だ」と思っていた病気やケガがあったことが、私の人生に大きな方向転換をさせてしまった。そして、現在は、忌まわしい病気やケガのひとつひとつが、治療家としての私に、大きな糧をもたらしてくれている。私の人生に無駄なものはなかった。すべてが必然であったのである。本当に人生は「塞翁が馬」。「禍いが転じて福となる。あざなえる縄の如し」だったのだ。


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☆八倉治療院の治療室内、右上にある両親の遺影がいつも私の治療を見守っている。
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 私にとって「指圧」の先生といえば、真っ先にこの二人の顔が目に浮かぶ。一人は、もちろん私の師匠。私の治療が、主に「指圧」なのは、やはり、師匠の影響が強い。そのくらい「指圧」は、私にとって特別なものである。そしてもう一人が、なぜか、日本指圧専門学校の創始者である浪越徳治郎先生である。そうあの有名な「指圧のこころは、母ごころ。押せば命のいずみわく」のスローガンは、おそらく私らくらいの世代の人なら意外と誰でも知っていることだろう。着物に袴姿の先生が、ワハハハ……と豪快に笑うあの番組。子供の頃にみていたあの番組。確か桂小金治のアフタヌーンショーだったろうか。あの「浪越徳治郎・指圧教室」は、印象が強烈で今でも私の脳裏に焼き付いている。

 どうして「指圧のこころは、母ごころ」なのか、自分がこの仕事をやるようになってから、よくわかるようになった。親指のことを私たちは普通「母指」とよんでいる。その母指は指圧には欠かせない指。くる日も来る日も休むことなく、私の母指は、よく働く。ある時は、患者さんの患部に強く押しあてられる。また、全身のツボといわれるツボをくまなく探しては、圧迫していくのもこの母指が使われている。本当に役に立つ働き者である。この母指がなければ、患者さんの体の様子もわからないし、大切な感触や反応もつかめない。何はなくても、この母指なくして治療はあり得ないのが、私たちの世界である。その、母指にたよりすぎるあまり、この「指圧」の勉強が始まった頃には、よくこの母指を痛めた。そして、開業して1年間くらいは、母指に痛みを感じない日はなかった。そんな時によく母親のことが思い出された。結婚する前の若い頃から働き者だった私の母。そして、父と結婚して家庭を持ってからも、母の体は、休むことがなくよく働いた。家庭のために、そして、私たち子供を育てるために、自分のことなどまるで後回しといったような感じの生き方であった。交通事故でなくなるまでの67年間の母の人生を考えると、私たちの今の幸せは、まるで母の「自己犠牲」のうえに成り立っているような気がする。だから、今でも私は、母指に母のイメージを重ねてしまう。私にとっては、今でも母指は母親であり、「指圧のこころは、母ごころ」なのである。

 なぜこのような話を切り出したかといえば、「指圧は仁術なり」の言葉が、誰のこころにも自然に理解されやすくなると思ったからである。「仁」は、中国の偉大な思想家、孔子が説いた教え「仁」からきている。「仁」は、「まごころ」・「思いやるこころ」・「愛」である。黒澤明監督の有名な作品に「赤ひげ」という作品がある。あの赤ひげに登場してくるお医者さんが「医は仁術なり」といった。まさに、名前は忘れてしまったが、主演三船敏郎さんふんする「赤ひげ」にぴったりの言葉だと思う。しかし、いまの「医学」は、人を「思いやるこころ」どころか、「こころなき医療」に転じてしまっている。それゆえに、私たちの行っている治療「指圧」こそ「仁術」だと考えている。仮に自分の指に痛みがある時でも母なる母指を使い。まるで指に目があるかのようにぴたりと患部を探し出す。そして、患者の痛みを押し計り、そして、痛みを取り除いていく。これを「仁術」といわなくて何を「仁術」というのだろう。私は、そのくらいの自負をこれからもずっと持ち続けていこうと思う。私の家には、昔から父親の「優しさ」と、母親の強い「愛」があった。その二人の愛情に育まれていまの私がいる。だから、父や母が亡くなった今でも、魂の世界から、いつまでも私を見守っていてくれていると思っている。そして、いつでも患者さんの病気に決して負けないパワーを送ってくれることだろう。そんな思いから、八倉治療院の治療室には、守り神として父や母の遺影をかけさせてもらっている。私の治療室には、ひとつひとつのものに意味がある。この二人の遺影は、私の治療をいつも見守っていてくれているのである。


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☆島田市田代の郷温泉「伊太和里の湯」の看板石
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 4月に島田市田代の郷温泉伊太和里の湯がオープンしてから、もう3ヶ月が過ぎた。島田市民だけではなく地域の多くの人々の期待を背負って「みんなが待った公営温泉」だった。4月1日のオープンの日から詰めかける多くの温泉客で連日賑わっていたが、ようやく最近は、落ち着きを見せ始めている。相変わらず、山の中の美しい緑に囲まれた、この温泉の人気は高い。木をふんだんに使った落ち着きのある施設。温泉に浸かりながら、同時に森林浴を楽しめる「伊太和里の湯」。島田市近郊にこんなに素晴らしい温泉施設ができたことを市民の一人としておおいに喜んでいる。公営「みんなの伊太和里の湯」をこころから歓迎したい心境である。ところが、私のように、そう手放しで喜んでいる人ばかりではないようである。残念ながら、時には湯につかりながら、不満の声を聞くこともある。その多くが「お湯がぬるい、もっと熱くしてくれ」という苦情とも要望ともつかぬものである。私にしてみれば、温泉にいった時、たまに耳にする「不満」である。ところが、温泉スタッフにしてみれば、毎日のように聞く「要望」に、心中を察するに、多少うんざりされているのではないかと思う。少し同情の意味もこめてこのようなブログを書く気になった。

 人はどうしても比較することが好きなようである。「伊太和里の湯」が「ぬるい」と言うが、どの程度ぬるいのか、私なりの観察をしてみた。地域のトップを切ってできた公営温泉川根温泉「ふれあいの泉」は、湯量が多く、もっとも噴き出す温泉の温度が高い。多少の誤差はあるが、42〜3度くらいであろう。そして、藤枝市にある公営瀬戸谷温泉「ゆらく」は、何時も決まって41度に設定されている。そして「伊太和里の湯」の平均は、39.8〜41度。要望に応じてか、温度差に毎回差があるように思う。ということは、平均2度から3度くらいの温度差で、人は、「ぬるい」または「熱い」を判断を下しているようである。これが気温であれば、2、3度の差などさしたる問題ではないが、これが、水温となるとそうはいかないらしい。ところでこの温度差を巡って「不満」を感じておられる方は、決まって温度が低すぎると言われている方、つまり「ぬるい」とおっしゃる方が、圧倒的である。「ぬるめ」が好きな方は、満足しており「苦情」を言わないが、正直あまり温度を高くされるのは、「不満」を感じておられるようである。人には、それぞれ「好み」の温度というものがあり、確かに「ぬるい」「熱い」の評価は、内心それぞれがしていることは確かである。ところが、実際は、「もっと熱くしてくれ」という要望は声になるが、「熱いからもっとぬるくしてくれ」は、なかなか声にならない。その背景を考えてみた。

 「温度がぬるいから、もっと熱くしてくれ」という声の大半は、お年を召された高齢者に多い。ところが、「伊太和里の湯」を適温とする支持層は、若い人や子供に多いということである。だから、圧倒的に、「ぬるい」の声が強いわけである。それには理由があった。じつは医学的に人の体をみた時に、皮膚には、「温覚」という神経の受容器がある。それは、若い人達に比べると、お年を召された方の「温覚」の受容器は、数が少なくなっているのである。だから、高齢者は、温度を感じにくくなっているというのが、正しい理由である。人は、年齢を重ねていくと感覚神経自体に衰えを感じてくる。耳が遠くなったり、視力が衰えてくるのをいやというほど自覚するときがある。それと同様に皮膚の中に備わっている感覚受容器の数も年齢に応じて減少していくのである。それも自然の摂理である。というのは、「温覚」だけではなく「痛覚」の受容器も減少している。人は年齢を重ねるごとに肩や腰や膝などに疼痛が生じてくる。お年寄りは、この痛みとの闘い悩まされることになるが、その際少しでも痛覚が、減少するということは、痛みに耐えるという点では、幸いしている。これと同じように、「温覚」の現象は、もしかしたらお年を召してから体を冷やさないようにという神様の優しい配慮が、そこに働いてのことかもしれないのである。とにかく、「ぬるい」「熱い」にはそういう感覚神経の受容器の数の減少という理由があることは間違いがない。

 ところで、温泉には「体を温めて血液循環をよくする」という大きな働きがあることは、ほとんどの方が、よくご存知のことである。では、「ぬるいお湯」と「熱いお湯」を比較した時にどちらが、その効力を発揮するであろうか。考えてみて欲しい。その答えは、意外や「ぬるい」お湯である。なぜなら、人は、温度を高くすると長く入っていることができないが、ぬるめのお湯には長い時間浸かっていることができる。だから、結果的には、「ぬるめのお湯」に浸かるということは、体を温め血液循環をよくする。という健康上の目的にかなっているということが言える。そういえば、「熱い」といわれる「川根温泉」の方では、年間、「湯渡り」といって脱水症状を起こし転倒される方が大変に多い。多い理由は、やはり温度が熱すぎるといえる。また、正確に調べたわけではないので断定するわけにはいかないが、私の推測では、「湯渡り」を起こされた方で、一番多いのは「アルコールを飲んでいた方」次には、「高血圧の方」、それから「高齢者の方」の順である。多分調べてもらってもリスクの点から、そんなに違ってはいないと思う。現代社会は、それでなくても高脂肪、高血糖、高血圧といって脳梗塞や脳溢血。心筋梗塞などの生活習慣病が社会問題となっている。そういうリスクを考えても、いくらかぬるめのお湯につかって少しでも長く体を温めるということが、どれほど「健康増進」にいいかを考えるべきである。それにしても、幸い、まだ「伊太和里の湯」では、「湯渡り」で救急車に運ばれたという事実は、聞いたことがない。やはり、体に優しいのは「伊太和里の湯」なのである。「不満」のある方は、進言する前に、少しその点を考えて頂けたらいいと思う。

 最後に、「伊太和里の湯」の運営に携わっているスタッフの皆さんに、本当に毎日、多くの人の要望を取り入れて、よりよい温泉づくりに取り組まれていることに感謝したい。毎日、「伊太和里の湯」を運営されるにあたり、人には言えない様々なご苦労があることだろう。その中で、「これからも利用者の要望は、大切に取り入れていく」という姿勢は失わないで欲しい。しかし、一方では、「これだけは譲れない」という一貫した姿勢も大切である。とかく流されやすい世の中の風潮にあって、「これだけは」という運営上の「ポリシー」もまた大切だと思う。もし利用者の不平や苦言から毎日、温度設定をくらくら変えるようでは、結局、誰からも指示されないことになる。「『伊太和里の湯』は、健康上の理由から、この温度に設定しています」というものを、はやく確立されることを要望したい。それが、これからの「伊太和里の湯」をさらに発展していくための大切な試金石となるはずである。温泉は、日頃の現実やストレスからひとときでも逃れ、心身をリフレッシュするというかけがいのない場である。そして、より多くの利用者の「健康増進」という大きな目的が、そこには存在する。そう考えると、公共の立場に立った時に自ずとこれからの「伊太和里の湯」のあるべき方向性が、見えてくるような気がするのである。また、ここを利用する者も、お互いに気持のいい場にするために、今こそ一人一人が、「伊太和里(いたわり)」のこころを持つことが大切である。


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 按摩マッサージ指圧についても適応疾患を調べてみた。こちらは鍼灸のように世界保健機(WHO)のような公的機関のお墨付きではないが、専門学校時代の教科書を引っ張りだして調べてみることにした。

☆あん摩指圧マッサージの効果

1、血液・リンパ液の循環をよくし新陳代謝を活発にする。

2、筋肉や骨などの運動器の拘縮・癒着・硬結を砕き除くなど積極的に作用し諸器官の機能を亢進させる。

3、神経機能と循環機能との相乗効果により自律神経を介して内臓器官の働きを活発にする。

4、以上の3点により、健康人にあっては、健康度をより維持することが可能であり、また次のような疾患に対しては治療効果が期待できるので適応症とする。

※例により「八倉治療院」で大変効果がみられたものは、◎印を、大変効果がみられたが、まだ扱う件数が少ないものに関しては、◯印を記しておくことにする。

☆按摩マッサージ指圧の適応疾患

①神経系疾患……………
◎神経痛、◎末梢神経麻痺、◎末梢性痙攣、脳卒中後遺症、ポリオ、◯ノイローゼ、◎不眠症、ヒステリーなど

②運動器疾患……………
◎頸肩腕症候群、◎腰痛症、◯五十肩、◎変形性膝関節症、関節リウマチ、◎筋肉痛、◎腱鞘炎、◎軽度の筋炎・腱炎、軟部組織の拘縮による関節の変形、骨折・脱臼・捻挫の後遺症、筋萎縮、筋力減退など

③消化器疾患……………
胃下垂、◎常習性便秘、◯慢性胃炎、慢性腸炎など消化器機能の低下したものなど 過敏性腸症候群、◯胃腸のアトニー、

④呼吸器疾患……………
気管支喘息、慢性気管支炎など

⑤循環器疾患……………
心臓神経症、局所性の充血、うっ血、貧血、水腫など

⑥婦人科疾患……………
うっ帯性乳腺炎、◎更年期障害、◯月経困難症など

⑦泌尿生殖器疾患………
膀胱麻痺、膀胱けいれん、膀胱炎、乳腺障害など

⑧新陳代謝疾患…………
痛風、脚気など

⑨いわゆる不定愁訴症候群………
◎頭重、◎頭痛、◎めまい、◎耳鳴り、◎不眠、◎全身のだるさ、◎肩こり、◯冷え性、のぼせなど

⑩その他…………………
◎眼精疲労、◯病後の体力回復など

※この4の「健康人にあっても健康度をより高度に維持することが可能である」という表現が嬉しい。普通、患者さんは、痛みが治まったり、症状が改善されると治療を放棄されてしまうケースが、じつに多い。もっともっと確かな健康づくりに「あん摩指圧マッサージ」を役立ていただけるとありがたいと思う。


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