<   2009年 10月 ( 11 )   > この月の画像一覧

☆私のところに届いた、ふすま絵秋季特別公開のご案内のはがき
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☆観月会の時に写した釣耕苑の中の様子。普段はこのようにふすまは取り外されている。
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 だいぶ前になりますが、以前にもこのブログで紹介しました「釣耕苑」から、「ふすま絵秋季特別公開のご案内」が届きました。期間は、今が公開中ということで、紹介させてもらおうと思います。釣耕苑は、敷地一万坪、建坪二百坪の立派な日本民家の建築物です。いまから約百二十年前、静岡県榛原郡川根町笹間下に某庄屋として建築されたもので、そののちダムで水没の運命にあったものを移築復元されたものです。私は、ご縁があってこの釣耕苑に何度かおじゃまさせてもらいましたが、それはそれは、立派な建築物で何か「日本人のこころのふるさと」のような気がしました。以来、この釣耕苑の大ファンの一人になりました。この建物自体、立派な文化遺産であるのですが、もうひとつ、「国宝級」の「お宝」があるんです。それが、日本の南画(墨絵)の巨匠、直原玉青先生の松竹梅のふすま絵です。

 私も2度ほどこのふすま絵を拝見させてもらったことがありますが、それはそれは、「見事」というしかないくらい素晴らしいものです。普段は、釣耕苑は、ふすまを取り外してありますが、この時期、この釣耕苑の主であるSさんの行為で、本当に「特別公開」されてくださっているのです。松竹梅のふすま絵って聞いても特に日本人の私達には、あまりピンと来ませんが、ここのふすま絵ときたら、ちょっとそこらにあるようなふすま絵と比較にはなりません。多分一昨年のことだったと思いますが、Sさんのご好意で、「特別公開」の期間中に、一度この釣耕苑に泊めていただいたことがあるのですが、その日は昼間から、夜にかけて、何度も何度も拝見したのですが、私はもうすっかり魅了されてしまいました。特に、夜、あんどんの明かりに照らして、松竹梅のふすま絵と向かい合っていると、昼間とはまったく趣が変わってしまうことに驚きました。何といっていいのかわかりませんが、「この絵はいきている」というのが私の率直な感想でした。

 実は、この絵に大変なエピソードがあるのです。「この絵はいきている」と感じたのは私だけではないようなんです。実は、この絵には、それはそれは可愛らしい雀とか、蝶が、所々に描かれています。しかし、直原玉青先生が、釣耕苑でこのふすま絵を描かれている時に、一匹の本物の蝶がやってきました。そして、玉青先生が描かれたばかりの梅の花にとまったのです。そして、なんと花の芯から花の芯へと、まるで本当の花のように飛び移り、静かに去っていったのです!ここまで聞くと、何かよくあるおとぎ話のように聞こえます。実際私も、Sさんからその話を伺った時には、決して疑いませんでしたが、しかし、世間ではよく聞くような話だなあと思ったことも確かでした。

 ところが、これまたなんとすごい偶然があったことでしょうか、その日、日本の南画の大家、直原玉青画伯が静岡、島田に見え水墨画を描かれるとあって、地元静岡放送局よりテレビの取材に来たカメラマンが、この時の情景を克明にビデオカメラに収めていたのです。カメラマンの名前は、細沢道生さんという方で、この時のビデオは、静岡放送の番組の中でも放映されて、その年のJNN映像大賞を受賞されたということでした。そして、Sさんは、なんとこの私に、そのときの静岡放送で取り上げられた番組を収録されたCD-Rと、直原玉青先生の「日本何がの巨星 直原玉青の宇宙」と題したDVDを送ってくださったのです。ですから私は、本当にうそ偽りもなく、先生が描かれたばかりの梅の花に、引き寄せられるようにふらりと舞い込んだ蝶が、まるで本物の梅の花の蜜をむさぼるようにして、花びらから花びらへと飛び移る光景を、目の当たりに見ることができたのです。

 やっぱりこの絵は生きていたのです。この不思議な事実をどのように解釈すればいいのでしょうか?私はこう考えました。私は、日頃から、目に見えないものを大切にしています。というのは私は、目には見ることができませんが「魂」の存在を信じているからです。そして、ある水準を超えた魂の存在。もちろんここでは、玉青先生のことですが、こころを込めて描かれたふすま絵には、魂が込められています。また、先生の思いのすべてが込められているわけです。ですから、先生の「魂」の分身でもあるこの絵も、当然高い「波動」を発していたはずなのです。それが「超自然」と同調したのです。蝶が、引き寄せられたのは、この「波動」に引き寄せられたからで、蝶の「自然」な行動だったのです。

 これは、私達の治療の世界でも同じことがいえました。本当にある水準を超えた魂を持った、治療家の目の前では、あり得ない奇跡が起こります。本当にすごい治療家の前では、常識では考えられない奇跡が起こります。「思いが実現されるという奇跡です」。それは「想念」もひとつのエネルギーでありそこには「波動」が存在していることの証明でもあるのです。だから、私は、Sさんからこの「ふすま絵の梅花に蝶がとまる!」というお話を伺った時にも、決してウソだとは思いませんでした。そして実際、その光景を、CD-RやDVDで拝見した時にも、「やっぱり」としか思いませんでした。もしこの話に興味がある方は、「釣耕苑」に行って、実際にこの「松竹梅」のふすま絵をご覧になってみてはいかがでしょうか?島田市の人知れない山里で、こんな田舎にこんなにも想像を超えた素晴らしい世界があることに、きっとあなたは驚かれることでしょう。

 実際、釣耕苑の主のSさんは、ものの価値がよくわかる人で、国宝級の価値がある文化財である「釣耕苑」をオープンには外には公開していません。従って、この国宝級の「ふすま絵」もあくまで「特別公開」なのです。もしこれを大々的に宣伝して全国に公開したら、きっとすごい反響が巻き起こることは、わかっていながら、あえてそれをなさろうとはしません。あくまでもこの「釣耕苑という文化財を守ろう!」そのままの形で後世に残そう。という立場を貫かれています。ですから、もしあなたが、「釣耕苑」に訪れたいと思うなら、そのこともひとつ、しっかり考慮のうえで、訪れていただきたいのです。これは、紹介した私の責任でもありますので、ぜひよろしくお願いします。
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☆昨日と今日、まったく雲ひとつない秋晴れ。日本にもまだこんな空があったんだ
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 10月8日にカナダのトロントに里帰りしていたヒラリーさんが明日帰国します。ちょうど3週間の里帰りでした。日本で3週間の里帰りといえば、長過ぎると思われるかもしれませんが、遠い異国の地となるとそうも言えません。飛行機だけでも直通ですと13時間かかります。時差も13時間となると当然時差ぼけも一番きついところです。私の場合ですと時差ぼけになれるまでに1週間かかります。そうなると、生活のリズムが慣れてきた頃には、また、帰国という感じでしょうか。だから、本当は、1ヶ月くらいあげてもいいところです。ところがドッコイ、八倉治療院は、ヒラリーさんで持っているようなものですから、そうも言っていられません。どうも患者さんは、私よりもヒラリーさんの顔を見に来る人が多いみたいで、さしずめ「看板女将」といったところでしょうか。ですから、しぶしぶ、3週間で手を打って送り出した次第です。

 今までのヒラリーさんの里帰りは、3年に1度くらいです。ヒラリーさんは、いくらカナダ人だとはいえ、八倉家に嫁いだ「嫁(よめ)」です。そうそう、「お国に帰らせてもらいます」というわけにはいかないのです。特に私は、実質上「長男」でしたから、親の面倒を見なければなりません。特に母は、今から20年前、私が35歳の時に67歳の若さで交通事故でなくなりました。子供の頃から、親の面倒は自分が見ると決めていました。母が亡くなってからは、父が、一人で困らないように、寂しい思いをしないようにするのが、自分の人生の大切な使命のひとつと考えるようになったのもそのころからでした。だから、というのも変ですが、私は、亡くなった母とそっくりなタイプの女性を選びました。恥ずかしい話ですが、私は若い頃から「マザコン」もいいところで、人生最愛の女性は「母親」でした。母の生き方、考え方、生活態度が好きでよくも悪くも私の人生に多大な影響を与えられました。そんな私ですから、母が亡くなった後には、母とまったく同じタイプの女性を選んでしまったのです。

 そのことは、父にとっても幸いしたようです。母を亡くして「悲しい思い」をしていた父ですから、ヒラリーが嫁にきてくれたということで、どのくらい、励まされたことでしょう。特に、妻に先立たれた夫というのは、本当に「寂しい」ものです。何から何まで、父は、母をたよりに生きてきた人ですから、母が亡くなるということは、精神的にも、生活の面でも、全ての支えを失うことに等しいことでした。そこへ日本語が、ほとんど話せない「外国人の嫁さん」が、ひょっこり現れたのです。父もはじめは、さぞ戸惑ったことでしょう。しかし、結果的には、父の余生を満たしてくれたのは、息子の私でもなく、「青い目をした外国人の嫁」ヒラリーでした。どこに行くにも「ヒラリー。ヒラリー」最期の最期まで「ヒラリー。ヒラリー」でした。また、ヒラリーもヒラリーで「お父さん。お父さん」といって、最期の最期まで、面倒をよく見てくれました。おそらく、日本人のお嫁さんでも、あそこまでは、献身的に親の面倒を見れる人はそうはいないと思います。

 少しだけですが、どの程度すごいものかお話しします。実は、私の父とカナダにいたヒラリーの実のお父さんとは、亡くなった年が同じです。ちょうど父が亡くなり、1ヶ月後に、ヒラリーのお父さんが世を去りました。肝臓がんでした。父が具合が悪くなる頃には、当然、カナダのお父さんも同じように、「病床の人」でした。ヒラリーさんは、親思いの人ですから、当然遠いカナダにいるお父さんのことが気になってつらい思いをしていたのですが、ずっと最期まで、嫌な顔ひとつせず、父の傍にいて献身的に父のお世話をしてくれました。ヒラリーさんは、そういう女性です。だから、私は、本当は、ヒラリーさんに頭が上がらないところですが、それでもやっぱり、わかっていながら、そのやさしさに甘えてしまいます。

 今年は、ヒラリーさんは、2回目の帰国になります。1度目は、1月の末でした。カナダのお母さんの脳に大きな動脈瘤ができてしまって、手術をしました。その看護のためにカナダに旅立っていきました。カナダのお母さんも、今年79歳です。本当は、何があってもおかしくはない年齢です。しかし、簡単に、駆けつけられる場所ではありません。親思いの娘ヒラリーさんにとって、日本は、本当に気の毒なくらい遠い異国です。そして、今回は、手術もうまくいき、お母さんは大変元気になりました。元気になればなったで、また、娘に会いたくなるのが人情です。やはりカナダにいるお母さんにとっても、かけがえのないやさしい娘なのです。

 世の中には、子供に愛情を持って大切にする親はたくさんいます。どんなに冷淡な人であっても子供に対しては、何か特別な感情を持っているようです。本当に、これほど強い愛情というか絆は、他にはないかもしれません。ところが、その逆はどうでしょうか?子供が親に対してです。もちろん子供が成人する前は別です。「お父さん。お父さん。お母さん。お母さん」子供は、ありったけの愛情を得るために親を慕います。ところが、やがて成人して、恋人ができたり、配偶者ができるようになると話は別です。ましてや、自分たちにまた、子供でも出来ようものなら、もう完全に愛情のほとんどが、自分の子供のほうに向けられます。それはそれで、当然といえば当然な話ですが、それでもやっぱり、親に対しては、愛情を持ち続けられる人と、そうでない人に分かれます。いや正確には、愛情はあっても、その愛情の大きさや深さに違いが生じるのです。私は、どちらかといえば、「親孝行」とはいかなくても、親に対して最期まで変わらない愛情を注げる人が好きです。特に、年老いて、どうしようもなく老けていく親に対して、変わらぬ愛情を抱き続ける人に、より親近感を感じます。そういう人なら、きっと誰に対しても、やさしいこころで接することができると思うからです。

 近年、日本の家族や親子のあり方が、本当におかしい。と思うよになりました。それは、日本ばかりではないと思いますが、どう考えても、自分中心の生き方をされている人が増えてきています。私は、特に年の多い患者さんを相手していますから、あまりの理不尽な家族の関係を多く目にしますと、本当に「寂しい」気持に駆られます。「こんなにも、年の多い親を、簡単に見捨ててしまっていいものでしょうか?」私は、やはり、妻であるヒラリーさんが、そんなにホイホイと頻繁に、カナダに行かれてしまうと、本当に困ってしまうのですが、それでもやっぱり、親思いのヒラリーさんが、大好きです。そういう人を奥さんにもらえたことを感謝しています。今日は、お酒を飲みながらブログを書いていたために、少し酔っぱらってしまったみたいです。
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☆Sさんの思い出の地、清里高原の清泉寮の牧場に咲いていたコスモス
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 大学時代の友人Kさんから、突然の訃報が届きました。「八倉君、私すごくショック。昨日Sさんが亡くなったんだって。死亡原因は、脳から出血したみたいよ」知らせを受けた私も大ショックでした。というのもつい最近、Sさんから携帯でメールをもらったばかりだったのです。先月でした。私は、9月9日に清里高原に旅行に行ってきました。その時の話題をこのブログで紹介しました。特に清泉寮で遊んだ時のことを書いたのですが、「清泉寮は、とても懐かしい私の思い出の場所です」というようなメールでした。時々私のブログも覗いていてくれているそうで「なかなか忙しくていつもじっくり読んでいられないんだけど、また、今度ゆっくり読ませてもらいます」そんな感じのメールでした。

 Sさんは、私と同じ大学の同じ国文学科の学生時代を送った仲間です。当時「みずひき草」という同人雑誌のサークルの仲間でもありました。彼女は、学生時代から、明るくてやさしくて、とてもまじめな人でした。だから、よく大学の定期試験が近くなると、彼女のノートをコピーさせてもらいました。「Sさん、お願いノート、コピーさせてくれない?」とたのむと「うん、いいわよ」と二つ返事で感じよく助けてくれました。私も大学時代は決して不真面目な学生ではなかったのですが、たくさんの資格を取るために少し無理をしていたのです。でもこうして、無事に大学を卒業できたのもSさんのおかげです。大学を卒業してからもう何年も経つのに、未だにノートに書かれていたSさんの字を覚えているくらいですから、相当、Sさんに助けられたことは確かです。

 また、誰にとっても大学時代というのは、まさに青春時代の真っただ中です。特にサークル仲間とは、よく熱く夢を語っていましたから、旅行に行ったり、大学の図書館や仲間の下宿でよく、雑誌の編集が終わった後などにお酒を飲んだりおしゃべりしたりして、楽しい学園生活を送っていましたから、いろんな思い出が、込み上げてきました。しかも、私達は、大学の「ホームカミングデイ」で何十年かぶりの再会をはたしたばかりなのです。突然でしたが、大学時代の東京近辺にいる仲間で来られそうな人に声をかけてもらい、4人ほど昔の仲間が再会しました。その中の顔を揃えてくれた仲間の中にSさんもいてくれたのです。それがちょうど1年前です。何十年ぶりのキャンパスの中や思い出の大学付近をいっしょに歩きました。昔懐かしい食堂でランチを食べました。また、大学の駅の近くで、思い出話や近況報告などをお酒を飲みながら語り合ったのです。本当に懐かしくて楽しくて時間の経つのも忘れるくらいでした。

 そのひと時が、余りに楽しかったのでSさんは、あとで自分の娘さんに「今日、大学のホームカミングデイで懐かしい大学時代のサークル仲間に合ってきたのよ」と、話らしいです。その中に私の名前があったみたいで、その娘さんからも、その夜に訃報のメールをいただきました。もちろん、あったこともない娘さんです。しかも、「私に直接お話ししたい」とわざわざ葬儀の準備で忙しい合間を縫って、電話までいただきました。娘さんは、大学をご卒業されたばかりと伺っていました。あったこともない大学時代の友人の娘さんと電話で話をする。しかも、お母さんの突然の逝去の直後、というシチュウエーションにさすがに私も動揺しました。なんて声をかけてあげればいいのか言葉が見つかりませんでした。

 Sさんは、まだ55歳の若さです。誰がそんなに若い死を予測できるでしょうか。しかも事故とかではなくて、「脳溢血」という突然の病名の死亡診断です。今から思うと再会した日に身体の「不定愁訴」を確かに訴えていたことを思い出します。「いつか八倉くんに診てもらおうかしら?」こんなことまでいっていたのを思い出しました。そういえばあの時、Sさんの姿勢がたよりないのに気づいて気になっていました。「うん、ちょっとSさん悪そうな感じする」私とSさんしか、耳に入らなかったくらいの二人の会話でした。でも確かに、あの日、私とSさんは、そんな会話を交わしていたことは確かでした。でもこんな会話は、後になってとても心に残るものです。特に、私が医療に携わる人間だとなおさらです。

 もし、あの時点で、私がSさんの身体を診させてもらっていたらどうだったのだろう。そんなことを、今でも時々よく考えます。そうでなくても私は、よく患者さんの病気を発見します。時々ですがよく病状を隠して治療に見える方がいます。この前も「肩こり」できた患者さんですが、「これは、もしかして胃に何か問題があるかもしれませんから、一度病院で検査をしてみてはいかがでしょうか?」と提案させてもらったところ。患者さんのほうから「実は、最近病院で胃がんの恐れがあるからといわれています。そして精密検査を予約してきたばかりなんです」というふうにいわれました。また、どうも心経の経絡を治療していると痛がる患者さんがいると「やはりこれは、循環器に問題があるな」ということがわかります。

 ですから、Sさんの場合も、もし1年前に私が、言葉通りにSさんの治療をしていれば、きっと、「循環器」の異状に気がついたかもしれません。それから、娘さんの話だと、最近は血圧が高いのを気にしていたようです。身体は、大変な病気が起きる前に必ず痛みや症状で私達に「予告」をします。実は、Sさんのように健康であまり病気とは無縁だった人ほど無警戒で危ないのです。私は、治療前に必ず「問診」や「触診」で身体の症状を事細かにチェックします。「治療」をしていれば、必ず何かしら「予告」を感じてアドバイスができたはずです。

 「もしかして……」は、あくまで仮定の話ですが、やはり、私は、同級生の友人を亡くすことは、言葉にはいい表せないくらい、悔しい気持で心残りがするのです。今となっては、私にできることは、自分の回りから、またSさんと同じように若くて、一見病気とは見受けにくい人を「未病」の段階で助けて差し上げることしかありません。それができるのは、「不定愁訴」を見逃さない私達のような「治療院」しかみあたりません。そういう意味でSさんは、私に大きな教訓を残してくれました。Sさん本当に今までありがとうございました。あなたの明るさやさしさは、決して忘れはしません。若くしてなくなったSさんの冥福をこころよりお祈り申し上げます。

☆不定愁訴………特定の病気としてまとめられない漠然としたからだの不調の訴え。頭が重い、疲れやすい、食欲がないなど。
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☆左の緑の瓶が「特別本醸造酒」、右側の茶色の瓶が「特別純米」です。
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 一昨日、また藤枝の青島酒店に行ってきました。今回は、青島酒店のご主人にHPがあることを聞いていましたので、買いにいく前に少し読んでいきました。私が目についたのは、左の緑色の瓶、喜久酔の特別本醸造酒です。このお酒は、まだ飲んだことはありませんが、時々、近所の飲食店で見かけていました。HPの紹介を読んで、ますます飲んでみたくなりました。私の大好きな「特別純米」との違いを聞いてみると、「どちらも食べながら飲むお酒です。どちらもよく飲食店に置かれていて、さっぱりとしていて飲みやすいのが特徴です。どちらも同じお米を使って作っているのですが、違いといえば、純米酒と醸造酒の違いです。『本醸造酒』の方は、醸造アルコールが混ぜてあるのに対して、『特別純米』のほうは混ぜていない。そこだけの違いです」ということでした。好奇心が旺盛な私は、今回は、未体験の「本醸造酒」を買って飲み比べてみることにしました。まずは、「青島酒店」HPにあった紹介文をそれぞれ載せてみることにします。

011.gif喜久酔 「特別純米酒」

☆喜久酔人気に火をつけたお酒使用米 

 軽くてまるい純米酒をつくるのは並大抵ではありません。造りの良し悪しがストレートに現れてしまうからです。しかし、喜久酔特別純米酒は、それを見事に表現してしまいました。静岡型の純米と言える、上品さとさわやかさを兼ね備えたお酒に仕上がっています。昨年度に造られたお酒の中で、特別純米酒が、真っ先に品切れとなってしまったそうですが、それが頷ける味わいのお酒です。

720ml¥1,430(税込)
1.8L¥2,730(税込)

011.gif喜久酔 「特別本醸造酒」

☆蔵一番の人気酒 キクヨイを語るなら、まずこのお酒を

 このお酒は飲み手を拒みません。あくまで、やさしく素直に、美味しいという感動を与えてくれるお酒です。おだやかで上品な香りと、瑞々しい味わい、そして、飲みあきない味わいは、毎日の晩酌に、そして、飲食店の定番としても、人気の一本になっています。白身魚のお刺身や、焼き物にはうってつけです。

 食のエンターテイメントマガジン「dantyuダンチュウ」誌上の、あっぱれ日本酒の「毎日でも飲みたい酒」の部門で、「喜久醉特別本醸造」が堂々一位に輝きました。いわく『デリケートのタッチの中に旨さあり。永遠に飲み続けたくなる癒しの美酒』と紹介されています。

720ml¥1,050(税込)
1.8L¥2,100(税込)

003.gif飲み比べた結果

 やっぱり、やわらかで飲みやすいという点では、どちらも引けを取りませんでした。多分、両方とも気に入ったので、私はこれからも、どちらの喜久酔も飲み続けていくと思います。でも、どちらかに軍配を上げるとなると、私は、「特別純米酒」でした。
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☆治療室の机の本棚にも「西洋医学」と「東洋医学」の両方の本がある
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 医療に関する国家資格は、医師や看護師や薬剤師や理学療法士などたくさんある。鍼灸師やあん摩マッサージ指圧師もそのひとつである。ところが、「鍼灸マッサージ師」には、他の医療従事者とは、決定的に異なる違いがある。それは、他の医療従事者が、「西洋医学」の勉強しかしていないのに対して「鍼灸マッサージ師」は、「西洋医学」と「東洋医学」の両方を勉強しなくてはならないことだ。これは、同じように個人で開業できる「柔道整復師」とも明らかに違う点である。しかし、この意味は大変に大きい。それは、治療者は、自分が持っている引き出しが多ければ多いほどいいに越したことはないからだ。特に、「西洋医学」の引き出しと、「東洋医学」の引き出しを持つということは、多種多様な患者さんを見る上で大変大きな力になるからである。私のように、個人で開業している治療院は、困ったときは誰も助けてはくれない。「診たて」にしても「治療」にしても、この二つの見方や方法が採れるということは、とても助かる時がある。

 私は、専門学校に通っていた時から、師匠から「患者さんに何か聞かれた時には、きちんんと『西洋医学』の言葉を用いて、患者さんにもわかりやすいように説明できなければならない」と言われてきた。「西洋医学の言葉」というのは、「解剖学(人の身体のつくり)」や「生理学(人の身体の働き)」で一般的に使われている言葉である。最近では、テレビなどのメディアで「家庭の医学」のような番組をやっているので病気に関する知識など、大変に詳しい患者さんもいる。こうした患者さんが、もっとも納得いく説明は、「西洋医学」的な立場で、病気や症状をきちんと説明してあげることだ。人間は頭で理解すということは大変に重要になってくる。「西洋医学」は科学そのものである。特に私もそうであるが、現代人の頭は、「合理的」とか「論理的」とか「弁証的」な言葉に弱い。理詰めで説明していくと仮によく理解できていないにしろ「わかりました」というしかないようにできている。これがなんといっても「西洋医学」の強みである。

 それに対して「東洋医学」でわかりやすく患者さんに説明できる人は、少なくとも私は今までに一度もであったことがない。もちろん「東洋医学」は、もともと「西洋医学」とは性格が異なる。「西洋医学」のような合理性や論理性はない。むしろ、「体験的」「経験的」な知識の体系的な集約。これが「東洋医学」なのである。しかし、この体験や経験は、並の長さではない。中国何千年の歴史がぎっしりつまった時間の集約なのである。だから、多少疑問に思うことがあっても、これを簡単に無視することができない何かがある。特に「東洋医学」の考え方の根拠は、偉大な「東洋哲学」に支えられているので、科学的ではないといわれても、反対に「ではいったい科学とはなんだ?」といわれそうな重さを持っている。それに、一番面白いと思ったのは、「東洋医学」では、病気というものが、人のこころや感情がひとつの大きな要因となっていることを、明確に打ち出していることであった。たとえば「心配しすぎると腎臓を痛める」とか「悲しみすぎると肺を痛める」というのである。「西洋医学」が、医療であるのに、人のこころや感情にとても疎い学問であるのに対して、「東洋医学」では、「こころ」や「感情」が大切に扱われていることに、とても興味を抱いた。

 私が専門学校の学生の頃は、学生の間では、「西洋医学派」と「東洋医学派」があって、数の上では圧倒的に「西洋医学派」が主流を占めた。しかも、始めの頃は東洋医学が好きだと思っていた学生も「やっぱり西洋医学だよね」と寝返りをうつ者も多く見られた。しかし、私は、「東洋医学」に疑問を感じながらも、「西洋医学」の教科書に書かれていることで、事実に誤りの多いことを経験的に感じていた。特に、薬のリスクや副作用に対して体験している私は、始めから西洋医学を素直に信頼する気持にはなれなかった。だから、最後までどちらに偏ることもなく。両立する形をとったのである。そのことが、今の私が、治療者として小さな「八倉治療院」をやっていくうえでとても大きな力になっている。私がずっと今まで持ち続けてきた仮説。「人のこころと身体は密接な関係があること」「病気は気づきのためのメッセージ」という考え方が、普段の臨床の中に生かされ検証されていくような気がしているからだ。

 結論からいうと治療者というのは、自分の財産である「机」に、たくさんの引き出しがあることが望ましい。特に「西洋医学」や「東洋医学」といった二つの引き出しがあるということは、とても大きなことだ。しかし、私は、更にもっともっと大切な引き出しがほしい。今現在は、「西洋医学」や「東洋医学」だけではなく「量子力学」的な「超科学」の世界に大変な興味を抱いている。物体や人間の身体を電子や素粒子の世界から見て、「エネルギー」の集まりとしてみる見方である。また、物体だけではなく「想念(思い)」も「エネルギー」としてみる「量子力学」の世界は、治療の世界では、立派に通用している。「想念」は、力となりエネルギーとなり、人間の身体に働きかけること。このようなことも、「治療」という臨床の世界では、間違いなく実在している。本当は、人間の身体と同様に「治療」の世界は実に深いものだ。少なくとも、「鍼灸マッサージ師」として現在「西洋医学」と「東洋医学」、この二つの引き出しを持て治療していることは、治療者として大変な強みであることは間違いがない。
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☆「10月18日みのる座に行こう!」のチラシ
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☆現在93歳の映画館「みのる座」は今日も子供映画を上映していた
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061.gif「むかし子供だったみんな10月18日みのる座に行こう!
 このようなチラシを、手に入れました。何とか読めるでしょうか?とても気に入ったのはチラシの最後の5行です。

「私達はこの街、この国、この地球に変化を求めています!
ロマンず☆≡第一回目のイベントは大人から子供まで楽しめる地球をテーマにした
映画の上映と講演を企画しました!
町がどんどん変化していく中でも変わらない、93歳のみのる座に100歳を迎えてもらいたい!
そして、美しい山も川も海も、一緒に次世代の子供たちに受け継いでいこう!!!」

 ロマンず☆≡は、20代の若者14人で活動しているグループだそうです。映画に龍村仁監督の「地球交響楽ガイヤシンフォニー3番」を選んだのもいいし、講演に環境運動の活動家、田中 優さんを持ってきたのもいい。それに何より会場を「みのる座」を持ってきたのも大変にいいことです。何か、今の若い人たちがこのような企画を考え、実際に活動しているのを見ると何か応援したくなります。

 私も何かできることはないかなと思い。今日散歩で。みのる座の写真を写してきました。この「みのる座」子供の頃から、ずいぶんお世話になりました。亡くなった父が、晩年、よくこんな思い出話をしてくれました。「お前がまだ小さい子供の頃、『月光仮面』の映画を見せてやろうと思って、みのる座に行った時のことだが、そしたらさ、映画が始まると、『月光仮面のオジサンは、正義の味方だ、良い人だ、疾風のようにあらわれて、疾風のように去ってゆく、月光仮面は誰でしょう。月光仮面は誰でしょう………060.gif』と、大きな声でいっしょに歌うんだよ。可愛かったなあ……」というふうに話してくれたことがありました。その頃多分、5・6歳の少年だった私は、そんなことは覚えてはいませんでしたが、確かに父だったか誰かに「月光仮面」の映画を見に連れて行ってもらった思い出が、かすかにありました。だから、とてもこのみのる座が、懐かしいです。

 最近では、よく映画撮影にも使われたりするようになり、映画を見ていると「あれは、みのる座じゃん!」なんて思わず、びっくりするシーンに出会う時があります。もう全国でもこのような映画館はなくなってしまったのでしょう。それにしても、93歳ですか。本当にすごいことです。この映画館で、地球交響楽ガイヤシンフォニー第3番が見れるなんてとても素晴らしいことです。昔、龍村仁さんと話したとき、この第3番のテーマは、「ボディー」だとおっしゃっていました。確か、第1番が「マインド」、第2番が、「スピリット」そして、第3番は、「ボディー」つまり、「肉体」がテーマということで、「星野道夫」さんの壮絶な「生」と「死」が描かれている映画でした。とても感動しました。

 もしまだ、地球交響楽ガイヤシンフォニーをまだ一度も見ていらっしゃらない方は、この機会に是非どうぞ、といっても島田市近辺に住んでいる方になると思いますが、きっと、いい時間が過ごせることは間違いありません。
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☆最近はこのように基礎をコンクリートではってしまう建築工法が増えてきた。
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☆刈り取られた稲の切り株にはもう新しい目が生えてきている。
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 散歩中に思わず撮ってしまった2枚の写真。1枚は、新築の建前を前にしたコンクリートの基礎。よく見ると、土の部分を覆い隠すようにコンクリートがはられている。昔から床下は、「地面」と決まっていたが、今の家は、コンクリートが多い。一見とてもきれいな工法に見える方もいるかもしれないが、実はこれも、家が建つ前から「シックハウス」のひとつである。なぜかというと、これではせっかくの「地力」という自然のエネルギーの道を遮断してしまうからである。

 「地力」というのは、「その人が持っている本来の力。実力。」という意味に使われているが、字を見ればわかるように、「地の力」「底力」というように、大地から天に向かって昇っていくエネルギーのことを指している。つまり、生命を支えるエネルギーというものは、「地から天へ」。「下のほうから上に」と向かって働いている。よく私の師匠は、エネルギーについて教えてくださるのでわかるのだが。生命をあずかる医療に携わる人間は、このエネルギーについて理解している人としていない人では、まったく治療方法が変わってくる。前者は、自然治癒力を引き出そうとして、「治癒」する方向に導くことができるが、後者は、「機械と薬の力」によって身体を支配しようとする。ところが結局、その場は、切り抜けられてもすぐにまた違う病気の発生を招く。これとまったく同じことが、現代建築にもあてはまる。

 どうも現代人は、エネルギーについて鈍感になってしまっているらしい。余程、昔の大工さんのほうが、自然が導く法則に敏感であったようである。つい最近まで、「アスベスト」とか「クロス(人工壁紙)」の化学塗料が問題になり「シックハウス」という言葉をよく耳にした。こうした素材や人間に有害な物質を発生するものが、日本国中の建築物に使われているというのだから、まったくたまったものではない。よく「環境問題」というが、家の外の話だとばかりはいえない。こうして「衣・食・住」の「住居」にまで及んでいる。昔からの「棟梁」といわれるような大工さんに言わせれば、「家は天然無垢材と漆喰(漆喰)」を使って立てるのが一番だ」という。ましてやこのように、地面を覆うようにはられたコンクリートを見たらなんということだろう。楽しみである。このように、地力=地下からわき上がるエネルギーを遮断された家に住む人は、仮にどんなに見た目がキレイな家であろうと可哀想である。間違いなく、年月と共に免疫力(自然治癒力)が働かなくなった身体になってしまうことは、目に見えているからである。

 参考までにもう一枚の写真を見てほしい。秋は収穫の季節。もう既に稲刈りは終わり、このように稲束を天日干しにする光景が目につく。ところがよく見ると、稲の切り株からはもう既に新しい芽が、生えているではないか。なんと強い生命力だろうか。「地力」という「地の力」「底力」そのものである。こんなにも強い力が、地には備わっているのである。よく私の師匠は、私に「自然が教科書である」という。確かにこの稲の芽の生え方を見ると、植物は、下から上にと伸びる力が強い。それは、自然のエネルギーが、「下から上へと」という方向に働いていることを表している。これは、単なる「成長」の問題ではなく、「エネルギー」のそのものの性格を表している。これは人間に当てはめても同じことが言える。人の身体もエネルギーの道筋というものがあって、左足からはいって一度頭にのぼり、「百会」からいったん出て天に向かっていく。そして今度は、頭の「百会」から身体を通って地に向かって右足から地に向かって悪いものと一緒に出て行くのである。つまり、人間の身体は、自然のエネルギーと交流することで「健康」が保たれているのである。

 どうしてこのように最近建てられた家は、このような「自然の法則」に対してまったく無知であるかのような建築工法が持ち入れられるのだろうか。それは、人があまりにも「自然」から遠ざかってしまった生活をしているために身体や感覚が「鈍感」になってしまっているのではないだろうか。私にはそういうふうに思えてならない。
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☆監修:北里大学名誉教授 ゆたかクリニック名誉院長 村崎光邦先生による「うつのこと、もとわかってほしいから」のパンフレット
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001.gif最近、私のまわりや、訪れる患者さんに「うつ病」の方が、大変に増えている。これは今に始まったことではないが、もし「うつ病」の罹患率を統計で出したらすごいパーセンテージになるかもしれない。そのくらい、「現代病」のひとつに「うつ病」がある。でもそれにしては、世間のみなさまには、それほど理解されていないのも「うつ病」という病気の特徴かもしれない。「理解されていない」というより「誤解されやすい」といった方がいいかもしれない。そういう意味でこのような「パンフレット」の持つ意味は大きいと思う。簡単に要点が書かれておりわかりやすい。このパンフレットは、「神経科」・「精神科」・「心療内科」といったところにいけば、受付などにおいてあるので、簡単に手に入るものである。さすがに写真ではわかりにくいので、すこし、わかりやすいようにパンフレトから抜粋し、紹介していくことにする。ところで037.gifからが、私の本当にいいたいことなので、最後までお付き合い願いたい。

072.gifうつ病ってどんな病気?

 うつ病に対して「心の弱い人がかかる病気」、「心の持ちようで克服できるはず」と誤解している人も少なくありません。でも、うつ病は治療が必要な体の病気で、誰にもかかる可能性のある、ごくありふれた病気です。
 うつ病では、意欲や気力が衰えて感情や興味が失われ、仕事や家事ができなくなってしまいます。さらに、そういう自分に焦りを感じたり、もういなくなったほうが楽だというような気持になってしまうこともあります。

072.gifきっかけは?

 うつ病の発症に最も強くかかわっているのがストレスです。たとえば身近な人との死別や離婚などの喪失体験、転職や引越しなどの環境の変化などがあげられます。ただし、自分にも周囲の人にもきっかけが思い当たらないことも少なくありませんから、むやみにきっかけ探しすることなく、まずは治療に専念しましょう。

072.gif体の症状が前面に出る場合もあります

 以下のような症状があり、ないかを受診されても原因が分からない場合は、うつ病を疑いましょう。

・ねむれない・だるい・疲れやすい・食欲がない・頭痛・めまい・耳鳴り・動悸、首筋や肩の凝り・下痢や便秘 など

072.gif脳内物質のアンバランスにより起こります

 脳には、神経細胞がたくさんあり、セロトニンやノルアドレナリンなどの神経伝達物質がいろいろな情報を伝えています。これらはうまくバランスを保つことによって感情をコントロールしています。
 ところがうつ病では、神経伝達物質の働きが不足することでバランスが崩れ、感情をうまく調節できなくなってしまうのです。

072.gif適切な治療を受ければ、うつ病は改善します

 うつ病は、よくなったり悪くなったりを繰り返しながら、徐々に快方に向かうのが一般的です。少し気分がよくなったからと社会復帰をあせったり、悪くなったからといって気落ちせずに、長期戦の構えで治療を受けましょう。

☆“なにもしない”ことから

うつ病治療で重要なことは、ゆっくり休養をとることです。「今は充電期間」と割り切って、重要決定事項は先送りしましょう。命に関わる問題の先送りも重要です。無理をせずにできることだけをして、のんびりと過ごしましょう。

033.gif☆抗うつ薬とうまく付合うことが大切です

 うつ病の原因は神経伝達物質のバランスの崩れですから、このアンバランスを整える薬を服用します。また、症状が安定しても、しばらくの間のみ続けることが重要です。勝手な判断で、通院をやめてしまったり、のむのをやめてしまうことのないようにしましょう。

《主な抗うつ薬の種類》

①SSRI…………………もっともよく用いられます。セロトニンが、もとの神経細胞に取り込
          まれるのを防ぐことにより、効果を示します。

②SNRI…………………セロトニンに加え、ノルアドレナリンという神経伝達物質の取り込み
          も抑制します。

③三環系抗うつ薬……セロトニンやノルアドレナリン以外の神経の働きにも影響を与えるた
          め、副作用が出やすいという問題があります。

☆以上は、パンフレットから忠実に抜粋したものである。


037.gifこのように、セロトニンやノルアドレナリンを増やし働きを活発にするお薬が、病院ではよくだされている。ところで、このように薬を飲めば、「うつ病」はよくなるのだろうか?本当にそう思っている人があれば、病院の待合室で待っている患者さんに聞いてみればよい。もう何年も治療に通われている患者さんばかりだから、きっと、「うつ病」に効く薬に付いてはとても詳しい方ばかりである。ところが、「どの薬も効かなくなってくる」というのが現状である。それはなぜだろうか?

 実は、「セロトニン」も「ノルアドレナリン」も、もとは人間の身体がつくり出す物質である。ところが、それらが不足していくからといって薬で補おうとすると、今度は完全に身体のほうで、つくり出すことをやめてしまう。これは、「糖尿病」における「インシュリン」というホルモンと同じ理屈である。「糖尿病」には、「インシュリン」は欠かせないホルモンである。ところが、いったん「インシュリン」を薬で補おうとすると、もう身体のほうで産生しない。私たちの身体は、じつに怠け者である。「薬で間に合うなら、おいらはもう作らなくったっていいんだね」と、こんなふうに解釈するらしい。「怠け者」というのは、身体に大変に失礼で、本当は、怠け者は、勝手に身体を壊しておいて、安易に薬にたよろうとしたその人自身である。むしろ私たちの身体は、とても「厳格」なのである。

 でも確かに「うつ病」は、こころと身体の病気であることは確かである。おまけに体験した人ならよくわかるが、「うつ病」を患うと「肩こりや腰痛」「頭痛や腹痛」は慢性的である。身体のあちこちに「神経痛」が起きる。今日は肋間が痛む。と思えば、明日は、座骨神経痛といったふうに身体のあちこちが「疼痛」で悩まされる。そういうつらさが、いっそう気分を「憂うつ」にさせるのである。そういう時に、もっとも助けになるのは、私たち「鍼灸マッサージ師」による「はり」や「きゅう」や「指圧」などの治療である。実は、これらの治療は、痛みを軽減するだけではなく、不足している「セロトニン」や「ノルアドレナリン」の物質を促進することがわかっている。これなら、前にあげた「抗うつ薬」のような「副作用」の心配もない。「西洋現代医学」というのは、どうしてもこころと身体の問題を切り離して考えようとする。でも実は、「こころと身体」の問題は、どうしても切り離して考えることができないのである。

 もし「うつ病」の患者さんを「痛み」から解放してあげることができれば、「うつ病」の患者さんの大部分は、快方に向かうことだろう。そうなってしまうと、「医療制度」そのものが、根底から見直されることになると思うが、もし自分が「うつ病」にかかったり、家族が「うつ病」に苦しんでいる場合は、そんな悠長なことをいっていられない。本当に親身になってくれる「鍼灸マッサージ師」を探すべきである。そして欲をいえば、治療中に自分の自慢話ばかりするのではなく、患者さんの話をよく聞いてくれるような治療者を見つけてほしい。「精神科医」と同様、「聞き上手」な治療者にかかるとそれだけで、自分のこころが落ち着き、新たな発見がある。というものである。そういう積み重ねが、「うつ病」の治療には必要なのである。

 
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 現在、8日午前10時を回っていますが、台風18号は、静岡県を通り過ぎたようです。まだ時折強い風が吹くときがありますが、やがて静まるでしょう。しかし、昨夜の風はすごかったです。突風と共に家が揺れるんですから、さすがに、「強い台風」といわれるだけあります。まだ、家から外に出たわけではありませんから、台風の被害などを目撃したわけではありませんが、多分、いろんな被害が出ていても不思議はありません。東海地方は、もう大丈夫だと思いますが、進路方向の関東地方、東北地方の方は、くれぐれもご用心ください。特に風対策は怠りなく、お願いします。

 それにしても、今年は、通過する台風が少なくて、今回こんな大きい台風がやって来て驚きました。自然の驚異は、人の力ではどうすることができないもの。ただただ無事に通り過ぎることを祈るばかりです。でも、たまにはこういう気持になることも必要なのかもしれません。とかく人間は横暴です。普段は、自分たちの力でなんでも支配できると思いこみ。動物や植物など自然のあらゆるものに対して平気で危害を加えたりします。だから、時々このような台風が、私たちの生活を支配するという経験が必要なのかもしれません。でもこれも無事に台風が過ぎ去ってくれたのでいえることです。もし被害に遭われた方がいたら、とてもこのようなことはいえません。

 そういう私もこれから、風で吹き飛ばされた柿の木の葉や小枝を片付けなければなりません。それから、洗濯物もたまっているので、こちらの方もやろうと思います。なんせ昨日からヒラリーさんが、カナダはトロントに帰省しました。そういうことで今日からは、人に甘えることができませんので、全部自分でやらなければならなくなりました。考えてみれば、台風と共に奥さんまで一緒に去っていってしまったわけですから、私の生活は、これからどうなるのでしょうか。これから3週間、気楽といえば気楽ですが、いつも楽していた分、「つけ」が回ってきそうな気がします。
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 島田市には世界に誇れるような文化財があります。釣耕苑はそのひとつです。釣耕苑は、私の友人の別荘です。20年前にダムの底に沈む運命にあった古民家をこの地に移築しました。昔の豪奢な庄屋さんのたたずまいは、余りにも日本的で「こころのふるさと」に帰ってきたような感じがします。私は、去年から10月3日の「中秋の名月」には、この「釣耕苑」におじゃまさせてもらっています。この古風な門をくぐるとそこはもう別世界です。
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 釣耕苑(ちょうこうえん)の名前の由来は、道元禅師さまの「月を釣り、雲を耕す」という文言からいただいたものです。ここの主はとても教養の高い方で、西洋文化や東洋文化を問わず、優れた文化を取り入れるセンスは抜群です。特に、今の日本は、このような「日本文化」が日増しに失われていきますから、この地に釣耕苑があるということは、とても素晴らしいことだと思います。
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 私のカメラでは、どうしてもぶれてしまいますが、これは、釣耕苑の中庭から写した写真です。山の端から「中秋の名月」が見えました。これから、「観月会」がぐっと盛り上がりました。下に見える明かりは、昔は、馬小屋があった建物だそうですが、今はなんと立派な「茶室」に改造されています。提灯の明かり、蒼い夜空に「中秋の名月」何ともいえない光景が伝わっているでしょうか?
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 お月見といったら、やはりススキとお団子です。そして欠かせないのが、「お酒」です。私は、お酒が、ここの主のおかげで好きになってしまいました。今日おいてあったお酒は、土井酒造の名酒「開運」でした。ところで皆さんお行儀よく、同じ方向に向いて座っていますが、何を見ているのでしょうか?
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 能の舞台の下に誰かがギターを抱えて演奏しています。この日の特別ゲストで、東京から来たフォークギターのシンガーソングライターのようです。どうらやその方の演奏を見ているようです。それにしても釣耕苑にはこんな立派な「能舞台」があるんです。一昨年前の年の冬には、この舞台で黒川の「薪能」が行われました。それはそれは素晴らしかったです。このようなところで「能」が見れるなんて最高です。この日も檜舞台の両脇でかがり火が焚かれていました。
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 これは、釣耕苑の母屋から遠巻きに能舞台を見たところです。ちょっと面白いアングルかなと思い写してみました。それにしてもこの母屋の太い柱やはりにはいつも圧倒されます。でもこの家にひとたび足を踏み入れると、何かホッとします。くどいようですが「こころのふるさと」それが私の釣耕苑です。
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 ちょっと「観月会」の雰囲気が伝わるように全体を写してみました。やっぱり、大人のお月見は、お酒です。こんな感じで皆さん、母屋にいる方から、お庭でお酒を飲む方やらそれぞれ好きな場所で、楽しんでいました。服装も着物姿や浴衣姿の人などもいて、とても楽しい雰囲気です。やっぱり、10月3日は、来年も再来年も釣耕苑の「観月会」で決まりです。どうでしょうか?上手く写真が撮れませんでしたが、雰囲気をお伝えすることができたでしょうか?
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