<   2009年 12月 ( 9 )   > この月の画像一覧

☆この右側にある羽をつけたのが、本物のエンジェルでした
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☆真ん中にいるのがクリスマス・ラビット、何年か前に私がクリスマスプレゼントでもらったもの
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 粋と早いもの好きな日本人にとっては、クリスマスはもう過去のこと。ところが、ヒラリーさんのいるカナダや、アメリカでは、まだまだクリスマス一色です。年末はもちろん、新年だって1週間くらいは、クリスマスツリーが、あります。どこのうちのドアーもクリスマス・リースで飾られています。というわけでわが家も、今年いっぱいは、クリスマスは終わりません。ところで、前に「クリスマスといえば、エンジェル」と紹介したクマさんの飾りはエンジェルではありませんでした。やっぱりエンジェルといえば天使の羽がなければいけません。羽があるのは、上の写真のクマさんだけでした。やっぱり、ヒラリーさんは、クリスマスに関してはとても厳しい人です。「しっかり訂正してください」とのことでした。そういえば前のクマさん達には、天使の羽がありません。実は私も初めて知ったことです。
 
 ついでといっては何ですが、もうひとつ紹介させてください。サンタさんの赤い帽子をかぶったウサギちゃんがいます。私はこのウサギ・キャラが大好きで、家の中は、ウサギの置物がいっぱいあります。実はそんな訳で、このブログにもブログペットの「ミミちゃん」を飼っています。このクリスマス・ラビットも、もう何年も前からこうしてディスプレーでこの季節になると飾られています。毎年毎年、この時期になると出会えるのも新鮮でとてもいいものです。やっぱりクリスマスは、年末まで楽しまなくっちゃもったないですよ。やっぱりもう私も、何年か前から、お正月派からクリスマス派に変更しているみたいです。

 最後に私の知る、アメリカやカナダのお正月を紹介しますと、ちょうど、日本のクリスマスのような感じです。シャンペンで乾杯は、日本もよくやりますが、向こうは新年のニューイヤーズ・パーティーがとても盛んです。家族で過ごすというよりも、友人とか恋人どうしと、ホテルを借り切ってパーティーを楽しんでいるようです。どこか日本のクリスマスのような感じがしませんか?クリスマスとお正月の過ごし方が全く反対、やっぱり、そういうところが文化の違いでしょうか。それはそれで楽しいものです。
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☆クリスマスのディスプレーで飾られた八倉治療院の玄関
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☆クリスマスといえばエンジェル、こんな飾りの一つ一つににも思い出がある
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 12月25日。今日はクリスマスです。カナダ人のヒラリーさんは、いつも1年中「クリスマス。クリスマス」といっては騒いでいます。だから、クリスマスのディスプレーのひとつとっても思い入れが違います。カナダ人のヒラリーさんにとっては、クリスマスは大切な、特別な日なのです。そういえば、私が、アメリカ人の友達や、カナダのヒラリーさんと知り合ってから、クリスマスに招待されてわかったのですが、向こうのクリスマスは、日本のお正月みたいなのです。普段は、外で暮らしている家族が、クリスマスになると、みんな家に帰ってくるのです。この特別に大切な日は、大切な時間を、大切な人と共に過ごす。だから家族と共にというのが、ポピュラーなスタイルなのです。それがクリスマスなのです。どうですか?日本のお正月と同じですね。皆さんも、クリスマスを楽しくお過ごし下さい。
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☆今年も冬季限定しぼりたて生酒喜久醉がでました。今日発売開始です。
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☆瓶の後ろに書かれている説明書き
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011.gifホリスチィック医学の帯津良一さんは、「ときめきこそが最大の養生である!」と言っています。また、【帯津式「達者でポックリ」のための十二か条】のなかで「酒をたしなむ」……酒はからだによい。お酒が好きな人は、からだによいから毎日適量飲まなければならない。と言っています。いいですね、私も大賛成です。お酒は昔から「百薬の長」と言われています。しかし、いくら美味しいといわれても適量を超えれば、「毒」と変わります。ここが何とも面白いところです。「東洋医学」を知るものにとっては、これは、まさに手っ取り早く「陰と陽」を教えてくれる「飲み物」ということが言えます。そんな理屈はさておき。やっぱり人間、美味しいものには目がありません。特においしいお酒は、「生活」に花を添えてくれます。また、特に「善きとも」と飲むお酒は、「ときめき」そのもの。「人生」に花を添えてくれるものです。だからこそ、帯津さんは、大切な十二か条に「酒をたしなむ」を入れているのです。

 それはそうと、この「冬季限定しぼりたて生酒喜久醉」は、今日から全国一斉発売だそうです。ところが、きのう一日早く私は手に入れました。そうです、藤枝市の青島酒造の前にある青島酒店で一日早くこのお酒を手に入れることが出来ました。これこそ地元の強みと言うところでしょう。そして、昨日さっそく、いただきました。もうすっかり顔なじみになってしまった、青島酒店のご主人に話を聞きますと。この酒は、毎年、11月17日くらいに仕込むのだそうです。そして、出来上がるのが、その年によって違うのですが、やはり、12月9日くらいになるのだそうです。そして発売が今日。これは、ワインで言うとフランスの「ボジョレーヌーボー」のようなものです。説明書きのように、透明グラスに入れると、きれいに生成されたお酒というより、少しアワが浮き上がるし、何か混ざっているような感じを受けます。アルコールは、普通の私がよく飲んでいる「特別純米」とくらべるといくらか強め。ただ、スッキリしたいつもの辛口「喜久醉」にくらべますと、美味しさを感じさせる「甘さ」があるのです。しかし、よくあるようなとろとろとした「甘さ」ではありません。「喜久醉」の生酒だからこそ味わえるスッキリした「甘さ」なのです。多分、昔から日本人に親しみ愛され飲まれていた「お酒」ってこんな感じではなかったのでしょうか。私は、この粗削りな「素朴さ」が好きです。060.gif

 ちなみにこの「冬季限定しぼりたて生酒喜久醉」は、すぐに売れてしまうそうです。やっぱり、限定品は、それでなくてもプレミアムですから、毎年この時期を待っているお客さんからすると、「喉から手がとどくほど……」のようなものなのでしょう。一升瓶と4合瓶がありますが、一升瓶は、青島酒店では、お店に700本おくのだそうです。また、4合瓶は、更になくなるのがはやいということでした。060.gif 
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☆帯津良一「達者でポックリ。」面白い本だったので紹介します

達者でポックリ。

帯津 良一 / 東洋経済新報社


 八倉治療院は、最近は若い患者さんが徐々に増えてきましたが、やっぱり、まだまだ多いのは70代・80代の患者さんたちです。患者さんたちにとっては、私は、指圧や鍼灸の先生ですが、私から見れば、患者さんは、立派な人生の先輩。時には、私に「人生」を教えてくれる先生達なのです。そのお年寄りたちの誰もが持っている人生最大の関心事は、「死」です。人間って面白いものです。人生の大半が「しあわせ」を求めて、理想的な生活を思い描くように、人生の終焉が近づいてくると、今度は、「理想的な死に方」というものを模索していくようなんです。これは、とても自然なことです。私も今は、お年寄りに囲まれた生活をしていますので、人生の最大な関心事とまでは行きませんが、やはり、理想的な死というものを考えます。そう考えると「達者でポックリ。」というのは、最高の亡くなり方だと思えてくるわけです。

 ところが、「達者でポックリ。」は誰もが思い描く理想的な亡くなり方なのですが、誰もがそういう亡くなり方が出来るというわけではありんません。こういう理想的な亡くなり方が出来る人は限られた人たちなのです。考えてみてください。「達者でポックリ。」いくためには、相当前からそれなりの覚悟と準備が必要です。実は、死に方こそ生き方そのものなのです。ではどのような生き方かといいますと、自分に与えられた人生に感謝して、こころも身体も大切にしようとする生き方です。そして、最期の最期まで人の世話にならない。迷惑にならないようにしようとする決意と実行が、何よりも大切なのです。だから、「達者でポックリ。」は、そういう生き方が出来たかどうかの人生の結果なのです。

 日本ではホリッスティック医療の最先端を行く帯津良一さんの「達者でポックリ。」は、とても面白い本でした。字も大きいし内容もわかり易く一気に読める本でした。最後のほうに【帯津式「達者でポックリ」のための十二か条】というのは、そういう意味で、帯津さんらしい、とてもいいアドバイスだと思いましたので引用させてもらうことにしました。

004.gif【帯津式「達者でポックリ。」のための十二か条】

①出来るだけ歩く
 無理でない範囲で。駅のエスカレーターには乗らず、階段を使うなどの心がけを。

②気功を身につける
 何かひとつ自分にあった功法を楽しみながら続ける。

③旬のもの、地場のものを食べる
 大地のエネルギーを体内に取り入れることを心がける。

④好きなものを少し食べる
 好きなものをときめいて食べることが最大のクスリ。ただし腹八分目を心がける。

⑤酒をたしなむ
 酒はからだによい。お酒が好きな人は、からだによいから毎日適量飲まなければならない。

⑥早寝早起き
 朝日を拝むことが生命のエネルギーを高める。

⑦いつも希望とときめきを
 ときめきこそが最大の養生である。将来に向かって青雲の志を持つことも大切。青雲の志とは、聖賢の人になろうとする志である。

⑧生きるかなしみを(旅情)をかみしめる
 本来人間は悲しくさびしい存在であると心に命じる。

⑨この世は品性を磨くための道場と心得る。
 喜びもかなしみも、健康も病もすべてが生命のエネルギーを輝かせる修行。

⑩折にふれ死を想う
 日頃から心の準備をしておけば、死に直面しても動じない。

⑪わが弱点をサプリメントで補う
 家系的、体質的な弱点があればこれをサプリメントで補う。

⑫いい場に身を置く
 いい人たちと交流する。生命のエネルギーに満ちあふれた人に会う。
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☆ふる里の山。この八倉山をぐるっと回り反対側に行くといつもよく行く伊太和里の湯がある
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003.gif八倉治療院のスタンス(目指すもの)

 この記事は、今年7月1日に書いたものです。少し抽象的な内容ですが、これは、ホリスティック医療の考え方と大変よく似ていると思います。

☆「鍼灸師がその先に見るものは」

 どうして医者は、病気が治せないのだろうか?あれだけ高額な機械を使い。あれだけ高額な薬を使い。結局、病気が治せない。医者は、「治した」というのかもしれないが、私たちから見れば、「治した」のではない。病気を一時的に「抑えた」だけである。昔から「木を見て、山を見ず」という言葉がある。医療の世界では、「病気を診て、人を診ない」ということだろう。医者と私たち鍼灸マッサージ師では、見ているものが違う。医者が、見ようとしているものは、「山の中に生えた一本の木」。「病気」だけしか見ようとしていない。ところが、私たち鍼灸マッサージ師が、見ようとしているものは、その一歩先にあるものだ。人は見ても「病気」を見ようとはしない。私たちが見ているのは、「山」。その患者さんの「こころと身体」を見ることで、その先にあるものを見ようとしている。そこが、「西洋医学」とまったく違うところだ。

 私たち鍼灸マッサージ師が、必要とするものは、究極的には、一本のハリ。一つまみのモグサ。それ以外は、一切必要はない。いやそれらさえも必要がない。物にたよるのが「治療」ではないことを知っているからだ。また、本当に一流の「治療家」は、「治させていただく」とはいっても、「治す」とはいわない。「病気」を治すのは、その人自身であることを知っているからだ。私たち鍼灸マッサージ師が、唯一よりどころとするのは、「山の気」と同じ「自然」のエネルギー。人という身体が持つ治す力=「自然治癒力」である。

 私は教えられた。だから、知っている。この宇宙には、普遍の法則が働いていることを、「求めるものは得られず」これが、大宇宙の法則である。治療家が、「治そう」と思った時には、その時点で、治療は終わっている。「自然の力」は、働かない。私は知っている。「病気」を治すのは、その人自身であることを。だから、私は「求めない」、辛抱強く待つ。待って、待って、その人のこころと身体が、動きだした時に、はじめて「自然治癒力」を引き出すためのお手伝いをさせていただく。そうすると、そこにさっと「自然」のエネルギーが注ぎ込まれて、自然に「病気」の方でたち去っていってくれる。鍼灸マッサージ師の私が、いつも見ているのは、………「山」という名の「こころと身体」。そして、その先に見ているものは、「自然治癒力」である。

058.gifホリスティック医学の定義

☆帯津 良一 会長(帯津三敬病院名誉院長) NPO法人日本ホリスティック医学協会では「ホリスティック医学」を次のように定義しています。以下は、インターネットの情報から引用させてもらいます。
      
1. ホリスティック(全的)な健康観に立脚する 人間を「体・心・気・霊性」等の有機的統合体ととらえ、社会・自然・宇宙との調和にもとづく包括的、全体的な健康観に立脚する。

2. 自然治癒力を癒しの原点におく生命が本来、自らのものとしてもっている「自然治癒力」を癒しの原点におき、この自然治癒力を高め、増強することを治療の基本とする。

3. 患者が自ら癒し、治療者は援助する病気を癒す中心は患者であり、治療者はあくまでも援助者である。治療よりも養生、他者療法よりも自己療法が基本であり、ライフスタイルを改善して患者自身が「自ら癒す」姿勢が治療の基本となる。

4. 様々な治療法を選択・統合し、最も適切な治療を行う西洋医学の利点を生かしながら中国医学やインド医学など各国の伝統医学、心理療法、自然療法、栄養療法、手技療法、運動療法、などの各種代替療法を総合的、体系的に選択・統合し、最も適切な治療を行う。

5. 病の深い意味に気づき自己実現をめざす病気や障害、老い、死といったものを単に否定的にとらえるのでなく、むしろその深い意味に気づき、生と死のプロセスの中で、より深い充足感のある自己実現をたえずめざしていく。 


004.gifホリスティック医学とは

☆「ホリスティック医学」について興味がある方のために「ホリスティック医学とは」を日本ホリスティック医学協会の記事をインターネット上から引用させてもらいました。

Holisticという言葉は、もともとホーリズム(holism)の形容詞から生まれました。ギリシャ語のholos(全体)を語源としていて、そこから派生した言葉にwhole,heal,holy,health…などがあり、健康(health)という言葉自体がもともと『全体』に根ざしています。
 現在、「ホリスティック」という言葉は、「全体」「関連」「つながり」「バランス」といった意味をすべて包含した言葉として解釈されています。的確な訳語がないため、そのまま「ホリスティック」という言葉が使われていますが、意味する内容は決して新しく輸入された考えではなく、もともと東洋に根づいていた包括的な考え方に近いものといえます。

 人間の生を「いのちの営み」として、ありのまま全体を見つめ、限界や欠如も含めて尊重する姿勢がホリスティックであり、ホリスティック医学をひと言でいうならば、人間をまるごと全体的にみる医学といえます。健康や癒しとは本来、身体だけでなく目に見えない精神・ 霊性も含めた人間の全体性と深く関係があります。これは、病気だけに限定されるものではなく、人生の中の生老病死というステージを考え、病を癒 していくなかに関連する、あらゆる分野の「癒し」も大切に考えるということです。  

したがって、ホリスティックな健康とは、「病気でない状態が健康である」という否定的な 定義や「血液や尿や細胞組織の検査結果が正常値の範囲以内であれば 健康である」という消極的な定義ではありません。
 『 精神・身体・環境がほどよく調和し、与えられている条件において最良 のクオリティ・オブ・ライフ(生の質)を得ている状態 』を健康と考える、より積極的な状態のことです。


※ホーリズム(holism)
 1926年にジャン・クリスチャン・スマッツという思想家が「ホーリズム(holism)と進化」という著作の中で「holism」の形容詞として、初めて「Holistic」という造語を使いました。
 これは、アリストテレスの「全体とは部分の総和以上のなにかである」という表現に代表される還元主義に対立する考え方で、臓器や細胞などといった部分に分けて研究し、それを総合したとしても、人間全体をとらえることはできない。現実の基本的有機体である全体は、それを構成する部分の総和よりも存在価値があるという理論であり、同時に、一固体は孤立に存在するのではなく、それをとりまく環境すべてと繋がっていると考え方です。
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 「皆さんの中でアルコールを召し上がるのが好きな方は、いらっしゃいますか?」「ハーイ!」と思わず正直に手をあげてしまった。私は、島田市にある伊太和里の湯トランポウオーク教室に週に1回通っている。そこの教室の指導員T先生が、ストレッチ体操をやりながら、こんな話をしてくれた。「今日は、平成のアル中についてお話ししますね」「平成のアル中」って何だろう?「アル中」といえば、「アルコール中毒」だろう。誰もがそんなイメージを頭に描いた。ところがT先生の言われる「平成のアル中」は何か意味がありそうである。

029.gif「平成」という時代は…………

 「昭和」といえば、経済の時代。日本は、高度経済成長の時代をむかえ、働けば、みんなお金を稼げた。お金があればみんな幸せになれた時代である。ところが、そんな時代はいつまでも続かなかった。「昭和」が終わる頃、経済の時代は終わった。「平成」にはいると、たて続けに「不景気」の時代が訪れた。アメリカ経済の崩壊は、世界各国に大打撃を与えた。中でも「サブプライムローン」の問題や「リーマン証券会社」の倒産は、「世界恐慌」とも言える経済危機をもたらしてしまった。今までは「お金さえあればしあわせだった」のが、経済社会の崩壊と共に、その価値は終わってしまった。世界中の誰もが、「お金の価値は、当てにならないものだ」ということを痛感したからである。
 政治の世界でも最近は、「コンクリートから人へ」と言うようになってきた。つまり、本当のしあわせって何だろう?と考えた時、それはお金では買えないもの。いくらお金があったって、「健康」でなければ、何もしあわせではない。そのような考え方が、自然発生的に生まれてきたのである。「平成」という時代は、「物から人へ」「経済社会から医療・福祉社会へ」変化して、そして、「健康」の大切さを考える時代になってきたのである。

068.gif「アルコール中毒」から「アルク中毒」071.gifへ…………

 「アル中」はどうも「アルク中毒」であるらしい。最近は、「メタボリックシンドローム」という言葉や、「メタボ対策」という言葉が、社会現象を起こしている。いろんな場所で、「メタボ」という言葉が、中年男女から聞かれるようになってきた。そのために病院では、「歩くこと」を勧めている。確かに運動不足の大人には、歩くことは、どのくらい美容と健康にいいかしれない。なぜなら、人は、少しはやめの「ウオーキング」を20分やれば、身体中の血管の中にある全部の「糖(とう)」を代謝できるからである。もし、歩く人が、普通の身体かやや細身の方なら、食べ物に気をつけさえすれば、その体型を維持できる。もし、体重が気になる人は、もう少しがんばって30分から40分くらい歩けば、身体の体脂肪を燃焼し、「ダイエット」が出来るのである。「歩くこと」は、大切な習慣である。もしこの習慣化が実現して「もう毎日歩かないでいられない」「歩くことが中毒」になってしまえばしめたものである。それこそ「アル中」のおかげで「健康」が維持できるという素晴らしい恩恵を得られるのである。こういう「アル中」なら素晴らしいではないか。

037.gif「中年」は「若者」とは違う……………

 「若い」時は、いくら食べても「肥らなかった」のに、どうして最近は、ちょっと食べただけでこんなに肥ってしまうのか?これは、「中年」とよばれるようになった「大人」の誰もが抱える「悩み」のひとつである。それは、若者と中年では、「代謝」能力が違ってしまっているのである。ホント、お腹回りに脂肪がついてなかなかとれないのが「中年体型」。世の中の中年男女は、「メタボ」という言葉に敏感に反応するようになってしまった。何もこれは、「美容」だけの問題ではない。「メタボ」は、ひとつの「警告」なのである。昔は、「成人病」と言われていたが、今は「生活習慣病」といわれている。身体に余分な脂肪を蓄えておくとあまりいいことがおこらない。「糖尿病」「脳梗塞」「心筋梗塞」次々に恐ろしい生命に関わる「病気」の危険性が高まってくる。だから、「中年」にとっては、「歩くこと」「ウオーキング」は、「美容」と「健康」に、欠かせないキーワードになったのである。

058.gifだから、「皆さん、平成のアル中をめざしましょう!」というのが、「トランポウオーク」の指導員T先生のお話だった。「平成のアル中」なかなかいいではありませんか。これからは、近場は、歩いていくことにしよう。「トランポウオーク」も回数を増やして、本当に「アル中」を目指してみたら面白いかもしれない。
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☆「IDストレッチング」編集 鈴木重行・三輪書店より「大腰筋」
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☆「IDストレッチング」編集 鈴木重行・三輪書店より「腸骨筋」
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☆「医道の日本」2009年11月号P100の図を資料として参照
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008.gif「なかなか治らない腰痛、その原因は腸腰筋がインナーマッスルだから」

 「腰痛はなぜ治らないのか?」これは、治療院をやっている者なら誰もが頭を悩ます問題である。もちろん時間をかけて何回でも治療できれば話は別である。しかし、このご時世にそんなに気の長い患者さんは、ほとんどいない。少なくとも3〜4回ぐらいの治療で、「治るかもしれない」という見通しが、治療者と患者さんの双方が感じられるようでなければ、治療院としてはやっていけない。そこが、とても厳しい現実である。特に、腰痛は、「大腰筋」と「腸骨筋」。(二つ合わせてこれからは、「腸腰筋」とよばせてもらうが、)これが、腰痛を引き起こす大半の原因だからである。しかも上の図の通り、どちらも「インナーマッスル」なのである。これまでの、腰痛の治療は、患者さんを、側臥位といって、横向きの姿勢をとっていただき、治療するのが一番効果的である。このとき「大腰筋」の起始部(腰椎にそった部分)に向かって指が入っていくようであれば、治療は容易である。しかしほとんどの場合、治療者が、体重をかけて押しても指がぴたりと止まって、なかなか入っていかないのが現状である。つまり、「大腰筋」に達する以前に、激しい痛みのため、周囲の筋肉が、過緊張になり防御の体制をとり治療する指を拒んでしまうのである。指が入っていかないというのなら、どうするのか?その場合に鍼が使える患者さんなら、「大腰筋」に向かって鍼という選択肢もある。ところが、必ずしも上手くいくとは限らない。というのは、鍼を打つ場合はほとんどが、背中側からになる。ところが、「大腰筋」に到達する前には、「脊柱起立筋」や「腰方形筋」といった筋肉の厚い壁が、しかも硬い壁となって立ちはだかる。そこへ、髪の毛くらいの太さの鍼を刺して思い通り、真っすぐ「大腰筋」に到達させるのは、至難の技である。ほとんどの場合が、挿入した時点で曲がった方向に進んでしまい。思った方向に進んでくれるとは限らない。残念ながら、私の場合だけかもしれないが、鍼治療は、効果がある時とない時があるというのは、そういう理由からである。ましてやもうひとつの「腸骨筋」に至っては、上の図からもおわかりのように腰部からは、指も鍼も絶対に届かない位置にある。これまで、「腰痛が腸腰筋によって引き起こされる」というところまではわかっていながら、手をこまねいていたのは、「腸腰筋」が腰部からは手が届かない「インナーマッスル」だったからなのである。これが「腰痛治療」の難しさとも言える。

007.gif「腰痛がなかなか治らないと大腿神経痛となり、やがては膝痛を招く」

 もし腰痛もよく休養や治療を行って治しておけば、それは単なる「腰痛」だったとえる。ところがこれが、治らないでいつまでも「腰痛」として残った場合は、それは、「大腿神経痛」ということになる。だから、「大腿神経痛」でお困りの方は、大変多いことになる。しかも、「腰痛歴」何十年という方は、間違いなく「大腿神経痛」であり、ほとんどの場合が、「座骨神経痛」を伴っていることが大変に多いのである。今回は少し座骨神経痛の話題を除外しておくことにする。(もし座骨神経痛について詳しいことが知りたい方は、八倉治療院日記の「座骨神経痛」をご覧になってほしい)「腰痛」を引き起こす「腸腰筋」は、いずれも「大腿神経」の支配である。つまり、「筋肉」の異状が先か「神経」の異状が先かは、「鶏が先か卵が先か」と同じ議論なので何とも言えない。筋肉が損傷している時には、心経の損傷も考えられる。両者はほとんど同時進行の道を辿る。ここで重要なのは、間違いなく「大腿神経痛」を引き起こす元凶は「腸腰筋」であるということなのである。逆から考えれば、元凶である「腸腰筋」を治療できれば、「腰痛」や「大腿神経痛」が克服できるということになる。しかし、「腰痛」や「大腿神経痛」といっているうちはまだいいほうかもしれない。「腸腰筋」の拘縮がすすむと、「椎間板ヘルニア」や「変形性椎骨症」や「脊柱管狭窄症」などの重症な疾病に発展していくことも考えられるからである。それほど「腸腰筋」の治療は、大切かつ深刻な問題である。
 ところで話は変わるが、どうして、「腰痛」がひどくなると「膝痛」に発展していくのはなぜだろう。大概、「腰痛」がひどくなる人は、「膝痛」も訴える。また、「大腿神経痛」が重症ともなると、大腿部の正面や側面の筋肉が痛くて普通に歩けない。特にどちらか一方が痛くてうまく足を踏み出せないから、とても気の毒な歩き方になる。つまり、大腿部の前面の「大腿四頭筋」は、「大腿神経」の支配だからである。特に膝に近い「内側広筋」は、「腸腰筋」と同様大切な治療点となってくる。つまり逆に言うと「大腿神経痛」が治れば、「膝痛」もよくなるのである。
 
005.gif「腸腰筋の治療の決めては、鼡径部にあり」

 「大腿神経痛の元凶である腸腰筋をこれ以上ほっといていいのか」ということで、治療者なら誰でも頭を悩ますことであろう。しかし、この腸腰筋は「インナーマッスル」とはいえ、筋肉の停止部を見ると鼡径部にあるではないか。話が解剖学的になって申し訳ないが、大腿骨の小結節あたりに筋肉が、停止している。それは、足の太腿でをあるが、付け根のあたりに直接「腸腰筋」を触れる部分がたくさんあるのである。これはまさしく重要な治療点であり、これをほっておく手はない。ここまでなら、解剖学や生理学を学んだ専門学校の生徒でもわかることではあるが、頭ではわかていることが、これを臨床に結び付けることはなかなか難しい。ではどのように治療すればいいのか?これがイメージとして湧いてこなかった。ところが、3番目の☆を見てほしい。「医道の日本」という雑誌がある。これは、私のような「鍼灸マッサージ師」や整骨院の「柔道整復師」などが読む雑誌である。この2009年11月号を見ていると100ページ目に次のような雑誌が、掲載されていた。はじめに目に留まったのが、図3の「腸腰筋のストレッチ」している図であった。「これは使える!」しかも「IDストレッチ」に紹介されているようなストレッチと違って、無理がないこれは臨床で活かせると思った。そして、更にもっと驚いたのは、次の図4の「長内転筋のストレッチ」の図であった。というよりもこの治療者と患者さんの位置関係が、まさに腸腰筋の鼡径部のあたりの治療にぴったりなのである。「これなら腸腰筋が治療できる!」そのとき頭の中に一瞬に閃いたのだった。実は、おかしいかもしれないが、臨床というのはこのようなひらめきの連続で、一瞬のひらめきが、大変な治療法の発見に結びついたりすることが実に多いのである。雑誌は「長内転筋のストレッチ」を示しているのだ、私に、それは、「腸腰筋の指圧治療」にスライドして見えたのである。これが私の「最新版・大腿神経痛を指圧で治療する」の始まりであった。

003.gif「確実によくなる。ただし、治療はとても痛いという欠点がある。だから、インフォームド・コンセントが必要」

 どんなことにも、欠点はあるもので、この治療は、直接、拘縮した腸腰筋にふれ指圧を試みるため効果は絶大だが、とても人によっては、耐えられないような痛みを伴う。だからこれを治療者は、いきなり患者さんに試みることだけは控えてほしい。ちゃんとした説明をした上で治療の了解を得てほしいのである。これを「インフォームド・コンセント」という。また、それ以前に治療者と患者さんの間に信頼関係が生まれていなければならない。また、治療原則として必ず。一般的な腰の治療を行った上で、左足、右足の順に行うこと。(上下・左右の治療原則)を必ず守ること。治療は左右の「腸腰筋」「内側広筋」合わせても20分〜30分で終わる。激痛だった痛みがまるで嘘のように引いていって、完全に痛みから解放された本当の「静寂」が戻ってくる。ただ、絶対に治療者の強引な無理な治療は避けることが大切である。私は、患者さんと約束をすることにしている。それは、「もし患者さんから『STOP』がかかったら、必ずそこで治療を終わる」これは無理に行うものではない。ダメなら次回がある。絶対に無理はやめてほしい。この治療に必要な痛みはあくまでも前向きなものであってほしい。「いずれはよくなるための必要な痛み」これが、治療者にとっても患者さんにとっても、「前向きな痛み」である。だから、治療者は、決してあせっては行けないのである。治療にあたり必ず「ゆとり」を持って望んでほしいのである。そうすればこの治療は、「大腿神経痛」に欠かせない最も確実で、治療効果が高い治療方法となるからである。
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☆患者さんが持ってきてくれた1、2キロもあるジャンボゆず
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 この写真からこの「ゆず」の大きさがわかるでしょうか?このゆずを患者さんが両手に抱えて持ってきてくれた時には驚きました。同じみかん科の「夏みかん」だってこんなに大きなものはありません。あまりの大きさに驚き、このゆずの体重を量らせてもらいました。なんと1、2キロもあるではないですか?これをもらったのはもう5日程前になります。すこし、瑞々しさもなくなり、ひからびてきた感じはありますが、ちょっとこのようなゆずを見るのは初めてで、皆さんにもこの感動を伝えたくてブログに載せてみました。ゆずは、果皮に香りがあり調味料としてお料理にも使われるそうですが、私が知っているのは、この季節、お風呂の中に浮かべて香りを楽しみながら入る「ゆず湯」です。このジャンボゆずなら、ひとつあれば充分でしょう。わが家の狭いお風呂では、このゆずを半分に切って浮かべたとしたら、もう入るスペースがなくなってしまうかもしれません。
 これをもって来てくれたのは、静岡市の患者さんです。なんでも家の近くの山に生えているゆずの木からとってきてくれたというのですが、その木にはこのような「ジャンボちゃん」たちが、まだいっぱいぶる下がっているというのです。ちょっと想像してみてください。こんなゆずが、いくつも木にぶるさがっている。ちょっと想像しただけでも気が遠くなりそうな光景では、ないでしょうか。ちょっと、そのゆずたちに出会うだけでも静岡に行ってみる価値がありそうです。本当に世の中には、「オドロキ、桃ノ木、山椒の木」そして「ゆずの木」があるものです。このゆず、あんまり立派なのでしばらくは、治療院の玄関に飾っておくことにしました。
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☆毎年この時期になるとお世話になっている「湯たんぽ」右は、袋に入っている状態
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 今年もやってきました「湯たんぽ」の季節。私たちは、この湯たんぽにお世話になってから3年目を迎えます。湯たんぽは、毎年やってくる冬の必要アイテム。これがないと、冬が来た気がしない。ところで、皆さんは、「湯たんぽ」使っていますか?これって本当に優れものです。どんなに寒い冬でもこれひとつあれば、ほかほかポカポカ、ハッピー気分053.gifで過ごせてしまう。これさえあれば、058.gifエアコンもストーブもいりません。空気も汚さないし燃料費は、お湯ですから、お湯を沸騰させるくらいの燃料しかいりません。それで、朝まで持ってしまうのですから、これは本当に驚きです。環境面から見ても、これほど優れたものは、探してみてもそうざらにはありません。

 ところで「頭寒足熱」という言葉を何気なく使ってしまいましたが、これは、東洋医学ではよく用いられる言葉のひとつです。つまり、「足元は暖かく、頭は、すっきり涼しく」。これが、人間が快適にすむ理想的な環境です。またこのような状態にあれば、常に身体の中では、血液循環が促進されます。つまり、「湯たんぽ」は、人間の身体に大切な、血液循環の促進を行っているのです。前にも確か「温泉の入り方」で「半身浴」をお勧めしましたが、これも理屈からいうと同じです。逆に言うと、「湯たんぽ」を使用する部屋の温度は、「寒い」くらいなのがいいのです。これは、外国のようにセントラルヒーティングのない。部屋が冬寒い。052.gifまさに日本の冬の環境にぴったりなのです。

 大義からお話ししましたが、わが家の裏事情をお話しします。実は私はあまり冷え性ではないのですが、ここ最近、ブログにハマってしまってから、夜更かし063.gifが多くなりました。インターネットについ夢中になり、午前を回ってしまうこともざらにあります。059.gifそうすると、この湯たんぽが私の氷のような足を温めてくれるので、本当に助かっています。それ以前はどうかというと、ヒラリーさんが、極端な「氷足」で先ににペットで熟睡していた私の足に、さっと重なってくるものですから、まるで「条件反射のカエルの足」のようにピックと動き。せっかく楽しんでいた「羊の夢?」も、現実に引き戻されてしまうこともしばしばでした。ですから、この「湯たんぽ」は、少しオーバーですが、私たちの冬035.gifを変えてくれたような気がします。
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