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029.gifミツバチ事件より学ばせてもらったこと

☆外から見た八倉治療院の庭。ミツバチの大群が去った後には、いつもの通り何事もなかったように、きれいにツツジが咲き乱れていた。
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 実際は、私とヒラリーさんしか知らない「ミツバチ事件」。その後、しばらくの間、私たちは、狐につままれたような気持になった。よく世間では、「世紀の大事件」などと言うけど、私たちは、生まれてからこのかた約半世紀。初めてこの目で目撃した自然界の大事件である。しかし、このように、ウソのようにきれいにいなくなってしまうと、本当に見たことさえ夢のように思えてくる。しかし、このようにカメラやブログにも写真が残っている以上。まさにそれは、現実であったことを証明していた。
 
 事件の後、ヒラリーさんは、いろんな友達に話しているらしい。反応はいろいろ。「私もぜひ見てみたかった」「私はこわくてそんなの絶対に見たくない」「やっぱり異常気象が続いているから、悪いことが起こる前兆では」中には、「そのミツハチがとまった松の下をほったら、宝の山がでてくるかもね」、なんていう奇想天外な意見が出てくるやらでたいへん面白かった。そういえば、今年は、本当に異常気象の連続である。雨の日が本当に多い。そして、暑くなったり寒くなったり、いっこうに、天気や気象がおちつく様子がない。近所の神社を歩いていても、まるでまだ晩秋が終わってないかのように、落ち葉が散乱しており、とても、5月の風景にふさわしくない様子なのである。そんな、最中、ミツバチの大群が、きゅうに現れ、あっという間に消え去ったとしても、たいして不思議はないかもしれない。すべてが異常の天変地異なのだから。
 
  このようなことってあるのだろうか。一番見近なところで、インターネットで検索して調べてみると、やはり、似たような出来事を発見した。また、ブログでいただいたコメントにもあったけれど、女王蜂の「巣分かれ」というのが考えられる。同じ、巣の中に新しい女王蜂が誕生すると、新しい女王蜂は、大勢のミツバチを引き連れて移動をするらしい。それを「巣分かれ」というらしいのだ。私たちが見たのは、その巣分かれの行動の過程であったのかもしれない。と科学思考の左脳で解釈して納得するのである。確かに、治療院の庭には、もうツツジの花が咲き始めていた。しかし、あれだけの数の大群が、それを目当てにやって来たとは思えなかった。しかも、ツツジの花からミツを集めている様子もほとんど見られなかった。

 しかし、田舎とはいえ、ご覧の通り場所は民家のある市街地である。人通りもあり、それなりに天敵もいる。あれだけの数のミツバチ集団が、生活を営んでいくための花が、近所を含めてそんなにあるとは思えない。だとしたら、こんな人が住む民家の小さな庭に一泊して行った理由というのはなんだろう?次から次へと更なる疑問がわいてきた。「人はどこからきて、どこに行くのだろうか?そして、どうしてそこに来たのだろうか?」というまるで、人類と同じような普遍的な三つの命題が、ミツバチの行動にも言えると思い、同じような疑問が残った。 

 私は、いつも師匠からご指導をいただいている。そして、いつも言われる言葉の中に「この世のすべてのことに偶然はない。だから、日常生活をおくる上で、どんな小さな出来事でもメッセージと受け止めて見逃してはいけません」という言葉が頭に浮かんだ。そして、師匠が、教えてくれた「宇宙の法則」のひとつを思い出した。「求めるものは得られず。追えば、逃げる。嫌えば、襲ってくる……」ということばである。確かに、はじめは、ミツバチの数の多さに驚き「こわい!」という気持が生じた。しかし、だからといって、何時ものように「はい、いらっしゃい」という気持になれなかったことは確かである。正直な話、松の芽もだいぶ伸びて、そろそろ、年に一度の庭木の剪定の時期に来ている。いつもの庭をやってくれる方にお願いしようと思っていたところである。「でも、これでは、お願いできないなあ。もし巣を作るなら、庭の剪定の後だったらよかったのになあ」とこんなのんきな調子であった。

 また、島田市では、お願いすると蜂の巣の駆除をやってくれる。それを、考えなかったわけではない。でも、もしそうなったら、たくさんのミツバチの命を犠牲にすることになるだろう。そんな、むやみな「殺生」はできないし、困ったものだ。「小さな虫にも、五分の魂」という。日常生活に、やもう得ない支障が生じたわけではない。少なくとも精神世界に生きる人間の端くれとしては、そういう無益な殺生は絶対にできなかった。私たちは、日常生活の小さな出来事を無視してしまう。しかし、どんな些細な出来事にも、深い意味が仕組まれていることがあるのだ。師匠は、よく「試されているんですよ」とおっしゃる。今度の八倉治療院で起こったこの出来事も、もしかしたら、私たちは「試されていたのかもしれない」。悪くすれば、何千匹、何万匹のミツバチの大群に襲われて生命を失いかけていたかもしれないのだ。「嫌えば襲われる」まさに、そのような状況は仕組まれていたような気がする。私たちのこころを、ミツバチは、感じ取ったみたいにわかったのだろう。全くあっという間に消え去っていなくなってしまった。これが、私たちが、ミツバチ事件から学ばせてもらったことのすべてである。そんなふうに私は、ヒラリーさんと二人で話し合っている。少し変な二人です。
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029.gif八倉治療院の庭にミツバチの大群がやって来た!

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1、やあ〜驚きました。つい3日前のことです。4月25日(日)ごご1時頃でした。午前中の患者さんを治療して、ヒラリーさんといつものように、お昼ご飯を食べていました。ちょうど食べ終わった頃でしょうか。天気もよかったので、洗濯物を取り込もうかと思って、はき出し窓を開けようとした瞬間です。何か外の様子がいつもと違う感じがしました。最初は何が何だかよくわかりませんでした。何かものすごい変な音が聞こえてきたのです。窓の外を見ると、何か得体の知れないものが舞っているではないですか。それは、よく見ると、ミツバチの大群だったのです。しかも、それが、何千匹か、何万匹かわかりませんが、おびただしい数の大群だったのです。それも、八倉治療院の庭の上だけなのです。しばし呆然として二人で外の様子を見ていました。この写真、よく見ると小さなミツバチがいっぱい舞っている様子がわかりますか?

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2、15分ぐらい庭のあたりを舞い続けたでしょうか。その後は、松の根元あたりに集中して集まってきました。まるで家の中から見ていると、松の根元あたりから、おびただしい数のミツバチが湧いて出るような感じでした。そして、30分ぐらい過ぎた頃からでしょうか。松の樹、地上1メートルくらいのところに集中的に集まりだしたのです。写真のような感じで、これが、どんどん大きくなっていきます。そして、幅20センチ長さ40センチ位の巣のような固まりが、しばらくモゾモゾした感じで動いていました。そして、ぱったり、全く動かなくなったのです。それは遠目にみると松の樹に似せた蜂の巣のようでした。写真の写りが悪いのは、はじめは、こわくて傍に近寄れる状態ではありませんでした。これは、家の中からデジタルカメラのズームで捉えたものです。

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3、翌日の午前中10時くらいです。てっきりもう巣を作ったと思っていたのですが、近くに寄ってみるとなんと、ミツバチの巨大な固まりでした。それがほとんど全く動く様子がありません。ミツバチは、動いていなければ、こわいという気持はわいてきません。ただこれだけ、おびただしい数のミツバチを肉眼で見たことはありませんでしたから、ただただ驚くばかりでした。「これからどうするのだろうか?ここが気に入って、これから本当に巣を作り始めるのだろうか?」ヒラリーさんとの会話は、ミツバチのことばかりに集中しました。

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4、前と同じ時間に撮った写真です。ミツバチのお尻の縞模様がはっきり写っています。しかしこの厚さは相当なものです。まるで、既に巣がこの下にあってその上にミツバチがとまって休んでいるのでしょうか?そんなふうにも見えました。

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5、それが、26日(月)ごご1時。やはり、何時ものようにお昼ご飯を食べ終わった後、ヒラリーさんが、蜂の固まりを見に行きました。そうすると、「あれ!すっかり消えていなくなっている」それを聞いた私は、「ウソ、そんなバカな!」見に行くと……。あれだけ多くの蜂の大群、巨大な蜂の固まりが、まったく、何事もなかったように消えているではありませんか?ほぼ、24時間。まる1日の出来事です。二人は、狐につままれたように、顔を見合わせました。
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☆ニュージーランド北島のフカ・フォール。この水の流れを見ていると、心臓がドキドキした。この水の青さに感動した。
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1:ホリスティック(全的)な健康観に立脚する治療院

 人間を「体・心・気・霊性」等の有機的統合体ととらえ、社会・自然・宇宙との調和にもとづく包括的、全体的な健康観に立脚する。


 これはいきなり、なんと難しいテーマだろうか。こういうことが、わかっている人なら、本当に素晴らしい学者や芸術家、そして、治療家になれることだろう。私は、今から七年前に鍼灸マッサージ師を目指して、専門学校で西洋医学必須の「解剖学」を学んだ。人の身体の構造。仕組み。それはこの仕事をするために欠かすことができない学問であると言えた。その解剖学も人類の科学の発達と共に進歩した。具体的にいうなら顕微鏡である。光学顕微鏡から数万倍の倍率を持つ電子顕微鏡へ発展を遂げることで、解剖学も更に進化した。例えばその具体的例が、「DNA」である。人体の細胞も更に細かく捉えることで、より医学も更に進歩した。

 ところが、それはあるまでも「目に見える世界」の延長でしかない。私が西洋医学に不満を感じるのはその点である。現代人は科学を尊重するあまり、科学的に証明されないものには、価値をおこうとしない。だから、大切なものを見失いがちである。特に大切なものは、「目に見えない世界」に存在する。人間の身体ひとつとっても実は、目に見えない部分が大きい。私の師匠は、ある日。「人の身体というのは、肉体の奥に、エーテル体、幽体、霊体。というように何層にも分かれているんです。だから、人間の身体は治りにくいんです」ということを私に教えてくれた。正直のところ、私にはそのことが、よくわかってはいない。ただ、人間には、目には見えないが、こころというものがあって、そのこころと身体が、深く結びついいていることはよくわかっている。師匠がよくいわれる。「カラダだけ治していてもダメです」というのは、そういうことだと思う。

 人間を「体・心・気・霊性」等の有機的総合体とらえる。というのはそういうことなのだろう。この中で目に見えるものといえば、肉体のみである。だから西洋医学が、その肉体の部分しか扱わない学問だとしたら、やはりそれは、いくら立派に見えても、底の浅い初歩的な、最も基礎的な「医療」にすぎないのではないだろうか。少なくとも東洋医学では、「気」が、エネルギーそのもで、自然界に存在するエネルギーと変わりないものであることを主張している。そして、それが人間の身体自体が、エネルギーそのものであり、それを「気」というふうに捉えているのである。だから、私は、東洋医学を学ぼうと思ったのである。より大切なものは、目に見えないところに存在するのである。

 それにしても、近代西洋医学は、どうして精神科・内科・整形外科というように人間の身体を分割するように細分化してしまったのだろう。それが、はたして「専門的」ということになるのだろうか?はたして人間の身体が科学のように細分化できるものなのだろうか。例えば「うつ病」の人を診るのに、この3つの科をわけて考えることはできない。うつ病を患う患者さんは、肩が凝り腰痛があり、内蔵や消化器官が弱り、こころを病んでおられるというのが普通である。だから、患者さんを中心に考えた時、複数の専門のお医者さんに見てもらわなければならない。こんな、理不尽なことが起こりうるのである。そういう意味では、東洋医学は、こころと身体を切り離して考えることはしない。むしろはじめから切り離して考えることは、あり得ないという考えである。見方も治療も全て「全体的」なのである。

 最後にみなさんは、地球交響楽「ガイヤシンフォニー」という自主上映の映画をご存知だろうか。この映画は、日本人の何千万人の人が、口コミから上映会場に足を運び、感動してしまい思わず涙を流してしまう。おそらく映画史上、最も人気のある映画といえるだろう。この映画の主題は、私たちは、地球(ガイヤ)という生命体に生まれた。ひとつの存在である。全ての物がつながっている。それを気づかせてくれるのが、この地球交響楽という映画なのである。少し私の言葉に不足があるような気がする。そこで、この作品を作った龍村仁監督の言葉を借りることにする。「世界的な遺伝子学者も、宮大工さんも、ダンサーも、小説家も、それぞれが自分自身に固有な体験を通して、究極で同じことに気付いている。それをひとことで言い表すのは不可能だが、敢えて言ってしまうと、全ての生命は、その個体性、時代の違いを超えてひとつながりのものであり、私たちはその大きな宇宙的な生命の一部として、今ここに活かされているのだ、という気づきだろうか。」龍村仁『地球(ガイヤ)のささやき』より。

 私は、この映画を見るまで、「社会・自然・宇宙」をそのように考えたことがなかった。だから、はじめは、やたらと涙が出てきて止まらない。そのわけがわからなかった。しかし、それは「みんな繋がっているんだ」という気づきだったのである。もしみなさんもこの映画に興味を感じたなら、ぜひ、上映会場に足を運んで観てほしい。そろそろ、これから地球交響楽ガイヤシンフォニー第7番が始まるはずである。私も「医療は、西洋医学だ。東洋医学だ」という気持は全くない。医療の世界も、患者さんを中心に「統合」の時代を迎えている。それが「ホリスティックな医療」なのである。
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☆ニュージーランドの景色は絵画のようだ。どこを撮っても絵になる。遠くに見えるのは、北側から見たマウントクック。
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029.gifホリスティック医学の定義

1:ホリスティック(全的)な健康観に立脚する

 人間を「体・心・気・霊性」等の有機的統合体ととらえ、社会・自然・宇宙との調和にもとづく包括的、全体的な健康観に立脚する。

2:自然治癒力を癒しの原点におく

 生命が本来、自らのものとして持っている「自然治癒力」を癒しの原点におき、この自然治癒力を高め、増強することを治療の基本とする。

3:患者が自ら癒し、治療者は援助する

 病気を癒す中心は患者であり、治療者はあくまでも援助者である。治療よりも養生、他者療法よりも自己療法が基本であり、ライフスタイルを改善して患者自身が「自ら癒す」姿勢が治療の基本となる。

4:様々な治療法を選択・統合し、最も適切な治療を行う

 西洋医学の利点を生かしながら中国医学やインド医学など各国の伝統医学、心理療法、自然療法、栄養療法、手技療法、運動療法、等の各種代替療法を総合的、体系的に選択・統合し、最も適切な治療を行う。

5:病の深い意味に気づき自己実現をめざす

 病気や障害、老い、死といったものを単に否定的にとらえるのでなく、むしろその深い意味に気づき、生と死のプロセスの中で、より深い充足感のある自己実現をめざしていく。

☆上記、NPO法人 日本ホリスティック医学協会より転記


029.gif「ホリスティックな治療院」ってなに?

 私は、開業してからずっと、どこの組合にも所属しないでやってきました。これからも、どこの組合、および協会等の団体にも所属するつもりはありません。賛否両論いろんな意見はあるでしょう。しかし、私は、いつでも立場が「自由」であることを好みます。だから、会員であることで与えられる、いろんなメリットがあったとしても、やはり、無所属を通します。しかし、そんな私でも、考え方が、ほとんど共感でき、いっしょにやっていけたらいいなあと思う協会があります。それが、「NPO法人 日本ホリスティック医学協会」です。以前にもブログで紹介した帯津良一さんを会長とする協会です。そこからお借りした「ホリスティック医学の定義」は、本当に、私が、これまで「医療」というものに対して考えてきたことや、臨床経験から学んでわかってきたことと、ほとんど全くといっていいほど同じでした。

 ところで、あなたは、この「ホリスティック医学の定義」の書かれてある内容が、わかりましたか?この「ホリスティック医学の定義」ですが、その内容を理解できる人が、果たしてどのくらいいるのでしょうか。もしかしたら、医療関係の人でさえ、その言葉の意味するところを理解できない人は、ほとんど大多数ではないでしょうか。ましてや、一般の人は、この「ホリスティク医学の定義」を理解することは、なかなか容易なことではありません。それは、「ホリスティック」とは、生き方そのものであり、ひとつの哲学だからです。

 そこで、ご案内の中に「八倉治療院は、ホリスティックな治療院です」と、宣言している以上、他人の言葉ではなく、私自身の言葉を用いて「ホリスティック医学の定義」を解釈してみようと思いました。私自身が、どのくらい「ホリスティック」という言葉を理解していて、これからの「医療」に何を求めていくのか?一度、頭の中を整理してみたいと思ったからです。さいわい「定義」は、5つだけです。その一つ一つを解釈していくことは、大変に困難なことだとは思うのですが、頭の中を整理するとてもいい機会です。これから定義の解釈を一つ一つすすめ、ブロブの中で整理していこうと思っています。もし、これから、私が書くブログの記事に目を通して、お付き合いいただければ、大変にうれしく思います。
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☆ニュージーランドのハミルトンガーデンで撮影
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029.gifホリスティック医療としての指圧鍼灸

 私は、指圧鍼灸をホリスティック医療とか統合医療のひとつとして捉えています。また同時に、指圧鍼灸を補完医療とか代替医療という捉え方をする考え方もあります。しかし、私は、補完医療とか代替医療という考え方が好きではありません。というのは、どちらも現代西洋医学を中心とする考え方からきているからです。補完は、あくまで現代西洋医学を補うもので、補って完全に近いものとする考え方です。また代替医療とは、あくまでも現代西洋医療の代替えとしての東洋医学だからです。あくまで東洋医学は、補ったり、一時的な代替え措置としてしか、存在意味を認めていないからです。
 
 これは、あくまでの世間一般の考え方にしか過ぎません。正直申しまして、世の中の人は、指圧鍼灸が、統合医療であろうと補完医療であろうと代替医療であろうと、構わないのが普通です。そもそも指圧鍼灸が、「医療」であるかどうかも疑問視する人も中には多く見られるからです。しかし、もし鍼灸指圧マッサージ等の東洋医学を勉強し、それでやっていこうという人は、少なくともホリスチィック医療とか統合医療は、どういうものであるのか知っていなければならないと思うのです。そういう意味で今回は、ホリスティック医療とか統合医療・補完医療・代替医療という言葉が頻発して出てきます。もし興味のある方は、この際、しっかりホリスティック医療としての指圧鍼灸の位置づけを勉強して欲しいと思います。

 今回は、私の文章はこれまでです。これから後の文章は、インアターネットで「ホリスティック医療」を検索して調べました。とてもよくまとまった文章に出会いましたので、ほとんどそのまま引用させていただくことにしました。


「LOHASマーケットINDEX」より

029.gifホリスティック医療(統合医療・補完医療・代替医療)
 
Holistic(ホリスティック)という言葉は、ギリシャ語のholos(全体)を語源としていて、派生した言葉にwhole(全的)、heal(癒し)、holy(聖なる)、health(健康)、などがあります。
ホリスティック医療には統合医療、代替医療、また西洋医療を補完する補完医療があり、それぞれ微妙な違いはありますが、人間を「体・心・気・霊性」等の「☆LOHAS(ロハス)的繋がり」ととらえ、社会・自然・宇宙との調和に基づく包括的な健康観です。

☆LOHAS= Lifestyles of Health and Sustainability の頭文字をとった略語で、健康と環境、持続可能な社会生活を心がける生活スタイル「LOHAS」(ローハス/ロハス)のことです。

029.gif 見直されるホリスティック医療

現代医療(西洋医療)は、患部や病気に素早く働きかけ病気を治します。しかし弊害も多く、副作用の伴うことの多い薬剤、現代医療の限界を感じる医療現場などから見直され、人間の自然治癒力に働きかけて、心とからだのバランスを回復させるいろいろな治療法が試みられています。
西洋医療は、特に生活習慣病、アレルギー、痛み、メタボリックシンドローム、鬱病などに効果を発揮しないケースがあり、人と自然の繋がりを大切にするホリスティック医療(統合医療・補完医療・代替医療)が注目されているのです。

中国医学(中薬療法、鍼灸、指圧、気功)、インド医学、免疫療法(リンパ球療法など)、薬効食品・健康食品(抗酸化食品群、免疫賦活食品、各種予防・補助食品など)、ハーブ療法、アロマセラピー、ビタミン療法、食事療法、精神・心理療法、温泉療法、酸素療法、等々がホリスティック医療(統合医療・補完医療・代替医療)に含まれます。

これらを合計した日本に於ける市場規模は2.5兆~3兆円と言われています。
日本では医療保険制なので西洋医学に基づいた現代医療のみが保険対象となっており、ホリスティック医療(統合医療・補完医療・代替医療)は自己負担となり選択しにくいという事情もあります。

029.gifその特徴と定義

1、自然治癒力を治療の原点におく
生命が本来、自らのものとしてもっている「自然治癒力」を原点に、
この自然治癒力を高めることを治療の基本とする。

2、患者が自ら癒し、治療者は援助する
病気を癒す中心は患者であり、治療者はあくまでも援助者である。

3、治療よりも養生、他者療法よりも自己療法が基本。
人間の体にとって副作用のあるものを最小限おさえていく。
病気の原因を明らかにして、病気の重症化を予防し、症状を治す。

4、自己実現をめざす
病気や障害、老い、死といったものを否定的にせず、むしろその深い意味に気づき、生と死のプロセスの中で、充足感のある自己実現をめざす。

5、多様な治療法を選択・統合し、最も適切な治療を選んでいく
西洋医学、中国医学やインド医学など各国の伝統医学、心理療法、自然療法、栄養療法、手技療法、運動療法、などの各種療法を適切に選ぶ。


029.gif最近の特徴。世界は・・・

鍼灸や指圧など日本では代替医療を気軽に利用していました。また最近の生活習慣病、メタボリック症候群には代替医療は幅広く支持され利用されています。代替医療のクリニックでも有機空間で自然感を演出していて、有機食品を勧めたり、ヨガを取り入れたり、西洋医療とは明らかに治療に対する発想が違い、LOHAS(ロハス)スタイルが取り入れられています。

日本は東洋医学、中医学を中心にした治療法が主流ですが、ヨーロッパではホメオパシー、ハーブ治療などが盛んで、アメリカではサプリメントが主流といえます。

「ロハスワールド・レポート」(木村麻紀著)によればドイツやフランスではホメオパシーのレメディーにも医師が処方すれば保険が適用されるようです。
アメリカでも代替医療の保険支払いが3兆3千億円にも上ったといっています。

更に、美容や癒しの側面からアンチエージングも本格化の兆しがあります。
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004.gifブログパーツ名   
popIn Rainbow for エキサイト

調べたい単語をなぞると、その場で検索や翻訳などができます。他にもAmazonやYou Tubeなどの便利な検索も追加できます。 提供 popIn株式会社

☆操作方法:気になる言葉を選択して、利用したいサービスをクリックするだけです。

☆サービスの種類:Google検索・ Wikipedia ・ Yu Tube ・ Yahoo 検索・ Amazon ・ 価格. Com・サイト内検索


038.gifこれはすごい!ブログパーツ「popIn 」

 私のブログの右肩に、最近「 popIn」と書かれたマークのようなものが付きました。これが今日みなさんにご紹介する新しいブログパーツです。これはすごい便利な優れものなんです。これがあると、私のブログ内の記事で気になる言葉を「Wikipedia(フリー百科事典)」で調べることができるのです。または、それが、気に入って欲しくなるような商品のようなものですと、「価格.Com」はいくらで、「Amazonn」や「楽天」などで探して購入することも可能なのです。

 私は以前、もうだいぶ前の話ですが、ジェイソン・ムラーズの「I'm Yours」という歌を紹介しようとしたのですが、「Yu Tube」を自分のブログに取り込むことができなかったために、言葉だけの紹介で終わりました。本当は、「百聞は一見にしかず」という言葉があるように、「見て」「聞いて」いただければ、それが一番いいことなのです。ところが、「パソコン音痴」の私は、何回挑戦しても「Yu Tobu」を取り込むことができなかったのです。ところが、この「popln」ときたらどうでしょう。「アイムユアーズ」をマウスでなぞるだけです。後は、でてきた「Yu Tube」をクリックするだけで「ジェイソン・ムラーズ」の演奏を引き出すことができるのです。どうですか、一度実際にやってみませんか?パソコン音痴の私が、パソコンが苦手なあなたのためにやさしくエスコートします。では、番号にそってやってみましょう。


038.gifやった!これで「アイムユアーズ」が聴ける

1、「アイムユアーズ」………この単語にマウスをあてなぞってみましょう。青色のマークがかかりましたか?

2、いろんなサービスの種類が出てきます。「Yu Tube」にクリックします。

3、上の「アイムユアーズ」の横に「↗」このような印を見つけてクリックします。

4、検索順位の1番上に出てきた「ジェイソン・ムラーズ」の写真か、「Official Jason Mraz - I'm Yours video」をクリックします。

☆どうですか、見つかりましたか?それでは、どうぞジェイソン・ムラーズの「アイムユアーズ」をお楽しみ下さい。また、後でのあなたの感想をコメントで聞かせてもらえると大変嬉しいです。
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☆治療室の5月のパピィーは、後ろ向きでよくわかりませんが、チベタン・テリアです。
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5月のゴールデン・ウイークはやっています!

 皆さんは、GWの計画はもうたてましたか?少し早いですが、「5月のお休み」をおしらせします。ゴールデン・ウイークのお休みは、全部やらせてもらうことにしました。その代わり、6日(木)と7日(金)を代休でお休みとさせていただきます。「一度、『八倉治療院』へ行ってみたいんだけど……」とお考えのあなた、ぜひこの機会にお越し下さいませ。また、「行ってみたいんだけど、いつも火・水の定休日とお休みが重なってしまって」という方は、今回は、チャンスですよ。ゴールデン・ウイークは、皆さんにとって大切なお休みです。いろいろ計画があるかと思いますので、今回は、少し早めに「5月のお休み」をお知らせしました。

 実をもうしますと、私は、人ごみがだいの苦手です。だから、GWは、あまり、出掛けるのが好きではありません。どこに行っても、ひと人でいっぱいですから、あまり楽しめないのです。だから、GWは、お仕事を精一杯、がんばらせてもらいます。皆さんの中にも、きっとそういう方もいらっしゃるのではないでしょうか?「寝正月」という言葉もあるくらいです。この際、5月のGWは、家でのんびり。おもいっきり「お身体の休養ウイーク」にして、「八倉治療院」に足を運ぶのもいいかもしれませんね。そう言うあなたに「疲労回復の全身治療」をやらせていただきます。「全身指圧」ききますよ。………ちょっと、営業モードの「八倉治療院」でした。
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029.gif2年前までパクは、私の最高の「セラピスト」だった。
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ドクター・ワイルの「ナチュラルヘルス」

029.gifドッグ・サイコセラピー 
文・アンドルー・ワイル  訳・上野 圭一

 「 わたしはローデシア犬のメスを2匹飼っている。母犬とその娘だ。
犬はわたしの生活の一部であり、犬なしで長期間暮らすことはとても考えられない。犬は私をよく笑わせ、ときには怒らせ、つねに無心の心を教えてくれる。
  犬とわたしは、ことばでは表現しにくい特別な絆で結ばれている。ふさぎの虫に襲われたときやすっかり参ってしまったとき、わた しは犬にサイコセラピー(心理療法)を受けることにしている。みなさんににもぜひおすすめしたい方法だ。
  母犬のほうに「お座り」をしてもらい、犬に向かって自分の気持や悩みを縷々打ち明けるのである。彼女はじっとわたしの話に耳を傾けてくれる。若いころに受けたフロイト派の精神分析医との違いは、犬のほうがあいづちが少ないということぐらいだ。費用もずっと 安いし(ビスケット一枚)どんなに醜い感情や行為について告白して も、無償の愛で応えてくれる。真の友情と支援を示してくれるのだ。

 ドッグサイコセラピーを15分も受けると、最悪だと思っていた問題も大したものではなかったことがよくわかる。動物を慈しみ、その 世話をすることはとてもいい修行になるものなのだ。
 ペットを飼っている人は飼っていない人より病気にかかりにくいということを裏付ける研究はたくさんある。飼っている人は重傷の病気になっても治りが早いというデータも出ている。ペットとは責任を負うべき対象のことなのだ。」

029.gif愛犬は最高のセラピスト
 
 上記は、ドクター・ワイルの「ナチュラルヘルス」から「ドッグ・サイコセラピー」という文章を引用させてもらった。この文章からすると、犬は、立派なカウンセラーになれるということだ。どうもそう思っているのは私だけではないらしい。下線を引いたところからすると、あの世界で最も優れたお医者さんの一人である、アンドルー・ワイル博士が、自分の愛犬にカウンセリングを受けているらしい。これは、ホントに面白い話である。しかし、もし家でワンちゃんを飼っている人なら、多少の滑稽さはあるかもしれないが、誰もが納得のいく話であると思う。そういう私も、2年前までは、愛犬からセラピーを受ける立派なクライエントであった。

 今から2年前まで私の家では、14歳と8ヶ月になるゴールデン・レトリバーを飼っていた。名前を「パク」といい。とても賢い犬だった。私はかつて「不眠症」に悩まされたことがある。真夜中の2時か3時ごろ決まったように目が覚めてしまい。どうしても、眠れない日があった。そんな真夜中に、いくら家族とはいえ妻のヒラリーを起こすわけにはいかなかった。そういう時、私は決まってある行動を起こすこととにしていた。それは、ベットから静かに起きて、同じ寝室で眠っているパクのところに行くことであった。パクの鼻の頭にキスしたり、パクの身体をやさしく撫でて、ハグをした。そうするとパクは、わざと寝息を立てたりしていくらか迷惑そうである。しかしどうかすると、そんな私の顔に軽くキスを返してくれることがたまにあった。

 私は、アンドルー・ワイルさんのようにパクにカウンセリングをしてもらったことはない。多分、パクならきっと私の話を聞いてくれることはわかっていた。パクは、いつも話しかけると、首を何度も傾げながら、真剣に私の話を聞いてくれる。だから逆にあまり私の話を聞いてもらうことにためらいを感じていたのである。しかし、私は一方で、パクの迷惑も顧みず。真夜中でもパクを起こしては、愛撫と抱擁をくり返した。それがどれほど、私のこころを静めるのに役立ったかしれない。パクさえいてくれれば、私がどんなに不眠に悩まされ真夜中に起きてしまったとしても、私は、孤独ではなかった。パクは、私にとって最高のセラピストであったのである。

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029.gifパクのこのかわいい寝姿を見ると、真夜中でも抱きしめずにはいられなかった……。
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037.gifこの映画に興味のある方は、したの絵をクリックしてみてください。

プール [DVD]

バップ


 私は映画鑑賞が大好きです。行ける時は、どんどん映画館に足を運びますが、大体は、レンタルビデオ屋さんでDVDを借りてきての映画鑑賞が多いです。今日は、邦画で『プール』を見ました。どうしてこの映画を借りたのかというと、「小林聡美」さんと「もたいまさこ」さんの、このコンビの映画が、私のフィーリングにピッタリなのです。ご覧になった方もいるかもしれませんが、『カモメ食堂』、『めがね』、そして、この『プール』という作品です。別に話のストーリーは、関連があるわけではないのですが、この二人の醸し出す雰囲気というか、味わいは、独特で、今までの映画にない空気を感じます。

 何でその空気が、私のフィーリングにピッタリかというと、その理由のひとつは、舞台が、日本の超現実からかけ離れた外国であるということです。『カゴメ食堂』は、確かヨーロッパのどこかの国でした。『めがね』は沖縄(少し前までは外国でした)。そして、今回の『プール』もタイが舞台です。その空気たるや、「スローライフ」そのものなのです。映画も、まるで時間が止まったみたいに「空白」のシーンが実に多いのです。会話もなく、無言のままつづく「空白」。だから、人によっては、「何を言おうとしているのか、よくわからないまま終わってしまった」と、思われた方も多いのではないのでしょうか。ただ私は、退屈なところもありますが、その空白な空気が好きです。普通日常の時間というのは、すごく早くて、気がつくといつの間にか流されているようなことが多いのです。ところが、この映画は逆に、時間が、まるで止まってしまったかのようにゆっくり流れている。つまり、「流される」ことがない人の生き方を感じさせてくれるのです。まさに人が主体の「スローライフ」がそこにあるのです。

 話は『プール』に戻りますが、この話。母親と娘の会話が、この映画のすべてを物語っていると思いました。小林聡美の演じる一人の女性は、数年前、まだ幼い子供の娘とご主人や母親をおいてタイに飛び出してきてしまいます。数年後、娘は成人をむかえた頃でしょうか、その母を訪ねて、はるばるタイまで訪ねてきました。娘は、母親が、自分を捨てて家庭を捨てて飛び出して、タイに行ってしまった母親の気持がわかりません。ずっと、こころのどこかで母親の自分勝手な生き方が許せないのです。一方、母親の方は、いつでも自分に正直な生き方をしてきました。自分がやりたいと思ったことは、すぐ実行に移す。迷った時には、自分が好きなほうの道を選ぶ。決して後悔をしない。それが、彼女の生き方だったのです。「過激」ではあるが、生き生きと自分の人生を歩んでいる一人の女性の生き方。そういう、母親を認めながらも、どこかに不満を感じてきた娘。その二人の再会が描かれているのでした。

 私は、結構こういう映画も好きです。特に、私は外国での生活を夢見ながら、自分のまわりにいる人のことを考えるばかりで、いまだに実行できない。だから、全く主人公の女性と反対な生き方をしてきているので、本当にこういう映画を見ると、考えさせられてしまうことが多いのです。いいか悪いかなんて問題ではなく。人の生き方として、頭で考える人生ではなく。思い立ったらすぐ実行する。自分のやりたいことをやる。自分のこころに正直に生きる。そして、仮に上手くいかなくても自己責任として結果を受け入れる。決して後悔を残さない。こういう生き方は、本当に素晴らしいと思うのです。『プール』というのはそういう映画でした。

 今回は、特におすすめの映画というわけではありません。もし、このコンビの映画でもう一度見てみたいとすれば『めがね』でしょうか。小林聡美さんもいい女優さんですが、もたいまさこさんは、その雰囲気が、「卓越」していて、本当に面白い女優さんだと思います。『めがね』という作品は、頭を空っぽにして楽しめる映画だと思います。もし見られるなら、こちらのほうをお勧めします。たまに映画鑑賞もいいですよ。
 

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☆これは、ニュージーランドで出会った羊です。私もかって、このような羊の姿を、眠りにつく前に頭の中で、何百匹と数えたことがあったでしょうか。でも今は違います。ベットの中に入れば、いつもバタンキュウ。多分寝るまでに10分もかからないことでしょう。

072.gif慢性疲労症候群(CFS)Chronic Fatigue Syndrome

 これまでに健康に生活していた人に原因不明の強い全身倦怠感、微熱、頭痛、脱力感や思考力の障害、抑うつ等の精神神経症状等が起こり、この状態が長期にわたって続くため、健全な社会生活が送れなくなるという病態である。(1984年 ネバダ州)

072.gif注意すべき症状

1、微熱・悪寒
2、咽頭痛
3、頚部あるいは腋窩リンパ節の腫脹
4、原因不明の筋力低下
5、筋肉痛ないし不快感
6、軽い労作後に24時間以上続く全身倦怠感
7、頭痛
8、腫脹や発赤を伴わない移動性関節痛
9、精神神経症状
10、睡眠障害

11、発症時、主たる症状が数時間から数日の間に発症
(1〜10までの症状が2・3日の間に起こってくる)
※6ヶ月以上にわたり、繰り返し生じる。

007.gif自分では気がつかない病気

 先日ある患者さんで気になる症状があったので、専門学校時代に使っていた教科書「臨床医学総論」の本を引っ張り出して調べていたところ。教科書のあるページの中で、「慢性疲労症候群」のメモ書きを発見しました。ちょっと気になったので書き出してみることにしました。患者さんの中には、「疲労と倦怠」を訴える患者さんもたくさんいます。しかし、治療院には、このような「慢性疲労症候群」に該当するような患者さんはいません。というのは、慢性疲労症候群の患者さんは、自分では気づきにくい病気です。「何か変だぞ」という自覚はあるのですが、その変化が自覚できません。そして、治療院にお見えになる患者さんは、「何とか症状を治したい」と思われて見える人ばかりです。ところが、慢性疲労症候群の患者さんは、「治したい」とか「何とかしなければ」という気力さえ起こらなくなってしまっているからです。だから、その周囲にいる人が、気づいてあげるしかありません。特に、ご家族は、毎日いっしょに生活しているから、早めに気づいて援助の手を差し伸べてあげることが大切です。慢性疲労症候群の患者さんは、目に光や輝きが失われていますので、少し注意して見ていてあげれば必ずわかるはずです。いくつか該当する症状が見つかったら、すぐに受診し専門のお医者さんに相談することをお勧めします。絶対にご家族だけで悩まないようにしてください。また、治療にあたっては、私たち鍼灸マッサージ師の力が必ず必要になってくることと思います。
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