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029.gifおそうじ哲学=断捨離イズム

☆この動物も小屋の中に眠っていたもののひとつ、カナダのヒラリーのお母さんが何年か前に送ってくれたもの、断捨離イズムで生き返るものも多い。
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見てわかる、「断捨離」 (マガジンハウスムック)

マガジンハウス


  最近、本屋さんにいくと、整理に関する本が実に多い。以前に紹介させてもらった「老前整理」もそうだし、同じ著者による「生前整理」というタイトルの雑誌もあった。このマガジンハウスからでている「断捨離」も同じテーマの「おそうじ整理」に関する雑誌である。「老前整理」も「生前整理」も言葉としては重い。どちらかというと「断捨離」のほうが今のわたしには、感覚的に近いような気がする。でもどちらも言葉のニュアンス的な違いであり、その主張は同じである。

断・捨・離
 いくら世の中が不景気だとはいえ、世の中には物があふれている。おそうじ整理を始める前からわかっていたことだが、こうして物が増えていく時代をわたしたちは何年も続けてきたが、本当に必要な物、使われている物は、ほんのわずかである。いくらタンスや引き出しに服がたくさんあったとしても、着ている服といえば、気に入っているものが数枚。後の服は、毎回タンスや引き出しの中の肥やしとなり、いっこうに日の目を見ることがない。

 わたしの場合は、一時期、音楽が好きでCDをよく集めた。今はほとんど聴いてはいないジャズも数の上では相当ある。よくこんなに集めたものだとつくづく感心(?)するほどである。でも片付けを始めると、物が増えるということは、あまり好ましい状況ではない。また、服にしてもCDにしても、今の時点で振り返ってみると、本当にそれが欲しかったのか、疑問がないわけでもない。もしかして「買う」という行為は、自分の寂しいこころを満たしたい。そのひと時だけでもいいから、寂しさを紛らわせていたのかもしれない。現に目の前に集められたコレクションは、わたしのこころを一向にときめかすことはない。かえって、たくさんあることでわたしが本当に求めている「この一枚」を見つけにくいものにしているような気がする。

 「だったら、いっそう不要となった物は、ここらで処分してしまったらどうか」ということになる。そうすると今度は、「もったいない」というこころが、どこからか湧き出てきて、そのこころが互いに葛藤しはじめる。「思い出」という物を大事にすると、物はいつまでも捨てることができない。でもそれは、言い方を変えれば、「過去」にすがって生きることである。大切なことは今を生きること。そして、未来を想定して空白の「無」のスペースも必要になってくる。そう考えると「断捨離」というのは、「おそうじ哲学」のような気がする。断捨離に「イズム」という言葉をつけたのは。断捨離主義という考え方が、おそうじには必要だからだ。

 もう不要な物は、買わない。たとえそれが、タダ同然に安い物であろうと、絶対に買わない。自分のこころが寂しいからといって、買い物でそれを紛らわそうとするこころを「断つ」。人が美しさを求めてダイエットするように、不要な物は、「捨てる」どんどん捨てる。なぜなら自分の家も、自分の部屋も、空間はすべて限られている。ところが、そこに住む人間は、過去・現在・未来と求めているもの必要な物はどんどん変化しているはずである。だから、「過去」の物となってしまった物からは、勇気を出して決別しなければならないのだ。もう物が一番大切という物質主義から「離れる」。「断捨離イズム」とは、そういう、新しい自分らしい生き方の創造のような気がする。少し、オバーになってしまったが、これが、一連の本を参考に、今わたしが実行している「おそうじ哲学」である。
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029.gif 断捨離(だんしゃり)イズム

☆断捨離イズムによって生かされた自転車
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 この自転車の年齢はどのくらいでしょうか?そんなに古そうな感じはしませんが、もう25年前から家にある自転車です。小屋の中にあって、もう誰も使われなくなっていました。それもそのはず、タイヤもチュウブも、ぼろぼろになっていましたから、乗ることができなかったのです。それだけではなく、小屋の中は、他に使われなかったもの、使えなくなったものがいっぱいで、「デッド・スペース(死んでしまっている空間)」でした。つまり、小屋全体が使われない。機能しない空間になっていたのです。その中から生まれ変わったのがこの自転車です。つい最近、自転車屋さんでタイヤもチュウブも新しいものに交換してもらいました。それから、何十年ぶりに汚れていた車体を布できれいに拭いてあげたら車輪も本体もこのようにピカピカになりました。もともとわたしもヒラリーさんも、スローライフ・スタイルですから自転車が大好きです。ところが、空気がすぐになくなってしまったり、取り出しにくい小屋の奥にあったりしていたので、ほとんどこの自転車を見捨ててしまい、利用できずにいたのです。ですから今度の「断捨離イズム」の実行で、この自転車のように生命がふたたび再生され、生き返るものもでてきたのです。
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058.gifふたたびあらわれてくれた5つ葉のクローバー

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 午前7時5分。朝の散歩から帰ってきたところです。昨日までまぼろしの5つ葉のクローバーを見つけました。昨日のわたしのブログを読んで、「5つ葉のクローバー」なんてと、その時点から信じられないと思った方もいるのではないでしょうか。どうですか?本当に「5つ葉ちゃん」いたでしょう。「4枚の立派な4つ葉の真ん中にちっちゃな可愛い赤ちゃんみたいな葉っぱ」って昨日説明しましたが、大きな葉っぱも実際には、大きさがみんな違っていて、5人の家族のようにも見えます。それにしても、散歩に出かける前に、ヒラリーさんと、「今日は見せてもらえるかしら」と、話題にしてしていたのですが、例のスポットにつくと1分もたたないうちにあらわれてもらえました。昨日はあんなに時間をかけても、どうしても見つけられなかった。これが、「まぼろしの5つ葉のクローバー」です。

 みなさんは、昨日の話、名付けて「まぼろしの5つ葉のクローバー事件」をどのように解釈されましたでしょうか。わたしは、この4日間の一連の出来事からいろんな多くのことを学ばさせてもらいました。まず、その第一は、やっぱり偶然はないなあ、「すべては必然である」ということです。要は、それに気づくかどうかが問題なのです。普段の生活の中の何気ないことでも、すべて物事には意味があるのです。ただ気づかないでいると、その人に気づいてほしいために何度でも同じようなことが起こります。これが神様のご慈悲なのです。

 それにしても神様は、わたしたちの話を良く聞いていてくれるのだなと思います。「最近、4つ葉のクローバーを見つけなくなったねえ」というわたしたちの会話を、ちゃんと聞いていてくれてたんだということもよくわかりました。話は余談ですが、わたしたちは、師匠からいつも、「人の悪口や、愚痴は絶対にいってはいけません」と言われています。わたしたちの口に発せられた言葉は、そこに人がいるいないに関わらず、必ずどなたかが聞いていて、それによてわたしたちの次元は、上がったり下がったりもするのです。言葉は、「言霊(ことだま)」といい。わたしたちの精神活動をささえている、とても大切なものなのです。ところが事件の二日目、ぱっと、こんなに素敵な「5つ葉のクローバー」を見せていただいたときは、わたしたちは気づきませんでした。事件の三日目、その「5つ葉のクローバー」が消えた時に、はじめて、気づかされたのです。「ああ、これは、神様がわたしたちをよろばせるためにやってくださったことなんだなあ」ってことが……。

 昨日は正直いって、わたしは、がっかりしてしまったんです。ブログでみなさんに、この写真を見てもらいたくて、わざわざ普段は持たないデジカメを持っていったのに、その日はどうしても見つけることができなかったのです。いってみれば、これは、わたしにとっては、不幸なことです。思いが報われなかったという無念さがありますから。しかし、このようにして神様からのメッセージは、このように不幸を通して気づかせてもらえることが多いのです。人間は、幸福なときは、あまりその意味を考えようとはしません。病気になったり不幸なことが起こってはじめて何かを考えはじめるのです。ところがそれでも、気づかない人の方が、圧倒的に多いのです。でも実は、「病気や不幸現象は、気づきのためのメッセージ」だったのです。

 このように普段、神様は、日常の何気ないことでも簡単に現象を作り出すことができます。目の前に急に「5つ葉のクローバー」を出現させたり、消したりすることは、簡単なことなのです。だから昨日、「5つの葉のクローバー」が消えた時、はじめは正直がっかりしました。ところが、隠されたことでわかったことがあるのです。つまり、神様は、自分の存在に気づかせたかったのです。「わたしはいつでもあなた方のそばにいて、あなた方のことをよく見ていますよ」ですから、「5つ葉のクローバー」以上に大切なことがわかった。というのはそういうことだったんです。では、そこで最後に問題です。ではなぜ今朝、神様はまた、わたしたちの目の前に、ふたたび5つの葉のクローバーを再び出現させてくれたのでしょうか?最後の問題は、また、ご自分で解釈してみてください。答えは、あなた自身におまかせします。

 
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058.gifまぼろしの5つ葉のクローバー

 朝7時20分。ただいま散歩から帰ってきました。今日は、写真はありません。ぜひ載せたい写真があり、今日はデジカメを持って朝の散歩に出かけたのですが、被写体である「5つ葉のクローバー」が消えていて、皆さんにお見せすることができなくなってしまいました。実に残念です。それにしても不思議です。わたしたちが昨日見つけた。5つ葉のクローバーは、散歩道ですが、とても田舎道で一日のうちでもそんなに人が通るところではありません。しかも川沿いのあぜ道のようなところ。あたりには、同じようなクローバーが群生しています。とても誰かが見つけて、とっていったということは考えられないことだからです。でもわたしたちには、目立って輝いていたクローバーでした。4っつきれいな大きめの葉があり、真ん中に小さな可愛い赤ちゃんのような葉が一枚、全部で5枚の、それは立派な5つ葉クローバーだったのです。

 この今朝の不思議な3日間の出来事を、少し時系列でお話ししましょう。事件の3日前、朝の散歩でわたしたちはこんな会話をしていました。

ヒデさん「最近、ヒラリーさん、4つ葉のクローバーを見つけなくなったね。昔、パクと散歩していたときは、よく4つ葉のクローバー見つけたよね。あれは、パクが見つけていたの、それともヒラリーさん。どっちが見つけていたのかなあ」

ヒラリーさん「ウ〜ンどっちかな。あれ不思議で、パクと休憩しようかって言うと、パクは口の中にあるボールをぺって落とすでしょ。そうすると、そのボールを拾ってあげようとしてふっと見ると、そこに4つ葉のクローバーがあったりするんだよね。そういうことが、本当に多かった。だから、パクが見つけたのかな。わたしかな……」

 こんな会話をしていました。実際わたしは驚いたことが何回もあります。まだ家族が愛犬パクとわたしとヒラリーさんだったころ。実に良く4つ葉のクローバーを見つけていました。世の中には、こんなにも4つ葉のクローバーがあるものかと不思議に思えるほどでした。ところがパクがなくなってからというもの、ヒラリーさんの4葉のクローバー・センサーはいっこうに働かなくなっていました。だから、久しぶりにクローバーのことが話題になり、会話がはずみました。

 そのような会話をしていた矢先でした。昨日の朝、5つ葉のクローバーを見つけたのは。「あれ、待って見つけた」ヒラリーさんの声に立ち止まると、そこには、久々にあるではないですか、それはそれは立派な5つ葉のクローバーが。それも、昨日話題にしていたほとんど同じ場所に。

ヒデさん「これはすごい立派な5つ葉ちゃんだね。ずいぶん久しぶりだね。また、ヒラリーさんの4つ葉センサーの復活かな。これは、明日カメラ持ってこなくちゃね」

 もちろん、わたしは今日のブログのことを考えていました。世間では、4つ葉でも珍しいのに5つ葉のクローバー。これは、すごい話題性があるなと頭の中で考えていたのです。そのためには、まず、写真だと思ったのです。本当に残念です。今日は、まるで昨日のことがウソかまぼろしであったかのように跡形もなく消えてしまっているではないですか。

 さあこのブログを読んだみなさんは、この不思議な3日間の出来事をどのように解釈するでしょうか?考えようによっては、5つ葉のクローバー以上にあまりにも不思議な出来事だったので、みなさんにご紹介してみました。
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光ネクストの設定終わる
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 今日、NTT西日本の工事の方が入りまして、インターネットの接続方法が、光プレミアムから光ネクストに変更しました。午前中に見えましたが、接続工事は、20分くらいで終了でした。その後、電話はすぐ復旧しましたが、インターネット接続設定は自分でやってくださいということでしたので、NTTの「故障、設定等のお問い合わせ先」に連絡して、係の方のやさしい誘導で、無事に設定を完了することができました。

 新しいモデムは、1つですっきりしています。ちょうどパソコンとプリンターの間に置いてありますが、パソコンをほとんどぴったりと壁際に置けるようになったので、机の上がすっきりしました。これなら、机としても使用することができそうです。それに、画面が離れた分、目が疲れないような気がします。すごい環境改善です。写真ではあえて撮りませんが、コンセントまわりもいくらかすっきりして、差し込み口も、少しだけ余裕ができました。パソコンも光ネクストにしていくらか早くなったかなという感じです。

 もし光ネクストにしてみようとお考えの方に、参考までに報告します。かかる経費は、契約内容が同じなら、光プレミアムも光ネクストも同じです。ただ工事費用として6500円がとられるだけでした。特にわずらわしい準備もなく、とにかく簡単でしたので、変更して満足しています。
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今日、光プレミアムから光ネクストへ変更します
☆今までの光プレミアムのときのモデム
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☆配線がこのように多く、とてもコンセントが間に合わない状態
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 今日は、NTT西日本の人がきてくれて、インターネット接続サービスを、光プレミアムから光ネクストに変更します。今までのプレミアムだと、電話とインターネットを合わせて3つのモデム(ひかり電話対応Volp・回線終端装置・加入者網終端装置)が必要でした。この3つあるモデムが、何となくパソコン机の上を混雑にしていました。それだけではなく、机の下は、配線だらけでどう見ても異常でした。「もう少しすっきりしないかなあ」といつも思っていたのですが、それが、実現できそうです。それが、「ひかりネクスト」です。ネクストにすれば、モデムも電話とインターネットを合わせても、モデムが1つですんでしまいます。そうすれば、机の上も下もすっきり、配線の混雑な状態から解放されるのです。今日の午前中、NTT西日本の工事の方が、来てくれることになっています。どんなふうになるか、楽しみです。興味のある人のために、工事後の写真もブログで紹介したいと思います。どうぞお楽しみに、待っていてください。
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6月22日、夏至の日の出の太陽をみる

☆6月22日、午前4時30分、自宅の東の窓からみえる太陽の日の出。
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 今日は、夏至。1年で最も昼間が長い日です。静岡の日の出は、4時18分ですが、わたしのところからは、午前4時30分ごろに、近くの山から登る日の出を見ることができました。今日が夏至であることを知ったのは、昨日ある患者さんから電話をいただいたからです。精神世界に興味がある方で、「突然、こんなことをお電話するのは、どうかと思うのですが」ということわりの後、「先生、明日は、夏至です。朝、太陽の日の出を見てください。そして、その光が緑色に見えたら、眉間にあてて、手を合わせて『ありがとう』ってつぶやいてください」という電話をいただきました。わたしはよく患者さんとは治療中にいろいろお話をする方だと思うのですが、わたしは最近、エネルギーについてとても興味を持っています。そのことでエネルギーについて研究しはじめたことを、その方はよく聞いていてくださっているからかもしれませんが、とても嬉しいお電話でした。

 どうでしょうか?わたしが撮った日の出の太陽。その光が緑色に見えているでしょうか?実際には、その光は、ピンクであったり、紫であったり、というように見方や時間の経過とともに刻々と変化して見えるのですが、おおむね太陽のオーラのような光は、緑色に見えました。実は、わたしは、夏至に限らずよく太陽を見ています。特に日の出の時間は、とても太陽の光が、エネルギーが高そうなので、その光を眉間の少し上にある「第6のチャクラ」にあてるようにしています。「第6のチャクラ」なんていうと精神世界っぽくて、ひいてしまわれる方もいらっしゃるかと思います。わたしも、普段は、あまりそのようなことは言わないように、書かないようには心掛けていますが、昨日の患者さんのお電話に少し勇気をいただいて、今日は、少しだけわたしの精神世界を暴露します。

 もう何年経つでしょうか、師匠から「昼間、太陽をみてごらんなさい。その太陽の光が緑色に見えるようであれば、あなたのこころが調和がとれている証拠です」と言われました。それ以来、わたしには太陽を見る習慣ができました。だから、昨日の患者さんの電話の内容は、わたしにとっては、そんなに特別なことではありませんでした。また、わたしは、いつもの習慣で、朝、日の出を見た時には必ず、最後は、手を合わせる習慣があったのです。日本は、八百万の神の国だから、「太陽の神さま、今日も一日よろしくおねがいします」って、こんなふうに一日が始まるのです。これをやるとやらないとでは、とても気持ちが違ってくるのです。わたしは、最近は朝が早く、5時前にはいつも起きて仕事にはいる前の準備をしていますが、もう空は明るくて、そう滅多に日の出を見ることがありません。ですから、昨日の患者さんのお電話のおかげで、「日の出前に起きたい」と思う気持ちがおこりました。そのおかげで、夏至の朝、「太陽さんの日の出」に引き合わせていただくチャンスをいただけたようなものです。どうでしょうか?こうして写真を見ると普通の太陽の光にしか見えませんが、これは、カメラのレンズと実際の人の肉眼の違いなのでしょうか?みなさんの目には、どのように映っているのでしょうか?
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和気あいあい伊太和里の湯トランポウオーク教室

 今日もトランポウオーク教室でいい汗を流してきました。梅雨の最中ですから湿度が高く、ものすごい汗の量でした。暑い時にこうして汗を流せるというのも気持ちがいいものです。ところで今日は、思いもかけず、ご褒美があって、練習が終わると、教室の真ん中に大きな和ができたのです。何かとてもいい雰囲気でした。トランポウオーキングの指導者の一人、寺田先生が、この梅雨の蒸し暑さを乗り切れるようにと、自分でこしらえてきた杏のジャムをごちそうしてくれました。ビンにはいった杏ジャムをみんなで少しずつクラッカーにのせて、口にほうばりました。杏の甘酸っぱい味が、口の中にいっぱい広がって、とてもさわやかな気持ちになりました。そしたら今度は、トランポウオーキング教室の仲間の一人の小沢さんが、手づくりのポテトチップスを「みんなで食べましょう」ってごちそうしてくれたのです。そして、いつもの太田さんが、いつも通りおいしいチョコレートをみんなに配ってごちそうしてくれました。

 何かいつも思うのですが、このクラスっていつも居心地が抜群なんです。さわやかな汗をかいて、笑顔があって、笑いがある。そして、和気あいあいとしたこの空気。「今週もきてよかったなあ。またこの次もこよう」って思えるトランポ教室です。この空気って、そうそう簡単にできるものではありません。こういう雰囲気になってきたというのは、おそらく指導者の寺田先生や北川先生の、温かい思いやりと、暑い情熱があればこそ、実現できたものだと思います。でもそれだけではないのです。生徒の中にも、いつもみんなのことを考えていてくれていて、みんなで楽しくやりたいという思いの人がいっぱいいるのでしょう。だから今日も自然と教室の真ん中に大きな和ができたのです。そう考えると、何かとてもありがたい気持ちがわいてきました。やっぱりこの教室、楽しいです。和気あいあいの伊太和里の湯トランポウオーク教室です。
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楽しむこころ
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 最近、八倉治療院の玄関には、花が少しずつ増えはじめています。放射能汚染・政治不信ここのところ新聞を読んでも明るい話題がありません。おまけにこの梅雨空の天候ときた日には、何かこころまで曇りがちです。そんなときだから、少しでも治療院に訪れてくれた人のこころが、和やかになってくれればいいなあと思い花壇づくりをはじめました。わたしは、ずっと前から、花を見るのは好きでした。誰でもそうだと思いますが、花が嫌いという人はそう滅多にはいません。でも今ほど花を「楽しんでいる」ことは今までにありませんでした。本当にどうして、そのような自分になったのかわかりませんが、ついつい、歩いていても、花が目に入って仕方がありません。お休みのときも、ついつい、ホームセンターの花の苗とかガーデニングの売り場に、自然と足が向いていってしまいます。じつは、いまは頭の中には、紫陽花の花のことでいっぱいになっています。そうです。朝の散歩であまりにも多くの紫陽花を見るようになってから、ず〜と頭の中は、あじさいの花のこと一色になってしまいました。つい昨日も近くの本屋さんで「趣味の園芸」で紫陽花の特集を見てきました。万事がこんな感じなのです。だから、いくら環境が暗くたって、わたしは、そんなに簡単には、へこたれたりしません。このプランター、前にも紹介しましたチュニジア・ビスタも、以前にハワイで買ってきたセラミックのてんとう虫で、楽しく遊んでいます。何でもそうですが、「楽しむこころ」って大切にしようと思っています。こんな些細なことなのですが、はじめてみるとやっぱり、楽しくなってしまうんです。生活の何もかもが………、不思議ですね人間のこころというものは。どうですか、皆さんも何か楽しいこと始めてみませんか。
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029.gif 雨の日の治療室は、トランポウオーク教室に早変わり

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 わたしたちは、毎週火曜日に伊太和里の湯で寺田先生と北川先生の指導のもと、トランポウオークに励んでいます。ストレッチ体操に始まって、筋トレ・脳トレ・エアロビクスと非常にバランスのいい運動でこころもからだも汗をかきながらリフレッシュしています。この教室にくると1週間の疲れが吹き飛んでしまいます。それに、指導者の北川先生の話が面白いことといったら、もうたまりません。いつもおなかを抱えて笑ってしまいます。いつか北川先生ともお話ししましたが、この笑いが、わたしたちの生命の維持に大変重要な脳幹の働きを、活性化しているのです。だから、汗をかきながら運動しているだけでも、脳幹の働きは良くなるのですが、笑いながらとなると、最高に脳幹は100%活性化されることになるのです。

 ただひとつ、欠点があります。それは、せっかくいい運動を教えてもらっているのですが、これが、なかなか継続できません。寺田先生と北川先生のコンビの指導があまりに、楽しすぎて、自分でやってみようという気になかなかなれません。北川先生は、短時間で簡単にできるセット運動を教えてくれたのですが、それすらもやれてないというのが現状です。人間は本当に怠け者でどうしようもありません。毎日といわれると、「そうか休みなしだな」って思ってしまうのです。ところがこの前の教室で、「週に3日でいいから」といわれると、「それならできるかもしれない」というように、気持ちが変わるのです。

 そんなわけで、今日は朝から雨が降っています。いつもなら散歩の時間ですが、今日は外で歩けません。それなら、散歩のかわりに「トランポウオークでもやってみるか」という気になったのです。ちょっと治療ベットを動かして、簡単にミニトランポリンを置くスペースを作りました。これで、治療室が、トランポウオーク教室に早変わりです。なぜ治療室かといいますと、治療室にわが家のオーディオ設備があるからです。トランポウオーク運動は、ミニトランポリンという器具が必須アイテムですが、もうひとつ欠かせないのは、125テンポの乗りのいい音楽が必要なのです。これさえあれば、どんなに怠け者のわたしでも20分間くらいは、なんとか有酸素運動を続けられます。写真は、ヒラリーさんのトランポウオークする後ろ姿です。脚もあがって腕もしっかり振れています。写真ではお伝えすることができませんが、さらにもっと面白かったのは、「ハイ、背筋を伸ばして、1・2、1・2……フッフ」って北川先生の口調そっくりに、号令をかけながらやっていました。そばで見ているわたしは、本当におかしくって、おかしくて、思わず吹き出してしまいました。
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