<   2011年 12月 ( 14 )   > この月の画像一覧

029.gif セロトニン不足はうつ病にもなるしキレやすくもなる

☆日本経済新聞11月30日夕刊・「キレる中高年男性目立つ・脳内物質も関係か?」について考える。
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029.gif 日ごろストレスを感じてる中高年男性や「うつ病」に悩む人には、「セロトニン」を分泌するために運動・日光浴・ふれあいプラス鍼灸指圧マッサージの治療が必要なのです。


 先月、日本経済新聞11月30日夕刊に「キレる中高年男性目立つ・脳内物質も関係?」という記事を見つけました。わたしは医療に携わる人間として、「脳内物質も関係か?」という見出し以下の記事は、特に見逃せませんでした。わたしがこれまでも注目していた「セロトニン道場」と、その主催者である、セロトニン研究の第一人者、東邦大学医学部の有田秀穂教授の意見が書かれていたからです。写真では、見にくい方もいらっしゃいますので、わたしが注目した文章を書き出します。

 「有田秀穂教授によると、この物質(セロトニン)は、衝動や攻撃性を抑制する作用があり、不足すると感情の起伏が激しくなって、ささいなことでもキレやすくなるという。……」あれと思われた方も多いはず。わたしもその一人です。有田教授といえば、「うつ病」の権威です。「うつ病」といえば、セロトニンの不足からおこる病気だということがいわれています。でも、そのうつ病と「キレる中高年男性」のイメージは、なかなか結びつきません。うつ病患者の特徴は、「無気力」「倦怠感」「疲労感」「脱力感」そういうイメージです。そして、うつ病患者は「自殺の恐れ」があり危険もともなう。これが、一般的な、「うつ病」のイメージではないでしょうか。

 ところが、よく考えると、これはおかしなことでもなんでもありません。少なくともわたしたちのような東洋医学を学んだものにとっては、「陰陽論」の解釈からすぐにわかることなのです。陰陽論は、相反する二つのものが同時に存在する「二元論」の世界です。「攻撃性」と「無気力」は、一見、相反するようですが、陰陽論から見れば、同一種類の事柄です。つまり、「攻撃性」と「無気力」は、一見、相反するように見えますが、実は同じもとからから発生している事柄なのです。その証拠に、「うつ病」のひどい兆候として「自殺」があります。これは、「攻撃性」が他者ではなく「自分」に向けられたかたちに違いありません。方向が変わっただけのことです。

 もうひとつの証拠として、「殺人犯」のことがよくニュースに取り上げられます。ところが決まってよくいわれることは、まさかという人が「殺人」を犯すことが多いのです。どちらかといえば、普段はおとなしく、あまり目立たない人。「この人が?」と思われるような人が、犯人だったりするのです。これは、「攻撃性」からだいぶ飛躍していますが、これも、「陰陽論」でいう、相反する二つのものが同時に存在する「二元論」の世界なのです。

 ですから、話題をもとにもどしますが、「セロトニン」という神経伝達物質は、人間の脳から産出するもので、衝動や攻撃性を抑制する作用があるものです。それが不足すると、感情の起伏が激しくなって、ささいなことでもキレやすくもなるし、同時に、落ち込んで、無気力にもなってしまうのです。どういうふうにでるかは、「神のみぞ知る」という感じです。つまり、自分自身にも誰にもわからないのです。

 新聞の記事の中でも、有田教授はセロトニンを分泌すを活発にする方法として、次のように述べています。「『運動・日光浴・ふれあい』の3つの要素を積極的に日常生活に取り入れてみてはどうだろう」しかし、教授は、もうひとつ大切なものを忘れています。その大切なものは何かといえば、わたしたちのような指圧鍼灸師が行なっているような「治療」です。この治療によって、脳から「セロトニン」が分泌されるのです。そのことを決して忘れないでください。

☆このブログから「セロトニン」に興味を持たれた方は、わたしのブログから「セロトニン道場」にリンクしてみてください。また、もう一度有田秀穂教授の「セロトニン」についてインタビューをごらんになりたい方は、こちらをクリックしてください→セロトニンとは
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☆バンクーバーのスタンレーパークで撮りました。マガモってきれいですね。
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029.gif 頸性神経筋症候群はストレス社会におこりやすい病気

 この病気を調べてわかったことですが、やはりはじめは「首こり肩こり」が原因だったんですね。こういう病名が誕生するまえは、わたしたちはこれに近い病気として「頸肩腕症候群」とか「胸郭出口症候群」という名前で説明させてもらっていました。肩こりでの人で首こりがいない人はほとんどいません。そのくらい、首こりはよくおこる症状です。特に現代社会は、大人から子供まで誰にとってもストレス社会です。こういう社会に生きていると、どうしても首こり肩こりが始まるのです。指圧マッサージ師ならほとんどの方が知っていますが、「ストレス凝り」といって、ストレスが強い人がよく症状として痛みを発する箇所が2カ所ほどあります。それは、ひとつ目は「胸鎖乳突筋」という筋肉と「肩甲間部」といって左右の肩甲骨の間にある筋肉です。例えば「脊柱起立筋」とか「僧坊筋」や「頭板状筋」といった筋肉です。それこそ、そういう筋肉がはってくると、これは「ストレス凝り」だというわけです。

 首は、わたしたち治療する者にとってすごく大切なところです。「頸性神経筋症候群」というのは、病名にしてみるとすごく恐ろしいような感じがしますが、ひらたくいえば、「首こりによって頸椎からでている腕神経叢(わんしんけいそう)や腕や指を動かしている神経を痛めたためにおこる。神経痛や、その神経が支配している筋肉におこる凝りなどの一連の症状。それプラス、自律神経の変調によっておこる自律神経失調の病気のこと」だから、どのような自覚症状をともなっても、べつにわたしたちの治療院では、驚くことでもなんでもないのです。自律神経失調による症状はさまざまであるが、メニエール病やうつ病などの精神疾患をともなう患者さんが、続出したとしても特にそのことで驚くこともありません。すべての疾患は、はじめ肩こり腰痛から始まって、あらゆる病気に発展していくものなのです。

 この「頸性神経筋症候群」の治療には、「首」の治療は書かせないことは確かですが、それだけの治療では治まるはずはありません。つまり神経によって痛めた筋肉を全部、ほぐしてあげてはじめて、自律神経失調からくるいろんな症状が治まっていくものなのです。いくら精神疾患があるからといって、あまりむやみに「精神安定剤」や「鎮痛剤」「鎮静剤」「睡眠薬」などを処方されますと、実は大変やりにくい状況が生まれてきます。実は、「頸肩腕症候群」「胸郭出口症候群」「メニエール病」「うつ病」「頸性神経筋症候群」と仮にどんな病名がついたとしても、わたしたち治療院の治療方法は、基本的にはあまり変わりません。患者さんの症状を聞いて、その痛みや拘縮を取り除いてあげるだけなのです。つまり、痛みも症状も程度の差こそあれ、みんなわたしたちの脳から発していることなのです。ですから、後は患者さんの脳から「エンドルフィン」や「セロトニン」などの神経伝達物質がでるのを待つだけなのです。治療者は、それらの物質がでやすくなるように、治療をしてあげることが一番大切なことなのです。だからこれは、病院の関係者がつけた新しい病名ですが、やはり治療は、わたしたち鍼灸指圧マッサージを行なっている治療院のものにお任せください。餅屋は餅屋です。
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☆これだけではどこの公園かわかりませんね。バンクーバーのスタンレイパークです。
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029.gif 頸性神経筋症候群(CNMS)の患者さんが増えています
 
 最近、わたしの患者のご主人で、とても奥さん思いのやさしい方がいます。この方がある日、奥さんの症状を心配して、「先生、わたしの奥さんは、もしかして「頸性神経筋症候群」という病気ではないでしょうか?ネットで調べていくと、症状がとてもよく似ているようなんですけど」という質問を受けました。わたしは初めて聞く病名なので、「そうですか。では後でわたしも調べてみます」そんなふうに答えして、さっそくネットで調べてみました。


 072.gif 「医療・医学ニュース」より引用させていただきました。

「頸性神経筋症候群」とは?

先週発売の週刊現代で特集されていた、なにやら聞きなれないこの病。それもそのはず、最近に至るまで、診断でこの病名を正式に使う医師はほんの数人だったそうです。…で、調べてみました。

頭痛やめまい、疲労が慢性的に続く「CNMS(頚性神経筋症候群)」は首の後ろにある筋肉の異常によって引き起こされる病気です。
慢性疲労症候群、むち打ち症、めまい、頭痛、うつ状態、パニック症候群、ストレス症候群、自律神経失調症、更年期障害の60%が該当する疾患群で、複数の疾患を合併している場合が殆どです。
頭痛や微熱、体がだるい、やる気が出ないなどの不定愁訴にも似た症状が多いため診断されるまでに時間がかかり、複数の病院で受診を繰り返す患者さんも多いようです。

「頚性神経筋症候群」の診断では、問診、MRIなどの画像診断、平衡機能、瞳孔検査、頚部筋肉の触診による緊張や圧痛がどの程度であるかで判断します。
瞳孔の拡大が特徴的ですが、全脊椎の側弯症を含む変形性頚椎症、頸部椎間板ヘルニア、脊柱管狭窄症を合併していることが多くみられます。
専用の問診票を用い多くの症状を点数化し後頚部にある僧帽筋、頭板状筋、頭半棘筋、胸鎖乳突筋などからなる筋群上端部の異常緊張や痛みなどを確認し治療計画をたてます。

治療では頸部筋肉の緊張と圧痛を緩和し、柔らかくほぐす必要があります.薬物療法、低周波などの物理療法、鍼灸療法、温熱あるいは冷罨法およびリハビリテーション等などを組み合わせて実施します。治療が奏功すると頭痛、めまいなど多くの症状が劇的に改善することが知られています。
(出典:陣の内脳神経外科クリニック)

頚性神経筋症候群の診断基準

 1、頭が痛い、頭が重い
 2、首が痛い、首がこる
 3、肩が張る、肩がこる
 4、かぜをひきやすい
 5、めまいやふらつきがある
 6、振り向いたときや歩行中に不安定感がある
 7、吐き気がある
 8、夜、寝つきが悪い。途中で目覚める
 9、血圧が不安定
10、温かい場所に長時間いられない
11、異常に汗をかく
12、静かにしていても心臓がドキドキする。動悸がする
13、目が見えにくい、ぼやける
14、目が疲れる、目を開けていられない
15、まぶしい、目の奥が痛い
16、目が乾燥する、涙が出やすい
17、唾液が出やすい、出過ぎる
18、微熱が出る
19、胃腸の調子が悪い、腹部膨満感がある
20、だるくて横になりたくなる
21、疲れやすい、全身に倦怠感がある
22、やる気が出ない
23、天気が悪い日やその前日は症状が強い
24、気分が落ち込む
25、集中力が出ない
26、不安感
27、イライラする
28、根気が出ず仕事に影響が出る
29、のぼせ、手足の冷え、しびれ
30、胸の痛み、圧迫感、しびれ

※該当する項目が5つ以上で治療の適用、10以上なら要治療、17以上は最重症(作成は松井孝嘉・東京脳神経センター理事長)
(以上の記述は、「医療・医学ニュース」から引用させていただきました)

☆次回のブログに、続きます。
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029.gif 陰陽は、宇宙の法則や自然の道理をあらわしている
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 わたしは昔から東洋哲学に興味を持っている。特に「陰陽論」を知ったとき、本当にすごいと思った。また上記の陰陽太極図を見たとき、世の中にはいろんな図形やマークがあるが、これほどシンプルにマトを得た図はそうざらにはないと思った。もうわたしが説明することもなくこの陰陽太極図は、誰もがよく知っていて、一度くらいは目にしたことがある有名なものである。そのためか、これをファッションにした若い人向けのグッズでも海や街でよく見かける。よく知られたところでは、Tシャツやサーフボードのどこかにこのマークを見ることが出来る。デザイン的にも優れているが、実はこのマークには、深い意味が隠されていることを、若者は、直観と感性で感じ取っているからだ。でも本当に見れば見るほど、すごくよく出来たデザインで感心せざるを得ない。

 前回のブログで「陰陽表」を上げておいたが、この「陰陽」の意味するところは実に広い。原子のようなミクロの世界から、宇宙のようなマクロの世界まで、世界をまっぷたつにしてしまうこの陰陽太極図のスケールの大きさには、あきれてしまうほどである。しかし、この本来の語源の「陰陽」は、「ひかげ」と「ひなた」から始まっている。太極的に一日を捉えたとき、世界は、昼と夜に分けることが出来る。昼はもちろん「ひなた」の世界。しかし、どんなに「ひなた」で覆われていたとしても、必ずどこかに「ひかげ」が存在する。それが「陽中の陰」といわれる小さな黒丸である。また、夜はまったく暗闇かといえば、まったくの暗闇の夜は存在しない。必ずどこかにかすかな「ひかり」が存在する。それは、「月の光」であったり、「星かげ」であったりというふうに、闇夜を照らす光も存在する。それが「陰中の陽」という小さな白丸である。これが陰陽図が表している世界である。しかし、このことはすべてのあらゆる世界の事物にあてはまる普遍の真理である。

 世界は、どのような世界であろうと、陰と陽というように対極にあるものを2元化する。つまり、どんな物や、どんな事も二つの世界に分けて考える事が出来るという事である。もっと平たくいうと。「世界は必ず、二つの事物がわかれて存在している」といえるかもしれない。しかし、二つ目の真理として、「対極にあるものとはいえ、100%黒だといえる物は存在しない。たとえ、ほとんど黒であってもどこかに白が存在している」そして、3つ目の真理として、「対極にある物事はは必ず変化を繰り返している。また、変化をくり返すことにより、そこに生命(いのち)が生まれている」

 これはまた、少し話が難しくなったが、図で見る黒と白のものは、頭とシッポのようなものが存在する。そしてこれが、あたかも右に回転する事を暗示している。つまり、事物には、エネルギーというものが存在している。そして、そのエネルギーは、ある法則性にもとづいて、ある一定の方向に動いている。川が必ず上から下に流れるように、蒸気が下から上に昇っていくように、必ず法則性にもとづいて動いている。「季節」も春から夏、夏から秋、秋から冬と繰り返し変化する。また変化する事でそこに「生命」が生まれるのである。

 多分この説明でもまだ理解できないという人に、もっとわかりやすい例えを示したい。前回のブロブの陰陽表の中に、「呼吸」に関するものがあった。実は「呼吸」も「陰陽」で成り立っている。「呼吸」は「呼気(こき)」が「陽」で、「吸気(きゅうき)」が「陰」である。だから、「呼吸」は、「はいて」「すって」の繰り返し、この繰り返すことで、わたしたちの「生命(いのち)」が維持されている。この繰り返しの変化が、止まったとき「死」が訪れる。だから、人間も動物もいのちがあるものは、すべて、変化を繰り返すことで、生命を維持しているのである。だから、川の水も、海の水も変化し動いているから生きている。しかし、水がその動きをやめて止まってしまった時に、いのちがなくなり、死んでしまう。水が死ぬと「腐る」のである。

 この「陰陽太極図」は、シンプルでありながら、このような宇宙の法則や自然の道理をわたしたちに教えてくれている。しかし、わたしたちは、その意味するとことをほとんど理解し得ないでいる。今日わたしが、少しだけ、解説をくわえさせていただいたが、これは、多分、長い文章のさわりのさわりにすぎない。多分この陰陽論を展開していったら、おそらく、長編の一冊の本が、書けてしまうほど、その意味は深く、多岐にわたっていることだろう。また機会があれば、時々、わたしの「陰陽論」をご紹介していきたい。ともあれこの陰陽の理論は、わたしたちの身体にも応用できるものなので、これをもとに「東洋医学」が、存在している。だから、「西洋医学」が「科学的」といわれるが、「東洋医学」は「哲学的」といわれるのもそのゆえんである。
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072.gif 陰陽太極図(「Wikipedia」より)

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 この形をした太極図は、陰陽太極図、太陰大極図ともいい、太極のなかに陰陽が生じた様子が描かれている。この図は古代中国において流行して道教のシンボルともなり、今日では世界各地に広まった。韓国の国旗にもなっている。白黒の勾玉を組み合わせたような意匠となっており、中国ではこれを魚の形に見立て、陰陽魚と呼んでいる。黒色は陰を表し右側で下降する気を意味し、白色は陽を表し左側で上昇する気を意味する。魚尾から魚頭に向かって領域が広がっていくのは、それぞれの気が生まれ、徐々に盛んになっていく様子を表し、やがて陰は陽を飲み込もうとし、陽は陰を飲み込もうとする。陰が極まれば、陽に変じ、陽が極まれば陰に変ず。陰の中央にある魚眼のような白色の点は陰中の陽を示し、いくら陰が強くなっても陰の中に陽があり、後に陽に転じることを表す。陽の中央の点は同じように陽中の陰を示し、いくら陽が強くなっても陽の中に陰があり、後に陰に転じる。太極図は、これを永遠に繰り返すことを表している。(「Wikipedia」より)


072.gif 陰陽表(「Wikipedia」より)

                  

基本的特性  求心力          遠心力
傾向     収縮           膨張
機能     融合、同化、集合、編成  拡散、分散、分解、分離
動き     不活発、緩慢       活発、敏速
振動     短波、高周波       長波、低周波
方向     下降、水平        上昇、垂直
位置     内部、中心        外部、周辺
重量     重い           軽い
光度     暗い(暗光、月光)    明るい(明光、日光)
湿度     湿潤           乾燥
密度     緻密           稀薄
外形     小さい          大きい
形状     収縮性          膨張性
感触     柔らかい         硬い
素粒子    電子           陽子
元素     窒素、酸素、燐、     水素、炭素、ナトリウム
       カルシウムなど      砒素、マグネシウムなど
環境     波動 ― 土 ―      ―  水 ― 空気 
気候風土   寒冷な気候        熱帶性気候
生物特性   植物的          動物的
性別     女性           男性
呼吸     吸気           呼気
器官構造   実質器官 凝縮性     中空器官 膨張性
神経     末梢神経 交感神経    中枢神経 副交感神経
補瀉     補            瀉
態度、感性  穏やか、消極的、防御的  活発、積極的、攻撃的
仕事     神理的、精神的      肉体的、社会的
文化     精神的          物質的
次元     空間           時間
内外     内側           外側
武術     柔            剛
戦闘     防御           攻撃
向き     下、後、左        上、前、右
夫婦     妻            夫
親      母            父
表裏     裏            表
天體     太陰(月)        太陽(日)
天氣     雨            晴
昼夜     夜            昼
天地     地            天
温度     冷            熱
数      偶数           奇数
商売     損害           利益
状況     静            動
人間     精神(心)        肉体
数学     -(負)         +(正)
春秋     秋            春
夏冬     冬            夏
東西     西            東
南北     南            北
背腹     腹            背
感情的    抑制           興奮
内臓     五臓(六臓)       五腑(六腑)
人体組織   皮膚・骨         筋肉
部分     下部           上部
高さ     低い           高い
音の高さ、声調低            高
光闇     闇            光
山      北            南
川      南            北
収穫     豐            凶
                       (「Wikipedia」より引用しました)
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037.gif ハリは女性をより美しくする

☆わたしがいつもよく使うのは、一番うえの袋にはった4センチのハリです。真ん中のハリが、「美容鍼(びようばり)」といわれるハリです。長さを下のツマヨウジと比較してみてください。
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 いやあ本当に驚きました。わたしは今までハリや指圧で治療を行なってきましたが、それは、脳からエンドルフィンを出すためでした。脳からエンドルフィンがでると、痛みが緩和されて、コリが解れていくことを知っているからです。患者さんが気持ち良くなって、眠くなってしまえば、「ああ、エンドルフィンがでたんだな」そんなふうに感じて、ほっとします。ところが、ある日は別なことに気がついたのです。もうひとつの効果です。それは、なんと「女性を美しくさせる」効果です。

 とても楽しいことなので、もう少し詳しく報告させてもらいます。わたしの所にはいろんな患者さんが見えていますが、それぞれその治療方法は違います。しかしこれはたまたまなのですが、60代の女性で、膝痛があって、毎回のように膝にハリをうっていた女性が二人いました。ある日いつものように、膝裏の真ん中に「委中(いちゅう)」という経穴(ツボのこと)にハリをうとうとしたのですが、あることに気づいたのです。以前は、結構その方の膝裏には、静脈があって、うちたいと思っていた委中のツボがその静脈にあたるのを避けていたのですが、それがありませんでした。それどころか、膚もツヤツヤとハリがあって、若い娘さんのような、きれいな膚になっていたのです。

 ちょっと想像してみてください。これは一般的な話ですが、高齢期にさしかかった女性の足には、いろんな症状があります。見た目でいえば、静脈がたくさんうきでていたり。ひどい場合は、静脈瘤(じょうみゃくりゅう)になっていたりということはざらにあります。ところが、わたしの患者さんのように、きれいにツヤツヤでハリのある美しい膝になっていくということは、あまり考えられません。わたしは、思わず思ったままに言ってしまいました。「Aさん、膝がきれいになりましたねえ。まるで、娘さんのようなきれいな肌ですよ」

 そして、また驚いたのは昨日のことです。もう一人の膝が痛くて、毎回、「委中」にハリをうっていたもう一人の60代の女性Bさんの膝裏を見たら、まったくAさんと同じように、つやつやのハリのあるきれいな肌になっていたのです。これはもう偶然とはいえません。わたしはそこに、「エンドルフィン」のもうひとつの効果を認めざるを得ませんでした。それは、「ハリはより女性を美しくする」という「美容効果」でした。正直いってわたしの頭の中には、「鎮痛効果」「鎮静効果」はあったのですが、「美容効果」まであるなんて考えもしなかったことなのです。

 話は変わりますが、わたしはずっと前から、ヒラリーさんに「『美容鍼(びようばり)』を研究してみたら」といわれていました。確かに、「より美しくなりたい」と望む女性の声は多いです。時々「美容鍼はやっていますか?」という電話をいただくことがあります。中には、「わたしは、肩こり腰痛が楽になるより、この顔のシワやシミがなくなる方がうれしい」という声もあるくらいです。いかに世の中の女性の「美を求める」願いが強いかがわかります。

 わたしは、確かに今までは、「美容鍼」をやってみるということには消極的でした。でも顔にもたくさんのツボがあります。ツボは簡単にいえば、エネルギーが出入りするところです。そこにハリをさしてあげれば、自律神経によるホルモンのバランスの調整や血液循環の促進や新陳代謝が促進されることは確かです。それだけではなくて、何かの炎症で顔の赤みで困っている人にも、消炎効果も期待できます。そういうことは理論的には充分可能なわけです。そのいい例が、例の膝痛の患者さんが、痛みが和らぎ「美しい膝」になっていったことでも充分、証明されていると思います。そう考えると、本当に「美容に関することで困っている女性がいれば、これも人助けになるのかな」という気もします。まだ、やろうと決めたたわけではありませんが、「やってもいいかな」という気持ちになりました。この二人の「美しい膝」が、わたしのこころを動かしたみたいです。
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024.gif 八倉治療院クリスマス・デコレーション

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 今年も残りわずかとなりました。いつもこの頃になると、1年が早くなったことを感じます。子供の頃は1年が、あんなに長かったのに、どうしたということでしょうか?でも、クリスマスやお正月が近づく頃になると、特に何かいいことがある訳ではないのですが、気分もウキウキ、ルンルン気分になるのはどうしてでしょうか。

 昨日からヒラリーさんが、クリスマスのデコレーションを始めました。飾りのほとんどは、カナダにいるお母さんからのプレゼントですが、私たちが買い集めたものも結構あります。ハワイ島で買ったもの、東京の銀座で買ったもの。静岡や浜松のデパートで買ったもの。出所は様々ですが、こうしてみんな、八倉治療院のクリスマスを祝って集まってくれました。子供がいない私たちですから、この飾りのの一つ一つが、まるで子供のように可愛くもあります。

 ヒラリーさんも英会話をやっていて生徒さんも少しいますので、患者さんも生徒さんもみんな喜んでくれます。今年1年を見送り、また新しい1年を迎えるクリスマスとお正月。誰が考えてくれたのでしょうか?何年歳をとっても、この二つの行事は欠かすことができません。今年もしばらく、このクリスマス・デコレーションを、来てくださる患者さんや生徒さんたちと一緒に、楽しみたいと思います。
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☆カナダ・ウエストバンクーバーからバンクーバー島にむかうフェリーボート。
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029.gif 「健康になりたい」という気持ちが強すぎる

 どういうわけか、患者さんは、わたしたちのような治療院をやっている人は、「みんな健康だ」と思っている人が多いようだ。ところが、決してそんなことはない。むしろ自分が、健康上の何かの問題を抱えていて、それをなんとか克服しようとしてこの世界に入ったという人がほとんどだ。そうでなければ、病気で困っている時に、いい治療者に出会い、そのおかげで自分の病気が治り、「自分もそういう仕事について困っている人を助けてあげたい」そう考えでこの仕事を選んだという人も実に多い。

 実は、そういうわたしもその両方のタイプである。自分のことを、あまり、告白する気持ちはないが、わたしの半生を振り返ると、本当に多くの病気な悩まされた。いろんな病気を体験した。いつも医者や病院にお世話になっていた。そして、自慢ではないが、今もよくなったとはいえ、ケガか病気か、いつも身体どこかに問題を生じている。また、そういう人でなければ、この世界では、大成しない。なぜなら、全くの健康体の人では、本当の意味で、病気に苦しむ患者さんのこころや身体の痛みの状態がわからないからだ。だから、いい治療者になるためには、自分が、病気を体験して、それをある程度「克服」した経験がなければ、いい治療者として大成することは出来ない。それがわたしたちのこの世界、この道の大切な条件なのである。

 わたしは、何年も治療家として治療院をやっていけているのは、師匠のおかげである。わたしは、本当に何年も何年もこころと身体を病んだ病人だった。そのわたしを見放さないで、何年も何年もつき合って、指導してくれたのが、わたしの師匠だ。だから、わたしは一生師匠には頭が上がらない。師匠なくして、今のわたしという人間や、今のわたしの人生はあり得ないからだ。そういう経緯があるので、わたしは、「師匠から受けたご恩を、わたしをたよってきてくれる患者さんに返したい」という気持ちがあるのである。

 「『健康になりたい』という気持ちが強すぎる」というのは、実はわたしが師匠からいわれた言葉である。「あなたは、『健康になりたい』という気持ちが強すぎるんですよ。だから、病気が、ちっともよくならないんです」わたしは確かにそういわれた。その言葉が、ある日、患者さんを指導させてもらっている時に思い出された。わたしが、師匠からこういわれた時には、もしかしたらあまりその意味がよく分かっていなかったかもしれない。しかし、何年かたって、立場が逆になり、患者さんに向かい合って、はじめてその言葉の意味が分かるようになった。

 「『求めるものは得られず』これが、宇宙の法則です。そのことをあなたは、よく理解していなければなりません」これが、よくいわれる師匠の口癖である。この十何年の間に、わたしは、この言葉を、何百回と聞かされたような気がする。だから、「求めすぎる健康は、結局は、得られない」しかし、なぜなのだろう。「健康になりたい」その気持ちがどうしていけないのだろうか。当時、わたしは自問した。だから、患者さんの気持ちがよくわかる。病気は、様々であろうが、精神的な疾患をともなったものは、そうは簡単に克服できるものではない。ところが、本人に「治そう」という気持ちが強すぎると、返ってそこに焦りが生じ、なかなか良くなるものもよくならないケースが多い。

 病気が長くなると、どうしてもこころにゆとりがなくなる。自分では、おかしくはないと思っていても、こころが後ろ向きになっていることが多い。ネガティブな発想もそこから生まれる。確かに、病気が長くなると、あちこちと症状が現れる。だから本人にしてみれば、ここもあそこも、みなかしこも悪いという気持ちになる。どうしても悪いところにフォーカスされ、ちっとも、よいところ、よくなっている症状には目がいかないのである。ところが、病人がよくなっていくためには、このよくなっていく症状にこそ、フォーカスして、見ていかなければならないのである。「健康になりたい」気持ちが強すぎる人は、それが出来ない。

 よく患者さんを診ていると、早くよくなっていく患者さんと、なかなか良くならない患者さんがいる。よくなっていく患者さんは、すごく前向きで、「先生のおかげで、頭が痛いのがウソみたいに楽になりました。痛かった肘が、こんなに曲がるようになりました」という感じで、よくなっていくところに、意識がフォーカスされている。だからどんどんよくなっていく。ところがなかなか良くならない患者さんというのは、いつも、「どうしてよくならないんだろう。首はつらいし、腰は痛くてしょうがないし、昨日も、その前の全然眠れませんでした。わたしは、本当によくなるんですか?」とこんな感じなのである。確かにつらいのはわかるのではあるが、悪いところばかりフォーカスされていくと、絶望だけが先行し、希望が見えてこない。ウソでも、「自分の身体は、すこしづつ良くなっていく」という暗示がかからない限り、わたしたちの脳はエンドルフィンも出てこないし、健康回復への免疫力システムが働かないのである。

 本来病気は、メッセージ性が強い。「病気は気づきのためのメッセージ」でもある。何かその人にかけている点があるからこそ、病気というかたちとなって、その人に知らせることが多い。しかし、身体と同様、こころまで病んでいると、どうしてもそういうところまで、気づくことが出来にくくなる。だから、わたしたち治療者は、大変なのである。本当にその人の病気を少しでも解放に向かわせてあげ、ようとするためには、根気よく励ましてあげる。よくなっていく症状に目を向けさせてあげることが大切なのである。でも人間は、欲が強いから、完璧な健康を手に入れたいと思う。そのために、そこには、「求めるものは得られず」という宇宙の大原則が働く。

 だから、はじめから完璧な健康なんてあり得ないことを悟った方がいい。そうすれば、少しでもよくなれば、「有り難いなあ」という「感謝」の気持ちが働く。そうなれば、しめしめといったところだろう。これは「病気」だけの問題ではない。どんなことにも当てはまる。やはり、「求めるものは得られず」は、宇宙の法則なのである。
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☆カナダ・ビクトリアのジョーンズプレスは、おいしい朝食が食べられると評判のお店。ここで食べたベルジンワッフルは、最高に美味しかった。
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029.gif 指圧マッサージがうまくなれば鍼が上手になる

 最近、治療に鍼を使うことが多くなりました。そのためか、買い置きの鍼がすぐになくなってしまい驚いています。この間、鍼を10箱くらいまとめて買っておいたのですが、もうほとんどなくなってしまいました。これは日増しに、治療でハリを使うことが多くなってきた証拠です。「鍼灸マッサージ師」もいろんなタイプがありますが、わたしのスタイルは、鍼と指圧を併用してやっていくタイプです。必要に応じて、鍼をこまめに使っていきます。似たようなスタイルの治療者でも、はじめにまとめて鍼を使い、後でまとめて、マッサージをしていく。あるいは、順序が反対の人もいます。「鍼灸マッサージ師」も得手不得手がありますから、鍼が得意な人も、マッサージが得意な人もいます。ですからそういうことからも、鍼を使う頻度も変わってくるということもいえます。

 わたしの場合は、自分では「指圧鍼灸師」を名乗っていますから、やはり両方立てなのです。ところが、ネーミングに「鍼灸指圧師」か、「指圧鍼灸師」かで少し迷ったことがあります。でも結果的に「指圧鍼灸師」と名乗ったということは、やはり、「指圧」か「鍼灸」かという時に、指圧の方が、鍼灸よりも先行していたからだと思います。または、まだまだ、患者さんの鍼に対する理解が浅いということで患者さんの目を意識して、「指圧鍼灸師」と名乗ったのかもしれません。ただこのまま鍼の本数が増えていくと、将来は、「鍼灸指圧師」というふうにネーミングが変わってくるかもしれません。それどころか、最終的には、「鍼灸師」という方向性も考えられないこともないかもしれません。

 ただ、当分は、まだこの指圧と鍼を併用する治療でいくつもりです。その理由は、これはわたし個人の持論ですが、「鍼を上達するために指圧という治療が絶対に必要なのです」これはどういうことかといいますと、不思議なことですが、指圧が上達してくると、自然と鍼の腕も上達するのです。昔、専門学校時代にある先生が、こういったことを思い出します。わたしたちの学校には、「鍼灸科」と「鍼灸マッサージ科」という2つのコースがあります。ある日、その先生が、「鍼灸科よりも、鍼灸マッサージ科の生徒の方が、上達が早い」といっていました。それから「それは、やっぱりマッサージ科の生徒の方が、手技で身体に触れる機会が多いからなんでしょうね」と付け加えられたのです。

 そのことは、漠然と理解できるような気がしました。しかし、こうして自分が治療院を開業して、臨床についてみると、いっそう、理解できるようになりました。やはり、鍼をうつ人は、患者さんのからだをよく触って、観察していないとダメなんですね。「この鍼をここにうって、うつ前とうってからではどのように変わったか」そういうことの積み重ねが、鍼の腕前を上げていく、最低の条件なんだ。ということが、よくわかってきたからだと思います。

 学校では、「経絡経穴(けらくけいけつ)」といって「経穴(ツボのこと)」「経絡(同じ種類のツボのひと繋がりの線)」を学校では杓子定規に勉強させられます。ところが、実際は、人間の身体はみんな一人一人違っています。いくら解剖学に基づいて「経穴」が定められているとはいえ、やっぱり違うものは違うんです。また同じ人であっても、経穴の位置が微妙に変わったりしています。ですから、それらをあまりあてにすると、苦い目にあったりするのです。そこに行くと、指圧は同じように経穴を意識する時もありますが、それ以上に神経の走行や、筋肉を意識して治療しますので、あまり経穴にこだわりません。それよりも、患者さんのつらいところに、ぱっと手や指がいくようであないと、一人前の指圧師になれないのです。しかし、不思議なことに、指圧で押したい一点が鍼にも応用できるのです。ですから、指圧で腕を上げていくと、自然と鍼灸の腕が上がってくるというわけです。

 わたしは、正直いって学生時代は、あまり優秀な生徒とはいえませんでした。むしろ、下手くそな方でした。先生が望むようにぴたっと教科書通りにツボを見つけることが出来ませんでした。だから、逆に「経穴」に執着する気持ちもなかったのが幸したのかもしれません。よく学生時代優秀だった生徒は大成しないといわれます。わたしたちの世界でも同じことがいえます。教科書通りにやろうとする人は、あまり、上達できないのです。臨床の世界は、それとはまた少し違うことで成り立っています。ですから、学校で教わったことはあくまで基礎。今はそれ以上のことを考えて、さらに自分なりに研究に研究を重ねていかないとダメなのです。そうしないと、患者さんの身体は、皆一人一人違っています。人それぞれの身体、人それぞれの症状に対応できなくなってしまうのです。「指圧」が先行していたわたしですが、最近では「鍼」がおもしろくてたまらなくなりました。もう少しで「鍼灸指圧師」というネーミングに変更する時期が近づいてきているようです。
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029.gif 病気で苦しんでいる人に役立つ脳のお話
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 今回も引き続き脳のお話をさせてもらおうと思う。今回は、病気の人に役立つ脳のお話である。この世の中には病気で苦しんでいる方が実に多い。しかし、病気を治すのはそんなに容易なことではない。誰もが苦しみ、もがきながら必死で病気を治そうと闘っている。それでも、なかなか、病気のほうで立ち去ろうとしてくれない。「このままわたしはどうなってしまうだろうか?」不安と恐怖の毎日だろう。そういう人に少しでも、お役に立てれば、治療者として、これほど本望なことはない。今日はそういう人のために、わたしの知っている脳のお話をしたいと思う。

 脳は大きく分けて4つに分けることができる。間脳・脳幹・大脳・小脳の4つである。学説によっては、間脳を脳幹のなかに含めて脳幹という場合もあるが、間脳は、人間の脳の中でも、もっとも重要な部分として、ここでは、少し分けて扱うことにする。何でも大切な部分というのは、大事に扱われる。家でもお城でも、重要な部屋は、頑丈にまもられるように作られている。だから、出入り口のようなすぐ近くではなくて、奥の奥というところに位置する。人間の体も同じである。大切だから、ほかのどこよりも高い位置にあって、頭蓋骨という硬い壁に覆われた頑丈な部屋に納められている。しかも脳幹は、脳の中でも中心部にある。その中でも間脳は、大脳や小脳に覆われて、まるで外敵から守られたお城でいえば本丸の天守閣のようである。脳幹は、正確に言うと、間脳・中脳・橋・延髄それからその下が、脊髄と続く。

 脳幹は、人間が生命を維持していく上で、最も大切な場所である。例えば、呼吸や血流の調整、血圧からホルモンの調整まで行っている。それらをコントロールし命令を出しているのは、すべてこの脳幹で行われている。つまり、人間の意志ではコントロールすることができない。無意識に行われている生命維持装置のカギが握られているのが、この脳幹というところである。人間にとって何が大切かといえば、命ほど大切なものはないだろう。しかし、その大切な命というのは、実は神の領域といえるかもしれない。なぜなら、これは人間の意志で行われているというより、完全に、生命の維持装置は、神の手によってカギを握られているからである。ちょっとそういう言い方が、お気に召さない方もいるかもしれない。なぜなら、「人間は自分から死を選ぶことができるではないか。そういう意味では、人間がカギを握る場合もあるのではないか?」そういうふうに考える人もいるはずである。

 実はそれが、大脳の働きである。人間が人間であることの定義をパスカルは「人間は考える葦である」といっている。「感じる。考える。体を動かす」これは、人間の意志で行われている。少なくとも、顕在意識で行われている。そのほとんどが大脳の働きによるものである。少なくとも、体を動かす。高度なバランスをとる感覚。スポーツのセンスに関係する複雑な運動は、小脳の働きによることが多いが、大部分の生活で必要な活動や運動は、神経や筋肉と直結した大脳が行っている。その他には、記憶力もこの大脳の忘れてはならない働きである。よく「あの人は、頭がいい。とか、頭が悪いとか」そういう人間の評価の対象は、そのほとんどが、この大脳の働きにかかわっている。そういう意味では、もちろん、大脳が人間にとっていかに大切であるかはいうまでもない。

 では病気で困っている人は、どこに問題があるかといえば、間脳・脳幹の問題である。特に先にあげた内蔵を動かすとか、睡眠や呼吸や血流や体温、ホルモンを調整する。そういう生命の維持に関することになると、自律神経の働きに関わってくる。その自律神経をコントロールしている中枢機関が間脳なのである。だから、病気の人が困っている症状の多くが、この間脳や脳幹の問題なのである。人間はもちろん誰でも一人で生きていくことはできない。しかし、多少頭が悪くても、運動する能力が不十分でも、社会や人の助けがあれば、生きていくことは、不可能なことではない。しかし、これらの装置が、自由にコントロールできなくなると、一時として生命を維持することができない。

 人は自らの意思で生きていると自覚しているかもしれないが、もしかしたら、神の意志によって、「生かされている」というのが正確な表現かもしれない。人間の脳の仕組みや働きを見ていくと、そう感じざるを得ないようなものがある。そういった神秘的な何かを持っているのが、人間の脳である。そのくらい大切な脳なのだが、その中でも最も大切なのが、間脳であり、脳幹なのである。では、その部分に問題を生じている病気の人は、いったいどうすればいいのだろうか?間脳や脳幹の問題はどのように解決すればいいのだろうか?はたして病気の回復はあり得るのだろうか?それが最も知りたいところだろう。

 間脳・脳幹を活性化するにはどうしたらいいか。それは、「笑う」ことだ。「嬉しい」「楽しい」「しあわせ」という感情の働きは、間脳・脳幹の働きを活性化させる。それから、さらに「気持ちがいい」「美味しい」という感覚は、「嬉しい」「しあわせ」という感情に繋がるので、これも活性化させる。どうもわたしたち人間のからだは、嬉しい。楽しい。しあわせ。の頭をとって「うたし」を思考しているようだ。最近は、ホリスティックな医療をめざしている病院では、院内での「落語」が盛んに行なわれているらしい。人間は「笑う」ことで、脳から「エンドルフィン」が産出されていることが科学的に証明されているからである。前にも、指圧や鍼灸の治療が進むとエンドルフィンが産出しやすくなる。それも、「気持ちがいい」ということが引き金になる。どうも人間の脳もこころも身体も、みんな「よろこび」たがっている。それを望んでいるように見える。

 そういえば、患者さんを見させてもらってわかることは、楽天的な考え方が出きり患者さんは、病気になりにくい。また、病気になったとしてもすぐに回復してしまう。どうも人間のこころと身体は、密接に深い関わりを持っていて、互いに影響しあうことは間違いない。ところが残念なことに、健康ではない人は、身体だけではなく、自分のこころの中に「闇(やみ)」をもっていて、いつも自分で自分を苦しめている。だから、いつまでたっても、病気から解放されることがない。いえることは健康も幸福も自分の考え次第である。病気も不幸も自分自身がつくり出している。そのことに早く気がついてほしいと、わたしたちの脳や身体は、そう望んでいる。
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