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emoticon-0128-hi.gif宇宙の波動がめざしているものは「愛」

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 わたしは学生時代、勉強が大嫌いな子供でした。しかし、そのわたしが、夢中になって勉強した教科がひとつだけありました。それは、高校時代に出会った「倫理社会」という教科です。わたしは、この教科の勉強を通して、世界が開かれてくるような気がしました。ここで勉強した事柄は、今でも物事を考えるうえでわたしの基本になっています。特にその中でも、わたしが強く印象に残っていることがあります。わたしは「倫社」を勉強していて、ある日、とても重要なことに気づいたのです。このことに気づいた時、わたしは、真っ暗闇にひとつ灯火がともったように、世界が急に明るくなりました。これまでの、わたしの人生観まですっかり変わってしまったような衝撃を受けました。まずは、そのことからお話してみたいと思います。

 「アガペー」「慈悲」「仁」この3つの言葉が何をさしているかわかりますか?もうほとんどの人は気づかれたかもしれませんが、それは「愛」なのです。世界で最も人類に影響を与えた三大聖人が、この世で最も尊い大切なものは「愛」だといっているのです。ただ言葉が違っているだけで、いわんとすることはみな同じなのです。ただそれを、イエス=キリストは、「アガペー(無償の愛)」といい。シャカは「慈悲」といい。孔子は「仁」といっているだけなのです。つまり、いわんとしていることはみな同じ「愛」です。西洋と東洋は、まったく文化が異なっています。同じ東洋でも、シャカの生まれたインドと、孔子が生まれた中国では、やはり、歴史も文化も相当違うはずなのですが、「最終的に最も大切なものはなにか?」の答えは同じだったのです。言葉や表現の違いなどそんなにさしたる問題ではありません。重要なことは、世界がどんなに異なろうと、人類は、特定な地域を除き、ほとんど同じものをめざしているということです。

 師匠が、「宇宙の波動エネルギーには、意志と意識がある」といわれた時、わたしは、それは「愛」だと、直観しました。わたしたち一人一人がの持っている意志や意識が、その宇宙の波動に調和できないと、わたしたちのエネルギーは、宇宙の波動エネルギーから干渉を受けることになるのです。それが、時には病気であったり、思わぬ不幸現象としてあらわれるのです。つまり、病気も不幸現象も、大宇宙からのメッセージだったのです。しかし、それは突然やってくるわけではないのです。病気にしても、はじめは、首こり肩こり腰痛であったりします。それでも気づかなかったりすると、慢性化して神経痛となったりして、それでもまだダメの場合は、病気に発展したりというふうに、その人の意志や意識が間違った方向に進んでいることを気づかせようとしているのです。

 わたしが、病気や度重なる不幸な現象に苦しんでいる時、師匠は本当にやさしくわたしを指導してくれました。そしてあるときこういわれたのです。「先生わたしはどうして、このように病気に苦しんだり、考えられないような不幸が度重なるのでしょうか?」「それは、あなたのエゴや欲が強すぎるからなのです。あなたが、病気や不幸が度重なるのは、単なる偶然ではないのです。あなたに、すこしでも、はやく気づいてほしいからだと思ってください。病気も不幸現象もすべて、気づきのためのメッセージだったんです」それから、師匠が、よく口癖のようにいうことが、「高次元がよくわたしにいうんです。人間は一度死んでみればよくわかるんです。どんな人でも、死ねばわかるんです」

 ちっとこわい話になってきましたが、どうやら、この世に誕生した時に、「自我」が発生します。ちょうど「地球学校に生まれてきた学生のようなものなのです。学校ですから、当然勉強することが義務づけられています。もちろん学校ですから、成績表が結果として本人に通知されます。どうもこの地球学校は、その点数に応じて、次の将来が決められているようなのです」だから、師匠が、「人間は死んでみればよくわかる」というのは、そういう理由があるからです。でもなくなるとわかるというのはいうのは、どういうことでしょう。つまり、「自我」に対して「真我」「神我」という言葉がありますが、人間の魂は、もともと「真我」「神我」ということで、もともとひとつだったものが、生まれてくると同時に、独立し「自我」が発生するような仕組みになっていたようなのです。そのことはいずれまたお話しする機会があるかと思いますが、どうやら、聖人がめざした「愛」は、わたしたちが考える「愛」とは、大変に異なっていることは確かなようです。

 また、師匠の話にもどりますが、この話は、とても深くて、気づくまでにとても時間がかかるのですが、わたしが理解している限りでお話しさせてもらおうと思います。よく師匠は「これをしたら、こうしてもらえるはずだ。というような打算的な考えは捨てなさい」とおっしゃいます。これは、知らず知らずわたしたちがよくやっていることでもあります。例えば、患者さんの立場からすると、「わたしはこれだけ治療に通っているのだから、わたしの病気を治してもらえるはずだ」と。また、治療者の立場からすると「わたしはこれだけ頑張って治療しているのだから、患者さんからは、もっと感謝されてもいいのではないか」というようなことです。でも、このようなことは、宇宙の意志ではありません。宇宙の「愛」は、もっと大きく「無償の愛」なのです。

 それから、師匠はこういわれることがあるのです「人の喜びは、わがよろこびなり。また、人の苦しみはわが苦しみなり。あなたも、こういう治療者になってください」ところが、言葉ではわかっているのですが、これが、なかなか難しいのです。治療者という自覚はあっても、どうしても、人間ですから、好きなタイプの患者さんもいれば、どうしても相性の悪い患者さんもいるのです。どの患者さんにも同じように接して入るつもりでも、心の底では、どうしても、このように広いこころには、なかなかなれないものなのです。幸わい、わたしには、師匠という、とてつもない大きな目標がありますので、すこしづつですが、紆余曲折を経て意志や意識は、間違いなく「愛」や「調和」そして「感謝」へと発展していけます。わたしはこれだけでも、大変な仕合せだと思っています。それにしても、これから人類にどんなにつらい試練が待ち構えていようと、宇宙の波動は、間違いなく深くて大きな「愛」にむかって進んでいるということを忘れないでいただきたいのです。
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☆散歩の途中で見つけた美しいアザミの花
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emoticon-0128-hi.gif「人にはなぜ病気や不幸現象が起こるのか?」

 わたしたちが住んでいるこの日本という国は、昔から「八百万(やおよろず)の神々」がいるといわれている。山の神さま、水の神さま、木の神さま、何でも神さまになるんだから、石の神さまだって、カエルの神さまだって、空気の神さまだって、いてもおかしくはない。つまり、目に見えたって、見えなくたって、物体であれば、何でも神さまになれる可能性を持っている。ある日、わたしの師匠はおかしなことをいった。「物がそこにある以上、すべてのものにエネルギーが存在する」そして最近では、ある日、師匠の口から「量子力学」とかいう言葉が出てきた。確か、高校時代に苦手だった「物理学」の授業の中で、聞いたことがある言葉だった。

 物体を、どんどん細かく砕いていくと、分子・原子になる。それをさらに小さくしていくと、陽子と中性子で構成された原子核になる。原子核の中では、激しく陽子と中性子が回転している。またさらに、その原子核のまわりを電子がまわっている。そしてこれをエネルギーという観点でみると、陽子は(プラス)、電子は(マイナス)のエネルギーを持っているという事実である。つまり、「すべての物体には、エネルギーが存在する」ということだ。そして、そのような動きを、「波動」という。たぶん、師匠がいわれる「物がそこにある以上、すべてのものにエネルギーが存在する」というのは、そういうミクロの科学の世界の話であると理解した。と、ここまでは、誰にも説明が可能な科学の世界である。ところが、さらに驚いたことに、「エネルギーには、意志と意識が存在する。つまり、物体にも、すべて、意志と意識が存在する」といいだされのだ。つまり、「水や木や石ころにも、意志や意識がある」と。

 こういう話を切り出すと、とてもいやがる人がいることは事実だろう。しかし、たしかに、ひと昔まえの話だが、「足立育朗」さんという超能力者がいて、PHPから「波動の法則」という本が出版された。これが、ある一部の精神世界の人には、大変な話題になっていた。これとまったく同じような世界の話だと思われた。足立育郎さんも、「陽子には、意志があり、電子には、意識がある」と言っていた。そして、確か意志は「愛」、意識は、「調和」という概念を表しているといっていたような気がする。それ以来、このことは頭のどこかにはあったが、もうすっかり忘れていた。しかし、それから何年ぶりかして師匠の口から、まさか、そのことを聞こうとは思わなかったのですごく驚いてしまった。それにしても、「物体には、意志や意識がある」ということは、どういうことだろう。と改めて考えてみるきっかけになった。

 「意志」や「意識」は、人間の世界のことだけだというのが、普通、世間一般の常識であろう。せめて、認められるとしたら、動物の世界ぐらいが、その存在を認められるかもしれない。しかし、それが植物の世界の話だと、疑問がわいてくる。植物によく語りかけるという人の話も聞くけれど、もし目の当たりにしたら、何か不自然さが、どこかにあるような気がする。ましてや、鉱物や、石ころやイスや机に意志や意識があることを認めて話しかける人がいたら、それを傍観する人との目からはどんなふうにうつるのだろうか。しかし、わたしには、何となく冒頭の話が、何か関連があるような気がしている。もしかして日本には太古の昔から「八百万の神々」がいるという話は、すべての物体に「意志」と「意識」が、存在するということを物語っているのかもしれない。

 昔からわたしは、師匠から「本は読まなくていい。人の講演も聴きにいかなくてよい。今のあなたなら、きっとそれらを見るとマインドコントロール受けてしまうだけだろう。もしあなたが、学びたいことがあれば、自然を見なさい。そして自然から何かを学びとりなさい。自然があなたには、最高の教科書になることでしょう」ということまでいわれてきた。当時のわたしは、正直いって師匠がおっしゃる言葉の意味が、あまりよく理解ができなかった。ただ今になってみてわかったことがある。人間は、あまりに文化や文明の「発展」のためという言葉のかげに隠れ、過ちを犯しすぎてしまった。将来わたり、わたしたち人類にこの地球が存続の可能性が残されているとしたら、それは、手つかずの自然の状態にもどしてあげることだということだった。わたしたち人類に欠けているものがあるとしたら、大多数の人間の意志と意識が、この自然界と調和がとれていないということだ。そのことが、どんなに地球環境に悪い影響を及ぼしていることかは、誰の目からも明らかなことだろう。「地震」や「津波」という「不幸現象」がおこるのも「八百万の神々」から見放されて、その怒りに触れているのであろうことは、誰もが薄々感じていることではないだろうか。

 実は、「不調和」ということでいえば、わたしたちの身体も同じことがいえる。どうも太古の昔から、この宇宙には、「波動」というものがあって、人間の一人一人が持っている「意志」と「意識」が、この宇宙の「波動」に「調和」できないと、大変な「干渉」を受けるらしい。実は、「病気」も「不幸現象」も突き詰めていくと、個人の生き方なり、考え方が、宇宙の波動と「不調和」を起こしていることの現れなのだというところに結論がくだされるのである。そういう意味で、まさに「病気は気づきのためのメッセージ」なのである。また、人間の場合は、いきなり「病気」になったことで、気づく人もいるが、わたしが知る限り、まずいきなり「病気」ということはあり得ない。その前に「肩がこったり、腰が痛かったり」というように、その人に気づかせるような、何らかのメッセージが訪れている。わたしは、これは、わたしたちの宇宙の創造主の「ご慈悲」であると思えるのである。次回は、「意志」と「意識」ということに関して、もう少し掘り下げて考えてみることにしよう。(つづく)
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emoticon-0136-giggle.gif Ashleigh and Pudsey (アシリー&パジィー)

Ashleigh and Pudsey←ここをクリックしてください。

 わたしたちのお休みの朝、カナダにいるヒラリーのマムから電話がかかってきました。ユーチューブで「アシリー&パジィー」を見て。早速、パソコンを開いたところ。「ナナなんと。スゴーイ、ハピー」なものを見せてもらいました。もう少し詳しく説明させてもらいます。

 これは、イギリスで大変人気なショー番組です。「ブリタンズ・ゴッド・タレント・2012・ウイナー」というショーの一コマです。余分なことですが、この番組で、優勝することは、大変なことです。賞金総額は、50万パウンド。日本円になおすと、6420万円です。そして、クイーン・エリザベスの前で自分たちのショーを披露できるという、大変名誉なおまけ付きです。この番組で、「アシリー&パジィー」は、見事に優勝を成し遂げることができました。インタビューに答えて、アシリーは、こんなことを話していました。

 この少女、アシリーは、17歳です。愛犬パジィーと過ごす時間が多くて、ボーイフレンドはいません。それもそのはず。こんな可愛い、ワン・フレンドがいれば、誰だって、ボーイフレンドは、いらないと思います。それにしても、この二人の息のあったショーは、普段の生活の中の愛情から生まれたものであることは、誰が見てもわかります。可愛いアシリーと、可愛いパジィー。まるでショーというより、二人で仲良く遊んでいるように見えます。あなたは、この二人のダンスをどう思いましたか。
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emoticon-0136-giggle.gif「この会場に誰か鍼灸師はいませんか?」

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 この写真は、「THE JAPAN TIMES」からの切り抜きです。ヒラリーさんが見つけて切り抜いてくれました。舞台の松の絵からすると、歌舞伎か能の舞台のようです。倒れている人、助けを求めている人の姿は、日本人というよりは、中国人のような気もします。いずれにせよ、東洋人のプレーであることは確かです。会場内の観客は、ほとんど西洋人みたいです。「Doctor」と叫ばずに「Acupuncturist」と叫んだところが、いいですよね。はやく鍼灸師も世界的に評価れるようになって、いつかこういう時代がくるといいなあと思います。でも実際は、意外にも、西洋社会では、評価が高い「鍼灸師」ですが、どういうわけか日本社会では、まだまだ「誤解」が多く、あまりよく理解されていないというのが現状のようです。
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お し ら せ

☆平成24年6月1日より
☆治療代¥8,000円


いつも八倉治療院においでくださりありがとうございます。これまで診察力・治療技術の向上にともない、臨床において実績を積み上げてくることができました。つきましては、上記のとおり6月1日より料金表を改定させていただきます。どうぞよろしくお願い申し上げます。

平成24年5月6日
           八倉治療院  八倉秀夫

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☆2012年5月5日朝刊より子どもたちの絵。
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☆2012年5月5日朝刊より朝日新聞子声子語の記事。
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朝日新聞「子声子語」

「学校でじゅぎょう中にいねむりをしていると、先生におこられます。それにクラスの大切のことを決めるがっきゅう会のときにねる人はいません。なのにニュースをみていると日本の大切なことをきめる国会でねている人がたくさんいます。せんきょのときはいいことをいているのに、えらばれたあとはいねむりをするなんておかしいとおもいます。国会ではなしあっているのは、これからの日本のことです。ぼくたち子どもが大人になったときのことです。今の大人にはあんまりかんけいがないのかもしれません。だったら、ぼくたち子どもにかわってほしいです。ぼくたちのしょうらいのことはぼくたち子どもにきめさせてほしいです。せかい中の子どもたちと仲よくして、せんそうをなくします。かんきょうはかいはやめて、ちきゅうを大切にします。もっとしんけんに子どもの未来を考えてください。子どもからのおねがいです」(以上は朝日新聞2012年5月5日子声子語からの抜粋です)


emoticon-0128-hi.gif 今日は5月5日「こどもの日」です。こんなかわいらしい。しっかりした子どもの声を目にしました。これを読むと、私たち大人は、もっとしっかりしなくてはと思います。また、これはたまたま、偶然なんでしょうか、新聞の1面にこんな見出しが目に飛び込んできました。

全原発きょう停止

「国内で唯一運転している原子力発電所、北海道電力柏原発3号機が5日深夜、発電を停止して定期検査に入る。これで国内の原発50基がすべて泊まる。全原発が止まるのは1970年以来、42年ぶり。政府は電力機器を回避するため、関西電力大飯原発3、4号機の早期再稼働をめざしているが、めどは立っていない」(以上は朝日新聞2012年5月5日朝刊より抜粋です)

emoticon-0133-wait.gif これは、わたしには偶然とは思えませんでした。やはり子どもたちの将来を考えると、多くの人の命に関わるような危険なものをつくってはいけないのです。何かあった時、対応できないようなものをつくって残してはいけないのです。3、11の原発事故は、明らかに私たちへのメッセージと言えるのではないでしょうか。もう一度、日本の大人たちは、子どもたちの声にしんけんに耳を傾けるべきなのです。
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emoticon-0128-hi.gif 60歳までにやっておけばよかったこと

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日本経済新聞2012年3月31日

60歳までにやっておけばよかったこと←この記事を読みたい方は、ここをクリックしてください。


 2012年3月31日。わたしは、ハワイに旅行に出かけていました。現地でたまたま手に入った日本経済新聞に、このような記事が載っていました。ものすごく印象に残ったので、新聞を大切に日本に持ち帰りました。5月4日、またこうしてパソコンでこの記事に出会えたことに感謝します。

 わたしは、むかし師匠にご指導をいただいている時に、師匠が、わたしにこういったことをよく覚えています。「しあわせの3原則ってわかりますか?この3つのうち1つでも欠けていると、わたしたちはしあわせになることができないんですよ。それは、精神的な安定。肉体的な安定。そして、経済的な安定です。このうちのどれ1つ欠けても、いけません。しかもこの3つは、互いに関連しあっているんです」そんな師匠の言葉を思い出しました。

 わたしは、もうすぐ58歳になります。もうそろそろ、年金のことが気になりだすころです。でもわかっていることは、支給年齢が、もう60歳ではなくて、希望も何もなく61歳に繰り上がってしまったということです。その額も推定で、支給されるまで、確かな額かどうかもわかりません。しかし、これだけは確かなようです。年金額だけでは、これから食べていくことができません。だから、早速、「経済的な安定」というのは、どこかで、補足していかなければならないことになります。

 しかし、幸いなことに、わたしには、生涯働き続けられる資格があります。健康な肉体的な安定さえあれば、充分にそこは補うことができるのです。だからそこは、たとえこれから、政権が変わって、どのような世の中になろうと心配してはいません。むしろ、心配なのは、精神的な安定と肉体的な安定です。わたしたちのような仕事をしていると、こころと身体が密接な関係にあることがよくわかっています。ですから、「50代以下は『笑って前向き思考』」というのが、同世代として、なんて素晴らしいことかと共感してしまったのです。もしよろしければ、この記事を読んで見てください。


日本経済新聞

emoticon-0171-star.gif 50代以下は「笑って前向き思考」

 「50歳代以下に「60歳代までにやっておきたいこと」を聞いたところ、特に健康に対する考え方で、上の世代とはっきりとした違いが出た。

 健康維持のためにやっておきたいことの1位は「よく笑い、くよくよ悩まないこと」。「ポジティブに考える」(38歳男性)、「心身の健康のため、バラエティーを見たり、家族や友人と会話で笑う」(42歳女性)など、笑いを心の栄養として重視している。「現状に悩んでいることの裏返しでは」(西理事長)。

 人間関係の面では、夫婦や子どもなど家族を最優先しているのは60歳以上と共通している。ただ、仕事や義理だからといって交友範囲を無理に広げようとするのではなく「本当に心許せる友を大切にしたい」(31歳女性)と、より身の丈の幸せを大切にする傾向が強い。

 倹約志向も鮮明だ。「年金は当てにならない。今のうちに貯蓄しておく」(39歳男性)、「老後は介護や医療費などまとまったお金が必要になる」(40歳女性)と蓄えの必要性を認識している。だが、「今は、日ごろの生活でいっぱいいっぱい」(35歳女性)というのも現実のようだ」

☆以上は、日本経済新聞2012年3月31日の記事より抜粋しました。
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