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emoticon-0128-hi.gif 霊性を高めることで治療のパワーが上がる
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鍼治療ではツボをどう考えるか

 近年は鍼治療が、世界的に認められ、日本以外の国では、医療の現場で医者や鍼灸師が活躍し、臨床研究も盛んに行われています。ところが、最も進んでいるはずの「和鍼」がつくられ、使用されている日本では、まだまだ、医療としての鍼治療が一般的に評価されていません。最前線にいるわたしたち鍼灸師としては、とても残念なことに思いますが、まだまだ、わたしたちも、普及させるための努力が必要です。

 ところで、経穴のことをツボといいますが、「人間のからだには、いくつのツボがあるか」みなさんはご存知でしょうか?正解は、361個です。その361個のツボは、人間のからだのどこにあるのか。治療に使われるように、すべて共通理解がなされるように決められています。そして、それらひとつひとつには、「百会」とか「足三里」とか名前がつけられています。そもそも、「話のツボ」とか、「ツボにはまる」とかいわれますが、「ツボって、一体なんでしょうか」、「ツボ=大切なところ」というニュアンスはあることは確かですが、その辺は、実際に目に見えるものではないので、扱いが実にさまざまで曖昧です。それもそのはずです。鍼灸師の我々の仲間でさえ実態がつかめない人がいるくらいですから、素人のみなさんが、よくわからなくても、当たり前のことだと思うのです。

「目に見えるもの」だけが尊重され、「目に見えないもの」が軽視されている

 わたしは、「経穴(ツボ)」のことを「エネルギーが出入りするところ」というふうに考えています。科学一辺倒の現代では、「目に見えるもの」だけが尊重され、「目に見えないもの」を軽視するか、「認めることができない」という人がいます。しかし、世の中には、目に見えないものでも、確かに存在するものはたくさんあります。人間の身体も、骨・筋肉・神経・血管・内蔵・器官と実際に目に見えるものばかりが、研究の対象になりがちですが、実際には、人間のからだは、肉体・エーテル体・幽体・霊体というふうに肉体の中には何層にもからだが存在するということを師匠から教えられたことがあります。しかし、あくまでこれは、科学では証明されていない「目に見えない」お話です。「わたしは認めない」という人がいればそれだけのお話です。

「物体や人間のからだには、すべてエネルギーが存在している」

 ただ最近になって、「量子力学」という学問が盛んになり、これでノーベル賞をもらう学者がでてきましたから、「物体や人間のからだには、すべてエネルギーが存在している」ことは、理解されるようにはなってきました。物体をミクロで捉え、どんな物体でも分子や原子より小さな単位で捉えると、陽子や中性子でできた原子核のまわりを電子が回っている。「波動」とよばれているエネルギーが存在していることになります。そうすると人間のからだには、約60兆の細胞が存在するのですから、よほどたくさんのエネルギーが、まるで、都市の中を縦横無尽に走り回る車のように、たくさんのエネルギーが、からだの中や外を行き来している様子が想像されます。

 そのエネルギーのことを東洋医学では、「気」という呼び方をします。ところが、わたしたち鍼灸師の仲間にも、それでも「気」を認められないという鍼灸師もいます。それは、西洋医学的に鍼灸を考えているからです。確かに、血管や筋肉と神経、内蔵や器官、それに脳が存在すれば、鍼のもたらす効果を説明できます。また、実際に気とかエネルギーとか、目に見えないものを患者さんに説明するより、よほど科学的ですから、その方が説得力がありますので、患者さんによっては、西洋医学的な観点から説明させてもらうことがほとんどです。

 では東洋医学の「気」と先程の「量子力学」的なエネルギーの関係とは、また性格を異にします。東洋医学では、経絡経穴といって、「経穴」が「点」だとすると「経絡(けいらく)」は「線」です。まるで「山の手線」とか「京浜東北線」というように「肺の経絡」とか「腎の経絡」というように関連しあった五臓に関連したところに気が出入りする「◯◯線」や「◯◯駅」が存在するのです。これらを駆使して治療に当たるのが東洋医学なのです。あまりにも簡単で申し訳ありませんが、簡単にわかりやすくすると、ざっとそのような感じなのです。

 このようにひとくちに鍼灸師といっても大雑把にいって西洋医学的な考え方の鍼灸師や、東洋医学的な考え方の鍼灸師や、またはそれ以外の考え方の鍼灸師といったふうにいろんなタイプの鍼灸師が存在するのです。ですから、西洋医学と違って鍼灸は、科学的な根拠をよりどころにする派と、科学以前の哲学的な考えを尊重する派の人と様々です。ですから、シンプルを求める人には、なかなか、厄介な存在であるということがいえるものなのです。それだけに、また、とても深い世界なのです。ただ、わたしは、鍼灸師は、何をよりどころにしてもいいのですが、できたら、引き出しは多ければ多いほどいいと思っています。実際臨床に当たってみますと、患者さんのからだは、十人十色で、体質も症状も、一筋縄ではいきません。そういう時に、たくさんの引き出しがあることは、患者さんを助け自分も助かることが多いからです。

「自分が患者さんのからだを治療しているのではなくて、患者さんのからだが、治療者を選び、治療させている」

 わたしが、師匠から教えて頂いた治療というのは、とても変わったいて、学校の授業ではとてもあり得ないようなことばかりでした。例えば、「自分が患者さんのからだを治療しているのではなくて、患者さんのからだが、治療者を選び、治療させている」とか「経絡経穴の決められた位置には、経穴は存在しない。人のからだあたかも神のように万能なので、治療者を力量を見て、その治療者に応じて経絡や経穴をみせる」といわれます。わたしは、はじめはまったくその言葉の意味が分かりませんでした。ところが、開業して臨床が始まったら、それでもいくらかわかってきたことがあるのです。

 学生時代は、経穴は手首から3寸といって実際に指を何本か使って経穴の位置をはかります。ところがさすがに臨床にでると、このようなやり方は、患者さんの前ではできません。だいたいの目安で経穴に当たりを付けます。ところが、3年間も毎日毎日経穴を探し、そこにはりをうってきているのですから、そうそう間違っているわけではありません。ところが、人によってまったく効果のあらわれ方が違います。いくら鍼灸師といっても効かない人だと、「ひびき」もなく「効果」もあらわれないということもあるくらいです。ところがこの世界でも「名人」といわれる人がいて、何も考えなくても、導かれるようにして、経穴を突き止め、あっという間に、痛みや症状を抑えてしまう人がいます。特に全盲の鍼灸師にそういう方が多いのです。

 実はこれが、からだが治療者の力量を見抜き、治させているということなのです。あるいは、経穴は探すものではなくて、からだが、そのひとの力量にあわせ経絡経穴を見せているということなんです。そういう観点からすると、いろんな不思議な治療が理解することができるようになりました。これはとっても不思議なことですから、これを読まれている方は、無理に理解しようとされなくても結構です。でもこれが、前回のブログで書かせてもらった「鍼治療は、うつところではなくて、うつ人によって決まる」というタイトルの答えの半分に相当するものです。これは、鍼治療に限りません。指圧でもマッサージでも治療のすべての世界に関わっていることです。つまり、人が人を治している世界では、最終的には、人そのものが、問題であり、人そのものが、解答でもあるのです。

 「わたしがいま本当のことを教えると、国家試験には合格できなくなってしまうから、わたしは、あなたが国家試験に合格するまで、あなたには会いません」といわれて専門学校時代の3年間は、一度も師匠にあって直接ご指導をいただくことはありませんでした。ただ、会うことは許されませんでしたが、電話では、考えられないほどの時間を割いていただきご指導を受けるこができました。それが次にお話ししなければならない「霊性を高める」ということの内容になるはずです。(つづく)

 
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emoticon-0128-hi.gif 鍼治療の効く効かないは、うつところではなくて、うつ人で決まる
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 鍼灸師のわたしが、こんなことを書くと語弊があるかもしれませんが、鍼にも効く鍼と効かない鍼があります。わたしがそんなことをいう前に、患者さんでも「鍼は効く」と思っている人と、「鍼は効かない」と思っている人におおかた分かれているようです。わたしには「どちらも真実である」と思えます。どうしてこのようなことが起こるのでしょうか?

 わたしは鍼灸の世界に入り、専門学校で学びはじめてから、ずっと「効く鍼」と「効かない鍼」の違いは何かを探し求めてきました。入学した学生は、経穴(けいけつ)といってツボの勉強からはじめます。ツボって何か?ツボはどこにあって、症状により、どこのツボを使うのか。この経穴には、どのような効果が得られるのか。そのようなことを何時間もかけて勉強します。そうして実際に実技学習で、自分のからだや、生徒同士で人のからだに鍼をうちはじめます。もちろん勉強をはじめたばかりの学生ですから、下手で当然ですが、それでもこの時期から、鍼の扱いのうまい下手がとても顕著にあらわれます。

 いつも患者さんにお話ししていますが、鍼は基本的には痛くはありません。わたしたちが使う鍼は、病院で使う注射ばりでもなく。裁縫に使う裁縫ばりでもありません。「和鍼」といって太さが0点何ミリの髪の毛くらいのしなやかな、やさしい鍼なのです。ところが、時としてさした瞬間に「切皮痛(せっぴつう)」といって、つねられたような痛みを感じることがあります。

 これは「鍼管(しんかん)」といって、鍼を痛くないようにうつために補助として作られた筒を、「押し手」といって支える方の手が、皮膚をよじってしまう時があります。そのよじれた皮膚に鍼が刺さっていく時にこのような痛みを発することがあります。これは、不慣れな鍼灸師のミスです。でも切皮痛は皮膚の表皮がとても薄くて繊細な方に多く。ほとんどの方は、大丈夫です。でも初心者で鍼を使い慣れていない学生には、このようなことはたくさん起こります。これは、まだ「効く鍼、効かない鍼」の次元ではありません。

 ではなぜこのような例をあげたかともうしますと、鍼灸師でも、うまい下手の多少の技術の差があることも確かなことです。ところが、効く効かないというのは、はりを刺すのがうまいか下手かにはあまり関係がないようです。野球でも、コントロールのいいピッチャーが、必ずしも勝利に導くかといえばそうばかりではにのと同じです。

 しかし、ある一定の技術を身につけた鍼灸師なら、経穴を見つけほとんど同じ鍼をそこにうつわけですが、効く効かないがあるのはなぜでしょう。例えば、胃痛にほとんどの鍼灸師は、「足三里」という経穴を使うわけですが、それでもよくなる場合とよくならない場合があります。では、それ以外の経穴として「中カン」や「内関」を合わせて使ってみるとか、鍼灸師は、それぞれ勉強したことや臨床経験をもとにいろんな配穴を考え、治療を試みます。結果的には、それでも効く鍼と効かない鍼治療に結果の差があらわれます。本当に不思議なことですが、著名な鍼灸師の本と同じような配穴にそって治療を試みたとしても、結果を残せる鍼灸師と、結果を残せない鍼灸師がいるのです。

 つまり、鍼に技術的な、うまい下手はあるかもしれませんが、「症状を改善する。病気を治す」といった臨床的な意義から考えると、すごい差が厳然と存在することになります。わたしもはじめのうちは、「取穴(しゅけつ)」といってどれだけ正確に経穴の場所を捉えられるのか。とか、「配穴(はいけつ)」といって、どのように経穴を選んで組み合わせていくか。ということばかりに意識し、「効く鍼」を研究しました。一生懸命に本を読みあさり、研修会等に参加して研究しました。でも、どうも答えはそこにはなかったような気がします。鍼治療には、これといった絶対的なセオリーはありません。鍼灸治療で最も大切なのは、「鍼治療の効く効かないは、うつところではなくて、うつ人で決まる」ということなのです。

 これはすごい結論だと思いませんか。これは、ある面、過酷といえば過酷な話です。この世にはたくさんの鍼灸師がいます。効く鍼灸師の鍼は、ほとんど、どこにうっても、何をやっても効くのですが、効かない鍼灸師の鍼は、どこにうっても、何をやってもうまくいきません。「まったく効かない」ということは絶対にありませんが。効く鍼灸師のやっている治療院は、ほとんど症状が治まり、病気が治ることが多いのですが、それに対して、効かない鍼灸師のやっている治療院は、いつ行っても、何回行っても、さほど症状はさほど改善しないし、病気も治らない。ということは往々にしてあります。わたしもこれを書いていて、ちょっとおそろしい気がしてきましたが、じつは、これは本当の話であり、これが鍼治療の世界では現実のお話です。

 それでは最終的に次のような疑問が残ります。「では、効果を発揮することができる鍼灸師って、どのような鍼灸師ですか?」っていう疑問です。でもさすがにここまで書いてきたわたしも、これ以上は、ちょっと勇気が必要になってしまいました。せっかく核心にきたところですいませんが、もう少し結論は待って欲しいと思います。
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emoticon-0128-hi.gif 散歩とヨーガと指圧鍼灸治療をライフスタイルに!
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 わたしは若いときからスポーツが好きでいろんなことをやってきました。ジョギング・水泳・山登り等少し過酷なほど肉体を酷使した時期もありました。この3つに共通していえることは「鍛える」です。ところが最近のわたしは、「鍛える」というテーマから「楽しむ」に変わってきました。本当のところを申し上げますと「慈しむ」が、わたしのめざす究極のテーマだと思ています。

 最近は、講演や歩道を歩いている方をよく見かけます。それより人口は少し下がるかもしれませんが走っている方もよく見かけます。見かけるというのは、多少自分もそれらに関心があり、実践したことがある証拠です。もしまったく無関心なら、自分の目の前を、誰かが走り去っていったとしても、まったく、目に映らないかもしれません。

 では、「散歩」と「ランニング」ですが、あなたはどちら派でしょうか?わたしは、もう15年ぐらい前から「ジョギング」から「散歩」に転向しました。50代のわたしには、「走る」という運動が少しきつくなってしまったのです。一時期は、ジョギングや山登りで「ランナーズ・ハイ」まで経験したことがありますから、走ることの爽快感は、よく理解していますが、それを今わたしがやろうとすると、足腰を痛めてしまいそうで、自重していることも確かです。

 よく散歩中に、ランニングで苦しそうに走っている高齢者の方を見かけることがあります。ランニングホームからすると、足の運びもまっすぐではなく、あごを突き出し、後ろから見ても左右に身体が揺れて、明らかに素人の走りです。でも最も気になるのは、顔の表情が、あまりにも苦しそうな点です。それってはたして身体にいいことなのでしょうか?たぶん、健康のために、走られていると思うのですが、実は身体には大変な負担を強いているだけで、いっこうに、健康増進にはつながっていません。少し言い過ぎかもしれませんが、「やらないほうがまし」ということになってしまいます。

 わたしたちの脳は、「うれしい。楽しい。気持ちがいい」が大好きです。そのような気持ちの状態の時には、身体の自律神経をつかさどっている間脳や脳幹は、生き生きと活性化します。だから、楽しみながらやるスポーツは、健康かつ身体にとっても活性化となるのです。ところが、負荷がかかりすぎると、ストレスと同じです。やっぱりそれは、からだにとっては、マイナスそのもので、無理をして続けることで必ず大きな故障につながっていくのです。

 最近は何かというと、運動を勧めるお医者さんが多い中で、やはり自分の年齢や健康状態にあったスポーツをえらぶことが重要になってきます。でも基本的には、高齢者の運動は、若いときのように「鍛える」という感覚は、意識の中から排除する必要があるかもしれません。本当にいいのは「楽しむ」スポーツです。また更に理想からいえば、身体を大切に、いつも、ご自分の身体のコンディションに目をむけていけるような心構えが必要です。そういう意味で、散歩やヨーガや指圧鍼灸治療は、大切な身体を「慈しむ」という点で、とてもいいライフスタイルだと思っています。
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emoticon-0128-hi.gif 健康美容鍼がめざすところは「健康美」
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「キレイになりたい!」という気持ちがなくなったら、その時点で女性が女性でなくなる

 世の中の男性が、美しい女性を求めている以上、女性が美しくなりたいと願うのは、当たり前のことです。当たり前というより、「女性が、少しでもキレイになりたい!」という気持ちが、なくなってしまったら、その時点で、女性ではなくなってしまいます。そう思いませんか?ただ、手っとり早くキレイになるにはどうしたらいいか。おしゃれをして、お化粧でもすれば、きっと見違えるようになることでしょう。でもちょっと気をつけてほしいのは、あまり、厚化粧にならないようにお願いします。男性は、あまりそれを好みません。

 どの女性も、不思議と厚化粧されたお顔を拝見すると、ほとんど同じように見えます。よく見かけるところで、誰なのかまったくわからなくなってしまったお顔。それって、「見て苦しく」なってしまいます。つまり、簡単に省略しますと「見苦しく」なってしまうのです。残念ながら、まだ二十歳にもならない若いお嬢さんでも、このように完全にばけてしまわれている方を時々、お見受けしますが、あまりの不自然さが、男性のこころを退かせてしまっているのです。世界中旅行してみても、こんなに厚化粧を平気でおしゃれと勘違いしているのは、日本ぐらいしかありません。アメリカもカナダも、高校生でも大学生でも、ほとんどお化粧をしているのを見たことがありません。きっと、肌のお手入れをしているのだとは思うのですが、日本のように、「思いっきり、お化粧をしています」というお顔は拝見したことがありません。

「薬は身体を傷つけ、化粧品は、お肌を傷つけている」という現実

 これはある化粧品メーカーにお勤めの女性から聞いたことなのですが、「わたしは、皆様に化粧品をお勧めするのがわたしの仕事なので、仕方がなく化粧をしていますが、もしわたしが、この仕事についていなかったとしたら、ほとんど、化粧はしないと思います。なぜならその方が、よっぽど美しくいられるからです」といわれたのを、印象深く記憶にとどめています。どんなに高価な化粧をしたとしても、お化粧することで、逆に、はやくお肌がいたみ老化してしまうそうです。そうですよね。化粧品は、ほとんど薬と同じように、ケミカル(化学化合物)です。だから知らないうちに、ナチュラルな身体であるお肌を傷つけているのです。つまりこれをもっと簡単にすると、「薬は身体を傷つけ、化粧品は、お肌を傷つけている」ということがいえるのです。だからうっかり、化粧品といえども、よほど吟味してかからないといけないのです。

 「キレイになりたい女性」に、ちょっと男性の立場から助言させてもらうと、男性が求めているのは、「健康美」です。わたしは個人的には、上手にお化粧した女性の顔も好きですが、やはり、「健康美」というのは、どうしても動かすことができない基準です。男性は、年をとっても若い女性を好みます。それは、本能的にも動かしがたい欲求みたいなものがあることも事実です。しかし一方では、最近では、世の中の傾向は「熟女」人気が高くなっていることも確かです。でも、基本的には、「健康美」があれば、年齢なんかふっ飛んでしまいそうな感じがします。もし借りに同年代の女性が、老化の3大現象である「しみ・しわ・たるみ」がある程度、克服できたなら、これは相当高い評価点が与えられるのではないでしょうか。

健康美容鍼が健康美を引き出してくれる

 そうして考えてみると、薬も化粧品も何も使いませんが、「健康美容鍼(けんこうびようばり)」は、間違いなくあなたの「健康美」を引き出してくれることを確信します。これまでも治療という臨床で学んだことは、鍼には、間違いなく「美容効果」があらわれています。これは、治療を受けていた患者さんから教えていただいたことです。「わたしは先生から治療していただいてから、鍼が大好きになりました。鍼って本当にすごいですね。鍼をやってもらってから、いろんなオマケをいただくようになったんですよ。このまえ先生に花粉症の治療をしてもらったでしょう。そうしたら、その日から、お顔がリフトアップしていたんです。花粉症も楽になったんですけど、『お母さん顔が若くてキレイになったね』って息子や娘からいわれて、嬉しくなってしまいました」ってこんな感じなのです。それだけではありません、健康美容鍼をはじめてから、視力がよくなったという患者さんが増えているんです。

 八倉治療院では、治療方針として「なるべく薬にたよらない身体づくり」を勧めてきました。そういう意味でも、今回はじめた「健康美容鍼」は、八倉治療院の治療方針にぴったりの健康美容です。もしわたしがはじめたこの健康美容鍼で「健康美」に取り組んでみたい方がいらっしゃいましたら、ぜひ一度、八倉治療院へお越し下さい。男性や女性、若い方からお年を召した方まで年齢も問いません。いっしょにそれぞれの「健康美」を追求してみませんか?
 
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emoticon-0128-hi.gif 9月のお休み
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 9月のお休みは、少し不確定なところがありますが、いつも通りの定休ということで出させてもらいます。夏のお休みがなかったのでこの辺で、少しお休みが欲しいところですが、また、お休みをとることになれば、また、連絡させてもらいます。9月から、要望があれば、健康美容鍼をはじめたいと思っています。健康と美容これは、切っても切りはなせないもの、そういう考え方から、健康美容鍼を考えました。「健康美容鍼がめざすものは、『健康美』」です。わたしの考える鍼の効果には、「鎮痛効果」と「鎮静効果」それにもうひとつ、つけくわえると、「美容効果」がくわわります。わたしは、この健康美容鍼をはじめることで、ますます、鍼のもつすごさ、素晴らしさというものが、あらたに再発見できそうな気がして楽しみにしています。そういう意味で、9月は、特別なお休みがなくてもいいかなって気がしています。
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emoticon-0136-giggle.gif 2012年、今年最後のかき氷?
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 わたしはかき氷が大好きです。たぶん去年んもこんな記事を書いています。また同じような写真を載せています。もし、覚えていた人がいたら、許してください。今年の夏も暑かったですね。今も暑さは続いているけど。こんな時に、手軽に涼しさをよんでくれるのは、かき氷です。わたしは子供のころから、かき氷が大好きで、今もずっと夏になると、かき氷をよろこんで食べつづけています。「年齢?」関係ありません。子供だって、大人だって、男だって、おじさんだって、美味しいものは、「美味しい!」って食べるのが一番なんです。 この写真は、去年も紹介しましたので今年は説明を省略します。でも一番よく食べたのは、このかき氷。有機栽培のナチュラルなイチゴシロップ。アイスクリームものっていたりして、ご機嫌なかき氷です。どうですか、あなたもこんなアイスクリームといっしょになったかき氷を食べてみたいでしょう。はたして、わたしは、このかき氷が、今年最後になるのでしょうか?ちょっと自信がありません。
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