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029.gif大腿神経痛を持っている人はぎっくり腰を起こしやすい

「大腿神経痛」というのは、「座骨神経痛」ほどはメジャーではないだけに、実際には、皆様がたにはあまりよく知られていません。ところが、こうして治療院を開いていますと、意外と多いというのが実感です。それから、最近見えられた患者さんで「ぎっくり腰」で動けない。歩くのもつらいと仰って見える方が、今月は多いので、診させてもらうと、ほとんどこの「大腿神経痛」を持っていました。

考えてみると、ぎっくり腰というのは、急性腰痛といって、腰痛でも重症な腰痛です。主な筋肉の拘縮が見られるのは、腰の筋肉である「大腰筋」や「腸骨筋」といった腰の主な筋肉です。それ以外でも、「半腱様筋」「半膜様筋」「大腿二頭筋」のようなハムストリングの筋肉まで拘縮していますから、「大腿神経痛」を起こしているといっても不思議はないのです。だから、歩けない。動けないという、重症症状が起るのです。

「ぎっくり腰」を起こしている患者さんは、わたしがわかっているだけでも、首ころ肩こり腰痛、それに大腿神経痛や座骨神経痛まで起こしています。ということで、大変な二重苦、三重苦を味わっていることになるわけです。患者さん本人にとって、大変つらいのはよくわかるのですが、どの患者さんも、大変無理をされているのですが、こういう事態を招かれた理由について、さほど気にされていない方が多いようです。

私どもの仕事は、こうした患者さんの苦しみを少しでも楽になるように、痛みを和らげてあげることはできるのですが、やはりご本人が、今までのご自分の身体の使い方や、こころのあり方などを反省し、何が問題だったのかを考え、生活そのものを改めるように決意していただかないと、どうしてあげることもできません。

「ぎっくり腰」や「大腿神経痛」は、実は誰にも治療できるものではありません。本当に治療が難しいのです。ですから、仮によくなったとしても、患者さんは、人ごとだと考えないで、症状や病気が起きているはなぜか、そのメッセージを一緒に考えていって欲しいのです。よく「ピンチはチャンス」という言葉があります。まさにぎっくり腰や「大腿神経痛」は、ピンチはチャンスという言葉の通りだと、わたしには思えるのですが、いかがでしょうか?
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029.gif夜中にふくらはぎがつるのは座骨神経痛からです

夜中にふくらはぎがつってしまうと痛いですよね。あの痛さときたら、経験した人しかわからないかもしれません。またそれが、癖になってしまって、何度も夜中に起ることがあるんです。それって一体何が原因かわかりますか?実は、「座骨神経痛」なんですよ。

筋肉がつるという現象は、わたしも経験してわかったのですが、あれは筋肉の「強縮(きょうしゅく)」なんです。つまり、筋肉が一時的に強く収縮して、そのままの状態でもとにもだらない。それってつらいですよ。普通運動器系の筋肉は、随意筋肉といって、自分でコントロールできるものなんですが、それが、勝手に強縮してしまうんですから、とてもつらいし、痛いんですよ。

じゃあなぜこういうことが起るかというと、実は腰痛から始まり、座骨神経痛を起こしているからなのです。このような筋肉のコリや異状などは、すべて神経からくることが多いのです。つまり、筋肉を支配しているのは神経なのです。だから、筋肉の異状は、神経が痛んでいるせいなのです。

ちなみに、ふくらはぎの筋肉は、後脛骨筋・ヒラメ筋・腓腹筋という三枚の筋肉です。ですからこれらの筋肉がつったりして強縮したときは、座骨神経痛なんだなって、思ってくれて間違いないのです。でもこわがることなんて何もありません。座骨神経痛が治療できる治療院にいけばいいだけのことですから。その選択を間違えなければ、大丈夫です。
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029.gifぎっくり腰には、鍼治療が効果的ですよ

ぎっくり腰のことを急性腰痛っていうんですけど。どうして、起るのかご存知ですか?実は、何でもそうですが、人間の身体には、いきなりこのようはな激しい痛みが起ることはありません。腰痛はもうだいぶまえからあったのですが、無理に無理を重ねて、もうどうしようもなくなったとき、身体から、ブレーキがかかるのです。「もうあなたは、そんなに無理をしてはいけません。あなたがもうこれ以上無理ができないように実力行使します」ってね。動けない状態にしてしまうんです。それが、ぎっくり腰における身体からのメッセージなんです。

どうしたらいいですかって、そういう時には、休養と治療しかないです。そのうちの最も優先して欲しいのは「休養」です。自然界の人間以外の動物は、賢くって、何か身体に異変が起きた時には、動かないんですよ。一カ所にずっと、なるべく身体を動かさないようにして、身体を休め、身体の回復を待つんです。実は、ぎっくり腰も、3日間何もしないで、ひたすら身体の安静を保ち休養を取っていれば、ほとんどが回復するんです。だから、なまじっか心配だからっていって、無理に身体を起こして、半日も病院へ行って検査に明け暮れたりって、あんまり賢い対処法っていえないんです。強い痛みの衝撃が走りますけど、それは、骨折とは違うわけですから、心配しないことです。

それでも、患者さんからは、心配で「助けて欲しい」というお電話をいただくのですが、もし動けるようでしたら、鍼治療が一番いい対処法なのではないかと思います。特に、わたしのように「神経反射療法」という治療をやっていますと、痛い腰に直接に物理的な圧力を加えないで治療できるので、患者さんにとって、最も負担のない治療法のひとつではないかと思うのです。

腰が痛い時に、ぐいぐい腰を揉んだり押されたりすることは、拷問を受けているようなものです。だから、「なるべく、腰に触れないで腰を治療できたら、患者さん自身すごく助かる」のではないでしょうか?ここでもっと詳しく説明させてもらってもいいのですが、最近はブログに字数制限があるので、後は直接に治療の時にご説明させてもらいますね。
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029.gif求めすぎは、不幸をまねく(後半)

よく師匠は、わたしにこういいます。「『病気は、気づきのためのメッセージ』なんだって、痛みにしても、病気にしても、その人に気づいて欲しいものがそこにあるから、痛みや病気という形で、その人にメッセージを送っているんだよ」っていわれるんです。これは、わたしの深読みしすぎかもしれませんが、神様が、私たち人間に求めているものって、一体なんなんでしょうか?

実は、師匠から聞いたことがあるんです。「それは、感謝のこころだよ」って、師匠は、はっきり言われたんです。神様は、頭のいい人なんて、何も求めていらっしゃらないそうです。そうですよね。なまじっか頭がいい人は、悪いことばかりしているじゃあないですか?そういう人は、もしかすると、この世を破壊する人で、この世には、必要のない人なのかもしれません。

もしわたしが神様だとすれば、どんなことにも「ありがとう。ありがとう」っていえる人に幸福を与えたいと思うのですが、みなさんはどう考えられるでしょうか?もし、そういう神様の願いから、「痛み」や「病気」が起っているとしたら、「痛みや病気に対する考え方も、多少変わってくるのではないかと、わたしは思うのですが、みなさんは、どう考えますか?

わたしは、もし人間が、すべてのものに、心の底から「感謝」の気持ちをもてるようになったら、師匠のいう通り、この世から「痛み」や「病気」は、みんな消えていくような気がするのですが、みなさんは、どう思いますか?
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029.gif求めすぎは、不幸をまねく

昔から師匠に言われてきました。「求めるものは得られず」これが宇宙の法則なんですって。それから、こうも言われます。「100%を求める患者さんは、絶対によくなりませんよ」って、やっぱり人間は、欲をかきすぎたらいけないんですね。

これだけ世の中が、便利になって、欲しいものがいくらでも手に入るようになってくると、みなさん「もっと、もっと!」って思うようになってしまっているんですね。この前、旅行に行った時に思ったんですが、すごくみなさん食にこえていて、普段から美味しいものを一杯食べているじゃないですか、ですから、旅行に行くと、更に「もっと、もっと!」って思うらしいんですね。そこで、少しでも、自分が満足いかないと、不平不満が爆発するらしいのです。

温泉につかりながら、晩ご飯の食事がまずかったって、不平不満の大合唱なんです。何かこれを聞いていて、わたしは、悲しくなってしまいます。日本人がいつの間にか、みんな「バカ殿さま」「バカ姫さま」になってしまったのではないかと思うんです。だって、信じられないですよ。この世界中どこを見ても、食糧難が始まっていて、食料が、人口の増加に間に合わないんですよ。今日食事できること、それだけでも、「最高にしあわせ」と感じている人々がいっぱいいるのに、この日本人の不平不満は、一体なんなんでしょうか?そう思うのはわたしだけですか?

やっぱり人は、求めすぎたらいけないんですね。どうしてもそこに「感謝」の気持ちがなくなってしまうんです。そうすると、美味しいものでも、みんな美味しいものに思えなくなってしまうんです。それは不幸の始まりだとわたしは思うんです。

実は患者さんもそれと同じことがいえて、よくなっていく患者さんと、なかなか良くならない患者さんがいるんですけど、紙一重で、そこを分けるものは何かといえば、「感謝」なんです。同じ「痛み」を持っていらっしゃった患者さんでも、よくなっていく患者さんは、痛くなくなったところ、よくなったところばかりを見て、「よくなって嬉しい」っていってくれるんです。

ところが、なかなか良くならない患者さんは、よくなったところは見ないで、いつまでたっても、痛いところ、悪いところばかりを探しているんです。そうするとちっとも自分でよくなった気がしないんですね。治療者は、全体を診ていて、患者さんが、よくなっていることがよくわかるのです。ところが、患者さんは、いつまでたっても悪い状態だった時の気持ちと同じなんですよ。これってとても不幸なことだと思うんですがどうでしょう。(つづく)
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