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037.gif 千手観音さまとわたし
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拝啓義克さま

シルバーウイークも終わりましたね。アッという気ももするけど、ぼくには長い連休だったような気もします。だいたいぼくは、あんまり祭日とかお休みの日が好きではありません。だから明日から平日にもどれることの方が、ホッとして嬉しいです。ちょっと変わり者かな?

連休の間によくいったのは、日帰り温泉。それから、千葉山の智満寺にもう一度、千手観音さまを参拝にいってきました。やっぱりぼくは、この観音様は特別な存在のように思えてなりません。だいたいぼくがやろうとしている仕事も、規模は違いますが、千手観音さまと同じことだからです。

もしぼくに千本の手があれば、千人の病気や症状で困っている患者さんを助けてあげたいと思います。こころと身体の苦しみを、いっしょになって受け止めて助けてあげたい。そう思うから、ぼくは教師を辞めてこの仕事についたのです。

不思議なものですね。今年ほど千手観音さまとご縁のある年はありません。今年京都で、大学時代のサークルの同級会があり、そこで拝観したのはたった二つの寺院だけでした。三十三間堂と清水寺、いずれもご本尊は千手観音さま。三十三間堂にいたっては、いったい何体の千手観音さまを参拝したことかわかりません。

そして最後に、本来なら60年に一度の千葉山の秘仏の千手観音さまを、特別に40年も繰り越して特別ご開帳に参拝できたのです。義克くんは、これが偶然と思いますか?ぼくには、とても偶然とは思えません。目に見えないところで、神様や仏さまのお導きがあればこそだって思えるのです。

こういうのを「法力」というのだそうです。人間は何となく、偶然のような形で、たまたま参拝するのですが、実は、本当には、神仏によって引き合わされているのです。なぜかって、ぼくが千手観音さまから、パワーをいっぱいいただくためです。法力をいただくために千手観音さまに引き合わされるのです。
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029.gif 千葉山智満寺本尊千手観音特別開帳を参拝

展示ポスターには、「頼朝杉・弥勒菩薩像勧請と本尊千手観音特別開帳」と書かれています。わたしの住んでいる島田市には、千葉山「智満寺」という昔から由緒ある素晴らしいお寺があります。こんな山奥の閑静なところに国の重要文化財の本堂やご本尊千手観音さまが祀られているなんて、まるで信じられないくらい不思議な世界です。

このお寺は、どのくらい古いかといいますと今から1244年前の西暦771年の平安時代に開創されたといいます。この国の重要文化財になっている本堂も、今から426年前の1589年に徳川家康に寄って再建されたといわれています。どうですか、これだけでも素晴らしいお話ではありませんか?

この千葉山の智満寺にはこれまた国の天然記念物になっている樹齢800年から1000年の杉の巨木があります。その中の一つに樹齢800年の頼朝杉がありました。実はこの古い巨木は2013年に倒壊してしまったのです。その倒木をなんとか再生するための案として、その巨木から弥勒菩薩さまを作り、後世の人々のこころ身体の平安に帰依していただこうという願いから、今回の勧請となったのです。

でもやはり、なんといっても今回の主役は、本尊の千手観音さまの特別開帳です。普通では、60年に1度のみのご開帳です。今から20年前が開帳されたばかりですから、普通ならもう40年後のはずなのですが、頼朝杉の弥勒菩薩さまの勧請と相まって、特別にご本尊さまの千手観音さまの特別開帳となったわけなんです。

これって素晴らしいことではありませんか?特にわたしは、当年61歳です。次ぎのご開帳まで待つと101歳と相成ります。とても、生きて千手観音さまに再会できるとは思いません。だから、この話を聞いた時、「やったー」ってこころの中で叫んでしまうほど嬉しかったのです。まさに「千載一隅」のチャンス到来とは、このことなのです。

ということでいってきましたよ。実は、ホントいいますと2週間前にも、奥さんと一緒にご開帳の参拝に来ているんです。しかも平日で、二人の他には誰も参拝者がいなく、長い時間、住職さんのお話を聞きながら、こころゆくまで千手観音さまや弥勒菩薩さまを参拝させてもらったんです。でも明日9月23日(秋分の日)がご開帳の最終日なのです。その前にもう一度、あの千手観音さまのお姿を目に焼き付けておきたくて、もう一度、参拝させてもらいました。

というのも、わたしにとって千手観音さまは、特別な存在なのです。わたしたち医療に携わる者ならみんな誰も感じていることだと思うのですが、千手観音さまは、わたしたちの目標そのものなんです。だってそうではありませんか?千本の手を持って、こころや身体を苦しんでいる人々を、誰でも分け隔てることなく助けてあげようとするそのお姿は、尊敬せずに入られません。

できることなら、千手観音さまの爪のあかでも煎じて飲みたいほど、特別な存在なのです。「法力(ほうりき)」というものがあるなら授けていただきたいと願うほど。とても特別な菩薩さまなのです。だから最終日の一日前に、もう一度どうしても参拝させていただきたかったのです。

この記事を読まれた方もどうぞ。明日が特別開帳最終日ですから、千手観音さまにおまいりできる最後のチャンスの日ですよ。近くにお住まいの方は、お彼岸お墓参りと同じような気持ちで、ぜひ参拝なされてはいかがでしょうか?きっとこれまでにないようないい時間が過ごせると思います。
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029.gif 治療にはレベルの違いがある

わたしもこうして治療者になる前は、みなさんと同じ首こり肩こり腰痛、神経痛に悩むひとりの患者さんでした。だから、みなさんと同じ疑問や感じ方を持っていました。「指圧やマッサージ、それから鍼も同じなんだけど。どうして、その日は気持ちがよくて、これで楽になるかなって思うと、次の日はまた、もとにもどってしまうんだろう?」大体、どこの治療院でも同じような疑問や感想を持ちました。大体みなさんも頷かれる方が多いのではないですか?

実はそれには訳があるのです。わたしも治療者になって、いろいろ治療技術や、治療に対する考え方が進歩することで初めて、「治療にはレベルの違いがある」ことに気づかされたのです。鍼灸マッサージの資格を取ってからは、ほとんど誰もが、一人前の治療者として扱われます。余程、師弟関係がはっきりしているところでないと、治療方法について教えてもらうことはありません。だから、どうしても勉強したい人は、組合や同業者の研修会に、積極的に参加して、そこで学んでいくしかないのです。

では最初のころの治療というのは、どうしても体を触っていったときに、凝りに気づいて、その硬いところを一生懸命に押したりもんだり、鍼をうってみたりするのです。でもそうして、仮に柔らかくなるまで治療できたとしても。それでは、やっぱりダメなのです。それはあくまで、「筋肉のレベルの治療」なのです。実はほとんどの治療者の治療は、このレベルの治療がほとんどです。むしろそうして、筋肉のコリを解消できたら、たいした腕前の持ち主です。大方は、時間はきても一向に首こり肩こり腰痛は治すことができません。

じゃあ、どうしたら首こり肩こり腰痛を治療できる治療者になれるかといいますと。その上の治療のレベルが要求されるのです。筋肉の上は、神経です。筋肉を支配しているのは神経です。だからもし神経を正常な状態にもどすことができれば、自然と筋肉は、もとのやわらかい正常で健康な状態にもどるのです。しかし、このレベルの違いは、甚だしく大きいのです。

神経のレベルの上にあるのは、脳のレベルです。脳のメカニズムというのは、西洋医学といえども、まだまだ未開の分野です。研究も一番遅れているところですから、そうそう簡単に踏み込める領域ではありません。ただ、わかっていることは、ここがしっかり治療できれば、どのような患者さんも、ある程度、きちんとしたもとの状態にもどしてあげることができるはずなのです。

少なくても、1日や2日で、もとの状態にもどってしまわれるということはないのです。このくらい「脳のレベル」や「神経のレベル」の治療は、すごいものなのです。わたしの患者さんの中にも、ここ数年、治療に訪れることがなくなった患者さんもたくさんいらっしゃいます。たまに会って、状態をお聞きすると。「先生本当にありがとうございました。あれから、本当にすっきりして、もう困ることがなくなってしまいました」っておっしゃる方がじつに多いのです。

もちろんわたしのレベルは、正直いいますと、まだまだの部分がたくさんあります。多分自分で評価すると、「脳のレベルと神経のレベルの中間くらい」です。わたしの目標は、この「脳のレベルの治療」です。このレベルに達することができればほとんど全身の重い症状や病気にも対応できてしまうような気がしています。

これから先は蛇足ですが、この治療のレベルは、更にまだまだ上には上がありまして、多分わたしの想像では、「こころのレベル」そして、最終的にはに「魂のレベル」という治療のレベルが、待っているのだと思っています。なぜわたしがそんなことを考えたのかといいますと。実は、わたしの師匠の治療を見ていますと、更にその上の神のレベルの治療が待っているような気がしています。何か途方のないお話しになってしまいましたね。
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029.gif ダイエットには、本当は腹5分目がいいのではないかな!?


若いころは、「ダイエット」というのは、わたしには簡単なことでした。1週間で3キロ減らして、といわれればきっと簡単に減らせました。それだけ身体の代謝がよかったんですね。「食べなければ減る」簡単な法則で、ダイエットができていたのです。

じゃあシニアの年齢になった今はどうかといいますと。たった1キロの減量でも、そんなに容易いことではありません。多分増やすことは簡単ですが減らそうにも、代謝が落ちていて、簡単には体重は減ってくれないのです。だから、若い人に比べて、年齢層が高い世代の人は、ダイエットに並々ならぬ努力が必要なんだと思います。

ただ、強いて言えば、若いときに比べて、食欲は減退していきますから、その分、長期戦を覚悟して行なえば、確実に、理想体重を目指すことができるはずです。そういうわたしは、今回半年くらいかけて、理想体重を手に入れることができるようになりました。

わたしは、鍼による健康美容を患者さんに行なうことがありますから、自分自身も意識は、健康美容に関心があり、自分自身もなるべくそのように心掛けているつもりです。だから、体重の増減はあくまで手段で、むしろ以下に健康な身体をつくりあげることで、理想的な美を目指すかということに関心が向いています。

食事は、その内容がとても大事だと思いますが、今日はその点には触れません。むしろ、「食べ過ぎ」が今日のテーマです。実はわたしは、若いころから、大食家でした。もし食事に出かけたて、家族が食べ物を残すと、わたしが、残った分をもらって食べていました。それが習慣化してしまい。お腹が張って苦しいことが常習で、まるで当たり前のように感じていたのです。

でもそれは、身体の健康という観点からすれば、もすごい酷使です。特に胃や腸などの消化器系に多大な負担を負わせていることになるのです。昔の人は、よく腹八分目ということをいわれます。これは、本当に素晴らしい知恵です。でもわたしのような大食家には、腹八分目を意識した頃には、もうすでに食べ過ぎになっています。

前にお腹がグルグルなるときには、大腸で排毒が行なわれているということをお話しさせてもらいましたが、やはり、空腹を感じる状態が、日常生活の上でも大切なのです。もし、今まで食べ過ぎていたことが自覚できる人なら、食事量は、最初から今までの半分くらいに減らしてもいいのではないでしょうか?

本当にわたしを含めて、日本人の多くは、食べすぎです。これだけは、欧米人を見習う必要はありません。昔の日本人の食生活にもどしてあげることが、健康美容に繋がるような気がします。健康美容のキーポイントは、まさに「空腹感」です。
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029.gif素直な人ほどよく治る

最近、患者さんに教えられました。「先生、やっぱり、よくなるかよくならないかは、こころのあり方が問題なんですよね。80%が、こころの問題なんですよね」そういえば、だいぶ前のことですが、確かに師匠に教えていただいて、このブログにも書いた覚えがあります。

指導する立場のわたしが、すっかり忘れていたことでした。そういえば確かにそうです。わたしも以前、師匠から、「病気は、10%が、食事の取り方の問題。!0%が身体の使い方の問題。残りの80%が、こころのあり方の問題」ということを教えられました。あらためて、師匠から教えていただいたことを、今度は患者さんから教えてもらいました。

実は、仕事が忙しくて、満足に休養もとれず、治療にも通えない患者さんが、わたしの治療院にもいっぱいいます。仕事も調整してもらえない。治療も満足に継続させてもらえない。残念ながら、わたしにも手の施しようがなくなるときがあります。正直そういう患者さんは、わたしはすごく心配なのです。でもわたしの手に負える患者さんではありません。患者さん自身のこころのあり方の問題なのです。

師匠はよく言われます。「治るか治らないかは、その人自身のこころのあり方によるものですから、治療するものは、その点をよく心得てかからなければないません。素直な人は、やっぱりよく直りますよ」わたしも臨床をやっていて、すごくそのことがよくわかりました。

やはり、「病気は気づきのためのメッセージです」痛んだからだを楽にしてあげることも大切です。しかし、その患者さんに気づいていただくために、治療する側は、気づきのためのヒントを差し上げられたらいいかなあって思います。それが、押し付けがましいものでは、患者さんから退かれてしまいます。しかしわかっていながら、それをどうにもして上げられないのもつらいものです。

これだけは確信もって言えます。治癒の手がかりは、80%がこころのあり方の問題です。「感謝」のこころを忘れないように、「ポジティブ」に生きること。「イライラしない。カッとこない。クヨクヨしない」そういうことを素直に聞き入れて実行できる人ほどよく治る人なのです。
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