<   2015年 10月 ( 7 )   > この月の画像一覧



029.gif 「おみおくりの作法」に陰徳をみました

「人は何のために生まれてくるのか?」わたしは、昔から何度も師匠から聞かされてきた答えが、この映画の中にありました。わたしたちは、この地球学校に学びにきているのだそうです。この学校には、通信簿みたいなものがあって、その成績に応じてその人の来世が決められるのだそうです。

「じゃあその成績を上げるためにはどうすればいいのですか?」とある日、師匠にお聞きしましたところ。次のような答えが返ってきました。「それは、徳を積むことです。あなたが、世のため人のためになることを行なえばいいのです」とおっしゃられたのです。でもこうも言われました。「徳には、陽徳と陰徳がります。でも陰徳こそ、最も価値のある徳なのです。陰徳とは、自分が行なっている行為は、誰にも知られず。誰にも評価されることなく。何も利益や名誉として返ってくることもない」そういう一見、報われない徳なのだそうです。

この映画のロンドン市の民生係。ジョン・メイの仕事ぶりや彼の生き方に「陰徳」を見させてもらいました。彼は、たった一人で寂しく人生を終わり亡くなった人を、弔うのが、彼の仕事でした。しかもたった一人で何もかも準備し、こころをこめて見送るのが彼のやり方、というか作法なのでした。誰に頼まれたわけではなく。亡くなった人の宗教やご家族や好きな音楽などを調べて、弔辞も書いてあげたり、たった一人でも、お葬式にも参列し、埋葬までも行なう。それが彼の日常のおみおくりの作法なのでした。

わたしは、職業は違っても、こういう人の作法というのは、誰にも通じるものがあるものだなあって思いました。だから、すごい共感を持って、映画を最後まで楽しませてもらうことができました。会話の少ない。すごく静かな映画でしたが、静かで会話が少なければ少ないほど。深く考えさせられました。

「ラストシーンに、思いがけない感動のシーンが待っている」って、みなさんどんなことかわかりますか?これは、語ってはいけないことなので、あえてナイショにしておきますが。最後にもうひとことだけ感想をいわせてください。よく言いふらされた言い方になりますが、「この世には、大きく分けて、魂の存在を信じない人と、信じる人の二つに分けることができる」わたしも全くそう思います。間違いなくジョン・メイは、後者の人であることは間違いありません。あなたは、前者ですか、それとも後者ですか?後者の人にだけ、このお話をお奨めします。これも、やはり、目に見えない世界のお話のひとつです。
[PR]
e0167411_17405568.jpg

029.gif 見えないものを大切にするこころ

前回、わたしが東洋医学を好きになったのは、東洋哲学を勉強してからだっていいました。じゃあなんでわたしが東洋哲学に興味を持ち始めたかといいますと。こんなことかもしれません。東洋と西洋って、まるで陰と陽みたいに正反対みたいな気がします。その中でも、特に強く感じるのは、東洋って、目に見えないものを大切にしているんです。

よく東洋医学でいわれる「気」ってなんですか?っていわれるのですが、「エネルギー」なんですよね。それは目に見えるものではないのです。でも治療で使ってみて初めて、確かにあるものなんだって確信するような感じなのです。わたしは普段は、運動器系の症状の治療をする時には、大体、西洋医学的な考え方からアプローチしていきます。だいたいは、それで治療できてしまいます。ですが、それでも治療できない時は、やっぱり、東洋医学的な気である経絡とか経穴というエネルギーのツボにアプローチするような治療を行ないます。

医学は科学であるというふうに考える人には、目に見えない「気」などというものに治療の根拠をおく東洋医学は、あまり好まれません。科学の世界は、目に見えなければ、存在しないと同様に扱われてしまうからです。だから、医学の世界も、電子顕微鏡が発明されるようになってからは、大きく変わりました。目に見えるものの範囲が、格段に広がったからです。

でもわたしは、目に見えなくても、確かに存在するものってたくさんあると思っています。人はエネルギーの流れが、滞ったり、悪くなったりすると「病気」になります。だから「病気」も「元気」も実は、エネルギーの状態から起こる症状のひとつなんだって、わたしは考えるからです。でもやっぱり、治療しているわたしでもエネルギーを感じても目に見えることはありません。

しかし、そういうものってこの世にはいっぱいあることは確かです。「気持ち」「こころ」「無」「空」「道」「愛」「魂」「神」。目に見えないものでも大切なものはいっぱいあるのです。第一人間だって、生きているうちは、目に見えるものですが、亡くなってしまったら、目に見えない存在になるのです。肉親をなくした人、愛情の対象である存在をなくした人には、よくわかることですが、亡くなっても、その存在が消えることはありません。

そうして見ると、もしかしたら、本当に大切なものって、実は、目に見えるものよりも、目に見えないものの方が大切なものは多いっていえないでしょうか?「東洋」の文化は、すごくそうした精神性の高さがあって、それが、わたしには性に合っているのです。だから、わたしが、こころと身体を診れる鍼灸師になりたいと願うようになったのも、もっと目に見えないものも大切にしていきたいからなのかもしれません。
[PR]
e0167411_11392399.jpg

029.gif わたしが東洋医学を志したのは東洋哲学を勉強していたからです

わたしは東洋医学を志す前に、東洋哲学に興味があり、そういう勉強から、東洋医学を見ていました。だから、今もこうして鍼灸の治療の世界に入っていっても、物の見方や考え方のどこかに、根本的に東洋哲学のようなものが存在しています。それが治療を行なう上でも、何かと活かされているということは、自分でも興味深いことだと思っています。

よく東洋医学と西洋医学は、比較されますが、じゃあ何が違うのかといえば、わたしから見ると、西洋医学は、すごく闘争的な感じがするのですが、それに対して東洋医学は、非常に調和的です。例えば、「痛み」ひとつとっても、西洋医学は、これを悪い物というふうに捉えて、これを注射や薬を使って、押さえ込もうとします。ところが、東洋医学では、いいか悪いかという判断ではなく、痛くても、これは、神経の働きからいったら、正常な働きであると捉えるのです。だから、治療する時には、この痛いという神経の働きが、治療では活かされてくるのです。

もともと、東洋医学では、良性や悪性。いいか悪いかという二元論は、存在しません。いい時もあれば悪い時もある。「自然」が変化を繰り返すように、「人間の身体」も絶えず、変化しているというふうに捉えているので、悪い物はやっつけてしまおう。という考え方は、もともとないように思います。そこが闘争と調和の違いなのです。

わたしは、もともと東洋に生まれ育った東洋人ですから、自然と東洋的な物の見方や考え方が、自分に備わっています。ですから、治療も自分が、何が何でも治してやろうという考え方は、持っていません。鍼灸治療も同じです。治療者が治すのではなく。もともと患者さん自身が持っている「治そうとする力」自然治癒力で身体が良くなっていくのです。ですから、治療者はなるべくそれを妨げないようにする。治療者の立場は、あくまで自然治癒力を引き出すためのお手伝いなのです。

でもそれが治療の場合、面白いくらい効果を発揮するのです。どうして機械も使わない。薬の使わない。なのにどうしてこんなに患者さんの身体が回復していくのか?そう思う時が何度もあります。まさに、「自然流」これが、東洋医学の世界なのです。何でもそうですが、下手に敵を作って戦うより、調和していくように努力した方が、数倍いいのではないかと思います。みなさんはどう思われますか?
[PR]
e0167411_7474644.jpg

029.gif 身体に痛みがあるからこそ、鍼治療で治すことが可能なのです

もし頭痛があったり、体中に痛みがあるとしたら、あなたならどうしますか?やはり80%近くの人が、薬局や、お医者さんから処方された、睡眠薬や頭痛薬や鎮痛剤を飲むことでしょう。

今、私の家には、奥さんの友達が、遠いニュージーランドから、旅行をかねて私の家に泊まりがけで治療にみえています。わたしたち夫婦が、その方のニュージーランドの家に泊めてもらって、3人で旅行をしたのは3年前の話です。滞在中、夜は、旅のお礼に、その友達と家族の身体を治療させてもらいました。

年齢は当時50歳そこそこ。体重は、わたしの目測で70キロ。どこにでもいるような中年太りのおばさん体型でした。首こり肩こり腰痛、座骨神経痛もありましたが、それは、年齢相応で、当たり前のことです。むしろ、元気そのもので、「肉体年齢」は、わたしたち夫婦より、ずっと若い印象を受けました。

それが、3年ぶりに会う彼女の身体は、全く別人に変わっていたのです。体重は、間違いなく100キロをゆうに超えています。もう、ぽっちゃりした中年体型とはいえません。よくこんなに太ってしまって、遠い日本までこられたのが不思議なくらいです。

身体は、見かけが変わっただけではありませんでした。それ以上に変わったのは、身体の中身です。診察しただけで、3年前の身体ではないことがよくわかりました。実は予想はついていたことなのです。ちょうど1年前に、ご主人を脳溢血で亡くされていました。二人の息子さんがいるのですが、もう成人されていて、独立して、二人ともオーストラリアに住んでしまっているのです。

こころと身体は一体です。急に家族全員と別れて寂しくなった彼女は、痛みを薬で抑え、まるで、止まらないキャンデーのように服用し続けました。それから、寂しさを紛らわすために美味しいものをいっぱい食べるようになってしまったのです。もともと、脂肪分や炭水化物に偏る、いい食生活ではありませんでしたから、彼女の身体は、見る見るうちに、スパーヘビー級へと変身していきました。

困ったことに、変わったのは外見より、身体の中身の方です。眠れないからといい毎晩、睡眠薬を飲み続け。痛くて動けないからといって鎮痛剤を何年もがぶ飲みして来たら、どんな身体になるかは、わたしがもはや説明するまでもありません。でも、特に外国では、こういうパターンの生活をされている人が、非常に多くいらっしゃいます。決して珍しいことではありません。

でもわたしは考えてしまいました。もしわたしが彼女だったら、実際問題どうしたのだろうか?息子さん達は、いずれは巣立っていくし、また独立していってくれないと困りますが、ご主人の「突然の死」は、どうすることもできません。

突然の悲しみや寂しさに襲われ、体中が痛くて、よる眠ることができない。それをそのままというわけにはいきません。生活は続くわけですから、眠れないと明日の仕事に支障をきたします。他に治療の選択肢は見当たりません。やっぱり80%以上の方は、薬に頼ってしまわれるのではないでしょうか?

でも考えてみてください。1週間長くて1ヶ月、痛みが取れなかったり、眠れなかったら、もう薬は、効果が期待できないということではないでしょうか?間違いなく薬のグレード(強さ)はどんどん上がっていきます。最高に強い薬を3年以上、飲み続けたら、身体は、どうなると思いますか?もうボロボロになっていることは、素人でもわかっていることではないでしょうか?

残念ながら、スタンダードの近代西洋医学には、すごい落とし穴というか欠陥があります。「諸刃の剣」といえばわかると思いますが、効く時にはピッタッと切れ味よく効くのですが、ダメな時には、その肉体を、今まで以上にぼろぼろに傷つけてしまうのです。それこそ、取り返しのつかない身体にされてしまうことは、現実的によくあることなのです。

ニュージーランドにすんでいる彼女が、わざわざ遠い日本いるわたしたち夫婦を訪ねてくれたのは、友情からに違いありませんが、実のところは、やはり友情以上に、「ヘルプミー」の気持ちが強かったんじゃあないでしょうか?

わたしの行なっている鍼治療は、「神経反射療法」といって、神経や脳を治療する方法です。これは薬は一切使わないで、身体のどこも傷つけることなく痛んだ脳や神経や身体を修復することができる画期的な方法です。ただ、二つ条件があって、「手術をする前に行なうこと」それから、「薬の服用から、脳や神経の働きを損なわないこと」これが条件なのです。

この二つが大丈夫なら、治療は可能です。というより、薬をピッタリやめられた患者さんは、必ずといっていいくらいほとんど治っています。でもそれができなかった患者さん。こちらの指示どおり治療できなかった患者さんは、いくらがんばっても治すことができませんでした。特に薬をやめるということは、患者さんにとってすごく辛くて不安なことです。もちろん強制できることではありません。

ですから、「治るか」「治らないか」は、患者さんの判断に関わっているのです。わたしのいえることは、痛みというのは、決して、患者さんが考えるように悪いことではありません。痛みがあるということは、脳や神経は、正常な働きをしているからなんです。薬にいくらおかされていても、依然とがんばって、わたしたちにメッセージを送ってくれているからなのです。

痛みがあるからこそ、いつもいうように「治る可能性がまだある」ということなのです。普通は、わたしの鍼は、いくらはじめは痛がっている患者さんでも、患部を一瞬で痛みから解放するくらいの力を発揮します。でもこれは、薬を使っていない患者さんだからです。脳や神経の働きが正常だからです。でも、鍼が効きにくい。治りが悪いからとはいえ、痛みがそこにある以上、わたしは、可能性があると信じています。

問題は、患者さんが、どちらの方法を選択するか?決められるのは、神様から、その身体をお借りしている患者さんしかいないからです。
[PR]
e0167411_20112880.jpg

029.gif すべての病気は、はじめは首こり肩こり腰痛から始まる

みなさんはご存知でしたか?すべての病気は、はじめは首こり肩こり腰痛から始まります。だから、首こりや肩こりを、あんまり甘くみないでくださいね。これは、長く指圧鍼灸の治療をやっていると、段々人の身体というものがよくわかってきます。治療の予約で電話がかかって来た時に、診察は始まっています。わたしが、「具体的にどのようなことでお困りなんですか?」という質問をした時には、もう診察は始まっているのです。

1、「首が凝って仕方がないんですが」といわれた時には、この患者さんは、腰痛もあるなって思います。

2、「左の首や肩が凝って、仕方がないんですが」といわれた時には、この患者さんは、もう長く患い、重症化されています。座骨神経痛もきっとあるはずです。(ほとんどのみなさんが右首肩からコリが始まるのです)

3、もし「首も肩も腰も全部右側が痛くて困っています」という患者さんがいたら、かなり長く患ったことで、特に左下半身が慢性化してしまって痛みが麻痺してしまい、ご自身で自覚されていない状態のことも多いのです。


このように、ほんの些細な、会話からも、問診は始まるのです。それはさておき、病気は、ある日突然始まるということは、人間のカラダで起こりえないことなのです。それは、病気は、不幸なことですが、メッセージ性が、大変に強いのです。

でもいきなり、「極刑」を申し渡されることはありません。最初はやさしく、首こり肩こりくらいから始まっていくのです。以前「病気は気づきのためのメッセージ」という記事を書かせてもらいました。そこでも詳しく述べさせてもらっていますが、こんな感じで、病気へと発展していくみたいなのです。

1、首こり肩こり。
2、腰痛。
3、神経痛。(座骨神経痛、大腿神経痛、三叉神経痛)
4、自律神経系の症状
5、内臓疾患による様々な症状。


4、5は、かなり大雑把な表現ですが、よく話題になる、糖尿病や脳梗塞、心筋梗塞やガンなどの疾患も含まれると思います。多分多くの患者さんは、様々な検診から、病気を発見されることが多いと思いますが、実は、もうすでに1、首こり肩こり腰痛くらいから、病気のメッセージは始まっているのです。

治療院をやっていますと、やっぱり、治療にみえる方は、やはり、女性の方が多いです。ですから1から3くらいまでの、まだ病気とはいえない。症状くらいのところで、女性は病気を食い止めています。

やっぱり、自覚症状はありながらも、仕事が忙しくて来れないと決めつけている方や、何かと理由を付けて、検診も怠りがちな男性の方に大病が多く。平均寿命も男女差が、非常に多いことも、何となく頷けるような気がします。

ですから、1から3までの「首こり肩こり腰痛および神経痛」をあまり甘く見ないでいただきたいのです。3までなら、きちんとした腕のある治療院に通ってもらえば、必ず治る病気の範疇だからです。

でも裏を返せば、それを怠っていたり、身体が発するメッセージに耳を背けていたりすると、とんでもないしっぺ返しを受けてしまうことになってしまうのです。実はこのテーマで記事を書こうとすると、わたしの文章はなかなか終わることができません。

ただ、ここではひとつだけ「すべての病気は、はじめは首こり肩こり腰痛から始まる」ということだけを、こころのどこかに記憶としてとどめておいていただきたいと思います。病気の治療は、早ければ早いほどいいのです。
[PR]
e0167411_11383494.jpg

029.gif がんこな治療院の健康美容鍼へのこだわり

八倉治療院は、せっかく、「健康美容鍼をお願いします」といわれてこられた方でも、「状態を診させてもらってから、やるかやらないか決めさせてもらいますね」と、はじめから、お断わりさせてもらっています。

わたし自身は、健康へのこだわりと同様に、美容への興味や関心はある方だと思っています。ですから気持ちからすると「健康美容鍼」をいろんな方にやって差し上げたいという気持ちは、充分に持ち合わせています。老若男女誰がきても差別はしません。ただ、一点こだわりがあるとすると、その方の状態が健康な状態であるかどうかです。

もし、首こり肩こり腰痛があって、骨格に捻れや歪みがあるような状態ですと、健康美容鍼は、行ないません。先にそれらの症状を一般治療で治されることをお奨めします。もちろんそれらが改善してからなら、患者さんから希望があれば、すぐに健康美容鍼の治療を行ないます。

つまり、わたしにとって、美容と健康は、切り離せないものであるというこだわりがあるからです。通常、首こり肩こり腰痛までですと、多かれ少なかれ誰にもある症状ですから、特に差し支えありません。その治療くらいなら、「健康美容鍼」の施術の範疇です。

ところが、脚の長さが違ってしまうほどの、骨格の捻れや歪みがあった場合は、話しは別です。この状態は、エネルギーの流れが悪く、せっかく美容鍼を顔に使用したとしても、効果は、あまり見られません。それではせっかく、リフトアップがしたい。肌の色つやをよくしたい。小じわをなくしたい。ホウレイセンや眉間の縦じわを薄くしたい。そういういった要望に応えることはむずかしいからです。

わたしの健康美容鍼のこだわりは、あくまで「健康=美容」健康と美容は切り離せないものとして捉えています。人間の身体は、エネルギーのかたまりです。いくら気の流れが悪いところへ持って来て、顔だけ美しくというのは、わたしは不可能だって考えています。

現に、首や肩が凝っていて、猫背の状態に美しいプロポーションは、あり得ません。そこから自然な美しい表情も不可能です。人は健康であって美しい美が映えるのです。美容のことがよくわかっている女性は、実際、健康な状態の時はお肌の状態もよく、化粧の塗りも違うとよく言われます。やっぱり、美容には、健康という下地が必要不可欠なことは、誰でも頭ではよくわかっているのです。
[PR]
e0167411_854572.jpg

029.gif 3日連続は最高の治療法

治療者としては、本当は、こうなるまで身体の症状をほったらかしにしておかないでほしいという願いはあります。でも実際に、ひどい状態だなあという患者さんは、この世にはたくさんおられます。「早くよくなってほしい。早く楽になってほしい」と願いながら、治療させてもらいますが、いくらがんばっても、1回のみの治療で治る患者さんばかりではありません。

慢性化、重症化、いろいろ呼び方はありますが、あまりに症状が多いために、とても60分の治療の枠に収まらない患者さんも少なくはありません。特に八倉治療院のネットを見て見つけてこられた患者さんは、重症な患者さんがとても多いです。

1、腰椎、頸椎等の捻れや骨格の歪み
2、首こり、肩こり、腰痛。
3、座骨神経痛、大腿神経痛、三叉神経痛
4、その他自律神経的な症状

このくらい症状を持った患者さんは、ざらにお見えになります。どれをとっても、普通は、病院や整骨院や治療院などでは、どう手を付けていいものかわからない、大変な症状です。それをだいたいは、2回から3回くらいの治療のスタンスで、治療させてもらています。

でも、わたしがどのくらい忙しい治療をやっているか、多分、わたしの治療を受けたことがある患者さんでも、おそらくは気づかれないと思います。でも、保険治療ではなくて、自由診療でやらせてもらっている治療院では、このくらいのスピードで治療を行なっていかないと、まにあわないのが現状です。

でもこれはいままで、重症の患者さんを治療させてもらった経験から言いますと、3日間連続で、治療させてもらえると、とても手におえないかなって言う感じの患者さんでも、なんとかなってしまうという経験をさせてもらったことが何度かあります。

わたしの治療は、これまでの臨床から、脳や神経のレベルでの治療であることはわかっていました。それが、最初に治療させてもらった日から、3日間は、身体の神経や筋肉に様々な異変が起こることがあります。これは、明らかに神経が筋肉を修復していく好転反応なのですが、患者さんによっては、様々な好転反応が見られます。

実はこの時が治療の効果から考えますと、最高のチャンスなのです。わたしから言わせてもらいますと、「今まで動かなかった大きな岩が、動いてくれる」そういう感じのものなのです。ですから、3日連続は最高の治療法のひとつかなって思うことがあります。

ただ、あくまでこれは、最悪の状態になってしまった重症な患者さんに教えてあげたいことで、みなさん誰にも、この手は使ってほしくないという気持ちは、しっかりくみ取ってほしいと思います。人の身体は、ご自分のものであって、ご自分のものではありません。どうぞお身体を大切になさって下さい。
[PR]