e0167411_13511430.jpg

暦の一週間は、陰陽五行となにか関係があるの?

東洋哲学や東洋医学を勉強されていくと「陰陽五行」という言葉に出会います。普通は陰陽五行というのは、東洋医学では、宇宙のエネルギーということで理解されています。もし興味がある方は、わたしのブログの中に、「陰陽五行」というカテゴリがあります。もしよろしければ、他の記事もご覧になっていただけると、この記事がより一層理解できると思います。

さて暦の一週間というのは「日・月・火・水・木・金・土」の曜日のことです。

「日」は、太陽のことですから「陽」を示します。
「月」は、月のことですから、「陰」を示します。

この二つで「陰陽」のことを示しています。また、暦には、「太陽暦」と「太陰暦」があって、それぞれ、太陽を中心に地球や月の動きや満ち欠けなどが、暦のもとになっていることも知られています。

「火・水・木・金・土」の曜日は、それぞれ何のことかは説明は入りませんが、「五行(ごぎょう)という、宇宙のエネルギーを示しています。そして、また、地球以外の太陽系の惑星の名前でもあります。つまり、陰陽五行というのは、宇宙そのものであり、宇宙のエネルギーそのものだといっても過言ではありません。こうして、陰陽五行の一週間という時間を過ごさせてもらっているわたしたちは、実は、意識しているかどうかはわかりませんが、しっかり、陰陽五行の宇宙や世界観の中で生活させてもらっているのです。

皆さんは。「もし宇宙の中に太陽がなかったら?」って考えたことはありますか?もちろん、人間をはじめ、この世に存在するあらゆる生命は、生きていくことは不可能です。陰陽自体が、宇宙であり、生命であり、世界のすべてなのです。実は、五行も同じなのです。全部が自然界のエネルギーと考えてください。これらのエネルギーが、ひとつでも欠けてしまっても、世界は、破滅してしまって、人類の存続もあり得ないのです。

では、その陰陽五行がどのように医療に関わっているのでしょうか?東洋医学では、よく「氣」という言葉が使われます。「氣=気」というのは、「エネルギー」のことですが、「陰陽五行」は、すべて自然界のエネルギーということなのです。

鍼灸師であるわたしは、この中の「金・火・水」のエネルギーを積極的に治療に使わさせてもらっています。わたしの治療に欠かせないのが鍼ですがこれは金属のエネルギーによって、患者さんの患部のエネルギーを一瞬で変えてしまうほどの力があります。また、お灸ですが、材料のもぐさは、よもぎの葉なのですが、エネルギーとしては、火がとても重要なのです。

また、「水」ですが、治療に使われるものは、「ゼロ磁場水」が用いられます。これは、皆さんがご存知のパワースポットでよく、持ち帰えられるお水のようなものと考えてください。エネルギーというものは、転写する性質があります。パワースポットは、まさに陰と陽のエネルギーがぶつかり合い、一見、普通の穏やかな様子であありますが、そこ内在するエネルギーには、すごいパワーが秘められているので、治療に用いることが可能なのです。

いろいろお話しさせてもらいましたが、このエネルギーのお話は、一度お話しはじめさせてもらったら、なかなか簡単に終わるものではありません。また機会がありましたら、いつか小出しにお話しさせてもらおうと思っています。

ただ、「陰陽五行」というのは、わたしたちの生活に必要な暦や時間などを操り、また、東洋医学では、わたしたちの身体のエネルギーまでもコントロールする力をもったすごいものなんだということを知っていただけたら、今回のわたしの記事は、お役に立てていただけたのではと思っています。
[PR]
e0167411_11143634.jpg

病気は、若い人ほどよく治る

治療に年齢は関係ないと思います。誰だって、健康で快適な生活を願っているし、できたら病気やつらい症状は避けたいものです。年齢に関係なく誰でも健康生活を営む平等な権利を持っているはずなのです。

でも治療する側の本音を申しますと、治療をはじめられるなら、なるべく若い方を歓迎したくなるものです。なぜなら、治る.良くなる。その速度が、全く違うからです。特に、症状が重いか軽いかは、あまり問題ではないのです。

問題は、身体に備わっている免疫力の高さの問題なのです。当たり前のことなのですが、年齢の若い方の方が、持ち前の免疫力は、高いはずです。わたしたちのような患者さんの免疫力を引き出すことで、症状の改善を図ったり、病気を治していく治療では、持ち前の免疫力の高さは、治療効果にすごい影響力を持っているのです。

治療者は、患者さんの治療をお引き受けする限りは、できることなら治って欲しいと願います。そういうことを願いながら、初診の患者さんを診させてもらうのです。もし仮に、これは、とても病気を治すお手伝いができないと思われるケースであれば、きちんと理由をお話しした上で、お断わりしなければなりません。それが、強いては患者さんを尊重することになると思うからです。

もし、できないことを、さもできるように希望を持たせてしまうようでしたら、治療者としての良心から背くことになるからです。治療者として「手を引くこと」を「リファー」と言いますが、もし自分がリファーすることで、抱え込まなかったら、もしかしたら、その患者さんは、また、新たに治療者に出会い治る可能性がうまれます。もしそれがなければ、また、新たにこの患者さんに、無益な失望感を与え無駄な時間をも費やさせてしまうことになるからです。

本当なら、治療に携わるものとしては、年齢が若く、症状もあまり重くない患者さんをより多く受けさせていただいて、どんどん治させていただくことが理想です。そうなれば、どんどん収益も高くなり、評判も上がり、治療院としての評判も上がるからです。

でも治療する側も人間ですから、「評判を聞いて伺いました。どうかわたしの病気を治してもらえませんか、どこに行っても良くならず、とてもからだがつらいのです」というようなことを聞けば、やはり心が揺れ動きます。また、それがお年寄りで、とてもつらそうな状態であればあるほど、なんとか楽にさせてあげられないものだろうか?と、ついに仏ごころのようなものが、出てしまうのです。

でも実際は、こういう患者さんは、はじめから苦戦はさせられることはじゅうぶんわかっているのです。わたしたちの治療の決めては、やはり、患者さんの持っておられる自然治癒力なのです。要するに、治しているのは患者さん自身の身体に備わっている免疫力に他ならないからです。

実は、本当のところを申しますと、それは西洋医学も、東洋医学も同じなのです。治しているのは医者でもなく治療者でもなく、患者さん自身に備わっている免疫力なのです。治療者はただ、それを上手くひきだすことができるかどうかに、手腕がかかっているのです。

医者も鍼灸師も本音を申しますと同じようなものです。免疫力がゼロに限りなく近づいているお年寄りも、潜在的にじゅうぶん備わっている可能性がある若い人達の方が好ましいに決まっているのです。でもそうも行かないのが、医療の世界です。いくら難しいだろうなって、わかっていても、例えわずかな治る可能性があるのであれば、お手伝いさせてもらいたいと思う気持ちがあることも確かなのです。

でもわたしたちのような治療は、一日にそう何人も診させてもらえるわけには行きません。だから、どうしても患者さんを制限することも必要になってきます。でもそれはあくまでも治療者の都合でしかありません。ですから、患者さんは、その点については考える必要は全くありません。

ただ、病気は、早いほど、また若い人ほど、早く良く治るということは、頭のどこかに入れておいて欲しいと思います。
[PR]
「幸せって『知足』っていうことじゃないかな?」

e0167411_9275463.jpg


「幸せって何だろう?」何だか禅問答しているみたいなタイトルになっちゃいましたけど、その答えは、龍安寺のつくばいにありました。「吾、唯、足るを、知るのみ」たった漢字4文字に、幸せとは何か?その答えが示されているなんて、一体誰が考えたことなんでしょう?わたしが大好きな「老子さま」という説もあるけど、そんなことはどうでもいいですね。

それにしても日本人のご先祖さまって、本当にすごいですね。こんなことを考えていて、さらっとさりげなく答えに導いてくれるんですもん。こんなふうにさらりと言える人なんてそんなにどこににもいるもんじゃないですよ。本当に押し付けがましくなくって、さらりと導いてくれる。まるで、わたしの師匠さんみたいな人だって、わたしは思いました。

ところで、「吾は、ただ、足るを知るのみ」ってどういう意味なの?というあなたに、もう少し、言葉を添えさせてもらうことにしますね。あなたのまわりに、お金持ちがいたら、その人のことを、こころの中に重い浮かべてみてください。お金持ちほど、「お金がない.お金がない」っていいませんか?

自分よりもよっぽどお金を持っているのに、どうしてこの人は、そんなことを言うのかなあって思うんですけど。こっちが聞かなくても口癖のように「お金がない」って言ってくるんです。それって、貧乏な私に対する当てつけかなって思う時もあるくらいなんですよ。でもね、よくよく聞いてみると、「私、もっとお金が欲しい」という気持ちの裏返しだったんですね。

お金のある人ほど、もっともっとお金が欲しくなるものなんですね。人間の欲って本当に、切りがなく限界がないんですね。お金のある人っていいなあって普通は思いがちなんですが、実際は、いくらお金持ちになったて、同じなんですよ。いくらお金持ちになったって、これでよし、って満足する気持ちがなかったら、やっぱりいつまでたっても、「お金が欲しい、もっともっと欲しい」になっちゃうんですね。逆に言えば、お金持ちほど、強欲なものはないんです。

こういったら、もう「知足」という意味がお分かりいただけたんじゃないんですか?でもこれは、わかりやすいように、お金で、例えさせてもらいましたけど。人間の欲望っていうのは、それ以外にもいっぱいあるものなんですね。

私もっと背が高くなりたい。もっとオッパイが大きくなりたいとか、もっと痩せてスマートになりたいって、誰もが思うでしょう?でもそれじゃあいつまでたっても満足ができないから、幸せにはなれないってことじゃないんですか?そういうことなんですよ。もしかしたら、あなたも、わたしと同じ強欲なところが、いくつか見つかりましたか?

そういえば、お釈迦様も同じことをいっていますよ。「人間はどうしたら苦しみから逃れることが出来るんですか?」ってお弟子さんが質問されたとき、「それは、欲望を捨て去ることですよ」って答えられたそうです。「人間には108つの欲望(煩悩)があって、その欲望を捨て去ることが出来たら、人は、本当の幸せを見つけ出すことが出来るんですよ」ってね。

つまり、人間は、今の自分に与えられたものに満足できたら、幸せになれるんですね。何でも神様に感謝して、ありのままの自分を受け入れられたら、幸せになれるんです。それが、つくばいの知足、「われ、ただ足るを知る」の意味だったんです。

つまり、「悟り」の意味が、このたった4字の漢字に込められていて、それをしかも美しいデザインにまとめたものが、龍安寺の「つくばい」だったんです。この画像を探す為にネットで調べてみたら、今は日本人より外国から見える外国人の観光客さんの方がずっと多いそうなんですね、時代も変わりました。

そういえば、わたしもむかし、師匠に「幸せって何ですか?」って質問したことがあったんです。そうしたら、師匠がなんて答えたかわかりますか?「それはね、自分には、雨や風から身を守ってくれる家があるっていうことですよ」って答えてくださったことを今でも昨日のように覚えています。

正直いってわたしの師匠の住んでいらっしゃるお家は、オセイジにも立派なお家とはいえないんです。やっぱり、わたしの師匠という人は、本当にすごい人なんだなあって、その時に、しみじみ思いました。
[PR]
e0167411_19352494.jpg

偏頭痛は、薬にたよらない鍼灸治療で治すのが一番です

偏頭痛の特徴は、ネットで調べればすぐにわかることですから、あえて八倉治療院では、詳しい説明は、省略させていただきます。でも偏頭痛って気の毒なくらい酷い症状になるんですね。もしご家族に偏頭痛に苦しまれている人がいれば、なんとかしてあげたいと誰もが思われることでしょう。

実は、私の奥さんが、偏頭痛で、長い間患っていました。特に、いったん偏頭痛が始まると、嘔吐が、定期的に襲ってきて、もう吐くものがなくなってしまうくらい徹底して、トイレ通いが続いていました。そばにいる私も、これが始まってしまうと、何もしてあげられず、ただただ見守るだけでした。

じゃあ、嘔吐が始まる前なら、食い止めることが出来るのかといえば、私は可能だって思っています。体調の変調に気づいて、頭痛も始まったかなって思うかどうかくらいなら、なんとか鍼治療で、その後の発作も食い止めたことが何度かありました。だから、ずっと鍼灸治療は、偏頭痛に効果があることは前々からわかっていました。

でも最近では、もうほとんど、奥さんの偏頭痛は、全くと言っていいほど見ることも聞くこともなくなりました。鍼灸治療で、免疫力を高めてあげることで、今まで体質であるとか遺伝であるとか言われて、諦めていた偏頭痛が、いつの間にかなくなっていたのです。偏頭痛が完治したといえるでしょう。

頭がズキズキする。痛みが左右と移動する。光が眩しく感じられて視覚に変調をきたす。嗅覚まで過敏になってしまう。そして、頭の激痛とともに、自分では手が付けられないくらいの嘔吐が始まったら、ほとんど一日中苦しみが続く。これらは、まさに自律神経の失調をあらわしています。つまり、自分の身体なのに、もうコントロールが効かない状態です。

それから、痛みや変調が、視覚や、聴覚や聴覚や嗅覚にも及ぶことから、三叉神経などの脳神経などにも問題があることがわかります。ただこうした症状は深刻ではありますが、これらを、薬で治そうとするのは、何か間違った方向としか思えません。特に偏頭痛の場合、遺伝や体質が絡んでくると、それを改善する為に、多くの薬が処方されるケースが、非常に多く見られます。

逆に副作用として、「薬物乱用頭痛」といって、偏頭痛が、定期的な頭痛とするなら、こちらは慢性的な頭痛であったり、身体の乱調となったりしがちです。もうこうなってくると、患者さんは病院から病院へとたらい回しになり、医療従事者としても、もうどうすることも出来なくなってお手上げ状態になってしまうのです。

さいわい私の奥さんは、お薬嫌いで、いくら酷い偏頭痛でも、飲むお薬といえば、市販薬であるアスピリンくらいのものでしたから、完治できたのかもしれません。ところが、いくら痛みに効くからといって、鎮痛薬や、精神安定剤などを多用されますと、自然治癒能力の妨げになることが非常に多いのです。それから、多くのお薬の効果は、確かに即効性があることは確かなのですが、押さえ込もうとする力が強すぎて免疫力の妨げになっているのです。

私は長い間、この鍼灸治療に携わってきましたが、どんな酷い病気であっても、必ずはじめは、首こり肩こり腰痛から始まるということを知っています。ですから、偏頭痛ですといって見えられた患者さんであっても、訴えられる症状を聞きながら、それらに対応した治療を行なっていくのです。

鍼は、難しい病気を治すことも可能ですが、一般的には、患者さんが困っている症状を治すことで治療が始まります。首こり肩こり腰痛から始まり、お腹が痛い生理痛がひどい。こんな感じで、病気ではなく症状を治すことから始まり、体全体の症状を治していくのに用いられるものなのです。

しかし、治療していくうちに、わかってくることなのですが、鍼灸の治療は、どうも神経を通して痛んだ脳の修復をしていることがわかってくるのです。鍼が、偏頭痛にも効果を発揮しているのも、鍼の刺激が、脳幹という、人が生命を維持していくのに大切な働きをつかさどっている。最も大切な部分に関与していることがわかってきたのです。

自律神経の働きをつかさどっているのは間脳にあるといわれています。私が思うに、偏頭痛を患う患者さんの多くは、この間脳の働きに妨げがあるのです。でもそれさえも持続的な鍼灸治療は、その妨げになるものさえも修復し障害を克服してくれるのです。しかし、偏頭痛という病名がつく病気である以上、こころの問題もあり、そのことを説明するのは、簡単なことではないので、治療で必要な方にだけに治療の時にだけ直接お話しさせていただきたいと思います。

ただ、ひとついえることは、偏頭痛がいくら、体質や遺伝的な要素があるにしても、それは、恐れるに足りることはありません。そして、それを治せるのはお薬ではなくて、こころと身体に対応して治療できる鍼灸治療が、最もふさわしいようにわたしは思います。病気は、偏頭痛に限らず、治療者が、患者さんと向かい合って、こころと身体の両面からアプローチしていくことが治療において最も大切なことなのだと思います。
[PR]
e0167411_1347174.jpg

夜眠れないあなたに鍼灸治療をしてあげたい

夜になって身体は疲れているのに眠れないという患者さんは実に多い。仕事が終わったのに,気持ちは、緊張や不安から、終わったような気がしない。心労が積み重なって、慢性的な疲れはあるものの、昼間は、仕事中でも眠気が襲ってくる。それなのに、肝心の夜になるとなかなか眠れない。酷い時には朝方まで,起きていることがある。

こんな悩みを抱えている患者さんは、治療院をやっていると珍しくはない。じゃあなぜこんなことが起こるのか?不眠のほとんどの原因は、過労とストレスです。不安、心配、イライラ、怒り、後悔などこのような感情が、不眠症のもともとの原因なのです。

普通は、人間の身体は、昼間は元気に学校にいったり、会社で働いて、夜は、晩ご飯を食べて、夕べのひとときを、ゆったり楽しんで、床につく。布団の中に入ったら,朝までグッスリ熟睡できるのが普通です。でもベッドに横になっても眠れないというのは,自律神経の働きに,何か問題があるからです。

自律神経というのは、筋肉や関節などのように自分では意識してコントロールすることが出来ない神経の働きです。代表的なところでは、内臓器官などを動かす働きが自律神経なのです。ところで、この自律神経の働きには、昼と夜の二つのモードがあることをご存知ですか?聞いたことがあるかもしれませんが,交感神経と副交感神経が、その二つのモードを支えています。

昼間働くのを,交感神経といって、わたしたちが昼間学校で学んだり,会社で働きやすいように,脳や筋肉が働きやすいように血液など多く行き届くようにコントロールします。今度は夜になると、副交感神経といって、寝ている間,食べ物がうまく消化できるように、内臓器官などの働きが活発に行なわれるように,血液などが多く行き届くようにコントロールします。こうした昼と夜の二つの神経モードの切り替えが上手く働いて、人は健康な生活が営むことが出来るのです。

ところが、本来なら、夜は、脳は休んで,代わりに内臓器官が働かなければならないのに、横になっても頭だけさえてしまって、ついつい考え事をはじめてしまうというのは、完全に自律神経が、昼間の交感神経から副交感神経モードに切り替わっていない証拠なのです。それが、続くようですと,不眠症といわれる、病名が診断されてしまうのです。

現代人は、ストレスや心労がたたって、このように夜上手く眠れない。夜中に目が覚めてしまって眠れないなど不眠症を訴えられる患者さんが実に多いのです。

じゃあ何んで鍼灸治療が、不眠症に効果があるのかと言いますと。実は、鍼灸マッサージの治療というのは、みなさんの身体を、仮に昼間行なわれたとしても、自律神経の働きを、リラックスさせることで、副交感神経モードに変更させることなのです。マッサージが眠くなるとか、鍼灸が眠くなるというのも,その働きによるものなのです。

首こり肩こり腰痛と、とかくストレスから、夜眠れない人の多くは、この切り替えが上手く出来ない人なのです。これを更に詳しく説明させてもらいますね。自律神経というのは、実はコントロールしているのは、脳の脳幹の中にある、間脳というところなのです。自律神経と言っても,この間脳の働きが,上手くいっていれば、自律神経は正常に働くのですが、それが上手くいっていないから、このように,夜眠れないという症状が、頻繁に起こるようになるのです。

鍼は鍼灸師がツボに打つことで,その刺激を、脳に届けます。そうすると,脳からベーター、エンドルフィンという神経伝達物質が、脳から出ます。その物質が、痛んだ脳を修復させて、正常な働きにもどしてくれるのです。だから、鍼灸治療は、不眠症で困っている患者さんを治してくれるのです。精神安定剤も睡眠導入剤も薬も何もいりません。

実はどのような自律神経が障害になって起こっている病気も、最初は,みなさん首こり肩こり腰痛などの症状を訴えられます。これをきちんと治してあげることで、夜もグッスリ眠ることが出来ます。不眠症も、「自律神経失調症」などのややこしい病気も治療で克服することが出来るのです。シンプルですが、実に効果があります。

あなたも、鍼灸治療を一度受けてみてはいかがでしょうか?きっと良く眠れるようになると思いますよ。私も夜眠れないあなたに、鍼治療がしてあげたいです。
[PR]
e0167411_19475483.jpg


鍼治療には、合う合わないの相性はありません。どなたにも免疫力を高める効果があるのです。

この前、初診の患者さんとの問診で、「鍼治療は、わたしには、相性が悪いんでしょうか?」って聞かれました。前にも他の患者さんから聞かれたのを思い出しました。そういえば、患者さんは、前に一度受けた鍼治療が効かないとそのように考えるものなんでしょうね?でも、それは、鍼との相性ではないですね。

病院でお医者さんから処方されたお薬が合わないとかいうことは、あるかもしれませんが、鍼が合わないということは、普通はありません。鍼灸の歴史は長く、もう2千年以上も昔から、行なわれてきた伝統的な医療です。もしそれに合う合わないがあったなら、そんなに長い伝統の継承は、あり得ないことだとわたしは、思うからです。

でもお医者さんもいろんなお医者さんがいらっしゃるように、鍼灸師も同じです。経験が浅い鍼灸師から、ベテランの方まで、鍼治療の考え方もやり方も千差万別なのです。患者さんから詳しく聞いたわけではありませんが、「えー、そんなやり方ってどうなのかなあ?」って思うこともないわけではありません。

でも、わたしも患者として、現在にいたるまでいろんな鍼灸師さんに出会い、治療を受けてきました。やはり、人間ですから、上手い下手は当然あります。でも、鍼灸師の資格は、厚生労働省、あるいは、文部科学省の認める国家資格です。間違いなく、専門家であることはいうまでもありません。

ただ、歴然としているのは、治療者としてのパワーの違いなのです。その点につきましては、ブログの中の記事「鍼治療の効く効かないは、うつところではなくて、うつ人で決まる」というところで詳しくお話しさせてもらいましたので、興味がある方は、一度検索してみてください。今も毎日よく読まれている記事のひとつです。

鍼灸師は、ある面気功者と同じです。径絡経穴といってツボを使って、氣(エネルギー)を調整します。ですから、鍼は誰が打っても、同じ効果が得られるのではなくて、鍼灸師によって、全く得られる効果が違ってくるといっても間違えないと思います。

また、鍼灸師の鍼治療の考え方が違うと、やり方までまったく違うのです。使用する鍼の本数も、鍼の打ち方も、全然変わってしまうのです。ですから、鍼治療は、やったことが有るか無いかではなくて、誰にいつごろ治療してもらったのかが問題になるんじゃないかなって思います。

でもわたしは最近、鍼治療について、臨床の中で核心的なことについて勉強させてもらいました。それは、鍼は、どのような患者さんであれ、免疫力を上げるのに貢献していることを知ったのです。もちろん、免疫力を高める方法は、鍼治療以外にもいろんな方法があります。でも、指圧鍼灸などの治療は、間違いなく、免疫力を高めるための自然治癒力をもたらします。

そして、好転反応はあっても、薬害のような副作用は見られません。そういう点が、長い年月、日本でも多くの治療者と患者さんの深い理解に支えられて、やって来れることが出来たのだと思います。今の人は、結論を出すのが早すぎます。

鍼治療は、合う合わないで決めつけないで、どうか、今まであなたが出会ってきた医者の数の半分でいいですから、間違いなく、免疫力を高めてくれる治療者との出会いを探し求めて欲しいと思います。そういう意味でも、最初は、気軽に、あなたの話を聞いてくれる鍼灸師が、一番の近道ではないかなとわたしは思います。
[PR]
e0167411_22542262.jpg

免疫力(自然治癒力)を高めてくれる素晴らしい指圧鍼灸の治療の効果

今年、6月1日で八倉治療院も9周年を迎えました。もう10年目を迎えています。昔よく師匠から、「決してどんなことがあっても、患者さんに『あなたの病気を治してあげます』というようなことを言ってはいけませんよ」と言われたことをよく思い出します。

それは、多分「病気を治すか、治さないかは、あなたが決めることではないからです」というようなことを、師匠は、仰りたかったんだと思います。また更にいうなら、これも師匠の口癖なのですが、「わたしたちは、あくまで神様のお手伝いに過ぎないからなんです」というような言葉が、付け加えられていたような気がします。

本当のことを言うなら、病気も症状も、神様からメッセージとして引き起こされていたものです。それをわたしたち治療者が、勝手に、『治すとか、治さない』という次元のものではないからです。何が難しいていうか、いっぱいありすぎてよくわかりませんが、このことを理解するのは、相当難しいことでした。

これを理解するのにおそらく、私は10年くらいの歳月を要したような気持ちさえするのです。治療の世界って、それほど深くて難しいものだって、思ってもらえてもかまわないと思います。

じゃあ、わたしは、この10年くらいの歳月で、治療の何を学んだかといえば、わたしの行なっている指圧鍼灸の治療というのは、ひとことで言えば、免疫力=自然治癒力を、引きだすこと。あるいは高めてくれることなんだなって、わかってきたことなんです。

そこが、西洋近代医学と、指圧鍼灸治療の大きな異なる点ともいえるものです。西洋医学の、科学的に体系づけられた、とても素晴らしい医療です。現代医学の主流であることは間違いありません。ただ、わたしが、あまり好きになれないことがあります。それは、西洋医学の治療は、病気との闘いなのです。勝つか負けるか、死は、医療の敗北です。病気を治してこそ、そこには、勝利があるのです。

ですから、お医者さんは、「病気を治す」って平気でおっしゃいます。実は、薬で一時的に抑えただけであっても、「病気を治した」っておっしゃいます。でもそれは、大きな間違いだって、わたしは思うのです。

そこへいくと、この指圧鍼灸の世界は、とても気楽なところがあって、病気や症状が良くなっても、「治した」とはいえません。病気を治しているのは、患者さん自身の身体であり、患者さんが本来持っている。免疫力(自然治癒力)なのです。あくまで、指圧も鍼灸も、どんなに効いたとしてもお手伝いに過ぎないのです。

薬も使いません。薬を使わないので、副作用もありません。そして、何よりもいいのは、生死をかけるほどの医療過誤もないのです。ただいくら、指圧鍼灸の決めては、患者さん自身の身体と免疫力そのものだっていっても、誰でも、それをひきだせるのかといえば、それは、相当な、高次元のパワーとエネルギーを持った治療者でないと、なかなか、それを引きだせるところまではいたらないことも事実なのです。そこがこの世界の厳しいところなのです。

また、医者が相手にしているのは、身体といい、細菌やウイルスという、病原体であっても、機械を駆使すれば、実は目に見える身体という肉体なのです。ところが、指圧鍼灸の治療は、相手は、目に見えない世界のものばかりです。使えるものといえば、鍼とか灸とか、自然にある素材を、加工した、超シンプルなものだけ。後は.すべて、人間の手だけが、たよりなのです。

どちらも、知識と臨床経験がものをいう世界ですが、決して、指圧鍼灸の治療が、西洋近代医学に劣るものではありません。わたしは、10年目を迎えた今こそ、こうした免疫力(自然治癒力)を高めてくれる素晴らしい指圧鍼灸の治療の効果を、まだご存じない、世間の皆様に、治療の世界を通して広めさせていただきたいと思っているのです。
[PR]
わたしは身体を大切に考えている患者さんを尊敬します(2)

「人の命は、何よりも重い」

e0167411_10191227.jpg


「お金は、人の命よりも重い」なんて、口に出していう人はいません。でもこころのどこかでは、事実として肯定しているんじゃあないでしょうか?「世の中で一番大切なものはお金だよなあ」ってね。

子供の頃、母から「人の命は、何よりも重い」って教えられてきたわたしでも、大人になった時には、人間の社会は、世界中どこでも、現実的には「お金は、人の命よりも重い」ものなんだなあって思うようになっていました。何よりも、自分自身が、お金で、ものの価値を評価するように変化していたのがショックでした。

もしわたしが、ある人物に出会わなかったら、わたしも「新地球の法則」に従って、お金の価値観で動かされる人間の一人になっていたことでしょう。60年間、生きていろんな人と出会い、わたしなりにいろんな人を見てきました。でも、この方と出会うまでは、世の中に、お金に支配されないで生きて行動している人がいるなんていうことは知りませんでした。それがわたしの師匠だったのです。

「お金?汚れるから」って言って、治療中の時には、一切お金には触れようともしません。お金以外の目的で、仕事を全うしている人間を、わたしははじめて目の当たりにさせてもらったのです。師匠の日常をみさせてもらっても、長くお付き合いさせてもらっていますが、師匠には、全く欲という欲がありません。

「人はね、魂ひとつでこの世に生まれて、魂ひとつでまたあの世に帰って行くんです。ですからいくら、お金や財産があったって、それを持ってあの世に行けるわけではないから、意味がないのです」

「もしお金が大切だからといって、金貨をお墓に持って行っても、古代エジプトでそうだったように墓泥棒に荒らされて持って行かれるだけで、永遠に自分の財産になるものなってありません。じゃあ、自分の子孫に財産を残そうとしても、争いごとが起きるだけで、かえってこれなら何も残さないことが最良の道であることも、亡くなった後にわかることで、これも後悔のひとつとなるのです」

「じゃあ、自分の身体は、あなたのものかといえば、そんなことはありません。それは、生きている間、あなたが神様からお預かりしているものに過ぎないのです。それをあなた方は、勝手に自分のものだって思い込んでしまって、ボロボロになるまで壊して平気な人がいますが、それは、神様の目からしたらどのように見えるかわかりますか?」


このようなことを、師匠の口から聞かされたことがあります。わたしもこのようなことを聞かされた時、本当にショックでした。まるで、今までの自分の価値観が、音を立てて崩れ去っていくのが、耳に聞こえてくるようでした。師匠の言葉は、いつもそうですが、重くて、否定しようがありません。言い返そうと思っても、言葉が湧いてきません。

特に今わたしも師匠と同じように治療をさせてもらうという立場に立たされています。「身体」という概念が、全く患者さんや一般の人と考えが変わってしまいました。「壊す」方ではなくて「治させてもらう」方の立場からすると、いかに、患者さんの考え方が、ご自分を大切にしていないかがよくわかります。自分自身を含めて、本当にみなさん「感謝」が足りないのです。

感謝は、わたしたち治療をするものに対してではなく、大宇宙や小宇宙(人体)を作られた創造主である神様です。でも、そういうわたしもあまり患者さまに対してエラそうなことがいえないのです。第一、自分のこころや身体をボロボロに壊してしまったことがあるから、その尊さがわかるからです。

わたしは師匠からいわれたのです。「どのような道も、早い遅いはありません。気づいたときが、その人のチャンスなのです。ケガも病気も不幸現象も、すべては、あなたに気づいて欲しいから起きている神様からのメッセージだからです」

だから、こんなわたしでも神様のお手伝いが出来るなら、自分の人生のすべてをかけてもいいって思いました。でもごく稀に、患者さんの中でも、自分自身の身体を大切にしたい。またそれは、口だけではなく、それを実行されている患者さんがいます。わたしはそういう患者さんを見ると、心の底から、尊敬するようになったのです。

わたしの目からは、治療をする方も、受ける方もそういうことは一切関係ありません。みんな神様の分身ですから、ケガや病気や不幸を通して、どちらが先に気づかさせてもらうかが問題なのです。わたしは師匠と出会ってそのように考えが変わったのです。

(おわり)
[PR]
わたしは身体を大切に考えている患者さんを尊敬します(1)

「お金は、人の命よりも重い」
e0167411_9465478.jpg

わたしは子供の頃に母から、「人の命は、何よりも重い」っていうふうに教えられました。母は何を思ってかしりませんが、「この地球と同じくらい大切なものだよ」って教えてくれました。それを聞いた少年だったわたしは、それはすごいって思いました。

ところが、わたしが大人になった時に、わたしを取り巻く世界が、どうもそのようになっていないことに気づかされました。どうも生命(いのち)よりも、大切なものがあることに気づかされたのです。それが「お金』でした。どうもこの世では、お金で買えないものはないように思えるのです。実際、交通事故で裁判になったとしても、最後はお金で決着がつきます。何でもそうです。

この世で、最も縦横無尽にはばをきかせて、威張っているのは、実は人ではなくて、お金です。どんな人でも、お金のある人にはかないません。また逆に、どんな人でもお金がなくなれば、もう力はなくなるのです。わたしの知る限り、それは世界中どこでも同じです。余程文明とかけ離れ、孤立した社会でない限り、やはり、人を動かし世界を動かしているのはお金なのです。それを、わたしはこれから「新地球の法則」と呼ぶことにします。

これから、みなさんももしよかったら、わたしと一緒に、あなたを取り巻く世界を、よーくご覧になってみてください。仕事でも教育でも科学でも宗教でも、仮に人を助ける医療であっても、その目的を突き詰めて行くと、最後は「お金」と言うことになりませんか?そうなんです。この世は、すべてお金という力が働いて、それで世界を動かしているのです。

そうなるとわたしたちの日常も、そのお金の力がはたらいて、お金の持つ価値というものが、日常的に計算され、人の価値観まで支配していることに気づくはずです。ビックリすることに、それは、身体の大切さ、いのちの尊さをはるかに越えているのです。

人は簡単に、身体と健康の大切さを口で唱えますが、じゃ実際にどこまで、その身体と健康を考えているかといえば、疑問です。人は、どのくらい疲労していたとしても、そう簡単には仕事を手放しません。義務とか使命という言葉で、自分を納得させようとしますが、やはり最後は、お金なのです。休むことで、給料が減らされることが、何よりも耐えられないくらいつらいのです。

そのくらいなら、個人の価値観の問題ですから、別に取りざたされされるほどの問題ではないかもしれません。でも世間では、お金のためなら、親や兄弟でも親友や恋人まで売る人は実際に大勢います。下手をすると魂まで売る。身体の臓器まで売ってしまう人だって、世界中には大勢いるのです。

こうなってくると、子供の頃、わたしが母から教えてもらった、「人の生命は、何よりも重い」という言葉は、一体、本当だったのかウソだったのか?自分でもわからなくなってしまいます。わたしがここまで、あからさまにしたかった事実は、実は、この世、この地球上では、「人の命よりも重い、大事なものが支配していて、それはお金なんだ」ということです。それは、経済社会となった現代のグローバル、スタンダード。新しい「地球の法則」なのです。だから、何よりもお金が優先されるということがよくわかってもらえたのではないでしょうか?

(つづく)
[PR]
e0167411_21143111.jpg

029.gif 身体は、神様からお預かりしている、最も大切なもの

わたしは、治療するときに、患者さんに対して、こんな言葉を発しているらしいのです。「治療させてもらう前に、体全体を診させてもらいますね」「今から、治療させていただきますね」「まず、左の首から診させてもらいます」

その言葉を受けて、ある患者さんから、こんなことを言われました。「先生は、いつも、「治療します」じゃなくて、「治療させてもらいます」って言いますね。また、他の患者さんからも、こう言われました。「先生は、何々させてもらいますって、すごい丁寧な、敬語を使いますね。何か、感謝の気持ちが、現れているみたいで、すごく気持ちがいいです」

こんな会話が、患者さんとの間に、たて続けに続いたので、わたしもちょっと意識してしまいました。患者さんて、いろんなことを、よく見たり聞いていたりするもんなんだなあって思いました。確かにわたしは、いつの頃からか、治療に敬語を使うようになっていました。

それは誰に対してとか、何に対してなのかと言いますと、皆さんには、お分かりになりますか?実は、わたしは、患者さんに対して、敬語を使っているみたいなんですが、実は、厳密に言いますと、「患者さんの身体」に対して、敬語を使わせてもらっているのです。

わたしは、専門学校で解剖学や生理学を勉強をしているときから、人間の身体の仕組みや働きに、すごくよくできているので、いつも感心していました。やっぱり、こんな仕組みや働きを考え、作られた人がいるとしたら、それは、神様以外に考えられないなって思いました。

よく太陽や月や地球などの惑星などを含めて、宇宙のことを「大宇宙」っていいます。それに対して、身体のことを「小宇宙」っていわれることを、皆さんはご存知ですか?そういえば、人間の身体も60兆の細胞からできており、その細胞が、絶えず、生まれてはなくなり、また、生まれてはなくなっていく。というように絶え間のない変化を繰り返しているのも、なんとなく、大宇宙と似てはいませんか?

でもわたしが、本格的に人間の身体に対して、感謝し、尊敬するようになったのは、師匠と出会ってからのことなんです。師匠は、出会ってからそうそう、わたしにいろんなことを教えてくれました。まず第一に、人間の身体は、神そのものなんですよ。神は、自分に似せて人間を作ったのです。長い時間と、失敗を重ねて、人間の身体を作ってくださったんです。そのことを決して忘れてはいけません。

人間は、所有欲が強くって、お金でも土地でも財産でも、なんでも自分のものにしようとしますが、自分のものといえるものは、何一つないんですよ。それが証拠に、人間は、誰も必ず、亡くなるときがきます。その時に、お金も土地も財産も、あの世に持っていけるものがありますか?何もないでしょう?人間は、何一つ、自分のものといえるものは無いんです。人間は、みんな裸で生まれて、裸で亡くなっていくんです。


わたしも、初めは師匠のこの言葉には、ショックを受けました。でも考えてみれば、その通りなんです。でもショックはこれだけではありませんでした。「あなたは、身体だけは、自分のものだって、思ってはいませんか?」実は、その身体だって、あの世に持っていけるわけでは、ありません。みんな最期には、お返しして、行かなければならないのですよ。

わたしは、師匠と出会う前は、そのように考えたことは、一度もありませんでした。特に、身体だけは、唯一、自分のものだって思っていましたし、もしかしたら、身体自体が、わたし自身だって思っていたかもしれません。でも、師匠のおっしゃることが事実だとすると、わたしという人間は、一体、どこから来て、どういう存在なんだろうって考えませんか?

ただ今は、その疑問は、別な時に考えるとして、「身体は、一体、誰のものなのか?」という疑問に戻させてもらいますね。あなたは、やっぱり、昔のわたしのように、自分の体くらいは、わたしのものだって思いますか?そうだとすると、どんなふうに使わせてもらっても、いくら傷つけてしまっても、壊してしまっても、まったく誰にも責められることはありません。これが自己責任というものです。

でも、わたしは、やっぱりそれでは、いけないなあって思うんです。というのは、「身体は、自分のものだって思う人」と、「身体は、神様からお預かりしているものだって思う人」では、まったく生き方が違ってきてしまうんです。じゃあ何が違ってくるかと言いますと、最初に戻りますが「感謝」の気持ちが、まったく違ってくるのです。

神様からお預かりしている、最も大切なものっていうふうに考える人は、自分自身の身体をすごく大切にするんです。普段から、こういう人は、感謝の心でいっぱいなんです。だいぶ前になりますが、こころと身体は一体だっていうお話をさせてもらったことがあります、「心身一如(しんしんいちにょ)」という言葉通り、こころと身体は、すごく深い関係があるんです。だから、身体を大切にする人は、こころも大切にする人なんです。自分にも他人にも優しい人なんです。

わたしは、よく親しいお友達には、治療のことを「神様のお手伝い」っていうことがあるんです。そのくらいですから、いつも神様のことが、頭のどこかにあって、こんな時は、神様ならどういうふうに考えたり、思ったりされるんだろう?っていう考え方をするんです。だから、少しは、わかる時があって、神様は、どんな人間を愛されているかっていいますと、「感謝」のある人なんです。理由を教えましょうか?

病気やどんなつらい症状で治療院へみえた患者さんでも、いつも「ありがとう。ありがとう。これも先生のおかげです」って言ってくださって、感謝のある患者さんは、いつの間にか、すぐに良くなってしまうんですよ。きっと、神様も「感謝のある人」が大好きなんですね。

だから、ここだけのお話にしますが、みなさんもお金や、物や財産や、仕事や名声なんかを、優先して考えてはいけませんよ。まず第一に身体を大切に、「感謝」の心を持って、お過ごしくださいね。そうすれば、きっとあなたも、神様から、信頼されたり、愛される人間になれるのではないでしょうか?いつの間にか治療のお話から、話題が大きくなってしまいましたね。差し出がましいようでしたら、どうぞお許しください。
[PR]