2008年12月26日、朝日新聞

「米CNNの世論調査で、オバマ次期米大統領の就任前の支持率が82%に達した。クイントン前大統領の1期目就任前の67%をも上回り、近年に例を見ない国民との『蜜月』関係だ。」

 世の中、暗いニュースばかりだが、この人のニュースだけが、明るく輝いてみえる。オバマさんは、去年、大統領選挙が始まる頃から、ずっと注目してきた。この人の言動は、いつ見ても、さわやか。人種を超えて、共感できる人。特に政治家で、これだけ共感を感じられた人は、今までに不和哲三さん以来初めてのこと。外国人では、宗教家ではダライラマみたいに、「魂のかがやき」が、この人には感じられる。
 オバマさん、1月20日に大統領就任と聞いているが、今から、オバマ大統領の活躍が楽しみである。でも、このくらい大変な時代にアメリカの大統領になるなんて、気の毒なくらいだ。世界経済の問題。中東和平の問題。いや世界平和の問題。彼にかかる期待は、アメリカだけではなく世界中すべての国から、期待が寄せられている。
 たった一人の、たった一国の大統領が、世界を変えられるのだろうか?でも、そんなふうに世界中の人が、彼を見て期待していることは、確かだろう。でも、これまでの歴史を見ると、たった一人の人間が、世界の歴史を変えていることも、また、確かな事実。ちょうど、前大統領が、今の暗い世の中にしてしまったように、たった一人の、男が、また、世界に希望を与えてくれるかもしれない。
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 「東洋医学」を勉強すると、「未病治」という言葉にであう。この言葉は、「西洋医学」との立場の違いをよくあらわしている。語彙を細かく解説すると「未病」というのは、漢文の訓読でいうと「いまだ病にいたらず」どういうことかというと、「健康な人から見ると、とても健康体とはいえないが、かといって病気まではいっていない状態」のことをいう。言ってみれば、「半病人」みたいな人のこと、「ほっておけば、いつか必ず病気になるといった状態」のことである。したがって、「未病治」とは、訓読すると「未だ病にいたらずを治す」。「まだ病人とはいえない人を、病気にかからないうちに、はやめに治療しましょう」ってことになるかな。これは、「東洋医学」の得意とするところで、「西洋医学」と違い大きな特長となっている。
 ふつう私が知る限りでは、西洋医学というのは、診断といって病気が見つかって、病名がついて、そこから治療が始まる。逆にいえば、病名がつかないと、治療が始まらない。そのために、やたらと高い機械にお金を払って、検査もする。そういったイメージがある。でも世間には、病名がつかなくたって調子の悪い人はいくらでもいるわけで、検査の結果にでなくたって、おかしいことはたくさんある。いくら医者が相手にしてくれなくたって、自分のことは自分が一番分かっている。そこにいくと東洋医学の一つである鍼灸マッサージは、どのような患者さんも対応できる。どのような症状も、見落とさない。見ること、聞くこと、触った感覚。すべてが、治療と検査につながる。また、治療が進むに従って、いろいろ病気が見つかることがあり、こちらから、病院に行くことを勧めることもある。そんな感じで、体は、悪いところがあると、痛みや、しびれ、その他いろんな症状を訴え、私たちに教えてくれるのである。本当に人間の体はすごい。
 西洋医学の中にも予防医学というものがある。インフルエンザの予防接種などもこれにあたるかもしれない。だけどちょっと違うのは、みんな同じではないということ。同じワクチンや薬を使って、まだ病気にかかっていない大量の人間にあてる。そんなことは、東洋医学ではしない。人はみんな同じではない。一人一人に対応するのが、東洋医学のもう一つの特長かもしれない。そういう点に、私を惹きつける何かがある。
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 わたしが、まだ、専門学校に行っている1年生のときの話である。校外学習の一環として、国体にボランティアにいった。事後のレポートに、うっかり、患者さんのことを「お客さん」と書いてしまった。そしたら担任の先生が、赤ペンで、「普通、サービス業では、お客さんという言葉を使いますが、私たちの業界では、患者さんという言葉を使っています」と書いてくれた。だだそれだけのひとことであったが、先生が、その時いいたかったのは、とても深い意味があったと思う。それがきっかけで、今日までずーっと、お客さんではなく、患者さんという言葉を使っている。
 私たちの職業である「鍼灸マッサージ」は、三つの国家資格を持っているので、「三療師」といわれることがある。三つの内訳は、「はり師」「きゅう師」「あん摩マッサージ指圧師」である。いずれも、「医師」「看護師」のように国家資格を必要とする職業で、「医療」に携わる大切な仕事である。なぜ大切なのか?これは、私見ではあるが、「師」と就く職業には、人の命にかかわるような、または、命に匹敵するような、大切なことをあずかるという場合が多い。
 今から思うと、私の担任は、大切な医療に携わる人間を育てているという自覚から、私たちにも、同様に、そのような自覚を持ってほしかったんだろうと思う。
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 2008年12月13日の朝日新聞be-reportにこんな記事が載っていた。以下にその記事を抜粋して、引用することにする。「疲れた体をもみほぐしてくれるマッサージの店が次々とできている。『クイックマッサージ』や『リフレクスソロジー』を掲げる店に加えて、『健康保険がきいて安くなる』とアピールするところも増えてきた。癒しブームに乗って膨らむマッサージ業界。ところが、本格的にマッサージを学んで国家資格を取った人たちが追いつめられている。(内藤尚志、塩原賢)」
 「整骨院で保険がきくのは、治療にあたる柔道整復師に医療費(健康保険)の請求が認められているからだ。ただし対象は、骨折、脱臼、ねんざ、打撲、肉離れの五つのケガの治療のみ。単なる肩こりや腰痛のマッサージで保険がきいたなら、ケガの治療と偽って保険請求された可能性が高い。社会問題化している『整骨院の不正請求』だ。」
 「『整体』や『カイロ』はべつもので、国家資格ではない。『クイックマッサージ』『リフレクソロジー』は、国家資格ではなく、開業者数は不明、『タイ式』『足裏』など、さまざまな種類があるが、いずれも法律の定義はない。人体に害を及ぼす恐れがあると見なされれば『無免許マッサージ』として警察の取り締まりの対象になる」
 「法律によると、医師以外でマッサージを商売にできるのは、あん摩マッサージ指圧師だけだ。」ということである。ところで皆さんは、このようなこと知っていましたか?
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 私は、治療院という言葉のひびきが好きです。治療院というのは、よく昔から目にしたり耳にしたりする言葉です。ですから、あまりその意味を深く考えないでいました。でもよく考えると、この三字は、実に重い言葉です。特に、「治」は、「なおす」とよみます。もちろん、病気やけがなどによる症状を「なおす」という意味です。改めてそんなふうに考えると、治療者としては、できるだけ避けたい言葉です。いえ、そもそも治療者という言葉自体が、おこがましくて、そうそう使える言葉ではありません。
 開業したての頃、患者さんのことで、師匠に相談に乗ってもらったことがあります。その時に、はじめて治療院の意味を、師匠から聞かせてもらいました。師匠曰く、自分の手に負えない患者さんなら、はじめからお断りしなさい。もし、どうしてもお断りできないようなら、お金を頂いてはいけません。治療院という看板をあげている以上、治せないようなら、お金を頂く資格はありません。
 エーそんな、と最初は思いましたが、確かにその通りです。私も転職をしてまでこの仕事を選んだのは、単なる「もみ屋さん」になるために、この仕事を選んだ訳ではありません。「師匠のようになりたい」これが、動機でした。それを今更、荷が重いからといって逃げるわけにはいかないのです。
 私が、鍼灸マッサージの学校に行っている頃、専門学校の先生が、臨床実習の時に言っていました。「鍼灸マッサージ師は、肩こりが治せるようになれば一人前だ」と。確かにその通りです。本当にこれが、現実的に高いハードルなのです。いくら国家資格がある鍼灸マッサージ師とはいっても、単なる肩こりが治せない人はこの業界にもたくさんいます。また、症状の重い肩こりは、どんな鍼灸マッサージ師でも、そうそう治せるものではありません。ひとくちに「肩こり」といっても、筋肉疲労、ストレス、内臓疾患によるものまで原因は様々です。
 ですから、治療院の治は、本当に重い治なのです。それ以来、八倉治療院では、初診の時に患者さんからよく話を聞かせてもらっています。そして、これは自分の手に負えないと分かった時点で、丁重にお断りしています。具体的にいいますと、腰痛でみえた患者さんでも、話をよく伺うと、加齢により骨の変形から、脊柱管狭窄症などにより、神経が圧迫され、症状が引き起こされる場合があります。この場合、骨に問題がある時には、いくら私が治療しても治せません。また、糖尿病が、かなり進行していて、神経の痛みを訴える方は、やはり、治療者がいくら頑張っても治せません。
 ただ、唯一、私が、拡大解釈しているのは、糖尿病ではあっても、そのことで、腰痛や肩こりを引き起こされている患者さんは、世の中には、大変多くいます。また、そういう患者さん程、マッサージを必要とされている場合が多いように思います。治せるか治せないかといえば、治せないのは、当たり前なのですが、治療することで、痛みや筋肉の硬縮が改善していくことは確かです。ですから、患者さんの了解を得たうえで、治療をやらせて頂くことはあります。
 本当に、治療院であるがうえに真剣勝負です。時々「八倉マッサージ」とか、せめて「八倉鍼灸マッサージ院」とか、もっと軽いネーミングにしておけばよかったと思うことがありますが、やはりこれが、今の私の目標として支えていてくれる原動力になっていることは確かです。また、そのことで師匠と同じ道を歩ませてもらっているとう誇りが、今の私を支えているといった方が、ぴったりかもしれません。
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 八倉治療院の自慢できる点といえば、院長の腕を除けば、オーディオセットくらい。もともとこの世界は、ハリとモグサがあれば、他には何もいらない世界。唯一の設備投資といえば、患者さんに、ヒーリングミュージックを聞いて頂くためのオーディオくらいしかない。体だけではなく、魂の治療をやろうとすれば、これは、なくてはならない必需品。
 その日は、私の一番のお気に入り「ガイヤシンフォニー2」これは、新患の方には必ず聴いて頂いている曲。よりによって、その曲を、「やめてください」といわれてしまった。開院以来初めての要請に戸惑う私。何がいけなかったのだろうか?ボリューム、曲想、考えてしまった。聞きたかったが、その後、患者さんは、口を閉ざしたまま、無言だった。
 患者さんの中には、静寂を好まれる人もいる。そういう時は、こちらから話しかけることはしない。そんな時に、音楽は治療者と患者さまとのいいパイプ役にもなる。とはいえ治療は、あくまで患者さまのためのもの。治療者は、患者さんに治って頂くためのお手伝い役にすぎない。「患者さん第一主義」をめざす私にすれば、音楽なしの静寂にとことんお付き合いするしかない。
 それにしても寂しかった。ヒーリングミュージックは、私自身のためにも、かけさせてもらっているんだということが、その日、はじめてわかった。
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 開業する時に、師匠に「名前はどうする?」って聞かれて、すごく考えた。ネーミングってすごく大切なもの。できたら、カッコいい名前にしたい。そうでなくても、古めかしい世界。いろいろ考えてみたが、最後に、治療院ってついたら、どうしたって新しい感じにはならない。そうかといって、カタカナで始まる名前は、軽すぎて好きになれない。やっぱり漢字がいい!「八倉鍼灸マッサージ治療院」これでは長過ぎる。
 「八倉治療院」漢字五字。シンプル イズ ベスト。やっぱりこれだ。これで決まり!これではまるで最初から考えていないのと同じかもしれない。でもこの名前は、師匠のスタイルと同じ、名字だけが変わっただけ。これでいい。それに、「八倉」って名前は、どこにもある名前ではない。それだけで個性的。「八」は、私の一番好きな数字。ブログの89日記は、「ハリ、キュウ日記」のこと。将来、立派な「はり師」になることをめざしている私にとって、最もふさわしい名前だった。
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