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emoticon-0136-giggle.gif 2013年最後に伊太和里の湯に行ってきました
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2013年、の最後を締めくくる温泉に行ってきました。ぼくがよくいくのは、島田市にある伊太和里の湯。山に囲まれたこの温泉が大好きです。そんなこんなで、今年もよく行きました。だから、今年最後を締めくくろうとしたら、この温泉に行くことしか考えられませんでした。

ところがちょっと、ビックリしましたね。まるで超満員御礼だったのです。駐車場はいっぱい。これは、相当混んでいるなって覚悟を決めました。こんなのって、ぼくが知る限りで初めてです。まるで、温泉につかっているというより、みんなで芋を洗っている状態になっているではないですか?

「今日は12月31日、大晦日ですよ。みなさん忙しいんじゃないですか?こんなところに来て、のんびりしていいんですか?」と、こころの中で思ったのは、ぼくだけでした。やっぱりみなさん考えることは同じなんですね。大晦日だって、「温泉に行きたい!」っていうのはみんな同じなんですよ。

でもみなさん、憩いや安らぎを求めてやってきているので、人の多さは、気にしなければ、べつにどうということはありません。充分に、温泉を堪能できました。ぼくは、この温泉につかっている時は、ある境地に達することができるんです。それはどんな境地と言えば「忘我(ぼうが)」です。そう我を忘れるんです。困っている時でも、どんなに辛い時でも、我を忘れて自然と一体になれるんです。

2013年も、本当にいろんなことがありました。楽しいことも、辛いことも、でも終わってみれば、みんないい思い出です。こうして、喜怒哀楽を味わえるのも、みんな生きているから感じることであって、そうして味わえるって言うことは、何て素晴らしいことだろうと思うのです。そういえば、こういうタイトルの映画がありましたね。「ビューティフル、オブ、ライフ」どんなに辛くったって、人生は素晴らしいんです。
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和気あいあい伊太和里の湯トランポウオーク教室

 今日もトランポウオーク教室でいい汗を流してきました。梅雨の最中ですから湿度が高く、ものすごい汗の量でした。暑い時にこうして汗を流せるというのも気持ちがいいものです。ところで今日は、思いもかけず、ご褒美があって、練習が終わると、教室の真ん中に大きな和ができたのです。何かとてもいい雰囲気でした。トランポウオーキングの指導者の一人、寺田先生が、この梅雨の蒸し暑さを乗り切れるようにと、自分でこしらえてきた杏のジャムをごちそうしてくれました。ビンにはいった杏ジャムをみんなで少しずつクラッカーにのせて、口にほうばりました。杏の甘酸っぱい味が、口の中にいっぱい広がって、とてもさわやかな気持ちになりました。そしたら今度は、トランポウオーキング教室の仲間の一人の小沢さんが、手づくりのポテトチップスを「みんなで食べましょう」ってごちそうしてくれたのです。そして、いつもの太田さんが、いつも通りおいしいチョコレートをみんなに配ってごちそうしてくれました。

 何かいつも思うのですが、このクラスっていつも居心地が抜群なんです。さわやかな汗をかいて、笑顔があって、笑いがある。そして、和気あいあいとしたこの空気。「今週もきてよかったなあ。またこの次もこよう」って思えるトランポ教室です。この空気って、そうそう簡単にできるものではありません。こういう雰囲気になってきたというのは、おそらく指導者の寺田先生や北川先生の、温かい思いやりと、暑い情熱があればこそ、実現できたものだと思います。でもそれだけではないのです。生徒の中にも、いつもみんなのことを考えていてくれていて、みんなで楽しくやりたいという思いの人がいっぱいいるのでしょう。だから今日も自然と教室の真ん中に大きな和ができたのです。そう考えると、何かとてもありがたい気持ちがわいてきました。やっぱりこの教室、楽しいです。和気あいあいの伊太和里の湯トランポウオーク教室です。
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☆今日は伊太和里の湯に「トランポウオーク」に行ってきました。そのあと2ヶ月ぶりに伊太和里の湯に入りました。これも治療再開のための健康チェックの一つです。
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emoticon-0128-hi.gif 一本の指先の感覚がもどる

 「一本の指先の感覚」というのは、大袈裟ですが、治療家の命です。この感覚があるのとないのでは、治療の効果が全く違います。わたしも昔はよく、マッサージに通っていました。ところが、満足できる治療をやってもらえる治療院というのはそんなに多くはありませんでした。何か、ちょっと違うのです。近いところまで行くのですが、やはりはずれているのです。ツボにぴたっとくると、治療家が、本当にたいして力を出していなくても、患者さんは、びっくりするくらい、すごい衝撃が体中に走るものです。ですから患者さんのからだは、自然に思いっきり反応してしまうのです。それが「ひびき」なのです。これをわたしは、「一本の指先の感覚」と表現させてもらっています。これがないと治療にはなりません。だからこの感覚は、治療家の命なのです。それがようやくもどってきました。そして、それと同時に、パワーももどってきた感じがするのです。多分わたしは、師匠の「OK」がでればいつでも、治療が再開できると思います。もし、欲を言えばあとは体力です。多分、3ヶ月前のわたしを知っている人なら誰も、「やせたね」と、口を揃えていいます。体重もだいたい63キロですから、3キロは確実減っています。だから、本当にやせた感じがするのだと思います。それから、3ヶ月以上治療からはなれていますと、「体力」にやや不安があることは確かです。多分もし始めたとしても、いきなり一日3人の患者さんを診るのは大変かもしれません。

 今日は、自分で自分にもう一つのテストを行いました。それは、「トランポウオーク」のあと「伊太和里の湯」の温泉に入ってみることにしたのです。実は、2ヶ月くらい前にも試してみたのですが、そのときはダメでした。温泉がわるいというのではなくて、わたしのからだがまだ、温泉の成分に対して、受け入れられる準備ができていなかったのです。わたしは残念でした。わたしは、本当に根っからの「伊太和里の湯」の大ファンです。温泉に浸かりながら、のんびり「八倉山」を見るのが大好きです。それに、この温泉ができる前から、「田代の郷」を知っていましたから、何よりもこの地を愛していました。だから、この温泉に入れない自分は、母親に捨てられた子供のようなものなのです。だから、今日は、運動をやったあと、温泉の成分に自分のからだが負けないかどうかを試してみたのです。今のところ前回のようなかゆみはでいていません。どうも大丈夫なようです。このブログを読んでくれている患者さんの期待を裏切ることはあまりしたくないので、控えめにいいますが、もうそろそろ、治療ができる日が近づいてきているようです。

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☆伊太和里の湯「満天の湯」の入り口にはられた案内表示
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emoticon-0128-hi.gif 禍い転じて福となった伊太和里の湯

 私たちの住んでいる島田市には、田代の郷温泉「伊太和里の湯」があります。この案内表示って、よく見ると「内湯が、田代温泉。露天風呂が川根温泉」つまり、「伊太和里の湯」は、両方の温泉が楽しめるということではありませんか!公共の温泉でそういう温泉ってあるのでしょうか?実はこれには深い訳があるのです。田代の郷温泉「伊太和里の湯」は、去年の4月1日にオープンしました。ところが、1年間もたたないうちに田代の郷温泉の出る量が急激に減ってしまったのです。一時期は、お湯の水質検査ということで、湯量の豊富な島田市のもう一つの温泉、川根温泉から、トラックで運ばれる温泉でまかなわれていたのです。やはり、湯量が減ったということは、隠せない事実でした。私たち「伊太和里の湯」ファンとしましては、大変心配していたんです。もしこのまま、「伊太和里の湯」が、枯渇してしまったらどうしよう。それでは「幻の温泉」になってしまうではないか。そんなことまで考えてしまいました。

 ところがどうでしょう。田代の郷温泉「伊太和里の湯」が復活したのです。それどころか、急場をしのいでくれた川根温泉は、そのままの形で継続していきます。ということは、この案内表示の通り「伊太和里の湯」は、ここにくれば同時に、川根温泉も楽しめる豪華な温泉となったのです。これこそ、何かのたとえのように「禍い転じて福となす」ではありませんか。では少し、二つの異なる温泉の泉質についてお話します。どちらも前に私のブログで紹介しましたように塩化ナトリウムの温泉です。だから、どちらもなめてみると塩っぱい感じがします。しかし、塩分が多いのは、川根温泉の方です。そのために、特徴としましては、よく暖まります。特に川根温泉はもともとの温度が高いため加熱する必要がない温泉です。そのために、体を暖めたい高齢の方には、大変好評な温泉です。ところが一つ欠点がありまして、塩分の濃度が体内の濃度より高いために、長く温泉に入っていると体内の体液が、出てしまいます。ですから、湯渡りが多く、救急車の出動要請が増えてしまうということがあるそうです。ですから、熱めのお風呂が大好きという方は、少し用心して、水分の補給をするなり、長時間の入浴は控えめにする必要があります。

 私は個人的には、どちらかというと田代の郷温泉「伊太和里の湯」が大好きです。その名の通り、この温泉は、川根温泉にくらべると温度が低いので、少し加熱する必要がありますが。少しぬるっとした肌触りが何とも言えません。そのせいか、何ともやさしい感じがして、とても、癒されるような気がします。それに塩分の濃度は、川根温泉にくらべると体内の濃度より低いですから、長く入浴していると、温泉のミネラルが、体内に吸収されていくのです。そこが、「伊太和里の湯」のすごいところです。ですから、川根温泉が、男性的な感じを受けるのに対して、田代の郷温泉「伊太和里の湯」は、泉質と共にやわらかな女性的な感じのする温泉なのです。その両方が楽しめる「伊太和里の湯」は、何とも「ゴージャスな温泉」という表現がピッタリの最高の温泉なのです。しかし、毎日のように何トンもあるトラックで近隣の川根温泉から、運んでくるのですから、維持する経費は、大変なものでしょう。とてもこれを民間の温泉施設では、採算が合いませんから出来ることではないのですが、そこは、島田市の経営ということで、公共事業ですから実現できるのです。私はこんなことまで書いてしまっていいのか、わかりませんが、事実は、どうも否定できないようです。でもいいではないですか?今に時代は、誰にとっても「癒し」が必要です。そこまで思いやってこの「伊太和里の湯」を経営してくださるとしたら、それはそれで素晴らしいことです。だからみなさん、この「伊太和里の湯」をこれからも末永く楽しみましょう。私は、毎週欠かさず、ヒラリーさんと二人でこの「伊太和里の湯」でリフレッシュさせてもらっています。何ともありがたいことです。あなたもいかがですか?
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☆伊太和里の湯「一周年祭」のチラシ
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伊太和里の湯「一周年祭」おめでとうございます

 早いものです。島田市に田代の郷温泉伊太和里の湯ができて、今日でまる1年が経ちました。私たちが待ちに待った、島田市では2つ目の温泉の開湯でした。ちょうど、去年の今日は、大勢の人がいっぱい訪れて、大変な行列ができたそうです。そういう情報をすぐにキャッチしましたので、人ごみの嫌いな私たちは、オープンの初日は、1日だけ見合せることにしました。そんな1年前を昨日のように思い出します。

 それにしてもあれから1年。本当によくこの温泉を利用させてもらいました。近くにこの温泉ができてから、あれほどよく行っていた「川根温泉」も、藤枝市にある「瀬戸の谷温泉」も全く行っていません。私も妻も、「伊太和里の湯」が大好きで、他のところに行く必要がななくなってしまったのです。ふるさとの山。八倉山を取り巻く自然の素晴らしさ。街からそんなに遠く離れていないのに、街の喧騒からのがれた全くの静寂さ。この温泉に浸かりながら、こころと身体がどんなに癒されたかわかりません。

 まだ「一周年祭」を迎えたばかりとはいえ、多くの人の意見を取り入れながらの運営は大変だったでしょう。これからも地元の人ばかりでなく、いろんな街からの多くのお客さんも訪れることになると思います。それでもこの温泉が、いつまでも自然環境の美しさや、伊太和里(いたわり)のこころを持って、やさしく癒してくれるような温泉であり続けてくれることを祈っています。「伊太和里の湯」の大好きなファンの一人として、こころからお祝いを申し上げたいと思います。
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 「皆さんの中でアルコールを召し上がるのが好きな方は、いらっしゃいますか?」「ハーイ!」と思わず正直に手をあげてしまった。私は、島田市にある伊太和里の湯トランポウオーク教室に週に1回通っている。そこの教室の指導員T先生が、ストレッチ体操をやりながら、こんな話をしてくれた。「今日は、平成のアル中についてお話ししますね」「平成のアル中」って何だろう?「アル中」といえば、「アルコール中毒」だろう。誰もがそんなイメージを頭に描いた。ところがT先生の言われる「平成のアル中」は何か意味がありそうである。

emoticon-0128-hi.gif「平成」という時代は…………

 「昭和」といえば、経済の時代。日本は、高度経済成長の時代をむかえ、働けば、みんなお金を稼げた。お金があればみんな幸せになれた時代である。ところが、そんな時代はいつまでも続かなかった。「昭和」が終わる頃、経済の時代は終わった。「平成」にはいると、たて続けに「不景気」の時代が訪れた。アメリカ経済の崩壊は、世界各国に大打撃を与えた。中でも「サブプライムローン」の問題や「リーマン証券会社」の倒産は、「世界恐慌」とも言える経済危機をもたらしてしまった。今までは「お金さえあればしあわせだった」のが、経済社会の崩壊と共に、その価値は終わってしまった。世界中の誰もが、「お金の価値は、当てにならないものだ」ということを痛感したからである。
 政治の世界でも最近は、「コンクリートから人へ」と言うようになってきた。つまり、本当のしあわせって何だろう?と考えた時、それはお金では買えないもの。いくらお金があったって、「健康」でなければ、何もしあわせではない。そのような考え方が、自然発生的に生まれてきたのである。「平成」という時代は、「物から人へ」「経済社会から医療・福祉社会へ」変化して、そして、「健康」の大切さを考える時代になってきたのである。

emoticon-0167-beer.gif「アルコール中毒」から「アルク中毒」emoticon-0170-ninja.gifへ…………

 「アル中」はどうも「アルク中毒」であるらしい。最近は、「メタボリックシンドローム」という言葉や、「メタボ対策」という言葉が、社会現象を起こしている。いろんな場所で、「メタボ」という言葉が、中年男女から聞かれるようになってきた。そのために病院では、「歩くこと」を勧めている。確かに運動不足の大人には、歩くことは、どのくらい美容と健康にいいかしれない。なぜなら、人は、少しはやめの「ウオーキング」を20分やれば、身体中の血管の中にある全部の「糖(とう)」を代謝できるからである。もし、歩く人が、普通の身体かやや細身の方なら、食べ物に気をつけさえすれば、その体型を維持できる。もし、体重が気になる人は、もう少しがんばって30分から40分くらい歩けば、身体の体脂肪を燃焼し、「ダイエット」が出来るのである。「歩くこと」は、大切な習慣である。もしこの習慣化が実現して「もう毎日歩かないでいられない」「歩くことが中毒」になってしまえばしめたものである。それこそ「アル中」のおかげで「健康」が維持できるという素晴らしい恩恵を得られるのである。こういう「アル中」なら素晴らしいではないか。

emoticon-0136-giggle.gif「中年」は「若者」とは違う……………

 「若い」時は、いくら食べても「肥らなかった」のに、どうして最近は、ちょっと食べただけでこんなに肥ってしまうのか?これは、「中年」とよばれるようになった「大人」の誰もが抱える「悩み」のひとつである。それは、若者と中年では、「代謝」能力が違ってしまっているのである。ホント、お腹回りに脂肪がついてなかなかとれないのが「中年体型」。世の中の中年男女は、「メタボ」という言葉に敏感に反応するようになってしまった。何もこれは、「美容」だけの問題ではない。「メタボ」は、ひとつの「警告」なのである。昔は、「成人病」と言われていたが、今は「生活習慣病」といわれている。身体に余分な脂肪を蓄えておくとあまりいいことがおこらない。「糖尿病」「脳梗塞」「心筋梗塞」次々に恐ろしい生命に関わる「病気」の危険性が高まってくる。だから、「中年」にとっては、「歩くこと」「ウオーキング」は、「美容」と「健康」に、欠かせないキーワードになったのである。

emoticon-0157-sun.gifだから、「皆さん、平成のアル中をめざしましょう!」というのが、「トランポウオーク」の指導員T先生のお話だった。「平成のアル中」なかなかいいではありませんか。これからは、近場は、歩いていくことにしよう。「トランポウオーク」も回数を増やして、本当に「アル中」を目指してみたら面白いかもしれない。
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☆ここが伊太和里の湯の玄関です
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 今日は、「トランポウオーク教室」のあと伊太和里の湯に入ってきました。夏も何回か行ったのですが、山の中ですから、アブが入浴中に襲ってくるなど、ちょっと落ち着いてくつろぐことができませんでした。もちろん今は、アブもいません。季節はすっかり秋です。伊太和里の湯でむかえる「秋」が来ました。とはいっても、まだ9月ですから、紅葉が観れるわけではありません。ところが、吹き渡る風が違います。温泉に浸かりながら、ひんやりとした風を感じるというのは、とてもいいものです。日本人は、やっぱり「四季」に関して、とても敏感な感覚を持っていると思います。それはそうと考えてみれば、日本人は、ばどんなところでも、「季節」を感じ取れるセンサーのようなものを持っているのかもしれません。今日は、一番私の感性をくすぐったのは、風でした。秋を感じさせる風は、どこか、「凛(りん)」としていて好きです。伊太和里の湯もこれから、秋を迎え、きっと一番素敵な季節になっていくのではないでしょうか?どのような顔を見せてくれるのか、楽しみです。そういえば今日は、いつもより訪れるお客さんの人数が多かったような気がします。夏中はあんなに空いていたサウナ風呂も、久しぶりに、ぎゅうぎゅう詰めでした。今日は、平日だし、曜日も水曜日ですから、きっと空いていることだろうと、当て込んできた私たちですから、意外でしたが、こうして皆さんが、よろこんでここを訪れてくれるのなら、少しは、我慢できるというものです。今日は、久しぶりに多量の汗を流して、とても気持がよかったです。これなら今夜は、ぐっすりと眠れそうな気がします。
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☆私が指導を受けているトランポウオーク教室の練習風景。
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☆トランポウオークの後、バランスボールを使ってストレッチ体操を行っている。
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 島田市では、この夏、頻繁にトランポウオークの教室が、あちらこちらで開かれるようになった。誰もが楽しめて、健康を維持できる運動。これが生涯スポーツの条件である。そういう意味では、このトランポウオークは、これからも健康づくりに取り入れていきたい運動のひとつといえる。私が一番に、このトランポウオークを始めた動悸は、姿勢の矯正に役立つのではないかと考えたからである。一口に姿勢を正しくというが、これは、そんなにたやすいことではない。一時的なら誰でも姿勢を正すことはできるが、いつも正しい姿勢を維持することは、とても困難なことである。考えようによっては、「ダイエット」と同じくらいに難しいことかもしれない。というのは、一時的な問題ではないから楽な方に流されてしまうからである。継続してはじめて意味があること。それが、わかっていながらなかなかできない。

 少し人間の身体を解剖学的に見ていくことにする。人体を支える背骨のことを「脊柱」という。この脊柱は、1本の骨ではなく、24個の椎骨という骨で構成されている。パートでいえば、首の部分は、頸椎という7個の骨。胸の部分は、胸椎という12個の骨。そして、腰の部分は、腰椎という5個の骨ということで、全部で24個の椎骨で構成される。そのために、屈曲、伸展、回旋、といった運動が可能になるのである。また、正しい姿勢ということでいえば、それらの椎骨は、まっすぐであってはいけない。前に反ることを前湾(ぜんわん)といい、後ろにそることを後湾(こうわん)という。今借りに、まっすぐ立った人間の身体を、真横から見るとする。そうすると、正しい脊柱は、頸椎は前湾、胸椎は後湾、腰椎は前湾していなければならない。だから、正しい姿勢は、ゆるやかなS字のカーブを描いているといわれるのである。

 ところが、よく腰が曲がった高齢者の身体を見ると、身体がくの字に曲がっており、正確なS字形は、原形をとどめていない。多くは、腰椎は逆の後湾といって腰部が、完全に変形してしまっている。また、若い人でもよく見かけるのが、腰椎の後湾まではいかないが、真っすぐになってしまっており、前湾が見られないために、腰のそりがない。たとえは悪いが、へっぴり腰のような感じの人が、よく見られる。また、私などは、職業柄、人の姿勢を観察するのが、習慣になっているので、左右差をよく見つける。人の身体を正面や背後から見たとき、右上がりか、左上がりかをすぐに見つけてしまう。それによって、肩はどちらが凝っているのか、また、腰はどちらを痛めているのかを見分ける目安にしている。ということは、ただ単に骨の構成の問題ではなく、筋肉の拘縮や疼痛などの厄介な問題が、そこにあることがわかる。もし、姿勢の矯正に、筋肉や神経による疾病や損傷の問題がある以上、いつまでも姿勢を正しく矯正することはできない。だからこの場合は、私たちのような鍼灸マッサージ師による治療を受けながら同時進行でトランポウオークを行うことをお勧めする。

 それにしても、私自身トランポウオークを始めるようになって、姿勢がよくなっていることは事実である。ミニトランポリンの上で歩くということは、バランスがとても大切になってくる。もし試しに重心やバランスを意識しないで勝手に歩こうとでもするなら、たちまち、直径90センチにも満たないミニトランポリンからはじき出されてしまうことになるだろう。そこがこのトランポウオークの面白さであり、同時にすごさである。ただ、リズムに乗って歩くだけではなく、重心やバランスを意識して歩くから姿勢が矯正されてくるのである。人は、静止している時には、正しい姿勢をとることは容易い。ところがそれが、動いている時には、なかなか上手くゆかないものである。だからこそ、指導者の指示で、ミニトランポリンの上で、腕や手をあげたり、足を前後させたり、難しい動きを要求されて、あえてバランスを崩しやすいような動きを取り入れることで、更にバランス感覚が身に付く。そこに、みんなで楽しみながらやるトランポリン教室の真価がある。

 特に私が通っているトランポウオークの教室は、指導されている先生が素晴らしい。有酸素運動のトランポウオークの前と後ろに静止運動であるストレッチ体操を充分に取り入れてくれている。そのために姿勢の矯正に大切な、筋肉の「柔軟さ」を考えてくれているので、更に効果が高められている。トランポウオークは、それだけで充分に姿勢の矯正に役立つ運動であることは、いうまでもない。しかし、ストレッチ体操を組み入れることで、更に完璧な姿勢の矯正を実現することができる。これは、健常者にとっては、更なる健康の増進に繋がる。しかし、それだけではなく、やり方次第では、腰痛や膝痛。椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症、変形性関節炎などの疾患を抱えた人にも、再生に向けて、充分な治療効果を高める運動である。トランポウオークは、そういう素晴らしい可能性を秘めた運動であると私は見ている。
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☆島田市田代の郷温泉「伊太和里の湯」の看板石
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 4月に島田市田代の郷温泉伊太和里の湯がオープンしてから、もう3ヶ月が過ぎた。島田市民だけではなく地域の多くの人々の期待を背負って「みんなが待った公営温泉」だった。4月1日のオープンの日から詰めかける多くの温泉客で連日賑わっていたが、ようやく最近は、落ち着きを見せ始めている。相変わらず、山の中の美しい緑に囲まれた、この温泉の人気は高い。木をふんだんに使った落ち着きのある施設。温泉に浸かりながら、同時に森林浴を楽しめる「伊太和里の湯」。島田市近郊にこんなに素晴らしい温泉施設ができたことを市民の一人としておおいに喜んでいる。公営「みんなの伊太和里の湯」をこころから歓迎したい心境である。ところが、私のように、そう手放しで喜んでいる人ばかりではないようである。残念ながら、時には湯につかりながら、不満の声を聞くこともある。その多くが「お湯がぬるい、もっと熱くしてくれ」という苦情とも要望ともつかぬものである。私にしてみれば、温泉にいった時、たまに耳にする「不満」である。ところが、温泉スタッフにしてみれば、毎日のように聞く「要望」に、心中を察するに、多少うんざりされているのではないかと思う。少し同情の意味もこめてこのようなブログを書く気になった。

 人はどうしても比較することが好きなようである。「伊太和里の湯」が「ぬるい」と言うが、どの程度ぬるいのか、私なりの観察をしてみた。地域のトップを切ってできた公営温泉川根温泉「ふれあいの泉」は、湯量が多く、もっとも噴き出す温泉の温度が高い。多少の誤差はあるが、42〜3度くらいであろう。そして、藤枝市にある公営瀬戸谷温泉「ゆらく」は、何時も決まって41度に設定されている。そして「伊太和里の湯」の平均は、39.8〜41度。要望に応じてか、温度差に毎回差があるように思う。ということは、平均2度から3度くらいの温度差で、人は、「ぬるい」または「熱い」を判断を下しているようである。これが気温であれば、2、3度の差などさしたる問題ではないが、これが、水温となるとそうはいかないらしい。ところでこの温度差を巡って「不満」を感じておられる方は、決まって温度が低すぎると言われている方、つまり「ぬるい」とおっしゃる方が、圧倒的である。「ぬるめ」が好きな方は、満足しており「苦情」を言わないが、正直あまり温度を高くされるのは、「不満」を感じておられるようである。人には、それぞれ「好み」の温度というものがあり、確かに「ぬるい」「熱い」の評価は、内心それぞれがしていることは確かである。ところが、実際は、「もっと熱くしてくれ」という要望は声になるが、「熱いからもっとぬるくしてくれ」は、なかなか声にならない。その背景を考えてみた。

 「温度がぬるいから、もっと熱くしてくれ」という声の大半は、お年を召された高齢者に多い。ところが、「伊太和里の湯」を適温とする支持層は、若い人や子供に多いということである。だから、圧倒的に、「ぬるい」の声が強いわけである。それには理由があった。じつは医学的に人の体をみた時に、皮膚には、「温覚」という神経の受容器がある。それは、若い人達に比べると、お年を召された方の「温覚」の受容器は、数が少なくなっているのである。だから、高齢者は、温度を感じにくくなっているというのが、正しい理由である。人は、年齢を重ねていくと感覚神経自体に衰えを感じてくる。耳が遠くなったり、視力が衰えてくるのをいやというほど自覚するときがある。それと同様に皮膚の中に備わっている感覚受容器の数も年齢に応じて減少していくのである。それも自然の摂理である。というのは、「温覚」だけではなく「痛覚」の受容器も減少している。人は年齢を重ねるごとに肩や腰や膝などに疼痛が生じてくる。お年寄りは、この痛みとの闘い悩まされることになるが、その際少しでも痛覚が、減少するということは、痛みに耐えるという点では、幸いしている。これと同じように、「温覚」の現象は、もしかしたらお年を召してから体を冷やさないようにという神様の優しい配慮が、そこに働いてのことかもしれないのである。とにかく、「ぬるい」「熱い」にはそういう感覚神経の受容器の数の減少という理由があることは間違いがない。

 ところで、温泉には「体を温めて血液循環をよくする」という大きな働きがあることは、ほとんどの方が、よくご存知のことである。では、「ぬるいお湯」と「熱いお湯」を比較した時にどちらが、その効力を発揮するであろうか。考えてみて欲しい。その答えは、意外や「ぬるい」お湯である。なぜなら、人は、温度を高くすると長く入っていることができないが、ぬるめのお湯には長い時間浸かっていることができる。だから、結果的には、「ぬるめのお湯」に浸かるということは、体を温め血液循環をよくする。という健康上の目的にかなっているということが言える。そういえば、「熱い」といわれる「川根温泉」の方では、年間、「湯渡り」といって脱水症状を起こし転倒される方が大変に多い。多い理由は、やはり温度が熱すぎるといえる。また、正確に調べたわけではないので断定するわけにはいかないが、私の推測では、「湯渡り」を起こされた方で、一番多いのは「アルコールを飲んでいた方」次には、「高血圧の方」、それから「高齢者の方」の順である。多分調べてもらってもリスクの点から、そんなに違ってはいないと思う。現代社会は、それでなくても高脂肪、高血糖、高血圧といって脳梗塞や脳溢血。心筋梗塞などの生活習慣病が社会問題となっている。そういうリスクを考えても、いくらかぬるめのお湯につかって少しでも長く体を温めるということが、どれほど「健康増進」にいいかを考えるべきである。それにしても、幸い、まだ「伊太和里の湯」では、「湯渡り」で救急車に運ばれたという事実は、聞いたことがない。やはり、体に優しいのは「伊太和里の湯」なのである。「不満」のある方は、進言する前に、少しその点を考えて頂けたらいいと思う。

 最後に、「伊太和里の湯」の運営に携わっているスタッフの皆さんに、本当に毎日、多くの人の要望を取り入れて、よりよい温泉づくりに取り組まれていることに感謝したい。毎日、「伊太和里の湯」を運営されるにあたり、人には言えない様々なご苦労があることだろう。その中で、「これからも利用者の要望は、大切に取り入れていく」という姿勢は失わないで欲しい。しかし、一方では、「これだけは譲れない」という一貫した姿勢も大切である。とかく流されやすい世の中の風潮にあって、「これだけは」という運営上の「ポリシー」もまた大切だと思う。もし利用者の不平や苦言から毎日、温度設定をくらくら変えるようでは、結局、誰からも指示されないことになる。「『伊太和里の湯』は、健康上の理由から、この温度に設定しています」というものを、はやく確立されることを要望したい。それが、これからの「伊太和里の湯」をさらに発展していくための大切な試金石となるはずである。温泉は、日頃の現実やストレスからひとときでも逃れ、心身をリフレッシュするというかけがいのない場である。そして、より多くの利用者の「健康増進」という大きな目的が、そこには存在する。そう考えると、公共の立場に立った時に自ずとこれからの「伊太和里の湯」のあるべき方向性が、見えてくるような気がするのである。また、ここを利用する者も、お互いに気持のいい場にするために、今こそ一人一人が、「伊太和里(いたわり)」のこころを持つことが大切である。


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 島田市の伊太和里の湯で行われているトランポウオークの教室も早いものでもう3ヶ月も過ぎようとしている。教室が始まった4月当初は、生徒数も私たちを含めて6人だったのが、今ではもう20人の定員の枠も軽くいっぱいになってしまった。毎週火曜日になると、お年寄りから若い女性まで、伊太の緑に囲まれた素晴らしい自然環境の中で、元気にさわやかな汗をかいている。以前にもこの「トランポウオーク」について紹介させてもらったが、今回は、鍼灸マッサージ師としての視点から、この「トランポウオークの効果」についてレポートさせていただこうかと思っている。

 4月の教室が開講された時、導入として指導員の北川先生は、ご自分のひざの手術痕を見せてくれた。それは、私にとってとても強い印象的として記憶に残った。先生は、ひざを痛めて、内外側側副靭帯を手術されたようである。そして、それをかばうようにしていたら、今度は反対側の半月板を痛めてしまい結局両足を手術されることになってしまったらしい。その時出会ったのが、このトランポリンウオーク。リハビリのつもりでやっていたトランポウオークが、見事に先生の膝と身体を再生してくれた。そのトランポウオークの効果を、実体験された先生は、「これだ!」ということで、トランポウオークの指導者として島田市にトランポウオーク教室を始められる決意をされたらしい。

 それは、鍼灸マッサージ師として大変興味のあるお話であった。第一、スポーツをやっていた方が、膝を痛めるということは、致命的な打撃である。それを機会に、スポーツの世界から身を引いてしまうというのが、ほとんどおきまりのコース。それを、また、新たに出会ったスポーツで見事に再生し、カムバックするなんて、本当に素晴らしい話である。とにかく膝という場所は、人のカラダの体重のほとんどがかかる場所、それを支えるだけでもいっぱいいっぱいである。なのに、それをスポーツで再生できるということは、スポーツや医療の世界に携わる人間にとってまさに奇跡に近いことであるからだ。私は、指導者の北川先生とその「トランポウオーク」に、医療という少しマニアックな世界で興味を感じた。

 私たちと、このミニトランポリンとの出会いは、妻のヒラリーさんの直感によるものである。とにかく女性という生き物は、直感に優れている。「私このミニトランポリンが欲しい」のひとことで、この「トランポウオーク教室」が始まる前に、もうわが家には、ミニトランポリンが購入されていた。ヒラリーは、教室が始まる前から、もう既に「トランポウオーク教室」なるものを頭に描いていたらしい。ところが、私は実は、「トランポウオーク」を始めた当初は、すごい勘違いをしていた。トランポリンといえば、あの飛び跳ねてピョンピョンする。トランポリン体操を想像していた。だから、家でもピョンピョン飛び跳ねて遊んでいたのだ。ところが、この「トランポウオーク教室」が始まると、先生から「頭は、上下に揺れないイチニ、イチニ」なんて、かけ声が聞こえてくる。トランポリンといったらピョンピョン跳ねるものだとばかり、思っていた私はそこで大きな思い違いを知ることになる。

 そう「トラッポウオーク」というのは、ミニトランポリンの上を歩いているのだが、ほとんど上下移動をしない。だから先生達の言うように頭は、ほとんど上下の動きはない。指導される北川先生も寺田先生もトランポウオーク中は、まったく頭のラインは上下しないで何時も一定の高さにとどまっている。それは本当に見事である。ということは、ミニトランポリンの働きは、カラダを押し上げることではなくて、カラダの体重を吸収することに働いているらしい。だから、足の筋力は使っても、膝の半月板には、負担がかからない。カラダの体重を支えている半月板にとってこんなにやさしい運動はないわけである。だから、北川先生は、膝を痛めることなく、リハビリのために膝の筋力を鍛え、膝を痛めることなく再生できたわけである。

 これは、スポーツの世界では、とてもまれなケースといっていい。私は、更年期を過ぎたお年の高齢者の方には、たとえジョギング程度でも「走る」ことを勧めない。スポーツは、カラダの機能を向上させるが、一方では、カラダの故障やケガを生み出す原因にもなる。いわば「諸刃の嶮」である。ましてや、陸上競技の経験がない人が、高齢になって走った場合は、100%間違いなく足、腰、膝のいずれかに故障を生じる。だから、「歩く」のはいいが、「走る」ことは、絶対にやめて欲しい。ところが、安全であると思われている「ウオーキング」も実は、多くのカラダの故障につながっていることが多い。「歩き方」というのも「走り方」と同様に難しい。健康のために「ウオーキング」を始められた方でも「歩き方」が悪かったり、シューズ選びが悪いためにいろんな故障が起きているのが実情である。

 ところが、この「トランポウオーク」には、マイナスの要素が見当たらない。体重の衝撃の70〜80%の衝撃をミニトランポリンが吸収してくれるから、半月板の故障はない。それに、「トランポウオーク」の基本は、あくまでも姿勢を正しく。まっすぐに、体重移動も上下に「イチニ、イチニ」とやっていくわけだから、ひねったりして靭帯を痛めることがない。もしこの「トランポウオーク」で姿勢が、悪かったり、正しく重心の上下運動が行われていない場合は、前か後ろ、右か左につんのめってミニトランポリンから、はじき出されてしまうことになる。だから、姿勢もよくなるし、カラダが、自然に正しい重心移動を覚えさせてくれることになる。

 私は、「トランポリン教室」が始まって2回目、ピョンピョン跳ねながら歩いているのを見つかって、指導員の寺田先生から、「かかと、かかと」と体重が、足のそこに均等にかかるように注意してもらい、初めて頭が上下に動かない「トランポウオーク」を身に付けることができた。それ以来、20分の「ウオーキング」は、筋力をしっかり使う有酸素運動となり、汗をびっしょりかく。とてもいい運動になった。安全で、心肺機能や筋力を高めてくれる運動、それがこの「トランポウオーク」である。本当に、この「トランポウオーク」は、底が深い。「トランポウオークの効果」は、とても簡単に言い表せるものではない。また機会があれば、次回は、「トランポウオークの効果」の第2弾として「姿勢の矯正」についいて述べてみたい。


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