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2007年6月1日の開業した八倉治療院も、早いもので,今年で10周年を迎えることができました。ひとくちに10年と言いましても、結構長いもので、区切りの10周年を迎えられるまでには,いろんなことを経験させてもらいました。

人の身体や生命の尊さ、治療の取り組み、人の身体の見方、病気や症状に対する考え方。そして,患者さんに対して接する態度。こうしたひとつひとつのことが、日々の勉強でした。どの道も同じかと思いますが、これで、いいということはありません。

やっとの思いで体得した治療方法や,治療技術も、その上がある限り,あっという間の通過点に早変わりしてしまいます。通過の過程は,どんなことでも無駄にはなりませんが、どんどん代わって進歩していく治療方法には、自分でもおどろく時があります。

10年前のわたしは、手技が専門で、中でも指圧は、一生をかけて極めていくものだとばかり思っていました。ところが最近では、それをやめたわけではないのですが、そこに「はり」が加わって、わたしの「鍼灸マッサージ」から始まった治療になくてはならないものになりました。

もしこれから先、10年があるとしたら,わたしの治療は,この先どのように変っていくかわかりません。もしかしたら「八倉指圧鍼灸治療院」に名称から変更もあり得るかもしれません。いえ「「指圧鍼灸」という言葉さえも必要がなくなって、また「八倉治療院」にもどるのかもしれません。

大切なことはいつも普遍的です。名称はともあれ、これから何年先があろうとも「患者さん自信が、病気や症状の治療を通して、何かに気づかれ。自然治癒力や免疫力を高めることで病気を克服していくお手伝いをさせていただく」このコンセプトだけは普遍的なものです。

おかげさまで10周年を迎えることができた八倉治療院です。これから先も一生懸命に皆様と一緒に病気や症状の改善を目指し、お手伝いさせてもらっていくつもりです。これからも変らぬご指導をどうぞ宜しくお願い申し上げます。





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「頭痛薬を飲んでいるうちは頭痛は治らない。痛み止めを飲んでいるうちは神経痛は治らない」

あの、このタイトルは、長いですが、本当はさらに長く続くタイトルなのです。多分、何ページでも続けようと思えば、続けられます。試しに、もう少し続けてみましょうか?

痛み止めを飲んでいるうちは、生理痛は治らない。

降圧剤を飲んでいるうちは、高血圧は治らない。

便秘薬を飲んでいるうちは、便秘は治らない。

胃痛の薬を飲んでいるうちは、胃痛は治らない。

睡眠導入剤を飲んでいるうちは、不眠は治らない。

抗うつ薬を飲んでいるうちは、うつ病は治らない。

精神安定剤を飲んでいるうちは、精神不安定は治らない。

花粉症の薬を飲んでいるうちは、花粉症は治らない。

ステロイドを使っているうちは、アトピーは治らない。


ざっとこんな感じで、きりがないほど、このタイトルは、続けようと思えば、続いていくのです。皆さんはどうでしょうか?この中のタイトルで、なるほどなあって思えるものっていくつかありませんか?そういえば、確かに、薬を飲むこと。使用することで、一時的には、治るけど。また、一定の期間が過ぎると、同じことを繰り返している病気って、確かにあるものです。

でも、また、繰り返すようでは、それは、「治った」と言えるのでしょうか?「治まった」「抑え込んだ」と「治った」とは、ニュアンスがだいぶ変わってきます。最悪「誤魔化した」という言葉が、ありますが。「頭痛薬を飲んでいるうちは、頭痛は治らない」という、「不変の事実」は、ずっと言葉を変え、永遠に続けられているに過ぎないのです。

これは一体どういうことなのでしょうか?そこには、もう一つの「不変の事実」が隠されているのです。それは、「薬では、身体を治すことはできない」ということです。「クスリ」というものは、字の通り、人の体の状態を「楽」にすることはできますが、「治す」ことはできないものなのです。確かに、苦しい時には、一時的には、苦しみから解放はしてくれますが、やはり一時しのぎであることは、いうまでもありません。

ところが、鍼灸治療では、「一体これまでの苦しみはなんだったんだろう?」と思うくらい、継続的に苦痛な状態から解放されることが可能な時があります。頭痛、生理痛、高血圧、便秘、胃痛、不眠症、うつ病、精神不安定、花粉症、アトピーなどの病気や症状など、とても西洋医学的には治りにくい病気でも、鍼灸治療では、比較的簡単に「治る」場合が多いのです。

でも、ここでも語弊があってはなりませんから、正確に言わせてもらいます。別に鍼灸治療が、このような病気や症状を直接に治しているわけではありませ。もし鍼灸治療が、これらの病気や症状を治せるのなら、頭痛も生理痛も高血圧も便秘症も全ての人を鍼灸治療で治すことができるはずです。でもそこに、「治る人」と「治らない人」がいるのはどうしてなのでしょうか?

つまり、病気や症状を治しているのは、私たち自身の身体なのです。私たちの身体にもともと備わっている免疫力(=自然治癒力)というものがあります。その力が、症状を改善し、病気を治しているのです。

ですから、もう一度正確に言い直すことにします。私たちの身体の症状や病気を治しているのは、もともと私たちの身体に備わっている免疫力(=自然治癒力)であり、鍼灸治療は、その免疫力(=自然治癒力)を引き出す為のお手伝いをしているのに他ならないのです。

とても細かな結論を引き出すために、長く紙面を費やしてしまいました。最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。これだけの結論を引き出すために、わたしは、何年間も費やしてきました。わたしが、鍼灸師として、治療院を始めた頃、毎月のように師匠に報告させてもらった時期がありました。

「今月は、40人の患者さんを治療して治すことができました」そう言うと、師匠は、「ええ、誰が治したんですか?」と意地悪く問い返されたことが何回もありました。でも今回の私のブログを読まれた方なら、私がいかに「稚拙」な報告をしていたかがよくわかるはずです。
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患者さんの身体は、治療者のスキルを見極めている

わたしはこれまでの臨床の経験から、患者さんの身体が、治療に必要ないろんな情報を見せてくれていることはわかっていました。姿勢、歩き方、表情など、観察すればするほど、いろんな、問診ではわからなかった症状が見えてきます。もちろん治療自体が、患者さんの身体との対話のような気がします。患者さんの身体が発する声は、治療には極めて大切なものです。

ところで、わたしは、まだ治療とはどういうものかわからなかった頃。師匠に「こういうことで困っている患者さんがいるのですが、どうしたら治すことができるのでしょうか?」と尋ねたところ。「誰が治すのですか?」とよく聞き返されたものでした。「病気や症状を治すのは、患者さん自身の身体、更にいうなら、患者さんが持っている免疫力なのです。私たち治療者は、患者さんの免疫力を引き出すお手伝いをさせてもらっているだけに過ぎないのですよ」こんなふうにご指導を頂いてきました。

それからよく師匠が、こんなことをいわれたのも印象深く覚えています。「わたしたちが患者さんの身体を治していると思ったら大間違いなんです。患者さんの身体が、わたしたちに治させているのですよ」って仰るのです。この言葉は、治療者であるわたしには、とても大きな疑問を投げかけました。師匠の考えは、通常のわたしたちの考え方と全く正反対なのです。

ところが、長く治療という臨床経験をされた方には、不思議だなあと思うことがよくあります。実はわたしもつい最近、脊柱管狭窄症で、手術された患者さんなのですが、様々な症状を教えていただきました。わたしは、患者さんがいわれる通り痛みを感じられているところを治療していくと、やはり、痛みの箇所にはそれだけの筋肉の拘縮が見られました。もし仰っていただけなかったら、今までのわたしなら見逃していた痛みでした。

わたしには、何年も前に言われた「患者さんの身体が治療者に治させている」という師匠の言葉を思い出しました。やはり、わたしたちの身体は神が創造された小宇宙であり、完璧なものなのです。

それからわたしは、他の患者さんにもそういう痛みがないか治療中に試したところ、他の患者さんにも同じような筋肉の痛みが拘縮をともなってあることがわかりました。長年通っていただいている患者さんが、一様に、腰や臀部のある部分に痛みを訴えはじめたのです。これは、長年治療させていただいてきたわたしには、とても不思議な出来事でした。

これはどういうことかといえば、わたしが、治療者としてスキルがあがったことの証明でもあるのです。ようやく、わたしが、腰痛や神経痛が治療できることが、患者さんの身体が見抜いてくれたのです。そう考えると、何かいままで、疑問を持っていた師匠のお言葉も何か、頷けるような気がしてきたのです。わたしは、微力ながら、これからは、今まで助けてあげられなかった患者さんをもっと助けてあげられると思えるようになりました。
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「痛みを知る人ほど、人を癒せる力がある」

この間、借りてきたビデオ映画、確か「メカニック」だったと思いますが、こんな台詞があったんです。「痛みを知る人ほど、人を癒せる力がある」ってね。何だか、映画のストーリーとは、ほとんど全く関係はなかったんですが、その言葉の重みに、ジーンときてしまったんです。

あのほとんどの方はご存じないと思うのですが、とても素晴らしい治療をされる治療家には、こういう場合が多いのです。わたしの師匠でさえ、何度か死ぬほどのつらい体験をされたことがあるそうです。師匠が、そう仰るのですから、それは余程つらい体験だったと推測されます。そういうわたしも、死ぬほどのまでの体験とは、いえませんが、何度も病院に入院させてもらったり、窮地に追い込まれ、師匠に助けられた経験があります。

こうしてわたしが、師匠に出会うことができて、今このような道に進ませてもらっているのも、やはり、わたしも「痛みを知る人」の仲間であるといえるでしょう。またそれは、過去のことではなくて、今現在も痛みを知る人なのです。だからこそ、痛みで苦しんでいる人を見ると、「なんとかして楽にさせてああげたい」と言うモチベーションが生まれてくるものなのかもしれません。

また、もし治療家が、全くの健康体で、病歴がなかったとすると、これは、大変な考えものだといえないでしょうか?病気のつらさ、症状からの痛み。そういった体験がなかったとすると、人のつらさや苦しみがわかりません。だから、やっぱり、わたしはこの言葉には、尚更深い意味があるように思えてならないのです。

実は、痛みもつらさも苦しみも。人間がこの世に生まれてくる上で、とても大切なお勉強なのではないかっていう気がしませんか?実は、それを知ることは、すごい勉強なんだって、思われるときがあるのです。身体のどこかが痛む時には、何らかの理由や意味が存在します。それらに気づかされる時、そしてそれを克服した時には確かに人の「成長」が伴ってくるのです。

それから、もうひとつ誰でも人を癒せる力があるわけではありません。人は、徳を積んだり、霊性を高めることで、霊格が上がります。ポケモンでいうCPとか、XPとかいうやつと同じで、治療の世界でも、低いレベルの人が、高いレベルの人を「癒せる力」は、持ちえないのです。すぐにパワー不足になります。

何か、誰もが簡単に聞き流してしまう言葉ですが、わたしの耳には、すごく印象深い言葉として残ってしまいました。「痛みを知る人ほど、人を癒せる力がある」って、やはり本当だって思います。
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膝痛の大半の原因は大腿神経痛、鍼なら、さほど痛くなく治療が可能です

腰痛で悩んだり苦しまれている方は、多いと思います。しかし痛みが膝痛になると、結構、重症であることは間違いがありません。腰痛くらいなら若い人でもほとんど誰もが経験があります。でも膝痛になると、仮に高齢者の方でも、そんなに経験されている人ばかりではありません。

膝痛は、もとをただせば腰痛から始まっていますが、腰痛が、慢性化したり重症化することで、神経痛が生じるのです。神経痛といえば、「座骨神経痛」が、有名ですが、もうひとつ「大腿神経痛」というものがあります。単独で、座骨神経痛にならられる方もいますが、大腿神経痛ともなれば、座骨神経痛も一緒に伴っているのが普通です。そういうことからいっても、大腿神経痛の方が、重症度は高いと言えます。

じゃあ、大腿神経痛とは、どういうものか、その特徴を簡単にお話しします。大腿神経痛とは脚の付け根、特に鼠径部から、太腿の内側から膝の内側にかけて、痛みをともなう神経痛です。特に、膝を曲げたり、伸ばしたりという運動が苦手になります。ですから、洋式トイレなどは大丈夫なのですが、和式のしゃがんだりするトイレは、大変つらい、姿勢を強いられることになるので、時には拷問のようなつらさを感じることがあります。

それから、大腰筋の筋肉が停止する鼠径部や脚の付け根の部分が、痛みます。ですから、身体を横向きに寝かせ、下の脚の付け根の部分を指圧してあげると、思わず、叫び声をあげたくなるくらい、激痛が走ります。

また、大腿神経痛の患者さんを仰向けにして寝てもらうと、人によっては、両脚が閉じられない人も見られますが、これも大腿神経痛に間違いありません。これは、インナーマッスルと言われている大腰筋の拘縮が見られるため、伸ばすことが、難しくなるために、両脚をしっかり閉じることができないからです。

大腿神経痛は、もとは首こりや腰痛から始まっているので、左足の膝から痛みが始まります。膝痛の始まりは、ほとんどの場合左足からです。でも更に、膝痛が、慢性化したり重症化してくると、今度は、右膝も痛みはじめ、両側化してくるのです。もしあなたが、右膝が痛い人であるならば、この場合に該当していますから、重症の大腿神経であると言えますから、両方の膝を治療しなければなりません。

最後にもうひとつ、これは、仮に治療家であっても、ご存知な方は少ないので、簡単には、見つけらえませんが、膝が痛む方は、同時に肘も痛んでいます。もし仮に左の膝が痛む人は、右肘内側が痛んでいます。また、右膝、もしくは両方の膝が痛んでいる方は、左肘と右肘の両方が痛んでいることになるのです。これが人間の身体の大変に、面白いところで、人の身体というのは、全部がひとつながりでできているという証でもあるのです。

これから先は、患者さんというよりは治療者向けのお話しになりますが、興味がある方は、どうぞご覧になってください。鍼治療は、いくら膝痛で来院された患者さんでも、全く、痛む膝を何も触らなくても治療が可能なのです。

わたしのやっている八倉治療院では、開院した当時から大腿神経痛の治療に取り組んでまいりましたが、ほとんど指圧を用いて、痛む膝を治療していました。もちろん、痛んでいる筋肉や、治療部位を外さなければこれでも、治療は可能です。必ず治るとはいえませんが、良くなるお約束はできたのですが、治療にあたって、痛みが大きく、どんな患者さんでもお奨めできるものではなかったのです。

ところが、治療に鍼を使用することによって、治療時間をあっと驚くほど短縮し、治療に伴い痛みも、圧倒的に減らすことができるようになったのです。これで、治療する側のわたし自身が、膝痛並びに大腿神経痛に対する考え方が、全く変りました。でも中には、極まれに、「膝痛って治るんですか?」ていわれる患者さんもいらっしゃいます。

その時には、いくらか自信を込めて、「大丈夫、きっと治りますよ」ってお答えさせてもらっています。でもこれはあくまで、痛みの原因が、運動器系の、関節や筋肉や神経の問題であった場合に限ります。膝痛でも、これが、腎臓や生殖器系の問題であった場合も考えられます。そうなった時には、それらの専門医のお世話にならなければダメなときもありますが、骨に異状が見られない場合の運動器系の問題からくる膝痛であるならば、ほとんど、私どものような鍼灸治療を行なっている治療院で治療が可能です。

でも、膝痛は、その運動器系の病気や症状ではありますが、重症であることには代わりはありません。鍼灸師であっても誰でも治療が可能であるわけではありません。また、症状も初期であれば、早く治りますが、重症化したものであれば、治療期間もそれなりに長くなることだけは、覚悟してください。もし現在、膝痛でお困りの方、治療を諦めたくなる気持ちはよくわかりますが、簡単に人工関節などの手術は考えないでください。まずは、治療できる鍼灸師がいる信頼できる治療院を探してみてください。それが、後から後悔しないための大切な第一歩です。
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手首、足首、腰首、全部身体は、首がネックです

いくら患者さんが、足首が痛いといって見えても、足首ばかり治療しても、ちっとも良くは治りません。足首が痛いといったら、手首、足首、腰首といって、首と名のつくところ全部が痛んでいるからです。ですから、足首に捕われないで、首から、腰から足首まで、全部ていねいに治療していかなければならないのです。

「急がば回れ」っていうことわざがありますが、治療の世界も全く同じなんです。患者さんは、部分的に痛いところしかわかりませんから、足首が痛いといえば、足首だけが、痛んで悪いのだとしかわかりません。でも大抵は、首から、腰から、腕や足まで全部痛んでいることが普通なのです。

じゃあどうして、「足首だけが痛むの?」ということになりますが、それは、人の身体の仕組みがよくわかっていないからなのです。「痛み」というのは、そもそも、その方に気づいて欲しいから起こる現象なのです。ただ、痛みには性格があって、一番痛むところ、一番つらいところしか、教えてくれません。つまり、わたしたちの身体というのは、痛みは、意図的に優先順位を付けているのです。

わたしは、これは神様の「ご慈悲」だって思っています。全部痛いと感じだしたら、もう辛くて辛くて、何もする気が起きなくなってしまいます。だから、一番痛いところ、その人が、最優先に(治療して)助けて欲しいところだけを、「痛み」として教えてくれるのです。つまり、痛みの2番手や3番手は、一時的に影を潜めて隠してしまうわけなんです。

ですから、治療者が治療をしていくと、どんどん痛む箇所が変っていきます。また、治療中も、「あれ、わたしは、こんなところも痛かったのかな?」って、改めて自分の症状に気づくことが多いのです。

でも首というのは「ネック」という言葉が意味するように、すごく大切な治療部位であるとも言えます。わたしは、「ぎっくり腰」で見えられた患者さんにも、横向きに寝かせておいて、ほとんど腰は、治療しません。鍼だって、数本打つだけで、ほとんど刺しません。じゃあどこを重点的に治療するかといえば、やはり「首」なんです。何十本と鍼を打っていきますが、そのほとんどが首か肩なのです。

だから、もしかしたら、患者さんから見たら、「あれ、わたしは、ぎっくり腰でここに来たのに、どうしてこの先生は、腰に打たないで、首肩ばかり、鍼を刺しているのかなあ?」って不思議に思うかもしれません。でもそれで正解なのです。

「腰首」の痛みは、「首」と繋がっています。ですから、わたしが、「首」を治療していても、実はそれは腰を治療していることでもあるのです。つまり人間の身体というものは、全部がひと繋がりでできているからなのです。特に「首」は、「ネック=問題」です。この部位は人間の身体の中で、最も大切な治療部位でもあるのです。逆に言えば、ここをしっかり押さえて治療することで、いろんな部位の痛みや症状を治していくことができるのです。

わたしの知る限りでは。頭痛、偏頭痛、めまい、ふらつき、耳鳴り、難聴、眼精疲労、視力の低下、顎関節症、顔面神経痛、噛み合わせの問題、など多くの症状が、改善されると言うことを経験させてもらいました。やっぱり、首はネック=問題だったのです。ですから、今でも首の治療は、最重点部位となり、最もていねいに治療します。

多分患者さんの多くも気づかれていると思います。首が硬いなあ。首がつらい。首が上手く回らなくなった。そういうことが自覚できるうちに治療院への受診をお願いします。何でもそうですが、治療は早いうちにこしたことはありません。

何よりも、患者さん自身が、苦しまないですみます。そうして、身体が楽になった後に考えて欲しいことがあるのです。「どうして、わたしは、こんなにつらい状態になってしまったのかな?」って。それに気づくことが、病気を治療するうえで最も大切なことなのです。
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温泉療法は、免疫力を高める鍼灸治療によく似ている

温泉好きにはたまらない季節がやってきました。わたしも温泉が大好きで一年中温泉に出かけていきます。多分、一週間に2回くらいは必ず出かけますね。ところで、温泉って、どうしてあんなに人気があるんでしょうね?わたしの近くにある、川根温泉とか、田代の郷温泉(伊太和里の湯)なんかは、毎日、すごい人で賑わっています。

これは、もうずっと昔の話しなんですが、一度だけ、治療が終わって師匠が、わたしを温泉に連れて行ってくれたことがあるんです。湯船につかりながら、「どうして温泉てこんなに気持ちがよくって人気があるかわかりますか?」っていって、教えてくださったんです。

わたしも、同じ気持ちだったので、すごく師匠のお話に興味を持ちました。「温泉はね、どこの温泉でもそうなんですが、マイナスイオンが豊富なんですよ。だから、すごく身体をリフレッシュすることができるんです。気持ちがいいなって誰もが感じられるのは、そういう理由からなんですよ」なるほどなあって、すごく納得してしまいました。

それにしても、昨日お話しさせてもらいました「陰陽五行」から見ても温泉というのは、立派な地のエネルギーなんですね。地のエネルギーは、「五行」のエネルギーから見ると。火のエネルギー、土のエネルギー、水のエネルギー、そして、金(鉱物)のエネルギー。それから、温泉はほとんど、木が多く繁った自然環境の中にあることが多いのでグリンシャワーの木のエネルギーまで、陰陽五行の全部のエネルギーを取り込むことができるのです。

いくら温泉好きの人でも、そんな細かい理由なんて、知るはずもありませんね。ですが、わたしたちの身体は、しっかりそういうことを知っていて、無意識に、こころや身体を癒し、生命エネルギーを充電しているのです。自然って、もともとは神様がつくられたもの、だから、神様の慈愛がこういうことまで、隅々に行き渡っているのです。

よく昔から、「温泉療法」という言葉を聞きますが、効能がある温泉では、昔から、積極的に湯治が盛んに行なわれていました。これは、お湯で身体を温めて、代謝を良くしたり血液循環を良くすることで、自然治癒力を高めることができるのです。それでなくても、現代人は、ストレス社会に生き、劣悪な自然環境の中で生活していますから、免疫力は低下しており、病気になる人が多いのです。

そのために温泉は、まさに「いのちの洗濯」であったり、「現代のオアシス」といえるのではないでしょうか?でも皆さん、これって、わたしがいつも提案している鍼灸治療と同じです。やっぱり現代人の多くは、子供から大人やお年寄りまで、自分の力で免疫力を高めていくことが大切なのです。そこには、人間が作り出した科学や文明(機械)や薬の力は、そんなに必要はないのです。自然は、すべて、わたしたちに必要なものを備えてくれています。わたしたちの身体も同じなのです。

フランスのジャンジャック=ルソーは言っています。「自然に帰れ」って。もう一度、自然について考えたり。医療としての温泉療法や鍼灸治療も見直す時期に来ているのではないでしょうか?免疫力を高めることこそが、病気に負けない健康な身体を作ることになるのです。
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暦の一週間は、陰陽五行となにか関係があるの?

東洋哲学や東洋医学を勉強されていくと「陰陽五行」という言葉に出会います。普通は陰陽五行というのは、東洋医学では、宇宙のエネルギーということで理解されています。もし興味がある方は、わたしのブログの中に、「陰陽五行」というカテゴリがあります。もしよろしければ、他の記事もご覧になっていただけると、この記事がより一層理解できると思います。

さて暦の一週間というのは「日・月・火・水・木・金・土」の曜日のことです。

「日」は、太陽のことですから「陽」を示します。
「月」は、月のことですから、「陰」を示します。

この二つで「陰陽」のことを示しています。また、暦には、「太陽暦」と「太陰暦」があって、それぞれ、太陽を中心に地球や月の動きや満ち欠けなどが、暦のもとになっていることも知られています。

「火・水・木・金・土」の曜日は、それぞれ何のことかは説明は入りませんが、「五行(ごぎょう)という、宇宙のエネルギーを示しています。そして、また、地球以外の太陽系の惑星の名前でもあります。つまり、陰陽五行というのは、宇宙そのものであり、宇宙のエネルギーそのものだといっても過言ではありません。こうして、陰陽五行の一週間という時間を過ごさせてもらっているわたしたちは、実は、意識しているかどうかはわかりませんが、しっかり、陰陽五行の宇宙や世界観の中で生活させてもらっているのです。

皆さんは。「もし宇宙の中に太陽がなかったら?」って考えたことはありますか?もちろん、人間をはじめ、この世に存在するあらゆる生命は、生きていくことは不可能です。陰陽自体が、宇宙であり、生命であり、世界のすべてなのです。実は、五行も同じなのです。全部が自然界のエネルギーと考えてください。これらのエネルギーが、ひとつでも欠けてしまっても、世界は、破滅してしまって、人類の存続もあり得ないのです。

では、その陰陽五行がどのように医療に関わっているのでしょうか?東洋医学では、よく「氣」という言葉が使われます。「氣=気」というのは、「エネルギー」のことですが、「陰陽五行」は、すべて自然界のエネルギーということなのです。

鍼灸師であるわたしは、この中の「金・火・水」のエネルギーを積極的に治療に使わさせてもらっています。わたしの治療に欠かせないのが鍼ですがこれは金属のエネルギーによって、患者さんの患部のエネルギーを一瞬で変えてしまうほどの力があります。また、お灸ですが、材料のもぐさは、よもぎの葉なのですが、エネルギーとしては、火がとても重要なのです。

また、「水」ですが、治療に使われるものは、「ゼロ磁場水」が用いられます。これは、皆さんがご存知のパワースポットでよく、持ち帰えられるお水のようなものと考えてください。エネルギーというものは、転写する性質があります。パワースポットは、まさに陰と陽のエネルギーがぶつかり合い、一見、普通の穏やかな様子であありますが、そこ内在するエネルギーには、すごいパワーが秘められているので、治療に用いることが可能なのです。

いろいろお話しさせてもらいましたが、このエネルギーのお話は、一度お話しはじめさせてもらったら、なかなか簡単に終わるものではありません。また機会がありましたら、いつか小出しにお話しさせてもらおうと思っています。

ただ、「陰陽五行」というのは、わたしたちの生活に必要な暦や時間などを操り、また、東洋医学では、わたしたちの身体のエネルギーまでもコントロールする力をもったすごいものなんだということを知っていただけたら、今回のわたしの記事は、お役に立てていただけたのではと思っています。
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病気は、若い人ほどよく治る

治療に年齢は関係ないと思います。誰だって、健康で快適な生活を願っているし、できたら病気やつらい症状は避けたいものです。年齢に関係なく誰でも健康生活を営む平等な権利を持っているはずなのです。

でも治療する側の本音を申しますと、治療をはじめられるなら、なるべく若い方を歓迎したくなるものです。なぜなら、治る.良くなる。その速度が、全く違うからです。特に、症状が重いか軽いかは、あまり問題ではないのです。

問題は、身体に備わっている免疫力の高さの問題なのです。当たり前のことなのですが、年齢の若い方の方が、持ち前の免疫力は、高いはずです。わたしたちのような患者さんの免疫力を引き出すことで、症状の改善を図ったり、病気を治していく治療では、持ち前の免疫力の高さは、治療効果にすごい影響力を持っているのです。

治療者は、患者さんの治療をお引き受けする限りは、できることなら治って欲しいと願います。そういうことを願いながら、初診の患者さんを診させてもらうのです。もし仮に、これは、とても病気を治すお手伝いができないと思われるケースであれば、きちんと理由をお話しした上で、お断わりしなければなりません。それが、強いては患者さんを尊重することになると思うからです。

もし、できないことを、さもできるように希望を持たせてしまうようでしたら、治療者としての良心から背くことになるからです。治療者として「手を引くこと」を「リファー」と言いますが、もし自分がリファーすることで、抱え込まなかったら、もしかしたら、その患者さんは、また、新たに治療者に出会い治る可能性がうまれます。もしそれがなければ、また、新たにこの患者さんに、無益な失望感を与え無駄な時間をも費やさせてしまうことになるからです。

本当なら、治療に携わるものとしては、年齢が若く、症状もあまり重くない患者さんをより多く受けさせていただいて、どんどん治させていただくことが理想です。そうなれば、どんどん収益も高くなり、評判も上がり、治療院としての評判も上がるからです。

でも治療する側も人間ですから、「評判を聞いて伺いました。どうかわたしの病気を治してもらえませんか、どこに行っても良くならず、とてもからだがつらいのです」というようなことを聞けば、やはり心が揺れ動きます。また、それがお年寄りで、とてもつらそうな状態であればあるほど、なんとか楽にさせてあげられないものだろうか?と、ついに仏ごころのようなものが、出てしまうのです。

でも実際は、こういう患者さんは、はじめから苦戦はさせられることはじゅうぶんわかっているのです。わたしたちの治療の決めては、やはり、患者さんの持っておられる自然治癒力なのです。要するに、治しているのは患者さん自身の身体に備わっている免疫力に他ならないからです。

実は、本当のところを申しますと、それは西洋医学も、東洋医学も同じなのです。治しているのは医者でもなく治療者でもなく、患者さん自身に備わっている免疫力なのです。治療者はただ、それを上手くひきだすことができるかどうかに、手腕がかかっているのです。

医者も鍼灸師も本音を申しますと同じようなものです。免疫力がゼロに限りなく近づいているお年寄りも、潜在的にじゅうぶん備わっている可能性がある若い人達の方が好ましいに決まっているのです。でもそうも行かないのが、医療の世界です。いくら難しいだろうなって、わかっていても、例えわずかな治る可能性があるのであれば、お手伝いさせてもらいたいと思う気持ちがあることも確かなのです。

でもわたしたちのような治療は、一日にそう何人も診させてもらえるわけには行きません。だから、どうしても患者さんを制限することも必要になってきます。でもそれはあくまでも治療者の都合でしかありません。ですから、患者さんは、その点については考える必要は全くありません。

ただ、病気は、早いほど、また若い人ほど、早く良く治るということは、頭のどこかに入れておいて欲しいと思います。
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「幸せって『知足』っていうことじゃないかな?」

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「幸せって何だろう?」何だか禅問答しているみたいなタイトルになっちゃいましたけど、その答えは、龍安寺のつくばいにありました。「吾、唯、足るを、知るのみ」たった漢字4文字に、幸せとは何か?その答えが示されているなんて、一体誰が考えたことなんでしょう?わたしが大好きな「老子さま」という説もあるけど、そんなことはどうでもいいですね。

それにしても日本人のご先祖さまって、本当にすごいですね。こんなことを考えていて、さらっとさりげなく答えに導いてくれるんですもん。こんなふうにさらりと言える人なんてそんなにどこににもいるもんじゃないですよ。本当に押し付けがましくなくって、さらりと導いてくれる。まるで、わたしの師匠さんみたいな人だって、わたしは思いました。

ところで、「吾は、ただ、足るを知るのみ」ってどういう意味なの?というあなたに、もう少し、言葉を添えさせてもらうことにしますね。あなたのまわりに、お金持ちがいたら、その人のことを、こころの中に重い浮かべてみてください。お金持ちほど、「お金がない.お金がない」っていいませんか?

自分よりもよっぽどお金を持っているのに、どうしてこの人は、そんなことを言うのかなあって思うんですけど。こっちが聞かなくても口癖のように「お金がない」って言ってくるんです。それって、貧乏な私に対する当てつけかなって思う時もあるくらいなんですよ。でもね、よくよく聞いてみると、「私、もっとお金が欲しい」という気持ちの裏返しだったんですね。

お金のある人ほど、もっともっとお金が欲しくなるものなんですね。人間の欲って本当に、切りがなく限界がないんですね。お金のある人っていいなあって普通は思いがちなんですが、実際は、いくらお金持ちになったて、同じなんですよ。いくらお金持ちになったって、これでよし、って満足する気持ちがなかったら、やっぱりいつまでたっても、「お金が欲しい、もっともっと欲しい」になっちゃうんですね。逆に言えば、お金持ちほど、強欲なものはないんです。

こういったら、もう「知足」という意味がお分かりいただけたんじゃないんですか?でもこれは、わかりやすいように、お金で、例えさせてもらいましたけど。人間の欲望っていうのは、それ以外にもいっぱいあるものなんですね。

私もっと背が高くなりたい。もっとオッパイが大きくなりたいとか、もっと痩せてスマートになりたいって、誰もが思うでしょう?でもそれじゃあいつまでたっても満足ができないから、幸せにはなれないってことじゃないんですか?そういうことなんですよ。もしかしたら、あなたも、わたしと同じ強欲なところが、いくつか見つかりましたか?

そういえば、お釈迦様も同じことをいっていますよ。「人間はどうしたら苦しみから逃れることが出来るんですか?」ってお弟子さんが質問されたとき、「それは、欲望を捨て去ることですよ」って答えられたそうです。「人間には108つの欲望(煩悩)があって、その欲望を捨て去ることが出来たら、人は、本当の幸せを見つけ出すことが出来るんですよ」ってね。

つまり、人間は、今の自分に与えられたものに満足できたら、幸せになれるんですね。何でも神様に感謝して、ありのままの自分を受け入れられたら、幸せになれるんです。それが、つくばいの知足、「われ、ただ足るを知る」の意味だったんです。

つまり、「悟り」の意味が、このたった4字の漢字に込められていて、それをしかも美しいデザインにまとめたものが、龍安寺の「つくばい」だったんです。この画像を探す為にネットで調べてみたら、今は日本人より外国から見える外国人の観光客さんの方がずっと多いそうなんですね、時代も変わりました。

そういえば、わたしもむかし、師匠に「幸せって何ですか?」って質問したことがあったんです。そうしたら、師匠がなんて答えたかわかりますか?「それはね、自分には、雨や風から身を守ってくれる家があるっていうことですよ」って答えてくださったことを今でも昨日のように覚えています。

正直いってわたしの師匠の住んでいらっしゃるお家は、オセイジにも立派なお家とはいえないんです。やっぱり、わたしの師匠という人は、本当にすごい人なんだなあって、その時に、しみじみ思いました。
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