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029.gif 地獄ことばってなんですか?

わたしの大切な方から「地獄ことばってなんですか?」という質問をいただきました。わたしが師匠から教えていただいたのは「天国ことば」だけです。でも陰と陽の考え方からいけば、「天国ことば」があるなら、「地獄ことば」があっても不思議はありません。わたしも教わったわけではありませが、わたし自身が想像で考えた「地獄ことば」を今から、紹介してみようと思います。どうぞ、しばらくお付き合いください。

「地獄ことばとは何か」って考える前に、もう一度、天国ことばの8つを復習してみたいと思います。

・愛してます・付いている・嬉しい・楽しい
・感謝します・幸せ・ありがとう・許します


でしたね。この8つの天国ことばからは、神様のこころが感じ取ることができます。わかることは、神様って、すごく、愛に満ちた、やさしい人?なんだって思います。それから、すごく明るいというのも、もうひとつの大切な特徴です。

ということから、神様が存在するとしたら、きっと、師匠やみなさんがおっしゃるように「愛と光」の存在なんだと、わたしも思います。ですから神様は、わたしたち人間にも、そういうことが、人として最も大切な生き方なんだよって教えてくれていらっしゃるとわたしは思うのです。

誰にもやさしくて、光のように明るい人がいたとすれば、それは既に天国に召されてもおかしくない方なんだなあって思います。多分、わたしが思うに神様って、やさしさ寛容、そして明るさが大好きなのです。それが神様のこころそのものだからだと考えています。

だから、わたしたちは、いつでも天国ことばを使っていられるような、気持ちの持ち方、こころのあり方、が大切なのだと思います。さあ、これだけわかれば、「地獄ことば」も想像がつくのは簡単ではないでしょうか?

・憎い・苦しい・悲しい・つらい・心配・不安
・不幸・怒り・恨めしい・当たり前・許せない


こんなネガティブなことばが、次々に浮かんできます。実は神様もこういう暗いこころをあらわす言葉が、大嫌いなのです。それが地獄ことばなのです。どうでしょうか、少しは、わかっていただけたのではないでしょうか?あなたも、こころに闇をつくってはいませんか?つくられているとしたら、それは、もうこの世の地獄なのです。
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☆五臓六腑の働きを良くするスー肺、フー脾、とは何か?

・スー肺・フー脾・コー心
・チュイー腎・シー肝・シュイー三焦

「スー」と正しく発音すると、肺のあたりが響きます。つまり、波動が共鳴するのです。「コー」も同じです。「コー」と正しく声に出して発音すると、脾臓が波動で共鳴するのです。「三焦」とは聞き慣れない言葉ですが、内臓や器官の全体をいっています。したがって、このように人が実際、声を出して、これらの言葉を唱えると、自然に五臓六腑のすべての機能が元気になり、活発に働いてくれるのです。本当にすごいことですね。


☆「宇宙の無限の力が…」は、血液循環を良くするように働いてくれます

・宇宙の無限の力が、凝り凝って
・真(まこと)の 大和(だいわ)の み世(よ)が、 生(な)り成(な)った


この言葉を、わたしは、このように解釈しました。「宇宙の無限の力が、集まって固まって、真実の大きな調和のとれた、理想の平和な世界が、出来上がった」

実はこれこそ、神様が望んでいらっしゃる「天国」のような理想な平和な世界なのではないでしょうか?それを「大和のみ世(御代)」って、おっしゃられたのではないかなって思います。わたしはそのように解釈させてもらいました。

宇宙には無限の波動というパワーがあります。しかし、その波動には、「愛と調和」という意志と意識が存在しているのです。もしあなたもその波動に調和ができるなら、あなたも病気や不幸という苦しみから解放されることができるのだとわたしは思います。

宇宙の法則には、「真の大和の御代が生り成った」という現在完了形で、言い切ると、願いが成就するという法則があります。ですから、「生り成った」と言い切ることで、神様の願いが達成されるように、あなたもお願いしたことに成るのです。

不思議と、個人のささやかな願い出も、神様は、そういうお願いは聞いてはくれません。でも「世界が平和でありますように」とか「世界中の人々が幸せになりますように」と言う願いには、耳を傾けてくれるのです。こうした宇宙の波動に同調することで、あなたの運命も少しづつ好転してくるのではないでしょうか。

わたしの師匠は、俗にいう「チャネラー」です。何時も「世のため人のため、苦しんでいる人、困っている人を助けてあげよう」と考え実践されてきた方です。だから、師匠には、信じられないほどの「神通力」という神に通じるパワーがあるのです。

今21世紀の世の中は、宇宙規模での環境破壊があり、人々の暮らしも生命さえも危険な状態にさらされています。そういう中で、苦しんでいる人を、誰でも簡単に救ってあげられるようにって考えられた神様のメッセージが、この言霊を持った天国ことばには、込められているのです。まさに、わたしは「愛のメッセージ」なんだって思っています。

やるかやらないかは、あなたの自由です。でも実践されてみると、いつの間にか、あなたの内臓の働きや心が元気になって、血液循環まで良くなってしまう不思議な言霊の力を実感させられると思います。
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029.gif 言霊の不思議~内臓の働きや心が元気になって、血液循環まで良くなってしまう

言霊とは、言葉には魂があるということです。ですから、わたしは、日頃から、言葉には細心の注意をはらいます。愚痴や悪口やネガティブなことは、なるべく言葉として発することはしません。なぜなら、それをご自分の魂が四六時中、何時もあなたの発する言葉を聞いているからです。

最近もうひとつの理由を師匠から教えていただきました。人は「分け御霊(みたま)」と言って、この世に生まれてくる時に、神様の魂を分けていただいて生まれてくるのだそうです。ですから、わたしたち人間は、一人一人が、神様の分身であり、神様の子供なのです。

もし神様の立場に立って考えてみるとその理由はよくわかります。神の子である私達人間が、いくら孤独な存在とはいえ、お互いに悪口を言い合い、傷つくような言葉を発してほしくないのは当然だからなのです。

逆に師匠が、これが最も大切と言われた「天国ことば」は、まさに神様が、最も大切されている愛の言葉であり、こころなのです。わたしは、これらの8つの言葉は、人のこころや身体の健康と、生活の安定や改善までも実現してくれるほどの力があるものだと信じています。

時と場合にもよりますが、なるべくなら、肩幅くらいに足を開き立って「スー肺」などの言葉を声を発しながら、両方の中指・薬指・小指の3本の指で手刀を作って、鼠径靱帯(そけいじんたい)に、叩き込むような気持ちでリズムよく唱えながら打っていきます。魂に響くような気持ちでパワーを入れていただきたいのです。

でもおそらく人によっては、何でこんなことまでやらなければならないのかと思われる人もいるでしょう。そういう方のために、これらの言葉にどのような意味が込められているのか、ご説明させていただきますね。

ただしこれは、師匠に説明していただいたことをもとに、わたしが勝手に解釈させてもらったものです。大幅に違うことはありませんが、細かな解釈の点で、もしかしたら至らない点があるかもしれませんが、どうぞお許しください。(つづく)
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029.gif「本当の宗教とは、宇宙の法則を示す教えのことをいうんだよ」

師匠は、「治療の世界は、極めていけばいくほど、宗教的、あるいは哲学的なものになっていくものだよ」とおっしゃっています。でも普段の師匠は、もとは僧侶だったこともあって、けっこう宗教に対して批判的であったりもします。

ついこの間も、師匠の口からこんな言葉も聞かれました。「修行のために、座禅しろ座禅しろって、人の顔を見れば、そういう坊さんもいるけど。何を言っているのかね。今時、誰が、座って修行なんかしていられるかっていうんですか。そんなことより、その人が生きている日常の生活そのものが修行なんですね。修行の目的が、何んにもわかっていないから、そんなことが平気で人にいえるんですよ」

また、「第一、仏教だってキリスト教だって、宗教は、もともと人間がつくったものなんでしょう。お釈迦さんだって、キリストさんだって、みんな人間じゃないですか。人のいった言葉をむやみに信じろっていったって、意味ないよね。それより、あなたが神様を信じるんじゃなくて、あなた自身が神様から信じられる信頼される人になりなさい」こういわれた言葉を、わたしはずっと忘れることができませんでした。

それにしても、わたしが師匠にご指導をいただいてから、もう20年近くなるのですが。鍼や指圧などの治療の技術的なことで、あまり、指導を受けたことがありません。いつも決まって、わたしが、日常生活の中で、悩みや困ったことがおきた時に、ご指導していただく。そういうことの繰り返しだったような気がします。

特に、わたしはいろんな症状や病気をすることが絶え間なくて、治療院へ来られる患者さんの症状のほとんどを、自分の身体で体験していました。でも、そういう機会を通して師匠から、それらは、すべて、自分自身のこころのあり方、気持ちの持ち方に根本の原因があることを教えていただきました。「病気は気づきのためのメッセージ」であると、その都度何度も教えていただいたように記憶しています。

師匠から、これまでにいろんな宇宙の法則を教えていただきましたが、その中でも最初に教えていただいたのが、この言葉でした。「求めるものは得られず」現実生活の中で、何度もそういう経験をさせてもらいました。ただ残念なことに、何度体験しても体得できていません。ごく最近では、「刈り取り」という言葉を教えていただきました。つまり、「自分でまいた種は、自分で刈り取らなければならない」という宇宙の法則です。

こうして、具体的な例を挙げていくと、何かとても倫理的な感じもしないでもありませんが、師匠の教えは、決して狭い意味での道徳的なものではありません。むしろ根本は、お釈迦様の「慈悲」であったり、キリスト様がいうような「愛」の教えなんだって思います。よく師匠は、宇宙で最も大切な法則は、愛と調和なんだっていわれます。宇宙には全体的にそういうエネルギーが意志や意識となって流れているのだそうです。そういう波動エネルギーに同調できないと、気づきのために病気や不幸な現象が起こるのだそうです。

わたしは、最近、ようやくそういうことが、少しづつわかってくるようになってきました。だから、治療にとっても、一体何が必要なのか?やっぱり、これも師匠のスーパー語録ですね。「宗教のウかんむりは、宇宙のウです。その下に示すという字がきていますね。それは、宇宙の法則を示す教えということですよ」これは誰でもいえる言葉ではありません。
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029.gif 「世の中には当たり前なんていうことは何ひとつもありません」

久しぶりに会う師匠に、こんなことを言われました。そのひとことで、はっとしてしまいました。そうですね。わたしも、オシッコがでれば、でたで当たり前。ウンチがでればでたで当たり前。そんなふうに考えていました。そういう人間ですから、最近、薬による身体の変調で、大変なつらいめにあってしまったのです。

すごい便秘になってしまって、トイレに1時間以上入っていても、何もでません。途中まででかかるのですが、焦れば焦るほど、かえって事態は最悪な方向にむかいます。直腸から肛門付近でつまってしまって、額から脂汗がでるほど苦しい思いをしました。

いっそのこと、救急車でもよんでもらおうかと思うくらい、痛みと苦痛が重なります。やっとの思いで妻を呼んで、薬局に浣腸を買いにいってもらいました。苦しむこと1時間半。激闘の末。死ぬ思いで、なんとか無事に排便をすませることができました。あのとき、もしわたしが独り住まいの老人だったら、果たして無事だったかどうかわかりませんでした。

そういう経験の直後でしたから、師匠が、「オシッコがでたら、ださせていただいてありがとうございました。ウンチがでたら、ありがとうございました。って手を合わせて、感謝して当たり前なんですね」っていう言葉が、人ごとには思えませんでした。

それにしても、わたしを含めて、人間てなんて勝手ないんでしょうね?物事が思ったように進んでいかないとイライラしたりします。自分はよかれと思い。親切でやったことが裏目にでて、迷惑がられたりすると、すぐにカッとなって激怒したりします。実はそういうことの一つ一つが、わたしたちのストレスの原因なのです。

もし、師匠のいわれるように「世の中のことがすべて当たり前なんていうことは何ひとつないんだとわかっていたら」イライラすることもないし、すぐカッとなることもないし、クヨクヨ悩んだりすることもなくなるのです。

そういえば、わたしが師匠から教えていただいた最初の「宇宙の法則」は、こういう教えでした。「求めるものは得られず」人は自分の都合のいいようにしか考えようとはしません。はじめから自分が望んでいる結果を求めてはいけないのです。

世の中には当たり前なんていうことは何ひとつないのですから、すべては無なのです。もし、運よく願いが叶えられたなら、それは神様に対して「有り難いことだ」と思って感謝するしかないのです。
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029.gif陰陽は正負のエネルギーのバランス


男と女。親と子。こころと身体。昼と夜。病気と健康。生と死。この世とあの世。これらはすべてが、陰と陽です。およそこの世にあるものが、ほとんどすべて陰と陽に対比できるのではないでしょうか?似ている共通点がありながら、その反対のもの.それが陰と陽だと思っています。

わたしは、今は東洋医学を仕事としていますが、その前は東洋哲学に興味を持ち、孔子や孟子、老子や荘子などは、大変興味深く勉強しました。その甲斐があって、東洋医学を勉強し始めたころは、何の抵抗もなく、根本の考え方を理解することができましたので。それが治療にも、大いに役立っています。

陰陽で大切なことは、「世界は、ほとんどすべて陰陽で大別されていること」それから、「万物は、絶えず変化することで生命が存在すること」などなどです。こういう考え方は、論理や定義や証明を大切にする、西洋哲学では、あまり見られないことなのです。ですから、「自然」を根本にした考え方の東洋医学は、哲学的ではあるのですが、西洋哲学のように「科学的」とはいえないのです。

例えば、自律神経の働きを、「交感神経モード」と「副交感神経モード」に分けます。これは陰陽の考え方です。実は、大方の治療は、偏った「交感神経モード」を「副交感神経モード」にしてあげることなのですが。本当は、人間の身体は、働く昼間は「交感神経モード」それから、休息の夜は「副交感神経モード」になることが望ましいのです。どちらかがいい状態と決めつけることはできません。

それが上手くいかなくなった時に、症状や病気が始まります。だから、治療してあげることで、その切り替えがスムーズに行なわれるようにしてあげることが、目的なのです。およそものにはすべて正負のエネルギーがあります。それは自然の移り変わりや、成り行きを見ていればわかることです。ですから、人間の身体も、自然のひとつに過ぎませんから、エネルギーの変調が、こころや身体の変調となって現れるのです。

ですから治療者は、そこのところをしっかり押さえて、指圧でも鍼灸でも治療にあたらせてもらうことが大切なのです。また、陰陽は、難しいようですが、実は、とてもシンプルです。でも、宇宙の法則であることも事実で、とても深淵なものでもあります。患者さん自身も、あまり、頭で決めつけてしまわないで、バランス感覚を養うことも大切なのではないでしょうか?
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029.gif 感謝が自然治癒力をひらかせてくれる

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 「宇宙の法則」久しぶりにこのテーマで書かせてもらいます。最近、「治療」をやっていてわたしが意識しているのは「脳の働き」と「エネルギー」のことです。いままでのわたしはどうかと言えば、「骨」「筋肉」「神経」一辺倒でした。自分自身の治療も、かなりそれらを意識して、行なってきました。患者さんに説明する時にも、「運動器系」は、わかりやすいですから、そのように部位を明らかにして説明させてもらいました。いまでも基本的には何も変わっていませんが、やたらと「エンドルフィン」という言葉が多くなったことや。いままでは、「筋肉繊維」とか疲労物質の「乳酸」とかいって、説明させてもらいましたが、「痛みはすべて、脳で感じているのではないか」というようなことを考えるようになってから、治療は「脳」を意識するようになっていきました。こんなことをいきなり書き出しても、治療家ではないみなさんや、たとえ治療家であっても、言おうとしていることが、あまりに突飛で何を言っているのかよくわからないという専門家がほとんどではないかと思います。

 わたしは、1年ぶりに師匠にあってから、師匠の言葉が、頭から離れなくなってしまいました。すこし、自分の頭を整理する意味でも、復習をしてみたいと思います。「物体には、すべて波動というエネルギーが存在する」なぜなら、どんな物体でも、小さく小さく、これ以上小さくすることができないくらい小さくしていくと、「分子や原子」という物理学で対象となるようなミクロの世界に、たどり着きます。少なくとも見えるか見えないかを別にして、物体がそこに存在する以上、「陽子」と「中性子」でできた「原子核」というものがあり、そのまわりを「電子」が回っている。その微細な振動を「波動」といい。動き続けている以上、それは明らかにそこに、「エネルギー」が存在している。ということを認めないわけにはいきません。人間の身体も物体である以上、代謝によって得られる「栄養」意外の「エネルギー」が存在することを認めていかなければならないのです。

 さらに厄介なのは、師匠は「エネルギーには、『意志と意識』が存在する」といった言葉です。「量子力学」事態が難解なのに、この「意志」と「意識」は、ますます持ってわたしの頭の中を混乱させました。「科学」と思っていたことが、どうもそうではないらしくなってきました。もしこれも科学というなら「超科学」です。ただ、わたしは、もともと「ホリスチィック」な考えを持っていまして、「人間のからだそのものが『脳』を中心に全体がすべて繋がっている」というような考え方を持っていました。実際にそうなのです。頚と腰が繋がっていたり、右腕と左足が繋がっていたりというように、身体自体は、「ひと繋がり」というのがこれまでの臨床から得られた成果だと思っています。とすれば、「こころと身体も、ひと繋がりだ」と、一気に、論理の飛躍もあっていいのではないかと思えるのです。

 「病は気から」という言葉を、みなさんはよくご存知です。あの言葉の中の「気」というのは、「エネルギー」のことなのです。漢字には意味が存在します。「気」という字が出てきたら、それは、すべて「エネルギー」のことだなと理解すると、いろんな謎も解けてきます。この「病は気から」というのもそうです。「病は気のせい」というふうに解釈するのではなくて、「その人の『エネルギー』が病んでいるから『病気』になっているんだ」というような解釈が正しいのかと思います。前々回、わたしのブログに「宇宙の波動がめざしているものは『愛』」というようなタイトルで書かせてもらいましたが、その中に「足立育朗さん」という立派な「科学者」なのですが、「超能力者」が登場してきます。この足立育郎さんが、師匠と同じようなことをいっているのです。「物体には、すべて『意志と意識』がある」というのです。そして、さらにその「意志と意識」とは何かというと、足立さんは、「意志は愛、意識は調和」だといわれるのです。

 わたしは、足立さんと師匠が、同じようなことをいっていても別に驚きません。どちらも「超能力者」だからです。どうもわたしのまわりの、知っている人間の中で超能力者といえる人は、ただ一人、師匠しかいませんが、人間は、どうも人間が誰でも持っている「欲」や「エゴ」の部分をどんどん削っていくと、「真我=神我(しんが)」という部分に到達するようです。そうすると、宇宙からのメッセージが情報として入ってくるらしいのです。わたしも、よく宇宙からのメッセージをいただくのですが、残念ながら、わたしの場合は、すべて師匠を通して教えていただいたものです。すべてというのは語弊がありますが、わたしの場合は、まだ、明確に確信を持って断言できないあやふやなところがあるのです。まだまだ、「欲とエゴ」が強すぎるのです。本当に、それらがなくなれば、こんなわたしでも、宇宙からのメッセージや「超能力」をいただけるのではないかと信じています。師匠は、普通の人間では考えられないような力を、「超能力」とも「神通力」ともいわれます。どちらにせよ、わたしたち人間はもともと、「神の分身」ですから、誰にもそのような能力はあるのだと思います。ただ、それを妨げているものがあるとすれば、先程から述べている通り「有り余る欲と、これまた有り余るエゴ的な考え方なのです。本当にわたしの知っている師匠は、まったくといっていいくらい、「欲とエゴ」がない方なのです。たぶん、むかし話題になった足立育郎さんもそのような方なのでしょう。

 話題がそれましたのでもどすことにします。足立育郎さんは、「意識は、調和」とおっしゃいましたが、なにも限定的に考えることはないと思います。わたしは、「意志の愛」と同じくらい、大切に考えていることがあるのです。それは「感謝」です。実はこの「感謝」のこころは、「愛」に匹敵するくらい大切な「キーワード」なのです。感謝があってはじめて、宇宙の波動エネルギーに調和できるのです。むかしから、「治療」を行なっていて、はやく病気が治る患者さんと、なかなか治らない患者さんがいることに気づいていました。その違いはなんだと思いますか?もうおそらくほとんどの方が気づかれたと思いますが、やはり「感謝」だったのです。こんなにまだ、治療家として経験の浅いわたしのようなものでも「ありがとう。ありがとう」と感謝の言葉を連呼してくれる患者さんがいるんです。そういう患者さんは、たとえはじめの状態が、「重症だなあ〜」と思っていても、あれよというまに治られていくのです。

 その反対で、あまりよくならない。経過が悪いわけではないけれど、長引いている患者さんは、それなりの理由があります。こういう患者さんは、タイプとしては二通りあります。ひとつは、いつも、文句や愚痴や他の人の悪口ばかりを言っている人です。もうひとつのタイプは、完璧主義者です。よくも悪くも完璧を狙う人です。ではこの異なるタイプに共通点はあるのでしょうか。実は、ヒントとなるカギは、「欲とエゴ」なのです。前者は、明らかに「エゴ」が強い人です。自分のことばかり考えているので、まわりが見えていません。だから、病気を治す前に、ご自分で「文句・愚痴・悪口」を慎む訓練を行なわなければならないのです。そしてもうひとつの完璧者タイプの人にいえることは、欲です。どうしても完璧を狙おうとする人は、欠けている部分に目をやりがちです。気になるのです。こうなると悪いところしか目がいかないのです。そうなると、なかなか、宇宙を支配している波動エネルギーとは、「調和」できません。ですから、エネルギー的に干渉を受けることになります。それが実は「病気」の実体なのです。

 人間の「脳」は実は、宇宙という大コンピューターがあるとするとそれを受ける「端末機」のようなものです。そして、人間の「脳」は、もともと「愛と調和」というテーマで動いていますから、「ポジティブ」な考え方が大好きなのです。特にわたしの知る限りでは、「楽しい・嬉しい・気持ちがいい・しあわせ」こんな感覚感情が大好きなのです。「ありがとう。ありがとう」といっている人には、よいことしか見えていませんから、その通り、よい方向にしかむいていきません。ところが「心配」や「恐れ」を抱いている人には、やはり、そのように悪い方にしかむいていかないのです。よく師匠がいうことには、「10のうち1つでもよくなれば、そのことに感謝できれば、あとの9は、自然に神さまが、この人はよくわかっているからといって、さっと残りの9を治してくれる」とおっしゃっています。やはり、「感謝が自然治癒力をひらかせてくれる」ことに間違いないようです。それが今回の「宇宙の法則」のひとつです。
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☆バンクーバーで出会ったゴールデン・レトリバー。このこの視線はどこにむかっているかわかりますよね。
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029.gif 鍼灸指圧マッサージで不妊治療

☆今日、ネットサーフィンしていたらこのような投書を見つけました。

島田市内で不妊治療できる鍼灸院はありますか?

「島田市に住んでいる33歳の不妊治療中の者です。
体外は、二回失敗し、今後の事を考え鍼灸治療をやってみようと思っています。
島田市でいい鍼灸院があればどなたか教えてください。
よろしくお願いいたします」



 「今はきっと、このような悩みを持っていらっしゃる人が多いのだろうなあ」と思います。でも「不妊治療ができる鍼灸院」を探しているなんてすごいなあ。というか、とてもいいセンスをしている方だなあと思いました。

 実は、わたしは「不妊治療」というのをやっているわけではありません。妊娠中や出産後の女性の治療はやっていますが、特別に「不妊治療」というのをやっているわけではありません。確かに、専門学校では、「不妊治療」のための治療や特効のある経穴(ツボ)なども習いました。また、妊娠のための指導もできますし、まったくの素人よりも詳しいはずです。しかし、わたしはそれをそのままやってみようとは思いませんでした。もし投書のような方が見えて「どうしても」と、お願いされれば、やってみてもいいとは思いますが、多分、わたしの不妊治療は、まったくこれとは違う観点で、まったく違う方法で行なわれると思います。

 というのは、わたしがこれまで治療してきた患者さんで、治療中に妊娠された方が2人います。1人は、30代後半の患者さんです。特に「不妊治療」で見えたわけではありません。医者に「胸郭出口症候群」簡単いえば、腕が痛くて上げられなくなる病気です。それで見えたのがきっかけでした。それがきっかけで、いろんな問題となる身体の症状を治していったんです。そうしたら、「妊娠」というおめでたいプレゼントに恵まれました。もういろんな手を尽くされて、ダメだというふうに諦めかけていたところに、思わぬ天からの授かり物で、大変に驚かれたそうです。

 もう1人は、それとはちょっと違うのですが、20代前半の出産後の女性です。子育ての期間中はよくあることなのですが、「腕が『腱鞘炎』になってしまい痛くてしょうがないから」といって治療に見えた方ですが、腱鞘炎どころか、まだ若いのに、左右に「頸肩腕症候群」や「腰痛」や「座骨神経痛」「大腿神経痛」がありました。聞いてみるとバイクを運転中、交差点で自動車と接触事故を起こされて、何週間と入院するという大変な事故を経験されたようです。はじめての出産は、事故のショックもおさまらない。まだそれらの傷が、癒えたか癒えぬかのうちに妊娠してしまいました。そういうことがあったので、出産も大変つらかったそうです。わたしには、「もうあんなに死ぬほど苦しい思いをするなんてとても嫌です。もう二度と子供を産むのはこりごりです」といっていました。確かに、彼女の身体を治療させてもらっているわたしには、それがよくわかりました。よくこのような身体の状態で出産できたことが、本当に奇跡に近いと思われたのです。「わたしはよく頑張ったね。本当に大変だったと思うよ」と褒めてあげました。ところが、運命のいたずらか、「皮肉?」にも出産から1年もたたずに、また妊娠してしまったのです。

 まったく異なるケースですが、この二人の患者さんの妊娠には共通点があります。それは、治療が進むに従って、女性として「妊娠」受け入れられる身体に自然になっていったということです。実は、妊娠が可能な身体でない限り妊娠はしません。この二人は、治療をしていくうちに、子供を受け入れられる身体になっていったのです。実は、本来、多くの病院で行なわれている「不妊治療」は、簡単なことではないようです。「大変つらいものだ」ということを何人かの女性に聞いたことがあります。しかも、できてもできなくてもけっこう莫大な治療費が必要なんだそうです。でも、欲しいと思っても実現されないと、これは大変なストレスとなります。こころに無理なストレスをかかえると人間の身体はどうなるかといいますと、最終的に「病気」になってしまうのです。少なくとも、「肩こり腰痛」は、常識です。それどころか、自律神経でコントロールされている「生理」も「自律神経失調」ということで、不順になってしまいます。それでなくても、できないということでお困りなのに、治療をしながら、ますます、妊娠にはほど遠いような身体になっていくというのは実に皮肉なことです。

 それでなくても現代の日本は、長い間の見通しが立たない経済不況や、環境破壊による自然災害などで、不安と恐怖に苛まれています。明るい未来が期待できないということでその閉塞感といったら若い適齢期の女性だけではありません。ストレスは、夫である男性の肩にも、重圧として重くのしかかっているのです。少なくとも職場環境は、過酷なものになっているはずです。ですから、せめて身体に現れたつらい症状は、とってあげる必要があるのです。人間は、こころと身体は一体です。こうしたストレス社会に負けないためには、まずは、身体の健康を取り戻すことです。できたら、女性だけではなく、男性にも治療が必要です。夫婦一緒に治療されることが望ましいと思います。そういう考えから、わたしの「不妊治療」は、はじまります。何も特別なことではありません。

 むしろ、頭の中から、「赤ちゃんが欲しい」という気持ちを一掃させることが、はじめの一歩のようです。わたしは、かつて師匠から「求者不得(求めるものは得られず)」ということを教えられました。これは、大宇宙の法則なのだそうです。やはりどんなに欲しいと思っていても、求める気持ちが強ければ強いほど、実現は遠ざかっていくようです。だったらいっそう、そんなことは何も考えないで、「なるようになるさ」と、ただひたすら自分が健康になる身体づくりのことだけを考えていけばいいのではないでしょうか。妊娠するかしないか。妊娠できる身体かどうかは、神様が判断されることなのです。ご自分が判断されることではありません。実現可能なことだけを考え実行されればいいのです。そういう「不妊治療」もあるんだということをぜひ知ってほしいと思います。そんな気持ちで、このようなお節介をやかせていただきました。
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☆カナダ・ウエストバンクーバーからバンクーバー島にむかうフェリーボート。
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029.gif 「健康になりたい」という気持ちが強すぎる

 どういうわけか、患者さんは、わたしたちのような治療院をやっている人は、「みんな健康だ」と思っている人が多いようだ。ところが、決してそんなことはない。むしろ自分が、健康上の何かの問題を抱えていて、それをなんとか克服しようとしてこの世界に入ったという人がほとんどだ。そうでなければ、病気で困っている時に、いい治療者に出会い、そのおかげで自分の病気が治り、「自分もそういう仕事について困っている人を助けてあげたい」そう考えでこの仕事を選んだという人も実に多い。

 実は、そういうわたしもその両方のタイプである。自分のことを、あまり、告白する気持ちはないが、わたしの半生を振り返ると、本当に多くの病気な悩まされた。いろんな病気を体験した。いつも医者や病院にお世話になっていた。そして、自慢ではないが、今もよくなったとはいえ、ケガか病気か、いつも身体どこかに問題を生じている。また、そういう人でなければ、この世界では、大成しない。なぜなら、全くの健康体の人では、本当の意味で、病気に苦しむ患者さんのこころや身体の痛みの状態がわからないからだ。だから、いい治療者になるためには、自分が、病気を体験して、それをある程度「克服」した経験がなければ、いい治療者として大成することは出来ない。それがわたしたちのこの世界、この道の大切な条件なのである。

 わたしは、何年も治療家として治療院をやっていけているのは、師匠のおかげである。わたしは、本当に何年も何年もこころと身体を病んだ病人だった。そのわたしを見放さないで、何年も何年もつき合って、指導してくれたのが、わたしの師匠だ。だから、わたしは一生師匠には頭が上がらない。師匠なくして、今のわたしという人間や、今のわたしの人生はあり得ないからだ。そういう経緯があるので、わたしは、「師匠から受けたご恩を、わたしをたよってきてくれる患者さんに返したい」という気持ちがあるのである。

 「『健康になりたい』という気持ちが強すぎる」というのは、実はわたしが師匠からいわれた言葉である。「あなたは、『健康になりたい』という気持ちが強すぎるんですよ。だから、病気が、ちっともよくならないんです」わたしは確かにそういわれた。その言葉が、ある日、患者さんを指導させてもらっている時に思い出された。わたしが、師匠からこういわれた時には、もしかしたらあまりその意味がよく分かっていなかったかもしれない。しかし、何年かたって、立場が逆になり、患者さんに向かい合って、はじめてその言葉の意味が分かるようになった。

 「『求めるものは得られず』これが、宇宙の法則です。そのことをあなたは、よく理解していなければなりません」これが、よくいわれる師匠の口癖である。この十何年の間に、わたしは、この言葉を、何百回と聞かされたような気がする。だから、「求めすぎる健康は、結局は、得られない」しかし、なぜなのだろう。「健康になりたい」その気持ちがどうしていけないのだろうか。当時、わたしは自問した。だから、患者さんの気持ちがよくわかる。病気は、様々であろうが、精神的な疾患をともなったものは、そうは簡単に克服できるものではない。ところが、本人に「治そう」という気持ちが強すぎると、返ってそこに焦りが生じ、なかなか良くなるものもよくならないケースが多い。

 病気が長くなると、どうしてもこころにゆとりがなくなる。自分では、おかしくはないと思っていても、こころが後ろ向きになっていることが多い。ネガティブな発想もそこから生まれる。確かに、病気が長くなると、あちこちと症状が現れる。だから本人にしてみれば、ここもあそこも、みなかしこも悪いという気持ちになる。どうしても悪いところにフォーカスされ、ちっとも、よいところ、よくなっている症状には目がいかないのである。ところが、病人がよくなっていくためには、このよくなっていく症状にこそ、フォーカスして、見ていかなければならないのである。「健康になりたい」気持ちが強すぎる人は、それが出来ない。

 よく患者さんを診ていると、早くよくなっていく患者さんと、なかなか良くならない患者さんがいる。よくなっていく患者さんは、すごく前向きで、「先生のおかげで、頭が痛いのがウソみたいに楽になりました。痛かった肘が、こんなに曲がるようになりました」という感じで、よくなっていくところに、意識がフォーカスされている。だからどんどんよくなっていく。ところがなかなか良くならない患者さんというのは、いつも、「どうしてよくならないんだろう。首はつらいし、腰は痛くてしょうがないし、昨日も、その前の全然眠れませんでした。わたしは、本当によくなるんですか?」とこんな感じなのである。確かにつらいのはわかるのではあるが、悪いところばかりフォーカスされていくと、絶望だけが先行し、希望が見えてこない。ウソでも、「自分の身体は、すこしづつ良くなっていく」という暗示がかからない限り、わたしたちの脳はエンドルフィンも出てこないし、健康回復への免疫力システムが働かないのである。

 本来病気は、メッセージ性が強い。「病気は気づきのためのメッセージ」でもある。何かその人にかけている点があるからこそ、病気というかたちとなって、その人に知らせることが多い。しかし、身体と同様、こころまで病んでいると、どうしてもそういうところまで、気づくことが出来にくくなる。だから、わたしたち治療者は、大変なのである。本当にその人の病気を少しでも解放に向かわせてあげ、ようとするためには、根気よく励ましてあげる。よくなっていく症状に目を向けさせてあげることが大切なのである。でも人間は、欲が強いから、完璧な健康を手に入れたいと思う。そのために、そこには、「求めるものは得られず」という宇宙の大原則が働く。

 だから、はじめから完璧な健康なんてあり得ないことを悟った方がいい。そうすれば、少しでもよくなれば、「有り難いなあ」という「感謝」の気持ちが働く。そうなれば、しめしめといったところだろう。これは「病気」だけの問題ではない。どんなことにも当てはまる。やはり、「求めるものは得られず」は、宇宙の法則なのである。
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Every day I listen to my heart
ひとりじゃない
深い胸の奥で つながってる
果てしない時を 越えて輝く星が
出会えた奇跡 教えてくれる

Every day I listen to my heart
ひとりじゃない
この宇宙(そら)の御胸(みむね)に抱かれて

私のこの両手で 何ができるの?
痛みに触れさせて そっと目を閉じて
夢を失うよりも 悲しいことは
自分を信じて あげられないこと

愛を学ぶために 孤独があるなら
意味のないことなど 起こりはしない

心の静寂(しじま)に 耳を澄まして

私を呼んだなら どこへでも行くわ
あなたのその涙 私のものに

今は自分を 抱きしめて
命のぬくもり 感じて

私たちは誰も ひとりじゃない
ありのままでずっと 愛されてる
望むように生きて 輝く未来を
いつまでも歌うわ あなたのために
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