emoticon-0128-hi.gif「しばり」がなくなりました
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「ああ、本当にいい時代がきたものだ」

 朝起きて、大井川の河川敷「リバティー」のコースを1時間くらい歩く。朝食を食べ、今シャワーを浴びる。だいたい、これがぼくの毎日の日課。ほとんど仕事もなく、お金もない。あるのはスローライフな毎日。これでいいと満足しているわけではないが、不満もない。自分なりに、自由と健康と生きがいを考え、マイペースで毎日を楽しく過ごしている。人生はたったの一度だけ、だから、毎日を楽しく生きるしかない。振り向いてなんかいられない。

 よく同年代の友達が、「若い人がうらやましい」なんて言うんだけど。よく考えてみると、若い時って「苦しいことばかり」だったような気がする。子供のころから、親に「勉強しなさい」っていわれて、好きでもない勉強を嫌々やりながら育った子供時代。それをきっかけに競争に明け暮れ、試験・受験・進学・就職・結婚・出世・昇級いつも何かに縛られて、ほとんど自分を振り返るゆとりがなかった。もう一度同じ人生を歩めっていったら、「勘弁してほしい」と思うことだろう。

 やっぱり、「しばり」がない人生が一番いい。これが還暦をまじかに感じる正直な心境である。今までさんざんやるべきことはやってきたんだから、これでいいだろう。これから先は、誰の目も気にしないで、やりたいことだけをやる。自分の気持ちを一番大切にして。精いっぱい毎日を楽しむ。「ああ、本当にいい時代がきたものだ」
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emoticon-0128-hi.gif11月のお休み
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 だいぶ遅れてしまいましたが、「11月のお休み」パピー・カレンダーです。11月に入りまして、急に寒い日がやってきました。今まで、あんなに暑い日が続いたのがうそのようです。わたしは最近、散歩のコースを変えました。今までは、近所をぐるりと回ってくるというのが、いつものコースということでした。が、最近は、大井川、リバティーという、散歩やマラソンのための特別なコースを歩くようになってから、距離もずいぶん伸びるようになりました。朝日を浴びながら、歩く散歩は、脳からセロトニンという神経伝達物質を生成してくれるようです。あらためて、散歩、ヨガ、指圧鍼灸治療が、わたしの身体をますます丈夫にしてくれています。感謝、感謝の毎日です。さあ、この11月も頑張りますよ。
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emoticon-0128-hi.gif 散歩とヨーガと指圧鍼灸治療をライフスタイルに!
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 わたしは若いときからスポーツが好きでいろんなことをやってきました。ジョギング・水泳・山登り等少し過酷なほど肉体を酷使した時期もありました。この3つに共通していえることは「鍛える」です。ところが最近のわたしは、「鍛える」というテーマから「楽しむ」に変わってきました。本当のところを申し上げますと「慈しむ」が、わたしのめざす究極のテーマだと思ています。

 最近は、講演や歩道を歩いている方をよく見かけます。それより人口は少し下がるかもしれませんが走っている方もよく見かけます。見かけるというのは、多少自分もそれらに関心があり、実践したことがある証拠です。もしまったく無関心なら、自分の目の前を、誰かが走り去っていったとしても、まったく、目に映らないかもしれません。

 では、「散歩」と「ランニング」ですが、あなたはどちら派でしょうか?わたしは、もう15年ぐらい前から「ジョギング」から「散歩」に転向しました。50代のわたしには、「走る」という運動が少しきつくなってしまったのです。一時期は、ジョギングや山登りで「ランナーズ・ハイ」まで経験したことがありますから、走ることの爽快感は、よく理解していますが、それを今わたしがやろうとすると、足腰を痛めてしまいそうで、自重していることも確かです。

 よく散歩中に、ランニングで苦しそうに走っている高齢者の方を見かけることがあります。ランニングホームからすると、足の運びもまっすぐではなく、あごを突き出し、後ろから見ても左右に身体が揺れて、明らかに素人の走りです。でも最も気になるのは、顔の表情が、あまりにも苦しそうな点です。それってはたして身体にいいことなのでしょうか?たぶん、健康のために、走られていると思うのですが、実は身体には大変な負担を強いているだけで、いっこうに、健康増進にはつながっていません。少し言い過ぎかもしれませんが、「やらないほうがまし」ということになってしまいます。

 わたしたちの脳は、「うれしい。楽しい。気持ちがいい」が大好きです。そのような気持ちの状態の時には、身体の自律神経をつかさどっている間脳や脳幹は、生き生きと活性化します。だから、楽しみながらやるスポーツは、健康かつ身体にとっても活性化となるのです。ところが、負荷がかかりすぎると、ストレスと同じです。やっぱりそれは、からだにとっては、マイナスそのもので、無理をして続けることで必ず大きな故障につながっていくのです。

 最近は何かというと、運動を勧めるお医者さんが多い中で、やはり自分の年齢や健康状態にあったスポーツをえらぶことが重要になってきます。でも基本的には、高齢者の運動は、若いときのように「鍛える」という感覚は、意識の中から排除する必要があるかもしれません。本当にいいのは「楽しむ」スポーツです。また更に理想からいえば、身体を大切に、いつも、ご自分の身体のコンディションに目をむけていけるような心構えが必要です。そういう意味で、散歩やヨーガや指圧鍼灸治療は、大切な身体を「慈しむ」という点で、とてもいいライフスタイルだと思っています。
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☆これ何の花だかわかりますか?答えは、オクラの花です。散歩中に見つけました。なんだろうって話していると、通りがかりの散歩中の方が教えてくれました。
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emoticon-0128-hi.gif真夏の昼間のワンちゃんの散歩は気をつけてください!

 晴天の真昼の午後1時のことです。わたしは、遠くから通っていてくれている患者さんを駅まで送りとどけ、家にかえる途中でした。そうしたら、進行方向とは逆に、アスファルトの道路の歩道をワンちゃんと飼い主が散歩していました。いま、外の温度だけでも32度以上です。アスファルトの温度は、まるで鉄板のように、熱い状態になっているはずです。「ちょっとこれって、ひど過ぎませんか?」わたしが、パクちゃんをかっている時には、こんな、ひどい散歩は一度も経験させたことはありません。だって、それだけでも温度調節が大変なワンちゃんです。そのワンちゃんに、真夏の炎天下、しかもアスファルトの上っていうのは、「無謀の三重奏」のようなものです。

 もしかして、ご存じない方もいるかもしれないので、あえて説明させてもらいますが、犬の体温調節できるのは、口、耳の穴、足裏の肉球、この3点です。一番大きいのは口から、夏の暑い時に犬は大きく口を開けて、ハアハアいっていますがあれは、口から外に熱くなった体温を放出していくからです。そして耳の穴。しかしこれはさほど大して効果的とはいえません。特に垂れ耳のワンちゃんは、ほとんど体温を放出できないからです。そして、最後が足の裏の肉球なんです。飼っている人ならよくわかっていることですが、夏場は、人間と同じように、足の裏が、高体温になっています。だから、夏場、熱くなったアスファルトの上を歩かせるのは、ワンちゃんにとっては、まるで拷問のようなものなのです。それでなくても年中、ファーコートをきたワンちゃんは、暑がり屋さんです。家の中でかっているワンちゃんなどは、涼しいところ、涼しいところを選んでは、熱さをしのいでいます。ワンちゃんは、大変な、暑がりです。

 ワンちゃんの飼い主は、そういうことを理解してあげなければいけないのです。犬を本当に愛している飼い主は、夏場は、まだ日が昇らない、早朝の涼しいうちに、散歩に出かけます。しかも、熱くなく芝生のある公園を、敢えて選んで散歩に出かけます。それが、本当の愛犬家なのです。というよりもそれは常識で、わたしたちのような親ばか愛犬家となると、夏休みは、毎日のように、きれいな川に連れて行っては、泳がせてあげるのです。そこまでいかなくてもいいですが、やっぱり、真夏の真昼に炎天にさらされた歩道を、歩かせるなんてことは絶対にやらないでください。そういう飼い主に限って、ワンちゃんの大好きな散歩を、怠りがちですから、ワンちゃんは、散歩に飢えています。ですから、一見喜んで散歩を楽しんでいるように見えるかもしれませんが、実は、信号で止まった時に、つらそうにしている様子が、わかるものなのです。それでもわからないという飼い主がいたのなら、あなた自身が、靴と靴下を脱ぎ、真夏の真昼の炎天下の歩道を裸足で歩いてみることです。そうすれば、あなたのワンちゃんがどんな気持ちで、散歩しているかがよーく、わかるはずですから。
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☆わたしが毎朝、歩く散歩道。時間によっては、このような日差しが映し出される。
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emoticon-0128-hi.gif病気が「直る・治る・消る」

直る

師匠 「『なおる』ていう字は、いろいろあるんですが、どのような字があるかわかりますか?」

わたしの頭の中では、「治る」というじがすぐに浮かんだ。今のわたしの頭の中は、この字でいっぱいである。治療院を始めてから今日まで、この字で頭の中は、埋め尽くされているかもしれない。そういっても過言ではない。すると、師匠は、ホワイトボードに、3つの「なおる」というじを書いた。

師匠 「まず第一に『なおる』ってこう書きますね。『素直』の『直る』という字です。性格が素直な方は、病気も治りが早い。『医療者が、こうした方がいいですよ』という言葉に、素直に受け止め、誠実に実行しようとする人。やはりこういう方が、早く病気がなおります」

 わたしも、確かにそう思う。わたしは、対患者さんとの関係は、けっこう信頼されている方だと思っている。でもやはり、わたしのアドバイスに対して、それを実行してくれるかどうかは、患者さん自身の性格などの問題にもよる。わたしは時々、困っている人から相談を受け、からだの状態を診せてもらうことがある。特にその対象となるのは、身体の軸、背骨と骨盤のゆがみである。意外とこのゆがみがある人が多い。もしこのゆがみが診られると、身体の重心が狂うために、肩こり腰痛の原因になることが多い。「ほっておけばなおる」という考えもあるが、ゆがみは、これまでの生活に何らかの問題があるから生じたのであり、そういう人が、ただ「ほっておけばなおる」ということは、まずあり得ない。

 事実を伝えるが、それから、受診行動をおこされる方は、正直あまり多くはない。治療が必要であることはわかっていても、だからといって、すぐには受診する気にはなれないらしい。理由は様々で、今までの治療に関する不信感、時間的なゆとり、経済的理由などであったりする。人は過去の経験から判断することが多く。素直に、治療者の意見を受け入れることが出来ないみたいである。仮に、「この人なら」という直感が働いたとしても、決断し、素直に行動に移すまでには、様々な葛藤が生じるらしい。まずそこに、「直る」か、「直らないか」の大きな第一関門がある。

 第二関門があるとすると、どれだけ医療者の指示に従えるかである。多くの患者さんは、過去の誤った生活習慣、からだの酷使、精神的なストレスから現在の症状を引き起こしている。それをどれだけ改められるかが、治癒する方法なのである。これはちょっと厳しいい方かもしれないが、病気や症状は、ほとんどの場合、患者さん自身が、つくり出すものである。痛みや症状は、それを本人に気づかせるためのメッセージである。わたしが考える治療者は、そのからだからのメッセージを患者さんに伝える役目を担っている。でもそれから先は、本人の性格が、大きく道を左右する。やはり師匠がいわれる「性格が素直な方は、病気も治りが早い」というのは、確かである。

治る

 一般的に「治る」という字がピンとくる人は多い。ところが、たとえ医療の現場であっても「治る」という言葉は、あまり厳密に語られることは少ない。今から15年前にわたしが師匠に出会い、とても共感したのは、師匠はこの「治る」という言葉を厳密に語られていたからである。

師匠 「人々は、よく病院に行き、病気が治った治ったといいますが、それは、「治った」とは言えません。ただ、薬によって、症状を抑えているだけにすぎないんですね。ですから、その証拠に、季節が巡ってくれば、また同じように病院に通い。同じことを繰り返しているだけなのです」

 わたしはすぐに、自分自身のことを言われているような気がして驚いた。わたしは子供の頃から花粉症を患い。毎年毎年、季節になると耳鼻咽喉科に通った。ところが薬というのは、症状が重くなればなるほど、強さが要求され、過去に用いていた、適当な薬は、無効になってしまう。やがてわたしは、用いてはいけない「ステロイド剤」を用いるようになり、それ以外の薬は受け付けなくなってしまった。やがて症状は、アトピー性皮膚炎、アレルギー性ぜんそくとつぎつぎに重症化し、気づいた時には、ステロイド剤を多量に使用し、「副作用」からそれ以外にも余病を引き起こすはめになった。薬の恐ろしさを知ったわたしは、それ以来、師匠がいわれる。「薬を使用した場合、ほとんどが『治った』とは言い切れない場合が多い」というのが、よくわかるようになった。

 だからわたしは、「急がば回れ」という言葉のように、仮に長い道のりのような気がしても、「投薬なし、手術なし」という方法をとることを考えるようになった。わたし自身が、職業を変え、鍼灸・指圧・マッサージの仕事を進む道を選んだのは、「自然治癒力」を引き出すお手伝いをする仕事であることに、誇りと生きがいを感じるようになったからである。だから、「治る」というのは、厳密にいうと、自然治癒力を用いて、自分自身の症状や病気を克服した時にはじめて用いられる言葉である。ということがわかった。

消る(なおる)

 わたしは、正直、師匠に教えていただく前は、このような字を用いることは知らなかった。師匠から聞いた話では、最高に高度の「なおる」なのだそうです。

師匠 「病気もケガも不幸もそれらはすべて、気づきのためのメッセージなのです。もし、それらの理由から、苦しんでいる人がいたなら、『因果応報』といって、必ず過去において、原因となる何かが存在するのです。それに気づき、認識を改め、行動を改めることで、その結果、病気が治り、不幸をもたらしてきた現象が消えていくのです」

 よく癌などの重病を患ってきた人が、奇跡的にその危機から生還した話を、テレビや本などで知ることがあります。奇跡が起こったのではなく。病気は、起こるべくして起こったのであり、癌が消えたのも、消えるべくして消えたともいえます。本当に不思議なことに、わたしは、信じられないような、事実を体験しました。もし「病気が消る」ということは、物事の真髄を究めた人にしか、与えられるものではありません。そうなれば、最高の治癒と同時に、あらゆる不幸とは無縁の最高の幸福も得られたのと同様なのです。
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emoticon-0128-hi.gifパクに教えてもらった散歩の楽しみ
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 わたしたちは、かつてパクという名前のゴールデン・レトリバーを飼っていました。この娘は、散歩が大好きで、14年間、毎日3回、1日も欠かさず、散歩をしました。特に朝の散歩が大好きで、近くの河川敷にある緑地公園を一周散歩が日課でした。ただ歩くだけではなく、ボール遊びをしたり、夏は、川で泳いだり、いろんなにおいを嗅いでは、自由に朝の散歩を楽しんでいました。歩くだけなら、多分20分もあれば十分なコースでも、たっぷり、遊んで自然を楽しんだり、ゆっくり休憩をして、自由な時間を満喫していました。わたしたちのスローライフが始まったのも、この頃だったような気がします。そう、ただ歩くのではなく、楽しむ散歩。パクは、わたしたちのスローライフの手本であり、先生でした。だから、今日も散歩中に、素晴らしいものを見せてもらえたのです。

 これらの写真は、今朝の散歩で撮ってきた撮れたての写真です。はじめ紫の花がきれいに咲いていたので、例によってわたしは、花に引き寄せられるようにしてようにして写しました。そうしたらどうでしょう。今度は同じ木にオニヤンマでしょうか。トンボがサナギから成虫に脱皮したあとを見ることができました。あまりの美しさに目を奪われ、わたしたちは、何枚も何枚も同じところで成虫の様子を写真に撮り続けました。写真に写っているかどうかわかりませんが、透き通った羽の美しさと言ったら例えようがありません。朝日があったって輝いて見えるのです。そして、しばらく観察していると、前の2枚の羽だけ、ぴくぴくと小刻みに揺らしているのです。多分これは、飛ぶための準備運動なのかもしれません。透き通ったきれいな羽が、揺れるその様子は、この世のものとは思えない美しさです。そして、トンボさんに別れを告げて、20メートルもいかないところで、今度は、きれいな蝶に出会いました。この蝶は、これまたきれいな花根を、わたしたちに何度も何度も見せてくれていたのですが、わたしが、興奮してしまい。手ぶれを起こして、ベストショットを逃してしまいました。最後は、「もういい加減にしなさい」と、いわんばかりに、田んぼの方に飛んでいってしまいきれいに羽を開いた状態を撮ることができませんでした。でもわたしには、十分満足のいく宝物のような写真です。どうですか?これらの写真から、どのくらいわたしたちが、毎日の散歩や人生を楽しんでいるか、わかっていただけるでしょうか。
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emoticon-0128-hi.gif今朝の散歩でアガパンサスの花を撮ってきました
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 この花きれいだと思いませんか、ここ最近「朝、散歩していると美しい花が、目に飛び込んでくる」ということを先日話題にしました。特にその中でも、この花が、いまひときわ輝いて目に飛び込んでくるのです。「なんという名前の花なんだろう。どうしたら調べられるのかなあ」と思っていたところ、驚きました。わたしの友人がやっているブログを見るとそこにのっているではないですか。しかも散歩から帰って、1時間も経たないうちでした。おかげで、わたしは何の苦労もなく、この花の名前を知ることができました。

 わたしの最近の関心事のひとつは、「エネルギー」です。というのも今わたしがやっている治療は、もう西洋医学でも、東洋医学でも説明できないものになってきているのです。もともと患者さんに症状や治療方法を説明する時には、西洋医学的な立場で、わかりやすく説明しているつもりです。これが、東洋医学的となると、共通認識に立てず、難しい説明になってしまいます。それが、「エネルギー」的な説明となると、仮に説明したとしても、全く患者さんから理解を得られることはありません。でもいくら目には見えないからといって、確かに、「エネルギー」は実際にそこに働いているのです。

 ところで花にも興味を抱くようになってきたのは、そんな頃です。もしかして、「目に飛び込んでくる」という表現は、ちょっと特別な言い方で、人によっては抵抗のある方もいるかもしれません。ただエネルギー的に見ると、「地のエネルギー」が、根から茎の中心を通って、花に向かっています。一方、「天からのエネルギー」も花の天ぺんに降り注ぎ、開花した花の部分で合流して、そこで、一斉に「光のエネルギー」となって放散されているのです。ですから、やっぱり、わたしには「目に飛び込んでくる」というのがぴったりの表現なのです。花は、一番美しいときが、最もエネルギーが高く、そのエネルギーは、人体にも「転写(テンシャ)」します。誰がいったのか、「美しい花があるだけで癒される」というのは、やっぱり、それなりの根拠があるのではないかと思うのです。


 
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emoticon-0157-sun.gifまぼろしの5つ葉のクローバー

 朝7時20分。ただいま散歩から帰ってきました。今日は、写真はありません。ぜひ載せたい写真があり、今日はデジカメを持って朝の散歩に出かけたのですが、被写体である「5つ葉のクローバー」が消えていて、皆さんにお見せすることができなくなってしまいました。実に残念です。それにしても不思議です。わたしたちが昨日見つけた。5つ葉のクローバーは、散歩道ですが、とても田舎道で一日のうちでもそんなに人が通るところではありません。しかも川沿いのあぜ道のようなところ。あたりには、同じようなクローバーが群生しています。とても誰かが見つけて、とっていったということは考えられないことだからです。でもわたしたちには、目立って輝いていたクローバーでした。4っつきれいな大きめの葉があり、真ん中に小さな可愛い赤ちゃんのような葉が一枚、全部で5枚の、それは立派な5つ葉クローバーだったのです。

 この今朝の不思議な3日間の出来事を、少し時系列でお話ししましょう。事件の3日前、朝の散歩でわたしたちはこんな会話をしていました。

ヒデさん「最近、ヒラリーさん、4つ葉のクローバーを見つけなくなったね。昔、パクと散歩していたときは、よく4つ葉のクローバー見つけたよね。あれは、パクが見つけていたの、それともヒラリーさん。どっちが見つけていたのかなあ」

ヒラリーさん「ウ〜ンどっちかな。あれ不思議で、パクと休憩しようかって言うと、パクは口の中にあるボールをぺって落とすでしょ。そうすると、そのボールを拾ってあげようとしてふっと見ると、そこに4つ葉のクローバーがあったりするんだよね。そういうことが、本当に多かった。だから、パクが見つけたのかな。わたしかな……」

 こんな会話をしていました。実際わたしは驚いたことが何回もあります。まだ家族が愛犬パクとわたしとヒラリーさんだったころ。実に良く4つ葉のクローバーを見つけていました。世の中には、こんなにも4つ葉のクローバーがあるものかと不思議に思えるほどでした。ところがパクがなくなってからというもの、ヒラリーさんの4葉のクローバー・センサーはいっこうに働かなくなっていました。だから、久しぶりにクローバーのことが話題になり、会話がはずみました。

 そのような会話をしていた矢先でした。昨日の朝、5つ葉のクローバーを見つけたのは。「あれ、待って見つけた」ヒラリーさんの声に立ち止まると、そこには、久々にあるではないですか、それはそれは立派な5つ葉のクローバーが。それも、昨日話題にしていたほとんど同じ場所に。

ヒデさん「これはすごい立派な5つ葉ちゃんだね。ずいぶん久しぶりだね。また、ヒラリーさんの4つ葉センサーの復活かな。これは、明日カメラ持ってこなくちゃね」

 もちろん、わたしは今日のブログのことを考えていました。世間では、4つ葉でも珍しいのに5つ葉のクローバー。これは、すごい話題性があるなと頭の中で考えていたのです。そのためには、まず、写真だと思ったのです。本当に残念です。今日は、まるで昨日のことがウソかまぼろしであったかのように跡形もなく消えてしまっているではないですか。

 さあこのブログを読んだみなさんは、この不思議な3日間の出来事をどのように解釈するでしょうか?考えようによっては、5つ葉のクローバー以上にあまりにも不思議な出来事だったので、みなさんにご紹介してみました。
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楽しむこころ
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 最近、八倉治療院の玄関には、花が少しずつ増えはじめています。放射能汚染・政治不信ここのところ新聞を読んでも明るい話題がありません。おまけにこの梅雨空の天候ときた日には、何かこころまで曇りがちです。そんなときだから、少しでも治療院に訪れてくれた人のこころが、和やかになってくれればいいなあと思い花壇づくりをはじめました。わたしは、ずっと前から、花を見るのは好きでした。誰でもそうだと思いますが、花が嫌いという人はそう滅多にはいません。でも今ほど花を「楽しんでいる」ことは今までにありませんでした。本当にどうして、そのような自分になったのかわかりませんが、ついつい、歩いていても、花が目に入って仕方がありません。お休みのときも、ついつい、ホームセンターの花の苗とかガーデニングの売り場に、自然と足が向いていってしまいます。じつは、いまは頭の中には、紫陽花の花のことでいっぱいになっています。そうです。朝の散歩であまりにも多くの紫陽花を見るようになってから、ず〜と頭の中は、あじさいの花のこと一色になってしまいました。つい昨日も近くの本屋さんで「趣味の園芸」で紫陽花の特集を見てきました。万事がこんな感じなのです。だから、いくら環境が暗くたって、わたしは、そんなに簡単には、へこたれたりしません。このプランター、前にも紹介しましたチュニジア・ビスタも、以前にハワイで買ってきたセラミックのてんとう虫で、楽しく遊んでいます。何でもそうですが、「楽しむこころ」って大切にしようと思っています。こんな些細なことなのですが、はじめてみるとやっぱり、楽しくなってしまうんです。生活の何もかもが………、不思議ですね人間のこころというものは。どうですか、皆さんも何か楽しいこと始めてみませんか。
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emoticon-0128-hi.gif ガーデニングを楽しむ

 これは散歩の途中で写した一枚。前にも書いたが、ガーデニングを初めて見ると自然に花が目に入ってくる。あっここにも咲いている。そこにも咲いている。という感じでいつの間にか知らない間に自分のまわりが花だらけになるといったら少しオーバーかな。この花も散歩コースの人様のお庭の花を撮らせてもらった。この家の人も花が好きなのだろう。四季折々の花がいつも咲いていて、わたしたちの目を楽しませてくれている。この花は、八倉治療院でも玄関に植えた。多分、スーパーチュニア・ビスタだと思う。こんな可愛い花が、手軽に育てて楽しめる。ガーデニングをやっている人の気持ちが、少しずつわかるようになってきた。
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