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暦の一週間は、陰陽五行となにか関係があるの?

東洋哲学や東洋医学を勉強されていくと「陰陽五行」という言葉に出会います。普通は陰陽五行というのは、東洋医学では、宇宙のエネルギーということで理解されています。もし興味がある方は、わたしのブログの中に、「陰陽五行」というカテゴリがあります。もしよろしければ、他の記事もご覧になっていただけると、この記事がより一層理解できると思います。

さて暦の一週間というのは「日・月・火・水・木・金・土」の曜日のことです。

「日」は、太陽のことですから「陽」を示します。
「月」は、月のことですから、「陰」を示します。

この二つで「陰陽」のことを示しています。また、暦には、「太陽暦」と「太陰暦」があって、それぞれ、太陽を中心に地球や月の動きや満ち欠けなどが、暦のもとになっていることも知られています。

「火・水・木・金・土」の曜日は、それぞれ何のことかは説明は入りませんが、「五行(ごぎょう)という、宇宙のエネルギーを示しています。そして、また、地球以外の太陽系の惑星の名前でもあります。つまり、陰陽五行というのは、宇宙そのものであり、宇宙のエネルギーそのものだといっても過言ではありません。こうして、陰陽五行の一週間という時間を過ごさせてもらっているわたしたちは、実は、意識しているかどうかはわかりませんが、しっかり、陰陽五行の宇宙や世界観の中で生活させてもらっているのです。

皆さんは。「もし宇宙の中に太陽がなかったら?」って考えたことはありますか?もちろん、人間をはじめ、この世に存在するあらゆる生命は、生きていくことは不可能です。陰陽自体が、宇宙であり、生命であり、世界のすべてなのです。実は、五行も同じなのです。全部が自然界のエネルギーと考えてください。これらのエネルギーが、ひとつでも欠けてしまっても、世界は、破滅してしまって、人類の存続もあり得ないのです。

では、その陰陽五行がどのように医療に関わっているのでしょうか?東洋医学では、よく「氣」という言葉が使われます。「氣=気」というのは、「エネルギー」のことですが、「陰陽五行」は、すべて自然界のエネルギーということなのです。

鍼灸師であるわたしは、この中の「金・火・水」のエネルギーを積極的に治療に使わさせてもらっています。わたしの治療に欠かせないのが鍼ですがこれは金属のエネルギーによって、患者さんの患部のエネルギーを一瞬で変えてしまうほどの力があります。また、お灸ですが、材料のもぐさは、よもぎの葉なのですが、エネルギーとしては、火がとても重要なのです。

また、「水」ですが、治療に使われるものは、「ゼロ磁場水」が用いられます。これは、皆さんがご存知のパワースポットでよく、持ち帰えられるお水のようなものと考えてください。エネルギーというものは、転写する性質があります。パワースポットは、まさに陰と陽のエネルギーがぶつかり合い、一見、普通の穏やかな様子であありますが、そこ内在するエネルギーには、すごいパワーが秘められているので、治療に用いることが可能なのです。

いろいろお話しさせてもらいましたが、このエネルギーのお話は、一度お話しはじめさせてもらったら、なかなか簡単に終わるものではありません。また機会がありましたら、いつか小出しにお話しさせてもらおうと思っています。

ただ、「陰陽五行」というのは、わたしたちの生活に必要な暦や時間などを操り、また、東洋医学では、わたしたちの身体のエネルギーまでもコントロールする力をもったすごいものなんだということを知っていただけたら、今回のわたしの記事は、お役に立てていただけたのではと思っています。
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emoticon-0128-hi.gif 見えないものを大切にするこころ

前回、わたしが東洋医学を好きになったのは、東洋哲学を勉強してからだっていいました。じゃあなんでわたしが東洋哲学に興味を持ち始めたかといいますと。こんなことかもしれません。東洋と西洋って、まるで陰と陽みたいに正反対みたいな気がします。その中でも、特に強く感じるのは、東洋って、目に見えないものを大切にしているんです。

よく東洋医学でいわれる「気」ってなんですか?っていわれるのですが、「エネルギー」なんですよね。それは目に見えるものではないのです。でも治療で使ってみて初めて、確かにあるものなんだって確信するような感じなのです。わたしは普段は、運動器系の症状の治療をする時には、大体、西洋医学的な考え方からアプローチしていきます。だいたいは、それで治療できてしまいます。ですが、それでも治療できない時は、やっぱり、東洋医学的な気である経絡とか経穴というエネルギーのツボにアプローチするような治療を行ないます。

医学は科学であるというふうに考える人には、目に見えない「気」などというものに治療の根拠をおく東洋医学は、あまり好まれません。科学の世界は、目に見えなければ、存在しないと同様に扱われてしまうからです。だから、医学の世界も、電子顕微鏡が発明されるようになってからは、大きく変わりました。目に見えるものの範囲が、格段に広がったからです。

でもわたしは、目に見えなくても、確かに存在するものってたくさんあると思っています。人はエネルギーの流れが、滞ったり、悪くなったりすると「病気」になります。だから「病気」も「元気」も実は、エネルギーの状態から起こる症状のひとつなんだって、わたしは考えるからです。でもやっぱり、治療しているわたしでもエネルギーを感じても目に見えることはありません。

しかし、そういうものってこの世にはいっぱいあることは確かです。「気持ち」「こころ」「無」「空」「道」「愛」「魂」「神」。目に見えないものでも大切なものはいっぱいあるのです。第一人間だって、生きているうちは、目に見えるものですが、亡くなってしまったら、目に見えない存在になるのです。肉親をなくした人、愛情の対象である存在をなくした人には、よくわかることですが、亡くなっても、その存在が消えることはありません。

そうして見ると、もしかしたら、本当に大切なものって、実は、目に見えるものよりも、目に見えないものの方が大切なものは多いっていえないでしょうか?「東洋」の文化は、すごくそうした精神性の高さがあって、それが、わたしには性に合っているのです。だから、わたしが、こころと身体を診れる鍼灸師になりたいと願うようになったのも、もっと目に見えないものも大切にしていきたいからなのかもしれません。
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emoticon-0128-hi.gif わたしが東洋医学を志したのは東洋哲学を勉強していたからです

わたしは東洋医学を志す前に、東洋哲学に興味があり、そういう勉強から、東洋医学を見ていました。だから、今もこうして鍼灸の治療の世界に入っていっても、物の見方や考え方のどこかに、根本的に東洋哲学のようなものが存在しています。それが治療を行なう上でも、何かと活かされているということは、自分でも興味深いことだと思っています。

よく東洋医学と西洋医学は、比較されますが、じゃあ何が違うのかといえば、わたしから見ると、西洋医学は、すごく闘争的な感じがするのですが、それに対して東洋医学は、非常に調和的です。例えば、「痛み」ひとつとっても、西洋医学は、これを悪い物というふうに捉えて、これを注射や薬を使って、押さえ込もうとします。ところが、東洋医学では、いいか悪いかという判断ではなく、痛くても、これは、神経の働きからいったら、正常な働きであると捉えるのです。だから、治療する時には、この痛いという神経の働きが、治療では活かされてくるのです。

もともと、東洋医学では、良性や悪性。いいか悪いかという二元論は、存在しません。いい時もあれば悪い時もある。「自然」が変化を繰り返すように、「人間の身体」も絶えず、変化しているというふうに捉えているので、悪い物はやっつけてしまおう。という考え方は、もともとないように思います。そこが闘争と調和の違いなのです。

わたしは、もともと東洋に生まれ育った東洋人ですから、自然と東洋的な物の見方や考え方が、自分に備わっています。ですから、治療も自分が、何が何でも治してやろうという考え方は、持っていません。鍼灸治療も同じです。治療者が治すのではなく。もともと患者さん自身が持っている「治そうとする力」自然治癒力で身体が良くなっていくのです。ですから、治療者はなるべくそれを妨げないようにする。治療者の立場は、あくまで自然治癒力を引き出すためのお手伝いなのです。

でもそれが治療の場合、面白いくらい効果を発揮するのです。どうして機械も使わない。薬の使わない。なのにどうしてこんなに患者さんの身体が回復していくのか?そう思う時が何度もあります。まさに、「自然流」これが、東洋医学の世界なのです。何でもそうですが、下手に敵を作って戦うより、調和していくように努力した方が、数倍いいのではないかと思います。みなさんはどう思われますか?
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emoticon-0128-hi.gif鍼灸や東洋医学について勉強される患者さんが増えてきた


どいうわけでしょうね。最近、すごく鍼灸や東洋医学について勉強されている患者さんが増えてきています。なぜそう感じるのかといえば、大した根拠ではありませんが、わたしの拙いブログを読んでくださる読者のみなさんが増えていること。それから、治療中に、鍼灸や東洋医学についって質問されてくる患者さんが増えていることなどです。

これは、私どもからすれば実に有り難いことです。多分、昔の日本では、鍼灸などは、日常生活の中に、当たり前のように、つかわれていました。それから、街なかや、田舎でも「鍼医(はりい)さん」という方がいらっしゃったりしました。また、家々でも、毎晩のように、もぐさを丸めて、身体にすえるという光景が見られたはずなのです。

ところが、どうして、そういう風景が日本から消えてなくなっていったのかな?といえば……。「明治維新」の頃から、政府の政策で、日本文化を切り捨て、西洋の文化を取り入れるという政策が始まったからなのです。「ざん切り頭を叩いてみれば、文明開化の音がする」といわれたように、切られたのは、何も「チョン髪」だけではありませんでした。「鍼」も「お灸」も「もぐさ」まで、切り捨てられてしまったのです。

昔の日本は「お医者さん」といえば、「鍼医(はりい)さん」のことでした。今の西洋医学のお医者さんは、「蘭方医」のことでした。それが、今は、完全に、医学や治療は、「医者」や「病院」で行なわれるものとして、「鍼灸」や「東洋医学」は、世間の片隅に追いやられてしまうようになったのです。

それが、また、情勢は少しずつ、再逆転とまでは行きませんが、世界の情勢でいけば、「鍼治療」や「東洋医学」が、見直されてきているのです。みなさんは、「鍼治療の研究」が世界で最も盛んに進められているのはどこの国かご存知ですか?実は、「アメリカ合衆国」なんです。それから、実際に、治療に取り入れられているのは、中国だけではなくて、ヨーロッパ諸国が、次にあげられているんです。

だから、日本でもわたしのような小さな治療院で、鍼灸や東洋医学について勉強される患者さんが増えてきているといっても、何も不思議なことではないと思うのです。例えば、ある日、ある患者さんが、こんな質問をされてきました。「鍼は、わたしには、他の医療に比べて、オールマイティーに思えるのはなぜですか?」

すごい質問で、一瞬、なんて答えていいのか分かりませんでした。でもよく考えてみると、「鍼の治療は、部分的なものではなくて、実は、脳に刺激を送って、脳自体を治療しているからですよ」って答えたのですが、わたし自身も驚きました。

実は、本当にそうなんです。鍼は、身体のツボに鍼を刺しているのですが、「ひびき」は神経を通して、「脳」まで到達しているんです。ということは、鍼が治療しているのは、筋肉ばかりではなくて神経も、更に言えば、「脳」自体を治療していることに他ならないのです。それが、治療をしていくと、段々分かってくるのです。

どうですか?鍼治療って、それだけでもすごいと思いませんか?だから、治療させてもらっているわたしも、患者さん自身も、奇跡のような治療結果に驚いて、どんどん、鍼灸や東洋医学に興味を持つのです。そしてまた、勉強されて、更に難しい質問を用意される方が増えてくるのです。楽しいですよ。「鍼治療」って、わたしもますます、この「東洋医学」という世界に、のめり込んでいきそうです。
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emoticon-0128-hi.gif陰陽は正負のエネルギーのバランス


男と女。親と子。こころと身体。昼と夜。病気と健康。生と死。この世とあの世。これらはすべてが、陰と陽です。およそこの世にあるものが、ほとんどすべて陰と陽に対比できるのではないでしょうか?似ている共通点がありながら、その反対のもの.それが陰と陽だと思っています。

わたしは、今は東洋医学を仕事としていますが、その前は東洋哲学に興味を持ち、孔子や孟子、老子や荘子などは、大変興味深く勉強しました。その甲斐があって、東洋医学を勉強し始めたころは、何の抵抗もなく、根本の考え方を理解することができましたので。それが治療にも、大いに役立っています。

陰陽で大切なことは、「世界は、ほとんどすべて陰陽で大別されていること」それから、「万物は、絶えず変化することで生命が存在すること」などなどです。こういう考え方は、論理や定義や証明を大切にする、西洋哲学では、あまり見られないことなのです。ですから、「自然」を根本にした考え方の東洋医学は、哲学的ではあるのですが、西洋哲学のように「科学的」とはいえないのです。

例えば、自律神経の働きを、「交感神経モード」と「副交感神経モード」に分けます。これは陰陽の考え方です。実は、大方の治療は、偏った「交感神経モード」を「副交感神経モード」にしてあげることなのですが。本当は、人間の身体は、働く昼間は「交感神経モード」それから、休息の夜は「副交感神経モード」になることが望ましいのです。どちらかがいい状態と決めつけることはできません。

それが上手くいかなくなった時に、症状や病気が始まります。だから、治療してあげることで、その切り替えがスムーズに行なわれるようにしてあげることが、目的なのです。およそものにはすべて正負のエネルギーがあります。それは自然の移り変わりや、成り行きを見ていればわかることです。ですから、人間の身体も、自然のひとつに過ぎませんから、エネルギーの変調が、こころや身体の変調となって現れるのです。

ですから治療者は、そこのところをしっかり押さえて、指圧でも鍼灸でも治療にあたらせてもらうことが大切なのです。また、陰陽は、難しいようですが、実は、とてもシンプルです。でも、宇宙の法則であることも事実で、とても深淵なものでもあります。患者さん自身も、あまり、頭で決めつけてしまわないで、バランス感覚を養うことも大切なのではないでしょうか?
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emoticon-0128-hi.gif 鍼治療が、花粉症に効果を発揮するのはなぜだろう?

昔、西洋医学と東洋医学の違いについて、友達と語り合ったり、自分自身も考えたりしたことがあります。その時に考えたのは、西洋医学は、身体に薬を与えるというように「プラスする」考え方ですが、それに対して、東洋医学は、身体から何かを減らす、何かをださせるといった具合に、「マイナスする」考え方が、傾向として見られます。これってちょっと面白いでしょう。

例えば、例えがいいか悪いかわかりませんが、「瀉血(しゃけつ)」といって、滞った血液を一時的にだすことで、循環や代謝を促進するという考え方をします。多分、西洋医学でも、このような処置はやっているのだとは思いますが、東洋医学のように、悪いものをだす。解毒。排毒という考え方は、そこまで積極的ではないように思います。

何で私がそういう考え方をするようになったかといいますと、こと「花粉症」にいたっては、「薬を使って治す」という考え方には限界があるなあと思うようになったからです。薬が効かないのは弱いから、だから更に「強い薬を与える」これも「「プラスする」考え方ですよね。でも結局はそうして、「プラスする」考え方は、先が見えているのです。いつかわ薬が効かなくなるという事態が起るということです。だから、そうなると、ちょっと怖いなあ。このままでいいのかなあって、心配する人が増えてもおかしいことではありません。

そこへいくと、東洋医学である鍼治療には、もとは自然のままの状態で上手くいっているのだから、悪くなった原因を取り除くという「マイナスする」考え方で、治療が行なわれます。もともと花粉症は、昔はありませんでした。食品が変わり、生産方法が変わり、環境が変わり、そして最後に、人間の身体が変わってしまったのです。例えスギ花粉が、猛威を振るっているといっても、「スギ花粉」が悪いのではなくて、スギを敵と見なした、身体の反応が判断をミスしているに過ぎないのです。

東洋医学では、「スギ花粉症」のことを「大腸系の病気」という見方をすることが多いです。食べ物や薬品から、多くの毒素を体内に吸収したことにより、体中の血液や体液や脂肪の中に毒素が吸収されすぎているために、身体の免疫反応が、判断を誤るというより、まわりに毒素が多いために、見境なく攻撃を開始する「過剰反応」に切り替わってしまったからなのです。

実は、私たちの筋肉もそうです。筋肉の拘縮(こうしゅく)のことを「コリ」といいます。実際は、筋肉の繊維をべったりとくっ付けている接着剤のようなもの。それが、疲労物質の「乳酸」です。その物質を、取り除くと、身体の中を血液の中の流れに従って、身体じゅうを巡りまわります。それが、私は「だるさ」の原因だと思っていますが、身体の老廃物はすべて、身体にとっては「毒素」です。そういう、毒素を、減らしていけば、またもとの身体の状態を取り戻せる。

そういう考え方は、限界がありません。あるとしたら「よくなる」という希望だけなのです。もちろんこれだけでは不十分ではあるのですが、体質を改善することで、「花粉症」もよくなっていくということは充分あり得るのです。

だから、私はこういう考え方を治療に活かそうと思っているし、実際に取り入れていくことにしました。実際に、「花粉症」においても、いい結果を得られているので、自信もって治療にあたることができます。とても嬉しいことです。
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emoticon-0128-hi.gif 東洋医学はこころと身体を診る医療です

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最近、ある友人から、「東洋医学ってなんですか?」という質問を受けました。そういう質問って、すごく難しいです。でも、あんまり、かしこまって難しく考えるより、自分にとっての「東洋医学」について答えてみようと思います。

じゃあ、改めて、私にとっての「東洋医学」ってなんだろう。を考えてみました。よく比較される「西洋医学」との比較で考えるなら。西洋医学が、「科学的」なのに対して、東洋医学は、「哲学的」です。ぼくは、「東洋医学」を勉強する前に、「東洋哲学」に興味を持っていたので、その知識が、役に立ちました。だから、「哲学的」ということがすぐに理解できたんだと思います。

でも、あまり難しく考える必要はないと思います。「東洋医学」は「陰陽五行」という言葉の概念を大切にします。この地球や宇宙や世界を「陰陽五行」の法則が支配しているという考え方です。例えば、「1週間」は「日・月・火・水・木・金・土」ですが、「月は陰」です。「日は陽」です。後の「火・水・木・金・土」は「五行」といって、地球を構成する5つのエネルギー。そういう考え方をするのです。

わたしたちを取り巻く宇宙を「大宇宙」と呼ぶなら、わたしたちの身体は「小宇宙」です。ですから、「小宇宙」である、わたしたちの身体も、「陰陽五行」の法則に支配されることになります。多分、このわたしのつたない説明では、「なんのことか、さっぱりわからない」と思われることでしょうね。よく「東洋医学」でいわれる「気」というのは、実は、簡単にいうなら「エネルギー」のことなんです。この「目に見えない」世界のものを相手にするのも、「東洋医学」の特徴のひとつです。

例えば、「目に見えない世界のもの」には何があるでしょうか?いろいろ考えられますが、「こころ」「意識」「意志」「精神」そういったものです。そういう「精神的」なもの一切を含めて、東洋医学では「陰」といっています。そしてその相対的なものが「陽」です。つまり、「精神的」に対して「肉体的」なものが、「陽」なんです。ということは何を意味しているかと言えば、「東洋医学」というのは、「こころと身体」の両面を診る医学ということを意味しています。

「西洋医学」は、「科学的」ですから、何でも切り離しがちです。「こころ」も「身体」も切り離して考えがちです。「心身一如(しんしんいちにょ)」という言葉がありますが、これは、「こころと身体は、ひとつである。切り離して考えることはできない」という意味です。ですから、わたしたちの治療は、必ず「対話」が必要になってきます。そういうことが、とても、「人間的」というか、「科学的」とは全く違う世界の医療で、わたしが、とても気に入っているところなのかもしれません。
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emoticon-0128-hi.gif 「気」ってなんだろう?

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目で見たものしか信じない人には、東洋医学は、不思議な世界に見えるでしょう。東洋医学でいう「気」ってなんだろうって思ってしまいますね。もちろん、「目で見えるか?」といわれても、見えるわけがありません。「だったら、それってなんだろう?」っていうことになってしまいます。

「気ってなんだろう?」って、いろんな鍼灸師の方に聞いてみたら、おもしろいかもしれません。わたしだったら、どう答えるか、考えてみました。ひとことで言ったら、「気とは、エネルギーのこと」です。人間の身体は、目に見える部分というのは、「肉体」しかありません。ところが、人間の身体は、その内側には、何層にも「体」と呼ばれるものがあるのです。「エーテル体」「幽体」「霊体」もしかしたら、まだあるのかもしれませんが、わたしが知っているのはその3つです。しかし、これらの3つの体は、残念ながら、一般の人には見ることができません。ただ自分が見れないからといって、ないという証明にはなりません。ごくまれに、1000人に一人くらいの割合で、「幽霊」を見る人もいるわけですから、何とも言えません。

ちょっと話がうさんくさいと思われる人もあると思うので、その話はこれくらいにします。ただ、わたしが言いたかったのは、人間の体をどう見るかということは、「治療の世界」においても、すごく大きな問題です。実は、科学的といわれる西洋医学というのは、目に見える世界しか扱いません。ですから対象となるのは、「肉体」のみということになります。ところが、治療で難しいのは、肉体だけの問題ではないことが多いからです。

だから、わたしは、治療者というのは、できるだけ治療に使う引き出しは、多ければ多いほどいいと思っています。東洋医学で使う、「経絡経穴(けいらくけいけつ)」というのは、気の流れとか、気が出入りするところという捉え方のようです。経穴は、簡単にいえば「ツボ」のことです。ですから、指圧をすること、鍼をうつことで、気の流れ、あるいは、エネルギーの流れを変えるという考え方なのです。そんなこと信じられるかどうか。という考えもあるかもしれませんが、実際にわたしたちは、それなりの結果や成果を得ているので、疑うことはありません。

それから、わたしは、「チャクラ」。人間の体の正中線上にある、7つのエネルギーが、出入りするところです。これはインドの伝統医学、「アーユ・ベーダー」の考え方をもとにしていますが、これもしっかり成果が出ているので、いくら目に見えないものを扱っているといっても、わたしには疑いようもないことです。

それから、わたしは、ある人の影響から、「量子力学」も少し勉強しています。物体にはすべて「波動」というエネルギーがある。物体には、わたしたち生命(いのち)があるのもと同じように「意志」と「意識」があるということも、すべて、治療に取り入れています。少し話が大きくなりすぎて、しまいましたが、わたしが、一番いいたいことは、「気はエネルギーだということ」それから、「目に見えない世界」こそ重要であり、そうした世界が、また、わたしたちの生命や健康や生活をささえているのだということです。
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emoticon-0128-hi.gif 陰陽は、宇宙の法則や自然の道理をあらわしている
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 わたしは昔から東洋哲学に興味を持っている。特に「陰陽論」を知ったとき、本当にすごいと思った。また上記の陰陽太極図を見たとき、世の中にはいろんな図形やマークがあるが、これほどシンプルにマトを得た図はそうざらにはないと思った。もうわたしが説明することもなくこの陰陽太極図は、誰もがよく知っていて、一度くらいは目にしたことがある有名なものである。そのためか、これをファッションにした若い人向けのグッズでも海や街でよく見かける。よく知られたところでは、Tシャツやサーフボードのどこかにこのマークを見ることが出来る。デザイン的にも優れているが、実はこのマークには、深い意味が隠されていることを、若者は、直観と感性で感じ取っているからだ。でも本当に見れば見るほど、すごくよく出来たデザインで感心せざるを得ない。

 前回のブログで「陰陽表」を上げておいたが、この「陰陽」の意味するところは実に広い。原子のようなミクロの世界から、宇宙のようなマクロの世界まで、世界をまっぷたつにしてしまうこの陰陽太極図のスケールの大きさには、あきれてしまうほどである。しかし、この本来の語源の「陰陽」は、「ひかげ」と「ひなた」から始まっている。太極的に一日を捉えたとき、世界は、昼と夜に分けることが出来る。昼はもちろん「ひなた」の世界。しかし、どんなに「ひなた」で覆われていたとしても、必ずどこかに「ひかげ」が存在する。それが「陽中の陰」といわれる小さな黒丸である。また、夜はまったく暗闇かといえば、まったくの暗闇の夜は存在しない。必ずどこかにかすかな「ひかり」が存在する。それは、「月の光」であったり、「星かげ」であったりというふうに、闇夜を照らす光も存在する。それが「陰中の陽」という小さな白丸である。これが陰陽図が表している世界である。しかし、このことはすべてのあらゆる世界の事物にあてはまる普遍の真理である。

 世界は、どのような世界であろうと、陰と陽というように対極にあるものを2元化する。つまり、どんな物や、どんな事も二つの世界に分けて考える事が出来るという事である。もっと平たくいうと。「世界は必ず、二つの事物がわかれて存在している」といえるかもしれない。しかし、二つ目の真理として、「対極にあるものとはいえ、100%黒だといえる物は存在しない。たとえ、ほとんど黒であってもどこかに白が存在している」そして、3つ目の真理として、「対極にある物事はは必ず変化を繰り返している。また、変化をくり返すことにより、そこに生命(いのち)が生まれている」

 これはまた、少し話が難しくなったが、図で見る黒と白のものは、頭とシッポのようなものが存在する。そしてこれが、あたかも右に回転する事を暗示している。つまり、事物には、エネルギーというものが存在している。そして、そのエネルギーは、ある法則性にもとづいて、ある一定の方向に動いている。川が必ず上から下に流れるように、蒸気が下から上に昇っていくように、必ず法則性にもとづいて動いている。「季節」も春から夏、夏から秋、秋から冬と繰り返し変化する。また変化する事でそこに「生命」が生まれるのである。

 多分この説明でもまだ理解できないという人に、もっとわかりやすい例えを示したい。前回のブロブの陰陽表の中に、「呼吸」に関するものがあった。実は「呼吸」も「陰陽」で成り立っている。「呼吸」は「呼気(こき)」が「陽」で、「吸気(きゅうき)」が「陰」である。だから、「呼吸」は、「はいて」「すって」の繰り返し、この繰り返すことで、わたしたちの「生命(いのち)」が維持されている。この繰り返しの変化が、止まったとき「死」が訪れる。だから、人間も動物もいのちがあるものは、すべて、変化を繰り返すことで、生命を維持しているのである。だから、川の水も、海の水も変化し動いているから生きている。しかし、水がその動きをやめて止まってしまった時に、いのちがなくなり、死んでしまう。水が死ぬと「腐る」のである。

 この「陰陽太極図」は、シンプルでありながら、このような宇宙の法則や自然の道理をわたしたちに教えてくれている。しかし、わたしたちは、その意味するとことをほとんど理解し得ないでいる。今日わたしが、少しだけ、解説をくわえさせていただいたが、これは、多分、長い文章のさわりのさわりにすぎない。多分この陰陽論を展開していったら、おそらく、長編の一冊の本が、書けてしまうほど、その意味は深く、多岐にわたっていることだろう。また機会があれば、時々、わたしの「陰陽論」をご紹介していきたい。ともあれこの陰陽の理論は、わたしたちの身体にも応用できるものなので、これをもとに「東洋医学」が、存在している。だから、「西洋医学」が「科学的」といわれるが、「東洋医学」は「哲学的」といわれるのもそのゆえんである。
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☆地上の楽園に沈む夕日は感動的。でもわたしの写真テクニックでは、いまいち表現できていない。
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emoticon-0128-hi.gif こころのあり方はからだに影響をあたえる

 わたしはどちらかといえば、西洋医学より東洋医学びいきである。というのは、西洋医学というのは、分析型の学問なので、どんどん切り刻んで、こころと体まで切り離して考えてしまう。ところが人間のからだというのは、こころと体は、切っても切っても切り離せない関係にあって、とことん影響し合っているものである。だから、「病は気から」というし、病気の人は、元気がない。残念ながら、東洋医学を学んだ医者はまだ、数の上で大変少ない。だから、患者さんの病気ばかりに目が向いているために、こころの問題は、二の次におかれてしまう。そこえいくとわたしたちのような指圧鍼灸師は、問診をしながら、治療をしながら、とにかく患者さんの話をよく聞く。患者さんが、せっかちだったり怒りっぽかったりすれば、肝臓はやられていないかとか。家族にご不幸があれば、肺は傷んでいないかとか。いろんなことに気を回し、治療にあたる。そのような観察が、治療にはとても大切になってくる。そこで、東洋医学を学ぶ学生がどのようなことを学んでいるか少し、紹介することにしよう。


emoticon-0136-giggle.gif 内蔵と気持ちの関係

1、肝臓………怒(怒りすぎ・ストレス)

2、心臓………喜(喜びすぎ)

3、脾臓………思(思いすぎ・考えすぎ)

4、肺臓………悲・憂(悲しみすぎ)

5、腎臓………恐(恐れすぎ・怖がりすぎ) 

       驚(驚きすぎ)


 この表は、学生時代から、何度もテストされ頭の中にたたき込まれれる。でもこの表からいろんなことを学んだ。わたしの父は、肺炎を患いなくなった。母に先立たれ、晩年は、悲しみに暮れることが多かった。だから、肺が弱い人やぜんそくに苦しむ患者さんには、できるだけ笑わせてあげたいと思う。脾臓が陰だとするとその裏の陽は、胃である。だから考えすぎの人は、いつも消化不良になって胃が痛むんだな。とか、腎臓の裏に「腎兪」という腰痛に効く有名なツボがあるが、そういえば、人は大きい問題をかかえると自分で支えきれなくなる。そうすると腰痛になるんだな。そんなことをいろいろ考えながら勉強した。ただ、よくわからなかったのが、心臓。人間は喜びすぎると、本当に病気になるのだろうか。確かに「狂喜」とか「狂気」という言葉もあるくらいだから、人間喜びすぎても狂いが生じてくるものかもしれない。何事もバランスの上に成り立っているのが人間のからだなのだろう。東洋医学は、そういうバランス感覚がとても重要視される。

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