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029.gif エンドルフィンは自然治癒力のみなもと

 わたしは以前、「肩こりも腰痛も筋肉のコリがほぐれて楽になるのではなくて、脳からエンドルフィンが出るから、コリがほぐれるのだ」ということをブログに書かせてもらった。最近は「神経反射療法」という治療方法を確立してから、その気持ちはいっそう強くなった。ただし、これは見える世界のものと、見えない世界のものという判別でいえば、明らかに見えない世界のものである。だから、実際にエンドルフィンが出たかでないかということは、患者さんの反応とか、実際に患部を触っての自分の感触を信じるしかない。もうひとつ、あげるとしたら、患者さんの表情の変化だろう。「ビフォアー」「アフター」という言葉があるが、写真んに残しておいたらおもしろいかもしれないが、本当に表情が変わる。あの明るくなった笑顔は、明らかに別人を思わせるくらい違っている。そういう意味では、「エンドルフィン」は、「幸福を呼ぶ媚薬(びやく)」といったところだろう。今日は、「エンドルフィン」について少し触れてみたいと思う。最初は「Wikipedia」より、解説を引用させていただくことにしよう。

072.gif エンドルフィン「Wikipedia」より

エンドルフィン (endorphin) は脳内で機能する神経伝達物質のひとつである。
内在性オピオイドであり、モルヒネ同様の作用を示す。特に、脳内の報酬系に多く分布する。内在性鎮痛系にかかわり、また多幸感をもたらすと考えられている。そのため脳内麻薬と呼ばれることもある。
マラソンなどで長時間走り続けると気分が高揚してくる作用「ランナーズハイ」は、エンドルフィンの分泌によるものとの説がある。二人以上で走ると効果が高い。また、性行為をすると、β-エンドルフィンが分泌される。β-エンドルフィンには鎮痛作用がある。

この脳内伝達物質は1975年に、異なる2つのグループによってそれぞれ発見された。
1つめのグループは、スコットランドのJohn HughesとHans Kosterlitzで、彼らは豚の脳からこれを発見した。彼らは、この物質を「エンケファリン」(ギリシア語で「脳」を意味する)と名づけた。
ちょうど同じ頃、アメリカ合衆国のRabi SimantovとSolomon H. Snyderは、仔牛の脳から同様の物質を発見し、彼らはこれを後に「エンドルフィン」と名づけた。Roger Guilleninらも豚の視床下部、脳下垂体などからモルヒネ様物質を抽出して、エンドルフィンと名づけた。この語は「脳内モルヒネ」を略したものであり、「体内で分泌されるモルヒネ」の意味である(モルヒネはペプチドではなく、動物内では分泌されず、いくつかの植物によってのみ生産される物質である)。

作用 「Wikipedia」より

βエンドルフィンは、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)などと同一の前駆体であるプロオピオメラノコルチン(POMC)に由来する。PAGに投射する視床下部弓状核のニューロンがエンドルフィンを分泌する。ストレス時に視床下部からCRFが分泌されると、下垂体前葉からPOMCから切り出されてACTHとβエンドルフィンが1:1の割合で放出される。
β-エンドルフィンは、μ受容体に作用し、モルヒネ様作用を発揮する。ストレスなどの侵害刺激により産生されて鎮痛、鎮静に働く。鎮痛作用はモルヒネの6.5倍の効果。 βエンドルフィンが中脳腹側被蓋野のμ受容体に作動し、GABAニューロンを抑制することにより、中脳腹側被蓋野から出ているA10神経のドーパミン遊離を促進させ、多幸感をもたらす。
βエンドルフィンはかゆみを増強させる。ストレス時に放出されるCRFが下垂体のACTH産生細胞らに働きかけることで活性化されるエンドプロテアーゼが、POMCを分解することにより産生され、かゆみを増強させる。
エンドルフィンは社会的安心感に関与することをJaak Pankseppによって発見された。
幼弱イヌとモルモットにモルヒネを与えると、母親から隔離された時に泣くことが少なくなる傾向が見られた。別離の苦痛の症状が緩和される。ナロキソンを投与すると、泣く頻度が増加した。
ヒヨコでも同様で、モルヒネを与えると泣く頻度が減少した。また、お椀を形作った人の手の中に包まれたときのヒヨコは、30〜40秒以内に目を閉じ、あたかも「模擬的な巣」の中にいるかのようになるが、モルヒネを注射すると反応が早まり(約9〜12秒)、ナロキソンでは延長した(約76〜124秒)。

分子生物学 「Wikipedia」より

モルヒネ様ペプチドには、少なくとも3系列が存在する。エンドルフィン分子は、大型ペプチド前駆物質を分泌する、プロ-オピオメラノコルチン(POMC)と呼ばれる遺伝子によって符号化されている。このPOMCは、視床下部の弓状核と下垂体において発現されるようである。最も良く知られたエンドルフィン分子は、アルファ、ベータ及びガンマの各エンドルフィンである。その中でも、ベータ・エンドルフィンは苦痛除去の時に最も現れるとされる。



029.gif 精神安定剤や鎮痛剤はエンドルフィンをまねて作られている
 
 少し言葉が専門的過ぎてあまりよくわからなかった人が多いだろう。簡単にいえば、エンドルフィンは視床下部から分泌されるホルモン一種で、神経伝達物質のひとつである。これに似た働きをするものに、麻薬や麻酔のようなものがある。つまり痛みや苦痛を取り除く働きがある。つまり、鎮静・沈痛・苦痛症状の緩和に効果を発揮することがわかる。ただしこちらは、人間がつくり出した、麻薬や麻酔と違って副作用は一切いない。人間にとってはいいことずくめである。

 麻薬や麻酔は、わたしたちの日常からは、あまり縁があるものではない。しかし、肩こりや腰痛が重症化して運動器系の疾患、あるいは、うつ病などの精神疾患には、よく使われる薬として、精神安定剤や抗うつ剤や睡眠導入剤や鎮痛剤は、比較的にわたしたちの身近にある薬である。というより、現代人の中には、それがないと仕事が続けられない。日常生活に支障が出る。ということで、体にあまりよくないことを承知で、飲み続けている人が多い。これは見方を変えれば、こういう人の体は、脳からこの「エンドルフィン」が出にくいということがいえる。だから、薬に頼らざるを得ないという状況が生まれている。これは、かなり悲劇的な状況といえる。つらいから薬を飲む。多少は、飲むと改善されるから、さらに飲む。しかし、完全によくなるということはないから、さらに飲み続けるしかない。しかし、このようにして、薬に頼る生活が習慣化すると、そこから抜け出せなくなってしまうというさらに恐ろしい状況が待っている。

 以前にブログにも書いたことがあるが、わたしたちの体は、大変怠け者である。だから、「エンドルフィン」に変わるような薬を飲みはじめると、「それでは、わたしは、もう作らなくてもいいんだね」って、そういうような考え方をするらしい。それは、花粉症やアトピー性皮膚炎の薬の「ステロイド」や、糖尿病の「インシュリン」にしても皆同じである。だから、それらの薬を使う時には、そういうことを覚悟のうえで飲まないと大変なことになる。しかし、医療関係の人間でそんなことを言う人間はほとんどいない。医者も看護婦も薬剤師にしても、薬を処方しても、そういう説明をしない。薬には作用と副作用が必ずあるが、それらの医療者から、副作用についての説明をきいたことがない。人間のからだは、薬に頼らない方がいいに決まっている。それがどうしてもそうはいかなくなったとき、短期間に薬を使って治す努力をしなければならない。絶対に、長期間にかけての薬の服用はいけない。それがその人の命取りになることもあるからだ。それにしても、「よく似ていて、似ていざるもの」それが、「エンドルフィン」と「精神安定剤」などの一連の薬物である。一方は、自然治癒力のみなもととなるものだが、かたやもう一方は、自然治癒力の役割の妨げになっているといわざるを得ないのである。
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☆わたしが毎朝、歩く散歩道。時間によっては、このような日差しが映し出される。
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029.gif病気が「直る・治る・消る」

直る

師匠 「『なおる』ていう字は、いろいろあるんですが、どのような字があるかわかりますか?」

わたしの頭の中では、「治る」というじがすぐに浮かんだ。今のわたしの頭の中は、この字でいっぱいである。治療院を始めてから今日まで、この字で頭の中は、埋め尽くされているかもしれない。そういっても過言ではない。すると、師匠は、ホワイトボードに、3つの「なおる」というじを書いた。

師匠 「まず第一に『なおる』ってこう書きますね。『素直』の『直る』という字です。性格が素直な方は、病気も治りが早い。『医療者が、こうした方がいいですよ』という言葉に、素直に受け止め、誠実に実行しようとする人。やはりこういう方が、早く病気がなおります」

 わたしも、確かにそう思う。わたしは、対患者さんとの関係は、けっこう信頼されている方だと思っている。でもやはり、わたしのアドバイスに対して、それを実行してくれるかどうかは、患者さん自身の性格などの問題にもよる。わたしは時々、困っている人から相談を受け、からだの状態を診せてもらうことがある。特にその対象となるのは、身体の軸、背骨と骨盤のゆがみである。意外とこのゆがみがある人が多い。もしこのゆがみが診られると、身体の重心が狂うために、肩こり腰痛の原因になることが多い。「ほっておけばなおる」という考えもあるが、ゆがみは、これまでの生活に何らかの問題があるから生じたのであり、そういう人が、ただ「ほっておけばなおる」ということは、まずあり得ない。

 事実を伝えるが、それから、受診行動をおこされる方は、正直あまり多くはない。治療が必要であることはわかっていても、だからといって、すぐには受診する気にはなれないらしい。理由は様々で、今までの治療に関する不信感、時間的なゆとり、経済的理由などであったりする。人は過去の経験から判断することが多く。素直に、治療者の意見を受け入れることが出来ないみたいである。仮に、「この人なら」という直感が働いたとしても、決断し、素直に行動に移すまでには、様々な葛藤が生じるらしい。まずそこに、「直る」か、「直らないか」の大きな第一関門がある。

 第二関門があるとすると、どれだけ医療者の指示に従えるかである。多くの患者さんは、過去の誤った生活習慣、からだの酷使、精神的なストレスから現在の症状を引き起こしている。それをどれだけ改められるかが、治癒する方法なのである。これはちょっと厳しいい方かもしれないが、病気や症状は、ほとんどの場合、患者さん自身が、つくり出すものである。痛みや症状は、それを本人に気づかせるためのメッセージである。わたしが考える治療者は、そのからだからのメッセージを患者さんに伝える役目を担っている。でもそれから先は、本人の性格が、大きく道を左右する。やはり師匠がいわれる「性格が素直な方は、病気も治りが早い」というのは、確かである。

治る

 一般的に「治る」という字がピンとくる人は多い。ところが、たとえ医療の現場であっても「治る」という言葉は、あまり厳密に語られることは少ない。今から15年前にわたしが師匠に出会い、とても共感したのは、師匠はこの「治る」という言葉を厳密に語られていたからである。

師匠 「人々は、よく病院に行き、病気が治った治ったといいますが、それは、「治った」とは言えません。ただ、薬によって、症状を抑えているだけにすぎないんですね。ですから、その証拠に、季節が巡ってくれば、また同じように病院に通い。同じことを繰り返しているだけなのです」

 わたしはすぐに、自分自身のことを言われているような気がして驚いた。わたしは子供の頃から花粉症を患い。毎年毎年、季節になると耳鼻咽喉科に通った。ところが薬というのは、症状が重くなればなるほど、強さが要求され、過去に用いていた、適当な薬は、無効になってしまう。やがてわたしは、用いてはいけない「ステロイド剤」を用いるようになり、それ以外の薬は受け付けなくなってしまった。やがて症状は、アトピー性皮膚炎、アレルギー性ぜんそくとつぎつぎに重症化し、気づいた時には、ステロイド剤を多量に使用し、「副作用」からそれ以外にも余病を引き起こすはめになった。薬の恐ろしさを知ったわたしは、それ以来、師匠がいわれる。「薬を使用した場合、ほとんどが『治った』とは言い切れない場合が多い」というのが、よくわかるようになった。

 だからわたしは、「急がば回れ」という言葉のように、仮に長い道のりのような気がしても、「投薬なし、手術なし」という方法をとることを考えるようになった。わたし自身が、職業を変え、鍼灸・指圧・マッサージの仕事を進む道を選んだのは、「自然治癒力」を引き出すお手伝いをする仕事であることに、誇りと生きがいを感じるようになったからである。だから、「治る」というのは、厳密にいうと、自然治癒力を用いて、自分自身の症状や病気を克服した時にはじめて用いられる言葉である。ということがわかった。

消る(なおる)

 わたしは、正直、師匠に教えていただく前は、このような字を用いることは知らなかった。師匠から聞いた話では、最高に高度の「なおる」なのだそうです。

師匠 「病気もケガも不幸もそれらはすべて、気づきのためのメッセージなのです。もし、それらの理由から、苦しんでいる人がいたなら、『因果応報』といって、必ず過去において、原因となる何かが存在するのです。それに気づき、認識を改め、行動を改めることで、その結果、病気が治り、不幸をもたらしてきた現象が消えていくのです」

 よく癌などの重病を患ってきた人が、奇跡的にその危機から生還した話を、テレビや本などで知ることがあります。奇跡が起こったのではなく。病気は、起こるべくして起こったのであり、癌が消えたのも、消えるべくして消えたともいえます。本当に不思議なことに、わたしは、信じられないような、事実を体験しました。もし「病気が消る」ということは、物事の真髄を究めた人にしか、与えられるものではありません。そうなれば、最高の治癒と同時に、あらゆる不幸とは無縁の最高の幸福も得られたのと同様なのです。
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合掌から治療が始まる
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治療院の治

 わたしの師匠は、大変きびしい方で、5年前、開業するにあたり、治療院の名前をみていただきました。エネルギー的にみて「八倉治療院」がいいということになったのですが、そのとき、「治療院」の「治」について、このように言われたのです。「治療院の『治』は、治すという文字です。治療院と名乗る以上、看板に偽りがあってはいけません。患者さんが、訴えてこられた症状が、治せないようでは治療院と名乗るべきではありません」と言われるのです。専門学校を卒業して、まだ何も臨床経験がないわたしです。そのわたしに、「治せないようでは、治療院と名乗ってはいけない」とおっしゃるのです。それどころか、またある日はこのように言われるのです。「もし、患者さんが訴えてこられた症状が、治せないようなら、料金はいただいてはいけません」と言われるのです。この言葉に、わたしがどれだけプレッシャーを感じてきたことか、おわかりいただけるでしょうか?

 というのは、わたしにとって師匠というのは、「絶対の存在」なのです。師匠が「こうしなさい」と言われれば、いつも、わたしはなんのためらいもなく、「はい」の二つ返事です。ちょっと古き一昔前の「師匠と弟子」の関係だったのです。でも全く、師匠は、無理難題をわたしに要求しているわけではありませんでした。実は、開業にあたり、大変な力と技を伝授していただいていたのです。多分、一般の方からしてみれば意外なことですが、わたしたちの世界では、「肩こりが治せれば一人前」だと言われています。実際やってみると肩こりというのは、肩甲骨周辺のすべての筋肉のコリをほぐすことで、相当大変な作業であることがわかります。わたしはと言えば、専門学校時代は、全く優秀な生徒ではありませんでしたが、真剣に「治療」ということを考えていましたので、卒業する前に、なんとか、「肩こり」を治すことは出来ました。それに、師匠のおかげで、開業して1年目から、難しいと言われる「頸肩腕症候群」や「「腰痛」「座骨神経痛」「大腿神経痛」の治療が、全くためらいもなく治療出来ていたのです。しかし、「患者さんが、訴えてきた症状が治せないようなら、料金をいただいてはいけません」ということになると、話は別です。こういう無理難題をさらっと言えるのが、わたしの師匠のこわいところです。

矛盾が矛盾でなくなる日がくる

 ところが、案の定、いざ治療院を開業しはじめてから、わたしはさっそくつまずきました。患者さんが要求してくる様々な症状を改善できるだけの力量があるはずはありません。そこで困って、師匠に相談を求めました。「わたしは、今日、腰痛で見えた患者さんを、どうしても治すことが出来ませんでした」すると師匠は、「あなたは、根本的なことを間違えていませんか?、誰が、患者さんの腰痛を治すのですか?あなたはとんでもない勘違いをしています。腰痛を治すのは、患者さん自身なのです。あなたは、患者さんの自然治癒力が働きやすいようにするために、お手伝いをしているだけなのです。勘違いをしてはいけません。あなたが、『治す』なんてとんでもない思い上がりです」と、おっしゃるのです。でもこれって、矛盾しているように思いませんか?わたしは、師匠が、「症状が治せないようでは、治療院ではない」といわれ、「師匠に、一歩でも近づこうとして、一生懸命に、治療してきたのに、これでは、わたしの今までの努力はなんだったのか」と、思えたのです。

 それにしても、確かに「人が人を治す」という言葉には、とても語弊があるように思います。どんな患者さんの症状や病気でも治してしまう師匠でも、「治させていただきました」とは仰っても、「治した」とは、めったに聞かない言葉でした。ところがこれをからだで理解するためには、わたしは相当の時間と、莫大な犠牲を払うことになったのです。一昨年の夏、わたしは努力のかいあって、患者数は、日増しに伸び、毎月記録を更新していました。ところが、自分自身が、疲労に倒れてしまったのです。わたし自身、「患者さんの症状を治す」という意識で、相当無理をしました。以前から師匠に言われていましたように、「人のからだは、神そのものです。あなたが患者さんのからだを治しているのではなく、からだが、あなたに治させているのです」こんな、アドバイスを受けたこともあります。しかし、「治す」と「治させていただきます」という言葉には、すごい意識の差があるのです。

 そういえば師匠に、治療で一番最初に教えていただいたのは、必ず治療をさせていただく前に、患者さんのおからだに対して合掌することでした。「今から勉強させていただきます」という気持ちを込めて、まずは、手を合わせること。これが師匠の、最も大切な教えだったのです。相手は神です。もし患者さんのからだに対して、敬意がないとすれば、たちどころに、治療者自身にも災いが降り掛かってくるのです。医療に携わるものすべての人に該当することですが、よく「悪いものをもらってしまう」というのは、医療者の意識に、問題があるのです。わたしの場合もやはり、見抜かれていたのです。合掌をしても、形ばかりの合掌であることが、心のこもっていない合掌こそ、これほど醜いものはありません。

 それがわかってから、わたしのこころの中で、「治療院の治」と合掌から始まる「勉強させていただきます」「ご病気を治させていただきます」という言葉には、何も矛盾がなくなりました。
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☆私は花が好きでよく写真に撮っているが、野に咲くこのような花が、とても可憐で美しく感じる。
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029.gif人間だけが自然の法則に反している

 昔から気になっていたことだが、体の不調や故障をを運動不足からだと思い込み、運動やスポーツで治そうと思っている人が多い。はたしてそれは正しいのか?考えてみる必要がある。ついこの間も、わたしが通っている体操の教室に、高年齢の女性が、体の不調があるのにやってきた。「わたし、今日は足が痛いんですけど。がんばります」というのだ。わたしが通っている体操の教室は、確かに体の負担が少なく。ある程度体に疾患や症状を抱えている人でも行うことができる。だから、高齢者も多く、年齢層もどちらかというと高めである。でもこの方は、明らかに膝に疾患を抱えている。同じ教室のよしみで、体を診させてもらったこともあるが、腰痛が顕著で症状的には、座骨神経痛や大腿神経痛がみられた。特に大腿神経痛がひどく、それが原因で膝痛を引きおこしていることは明らかであった。

 わたしの目から見ると、明らかにこの女性は、その日、教室を休んで、家で安静にしていることが望ましいと思われた。指導している先生たちも、「あまり無理をしないでください」とは、いっていたがさすがに、「今日は、お休みにしてください」とは、いえないようだ。しかし、この「痛さ」は、「休養をとりなさい」という「体からのメッセージである」痛みの症状がある時には、体は、どのような状態になっているかというと、首や腰などの主要部位が、筋肉は、収縮して固まったような状態になっている。これを「拘縮(こうしゅく)」といっているが、すべて、運動やスポーツは、筋肉を収縮させることである。「ストレッチ」は違うといわれる方もあるかもしれないが、「伸ばしている筋肉」がある時は、「拮抗筋」といって、その反対の筋肉は「収縮」されていなければならないのである。だから、「痛み」を感じている時は、スポーツは、痛みをさらに誘発し、筋肉にダメージを与えることはあっても、それでよくなることはない。「治療」と「休養」が必要なのである。

 ではなぜ、このような間違えが世の中には充満しているのだろう。わたしのところへ来てくれている患者さんには、「医師」もいるのだが、腰痛が治る前から「先生、何か、いい運動がありましたら紹介してください?」といわれたことがある。わたしは、慌てて「いずれ紹介させてもらいますが、今は、運動という運動は控えてください。少なくても、わたしが『いい』というまでは、運動はやらないでください」と、お願いした。実は、体の専門家である「お医者さん」でさえ、このような思い違いをされている方が多い。ましてや、「素人」である多くの方は、大半が、「スポーツ運動信仰」に取り付かれ、取り返しのつかない「過ち」をおかされることが多いのではないだろうか。実に不安な状況である。

 一方、自然界の動物はどうだろうか。動物も生きている限りは、ケガもすれば、病気もする。たぶん「痛み」を感じることもあるだろう。こういう時は、どうするのだろう?家で飼われているワンちゃんや猫ちゃんなら、獣医さんにみてもらうのかもしれないが、自然界に生きる野生の動物は、どのようにしているのだろうか。とても興味があるところだ。医者も薬もないかれらは、そのような時には、ひたすら自分のすみかから一歩も動かないで、じっと「休養」に専念しているのである。つまり、自然治癒力をが最大限に引き出されるのには、じっとひとつの場所にとどまり、動かないことが、一番いいということを知っているのである。一律に自然界の動物がそのように休養をとることを実行している。それが「自然界の法則」であるからだ。誰に教わったのか、知らないけれど、生まれたときから、「自然の法則」に従い、最善の方法をとっているのである。人間だけが、なぜか、愚かにも自然の法則に逆い、結果、取り返しのつかない過ちを犯している。それは、いったいなぜなのだろうか?とても疑問に思うことがある。
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☆最近買った解剖学の本。解剖学も生理学も、もうすっかり忘れてしまっているわたしは、時々、こういうやさしくまとめられた本を見ることにしている。図解がとても素晴らしいし、患者さんに説明してあげる時にも大変重宝している。指圧鍼灸師の治療の基礎も、やはり解剖学・生理学。ここから始まっている。
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029.gif 脳幹の働きが自然治癒力を引き出している

 インターネットで「脳幹」について調べてみた。その中でも脳のお勉強会は、大変に参考になった。ここから「脳幹」について調べたことを引用させてもらうことにする。

脳幹(のうかん)

人間の脳は大脳と小脳で構成されており、各部位がそれぞれ重要な役割を担っています。この脳で処理された情報は、脊髄を通って体の各部位に伝達され、実際 の行動に反映されるのですが、この脳と脊髄の間を取り持っているのが脳幹です。しかし、脳幹はただの脳の連絡口ではありません。

【脳幹の構造】

脳幹は大きく分けて、以下の4つに分類されています。

072.gif間脳(かんのう)

間脳は脳幹の中でも最も脳に近い部分のことです。大脳全体に覆われています。間脳は視床と視床下部に分けられています。視床は嗅覚以外の全ての感覚の中継点となっており、また、大脳を覚醒させておこうとします。視床下部は人間が生きていくうえで非常に重要な自律神経の最高中枢となっていて、内臓の制御、血圧の制御、体温調整、ホルモン分泌などを行っています。

072.gif中脳(ちゅうのう)

間脳の内側に位置しています。大脳皮質と小脳、脊髄などを結び付けている重要な中継点です。中脳自体も、高度な運動の制御、聴覚の中継所、眼球運動などを制御しています。

072.gif橋(きょう)

小脳との連絡路です。この橋により、小脳と大脳・脊髄などの連絡ができるようになっています。これがなくなると小脳との情報のやり取りが行われなくなりますから、体で覚えることが不可能になりますね。

072.gif延髄(えんずい)

言葉は有名であろうあの「延髄蹴り」の延髄です。呼吸と循環器(心臓)の制御を行っています。つまり、例の延髄蹴りというのは、人間の後頭部に位置する延髄にショックを与えることで呼吸と循環器の機能を阻害し、気を失っているところをフォールして・・・という技だったわけですね。

【脳幹の働き】

脳幹はいくつもの部分に分けられ、それぞれ役割は違いますが、全てをまとめて脳幹の働きを大別すると、以下の2つに分けられます。

人間の意識を制御する

人間がものを考えたり、行動したりできるのは、大脳が活動しているからですが、この大脳の活動を制御するのが脳幹の役割の一つです。
大脳は意識を担っているというお話もしましたが、その大脳が活動できるのも脳幹が活動させているからです。ちなみに、睡眠というのはこの大脳を休ませるために取るわけですが、この睡眠はホメオスターシスという体を調整する機能が働くことによって起こるもので、その機能は視床下部が担当しています。従って、睡眠にも脳幹が深くかかわっているということがわかりますね。

人間の生命を維持する

意識を制御するのも勿論大切ですが、それよりも重要なのが生命維持の機能です。大脳や小脳が部分的にダメージを受けた場合、その部分が請け負っている機能に障害が出る程度で済むこともありますが、脳幹の場合は自律神経やホルモン、呼吸にまで影響を及ぼしているので、人間の命そのものが危機にさらされます。
大脳や小脳が人間として重要なものであるのならば、脳幹は人間、いや、生物の命そのものにとって重要なのです。こうしてみると、脳幹は我々が寝ているときであっても、24時間年中無休で働いていることがわかりますね。
(以上が「脳のお勉強会」からの文章の引用です)


 本当に簡単なまとめですが、脳幹が、いかに人間にとって生きていく上で大切な働きをしているかがわかりました。師匠が、「病気はほとんどが脳とこころの問題」といったのは、そのためです。とくに脳幹の働きは、「自然治癒力」そのものだということがわかっていただけたでしょうか。前回のブログで「治療院からみた良い治療の三つの条件」であげさせてもらった血液循環の促進・自律神経の調整・新陳代謝の促進もすべて脳幹の働きです。ですから、わたしたち指圧・鍼灸師の仕事は、治す力=自然治癒力を引き出すお手伝いなのです。
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☆楽しかったとき、しあわせだった頃を思い出すときパクの姿が目に浮かぶ。
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037.gif 体重60.2キロ +1.8キロ 体脂肪20%

 わたしの今朝の計量では、体重60.2キロ。+1.8キロ。脂肪率20%。ようやく4日目で体重を60キロ代にもどすことができた。回復期は、人によっては、本絶食の時よりも難しいという人がいる。食べ物はおいしいし、今まで食べたいという気持ちの反動から猛烈な食欲がわいてくるからだ。その欲求を抑えながら、体のことを考え、食べ物の選択・食べる量・食べ方という点までコントロールしていかなければならない。だから、様子を見ながら、徐々に体重をもどしていくということが、何よりも大切である。

029.gif 絶食に成功し、病気を克服できた人がいるのはなぜでしょうか?

 病気には、いろいろな理由がある。体に蓄積した毒素。細菌やウイルスによる感染。両親や祖先からの遺伝子的な問題。(最近では、DNAを調べれば、その人が何歳ぐらいにどのような病気が発症するのかもわかるという)ほかにも、体質の問題など人により様々である。そして、わたしがこれまで多くの患者さんに出会いわかってきたこと、それは、こころとからだの関係には密接な関連があるということだ。それにしても、絶食に成功し、病気を克服できた人がいるのはなぜだろうか?

 率直に師匠に聞いてみた。「それは、あなたと気持ちやこころの状態が違っていたんです」そういえば、絶食中に、いろいろ教えてもらった友人がいた。彼女は、「絶食がそんなに大変ではなかった」という。「断食ダイエット」というのが、あることは知っていたが、本当に、絶食中にお肌が、すべすべしたり、つやつやになるそうである。そういう実感を味わったり、今まで、気にしていた体重の増加が、日に日に減っていく。それは、美しさを求める女性にとっては、よろこびともいえるものではないだろうか。これはあくまでひとつの例にすぎないが、気持ちやこころが違っていたことには間違いない。では、こころの状態が、どうしてからだにどう影響を与えるのか?またそれはなぜなのか?わたしは、次々におこる疑問を押さえることができなかった。

072.gif「こころとからだは苦しめてはいけません!」

 「脳の奥の中心に脳幹という部分があります。場所的には右脳と左脳をむすぶ間、脳と脊髄を結ぶつなぎ目の部分。その脳幹は、簡単にいえば、人間の生命を維持するのに最も大切なな働きをしているのです。呼吸・血圧・脈拍・自律神経の調整・ホルモンも分泌などが、この脳幹で行われます。実は、人が、病気になるか、健康になるかは、この脳幹の働きにすべて託されているというわけです」

 わたしは、以前師匠に「病気ってどんな状態ですか?」と訪ねたことがある。そのとき師匠は、「脳幹が切られた状態だ」とおっしゃったのです。つまり、脳も血管から送られた血液で栄養されているわけですから、その血管が、断ち切れた状態になった時に病気が起こる。といわれたのです。だから、体内から毒素を排毒するということは、大変に意義があることではあるが、それでも根本的な治療ではないということである。確かに花粉症の患者さんが、絶食に成功して宿便を出すことで花粉症を克服したとする。しかし、もしその方の食生活が悪ければ、またすぐに毒素がたまり、2・3年もすれば、また、花粉症に悩まされることもあり得るのである。わたしたちの健康が脳幹の働きに託されているとしたら、それを取り戻せる方法はあるのだろうか。その断ち切れた脳幹の血管を修復する方法はあるのだろうか?更にいうなら、人は健康になるためには、脳幹の働きが活性化することが何よりも大切になる。その方法とは?

 実は、師匠にいわせると「脳幹は、こころと密接に関連し合っている」というのである。もしこころが明るく健康であれば、脳幹の働きは、どんどんよくなり、体は健康になってくるというのである。「病は気から」ですか?といえば、「そうだ」といわれるのである。わたしが今回、病気を患ってからというもの、不安・心配・あせりから、わたしのこころは暗かった。確かに病に苦しむ人は、体ばかりではなくこころもこうした気持ちで苦しんでおられる方ばかりである。「あなたの体の調子は、決してよくはありませんね。今のあなたのこころは、真っ暗ですよ。それでは決して、よくはなりません。こころとからだは、苦しめてはいけません!」といわれたのです。そして、もしこころが明るさと健康を取り戻すならば、脳幹のひとつに間脳があるが、間脳が支配している60兆の細胞がすべて健康な状態に生まれ変わるといわれた。だから、明るく楽しく素直なこころでいきることがいかに大切であるか。そういうことを教えていただいた。また、そのための瞑想法・呼吸法もご指導していただいたので、これからの治療院の治療にも取り入れ使わせていただこうと考えている。

029.gif がんばる人ほど病気になる

 わたしは、やろうと思うと、どんなに体がきつくても平気で1週間くらい絶食をやってしまう人間である。しかし、わたしの周りには、そういう人がまだ他にもいっぱいいる。うつ病に苦しむ人。ガンを患う人。そういう人に共通していえることは、みんなみんながんばり屋さんの人たちばかりである。どんなにつらい時でも、どんなに体が疲れていても、自分を犠牲にしてまでなにがなんでもやり遂げようとする人ばかりです。しかし、本当はからだは、それを望んではいないのです。やはり、師匠のいう通り、わたしたちのからだは、神様からお預かりした大切なものであり、神そのものなのです。だからこそ、こころとからだは苦しめてはいけないのです。これまで、長い文章におつきあいいただきましてありがとうございました。(おわり)
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☆回復食3日目の今朝のわたしの食事。
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029.gifわたしの絶食の後の回復期

 今朝の計量では、わたしの体重は、59.0キロ。脂肪率20%。一番少なかった日が58.4キロでしたから+0.6キロになりました。少し体重の増加が少ないのは、今年はじめて便通があったからです。残念ながら宿便ではありませんでした。でも、もしかしたら、便秘が解消されたということで、このあと宿便も期待できるかもしれません。しかし、かりに宿便がでなかったとしても特にそのことで後悔することはありません。

 絶食をやめてから回復期ということで今は「回復食」という特別な食事をしています。1日目は、「おも湯」と梅少々。2日目は、「3分がゆ」とみそ汁と煮豆。というような感じであとは、絶食をやった日数と同じくらいの日数をかけて普通の食事に戻していきます。これに豆腐や消化のいい煮物などが1品づつ加わっていきます。回復期の基本は、「おかゆ」です。しかしいきなり「おかゆ」ではなくて「おも湯」「3分がゆ」「5分がゆ」「7分がゆ」「おかゆ」と徐々に「お米」の量が増えていきます。それを時間をかけてゆっくりとよくかんでいただきます。

 わたしは今日で回復期の3日目を迎えましたが、ちょっとしあわせな気分で毎日を過ごさせてもらっています。それは、食べ物がおいしくて仕方がないからです。はじめ、「おも湯」って聞いたことはあったのですが、実際に飲んだ経験はありませんでした。ですがそれを飲んだ時の何ともいえないおいしさ。あれはいったい何んなんでしょう?おも湯ですから、いっさい米粒はありません。もちろん、甘くもないのですが、「おいしい」と思ったのです。そのおも湯がおいしくいただけるのですから、そのあとの梅干しだって、みそ汁だって、イチゴやバナナだって、ものすごく新鮮で、味わいがまったく違ってしまいました。朝昼晩と食事がいただけるということが、どのくらい有り難いことか。感激してしまう毎日なのです。

037.gif 絶食中にちょっと考えたこと

 わたしは、絶食中ふらふらになると食べ物のことばかりを考えていました。テレビで何かおいしい食べ物が映ると、その味が思い出されました。おもわず「食べたい!」こればかりを連発していました。頭の中は、一日中食べ物のことばかり。思い浮かんでは消え、思い浮かんでは消える。そんな感じがずっと毎日続くんです。でも、そういう毎日が続くと、働かない頭を持ってしても、気づくことがたくさんあるのです。わたしが、こんなに執着している「食べ物って何だろう?」例えば、わたしたちの命の源。元気の源の「お米」。このお米は、土のエネルギーがないと育たない。いや水のエネルギーがなければ枯れてしまう。光合成を行うので空気のエネルギーも必要だ。それになんといっても、太陽の光のエネルギーがなければ絶対に育たない。それらの自然にある全部のエネルギーを吸収してできたのが、お米なのかと思う。何んだ、自然にある食材はみんな同じではないか。ということは、わたしたち人間は、食べ物からエネルギーを吸収していることでわたしたちの体そのものが自然のエネルギーそのものなんだな。やっぱり人間は、生きているといっても「生かされている」んだ。そんなことが、今さらのようにわかってきました。そういうことを改めて、しっかり認識できたことは、わたしにとってはとても重要な体験でした。もしわたしが、師匠から指導をいただかなかったら、そのことだけを収穫に絶食を終えることになったことでしょう。しかし、わたしが指導していただいたことばは、さらにわたしの認識を超えて深い世界に導いていくことになりました。(つづく)

 
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☆八倉治療院のシンボルのひとつ「眠りいぬ」
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029.gif わたしの絶食は間違っていました

 ありがたいものです。本当に困っている時は、誰かが助けてくれるものです。なんと今日最初のブログを書いた後に、電話を二件をいただきました。その内の一件は、わたしが崇拝している師匠からの電話です。超多忙を極めている師匠です。こんなことって1年に2・3度あるかないかの大変な出来事なのです。もちろん大切なことは、いつでも相談に乗っていただいたり、ご指導いただいているわたしですから、ブログを見たからではなく留守電のコメントを聞いてかけてくれたのです。そして、わたしの絶食の間違いを30分以上にわたって親切にご指導してくれたのです。

 ところで、ご覧になった方がいるかどうかわかりませんが、昨日わたしが書いたブログに引用させていただいた「心身健康堂」さんの「断食の効能」は、いっさい間違ってはおりません。(以下、引用します) 

断食の効能

断食は、宿便が排泄されるばかりではなく、次のようなさまざまな効能が明らかにされています。

1:病気や症状を治す力(自然治癒力)が最大限に引き出される。
2:病気を予防し、病気と対抗する力(免疫力)を上げる。
3:身心の体質を変える。(変身できる)
4:自己融解を起こす。(ダイエット効果など)
5:宿便を排泄する。(美容や病気・症状の改善効果)
6:環境毒素を排泄する。
7:スタミナをつける。
8:活性酸素を減らす。
9:遺伝子を活性化する。
10:心の毒素(トラウマなど)を排泄しやすくする。(心身症などの心の病を治す)


断食と宿便
 
【断食は宿便をとる最高の方法】
私たちの消化器は口から食べ物を入れると肛門から大便として出るまでに早くて18時間位かかります。
一日3回食べ続けるとすると、常に胃腸のどこかが働いているわけです。胃腸が働いているときは、はいってきた食べ物の消化に追われています。

しかし食物を入れないで、胃腸を休ませてやり、空腹にすると、腸からは腸の動きを亢進させるモチソンというホルモンが出ます。これは食べ物を消化するためではなく、腸内に残っている食べ物のカスや老廃物(宿便)を排泄するためで、この働きにより、腸は空腹になるほど、腸の動きは活発になり、宿便が排泄されるというわけです。これが断食すると宿便がとれる原理です。

【宿便は万病のもと】
宿便がたまると、これが異常発酵(腐敗)して、大腸菌やウェルシュ菌などの細菌の温床となって、インドールやスカトールなどの毒素やガスがでます。毒素やガスは腸壁から吸収されて、全身を回り、頭痛・肩コリ・めまい・疲れなどさまざまな症状が起こります。

宿便はついには、脳や心臓の血管が詰まる脳梗塞や心筋梗塞・ガン・膠原病(リウマチなど関節痛・筋肉痛や、皮膚の硬化等を伴う難病)・アトピー性皮膚炎など「宿便は万病のもと」といわれるように、実にさまざまな病気を引き起こします。ですから、断食により宿便がとれれば、これらの病気や症状が治ってゆくわけです。(以上が、引用文です)

 絶食の効果は、病院ではどうしても治らない重度な病気。特に免疫疾患といわれる花粉症・アトピー性皮膚炎・アレルギー性疾患などの患者さんは、間違いなく大腸に宿便があるといわれており、その宿便を取り除くことでウソのように治癒される方がいるのです。この事実は、どうしても否定することはできません。

 ところが、やはり、4日以上にわたる絶食は、「もろ刃の剣」です。難病といわれる病気をやっつけてくれることもあれば、その剣で自らの生命(いのち)を断ち切る危険性もあるからです。実際に、断食の効果を妄信することで自らの生命をなくした人も世の中には大勢存在するのです。ですから、あの統合医療の第一人者であるアンドルー・ワイル博士も3日以内の短期絶食は、おおいに勧めていますが、それ以上の長期にわたる絶食には、消極的です。もし長期絶食をやる場合は、医師か医療関係者のいる病院や専門の医療施設でやることを絶対条件に奨励しているのです。ですから、わたしのように医療関係者とはいえ自宅で自己流に行うことは無謀きわまりないのです。

 わたしが電話で師匠に諭されたのは、「人のからだやこころは人によってみんな違うのです。絶食という方法も、あう人とあわない人がいるのです。そして、その決め手は、こころです。その人が、絶食をどのような気持ちで行っているかが重要です。もしその人が、少しでも『辛いなあ苦しいなあ』という気持ちでやっていたとしたら、もうそれ以上続けるべきではないのです」ということでした。わたしはといえば、やはり辛かったのです。わたしの絶食に入った動機は、待っていてくれている患者さんをこれ以上待たせたくない、一日も早く治療院を再開したいという焦りからでした。それに絶食をやっている2日目、3日目くらいに腹痛に襲われ大変に苦しい体験でした。そうとう無理したことも確かです。ですから、ケースバイケースですが、だれにも勧められるわけではないことがわかったのです。そして、師匠がいわれたこの言葉が、大変に強く印象にのこりました。

072.gif「こころと体は苦しめてはいけません」

 わたしは、このブログにもスローガンとしてあげていますが、「八倉治療院は、こころと体を大切にする治療院です」。しかし、そのわたしが、自分のポリシーにあわないことを絶食療法として行っていたのです。ですから、わたしの絶食は間違いでした。しかし、わたしは今回の絶食や師匠からご指導いただいたことから多くのことを学びました。きっとそのことはこれから、治療院を再開してから、わたしの治療におおいに役立てることができるはずだと思っています。次回は、師匠がいわれた言葉「こころと体を苦しめるようなことをしてはいけません」といわれたことの根拠や深い意味について書いてみようと思っています。もし興味のある方はご覧になってください。ここまで長い文章につきあっていただきましてどうもありがとうございました。
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☆こんなふうに花を楽しむのもいいかもしれない。
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029.gif 今日で絶食をはじめて7日目になりました

005.gif 体重58.8キロ ー5.6キロ 体脂肪21%

025.gif 絶食を続けていいかどうか迷っています

 「もうそろそろ終わりにしましょうか?」と思いはじめたのは昨日のことです。昨日はすごく元気でしたので散歩もいつも歩いているコースをやってみました。ところが、20分くらいでもう歩けなくなってしまいました。心臓はドキドキ、息切れもあって。わたしは、近くにあったスーパーのイスに腰かけ、一緒に歩いていたいヒラリーさんに車で迎えにきてもらいました。やっぱり、散歩は少し無理みたいです。それから、昨日、絶食をはじめて2回目のお風呂に入りました。鏡で自分のからだを見たとき、あまりのやせように驚いてしまったのです。印象としては、十字架にかけられたキリストさまのような感じなのです。肉がなくなった分、皮膚はたるみ、肋骨をはじめ骨が浮き出て見えます。さすがのわたしもこの二つの現実には、少しショックを感じてしまったのです。ところがこうして7日目を迎えているということは、宿便どころか、排便すら止まったままなのです。これでは、せっかくここまで頑張ってきたのに、その苦労が、無駄になってはしないかと思うのです。そう思うともう少し頑張ってみようかなとも思い、大変迷ってしまいました。実は、わたしの患者さんであり友人でもある人に断食道場で絶食をやった経験がある人がいますので、昨日電話でお話を聞きました。そうしたら、断食道場では、本断食を終えた後に、回復期におも湯から始めるのだそうですが、その回復期の食事を食べはじめた頃に、宿便が出る人もいたそうです。もしかして、わたしの場合もそういうこともあり得るかもしれません。さあ、このまま当初の目的どおり絶食を続けるか?いったんここでひとまず絶食を終了し、またの機会に挑戦するか?わたしはどうすればいいのでしょうか?もしこのブログを読まれた方で、長期絶食の経験がある方がいましたら、教えていただけないでしょうか?

037.gif さあ、このまま当初の目的どおり絶食を続けるか?いったんここでひとまず絶食を終了し、またの機会に挑戦するか?
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☆蓮の花は、花の中でも特に美しさを感じさせます。泥沼の中から育ち、成長してこのように美しい花を咲かせます。その美しさは、神や仏そのものです。
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029.gif 今日で絶食をはじめて6日目になりました

 今日で絶食をはじめて6日目になりました。体重は、ついに60キロをきり、59.8キロになりました。ー4.6キロです。脂肪率は21%、いっこうに減る様子はありません。わたしが体重60キロをきったのは、何年ぶりのことでしょうか?たぶん、記憶が正しければ、10代以降、成人して貧乏学生をしていた頃、もしかしてあったかもしれませんが、何十年ぶりの出来事です。鏡で自分の顔を見ると、頬がこけて、これでしわさえなければ、大学生時代のあの頃にもどったような気がします。

 それにしてもわたしは元気です。なんで5日以上も食事をとっていないのに、どうしてこんなに元気なのでしょうか。昨日は、もうベットで寝ることもなく一日中起きていました。それから、少し家の周りを20分くらい散歩してみました。少し不安でしたから、ヒラリーさんに一緒に来てもらいましたが、それでも、問題なく歩くことができました。今日は、調子がさらに良く、ふらふらしていた頭が、すっきりしてきたような気がします。今日は、さらに散歩の距離を伸ばしてみようと思っています。

 ところで、わたしが、絶食をはじめて6日目を迎えているということは、気づいた方もいるかもしれませんが、まだ、宿便が出ていないということです。わたしがこの絶食をはじめたのは、宿便と一緒にからだの中の毒素を排毒したいというのが目的でした。ですから、宿便を出すことで、わたしの絶食は終わります。でもなかなか思うように排便できないのは、わたしの気持ちが強すぎるのかもしれません。昔わたしは師匠から、「求めるものは得られず」という宇宙の大原則について教えていただきました。また、師匠から「あなたが健康になれないのは、あなたの健康になりたいという気持ちが強すぎるからなのです」ともいわれています。だから、「これもやっぱり道理だな」と理解しました。

 ただ、わたしがどうして食べたいという欲求にも負けないでその「宿便」にこだわるのか、たぶんブログを読んでいる方でも理解することは難しいと思われます。そこで「心身健康堂」さんのHPに「宿便について」「断食の効果について」とてもいい内容の記事がありましたので引用させていただくことにします。そしたら、もしかしてわたしがやっていること何分の一くらいは、わかってもらえるかもしれません。(つづく)

037.gif 体重59.8キロ ー4.6キロ 脂肪率21%


☆これより「心身健康堂」さんのHPの記事からの引用です。

072.gif  断食ダイエットのすすめ

〔1〕出すことが先
身心養生苑(伊豆高原)では「からだの中から美しくなる」をテーマに、断食・ダイエット指導を行なっています。

【まずは汚れ・毒を出すこと】
これまで十万人近い方々の治療を通してはっきりわかってきたことは、美容・健康にいいからと、たださまざまな健康法を行なうだけでは、効果がうすいということです。

それは花びんの水を取りかえるときも、古い水を捨ててから新しい水をいれないと水はきれいにならないのと同じように、人間もまずはからだや心にたまっている汚れ(毒)を出してきれいにしてから、健康にいいものを入れないとからだや心は元気には、なりにくいからです。

私たちのからだは食べ物からエネルギーと栄養をとり入れ、それを代謝し、残りカスを排泄します。しかし排泄がじゅうぶん行なわれないと、老廃物を体内にためこむことになり、私たちの健康を阻害し、病気や症状をもたらすことになるのです。

〔2〕健康の第一歩は断食による宿便の排泄から
【宿便とは】
特に食べ物の残りカス、老廃物がたまりやすいのは腸です。この腸にたまっている食べ物の残りカス・老廃物が宿便とよばれているものです。

宿便とは、「胃腸の処理能力を超えて食べ続けた結果、腸管内に渋滞する排泄内容物」です。

たとえば1分間に自動車100台が流れる高速道路では、70台ならラクラク・通れますが150台の車が入ったら50台は渋滞してしまいます。これと同じ状態が腸に起きているのが宿便です。ではどうしたら宿便が取れるのでしょうか。実は、この宿便を排泄する一つの方法が断食なのです。
 
【断食は宿便をとる最高の方法】
私たちの消化器は口から食べ物を入れると肛門から大便として出るまでに早くて18時間位かかります。
一日3回食べ続けるとすると、常に胃腸のどこかが働いているわけです。胃腸が働いているときは、はいってきた食べ物の消化に追われています。

しかし食物を入れないで、胃腸を休ませてやり、空腹にすると、腸からは腸の動きを亢進させるモチソンというホルモンが出ます。これは食べ物を消化するためではなく、腸内に残っている食べ物のカスや老廃物(宿便)を排泄するためで、この働きにより、腸は空腹になるほど、腸の動きは活発になり、宿便が排泄されるというわけです。これが断食すると宿便がとれる原理です。

【宿便は万病のもと】
宿便がたまると、これが異常発酵(腐敗)して、大腸菌やウェルシュ菌などの細菌の温床となって、インドールやスカトールなどの毒素やガスがでます。毒素やガスは腸壁から吸収されて、全身を回り、頭痛・肩コリ・めまい・疲れなどさまざまな症状が起こります。

宿便はついには、脳や心臓の血管が詰まる脳梗塞や心筋梗塞・ガン・膠原病(リウマチなど関節痛・筋肉痛や、皮膚の硬化等を伴う難病)・アトピー性皮膚炎など「宿便は万病のもと」といわれるように、実にさまざまな病気を引き起こします。ですから、断食により宿便がとれれば、これらの病気や症状が治ってゆくわけです。

〔3〕断食の効能
また断食は、宿便が排泄されるばかりではなく、次のようなさまざまな効能が明らかにされています。
1:病気や症状を治す力(自然治癒力)が最大限に引き出される。
2:病気を予防し、病気と対抗する力(免疫力)を上げる。
3:身心の体質を変える。(変身できる)
4:自己融解を起こす。(ダイエット効果など)
5:宿便を排泄する。(美容や病気・症状の改善効果)
6:環境毒素を排泄する。
7:スタミナをつける。
8:活性酸素を減らす。
9:遺伝子を活性化する。
10:心の毒素(トラウマなど)を排泄しやすくする。(心身症などの心の病を治す)

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