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しばらく日本を離れます

 今日は2月最後の定休日です。今日は、疲れていて朝8時半まで起きれませんでした。さすがに2月に入ってから、知らず知らず、一人一人の患者さんに少しずつ無理をしていたようです。というのは、今月もう後1週間もすれば、私たちは、ニュージーランドへの長い旅行に出発します。ようやく、私たち夫婦の10年来の夢が実現するのです。

 そんなわけで、なるべく今、治療院に通っていただいている患者さんには、少しでもいい状態にしてあげたいという気持から、ついつい治療時間も長くなり、治療メニューもかなりふくらんでしまいました。そのぶん、私の生体エネルギーは、いつもよりは確かに多く消耗していました。私はこの仕事が大好きでたまりません。だから、患者さんが、よくなって喜んでくれる顔を見るのが何よりも楽しみです。だから、普段の日でも、そのためなら、多少無理してでも頑張ってしまう傾向があるようです。今月は、長期間の旅行に旅立つということが、その気持に拍車をかけていました。そういう私を見ていて、ヒラリーさんがいつも、心配そうな顔をして私を見守ってくれています。しかし、私は大丈夫です。それよりも、私の患者さんは、私を信じて本当によくついてきてくれます。そのことに対して、いつも私は感謝しているのです。

お助けできない人がいる

 話は変わりますが、このお仕事をさせていただいていてから、私には、どうしても、「お助けできる人」と「お助けできない人」がいることがわかりました。ある日、患者さんが、私にこんなことを言ってくれました。「先生、私は悔しくてしょうがないんです。………私は、先生に診ていただく前は、痛くてどうしようもなかった腕をあげられるようにしてもらいました。今では、腰痛までこんなに楽になり本当に助かっています。だから、機会あるごとに、私と同じように困っている友達に、先生のところを紹介しているんですが、それが、なかなか思うように伝わらなくって悔しくって仕様がないんです」ということでした。私はこれを聞いて、有り難いやら、申し訳ないやらで、何ともいえない気持になりました。

 そういう私も、実は、普段同じような気持を味わっています。つい先日も、よく行く「田代の郷」温泉で親しくなった人で、明らかに大腿神経痛から左膝痛を起こしている人がいました。私はいつも見るに見かねて、この方が気になっていました。だからある日、おせっかいは承知で、「もしよろしければ、私にあなたの左膝の治療をやらせてもらえませんか?」ということをお伝えしてみたのです。しかし、その答えは、「いいえ、大丈夫ですから」という返事でした。左膝をかばって歩く姿から、大丈夫でないのは、誰が見ても、明らかでした。ところがこうして断られた以上、私にはどうして差し上げられることもできないことも明白でした。

 この世には、身体が不自由で困っていく人は山ほどいます。ところがほとんどの人は、もう既にあきらめてしまっています。きっとこれまで、いろんな病院でお医者様にもかかり、いろんな方法を試されている。そればかりか、身体にいいということは、既にいろいろ試されているのです。私が声をかけた方は、膝痛がよくなればと、もう10年以上も毎日毎日温泉に通われています。家には、30万円以上もする医療メーカーのマッサージの機械があります。膝にいいということで、何十万もするコラーゲンのような市販薬も試されています。しかし、正直な所お手上げ状態でした。もう心の底では、自分はこの痛みと一生つき合っていくしかないだろうと、覚悟を決めているようなのです。だから、私の申し出も、この方には迷惑以外の何ものでもないのでしょう。しかし、私には「よくなる」という自信がありましたから、その方の胸の内もわかっていながら、声をかけずにはいられなかったのです。だから、私の患者さんが「悔しい!」と打ち明けてくれた気持が痛い程よくわかったのです。

半信半疑の人が大半を占めている

 私がお助けできないと感じられる方の第一は、「あきらめてしまった人」です。しかし、それに近い人は、かなり多いと思います。現に私の患者さんであっても、「半信半疑の人」が多いです。いいえ「半信半疑の人」が、ほとんど大半を占めています。実は、先日も私に正直に、ご自分の気持を聞かせてくれた患者さんがいました。「先生、先日は、私の仕事の都合で、勝手に治療日を延期してしまい申訳ありませんでした。先生に叱られて目が覚めました。正直言いまして、今まで、この膝が治るなんて信じられなくて考えてもいませんでした。でも先生は、私が考える以上に私の身体のことを真剣に考えていてくれたことがわかり嬉しくなりました。これからは先生のおっしゃる通りにしますので、どうぞよろしくお願いします」という言葉で、私は、この患者さんがよくなることを確信しました。

 この患者さんは、70代の女性です。本当に八倉治療院に来た頃は、痛い右膝を引きずって歩いていました。ベットに横になっても、両膝とも真っすぐ伸びませんでした。寝返りを打つ時も膝が痛むらしく、そっと静かにゆっくりと寝返りを打っていたそうです。それが最近では、膝がほぼ真っすぐに伸びるようになり、お風呂の中でお湯に浸かりながらですが、膝を曲げて正座ができるようになったそうです。だから、本当に喜んで、いつも私に感謝の言葉をかけてくれました。そこまで順調に治療がすすんでいたのに、それでも、「自分の膝がよくなってしまうということがまだ信じられなかった」と、おっしゃっています。確かに、膝痛は、腰痛から来ています。だから、膝痛で見えた方は、大腿神経痛・閉鎖神経痛・座骨神経痛のほとんど神経痛症状を持っています。腰痛が重症な状態が膝痛の方なのです。また、身体中の体重を支えるところでもありますから、上半身の病気より治りにくいし、また、それなりに時間がかかることも確かなようです。そこに、この患者さんの迷いが生じさせる要因があったのです。

 しかし、その患者さんも今では、もうほとんど完治に近い状態にまで持っていくことができました。私は、治療に関していつも明るい見通しを持っています。「必ずよくなる」と信じて治療を行っています。もし良くならない状態であれば、はじめから正直に、伝えることにしています。だから、後は患者さん自身の問題になります。本当に治す気持があるのか、そうでないのか。その気持が、後の結果にかかわってくるのです。第二の「お助けできない人」は、「半信半疑の人」です。というよりも、「本当に治したい」という気持に関わっているというふうに私には思えます。本気で「治したい」という気持になれない以上、私には、どうしてもお助けすることはできないのです。

よくなる人はどんな人か

 反対によくなる人はどんな人かといいますと、「感謝」のこころが、人一倍おおせいな人です。こういう患者さんは、いつも、プラス思考です。だから、よくなっていく状態しか目を向けていません。だから、身体のほうもいつの間にか、よくなってしまうのです。それから、「素直」なこころの人です。これに勝る人はいません。こういう患者さんは、本当によく私の指示を聞いてくれます。「こうするといいですよ」といえば、必ず実行に移されます。「こういう点に注意してください」といえば、必ず守ってくれます。だから、病気にかかってしまったことが、まるでウソのように回復されてしまうのです。私が、「きっとよくなりますよ」といった言葉に対して、「本当によくなるんだ。きっと治るんだ」と確信した人だけが、最後まで病気やケガを克服できる人です。まずは、この世界は、「こころありき」なのです。それから、人間の身体というのは不思議なもので「100%よくなることを望んでいる人は、なかなかよくなりません」いや、絶対に、治りません。だから、そこでも、人間は「感謝」することがいかに大切なことか、試されているような気がするのです。

 私は、何回でもこのブログに書いていますが、あくまでも病気やケガを治すのは、私ではありません。あなた自身なのです。正確に言うと、あなた自身が持っている「治す力」=自然治癒力が、あなたを治してくれているのです。もしあなたが、ご自分の身体のケガや病気からあきらめてしまっているとしたら、決して病気やケガは治りません。あなた自身の「自然治癒力」を否定していることになるのです。またもし、あなたが、半信半疑な人であるなら、ご自分の自然治癒力についても疑いのこころを抱いていることになるのです。そうではありませんか?もし私のいうことが間違っているのなら構わないのですが、少しでも事実だと思われたなら、もう一度、あなた自身の考え方を問いただしてみる価値はありそうです。

 八倉治療院はもうすぐ4年目をむかえます。今まで重症だった患者さんがよくなっていく姿を、私自身も、もう何人も見させていただいています。しかも「メニエール病」「胸郭出口症候群」「頸肩腕症候群」「肩関節周囲炎」「大腿神経痛」「座骨神経痛」「膝関節炎」などなどです。普通なら、よくならないといわれている重症の症状ですが、ほとんど何ヶ月とはかからない短期間で見る見るうちによくなられていくのです。あくまでも、治療は、自然治癒力を引き出すためのサポートです。人の身体をよく知っている人は、そのあまりにも緻密な構造と働きに驚嘆して、よく人体を「小宇宙」に例えます。しかし、そこに働く、自然治癒力に対してあまり高い評価や価値をおこうとはしません。しかし、この自然治癒力の力を知り信じている人にだけ、いつもそれは、奇跡のような力を与えてくれます。私たち治療者は、あくまでその力を引き出す、お手伝いをしているだけに過ぎないのです。

 特に八倉治療院では治療方法は、何か特別なことをやっているわけではありません。もし違いがあるとすれば、私が、専門学校以外に、「師匠」という特別に立派な、先生についてご指導いただいていることです。もうかれこれ、師匠にご指導いただいてから10年以上になります。しかし、その内容のほとんどは、「技術」的なものではなく、「こころ」のあり方の問題でした。私は、その考え方にしたがって、それを実行しているだけに過ぎません。しかし、やはり、それは、正しいのです。間違っていることには、間違った答えしかでません。でも反対に、それが正しければ、正しい答えが還ってくるのです。ここには、間違いなく「宇宙の法則」のひとつである「因果応報」という仕組みが働いているのです。だから、あなたも絶対にあきらめないでほしいのです。そして、もっともっとあなた自身の身体を大切にしてほしいのです。

「決して、あきらめてはいけません!」
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☆治療院ではよく見かける経穴人形
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 私の名刺には、「鍼灸師・あん摩マッサージ指圧師」というふうに書かれている。これは、私がこれからずっと背負っていく看板であり、肩書きである。でも少し長すぎだから世間的には、「鍼灸マッサージ師」ということで通している。私は、この肩書きが気に入っている。だから、いつも抵抗なく、相手の気持を意識しないで、名刺を渡せることができる。それはなんと素敵なことだろう。私は以前、◯◯高校教諭とか◯◯中学校教諭という肩書きの名刺を持っていた。ところが、あまりその名刺を人に、あげた記憶がない。いつも学校を変わるたびに新しい名刺を作るのだが、使い切るなどということは、皆無といっていいほどなかった。

 私は、以前は、教師であったから、昔から、人から呼ばれる時には、「◯◯先生」と呼ばれていた。ところがこの「◯◯先生」と呼ばれることに大変「抵抗」があった。なぜなら、普通の大人から「先生」と呼ばれると、この人は、私のことをどんな気持で「先生」という言葉を使っているのだろうか、と考えてしまうからだ。「先生」は明らかに敬語である。ところが、世間には、「先生と呼ばれるほど、バカではない」という慣用句もある。それほど、「教師」は、「世間知らず」の「おバカさん」が多いのだろう。だから、相手が、私の仕事を「尊重」して言ってくれているのか、それとも、やはり「軽蔑」しているのか、わからなかったからだ。私は、なるべくなら、「先生」と呼ばれたくない。そう呼ばれることを避けてきた。それが、教師時代の、私のささやかな「抵抗」とも言えた。そのくらい私は、「先生」と呼ばれることが嫌いだった。

 ところが、「鍼灸マッサージ師」となった今は、「先生」と呼ばれることに「抵抗」がなくなった。患者さんから、「先生」と呼ばれれば、素直に「ああ、私のことを認めてくれているんだな」と思う。また、「八倉さん」と「さんづけ」で呼んでくれれば、それはそれで、私に対して「親しみを感じてくれている」ことに、また違った喜びを感じる。つまり、「呼称」に対するこだわりが、ほとんどなくなってしまっているのである。これは一体どうしたことなのだろうか?本来、同じ「先生」であることは確かである。ところが、両者は、スタンスがまったく違っている。私達「鍼灸マッサージ師」というのは、「患者さん」とは、ほとんど横の関係といってもいい。ちょうど、患者さんに肩を貸しながら、同じ歩調で歩いているような感覚がある。そのスタンスが、私はとても気に入っている。

 また、どちらも「世のため人のため」の仕事であることには違いないが、「鍼灸マッサージ師」の仕事には、「教師」のような押しつけがない。本当に困っている人だけが、向こうからやってくる。こちらは、ただ、助けを求めてきた人にだけ応えていればよい。そういう気楽さがあるからだ。また、「治療者」と「患者」には、不思議な関係が存在する。私の場合は、「患者さんが」仮にどんなに年上であろうと、世間的に偉い方であろうと、それだけでは、「尊敬」できない。また逆に、私より年が若かろうと、どんなに貧しい方でも、あまり、人の評価には結びつかない。ただし、敢えていうなら、私の場合は、「自分の身体のことを大切に考えているかどうか」のただ一点で、人に対する評価はガラリと変わってしまう。私は、ご自分の身体を大切に考えている人は、誰でも尊敬する。また、その反対の人であれば、どうしても尊敬する気にはなれない。それが、私の人に対する評価であり見方でもある。

 ごく普通な自然な関係。それは、私達「鍼灸マッサージ師」の場合は、「医師」と違って、あまり、人の病気を「治す」という意識がないからだと思う。これは、もしかしたら私の場合だけかもしれない。病気を「治せる」とか「治せない」かは別として、私の「鍼灸マッサージ師」としてのスタンスは、あくまで、人助けは、「お手伝い」である。病気を「治す」のは、そのひと本人の問題であると思っているからである。現に不思議とそのようになっていく。いくら人が困っているから、手を貸してあげたいと思っていても、助けることができないことはいくらでもある。また、怪我や病気の状態が、どんなにひどい状態でも、本人が一生懸命に「治そう」という思いが強い方は、自然に「治癒力」がはたらく。どうしたって身体の方で「快方」に向かっていくのである。やっぱり、その人が、自分の身体のことを、どのくらい大切に考えているかが、治癒力の決め手となって、明暗を分けているように思える。この仕事に就き、「人間」というものを、教師をしていた頃とは、また、別の違った角度で観ることができるようになった。それは、私にとって大きな収穫である。


   
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004.gifヘルニアは治る?(「くち得ナビ」の相談・質問掲示板より)

 「ヘルニアで悩んでいます。病院へ通っているのですが、あくまでも改善では無く、一時的に痛みを和らげるだけの治療にしかすぎません。手術はしたくありません。なにか良いアドバイスがあれば、教えてほしいのですが」

058.gif「手術をしないで、治すことを考えるのが、主流となってきています」

 「ヘルニア」は、頸椎なのか腰椎なのかということで、症状が全く変わってきます。せっかく病院に通っているので、どこの部分(椎骨の何番目)かを知っておく必要があります。お答えは、最も一般的な「腰椎椎間板ヘルニア」ということで、述べさせていただきます。

 「椎間板ヘルニア」というのは、腰椎の間にある椎間板が、飛び出すことで神経根を圧迫し、腰痛を引き起こす病気です。比較的、若年層にも多く見らる。ポピュラーな腰痛の原因のひとつです。整形外科では、レントゲン撮影で椎間板の飛び出しが確認できるために、神経根を圧迫している様子がよく分かります。この場合、ひどい場合は、入院して様子を見ます。安静にすることで痛みが治まる場合もあります。それでも痛みが治まらない場合は、ブロック注射で痛みを抑えます。さらにそれでも、痛みが治まらない場合は、手術により、飛び出した椎間板を切除することで、神経根への圧迫を取り除きます。ところが、最近では、椎間板の再生に支障があるということで、このような手術をしないで、治すことを考えるのが、主流となってきています。そこでは、「鍼灸マッサージ」などの治療は、もっとも有効な治療法であることはいうまでもありません。

 そもそも「椎間板ヘルニア」がなぜ起こるのか考えてみる必要があります。椎間板は、もともとは、椎骨と椎骨をつなぎクッションの役割を果たしています。それが飛び出すということは、それをサポートしている筋肉が異常なくらいに拘縮していることを表しています。脊柱を支える筋肉としては、伸筋群として、多裂筋、最長筋、腸肋筋などの脊柱起立筋があります。また、屈筋群として主に大腰筋があります。これらの筋肉が拘縮してくると椎間板は、上下から圧迫を受けることにより、飛び出すことが考えられます。ということは、単純に考えても、拘縮している筋肉を緩めて柔らかくしてあげることで、椎間板の飛び出しを食い止めることができるのだということが考えられるはずです。だから、「椎間板ヘルニア」って聞いてもそんなに驚かなくてもいいです。それより、治療の専門である信頼できる鍼灸マッサージ師を探すことの方が、より大切になってきます。

 ここで心配なのは、知らないことのために、患者さん自身が、誤った治療を受けてしまわれることです。先に整形外科の治療の話をしたが、病院で処方される痛み止めの内服薬は、あまり飲んで欲しくない薬です。神経が痛みを発するのは、身体が、私たちに警告を発しているからです。「これ以上無理すると危険ですよ」。言葉を発する変わりに、このような痛みという現象を起こすことで私たちに危険を促しています。これはまさに、身体を守るための安全システムが正常に働いている証拠です。「鎮痛剤」が、いかに私たちの身体のシステムからいって自然に反するものかは、以上の説明でわかっていただけだと思います。ましてや、神経を麻痺させることで効果を発揮する「ブロック注射」が、いかに危険な物であるかは、想像するだけでも恐ろしいことだと、私には思えます。このような、神経に作用する薬なり注射なりの治療を受けた患者さんほど、私たち「鍼灸マッサージ師」の治療に、効果が発揮されにくい場合が多いのです。私たち鍼灸マッサージ師の力を借りて、あなた自身の持っている自然治癒力で治されることが、最もいい方法です。
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☆龍村仁さんから届いたお便りとパンフレット
 
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 昨日、龍村仁監督からの便りが届いた。「地球交響曲第7番」は、2010年3月の完成を目指しているとのこと。今、編集作業の段階に入っているそうだ。「地球交響曲第7番」の楽しみは、アンドリュー・ワイル博士が大切な登場人物として取り上げられているということだ。アンドリュー・ワイル博士といえば、世界各地の伝統医療と西洋近代医学を統合する「統合医療」の世界的第一人者である。また、私と同じように「自然治癒力」を第一に考えておられる。今、世界で最も注目されている医療の人である。地球交響曲でこのように医療の世界の人が取り上げられるのは初めてである。それだけに今度の作品「第7番」は、私にとって、今まで以上に期待を持て楽しみにしている。
  
 私は、人体を「小宇宙」と考えているが、龍村監督は、地球そのものをひとつの生命体と考え、この作品を制作している。だから、自ずと「自然治癒力」に対する考え方も人並み以上にスケールの大きい捉え方をしている。今回は、送られてきたパンフレットに作品第7番の龍村仁監督自身の「自然治癒力」に対する考え方の特徴的なものが見られる。それが、とても素敵なので、その文章を引用して紹介させてもらうことにする。


 ☆龍村仁監督作品 地球交響楽第7番

「〜全ての生命が潔く、健やかに生き続けるために〜

 地球交響曲「第7番」は、母なる星GAIAからミクロのバクテリアまで、この世の全ての生命体が、その内部に秘めている生命の叡智・自然治癒力の健やかな発現を願い、祈る作品にしたいと考えています。
 自然治癒力とは、ふだんから全ての生命体の中で働き続けていて、その複雑極まりない生命システム全体の統一と調和を備えている“目には見えない力”のことです。
 時に、その生命体が命の危機に遭遇した時、それまでの自分の生命システムを一気に変えて、その危機的状況下でも生き延びることができる新しい生命システムに組み替えてゆく、神秘的な力も秘めています。極まれな例とはいえ、末期がんや不治の病から奇跡的に生還され、健やかに生き続け、穏やかに生を全うされた方々のお話をお聞きになったことがあるでしょう。彼らは異口同音にいいます。
「命の危機に遭遇した時、その苦しみを忌むべきこととは捉えず、かけがいのない試練と受け止め、感謝の思いすら持って、身体の内なる声にしたがって、今、自分にできることを精一杯やっていると、フト気がつくと死の淵から生還していた」というのです。
 すなわち、危機的状況下で自然治癒力が、健やかに方向に発現するか否かでのひとつの鍵は私たちのこころのあり方にあったのです。
 今、母なる星GAIAは、悪性の肺炎に苦しんでいます。過激化する天変異変は、自らの力で病を治そうとするGAIAの巨大な自然治癒力の現れです。そして、私たち人類は、そのGAIAのこころをになう存在です。
「第7番」では、「GAIAの自然治癒力」の健やかな発現を願って、GAIA本来の「心」とはなにか、その「心」に寄り添うために、私たち人類は今、なに気付き、なにを捨て、なにを取り戻すべきか、を問いたいと思います。

「第7番」のキーワード

変えられないことを受容する落ち着き
変えられることを変える勇気
その二つの違いを見分ける賢さ」


 ☆回数的には数えるほどの機会に極少ない会話しか交わしたことしかありませんが、私は、龍村仁さんのことを「魂の兄」のような存在として考えています。また、仁さんもきっと、私のことを「魂の弟」のように考えていてくれていることと思います。多分私たちは、「魂の兄弟」。ソウルメイトなのでしょう。だから、今現在、私たちが、このような時代に同じような意識を持ち、同じ目的に向かって歩んでいることが、何よりも嬉しく感じられます。
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☆ここにも「自然治癒力」のカエルがいる。隣りのランプがつくと暖かさを演出してくれる。
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 今から30年も前のお話。大学を卒業して初めて勤めた学校に、私が大好きだった先輩教師がいた。彼は、ある日、私にこんなことを質問した。「人間と動物で一番違う点は何か、わかりますか?」「それは、人間は困っている人を助けてあげることができるということなんだ。動物にはそれができない」そういう含蓄のあるお話をしてくださる先輩がいた。私は、この先輩から、立派な教師になるための、いろんな大切なことを教えていただいた。その中でも、この言葉は、先輩の人柄同様に、強く印象に残っており、30年もの歳月が経っているというのに、いまだにいっこうに色あせることがない。その後、私の人生は、大きく方向転換をしてしまったが、今でも、「困っている人がいれば、助けてあげよう」という気持は、全く変わっていない。いや変わらないというより、「この仕事ほど、困っている人を助けてあげられる仕事はない」と、自分では自負している。そういう意味で、私は、大変に幸せ者だと思っている。
 
 先日ブログの中で書いた、「指圧」の浪越徳治郎先生のスローガンを紹介させてもらった。「指圧のこころは、母ごころ。押せば生命(いのち)のいずみわく」は、指圧というものと、施術者のこころを的確に表現したものだ。ということでご紹介させてもらった。私は、今でも母親と子供の関係ほど強い絆で結ばれたものはないと思っている。これほど確かな関係はない。治療者は、患者さんにとっての「母親」にはなり得ないが、「信頼」という確かな関係を構築することはできると思っている。窮地に立たされた子供を見れば、ほっておけない地蔵菩薩のようなこころを持った治療家になりたい。というのが今の私の目標である。浪越先生がいわれる「いずみ」というのは、人体に宿る「生命力」。つまり「自然治癒力」そのものである。本当に、「指圧」には、枯れた大地から滲みでるような生命力をもたらす力がある。それは、不思議なくらいすごいパワーとエネルギーなのである。

 よくいわれる言葉であるが、「人間」というのは、「ひと」と「ひと」の「間(あいだ)」に存在としての価値がある。一人の人間ではどうすることもできないことが、二人以上の人をもって「成す」ことができる。そういうふうに仕組まれた存在らしい。日頃、患者さんと接しながら、実に一人の人間というのは弱いものだと思う。おそらく「肩こり」でも「腰痛」でも困った時には、自分ではどうすることもできない。自分以外の何者かに助けを求める。助けを求められたものが、それに答えてあげることで、そこに大切な絆が生まれる。だから、私はこの仕事を、お金には換えられない大切なものというふうに考えているのである。そして、更にいわせてもらえば、「困っている動物は、他の動物には救うことはできない。しかし、人間といえども誰でも人を助けてあげられるわけではない」治療という世界でいうならば、「限られた人にしか、人を助けてあげられないのが現実である」そこに、私たち「治療家」としての尊厳がある。と私は思っている。

 「指圧」というのは、誰にでもできるような、そう簡単なことではない。人間の体にあるといわれる「361個」のツボを正確に捉え、患者と治療者の「呼気」と「吸気」を自由自在に操る。そのくらいの最低限の知識や技能があってこそ、初めて、「限られた人」である資格をえられるのである。ただ、それでもまだ、私は不十分だと思っている。人の身体は、エネルギーそのものである。「治療者」は、患者の体が持つエネルギー以上のパワーのある存在でなければ、本当には、困っている患者さんを救うことができない。もし、「治療者」が自身のもっている知識と技能だけで「治療」という難局を乗り切ろうとしても乗り切れるものではない。それは、一長一短ではできるものではない。しかし、最低限、「助けて差し上げたい」という思いだけは、誰よりも強くもっている必要があると思う。人の思い=「想念」は、すごいパワーとエネルギーを秘めている。その思いが強ければ強いほど、膨大な「パワー」となって「患者さん」の身体に作用をもたらすのである。おそらく浪越徳治郎先生が、「指圧のこころは、母ごころ」といったのは、そうした想念のパワーとエネルギーの存在を認めていたからこそ、そんなふうに言葉で表現されたのだと思う。そういう意味で治療者には、「母ごころ」が、必要なのかもしれない。


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いのちの輝き―フルフォード博士が語る自然治癒力

ロバート・C. フルフォード / 翔泳社

 この本には、自然治癒力、手技療法に対して今まで自分が考えてきたこと。実践してきたことが、そのまま書かれていた。そのことで、大きな自信を得ることができた。

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 私は最近、面白い本に出会った。どうして私は、今までこんなに面白くて素晴らしい本を、読み落としていたのだろう。ずっと気になっていた本なのに、今まで読んでこなかったことが、不思議でならない。しかし、いろんな経験を積んできた今、この本を読んだことで、ここに書かれている難解な内容もよく理解できるようになった。「なるほどなあ、なるほど」と、ひとつひとつ頷きながら、最後まで読み終えることができた。この本は、是非多くの皆さんに紹介したいと思う本である。今回は、その本の中から「なるほどなあ」と思った所の、ほんの一カ所だけだが紹介しようと思う。これは各自が、ご自身の場合から当てはめて考えたら、私と同様「なるほどなあ」と思われることであろう。ところであなたは、ご自分が、「一日のうちの何時に生まれたか」ご存知だろうか?

☆五章 自己管理の秘訣「朝型の人と夜型の人」より引用

 「朝の出勤時に、疲れが残っていてげんなりとし、すぐにでもベッドにもぐりたいという気分のあなたは、元気溌剌として出勤してくる同僚を見て信じられない思いをしたことはないだろうか?ところが、夕方の四時ごろになると、こんどはあなたが元気になり、その同僚はろくに目も開けられない状態になる。
 ほとんどの人は朝型か夜型かのどちらかで、わたしの推察では、それは生まれたときの時間帯によるものだと思われる。
 潮が満ちたり引いたりしているように、宇宙のエネルギーも干満をくり返している。宇宙エネルギーは、午前三時から四時ごろに満ちはじめ、午後三時から四時ごろに引きはじめる。明け方に死ぬ人が多いのは、満ちてくる宇宙エネルギーの奔流と関係がある。危篤の人は生命力が弱りすぎていて、宇宙から翌日分のエネルギーを受けとるだけの力がなくなっているのだ。生命力は宇宙エネルギーの流入なしに再充電されず、そのまま呼吸がとまってしまう。
 人のエネルギーサイクルはその人が生まれた時刻によって変わる。宇宙エネルギーが満ちている時間帯に生まれた人は朝型になることが多く、午前中が一番活発に動ける。夕方から夜中のあいだに生まれた人は、たいがい夜型になる。」

 ちなみに私は、5月31日の夜中の0時に生まれたので、誕生日が6月1日になった。だから、「夜型人間」である。「なるほどなあ、やっぱりなあ」と思う。昔から、お酒でも飲んで、夜0時を過ぎて起きていようものなら、冴えてしまって、朝の太陽が昇りだす頃まで眠れないでいることがよくある。実をいうと、昨日の夜もそれにちかかった。しかし、フルフォード博士の「いのちの輝き」を読んでから、「なるほど、そういうことだったのか!」ということがわかった。そうすると、次に「この事実を季節に当てはめることができる」ということが推測される。これは本の中では書かれていないが、季節に当てはめてもおかしくないはずだ。ちなみに私は、6月生まれで季節は「夏」。一番好きな季節である。特にもうすぐ「初夏」になるこの季節は、いつもとても元気になる季節である。だから私は、「夏型の夜型人間」である。私の場合は、なるほどなあピッタリ正解!と見た。皆さんの場合は、どうだろうかフルフォード博士の推察とわたしの立てた推測は、あたっているだろうか?


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 世の中には、営利主義という言葉がある。仕事としてやるからには、利益を追求する。利益が生まれないものには投資をしない。投資がなければ、仕事は成り立たない。これは、当然な法則だろう。仕事としてやる以上、食べていけなければ、やる意味がない。ところが、世の中には、お金にならなくても、やらなければならない仕事というのはたくさんある。報道機関だったら、正しい事実、「真実」を読者に伝えること。そういうことが必要である。新聞はどうか?毎日、事実を伝えているではないか?そう思う方がいれば、それは、少しおめでたいような気がする。新聞も何新聞かにより報道内容に大変な違いがあることは、同じ記事を比べてみれはすぐわかることである。スポンサーが誰であるか?広告はどこから取ってくるのか?でも、報道の内容は少しづつ変わってくる。増してや雑誌や週刊誌などは、新聞以上に内容に対して制作者の意図が働く。雑誌にも売れなくてはならないという制約がある。また書くことで利益が生まれなければ、出版は、終わってしまう。そういう意味で、事実を事実として報道することの難しさは、大変なことだと推測される。この「週刊金曜日」という雑誌は、私の知る限りでは、最も社会の事実を遠慮なく暴いていく日本で唯一の雑誌だと思っている。<編集委員>は、本多勝一、故筑紫哲也、椎名誠、佐高信、落合恵子、石坂啓。このメンバーが、表岩となって、報道の自由、読者に事実を伝える良心を貫いている。聞けば『週刊金曜日』は企業の広告なしに独立して出版されているという。こうした企業から独立した週刊誌だからできたことであろう。

 また、著者の浜六郎氏は。内科、免疫学専門の医師である。1979年に病院を退職して2000年にNPO(特定非営利活動)法人医薬ビジランスセンターを設立した。薬がもたらす薬害から目を背けることができなくて、医者としての正義を貫かれた人である。医師がこのような本を出版するということは、どれほど外部からの圧力があったことだろう。ましてや、このように薬の実名を挙げて、批評するということは、企業の営利に反すること。ましてやそれを認可した、国の機関、厚生労働省をも敵にまわすことになりかねない。しかし、著者は、それを覚悟の上ではじめられたことだろう。これは、私たちが考える以上に大変なことなのである。そこには勇気と正義感に裏付けられた医者としての使命感があることが容易に想像できる。本当に、お医者さんの中にもこんな立派な方が、まだいらっしゃたことが大変嬉しいことだといえる。改めて、この本の著者と出版社に敬意を表したいと思う。

 世の中には、「正しい」と思っていて「正しくない」ことがいくらでもある。また、「正しくない」と思われていることでも「正しい」ことはいくらでもあるだろう。そういう意味で、信念が盲信にならないことを祈る。こと身体と健康に関することで、間違った知識は、本当は、許されることではない。と、私は思う。この本に少しでも興味のある方、薬の知識が必要な方は、是非この本を購入して良く読まれるといいと思う。今回は、季節柄、「インフルエンザ」と「風邪」の薬害について、少しだけだが、浜六郎氏の「のんではいけない薬」から引用してみることにする。
 

のんではいけない薬―必要な薬と不要な薬

浜 六郎 / 金曜日

薬といえる本物の「良い薬」と、薬とはいえない「毒」になりやすい「物質」、あるいは「悪い薬」を、どのようにしてそういえるのかも含めて医師が解説。『週刊金曜日』連載を最新情報に基づき一部書き直して単行本化。



♣第1章 必要な薬と不要な薬

②薬で病気にさせられる

☆インフルエンザ予防にワクチンはいらない

 毎年、マスコミや医師会、厚生労働省あげて「インフルエンザこわくない」キャンペーンが繰り広げられ、ワクチンの接種が勧められています。「インフルエンザで老人が死亡」「インフルエンザ脳症で小児が死亡」というように、インフルエンザのこわさが強調され、「インフルエンザにかからないためにワクチンを」「かかればすぐに病院に行って検査をして特効薬を」と、薬を使わせるキャンペーはすごいものです。しかし、ワクチンが予防に効くというデーターはありません。
 インフルエンザとは、「流行性感冒」という名前が示すように、風邪の一種です。「風邪くらいでは仕事を休めないから、明日までに治したい」と、解熱剤をつかって無理やりに熱を下げるのが一番良くないのです。
 インフルエンザには、大きく分けてA、B、C型の三種類のウイルスがあります。一般的なかぜよりも症状がやや強いのがA型で、症状も感染力も強いですが早く治ります。C型はほとんど流行することがなく、症状は軽いものの、長引くことが多い。B型は流行しない年と、する年があり、症状の強さや経過はAとCの中間くらいになります。
 つまり、B型やCがたはふつうの「かぜ」なみで、A型が「かぜ」としては少々強いということになります。強いといっても、解熱剤で熱を下げて仕事を続けるというような無理をしなければ、ふつう重症になることはありません。重症化して死亡している場合、その多くは抗炎症作用の強い解熱剤のせいなのです。

☆解熱剤で下げるとかぜは治りにくい

 これまで述べてきたように、とにかく肝心なことは、ふだん、よほど健康状態や栄養状態が悪くないかぎり、「かぜ、インフルエンザにかかってもこわくない」という自信を持つことです。
 かぜウイルスは冷たいところが好きですから、熱はウイルスや細菌をやっつけるための重要な防御反応になります。「さむけ」や「ふるえ」は、低すぎる体温を「上げよ」と「脳」が指令した結果、筋肉が収縮するからです。こうして苦労して熱を出すと、かかった本人もしんどいですが、かぜやインフルエンザウイルスはもっとしんどい。せっかく上がった熱を解熱剤で無理に下げると、一時は楽ですが結果的には逆効果になります。

☆抗炎症解熱剤はかぜより危険……………

※ということだとすると、「なるべく風邪薬はやめておこうか」ということにならないだろうか?!
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 もう風邪のシーズンは、過ぎたようだが、毎年冬になると風邪が猛威を振るう。学校では集団風邪を防ぐために「学級閉鎖」などの対応策をとる時がある。ましてやインフルエンザなどは、欠席扱いではなく、出席停止扱いとなる。つまり学校には来ては行けない。ということになっている。今日は少し風邪について考えてみたい。風邪を引くと、身体にどのような症状が起こるだろうか?考えられることをあげてみる。頭痛、咳、クシャミ、腹痛、下痢、嘔吐、ふるえ、寒気、関節痛、のどの痛み、発熱など。いろんな症状が考えられる。では、風邪をひいた時は、あなたならどのように対応するだろうか?薬局で風邪グスリを買う。病院に行く。葛根湯を飲む。身体を温めて寝る。休む。ざっとこんなところだろうか。ではそれらの是非を考える前に、「どうして、人は風邪を引くのか?」を考えてみたい。そんなことを言われなくても、もうわかっているという人がほとんどだろう。でもわかっていながら、人はよく風邪を引く。そこで、あえて「どうして、人は風邪を引くのか?」考えてみたい。

 風邪は、うつるもの。と考えると、細菌が、身体に入りそのことが原因で、あらゆる風邪の症状が引き起こされていることがわかる。特にこの細菌感染は、目や鼻や口が考えられるが、意外や目から感染することが多いのだそうだ。そのために、外から帰ってきた時には、うがいや手洗いをするという予防が大切だと言われているのはそのためである。でも、同じ細菌が原因でも、風邪をひきやすい人と引きにくい人がいるのはなぜだろうか?子供やお年寄りなどのように体力がない人が風邪を引きやすいことは確かだが、かといって体力があったら風邪をひかないかというと、そうとばかりは言い切れないところがある。というのは、一流のマラソンランナーでも風邪はひく。お相撲さんだって、プロレスラーだって野球の選手だって風邪を引く。そういうことを考えると、風邪は、誰でもひく可能性があることがわかる。そういう私も風邪はよくひいた方である。特に最近では減ってきたが、よく子供の頃や若い時に風邪を引いた。自分なりにその原因を考えた時、「栄養。疲労。休養」の3つのバランスが極端に欠けていた時に風邪にやられることが多かった。つまり、「どうして、人は風邪を引くのか?」これを医療の立場から考えると、こういうことになる。風邪には、外因と内因があって、外因はもちろん「風邪の細菌」。内因は、栄養、疲労、休養のどれかの欠如による、免疫力=自然治癒力の低下が原因である。そして、後者が原因であることが多いといえる。

 また、いつもの通り長い前置きになってしまったのでそろそろ本題に入ることにする。それにしても「人は風邪を引くと必ず発熱するのはなぜだろう?」あまりそんなことを考えたことがないから、わからない人が多いかもしれない。そういう私も、医療の専門学校に行く前は、知らなかったことだ。いや考えてもいなかったことだったかもしれない。どうして熱が出るのかを考える前に、どうしたら、熱をとるかを考えた方が余程実利的だからである。だから、このことを知った時には、少し驚いてしまったのである。それは、「細菌」というのは、熱に弱いから。だから、身体はそれを知っていて、あえて、身体の中に侵入してきた「細菌」に闘いを挑んだわけである。考えてみれば人間の身体は実に良くできている。風邪の諸症状を振り返ってみると、そのひとつひとつに原因がある。頭痛や腹痛やのどの痛みは、それぞれ、細菌がどこに侵入しているかがわかる。痛みは、異状や助けを求める警告である。クシャミや咳は、一生懸命に肺を守るために気道や気管支に細菌の侵入をくい止めようとしている。嘔吐や下痢は、消化吸収を止めて、細菌を身体の外に排出するための行為。寒気がなぜおこるかといえば、細菌の侵入により脳や大切な器官を守るために局部的に血液を集めたためである。震えが起きるのは、身体の体温を上げるための活動の始まりを意味する。それぞれに、身体を守ろうとして、必死に免疫機能が働いていることがわかったのである。私はこれらの身体の働きの意味について教えられた時は、驚きを通り越して「感動」してしまった。本当に、「人の身体はすごい!!」「神様は、本当に素晴らしい生理機能を私たちに与えてくれた」と改めて自然治癒力の存在に敬意を感じたのである。

 しかし残念なことは、多くの人がその事実に気がついていないということだ。せっかく身体が、全力で病気と闘っているのにそれに対してあまりにも理解がないということだ。たぶん、風邪をひいた時の対応は、ほとんどの人が、投薬にたよっているのではないだろうか?風邪薬は、一般的に強いといわれている。風邪薬のほとんどが、鎮痛解熱剤である。しかし、これらは先ほどからの身体の生理(身体の働き)反応や免疫反応にたいしてどのように働くのだろうか?考えてみてほしい。まるで反対だということがわかるだろうか。せっかく、身体を守ろうとして働いている免疫機能に対して、それをさせないようにしているのが、残念ながら現実に行われている医療なのである。その結果、せっかく上がった熱を解熱剤で無理に下げると、一時は楽になるが結果的には逆効果になることも十分あり得るのである。よく風邪をこじらせてしまったということを聞くが、その原因は、薬が原因であったことも十分あり得る。それどころか、風邪薬は、強いので薬を使うことが、副作用をよんだり、間違いなく自己免疫力の低下を起こす原因ともなる。もうこれだけいえば充分のような気がするが、これは風邪に対してだけではなく、私たちにおこった様々な病気に対しても同じようなことがいえる。本当に、あなたの投薬は間違ってはいないだろうか?薬に対する過信、盲信はないだろうか?見直していただきたい。


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 今日も侍ジャパンが頑張った。みんなすごい。実力ナンバー1のキューバに連勝。しかも完封試合。これで明日の韓国戦もはずみがつく。「侍ジャパン」誰がつけたメーミングだろうか。なぜか選手の顔が、本当に侍のように見えてくるから不思議だ。でも日本は、これだけの選手を集めているんだからみんな本物の「侍」だろう。明日がまた楽しみになった。ところで、「サムライ」といえば、私の行っている温泉にも「サムライ」がいる。名付けて「サウナ侍」だ。本当に、こちらも「サムライ」の名に恥じない立派な侍なのだ。なぜ、私が「サウナ侍」と名付けたのか、しばらくお付合い願いたい。

 私は、正直いって、若い頃あまりサウナに行ったことがなかった。だから、この異常とも思える高熱。98度くらいの場所に、人が長く居れるというのは考えられなかった。初めの頃は、7、8分くらいが精一杯だった。もちろんその間には、汗はびっしょり、心臓はバクバク。とても、こんなところにじっと我慢しているなんて考えられなかった。ところが、そのサウナに、何回も入っている人がいる。つい聞き耳を立ててきいていると、「今日はこれで、5回目だ」とか言っている。初めは信じられなかったのがよく見ていると、本当に水をかぶって水風呂に入り、また、サウナに入っていく。また、サウナから出ると、水をかぶっては水風呂に入っていくではないか。どうやら、本当に、4、5回は入っているようである。時間にして約1時間程。あの100度近い温室にたたずんでいる。そんな強者(つわもの)が、この温泉には何人もいるようである。まさに、「サウナ侍」なのである。彼らは1回のサウナに12〜15分くらいは入っている。狭いサウナの一室には、2段の腰掛けるところがあり、その狭い腰掛ける場所に、足を組み、まるで座禅をしているかのようである。この姿が何とも言えない程カッコいい。特に、両手を開いて、上に向けて、膝の上にきちんと置く姿は、まさに修行僧か、修行しているサムライそのものだ。タオルは、頭にかぶる人も入れば、前を隠している人もいる。タオルの使い方は、まるで、思い思いの千差万別の様子であるが、みんな汗をかきながら、じっと我慢している様子は、「サムライ」そのものである。あまりの熱さにかすかに喘ぎ声の人もいるが、そこをじっと我慢する様子も、またサムライらしい。これで、私が「サウナ侍」と名付けた意味が分かってもらえただろうか。
 
 実は、私も最近、「サウナ侍」の一人に入れてもらうことになった。最初は、先輩たちにできて自分にできない訳がない。少し意地を張っての挑戦だった。初めは、あまり熱くない、2段目の腰掛けに席を取った。そしたらどうだろう。汗をかくわりには、あまり熱さを感じないのだ。充分10分でも15分でもいられるではないか。そのようにして高温に少しずつ身体を慣らしていくと、意外と、すぐに身体は適応するようになった。私も水をかぶり、水風呂に入った。よく冷えたところで2回目に挑戦。そうすると次の回は、上の段の席でも平気で15分くらい居られるようになった。2回3回と回数を延ばすと4回くらいでも平気になった。約15分を4本。時間にして約1時間位。それ以上は試したことはないけど、これで、私も立派な「サウナ侍」に仲間入りした訳だ。サウナも水風呂も実は、汗をかいたり体温調整をすることから、自律神経の訓練にはとてもよいことは確かである。それに、老廃物を身体から出すということは、とりもなおさず、「毒素」を排出することに他ならないからだ。だから、前にもあげた私の「花粉症」対策(「散歩。湯たんぽ。温泉」)にも十分対応すると思っている。その延長線の対策なのだと考えるわけである。今のところこれは、相当な効果を上げていると考えている。まだ花粉症を克服した訳ではないので、あまり多くを語るのは避けたいが、今年は、抗アレルギー剤や抗ヒスタミン剤はもちろん。漢方薬の服用もしないで3週間、今は4週間目に突入している。確かに、正直言うと今年も、相当にアレルギー反応が私を苦しめた。幾度か止めて、せめて漢方薬くらいは、と思わない日はなかった。しかし、ここまで私が、頑張れて来れたのも、ひたすら「自然治癒力」を信じて、「散歩。湯たんぽ。温泉。サウナ」を続けてきたからだとも言える。今日は、WBC「侍ジャパン」の応援で、私は「サウナ侍」にはなれなかったが、この自己流の花粉症対策は、しばらく続けてみるつもりである。
 
 私の「サウナ侍」ウオッチングは、これからも続く訳だが、少しづつ私の「侍」評価も厳しさを増している。それは、「侍ジャパン」の選手と同じ「侍」を名乗る以上、「侍」定義の基準をもう少し高くしなければならない。やはり、お腹がメタボでは、どうかなあと思うようになってきたからだ。いくらお腹周りが大きい選手はいても、彼らはメタボではない。私の周りにいる「サウナ侍」は、60代、70代の大先輩方である。しかし、とはいえ、私も仕事柄か、人間観察が鋭くなり、お顔の表情や体型で、その方が、どのような人生の生き方をされてきたのか、いくらか推測がつくようになってきた。やはり、「侍」は、たとえ人生の終盤が近づこうとしていたとしても、最後の最後まで、修行を投げ出してはいけない。「武士は食わねど高楊枝」。このくらいの気構えで、修行とは言わないにしても、現代人としての修行である「健康道」の道を歩んでほしい。でもいるいる、本当の「サウナ侍」が!!お見受けしたところ、70代くらいの先輩なのだが、お腹もすっとしているし、姿勢がシャキとしていて、何よりも表情が素晴らしい。私は最近では「サウナ侍」という時は、この大先輩をイメージすることにしている。私もこのような「サムライ」を目指して精進したい。幸いなことに、私は最近ようやくメタボを卒業して、もう少し頑張れば、きっと見た目だけは、「サムライ」の仲間になれそうである。しかし、いつかは、本物の「サムライ」を目指して、今も日本国中にいる本物の「侍ジャパン(サムライ魂を持った日本人)」の一人として名乗り出てみたい。それがいまの私の夢であり目標である。


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 脱ステロイドで次ぎに私が考えたのは、「漢方薬」である。西洋医学の医薬品とどのように違うのか?西洋医学の医薬品は、「化学物質」のイメージがある。症状に対しては、効果が発揮されるが、「化学物質」である以上、肝臓や腎臓を痛めることは間違いない。それに対して、「漢方薬」は、基本的には天然素材の「生薬」だということ。天然に産出する植物の種子、葉、根茎、根などを乾燥させるなど簡単な操作を加えたものを刻んで用いる。また、少数ながら、貝殻、昆虫なども用いるが、これらを総称して生薬(しょうやく)という。もちろん、薬局や病院で処方される「漢方薬」は、生薬のエキスをインスタント化されたものであるが、「証(個人の体質)」さえ合っていれば、あまり副作用の心配がいらない。そういった点で、西洋の医薬品よりも漢方薬の方が、人体に与える「毒性」が低いと考えたからである。私は、ライフログに出したように「漢方薬」の情報を得ているのは、社団法人日本東洋医学会学術教育委員会編集の「入門漢方医学」南江堂である。よく整理された本で読みやすい。それに漢方だけではなく、ハリやきゅうなどの基本的なことも書かれているので私には役に立つ本である。そして、最近購入したのは、菊谷豊彦の「漢方でこう治す」保健同人社。これは、素人向けにわかりやすく書かれている。しかも、漢方薬に対する知識が素人でもわかる入門のさらに入門書である。この二つは、ためになるし即使えるのでいつも手元に置いては活用している。そして最新の情報は、漢方薬のツムラからメールで送られてくる「漢方スクエア」メールマガジンから情報を得ることにしている。ちょうど2009年2月10日発行の89号に「花粉症」についての情報があった。その中でもこの時期役立ちそうなものがあったので紹介したいと思う。

『花粉症と漢方』
吉田悌友先生(吉田耳鼻咽喉科クリニック院長[埼玉県越谷市])

☆花粉症は多様な疾患オーダーメードが求められる

 花粉症は単純な疾患と撮られがちですが、実は、多様な病型・症状・感受性・環境変化・患者ニーズなどが重なり合い、まさにオーダーメード医療が必要とされます。従って、治療手段を豊富に持つことは医師にとっては強みとなります。
 西洋薬ばかりではなく漢方薬も組み合わせることにより、多様なニーズに対応が可能となります。特に激しい発作期には意外と思われる方も多いと思いますが、漢方薬が有効な手段となります。

☆激しい発作期のコントロール、これが漢方薬の醍醐味

 花粉症で処方する漢方薬として、圧倒的に多いのが「小青龍湯」です。ただ、小青龍湯は「麻黄」が含まれるため、いもたれなど胃腸症状が現れた場合には、小青龍湯から麻黄を省いた「苓甘姜味辛夏仁湯」を処方することもあります。
 冷えの強い方、女性で夏場の冷房に弱い方には、脈診や粘膜の所見を診て、「麻黄附子細辛湯」を用いることもあります。
 発作期で、目が真っ赤になり、鼻水が止まらない方には「大青龍湯(麻黄湯+越婢加朮湯)」を用います。ベタメタゾン、d-クロルフェラミンマレイン酸塩配合剤(これらはステロイド剤です)でも無効であった症例に、「大青龍湯」が劇的に効いた経験もあります。これが漢方の醍醐味といえるのではないでしょうか。
 「大青龍湯」はエキス剤にはありませんので、「麻黄湯」と「越婢加朮湯」を組み合わせて処方します。この時、麻黄の量が増えるため、麻黄湯と越婢加朮湯5.0㌘分2で用います。体が大きく、若くて、元気な方には7.5㌘ずつ分3でも良いでしょう。
 ただし、上述の通り麻黄の量が多いという理由から、高血圧や前立腺肥大、高齢者には適しません。若くても高血圧の方には要注意です。高齢者には「小青龍湯」や「麻黄附子細辛湯」が向いています。容量と適応には十分留意すべきでしょう。

☆小青龍湯をシーズン前に予防投与発症しても症状軽く改善しやすい

 花粉症に対する漢方治療は、基本的には抗ヒスタミン剤と併用しています。眠気の少ない第2世代型抗ヒスタミン剤を中心に、麻黄剤を組み合わせることで眠気も防止できますし、症状もコントロールしやすくなります。特に、受験生などには眠気が出ないように、「小青龍湯」や「葛根湯加川弓辛夷」を処方します。基本的には「小青龍湯」を用い、鼻閉が症状の中心になると「葛根湯加川弓辛夷」を処方します。漢方単独投与もありますが、特別な事情がない限りは抗ヒスタミン剤と併用します。
 また、花粉症はシーズン前の予防が大事です。発作を起こしてから、症状を止めるのは難しくなります。そこで、「小青龍湯」を1月位から予防的に投与することをお勧めします。症状が出始めたら抗ヒスタミン剤を併用しますが、この場合、症状も軽く、改善しやすくなります。

☆まずは効果を実感すること

 患者への生活指導としては、洗面や手洗い、うがい、マスクの着用の励行が挙げられます。室内を乾燥させないように加湿することも大切です。
 近年、花粉症などアレルギー疾患の低年齢化が進んでいますが、花粉シーズンに抗原に暴露させないようにすることはもちろん、高脂肪、高カロリーの食事を避け、バランスのとれた食生活をおくることも重要です。
 最後に、治療に際しては西洋薬と漢方薬それぞれの長所を組み合わせて、処方を工夫することが肝要です。特に漢方治療は、患者の体質にあった投薬を古くから行ってきました。つまり、漢方治療という技を持つことは、オーダーメード医療を実現することにもつながります。
 漢方薬を処方されたことのない先生は、「小青龍湯」など用いやすい漢方薬から試してみてはいかがでしょうか。まずは効果を実感することが大切です。

♣花粉に対する漢方処方

☆大青龍湯(麻黄湯+越婢加朮湯)……身体が大きく、若くて体力があり、症状が重い。

・葛根湯加川弓辛夷……………………鼻閉が強い。

・小青龍湯………………………………代表的処方。

・麻黄附子細辛湯………………………冷えが強い女性や高齢者向き。

・苓甘姜味辛夏仁湯……………………小青龍湯で胃もたれなど胃腸症状が出た場合。


 以上が、「漢方スクエア」89号からの抜粋である。この記事を書いているのは、近代西洋医学の医師ということもあって、西洋薬と漢方薬の併用を勧めているが、もちろん、漢方薬だけでも充分対応できる。特に「脱ステロイド剤」を実行される方は、☆の「麻黄湯」と「越婢加朮湯」の組み合わせは大変効果が期待できるだろう。そして、もし体質に合わない、体力が普通程度の方は、これ以外に☆「小青龍湯」と「五虎湯」の組み合わせをお勧めしたい。こちらも「脱ステロイド剤」に対して十分有効に働いてくれるであろう。



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