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029.gif 指圧鍼灸治療ひとすじ八倉治療院の挑戦

072.gif八倉治療院は、どこの病院や整骨院や治療院に行ってもよくならない、ひどい肩こり・腰痛・神経痛でお困りの方のための治療院です。
072.gif「神経反射療法」で引き出されたベーター・エンドルフィンが、つらい症状を治します。
072.gifひどい腰痛・膝痛でお困りの方は、手術を決心する前にぜひ一度、おいでください。
072.gif得意治療は、肩こり腰痛・大腿神経痛・座骨神経痛・頸肩腕症候群です。
072.gifひどい肩こり・腰痛・神経痛でお困りの方は、いつでも気軽にご相談ください。


八倉治療院は、国家資格の厚生労働省大臣免許を有する公認の治療院です。
鍼灸按摩マッサージ指圧  八倉治療院


お問い合わせ、ご予約は下記にどうぞ、いつでも受付しています。
住所:〒427ー0044静岡県島田市宮川町2470ー3
<予約制>電話:0547ー36ー5300/ Email: hyakura@sky.plala.or.jp
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定休日:火、水曜日 / 初診料:1000円(初診の方は、予診表を書いて頂きます)
一般治療:8000円(60分)、健康美容鍼:10000円(70分)
☆女性の患者さんは、なるべくキャミソール・タンクトップなどをご準備ください。

予約時間:9:00、10:30、13:00、14:30、16:00
☆一日3人限定で行っています。上記の時間に合わせて予約をお願いします。

072.gifブログは、すぐ下に更新しています。どうぞご覧ください!
みなさんは、「二八の法則」って聞いたことがありますか?これは私が、ある人から聞いたことなんですが、聞いた瞬間から、「これは使える!」って思いました。特に、仕事やダイエット、他にもきっといろいろ使える法則だなって思いました。今日は特に、私が最初にピンと浮かんだダイエットとお仕事に関して、実際にどのように使うのかお話ししてみたいと思います。

まずは「ダイエット編」でいきましょうか?世の中にはダイエットが必要な方は大変多いと思います。または、「憧れダイエット」と申しましょうか?実際にほとんど実行されていませんが、年中「ダイエット、ダイエット、ダイエットしなくっちゃ?」って言われている方が多いと思います。「そんなに、何年もいっているの実行できないんだったら無駄だから、人にいうのはやめればいいのに」って思ってしまいますが、本人には重要な問題らしくて、とても諦めらめる気配はありません。

でもそういうわたしも、減量ではなくて食事療法という意味で、「ダイエット」をやったことがありますが、とても難しいもので、食べてはいけない食べ物を食べてしまうということが、如何に難しいことなのか全くわからないわけではありません。特に、「甘いもの」や「炭水化物」を食べないダイエットの場合は、ダメだと分かりながら、食べている自分が情けないという気持ちになった経験もあるので、むやみやたらに人のことを批判する気にはなれません。

例えば、結婚式や同級会などの席で、あるいは友達同士誘い合って、飲みに行ったとします。お肉屋さんに行って、焼肉料理を食べに行こうということになったとします。肉食系の人は、問題ないですが、お肉を食べてはいけないというダイエットの人だっているはずです。そういうときにあなたならどうしますか?もし「医者から言われて、お肉を控えているから遠慮するよ」って言えたら、あなたこそ今日の話題の「二八の法則」には無縁の人です。でも大半の人は、その場の雰囲気から、お断りできずに焼肉をみんなと一緒に食べます。そして真面目な人なら後から、禁止を破ったことを密かに悔やむのです。

でもそういう人にこそ「二八の法則」が、うまい具合に助けてくれるのです。二八の八は、普段ダイエットをやるなら、「真面目にやること」を教えます。だけど、二という例外があるのです。もし友達や、どうしても断れない場面があるはずです。そういうときには認められているのがニです。つまり「楽しみなさい」という許容なのです。先天的に大様がきく人は問題ないのですが、真面目に徹することができない人には、この許容範囲が必要なのです。

最初から二八の法則を頭においていれば、これは、二の部分なんだって思えば、別に誘いや誘惑に負けた自分を責めることもないのですから、「また明日からしっかりやるぞ!」って具合にやる気を持続させることができるのです。これが、「二八の法則」です。わかってもらえましたか?人間というのはおかしなもので、ちょっとしたアドバイスが、人を助けてくれることが往々にしてあります。いつも挫折してしまう人は一度試してみてはいかがでしょうか?

さあ、それよりも難しいのは「お仕事編」です。ダイエットの場合は、人から強制されてやるものではありません。ところがお仕事の場合は、強制というよりも「暗黙の了解」という厄介な習慣や風習みたいなものがあるからです。今日は彼女とデートの約束があるのに上司から、「ニッパチ君、今日は残業できるかなあ?」って言われたら、そうそう断れる人は、あまりいないかもしれません。たまにのことならいいかもしれませんが、これが習慣になってしまったらたまったものではありません。どうしようもない場合が生じたなら、仕事の内容で、二の遊びというか余裕の部分を発動させるのです。つまり、差し障りのないところで手を抜くのです。

日本人はどうしても頼まれたら「NO」とは言えません。頼まれれば、精一杯会社のために働きます。それが積もり積もって、体調を崩し、やがては病気になって、退職に追い込まれてしまう人だって多数います。これでは、なんでもないと思いませんか?「二八の法則」は自分を守る意味でも大切な法則なのです。犠牲的精神は、発揮するところを間違えたら大変なことになります。間違っても会社のために発揮してはいけません。あなたの大切な人が困ってしまっている時にだけ、あなたの愛情として犠牲的な精神は発揮されるべきものなのです。どうですか「二八の法則」あなたはやれそうですか?人によっては、とてもいいアドバイスになったのではないかと思います。そういうわたしも二八の法則は、なくてはならない法則だと思います。ある人から教えていただきとても助かりました。ぜひ明日からわたしも実行してみたいと思います。




「首がネックという考え方は治療の基本です」なんのことかよくわからない患者さんも多いことかと思います。もしかしたら、臨床で治療されている治療家の方でも、何のことかよくわからない。とおっしゃる方もいるかもしれません。でもわかる治療家なら、これだけでもすぐにピーンとくるタイトルなのです。

専門学校に入ってすぐに勉強してわかったことは、肩がこる患者さんは、首がすごく硬くて凝っていることに気づきました。肩こりを訴える患者さんで首こりがない患者さんはいません。そのくらい首こりと肩こりとは、密接して起こっている症状です。ところが、最近は臨床でわかったことが更にあります。結論から申し上げますと、人間の身体は、身体中どこが悪くても首に症状が現れているようなんです。「ネック」とは英語ですが、「弱点」とか「弱いところ」とかいう意味です。「問題箇所」という意味もそこには含まれています。

まさに、人間の身体では、首がその「ネック」なのです。少し例を挙げてお話しします。頭痛が起こったとします、頭痛という症状は、治療する人ならすぐにわかりますが、首こりからきているのです。首の筋肉が張ってくると、血管を圧迫します。そうすると血液循環が悪くなるから、脳を栄養することができにくくなります。リンパも同じような理由から、敏感な脳は、すぐにその症状を察知して頭痛を起こすのです。特に首の筋肉で言えば、胸鎖乳突筋や斜角筋や後頸部の筋肉もかたければ、頭痛の原因になることは間違いありません。ここまでは、専門家でなくても大体は理解されていることだと思います。

ところがここからは少し専門性を増してきますが、多分専門家でもわかってはいないことかもしれませんから、一見の価値はあります。実は、首が痛い方は、腰痛も持っています。なぜなら、頸椎も腰椎も脳の領域ではきわめて近い場所にあるからです。ですから、臨床的な事でいいますと、ぎっくり腰のように急性で重症な症状の方は、腰に直接ではなくて、代替えとして首を治療してあげると、腰痛やぎっくり腰の場合でも楽になるような治療が可能なのです。

それからこれは、かなり専門的な話になりますが、興味のある方は、ツボの本があったら手元に置いて聞いていただくと助かります。首こりを楽にするツボはいくつかありますが、とくにおすすめのツボを5穴上げよと言われたら、わたしならこの5穴をあげます。1、翳風(えいふう)2、風池 3、寛骨 4、天柱 5、扶突の5つです。どれも首に症状がある患者さんは、初診の頃は、本当に気の毒なくらいに響きが強くて痛がります。特に翳風は、響きも強烈ですが、治療という点では、最高に効果が高い治療点なのです。

わたしは、冒頭で、「首がネック」と言いましたが、特にその首の中でも中心に当たるのが、この「翳風」なのです。「翳風こそ身体のネック」と言っても言い過ぎではないと思っています。そういう意味では、耳たぶの裏側にある隠れたところにあるこのツボ「翳風」は、治療家の方なら誰でも一度試されてもいいと思われる「指標」ともいうべき大切な治療点なのです。

鍼をうつときに、初めは痛がりますが、だんだん治療が進むにつれて、痛みが弱まり、最終的には何も痛がらなくなったときには、ほとんどの症状はなくなるか改善されています。そういう意味でもわたしはこのツボは、必ず誰にも使わさせてもらっている。「最重要なツボの一つです」ただ、こうして具体的なお話をさせてもらっていると。「鍼」とか「痛み」とか聞いただけで、引いてしまわれる患者さんもいるわけですから、これだけはお約束しておきますね。「鍼は、健康で症状がない患者さんには、全く痛くもなんともないものなのです」そして、良くなれば必ず気持ちよくなるのは鍼治療の特徴です。あなたも是非体験されてみることをお勧めします。

わたしは、鍼治療は、ツボという感覚受容器をつかって脳の痛んでいるところを治療するものだということを考えている治療家ですが、臨床で「翳風」の重要性に気づかされました。出来れば多くの治療家の方にこの記事を共有させていただいて、さらに鍼灸治療が発展し、より多くの患者さんに貢献できることを考えています。拙いわたしの文章で申し訳ございませんが、是非ともご参照されることを祈っています。



患者さんと、お話していると、いろんなことにハッと気づかされることがあります。例えば昨日の患者さんとの会話の中で、「人を差別してはいけないよね」というようなお話をしていました。わたしは、魂というものは、男ならずっと男として輪廻転生を繰り返していくのではなく、男から女に、また、女から男にへと変わったりするものだと思っていました。そのことで、お互いの立場や考え方の違いなどを学ぶことができるし、それが魂の成長にもつながることだと考えたからです。

しかし世の中には、肉体は男でも、女の魂が入っている方もいますし、その逆の場合もあります。それって、もしかしたら、魂が肉体を授かる時に、何かの間違いが生じて、入れ違いのようなことが起きてしまったのかなって考えたこともありました。でもこの世におこることに偶然はありません。全てが必然です。それを入れ間違いととることも可能ですが、逆に、あえてその方は、そういう人生を学ぶために、あえて「ゲイ」という人生を選ばれて生まれてきたのかもしれません。そうなると、この世での修行というものは、本当に意味深いものだと思います。

話しをしていくと、次から次へと話が深く広く展開していきます。わたしは、いつだったか忘れてしまいましたが、師匠から教えていただいた言葉を思い出しました。「『差別』から『さ』をとるとね、それを『さとり』というんだよ」という言葉を思い出しました。人は、生きているといろんな差別を受けたりしたりするものです。先ほどの同性愛者に対する偏見や差別。だいぶ平等になってきたと言っても男女の性差別は存在します。種族による人種差別は、まだまだ、おさまる様子はありません。

こうしてみていくと、人間は、なんと差別をする生き物なんでしょうか?職場のセクハラやパワハラ、学校内のいじめの問題も、すべては、「差別」から始まっています。人を差別する心が、紛争や戦争を引き起こしていると言っても言い過ぎではありません。もしジョンレノンの歌う「イマジン」のように、差別や偏見を捨てて、一つになってしまえば、この世から、地獄はなくなるはずです。でも師匠は、どうして、「『差別』から『さ』をとるとね、それを『さとり』というんだよ」って仰ったんでしょうか?

わたしは、その時、気づいてハッとしたんです。「好き嫌いも、もしかして差別なのかもしれない?」人は自分の感情から、好き嫌いもなくさなければ、本当は差別もなくならないのだろうと思ったのです。確かに好き嫌いの感情をも克服できるとしたら、それは聖人しかいないと思いました。なんで師匠の「悟り」という言葉まで出てきたのか、その時に気づかされたのです。人を差別しないということは、「悟り」と同じくらいの次元の高い言葉だったのですね。



人の人生を変えるものがあるとするなら、それは「人との出会いと経験である」わたしは、ずっとこれまでそういう仮説を信じてやってきた。なぜなら、わたしの半生を顧みたときに、その通りの出来事を体験したからである。わたしが師匠と出会ったのは、今から25年以上をさかのぼる。その出会いは、わたしの人生を丸ごと変えてしまい、わたしは、それ以降は、全く別の人生を歩み始めたからである。

わたしはそれまで、人間は、「肉体(ボディー)」と「こころ(ハート)」と「魂(スプリット)」の3つの部分からなる存在だと思っていた。だから、師匠に出会ったときにも、そういう魂のおはなしを聞かされても、ほとんど抵抗なく受け入れることができた。でもさすがに、「人生に起こる出来事は、全て必然である」と言われたり、「人間は、亡くなる年月日やどのような亡くなり方をするのか全て決められている」と言われたときには、受け入れられる前に、理解するのにすごい長い年月を要するようになった。

人は、生まれてくる前に今世では、どのようなことを勉強するのか、また、どのような課題を体験することになるのかあらかじめ自分で決めてくると教えていただいた。その時「全てが必然である」というのが、どういう意味なのかが理解できたからである。やはり、現世が、肉体を持って生まれてくるということで、学校のようなもの。あるいは修行の場だということが、なんとなく頭の中にイメージできたような気がしたのである。

輪廻転生の世界では、過去世と現世、現世と未来世を繋ぐのが、霊界といわれる魂の世界である。簡単に言えば、「この世」と「あの世」といわれる「あの世」の事であるが、「この世」でいう「時間」もなければ、「距離」を意味する「空間」もない。だから、自分の魂が、昔住んでいた国の生家に行ってみたいと思えばすぐに瞬間移動できてしまう。また、先に亡くなった両親に会いたいと思えばすぐに会えてしまう。それから何もない空間から、自分が求めるもの、物体がすぐに取り出せるということも可能になることも霊界の特出すべき特徴である。

それから、何のために輪廻転生が必要なのかといえば、人が肉体を持つがゆえに起こる不自由さが、魂を磨くための必要な条件なのである。確かにその通りなのかもしれない。何不自由がないところでは、修行や勉強は存在しない。また、はかどるわけもない。不幸や痛みや苦しみがあればこそ、人は、そこで考え、苦しみ、魂を向上することができるというものである。もし自分が決めてきた課題の通り勉強が進めば、霊性が高まり、より高い次元に進むことができる。そして、思うように勉強が進まなかった場合は、さらに輪廻転生を積み重ねていくことになる。

人は、師匠が言われるように、神の御霊(みたま)を分けていただいている「分け御霊」の存在である。見方を変えれば、人は神の分身なのかもしれない。だから、人生の目的が何かあるとすれば、それは、魂を磨くこと。霊性を高めること。次元を上げていくことが、究極の目標に近づいていくことなのだと思うようになった。もしかして、病気も不幸も運命も自分が生まれてくる前から、自分で決めてきたことなのかもしれない?なんで、現世が、「四苦八苦」のまるで地獄のような世界なのか?その辺の答えが、この世のからくりとして存在しているのかもしれない。





四苦。これは、人間だけにあてはまりません。この世に生を受けた生きとし生けるもの。すべての生物に当てはまる苦しみです。避けて通ることはできません。でも、もしですよ、例外として自分だけがこの四苦の苦しみを味合うとしたら、まさにこの世は、地獄以外の何物でもありません。でも幸いなことに、自分だけではなくて、例外がなくて一切の生物が、この苦しみを味あわなければならないとしたら、少しは気が楽になるということはありませんか?嫌がうえでも、「諦める」ということでしか問題解決の方法がありません。

ところで、生まれたばかりの赤ちゃんは、必ず産声といって、必ず取り上げられた時に、泣かなければなりません。それは肺呼吸に切り替わる瞬間でもあるのです。もし産声がない場合は、生命に関わる何か問題があるとして、赤ん坊は、逆さにされてお尻を叩かれるのです。赤ん坊の産声、もしかしたら、無意識ですが、人としての苦しみの人生の始まりに何か関係があるのかもしれません。

老は苦しみだというのは、誰もが体験すればわかることですが、やはり若い人には、この自覚と認識がありませんから、本当には理解できるものではありません。わたしも60歳を過ぎた頃から、若い時に持っていた肉体的な力や能力を、少しづつ手放して、やがては、すべてを失うことがくるのだろうなということが容易に想像できるようになりました。でもこればかりは、簡単に諦めるわけにはまいりません。できることなら、努力によって可能なら、「諦めない」抵抗だけは、怠りたくはありません。気力の続く限り、簡単に老いない努力だけはしてみるつもりです。

病についてですが、病気には様々な苦しみがあって、痛みや苦しみに悩まされます。わたしは、指圧鍼灸師として、仕事として、いろんな患者さんに出会います。自分自身もそうなので偉そうなことは言えません。ただ多くの患者さんを診させてもらうと、痛みも病気も、起こるべくして起こっていることもあるのだなあと思わざるをえないことがあるのです。東洋医学では、「心身一如(しんしんいちにょ)」と申しますが、本来こころも身体もひとつながりでできており、こころのあり方と健康は、切っても切り離せない、密接な関係で繋がっているのです。だから、もしかしたら、病気は、その人に何か痛みや病気を通して起こる「気づきのためのメッセージ」なのかもしれないのです。

それに、病気に関してはご存じない方もいるかもしれませんが、人間の身体のDNAの暗号の解明がとても進んでおり、それを調べれば、その人は何歳くらいに何の病気にかかるということが、わかってしまうということです。ですからそのために、あらかじめわかっている病気なら、そのための予防の治療も可能なのかもしれないのです。でも病気も人の死も誰もが避けては通れない、平等の苦しみであるという事実には、誰も抵抗ないのですが、やれるだけのことはやってみたい気がしませんか?

最後に死についてですが、死ぬことと同時に、死ぬことへの恐怖、その先の不安。こういったものも含めて、死というものは、人の人生に大きく関わってくるものです。「哲学」という学問は、如何に生きるべきか?ということは、どのようにして亡くなったら悔いのない人生といえるか?ということと同じことなのだそうです。

四苦八苦を説かれたお釈迦さまは、とてもいろんな意味で賢いお方で、たくさんのお弟子さんに囲まれていると誰からとなくよくこういう質問をされるのだそうです。「人間は死んでしまった後はどうなるのですか?」というものです。そうするとお釈迦さまは、決まったようによくお答えになる答えとして、「それは、あなたが死ねばわかりますよ」と答えるのだそうです。こう応えられれば、返す言葉がありません。

わたしは、一休禅師が、これと同じようなお話がありまして、一休さんは、病気や死に関してどのように考えたらいいのか問われた時に、こう応えたそうです。「病気にかかりそうになったら、病気にかかる。死にそうになった時には、死ぬ。それが一番の極意ですよ」と言われた言葉と、同じような気がして、こんな風にして、先人は、病気や死という人生の難局を乗り越えられていったことを教えられました。

これではまだまだ納得のいかないという方もおられると思いますので、病気や死に対する考え方は、もう少しわたしなりの考えを次回お話しさせていただくことにしたいと思います。わたしにとても、とても荷が重いお話なのですが、もう少し頑張ってみたいと思います。


想像してごらん 天国なんて無いんだと
ほら、簡単でしょう?
地面の下に地獄なんて無いし
僕たちの上には ただ空があるだけ
さあ想像してごらん みんなが
ただ今を生きているって...

想像してごらん 国なんて無いんだと
そんなに難しくないでしょう?
殺す理由も死ぬ理由も無く
そして宗教も無い
さあ想像してごらん みんなが
ただ平和に生きているって...

僕のことを夢想家だと言うかもしれないね
でも僕一人じゃないはず
いつかあなたもみんな仲間になって
きっと世界はひとつになるんだ

想像してごらん 何も所有しないって
あなたなら出来ると思うよ
欲張ったり飢えることも無い
人はみんな兄弟なんだって
想像してごらん みんなが
世界を分かち合うんだって...

僕のことを夢想家だと言うかもしれないね
でも僕一人じゃないはず
いつかあなたもみんな仲間になって
そして世界はきっとひとつになるんだ
(このイマジンの歌詞は、Akihiro Obaさんによるものです引用させていただきました)


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仏教用語の中に「四苦八苦」という言葉があります。最近はこの言葉が、すごく気になりだして、治療室の壁に、四苦八苦の言葉の意味を書き出して貼り出しました。この言葉は、以前から気になりだしていたのですが、この言葉のひとつひとつから、お釈迦さまが、どうして悟りのための苦行に入られたのか、その心情が伝わってくるような気がしていたからです。

「人生は四苦八苦」どんな人であろうと、その苦しみから逃れることはできない。その言葉の意味は、誰の人生にも重荷となってのしかかってくるような気がしたからです。そんなある日のことです。今は亡き母が、祖母を亡くして失意に悲しんでいる友人にいった言葉が、とても印象的だったのです。「そんなに悲しむのはよしなさい。本当は、この今生きている世の中が、地獄かもしれないよ」その言った言葉が、あまりに突飛で、思わず母の顔を注目してしまいました。それは母が、事故で亡くなる数日前のことだったのです。

「本当は、今生きている人生そのものが地獄なのか」その考えは、その後の私の人生を変えました。それ以来、わたしは、霊魂の不滅、「輪廻転生」を本気で信じるようになったような気がします。人は何のために、この世の人生を生きなければならないのか、お釈迦さまの生きられた時代から、何も変わってはいないのです。人生は、四苦八苦を味わうために「生かされている」修行の場だったのです。

肉体を持つがゆえに苦しまなければならない四苦。人生が思うようにはならいものだということを知らなければならないがゆえに味わう八苦。まさにわたしたちが生かされている人生は、地獄のような魂の修行のような場所なのだと、認識するようになりました。


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古代ギリシアのお医者さんヒポクラテスが「人は自然に近づくほど健康になり、自然に遠ざかるほど病気になる」という言葉があるそうです。みなさんは、人の身体や宇宙や自然に対してどのような考えがあるのかわかりませんが、わたしは、それらは、すべて神様が作られたものだと考えています。太陽や地球や月、あの広大な太陽系や銀河系の惑星をわたしたちは、「大宇宙」と呼んでいます。それに対して人の身体は、「小宇宙」という考え方も成り立ちます。

全部で60兆もある細胞が、毎日毎日のように、生まれては死に、生まれては死ぬ。そうして変化のもとに生命が継続されていく。まるで宇宙の神秘と同じなのです。だから、それだけでもヒポクラテスさんの「人は自然に近づくほど健康になり、自然に遠ざかるほど病気になる」といわれた言葉がわかるような気がするのです。私の師匠の情報では、神様は私たち人間を172億年かけて作られたそうです。まるで広大な宇宙と同じように人知が及ばないほどの大変な労力がかけられたのではないかと思われるのです。

治療者というのは、人の身体に相対する時は、こういう認識を持っているかどうかというのは、すごく大切なことではないかと思っています。ですから、ヒポクラテスさんが言われた言葉一つ取っても疎かにすべきではないのです。ところでみなさんは「心身一如(しんしんいちにょ)」という言葉をご存知ですか?「こころも身体も一つである」というのが、東洋医学の特徴的な素晴らしい教えの一つなのです。「人の身体は、全体が人繋がりで成り立っている。それと同様に人の身体も心と切り離して考えてはいけない」という教えがあるのです。(つづく)





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古代ギリシアのお医者さんヒポクラテスが「人は自然に近づくほど健康になり、自然に遠ざかるほど病気になる」という言葉があるそうです。みなさんは、人の身体や宇宙や自然に対してどのような考えがあるのかわかりませんが、わたしは、それらは、すべて神様が作られたものだと考えています。太陽や地球や月、あの広大な太陽系や銀河系の惑星をわたしたちは、「大宇宙」と呼んでいます。それに対して人の身体は、「小宇宙」という考え方も成り立ちます。

全部で60兆もある細胞が、毎日毎日のように、生まれては死に、生まれては死ぬ。そうして変化のもとに生命が継続されていく。まるで宇宙の神秘と同じなのです。だから、それだけでもヒポクラテスさんの「人は自然に近づくほど健康になり、自然に遠ざかるほど病気になる」といわれた言葉がわかるような気がするのです。私の師匠の情報では、神様は私たち人間を172億年かけて作られたそうです。まるで広大な宇宙と同じように人知が及ばないほどの大変な労力がかけられたのではないかと思われるのです。

治療者というのは、人の身体に相対する時は、こういう認識を持っているかどうかというのは、すごく大切なことではないかと思っています。ですから、ヒポクラテスさんが言われた言葉一つ取っても疎かにすべきではないのです。ところでみなさんは「心身一如(しんしんいちにょ)」という言葉をご存知ですか?「こころも身体も一つである」というのが、東洋医学の特徴的な素晴らしい教えの一つなのです。「人の身体は、全体が人繋がりで成り立っている。それと同様に人の身体も心と切り離して考えてはいけない」という教えがあるのです。(つづく)





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