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029.gif 指圧鍼灸治療ひとすじ八倉治療院の挑戦

072.gif八倉治療院は、どこの病院や整骨院や治療院に行ってもよくならない、ひどい肩こり・腰痛・神経痛でお困りの方のための治療院です。
072.gif「神経反射療法」で引き出されたベーター・エンドルフィンが、つらい症状を治します。
072.gifひどい腰痛・膝痛でお困りの方は、手術を決心する前にぜひ一度、おいでください。
072.gif得意治療は、肩こり腰痛・大腿神経痛・座骨神経痛・頸肩腕症候群です。
072.gifひどい肩こり・腰痛・神経痛でお困りの方は、いつでも気軽にご相談ください。


八倉治療院は、国家資格の厚生労働省大臣免許を有する公認の治療院です。
鍼灸按摩マッサージ指圧  八倉治療院


お問い合わせ、ご予約は下記にどうぞ、いつでも受付しています。
住所:〒427ー0044静岡県島田市宮川町2470ー3
<予約制>電話:0547ー36ー5300/ Email: hyakura@sky.plala.or.jp
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 メールを送ってくれた方には必ずご返事します。

定休日:火、水曜日 / 初診料:1000円(初診の方は、予診表を書いて頂きます)
一般治療:8000円(60分)、健康美容鍼:10000円(70分)
☆女性の患者さんは、なるべくキャミソール・タンクトップなどをご準備ください。

予約時間:9:00、10:30、13:00、14:30、16:00
☆一日3人限定で行っています。上記の時間に合わせて予約をお願いします。

072.gifブログは、すぐ下に更新しています。どうぞご覧ください!
患者さんと、お話していると、いろんなことにハッと気づかされることがあります。例えば昨日の患者さんとの会話の中で、「人を差別してはいけないよね」というようなお話をしていました。わたしは、魂というものは、男ならずっと男として輪廻転生を繰り返していくのではなく、男から女に、また、女から男にへと変わったりするものだと思っていました。そのことで、お互いの立場や考え方の違いなどを学ぶことができるし、それが魂の成長にもつながることだと考えたからです。

しかし世の中には、肉体は男でも、女の魂が入っている方もいますし、その逆の場合もあります。それって、もしかしたら、魂が肉体を授かる時に、何かの間違いが生じて、入れ違いのようなことが起きてしまったのかなって考えたこともありました。でもこの世におこることに偶然はありません。全てが必然です。それを入れ間違いととることも可能ですが、逆に、あえてその方は、そういう人生を学ぶために、あえて「ゲイ」という人生を選ばれて生まれてきたのかもしれません。そうなると、この世での修行というものは、本当に意味深いものだと思います。

話しをしていくと、次から次へと話が深く広く展開していきます。わたしは、いつだったか忘れてしまいましたが、師匠から教えていただいた言葉を思い出しました。「『差別』から『さ』をとるとね、それを『さとり』というんだよ」という言葉を思い出しました。人は、生きているといろんな差別を受けたりしたりするものです。先ほどの同性愛者に対する偏見や差別。だいぶ平等になってきたと言っても男女の性差別は存在します。種族による人種差別は、まだまだ、おさまる様子はありません。

こうしてみていくと、人間は、なんと差別をする生き物なんでしょうか?職場のセクハラやパワハラ、学校内のいじめの問題も、すべては、「差別」から始まっています。人を差別する心が、紛争や戦争を引き起こしていると言っても言い過ぎではありません。もしジョンレノンの歌う「イマジン」のように、差別や偏見を捨てて、一つになってしまえば、この世から、地獄はなくなるはずです。でも師匠は、どうして、「『差別』から『さ』をとるとね、それを『さとり』というんだよ」って仰ったんでしょうか?

わたしは、その時、気づいてハッとしたんです。「好き嫌いも、もしかして差別なのかもしれない?」人は自分の感情から、好き嫌いもなくさなければ、本当は差別もなくならないのだろうと思ったのです。確かに好き嫌いの感情をも克服できるとしたら、それは聖人しかいないと思いました。なんで師匠の「悟り」という言葉まで出てきたのか、その時に気づかされたのです。人を差別しないということは、「悟り」と同じくらいの次元の高い言葉だったのですね。



人の人生を変えるものがあるとするなら、それは「人との出会いと経験である」わたしは、ずっとこれまでそういう仮説を信じてやってきた。なぜなら、わたしの半生を顧みたときに、その通りの出来事を体験したからである。わたしが師匠と出会ったのは、今から25年以上をさかのぼる。その出会いは、わたしの人生を丸ごと変えてしまい、わたしは、それ以降は、全く別の人生を歩み始めたからである。

わたしはそれまで、人間は、「肉体(ボディー)」と「こころ(ハート)」と「魂(スプリット)」の3つの部分からなる存在だと思っていた。だから、師匠に出会ったときにも、そういう魂のおはなしを聞かされても、ほとんど抵抗なく受け入れることができた。でもさすがに、「人生に起こる出来事は、全て必然である」と言われたり、「人間は、亡くなる年月日やどのような亡くなり方をするのか全て決められている」と言われたときには、受け入れられる前に、理解するのにすごい長い年月を要するようになった。

人は、生まれてくる前に今世では、どのようなことを勉強するのか、また、どのような課題を体験することになるのかあらかじめ自分で決めてくると教えていただいた。その時「全てが必然である」というのが、どういう意味なのかが理解できたからである。やはり、現世が、肉体を持って生まれてくるということで、学校のようなもの。あるいは修行の場だということが、なんとなく頭の中にイメージできたような気がしたのである。

輪廻転生の世界では、過去世と現世、現世と未来世を繋ぐのが、霊界といわれる魂の世界である。簡単に言えば、「この世」と「あの世」といわれる「あの世」の事であるが、「この世」でいう「時間」もなければ、「距離」を意味する「空間」もない。だから、自分の魂が、昔住んでいた国の生家に行ってみたいと思えばすぐに瞬間移動できてしまう。また、先に亡くなった両親に会いたいと思えばすぐに会えてしまう。それから何もない空間から、自分が求めるもの、物体がすぐに取り出せるということも可能になることも霊界の特出すべき特徴である。

それから、何のために輪廻転生が必要なのかといえば、人が肉体を持つがゆえに起こる不自由さが、魂を磨くための必要な条件なのである。確かにその通りなのかもしれない。何不自由がないところでは、修行や勉強は存在しない。また、はかどるわけもない。不幸や痛みや苦しみがあればこそ、人は、そこで考え、苦しみ、魂を向上することができるというものである。もし自分が決めてきた課題の通り勉強が進めば、霊性が高まり、より高い次元に進むことができる。そして、思うように勉強が進まなかった場合は、さらに輪廻転生を積み重ねていくことになる。

人は、師匠が言われるように、神の御霊(みたま)を分けていただいている「分け御霊」の存在である。見方を変えれば、人は神の分身なのかもしれない。だから、人生の目的が何かあるとすれば、それは、魂を磨くこと。霊性を高めること。次元を上げていくことが、究極の目標に近づいていくことなのだと思うようになった。もしかして、病気も不幸も運命も自分が生まれてくる前から、自分で決めてきたことなのかもしれない?なんで、現世が、「四苦八苦」のまるで地獄のような世界なのか?その辺の答えが、この世のからくりとして存在しているのかもしれない。





四苦。これは、人間だけにあてはまりません。この世に生を受けた生きとし生けるもの。すべての生物に当てはまる苦しみです。避けて通ることはできません。でも、もしですよ、例外として自分だけがこの四苦の苦しみを味合うとしたら、まさにこの世は、地獄以外の何物でもありません。でも幸いなことに、自分だけではなくて、例外がなくて一切の生物が、この苦しみを味あわなければならないとしたら、少しは気が楽になるということはありませんか?嫌がうえでも、「諦める」ということでしか問題解決の方法がありません。

ところで、生まれたばかりの赤ちゃんは、必ず産声といって、必ず取り上げられた時に、泣かなければなりません。それは肺呼吸に切り替わる瞬間でもあるのです。もし産声がない場合は、生命に関わる何か問題があるとして、赤ん坊は、逆さにされてお尻を叩かれるのです。赤ん坊の産声、もしかしたら、無意識ですが、人としての苦しみの人生の始まりに何か関係があるのかもしれません。

老は苦しみだというのは、誰もが体験すればわかることですが、やはり若い人には、この自覚と認識がありませんから、本当には理解できるものではありません。わたしも60歳を過ぎた頃から、若い時に持っていた肉体的な力や能力を、少しづつ手放して、やがては、すべてを失うことがくるのだろうなということが容易に想像できるようになりました。でもこればかりは、簡単に諦めるわけにはまいりません。できることなら、努力によって可能なら、「諦めない」抵抗だけは、怠りたくはありません。気力の続く限り、簡単に老いない努力だけはしてみるつもりです。

病についてですが、病気には様々な苦しみがあって、痛みや苦しみに悩まされます。わたしは、指圧鍼灸師として、仕事として、いろんな患者さんに出会います。自分自身もそうなので偉そうなことは言えません。ただ多くの患者さんを診させてもらうと、痛みも病気も、起こるべくして起こっていることもあるのだなあと思わざるをえないことがあるのです。東洋医学では、「心身一如(しんしんいちにょ)」と申しますが、本来こころも身体もひとつながりでできており、こころのあり方と健康は、切っても切り離せない、密接な関係で繋がっているのです。だから、もしかしたら、病気は、その人に何か痛みや病気を通して起こる「気づきのためのメッセージ」なのかもしれないのです。

それに、病気に関してはご存じない方もいるかもしれませんが、人間の身体のDNAの暗号の解明がとても進んでおり、それを調べれば、その人は何歳くらいに何の病気にかかるということが、わかってしまうということです。ですからそのために、あらかじめわかっている病気なら、そのための予防の治療も可能なのかもしれないのです。でも病気も人の死も誰もが避けては通れない、平等の苦しみであるという事実には、誰も抵抗ないのですが、やれるだけのことはやってみたい気がしませんか?

最後に死についてですが、死ぬことと同時に、死ぬことへの恐怖、その先の不安。こういったものも含めて、死というものは、人の人生に大きく関わってくるものです。「哲学」という学問は、如何に生きるべきか?ということは、どのようにして亡くなったら悔いのない人生といえるか?ということと同じことなのだそうです。

四苦八苦を説かれたお釈迦さまは、とてもいろんな意味で賢いお方で、たくさんのお弟子さんに囲まれていると誰からとなくよくこういう質問をされるのだそうです。「人間は死んでしまった後はどうなるのですか?」というものです。そうするとお釈迦さまは、決まったようによくお答えになる答えとして、「それは、あなたが死ねばわかりますよ」と答えるのだそうです。こう応えられれば、返す言葉がありません。

わたしは、一休禅師が、これと同じようなお話がありまして、一休さんは、病気や死に関してどのように考えたらいいのか問われた時に、こう応えたそうです。「病気にかかりそうになったら、病気にかかる。死にそうになった時には、死ぬ。それが一番の極意ですよ」と言われた言葉と、同じような気がして、こんな風にして、先人は、病気や死という人生の難局を乗り越えられていったことを教えられました。

これではまだまだ納得のいかないという方もおられると思いますので、病気や死に対する考え方は、もう少しわたしなりの考えを次回お話しさせていただくことにしたいと思います。わたしにとても、とても荷が重いお話なのですが、もう少し頑張ってみたいと思います。


想像してごらん 天国なんて無いんだと
ほら、簡単でしょう?
地面の下に地獄なんて無いし
僕たちの上には ただ空があるだけ
さあ想像してごらん みんなが
ただ今を生きているって...

想像してごらん 国なんて無いんだと
そんなに難しくないでしょう?
殺す理由も死ぬ理由も無く
そして宗教も無い
さあ想像してごらん みんなが
ただ平和に生きているって...

僕のことを夢想家だと言うかもしれないね
でも僕一人じゃないはず
いつかあなたもみんな仲間になって
きっと世界はひとつになるんだ

想像してごらん 何も所有しないって
あなたなら出来ると思うよ
欲張ったり飢えることも無い
人はみんな兄弟なんだって
想像してごらん みんなが
世界を分かち合うんだって...

僕のことを夢想家だと言うかもしれないね
でも僕一人じゃないはず
いつかあなたもみんな仲間になって
そして世界はきっとひとつになるんだ
(このイマジンの歌詞は、Akihiro Obaさんによるものです引用させていただきました)


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仏教用語の中に「四苦八苦」という言葉があります。最近はこの言葉が、すごく気になりだして、治療室の壁に、四苦八苦の言葉の意味を書き出して貼り出しました。この言葉は、以前から気になりだしていたのですが、この言葉のひとつひとつから、お釈迦さまが、どうして悟りのための苦行に入られたのか、その心情が伝わってくるような気がしていたからです。

「人生は四苦八苦」どんな人であろうと、その苦しみから逃れることはできない。その言葉の意味は、誰の人生にも重荷となってのしかかってくるような気がしたからです。そんなある日のことです。今は亡き母が、祖母を亡くして失意に悲しんでいる友人にいった言葉が、とても印象的だったのです。「そんなに悲しむのはよしなさい。本当は、この今生きている世の中が、地獄かもしれないよ」その言った言葉が、あまりに突飛で、思わず母の顔を注目してしまいました。それは母が、事故で亡くなる数日前のことだったのです。

「本当は、今生きている人生そのものが地獄なのか」その考えは、その後の私の人生を変えました。それ以来、わたしは、霊魂の不滅、「輪廻転生」を本気で信じるようになったような気がします。人は何のために、この世の人生を生きなければならないのか、お釈迦さまの生きられた時代から、何も変わってはいないのです。人生は、四苦八苦を味わうために「生かされている」修行の場だったのです。

肉体を持つがゆえに苦しまなければならない四苦。人生が思うようにはならいものだということを知らなければならないがゆえに味わう八苦。まさにわたしたちが生かされている人生は、地獄のような魂の修行のような場所なのだと、認識するようになりました。


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古代ギリシアのお医者さんヒポクラテスが「人は自然に近づくほど健康になり、自然に遠ざかるほど病気になる」という言葉があるそうです。みなさんは、人の身体や宇宙や自然に対してどのような考えがあるのかわかりませんが、わたしは、それらは、すべて神様が作られたものだと考えています。太陽や地球や月、あの広大な太陽系や銀河系の惑星をわたしたちは、「大宇宙」と呼んでいます。それに対して人の身体は、「小宇宙」という考え方も成り立ちます。

全部で60兆もある細胞が、毎日毎日のように、生まれては死に、生まれては死ぬ。そうして変化のもとに生命が継続されていく。まるで宇宙の神秘と同じなのです。だから、それだけでもヒポクラテスさんの「人は自然に近づくほど健康になり、自然に遠ざかるほど病気になる」といわれた言葉がわかるような気がするのです。私の師匠の情報では、神様は私たち人間を172億年かけて作られたそうです。まるで広大な宇宙と同じように人知が及ばないほどの大変な労力がかけられたのではないかと思われるのです。

治療者というのは、人の身体に相対する時は、こういう認識を持っているかどうかというのは、すごく大切なことではないかと思っています。ですから、ヒポクラテスさんが言われた言葉一つ取っても疎かにすべきではないのです。ところでみなさんは「心身一如(しんしんいちにょ)」という言葉をご存知ですか?「こころも身体も一つである」というのが、東洋医学の特徴的な素晴らしい教えの一つなのです。「人の身体は、全体が人繋がりで成り立っている。それと同様に人の身体も心と切り離して考えてはいけない」という教えがあるのです。(つづく)





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古代ギリシアのお医者さんヒポクラテスが「人は自然に近づくほど健康になり、自然に遠ざかるほど病気になる」という言葉があるそうです。みなさんは、人の身体や宇宙や自然に対してどのような考えがあるのかわかりませんが、わたしは、それらは、すべて神様が作られたものだと考えています。太陽や地球や月、あの広大な太陽系や銀河系の惑星をわたしたちは、「大宇宙」と呼んでいます。それに対して人の身体は、「小宇宙」という考え方も成り立ちます。

全部で60兆もある細胞が、毎日毎日のように、生まれては死に、生まれては死ぬ。そうして変化のもとに生命が継続されていく。まるで宇宙の神秘と同じなのです。だから、それだけでもヒポクラテスさんの「人は自然に近づくほど健康になり、自然に遠ざかるほど病気になる」といわれた言葉がわかるような気がするのです。私の師匠の情報では、神様は私たち人間を172億年かけて作られたそうです。まるで広大な宇宙と同じように人知が及ばないほどの大変な労力がかけられたのではないかと思われるのです。

治療者というのは、人の身体に相対する時は、こういう認識を持っているかどうかというのは、すごく大切なことではないかと思っています。ですから、ヒポクラテスさんが言われた言葉一つ取っても疎かにすべきではないのです。ところでみなさんは「心身一如(しんしんいちにょ)」という言葉をご存知ですか?「こころも身体も一つである」というのが、東洋医学の特徴的な素晴らしい教えの一つなのです。「人の身体は、全体が人繋がりで成り立っている。それと同様に人の身体も心と切り離して考えてはいけない」という教えがあるのです。(つづく)





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東洋医学の素晴らしさは、いろいろたくさんあると思いますが、わたしがまず上げたいのは「陰と陽」という考え方です。わたしが学生の頃、東洋医学の考え方の根底には、「陰と陽」という考え方があるということを聞いていましたが、具体的には何のことなのかさっぱりわかりませんでした。ところが、わたしが開業して臨床経験を積んでいく頃になって、「陰陽(インヨウ)」とはこういうことだったのかなっていうことが、少しづつわかるようになってきたのです。

実際は上手く説明はできないかもしれませんが、今日は、わたしなりの「陰と陽」についての見解をお話ししてみようと思います。わたしが、いつも治療で患者さんを相手にしながら話題になるのは、「痛み」と「治療」という問題です。例えば、今日見えられた患者さんは、「左肩が痛い」と仰られて、治療院にやってきました。学生さんや開業したての私なら、この患者さんは、左肩が悪くて見えられた患者さんだと認識します。ところが臨床経験が10年以上になってきますと。「他に痛む箇所はありませんか?」とか「いつ頃から、左肩が痛むようになったのですか?」と必ず聞かなければならない質問を発します。

というのは、人間の体には、健側と患側というものありまして、字を見て見た目ですぐにわかりますが、良い方と悪い方が必ずあるのです。上半身の場合は、右肩が患側で悪い方の方なのです。じゃあ「どうして、この患者さんは、左肩が痛むと言って治療に見えられたのでしょうか?」ベテランの鍼灸師ならすぐに理解できることがあるのです。「この患者さんは、肩こりが始まってから、キャリアが長いな。ということと、左肩の痛みに隠れて、もっと他にも痛めている箇所があるな」ということが、すぐにわかります。そうではないと治療院をやっていくことはできないのです。




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数日前に、現代人が病気になる原因として、ストレスと薬と働きすぎであるとブログに書かせてもらいました。東洋医学には、「心身一如(しんしんいちにょ)」という言葉があるのですが、心と身体は、一体である。切り離して考えることはできない。という意味ですが、そういう点から見るとストレスというものも、簡単には見過ごすことができない問題です。

わたしは「ストレス」は、メンタル的な問題であるとばかり思い続けてきたのですが、ストレスにもいろんな種類があることを、最近になってある人から教えていただきました。それでは、ストレスの種類を一つづつ解説しながら見ていくことにしましょう。まず種類ですが、1、生物学的ストレス。2、物理学的ストレス。3、化学的ストレス。4、心理学ストレス以上の4つです。私が知っていたのは、最後に上げた心理学的ストレスで、後は、初めて知らされたストレスです。よく見ると後の3つは、いずれも学生時代に理科の科目の中にあるものばかりで、それが、身体にとては、大変なストレスになっていることを初めて知らされて驚きました。

1、生物学的ストレス

遺伝子組み換え食品って聞いたことがあると思いますが、最近では食品でよくスパーなどで目にする機会が多いと思います。大豆、トウモロコシ、菜種などがその主な品目です。でも実際には、遺伝子組み換えされた食物は多く出回って、私たちの生活の中に知らない間に入り込んでいるのが現状のようです。虫のつかない食物。虫も近寄らないくらいの危険な食物。腐らないきった後に茶色に変色しないリンゴ。実際は、いつむいたのかわからない古いリンゴ。そんなものがあったら、あなたは、食べたいと思いますか?私は結構です。でももし知らないで、それらの食べ物を食べていたとしたら、身体にとっては相当なショックです。


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