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差別から「さ」をとるとね、それを「さとり」というんだよ

患者さんと、お話していると、いろんなことにハッと気づかされることがあります。例えば昨日の患者さんとの会話の中で、「人を差別してはいけないよね」というようなお話をしていました。わたしは、魂というものは、男ならずっと男として輪廻転生を繰り返していくのではなく、男から女に、また、女から男にへと変わったりするものだと思っていました。そのことで、お互いの立場や考え方の違いなどを学ぶことができるし、それが魂の成長にもつながることだと考えたからです。

しかし世の中には、肉体は男でも、女の魂が入っている方もいますし、その逆の場合もあります。それって、もしかしたら、魂が肉体を授かる時に、何かの間違いが生じて、入れ違いのようなことが起きてしまったのかなって考えたこともありました。でもこの世におこることに偶然はありません。全てが必然です。それを入れ間違いととることも可能ですが、逆に、あえてその方は、そういう人生を学ぶために、あえて「ゲイ」という人生を選ばれて生まれてきたのかもしれません。そうなると、この世での修行というものは、本当に意味深いものだと思います。

話しをしていくと、次から次へと話が深く広く展開していきます。わたしは、いつだったか忘れてしまいましたが、師匠から教えていただいた言葉を思い出しました。「『差別』から『さ』をとるとね、それを『さとり』というんだよ」という言葉を思い出しました。人は、生きているといろんな差別を受けたりしたりするものです。先ほどの同性愛者に対する偏見や差別。だいぶ平等になってきたと言っても男女の性差別は存在します。種族による人種差別は、まだまだ、おさまる様子はありません。

こうしてみていくと、人間は、なんと差別をする生き物なんでしょうか?職場のセクハラやパワハラ、学校内のいじめの問題も、すべては、「差別」から始まっています。人を差別する心が、紛争や戦争を引き起こしていると言っても言い過ぎではありません。もしジョンレノンの歌う「イマジン」のように、差別や偏見を捨てて、一つになってしまえば、この世から、地獄はなくなるはずです。でも師匠は、どうして、「『差別』から『さ』をとるとね、それを『さとり』というんだよ」って仰ったんでしょうか?

わたしは、その時、気づいてハッとしたんです。「好き嫌いも、もしかして差別なのかもしれない?」人は自分の感情から、好き嫌いもなくさなければ、本当は差別もなくならないのだろうと思ったのです。確かに好き嫌いの感情をも克服できるとしたら、それは聖人しかいないと思いました。なんで師匠の「悟り」という言葉まで出てきたのか、その時に気づかされたのです。人を差別しないということは、「悟り」と同じくらいの次元の高い言葉だったのですね。



by yakura89 | 2019-04-22 12:39 | 悟りの世界 | Trackback | Comments(0)
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