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カテゴリ:こころと体( 13 )

みなさんは、「二八の法則」って聞いたことがありますか?これは私が、ある人から聞いたことなんですが、聞いた瞬間から、「これは使える!」って思いました。特に、仕事やダイエット、他にもきっといろいろ使える法則だなって思いました。今日は特に、私が最初にピンと浮かんだダイエットとお仕事に関して、実際にどのように使うのかお話ししてみたいと思います。

まずは「ダイエット編」でいきましょうか?世の中にはダイエットが必要な方は大変多いと思います。または、「憧れダイエット」と申しましょうか?実際にほとんど実行されていませんが、年中「ダイエット、ダイエット、ダイエットしなくっちゃ?」って言われている方が多いと思います。「そんなに、何年もいっているの実行できないんだったら無駄だから、人にいうのはやめればいいのに」って思ってしまいますが、本人には重要な問題らしくて、とても諦めらめる気配はありません。

でもそういうわたしも、減量ではなくて食事療法という意味で、「ダイエット」をやったことがありますが、とても難しいもので、食べてはいけない食べ物を食べてしまうということが、如何に難しいことなのか全くわからないわけではありません。特に、「甘いもの」や「炭水化物」を食べないダイエットの場合は、ダメだと分かりながら、食べている自分が情けないという気持ちになった経験もあるので、むやみやたらに人のことを批判する気にはなれません。

例えば、結婚式や同級会などの席で、あるいは友達同士誘い合って、飲みに行ったとします。お肉屋さんに行って、焼肉料理を食べに行こうということになったとします。肉食系の人は、問題ないですが、お肉を食べてはいけないというダイエットの人だっているはずです。そういうときにあなたならどうしますか?もし「医者から言われて、お肉を控えているから遠慮するよ」って言えたら、あなたこそ今日の話題の「二八の法則」には無縁の人です。でも大半の人は、その場の雰囲気から、お断りできずに焼肉をみんなと一緒に食べます。そして真面目な人なら後から、禁止を破ったことを密かに悔やむのです。

でもそういう人にこそ「二八の法則」が、うまい具合に助けてくれるのです。二八の八は、普段ダイエットをやるなら、「真面目にやること」を教えます。だけど、二という例外があるのです。もし友達や、どうしても断れない場面があるはずです。そういうときには認められているのがニです。つまり「楽しみなさい」という許容なのです。先天的に大様がきく人は問題ないのですが、真面目に徹することができない人には、この許容範囲が必要なのです。

最初から二八の法則を頭においていれば、これは、二の部分なんだって思えば、別に誘いや誘惑に負けた自分を責めることもないのですから、「また明日からしっかりやるぞ!」って具合にやる気を持続させることができるのです。これが、「二八の法則」です。わかってもらえましたか?人間というのはおかしなもので、ちょっとしたアドバイスが、人を助けてくれることが往々にしてあります。いつも挫折してしまう人は一度試してみてはいかがでしょうか?

さあ、それよりも難しいのは「お仕事編」です。ダイエットの場合は、人から強制されてやるものではありません。ところがお仕事の場合は、強制というよりも「暗黙の了解」という厄介な習慣や風習みたいなものがあるからです。今日は彼女とデートの約束があるのに上司から、「ニッパチ君、今日は残業できるかなあ?」って言われたら、そうそう断れる人は、あまりいないかもしれません。たまにのことならいいかもしれませんが、これが習慣になってしまったらたまったものではありません。どうしようもない場合が生じたなら、仕事の内容で、二の遊びというか余裕の部分を発動させるのです。つまり、差し障りのないところで手を抜くのです。

日本人はどうしても頼まれたら「NO」とは言えません。頼まれれば、精一杯会社のために働きます。それが積もり積もって、体調を崩し、やがては病気になって、退職に追い込まれてしまう人だって多数います。これでは、なんでもないと思いませんか?「二八の法則」は自分を守る意味でも大切な法則なのです。犠牲的精神は、発揮するところを間違えたら大変なことになります。間違っても会社のために発揮してはいけません。あなたの大切な人が困ってしまっている時にだけ、あなたの愛情として犠牲的な精神は発揮されるべきものなのです。どうですか「二八の法則」あなたはやれそうですか?人によっては、とてもいいアドバイスになったのではないかと思います。そういうわたしも二八の法則は、なくてはならない法則だと思います。ある人から教えていただきとても助かりました。ぜひ明日からわたしも実行してみたいと思います。




数日前に、現代人が病気になる原因として、ストレスと薬と働きすぎであるとブログに書かせてもらいました。東洋医学には、「心身一如(しんしんいちにょ)」という言葉があるのですが、心と身体は、一体である。切り離して考えることはできない。という意味ですが、そういう点から見るとストレスというものも、簡単には見過ごすことができない問題です。

わたしは「ストレス」は、メンタル的な問題であるとばかり思い続けてきたのですが、ストレスにもいろんな種類があることを、最近になってある人から教えていただきました。それでは、ストレスの種類を一つづつ解説しながら見ていくことにしましょう。まず種類ですが、1、生物学的ストレス。2、物理学的ストレス。3、化学的ストレス。4、心理学ストレス以上の4つです。私が知っていたのは、最後に上げた心理学的ストレスで、後は、初めて知らされたストレスです。よく見ると後の3つは、いずれも学生時代に理科の科目の中にあるものばかりで、それが、身体にとては、大変なストレスになっていることを初めて知らされて驚きました。

1、生物学的ストレス

遺伝子組み換え食品って聞いたことがあると思いますが、最近では食品でよくスパーなどで目にする機会が多いと思います。大豆、トウモロコシ、菜種などがその主な品目です。でも実際には、遺伝子組み換えされた食物は多く出回って、私たちの生活の中に知らない間に入り込んでいるのが現状のようです。虫のつかない食物。虫も近寄らないくらいの危険な食物。腐らないきった後に茶色に変色しないリンゴ。実際は、いつむいたのかわからない古いリンゴ。そんなものがあったら、あなたは、食べたいと思いますか?私は結構です。でももし知らないで、それらの食べ物を食べていたとしたら、身体にとっては相当なショックです。


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八月に入ってから、暑い日が続いていますね。皆さんいかがお過ごしですか?わたしはだいぶ前から、ポケモンGOにハマっていまして、8月9日には、横浜で行なわれているポケモンGOのイベントに奥さんと一緒に行ってきました。なんとその日は、日中最高気温が、39度と言う猛暑の日で、あまりの暑さにわたしの愛用のアイパッドもオーバーヒートで、何度もおかしくなってしまう大変な一日でした。多分この暑さっていうのは、おそらくわたしが子供の頃は、一度も経験したことがない猛暑だったと思います。

暑さも、このものすごい人手も、機械の故障もストレスになりました。今まで捕れたことがない超レアなポケモンが捕まえられるという精神的な喜びがありましたから、なんとか暑さやストレスからしのげましたが、普段は、わたしたち夫婦で、ポケモンを捕まえていても、いつも仲良く楽しくというわけにはいきません。身体の疲労が募ってくると、どちらともなく不機嫌になります。つまらないことでの口げんかを何度も経験しました。

どうも人間というのは、こころと身体が一体なんだということを、否応無しに体験し、実感することがよくあります。特に夫婦や家族のようにいつも一緒だと。本当につまらないことを種に口げんかが始まります。でもこれは夫婦だから許されること。もし相手が、会社や学校などの他人であるもの同士が集まる公共の場所であったらこういうわけには行きません。機嫌が悪くなっても、闇雲に相手を攻撃することは許されないのです。

わたしは、鍼灸師ですから、治療を通して「心身一如」こころと身体が、本来一体であることがよくわかっています。だから、精神的疲労や肉体的疲労がたまってきた時には、治療と休養が大切であることがよくわかっています。どうも家族で、機嫌が悪い人がいたら、それは、肉体的にもかなり疲労していると言っても間違いではありません。

身体は、疲労すると、首こり肩こり腰痛が始まります。じゃあこころの症状はと申しますと。すぐにカッとなったり、怒りっぽかったり、愚痴を言ったり、クヨクヨしたり、考え方が、マイナス思考になって来たら、これは、「こころの肩こり腰痛なんだな」って思ってください。本人は気がつかないことが多いのですが、それらは同時に起こっています。

わたしはよく師匠から、病気はこころと身体のメッセージだって、教えていただいてきました。またどのような病気や症状も、この肩こり腰痛から始まって起こるので、こころと身体の最初のメッセージだということがいえます。病気や症状は、身体のバランスを崩し、エネルギーの循環を妨げます。これは、免疫力の低下を意味します。免疫力が低下すると、人は病気になるのです。

わたしたち鍼灸師でもこうした身体から発するメッセージに気がつかないで自分自身のコントロールが効かなくなることはよくあります。ましてや、医療関係者ではない皆様には、身体から発するメッセージを見落としてしまうということは無理のないことなのです。でも自分では気づけないメッセージであっても、回りにいるご家族や、夫婦のパートナー、親子といった親しい関係の人なら、本人が気づかないサインを見つけられることがよくあります。

もし、ついカッとなったり、イライラしたり、こころが穏やかでない時には、早めに休養をとることが一番の解決方法です。もしそれでも改善できない場合は、どうぞお近くの鍼灸治療をやっている治療院をお訪ねください。鍼は、しっかりこころと身体のバランスを整え、リセットの状態にもどしてくれます。機嫌が悪い時には、鍼治療を行なえば、必ずこころが穏やかになり、無意味な言葉の衝突を抑えてくれます。わたしたち夫婦が長くこうして円満に生活が送れるのは、どうやらこの鍼治療のお陰のようなのです。


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052.gif 身体はお借りしている一番大切なもの。粗末に扱ったらバチがあたるよ

昔、師匠からこういわれたとことがあります。「この世にあるもので、何ひとつ自分のものといえるものはありません。もしひとつ、あなたのものといえるものがあるとすれば、それはあなたの魂です。それ以外は、あなたがお借りしているか、あなたが一時的に所有しているだけのものです。すべてが無なのです」こういわれた時に、わたしは、はたと考えてしまいました。

確かに、そういわれてみればその通りなのです。もし仮に、わたしが大金持ちだったとします。いくら家や銀行に貯金がいっぱいあったとしても、それをあの世に持っていけるはずがありません。宝石も貴金属も同じです。家、もちろん長い目で見れば、仮の宿りです。やっぱり人間は裸で生まれて、裸でかえっていくのです。

じゃあ、「せめて身体だけは、自分のものっていえるんじゃない?」って考えますが、これも決して自分のものだとはいえません。第一永遠の生命(いのち)はありませんから、亡くなったら、この世にお返ししていかなければならないのです。でもこのお借りしている身体は、他の所有しているものの中で比べようもなく貴重なものです。

もちろん、所有者は、自分ではなくて「神さま」なのです。神様はいろんなものを創造されました。太陽や月や地球など大宇宙から始まって、自然や動物や人間を作られたのです。なんか昔、「天地創造」という映画がありましたが、そういうスケールの大きな話しです。でもその中でも、生物の中でも最高傑作は、人間です。師匠の話しですと、人間を作るのに172億年の歳月がかかっているのだそうです。すごい話しですね。

よく教科書には、「人間は、猿から進化して今の人間になった」と教わってきましたが、それはとんでもない誤りなのだそうです。だから、人間のルーツは、何代もさかのぼろうとしても猿と交差することはないのです。しかも、「人は神の化身」だともいわれています。それから、人体は60兆の細胞からなり、その細胞も、常に生まれ変わり、亡くなるまで変化しているのです。まるで小宇宙なのです。それほどすごいものを、誰が作れますか?っていう話なのです。

だから、所有者の気持ちになって、使わさせてもらわなければならないとわたしは思うんです。それにしても、わたしから見ると身体を大切に、感謝して使わさせていただいている人って、意外と少ないのです。まるで、下手な運転手が、車をあちこちぶっつけて、ボロボロにしてしまう。人の身体も物と同じように扱っている。やはり、神様からお借りしている大切なものという意識が、とても大切なんだと思います。
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029.gif「気持ちがポジティブなら姿勢はいい」

わたしが専門学校の試験を受けたのは48歳だった。その時に師匠から受けたアドバイスは、たったひとつ。「試験中は、特に姿勢に注意すること。試験をする先生方は、そこをしっかり見ているから、あなたも気をつけなければいけない」だった。

わたしには、その当時は、そういわれた意味が、あまりよく理解できなかった。とにかく師匠がそういう以上は、姿勢を意識した。試験官の先生方は、わたしの姿勢を見ている。だったら、「いつ、どこから見られているかわからないのだから、簡単に姿勢を崩すことはできない」そんなふうに意識しながら、試験を受けたことを覚えている。

時は流れ、今わたしが、臨床で意識していることは、患者さんの姿勢である。治療をはじめる前も、治療が終わった後も、見ているのは姿勢。そこが重要なポイントだからである。もし治療が終わった後に、患者さんの姿勢がよくなっていたら、それは、わたしの治療が、そこに結果として現れている証拠。もし、あまり変わっていなかったとしたら、わたしか患者さんのどこかに問題がある。

「心身一体」とか「心身一如」と言う言葉がある以上。人間のこころと身体は、一体である。としたなら、「気持ちがポジティブなら姿勢はいい」「姿勢がよければ、気持ちはポジティブである」つまり、「姿勢を見れば、相手のこころがポジティブかどうかがわかる」ということである。

わたしが常々、師匠から指導されていることは、身体の問題は、80%が、こころの問題である。後は、身体の扱い方の問題が10%。そして、食べ方の問題が10%。それで、その人が健康か病気がちであるかの問題が、すべて決定される。ということであった。

治療をすれば、患者さんは、こころも身体も健康になる。「ビフォアー、アフター」という言葉が、よく聞かれるが、まさに治療院に見えた患者さんは、その言葉通り、こころも身体も姿勢も表情も、治療後にすべてが変わる。

わたしの臨床経験からいわせてもらうと、日本人より外国人の方が、姿勢にこだわりがある。彼らは、治療の後、姿勢がよくなったことに敏感に反応する。いつも「姿勢が変わった。姿勢がよくなって嬉しい」そんなふうに素直に反応してくれる。それは、もしかしたら、外国人である彼らの方が、「姿勢」を意識している。そうである以上、「心身一体」や「心身一如」という言葉を、日本人以上に理解しているのではないだろうか。そう思うのは、わたしの考えすぎだろうか?
029.gif 認知症予防の5つの対策
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 以前、帯津良一先生の「達者で。ポックリ。」という本を読んだ時、「やっぱり、人間こういうなくなり方をしたいものだ」というふうにつくづく思いました。人間は、最後の最後まで、人に迷惑をかけないような生き方をしなければならないと思います。よくいうではないですか、「死に様は、その人の生き様なんだ」って。その人が、どういう生き方をしてきたか、そういうことって、きっとなくなり方にもあらわれるような気がします。とはいっても、なかなかそんな、潔いなくなり方は、そう誰にもできるものではないですが。

 この前、わたしが行っているトランポ教室で、友達が「認知症予防の5つの対策」なるものを教えてくれました。さて、ボケ防止にわたしたちはどのようなことをしたらいいのでしょうか?さあ5つ考えてみてください。といいながら、その友達から教えてもらった「認知症予防の5つの対策」をあげてみることにします。


1、毎朝、散歩をすること。

2、人間関係を大切にし、積極的に友達を作り、人とふれあうこと。

3、何か楽しめる趣味を見つけること。

4、家でペットを飼ってペットとふれあうこと。

5、おしゃれに気を配り、身だしなみを整えること。



 以上だそうです。なんとなくわかりますね。1、の散歩って健康づくりでしょう。もちろん「朝」というのはわたしが補足しました。朝日に当たりながら、歩くと、脳でセロトニンがつくり出されるんです。特に中年男性は「キレやすい」という傾向がわかっていますから、特におススメです。2、の「人とのふれあい」は、まさにこれに勝るものはないでしょう。孤独が、ボケや認知症を引き起こすきっかけになることは確かなことです。3、「趣味」は、人間、何かに夢中になれるものがある人は、ボケる暇がなくなります。4、「ペット」は、文字通り、アニマル・セラピーです。わたしも愛犬をなくしてしまってから、少し老けてしまったような気がします。5、「おしゃれ」これが一番意外で、感心してしまいました。わたしのようにいつも、同じ服ばかり着ているような人はダメですね。もっともっと、おしゃれをしなくちゃ。これらで充分でしょうけど、わたしなら、もうひとつ、「秘策」を知っています。何かわかりますか?こっそり教えてあげることにしますね。

「恋をすることです」
029.gif 散歩とヨーガと指圧鍼灸治療をライフスタイルに!
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 わたしは若いときからスポーツが好きでいろんなことをやってきました。ジョギング・水泳・山登り等少し過酷なほど肉体を酷使した時期もありました。この3つに共通していえることは「鍛える」です。ところが最近のわたしは、「鍛える」というテーマから「楽しむ」に変わってきました。本当のところを申し上げますと「慈しむ」が、わたしのめざす究極のテーマだと思ています。

 最近は、講演や歩道を歩いている方をよく見かけます。それより人口は少し下がるかもしれませんが走っている方もよく見かけます。見かけるというのは、多少自分もそれらに関心があり、実践したことがある証拠です。もしまったく無関心なら、自分の目の前を、誰かが走り去っていったとしても、まったく、目に映らないかもしれません。

 では、「散歩」と「ランニング」ですが、あなたはどちら派でしょうか?わたしは、もう15年ぐらい前から「ジョギング」から「散歩」に転向しました。50代のわたしには、「走る」という運動が少しきつくなってしまったのです。一時期は、ジョギングや山登りで「ランナーズ・ハイ」まで経験したことがありますから、走ることの爽快感は、よく理解していますが、それを今わたしがやろうとすると、足腰を痛めてしまいそうで、自重していることも確かです。

 よく散歩中に、ランニングで苦しそうに走っている高齢者の方を見かけることがあります。ランニングホームからすると、足の運びもまっすぐではなく、あごを突き出し、後ろから見ても左右に身体が揺れて、明らかに素人の走りです。でも最も気になるのは、顔の表情が、あまりにも苦しそうな点です。それってはたして身体にいいことなのでしょうか?たぶん、健康のために、走られていると思うのですが、実は身体には大変な負担を強いているだけで、いっこうに、健康増進にはつながっていません。少し言い過ぎかもしれませんが、「やらないほうがまし」ということになってしまいます。

 わたしたちの脳は、「うれしい。楽しい。気持ちがいい」が大好きです。そのような気持ちの状態の時には、身体の自律神経をつかさどっている間脳や脳幹は、生き生きと活性化します。だから、楽しみながらやるスポーツは、健康かつ身体にとっても活性化となるのです。ところが、負荷がかかりすぎると、ストレスと同じです。やっぱりそれは、からだにとっては、マイナスそのもので、無理をして続けることで必ず大きな故障につながっていくのです。

 最近は何かというと、運動を勧めるお医者さんが多い中で、やはり自分の年齢や健康状態にあったスポーツをえらぶことが重要になってきます。でも基本的には、高齢者の運動は、若いときのように「鍛える」という感覚は、意識の中から排除する必要があるかもしれません。本当にいいのは「楽しむ」スポーツです。また更に理想からいえば、身体を大切に、いつも、ご自分の身体のコンディションに目をむけていけるような心構えが必要です。そういう意味で、散歩やヨーガや指圧鍼灸治療は、大切な身体を「慈しむ」という点で、とてもいいライフスタイルだと思っています。
☆バンクーバーといったら、このガスタウンの蒸気時計を忘れてはいけないかな。
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029.gif 不定愁訴ってなんだろう?


 「よく使われている言葉だから、みんなよく知っているのかな」と思っていました。ところが、この前、ある患者さんと話していると、「ところで不定愁訴ってなに?」って聞かれてしまいました。そこでこんなふうに説明させてもらいました。

「みなさん、いろんな症状があって病院に行きますよね。例えば。頭が痛い。おなかが痛い。腰が痛い。何となく疲れやすい。気分がユウツで何となくやる気が起こらない。とか人それぞれですが、本人にとっては、症状があるわけですからとてもつらいわけです。助けてもらいたいと思って、病院にやってきます。お医者さんは、それに対して、いろんな病気を想定して、検査をします。オシッコをとったり、血液を検査したり、レントゲンを撮ったりしていろいろ調べます。ところが、病気と診断するには、数値が足りなかったり、決定的な症状が見つからなかったりすると、病気とは、診断を定めることが出来ないのです。それを『不定』というわけです」

「え、つまり、不定ということは、病気の診断がくだされないというわけですか?」

「ええ、実はそういうことなんです。いくら患者さんが、痛くて、つらくて、夜もろくに眠れない。絶対にわたしの体はへんだ。と思っていたとするでしょう。それでも、病気とするのには、決定的な証拠になる症状が、見つからない限り、やっぱり病気とは認められないのです」

「『愁訴』というのは患者さんのつらい訴えということですよね?」

「そうですよ。いくら患者さんにとってはつらいことであっても。お医者さんが、病気を見つけられなかったり、病気として認められない場合はよくあることなのです。例えば、女性の更年期障害であったり、交通事故などのむち打ちなどです。理由はわかっていても、何かしら器質的な異状が見つからない場合は、全部「不定愁訴」として、扱われるのです」

「それでは、病名がつかないと、薬も出してもらえないのですか?」

「いいえ。そういうわけではないですが。出してもらえたといっても、鎮痛剤であったり。精神安定剤。といった。一時的に、訴えのあった痛みや、つらさを緩和するための薬が処方されるというのが、一般的です。もちろん、それでは、患者さんの訴えに対してなんの解決にならないのは、お医者さん自身もわかっているわけですが、やはり、病気というのは、科学的な診断があってこそ、はじめての治療がはじまるというわけですから」

「でもわたしたちの指圧鍼灸師の治療はそこが、とても具合がいいのです。わたしたちは、仮に病気を見つけたとしても、『診断』は下しません。もちろんお医者さんではないので、『診断』は、法律的に下すことが出来ないのですが、わたしたちの治療に、『診断』は必要ありません。どんな病気であれ、かならず『症状』があります。それが、痛みであったり、硬結であったり、痺れだったりするわけです。そうした、症状を緩和してとっていくと、後は、患者さんのからだから『自然治癒力』という大親分がでてきて、病気を退治してくれるからです。だから、安心して、患者さんのつらさに向き合うことが出来るのです。脳の問題や、癌などの大きな病気に対しては、とても無理ですが、無理な時には、病院で診てもらうことを勧めることが出来ます。そうして癌などの大きな病気が見つかったりする場合がとても多いのです。しかし、それは特別な場合で、後は、たいていの西洋医学では、難病といわれる病気でも、たいていは、薬も使わず治ってしまうことが、たいへんに多いのです」

「それはすごいですね。ところで『不定愁訴』って多いんですか?」

「多いですよ。というより、不定愁訴から病気は始まるといってもよいのです。はじめはみんな不定愁訴です。ところがそれをほっておくと、知らぬまに本物の病気に変身していた。ということがほとんどです。だから、肩こりも腰痛も、病気にはいらない。なんてタカをくくっていてはいけないのです。大きな病気になる前に、病気のもとを断たなくてはいけないのです。これを東洋医学では『未病治』っていっているんです。特に、現代人の多くは『ストレス』という大きな敵と毎日のように闘っています。それでなくても、『こころと身体』の問題は、とても繊細です。よく知らなかったためにとんでもない過ちを犯したり、知らない故に深みにはまっていくことが実に多いのです。あなたも一度、専門の指圧鍼灸師のいる治療院に相談に訪ねてみたらいかがでしょうか?きっと親切に相談にのってくれると思いますよ」
☆バンクーバー・スタンレーパーク付近でみたおもしろい建物。屋上に大きな木が見える。
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029.gif めずらしい咽喉頭異常感症「梅核気(ばいかくき)」


072.gif咽喉頭異常感症(いんこうとういじょうかんしょう)「Wikipedia」より

咽喉頭異常感症(いんこうとういじょうかんしょう)とは、咽喉頭部や食道の狭窄感、異物感、不快感などを訴えるが検査値の異常や器質的病変がみられないものをいう。耳鼻科領域では、咽喉頭異常感症と呼ばれるが、内科領域で「ヒステリー球」(英:Globus hystericus、あるいはヒステリー球症候群(英:Globus syndrome))と呼称される疾患と概念的に同じものである。他に「咽喉頭食道異常感症」、「咽喉頭神経症」と呼称される場合があり、また、東洋医学・漢方医学的な「梅核気」(ばいかくき)、「咽中炙臠」(いんちゅうしゃれん)の疾患概念とも重なる。

072.gif症状「Wikipedia」より

患者によって感じ方が異なるが、以下のような症状を訴える。
喉に何かつまっている感じ/喉に何かがひっかかっている感じ/喉に塊りがある感じ
喉が塞がる感じ
喉の奥がはれている感じ
喉がイガイガする
胸がつかえる感じ


 最近、治療院に見える患者さんは、年齢も多種多様で、性別も男性が増え半数に近づいてきた。そうなると、訴える症状も多種多様である。珍しいところでは、「咽喉頭異常感症(いんこうとういじょうかんしょう)」東洋医学では、「梅核気」(ばいかくき)」と呼ばれるものである。わたしがこの病名とであったのは、専門学校時代の「東洋医学」の授業であった。病名がとてもおもしろいので、一度で覚えてしまいそれから忘れることが出来なかった。そして、数年後、とうとう「わたしは、『ヒステリー球』、東洋医学では、『梅核気』というらしいのですが、それで困っています」という患者さんが見えた。

 「ヒステリー球」というのもいいネーミングだと思うが、やはり、おもしろさの点では、東洋医学でいう「梅核気」に軍配を上げたいと思う。「ちょうど梅の種くらいのものがのどに挟まった感じで、吐き出そうとしても吐き出せず、そうかといって飲み込もうとしても飲み込めない」それが、「梅核気」である。やはりこちらも、器質的な病変ではなく、実際に梅の種は存在しない。あくまでも、症状にすぎない。これは、ストレスやイライラが原因であることが多い。そのために病院に行くと、精神安定剤や抗不安薬を処方される。多分、最初は、喉にある異物感として自覚するので、耳鼻咽喉科を受診するのが普通であるが、検査してもらった結果、異物は見つからない。そこで、医者は、「こころ」の問題ということで、心療内科や精神科・神経科の受診を勧める。そこで、はじめて「ストレス球」「咽喉頭異常感症」という診断名がくだされる。やはり、治療院に見えた患者さんもこのような経緯をたどられていた。

 しかし、この患者さんのように診断名がつくということは、まだいいほうである。普通の場合、精神疾患には、不定愁訴といって、検査の結果、病名として診断されないが、患者さんが明らかに身体的な異常を訴えられている場合がよく見られる。この場合も、決まりきったように、処方させるのが、以上のような薬、抗不安剤であたり精神安定剤であったりする。ところが、このような薬が、症状の改善に効果を現したということはあまり聞いたことがない。やはり、不定愁訴の多くは「こころ」の病気であるといってよい。正確には、病気と診断されなくても身体にも症状があるのであるから「こころと体」の病気であるといえる。こうした不定愁訴や「梅核気」、このような病気には、わたしたちのような指圧鍼灸というのは、まさに、最適な治療手段である。

 「こころ」と「からだ」は、密接な関係にある。心が病んでいる時には、必ずといっていいほど体は苦しいのである。これは「逆も真なり」で、どんな難しい病気であろうと、患者さんの話いを聞いてあげたり、つらい症状を取り除く治療が出来れば、後は、「自然治癒力」という大きな力が働き、いつの間にか、病気のつらい症状は消え、またもとの元気な体を取り戻すことが出来るのである。ただ、問題は、肝心の患者さんがそこまで素直な気持ちで治療に取り組めるかどうかに、かかわっている。「素直」とは、読んで字のごとく。こういう気持ちになると人間は自然に「直(なお)っていく」のである。